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課題実施の意義と背景
ここで扱う課題の範囲は「医」及びその外延を含めたものである。主要な利用者は患者や患者の家族等であるが、健康を志向する地域住民をも想定している。すなわち、「医療、病気・怪我」といった健康を損なったときのことだけではなく、「健康・ダイエット」等予防的な事柄から、「介護・年金」制度に至る事柄まで、地域住民が抱えるであろう「医」に関する日常課題が対象であり、地域住民が日常生活を営む上での基礎情報と言える幅の広いものである。更に、インフォームド・コンセント 24を確立していく上で、「医」に関する多種多様かつ専門的な情報が一般市民にも必要となっていることからも、地域の情報拠点として公共図書館に求められる期待はより大きくなってきていると言える。
また、「介護・年金」については、介護保険制度の主たる保険者は市区町村であり、地域ごとに実情に応じた介護サービスが提供されている。自分自身や自分の両親等の家族がどのような介護関連サービスの提供を受けられるのかに、関心が高まっており、地域の介護・年金に関する情報を気軽にいつでも検索し、比較できるような条件整備が望まれている。特に、介護保険制度には、制度を運営する行政部署以外にサービスの実施者である数多くの介護施設、介護サービス提供機関等が関わるため、それぞれの関連する資料を含めた横串的な情報提供拠点として、公共図書館に期待される役割は大きいと言える 25。
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診断や治療法が適切かどうか、患者が複数の医師等に意見や判断を求めること。(出典:健医療分野の情報化にむけてのグランドデザイン-最終提言-/保健医療情報システム検討会) |
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例えば、平成16年11月に開催の「第6回図書館総合展」においても、医療情報の取り扱いと図書館としての取り組み方について、いくつかのフォーラムが実施されている。 |
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詳細課題一覧
医療関連情報提供として、取組可能な詳細課題は以下のとおり。
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医療情報・資料の提供
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病気の治癒率、後遺症、伝染性等、病気・怪我そのものについての全般的な情報 |
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複数ある診断内容や治療方針等を選択・判断する材料としての医療専門情報 |
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治療に使われる医薬品に関する情報 |
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医療機関についての情報の提供
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専門科、専門医の有無、医療施設、ベッド数等、医療機関の属性についての情報 |
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これまでの治療実績、医療訴訟の有無、入院患者の体験談等、医療機関の実績に関する情報 |
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医療関係の制度に関する情報の提供
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地域における介護保険制度の仕組・手続、関連行政窓口等の案内、及び介護サービス事業者に関する情報 |
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医療費の支援、医療情報サービス、等に関する情報の提供 |
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予防医学的な情報の提供
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地域における健康増進やダイエット促進を行っている事業者の案内 |
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健康増進運動に関する相談会、イベントの案内 |
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その他の医療関連の情報
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死生観に関する哲学的な書物の情報 |
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最先端治療法(未認可のものも含む)に関する情報 |
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混合治療制度等、医療制度の改革に関する情報 |
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主要詳細課題に関する具体的利用イメージ-治療法に関する情報収集支援
利用イメージの枠組(設定条件)
利用者: |
夫ががんと診断され、町立病院に入院することになり、治療法等について学び始めた40代の女性。 |
問い合わせ内容: |
利用者は、予期しない事態に混乱しているが、がんについて全般的に学びたい。 |
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利用イメージの業務フロー
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利用者からの問い合わせ
(ア) |
知合いの目が憚られるため、必要な情報につき、電子メールにて相談。 |
(イ) |
司書は、電子メールだけでなく、本人の直接来館の際にはプライバシーに配慮しながら相談に応じることとした。 |
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問い合わせ内容の整理
(ア) |
司書は、利用者との会話の中から、医師から治療方針について説明を受け同意を求められていること、夫は自分に心配をかけないためかがんであることを口にしないこと、今後の家族の生活について不安があること等の相談を受け、病気そのものから、患者への接し方、介護制度等に関しての情報提供が必要だと判断。 |
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司書がパソコン端末の操作を支援しながら、過去のレファレンス事例を調査
(ア) |
レファレンス事例データベースに問い合わせたところ、入院先の町立病院に関する問い合わせ事例あり。これにより、当該病院の情報公開資料から、当該病院の属性についての情報を得られ、がんの専門医が在院し、治療体制が比較的整っていることがわかる。 |
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レファレンス事例と有用情報源を基に個別の情報収集、また、行政窓口を紹介
(ア) |
医療の専門家ではない主婦でも理解できるようながんの治療法や治療薬に関する専門書を何冊か情報提供。これにより利用者は、治療法には、外科療法、化学療法等複数有ること、それぞれの治療法の副作用、本人の負担、等についての知識を得、担当の医師の説明について一応の理解をした。 |
(イ) |
地域のボランティア・リストにあたり、隣の市で大学病院を退職した人が、ボランティアとしてセカンドオピニオンの診療相談サービスをしていることを知り、情報として提供。利用者は、念のため、そのサービスを受けることとし、電話にて予約を行った。 |
(ウ) |
インターネット上のホームページからがん患者の手記、がん患者を看病した人の手記を検索、蔵書の中から、死生観にかかわる哲学関連の書を紹介する。これにより、利用者は、自分ががんであることを知った夫が今どんな気持ちでいるのか、これからどんな苦労が待ち受けているのか、なんとなくではあるが感触を得て、自分がしっかりしなければと意を強くした。 |
(エ) |
米国の医療文献データベース(MEDLINE等)を通じて、海外で実践されている最新の治療法について紹介。これにより、利用者は、お金をかければ町立病院で受けられる以上の選択肢もあることを知る。 |
(オ) |
更に、行政機関や専門機関(例:市役所福祉部、保健所、地域医師会、県立がんセンター等)の相談員と連絡を取り、重病患者を抱える家庭への支援制度、セミナーや講演会開催を紹介。これらセミナーや講演会は、保健所や地域の医師会から派遣された専門家による情報提供だけでなく、漫才師等を招待したがん患者の心を和らげる形のものもあることを紹介する 26。 |
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26 |
例えば、神奈川県横須賀市の保健所健康づくり課が主催する「がん征圧月間講演会」では、漫才師を招いた「がんになっても笑いを」というメニューを設けている。 |
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本取組課題における留意点
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公共図書館の機能は、あくまでも、「医」に関する資料・情報の提供であり、医療上のアドバイスや診断、治療、投薬等に関する判断をしない。 |
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「医」に関する問い合わせは、問い合わせ内容も問い合わせ行為そのものも利用者の個人的活動であり、応答内容については十分なプライバシー保護の視点が必要である。 |
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医療関連情報や情報源の収集にあたっては、インターネット上の断片的な情報だけではなく、専門紙・専門誌等による他のメディアにおける情報も含めて多角的に行うことで情報の偏りを排除するとともに、信頼性を確保しつつ利用者の判断を支援することが必要である。 |
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利用イメージにあるように利用者が求めている資料・情報は、専門書や専門誌等のように専門用語が数多く記載されている可能性が強い。従って、利用者の理解を助けるために、専門用語を解説するような事典等の参照資料の準備や、地域の医療関連専門家のメディエイター 27としての活用が必要である。 |
27 |
Mediator:「Media」と「Editor」を組み合わせた造語。「情報」を流通させるために、異なる領域のあいだで言葉を翻訳する第三の人間。ある一つの領域の言葉を、ほかの領域の言葉にわかりやすく翻訳し直し、あなたのやっていらっしゃることは、ことによると異なる領域のあの方と同じ問題かもしれないということを、それぞれの場でいろいろな方々に告げる。(出典:第三世代の大学/似田貝香門編集における蓮實重彦元東京大学総長の講演発言)また、山口県では、芸術短期大学、山口県立大学、山口大学の学生が運営主体となって、学生のパワーを地域活動に活かし、地域と学生の相互協力に基づいた活力ある街づくりの実践を目指した、「地域活動おたすけターミナルメディエーター(MEDIATOR)」が平成16年2月に設立され、山口市のまちづくり活動に寄与している。 |
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(4) |
公共図書館の役割と効果
公共図書館が「医」に関する地域の情報拠点となることは、地域住民の健康維持への関心の高まりや病気の早期発見に貢献し、結果として、地域全体の社会保障コスト削減に繋がる可能性があると言える。更に、年齢・性別、目的を問わず多種多様な住民が来館する公共図書館の特徴を生かして、虫歯予防、成人病防止に繋がる食事等のキャンペーンを関係機関と連携しながら行うことで、地域住民に対する医療教育の現場にもなり得ると言える。 |