6 今後の課題

 本調査研究を進める過程、つまり、平成15年度の『視聴覚教育メディア研修カリキュラムの標準案』を基にして、新たな「標準」を策定して行く過程、および、調査研究の結果を得た後にも、解決されるべき幾つかの課題がある。以下に列記するのは、その一部である。以下では、「メディア研修カリキュラムの標準」を『標準』と略す。

1. 『標準』の改善と周知の工夫
 『標準』は、今後とも必要である。今回の調査結果にもみられるように、関係者の知識・技能の向上、教育関連機器の有効利用、指導者養成、研修計画に際しての参考資料、あるいは、研修関連予算の確保などの観点から、ぜひ必要とされている。しかし、先の『標準』が平成4年に示されてから長い年月を経たこともあって、各研修実施団体の関係者が『標準』があることを知らなかったという例も報告されている。『標準』の活用のためには、内容の改善が頻繁に行われることと、その周知の必要性が挙げられる。

2. 「視聴覚教育メディア研修」の用語
 視聴覚教育メディアという用語は、現代のメディア状況に適した名称が与えられるべきである。かって文部科学省の「視聴覚教育課」が「学習情報課」と変ったことや、「放送教育開発センター」が「メディア教育開発センター」に変ったことなどからも、より包括的な「教育メディア」を一般化する努力が必要である。この委嘱研究は、『「視聴覚教育メディア研修カリキュラムの標準」の改正に関する調査研究』で始まったが、この活動分野のより適切な名称にすることが望ましい。それは、この分野のメディアや活動内容が著しく変化しているからである。例えば、米国の視聴覚教育学会(当時)は1963年にこの「視聴覚教育」の定義を試みたが、その定義づけの作業にあたり、「この分野を現在“視聴覚教育”と呼んではいるが、近い将来、より適当な用語が必要となったときは、別の名称に変ることになる」と記し、「仮に名付ける分野」として作業を進めている。つまり、定義づけようとする分野の名称が、近い将来に変ることを予測してのことであった。
 本調査研究の計画と実施の段階で、「視聴覚教育メディア」の名称の問題が論議された。視聴覚教育という名称で呼ばれている活動分野が、従来からの「視聴覚」という名称では収まりきらなくなったからである。現時点での妥当な名称は「視聴覚教育メディア」とするよりも、ICT技術に含まれる教育システム全体に関わる分野の中で、メディアに主たる関心を置く「教育メディア」とする方が適当であり、その統一的な使用が進められるべきである。

3. ICT教育と密接な関連
 視聴覚教育は、歴史的に見ると、新しい教育方法の担い手として発展してきた。新たな教育メディアの出現にあたって、視聴覚教育は、これらの教育利用と、その利用によって教育の改善に努めてきた。このような展開の中で、かってのティーチング・マシンやCAIによる教育、さらに、現代のICT教育も、視聴覚教育の発展的形態として位置づけることができる。しかし、それぞれの発展の過程で、映画教育、放送教育、コンピュータ教育、ICT教育などと、いかにも別途の領域のごとき様相を呈したことも確かであるが、現代ではそれらの境界を意識することが少なくなってきている。久しい以前から、「ハリウッドとシリコンバレーの結婚」と言われているように、アナログ型のメディアとデジタル型のメディアの境界はますます低くなってきている。さらに、通信系やネットワーク系のメディア状況を考えると、これらに大胆に向き合う必要がある。『標準』のあり方を検討する場合にも、現代のICT教育の課題と密接な関連を持って進めることが重要であることを示している。

4. 『標準』の永続的な改定
 現代の教育メディアやICT技術の発展は急速である。多くの技術は、数年のうちに陳腐化するほど、その発展は著しい。こういう変化の時代に、従来のように『標準』を10年に一度修正するのでは、標準の意味が薄れてくる。現代の教育メディア状況は、『標準』を発表した途端に、研修項目やその細部の内容が陳腐化するものと考えるべきであろう。この調査研究の行われた2年間にも、少なからぬ変貌がみられた。そこで、この分野の「カリキュラムの標準」は、永続的に改正され得る仕組を備えているものでなければならない。そのための具体的な方策と仕組みが必要である。

5. 研修担当組織の再認識
 昭和48年の『視聴覚教育研修カリキュラムの標準』では、各メディア別に技能を初級、中級、上級の段階に分けて、実施主体を対応(市町村、都府県、国)させていた。次いで、平成2年の『視聴覚教育メディア研修カリキュラムの標準案について』は、対象者別の研修内容の質的相違を組み入れて「研修1」と「研修2」として、これに実施主体(市町村、都道府県、国)を対応させた。当時、例えば、「研修2」に見られるような「研修マニュアルの作成」などといった研修項目を各都道府県などで行うには困難な事情があったので、国が責任をもって研修実施主体となっていた。現代のカリキュラムの標準においても、教育メディアの推進事業、IT関連の国の政策、最先端技術の情報などは、国段階での研修項目のように思われる。つまり、研修分担制は研修内容との関係によって改めて編成されるべきであろう。研修実施組織としての国、都道府県、市町村の役割の再検討によって、最適で実際的な役割分担の枠組みを作る必要がある。

6. 研修内容と方法の再検討
 繰り返し記してきたように、メディア状況の変化に対応できる『標準』が望ましいことは自明である。そのためには、例えば、16ミリ映写機の操作技術に代えて、インターネットの活用を入れるなどの措置が必要であろう。さらに、コンピューター・リテラシーにおいて、ある時代には、「分る」(知識)、「使う」(既成のものを利用する)、「作る」(新たにソフトウェアを開発する)と言われてきたが、現在では「作る」はほとんど力説されなくなった状況もある。つまり、コンピュータやネットワーク技術においても、それらのリテラシーに要求される事項は技術の発展とともに変化が見られる。こういう観点からも、永続的なカリキュラムの修正が必要であり、また、そのような修正を先取りする「未来からの要求に応える」カリキュラム構成も必要である。

7. 教育メディア研修の実績の積み上げと情報の交換
 研修カリキュラムの作成が、研修担当者の自由に任されていることは、「固定的な標準」による研修実施に比べて、研修担当者の心理的な負担は大きくなる。そこで、各研修実施者は、それぞれの研修の実施を記録に留め、その情報を多くの関係者に共有できるような仕組みの設置が望ましい。こういう仕組みによって、自由な選択による『平成17年標準案』によるカリキュラムがいっそう生かされるものといえる。特に、新しい教育メディアの出現は、従来の研修形態では対応しきれないこともあり、先進的な団体での研修の実際を、事例によって具体的に示すことが望まれている。そこには、新たなメディアや技術の研修に関する詳細な実践事例が、『標準』の附録として貼付されているとより重宝である。さらに、研修の成果を明らかにし、研修の必要性を確かにするために、研修の評価の事例を盛り込むことが望まれている。研修の実際を評価することによって、研修の必要性の説明責任を果すことができるからである。

8. 『標準』を活かす手引の作成
 今回の標準は、研修実施者の自由なカリキュラム作成によって活きてくる。そこで、ここでのカリキュラム作成と実施とを容易にするために、『標準』の扱い方、カリキュラムの作成と実施のための手引、あるいは、事例などを示すマニュアル類の作成が必要である。そのために、『標準』の通達などとともに、マニュアルを併用することが望まれる。

9. 『標準』とカリキュラム作成における二一ズの吟昧
 今回の調査研究では、研究日数の関係もあって、カリキュラムを試行した上での形成的評価を行うことができなかった。研修カリキュラムの標準案を作るにあたり、「ベキ論」に多くを依っている。ここでいう「ベキ論」とは、「思うにまるまるが必要である」、「まるまるを行うべきである」という、いわば理屈の観点から、カリキュラムを決める方式で、「規範」を基にする方式である。あるいは、現場からの必要性(現在、仕事に関わっている人たちが必要と考える)にも、今回のカリキュラムの標準の作成の基盤を置いている。しかし、出来得るならば、研修の現場で試行した結果による、カリキュラムの標準の妥当性を調べることが今後の重要な課題である。


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