自律的な学校経営を支援する-「総合学力プロフィール」の作成と活用-

堺市検証改善委員会

はじめに

 堺市は、平成18年4月に全国15番目の政令指定都市に移行し、現在、小学校94校、中学校43校、計137校で、学力向上を最重要課題として取り組んでいる。
 平成19年度堺市検証改善委員会(以下、委員会とする)では、特に下記の内容について協議した。

 検証改善サイクル(R-PDCA)の確立をめざし、各学校が自校の状況を分析し、それをもとに「学力向上プラン」を作成し、実行する体制を構築するための支援について

 全国学力・学習状況調査結果の活用については、児童生徒質問紙の100項目の質問の中から学力との相関が高い項目を抽出し、それらを類型化し、各学校の強み弱みを「総合学力プロフィール」として示し、配付した。各学校が成果と課題を「学力向上プラン」に反映し、改善するよう指導した。

1 学校改善支援プランの構成

 委員会は、大阪教育大学 田中博之教授を委員長として、大阪教育大学 大野裕己准教授、鳴門教育大学 葛上秀文准教授の3名の学識経験者から指導助言をいただいた。
 以下、指導主事を中心として行政関係者13名、堺市初等教育研究会・堺市立中学校教育研究会の代表校長各2名の計20名から構成される。

2 学校改善支援プランの概要

 学校改善支援プランの作成にあたっては、田中博之教授の提唱された「総合学力モデル」の考え方を活用した結果分析を行い、各学校の「総合学力プロフィール」を作成配付するとともに「学力向上プラン」の策定の支援を行う。
 また、各学校が自律的に学力等実態を分析し、「学力向上プラン」を作成するとともに授業改善をはじめ具体的な改善につながる取組を推進する方策を検討する。

  • 1児童生徒の生活・学習習慣や意識を問う質問紙調査項目の中で、特に教科学力との相関の高い項目を判定抽出し、学力向上のための分析視点を明らかにする。
  • 2各学校の全国学力・学習状況調査の結果分析の視点を「総合学力プロフィール」として示し、レーダーチャートの形状から自校の成果や課題を捉えやすく工夫して各学校が課題の克服に生かす。
  • 3課題がある中で、創意工夫を生かした取組が効果を上げている学校(「効果ある学校」)について観点を明確にし、総合的に評価する。
  • 4各学校において、平成18年度本市作成の「学力向上のてびき」を参考に、全国学力・学習状況調査の自校の分析データをもとに「学力向上プラン」を作成する。
  • 5各学校においては、自律的な検証改善サイクルの確立をめざして、「学力向上プラン」をもとに具体的な改善策を講じ、教育委員会事務局指導主事はその支援及び指導助言を行う。

3 全国学力・学習状況調査の結果分析について

(1)教科学力の結果から

 小中学校とも、特に国語、算数・数学の「活用に関する問題」(B問題)の課題を明らかにし、授業改善のあり方を検討した。

(2)児童生徒質問紙調査の結果から

 学習に対する意識と教科学力のクロス分析を行い、相関関係を明らかにし、生活・学習習慣のあり方を検討した。
(教科学力の正答率の高い層から25パーセントずつA・B・C・D層と分類した。)

1家庭での学習時間と教科学力の相関関係は最も強い。

  • ◆家庭学習時間(塾等含む)は、小学校ではA層とD層の間で、平日で約50分の差があり、休日ではその差は60分以上に拡がる。中学校においても、「家庭学習時間(塾等含む)」は、A層とD層の間の差異が最も大きい項目の一つであり、平日で約60分、休日で約79分となり、小学校よりA層とD層間の差異が拡大し、2極分化が顕著になる。

2「算数」に対する関心・意欲・態度と教科学力の相関関係は強い。

  • ◆小学校では、「算数」に対する関心・意欲・態度に関わる項目は「算数」だけでなく、国語も含めた学力に極めて強い影響を及ぼす。中学校でも、「数学」に対する関心・意欲・態度に関わる項目は、国語も含めた学力に極めて強い影響を及ぼす。
  • ◆影響の強い項目の30項目中、数学・国語の関心・意欲・態度に関わる項目は合計10項目もある。

3「授業に対する姿勢」「学習のけじめ教科学力の相関関係は強い。

  • ◆小中学校とも、学校に比べて強制力が弱く、テレビやゲーム、インターネット等の「誘惑」が多い家庭においては、自律心・自制心を養うえで家族の働きかけが重要な役割を果たす。中学校では、「テレビやゲームの時間等のルールを家族と決める」の項目は影響が小さく、家族の働きかけの重要性は変わらないが、自律心・自制心の重要性が一層強まる。

4「読書」に関わる項目と教科学力の相関関係は強い。

  • ◆小中学校とも、「家や図書館での1日の読書時間」や「読書は好きだ」の項目は、影響の強い項目のひとつであり、国語のみならず、算数や数学の学力にも強い影響があり、読書が学年を超えて有効で、生涯にわたっての自己学習力の基礎となっていると考えられる。

5「朝食摂取」「規則正しい生活」の項目と教科学力の相関関係は強い。

  • ◆「朝ごはん」は、9割以上が「とっている」。家庭とのかかわりを含め中学生になると、「早寝早起き朝ごはん」等基本的な生活習慣が崩れる割合が増え、それに伴い、学習への姿勢も次第に崩れていく傾向が見られる。

6「他者を尊び、支え合う」等「豊かな心」に関わる項目と教科学力の相関関係は強い。

  • ◆小中学校ともに「ひとの気持ちが分かる人間になりたいと思う」という思いは、教科特性、問題ABの別なく、とても強い影響を示している。「自己中心的な言動」を抑え、「学び合う」学級集団づくりを考えていくうえでも不可欠な要素である

7「社会への関心」に関わる項目と教科学力の相関関係は強い。

  • ◆中学校において、自我の目覚めと相まって、外界への関心も強くなっていく思春期の特徴を強く反映している。

(3)集計分析結果を受けて

  • ◆堺市全体の調査結果の分析により、基本的な生活習慣や家庭学習習慣の確立に向けた取組や学習に対する意欲を高める取組が必要であることが再確認できた。
  • ◆各学校の児童生徒の実態や課題は、自校で客観的に把握できるよう工夫する必要があり、そのため、委員会は、膨大な調査結果の情報を「教科学力」「学びの基礎力」「社会的実践力」を大きく3つに類型化し、各学校が活用しやすいよう支援することが必要である。
  • ◆今後、各学校の実態や課題に応じ、総合的な指導や支援策を検討する。

4 学校改善支援プランについて

自律的な学校改善を支援する「総合学力プロフィール」の作成と活用について

(1)児童生徒質問紙調査項目と国語、算数・数学科の教科学力の相関を分析

  • ◆約100項目にわたる児童生徒の学習意識や状況(児童生徒質問紙調査項目)を国語、算数・数学各A・B問題とクロス集計し、教科学力への影響度の大きい50前後の項目を抽出した。

(2)「教科学力」「学びの基礎力」「社会的実践力」の3つに類型化

◆「教科学力」について
  • 「知識・理解」「技能・表現」「思考・判断」の領域については、国語、算数・数学の各A・B問題より集約する。「関心・意欲・態度」の領域については、児童生徒質問紙調査項目より抽出する。
◆「学びの基礎力」について
  • 児童生徒質問紙調査項目より、下記の4つの領域に当てはまるものを抽出する。
1「学びに向かう力」

 学習意欲や自己有能感等の学習への原動力に相当する力

2「自ら学ぶ力」

 学習方法やスタイル、計画力等の学習スキルに関わる力

3「学びを律する力」

 学習を継続しやり遂げる力や授業への姿勢等の自己コントロールに関わる力

4「豊かな基礎体験」

 いろいろな体験や基本的生活習慣を含めたもの

◆「社会的実践力」について
  • 児童生徒質問紙調査項目より、下記の4つの領域に当てはまるものを抽出する。
1「問題解決力」

 自ら課題を発見し、仮説をたて、課題を解決していく力

2「社会参画力」

 学んだ知識や技能を日常の暮らしや社会生活に活用し、積極的に社会参画をめざしていこうとする力

3「豊かな心」

 積極的に物事に挑戦し、異なる意見や考えを尊重し、協調して生きていこうとすることなど

4「自己成長力」

 自ら成長しようとする意欲や行動を促していく力

(3)「総合学力プロフィール」の作成

  • ◆それぞれの調査結果を3つの類型及び12の領域(右図参照)に当てはめ、堺市を基準として数値化し、レーダーチャートに表す。

 各学校によって大きく異なる「総合学力プロフィール」を示すレーダーチャートの形状から、各学校において自校の成果や課題を把握し、その克服のための具体的な取組を学力向上プランにまとめ、改善にあたるよう指導する

(4)「学力向上プラン」の指導助言

  • ◆「総合学力プロフィール」により各学校の強み弱みを明示する。
  • 教育委員会は、各学校における自律的な検証改善サイクルの確立をめざして、自校の学力実態分析の支援と「学力向上プラン」作成について「総合学力プロフィール」の評価をもとに指導助言等を行う。

(5)委員会は、調査の結果分析をもとに、教育委員会の施策反映を提言する。

  • 基本的生活習慣や家庭学習習慣について家庭への啓発リーフレット「子どもたちのすこやかな成長のために」を作成し、全保護者へ配付する。
  • 学力向上のための自主研修として指導主事による「授業改善相談会」を毎日実施する。
  • 「活用する力」を育成するため、日々の授業づくりに使えるワークシート等の資料を配信する。

5 学校改善支援プランを受けた取組について

(1)特徴的な「総合学力プロフィール」の形状と評価の視点

【教科学力特色型】

教科学力が突出した形状

<評価の視点>
  • 「教科学力」「学びを律する力」が外に大きく張り出し,学校の取組の成果が見える。
  • 「豊かな基礎体験」の項目にやや落ち込みが見られるが、これは体験的活動、読書、家族のコミュニケーション、早寝早起き朝ご飯の項目が強く影響している。

【弱点型】

課題のあるカテゴリーにへこみがある形状

<評価の視点>
  • 「知識・理解」「学びを律する力」がやや外に張り出し、「こつこつする」「きちんとする」という指導が、「知識・理解」の習得に影響している可能性がある。
  • 「学びに向かう力」は、児童生徒の学習意欲や学習への構えを示し、総合的な学習の時間に対する意識、国語の大切さ、達成感とそこから生まれる自信が強い影響を及ぼしている。自己成長力の落ち込みとも相関があると考えられる。
  • 「自ら学ぶ力」は、授業で学習したことを生活で活用する意識、自主的に学習を計画する力、宿題など家庭学習が強い影響を及ぼし、子どもの発達段階に応じて学習の仕方を指導していくことが必要と考えられる。

(2)「学力向上プラン」の指導の留意点

  • ◆各学校における学力・学習状況には大きな違いがあり、学力向上には各学校におけるR-PDCAサイクルの確立が不可欠である。
  • ◆R-PDCAサイクルの確立に向けて「総合学力プロフィール」を活用した各学校の分析力(リサーチ)を高め、自校の成果や課題(強みと弱み)を的確に把握するとともに、学力向上に向けた効果的なアクションプランを作成することが重要である。
  • ◆平成18年度作成した「学力向上のてびき」に掲載した「学力向上のための10の提言」をもとに評価指標を設定し、指導主事が共通理解を図った。「学力向上プラン」の内容が総花的にならないように具体的な行動目標を焦点化することが重要である。
  • ◆実際の各学校におけるヒアリングでは、「総合学力プロフィール」と対比して
    • 学力実態を客観的に把握しているか。
    • 重点目標はシンプルで明確か。
    • 方策は具体的か。
    • 取組の成果は検証可能か。

という視点をもって各学校に対して指導助言を行った。

6 おわりに

 学力向上の取組は、教育改善の総合的な施策である。委員会で活用した「総合学力」の考え方をもとに、学校で育てなければならない資質・能力を明確にすることができた。また、各学校に配付した「総合学力プロフィール」は、問題解決力や社会参画、豊かな心など「生きる力」をトータルに育成することの重要性を改めて示すものとなった。
 教育委員会としては、現在、教科研修の充実を図るため「授業改善 100の工夫」を作成・配付し、学習規律や学習習慣の確立、基礎的基本的内容の習得、思考力・表現力の育成に関する具体的な取組を中心に進めている。
 今後、「知識を活用して問題を解決する際に必要な思考力・表現力」の育成については、日々の授業モデル等を示し、また、学力向上推進事業において、小中学校の接続を意識した取組や学力向上サポーターの効果的な活用などについて重点協力校の実践研究を通して普及を図り、学力向上のさらなる充実に向けて取り組んでいきたい。

-参考文献-

  • 「総合教育力の向上が子どもの学力を伸ばす(2004)」
  • 「読解力を育てる総合教育力の向上に向けて(2006)」
    田中博之、木原俊行、大野裕己監修
    ベネッセ教育研究開発センター刊行
  • 「堺・教育フォーラム」(平成19年12月26日開催)田中博之教授講演より抜粋

-- 登録:平成21年以前 --