学校改善支援事業における取組例;新潟市検証改善委員会思考力・判断力・表現力の向上を目指して-指導主事が行った国語科の提案授業を中心にして-

新潟市教育委員会学校支援課

新潟市の国語(中学校)の課題

 全国学力調査(中学校の国語B問題)を新潟市検証改善委員会で分析したところ、特に注目すべき新潟市の生徒の実態は以下のとおりでした。

  •  1つ目は、「情報を収集すること」に関する問題の平均正答率が低いことです。
    特に複数の叙述の比較によって情報を収集する問題の平均正答率が全国や新潟県同様、著しく低くなっています。このことから単に情報を読み取るというより、二つの文章を比較するという活動を経て、必要な情報を収集する力を付けていく必要があります。
  •  2つ目は、「情報収集に基づいて自分の考えをもつこと」に関する問題の平均正答率が低いことです。具体的には、必要な情報を収集して表現に生かしたり、資料に表れている情報をもとに伝えたい事柄を明確にして書いたりすることに関する問題の正答率が低くなっていることです。このことから、情報を収集するだけに終わらせず、それをもとにした思考を経て判断し、表現する力を付けていく必要があります。

 新潟市検証改善委員会では、新潟市内の全学校・園の研究主任等を集めて「授業改善フォーラム」を実施し、全国学力・学習状況調査の結果に基づいた授業改善の在り方を考える機会を作りました。その際、指導主事自らが地域の小・中学生に対して提案授業を行いました。
 新潟市立西川中学校の1年生と行った授業は、次の単元です。

1 単元名

 読み取ったことをもとに自分の考えをもとう
 教材;「クジラの飲み水」

2 提案授業のねらい(本時は、全7時間の5時間目でした。)

 教科書の本文と原文との比べ読みにより、教科書の本文には腎臓に関する記述が抜けていることを読み取り、それを載せるべきかについての自分の考えをもつことができる。

  • 提案授業で伸長させたい力は以下のとおり
    • 伸長させたい思考力-
      ある観点(本時では「段落相互の関係や筆者の意図、要旨」)から本文を見直し、妥当性(本時では「腎臓に関する記述を省いたことの妥当性」)を検討する力
    • 伸長させたい判断力-
      複数の根拠から最善だと思われる根拠を見付け、それに基づいて自分の立場を決める力
    • 伸長させたい表現力-
      根拠を明確にして自分の考えを書く力

単元の概略

  • 第1次
    通読後、初発の感想を書く。
    音読練習後、難語句を調べる。
  • 第2次
    全体の構成(問い-仮説-検証-結論)を読み取り、筆者の意図を考える。
    グラフと本文との対応を読み取り、グラフを用いた筆者の意図を考える。
  • 第3次
    意味段落ごとに要約し、要旨をとらえる。
    原文の一部を教科書に載せなかったことの是非を話し合う。(本時)
  • 第4次
    本文から得た疑問について調べ、自分なりの考えを加えながらまとめる。

提案授業の実際

(1)教科書本文と原文との相違点を読み取る

 提案授業では、まず教科書の本文と原文を比較させ、違いを問うことで、二つの文章の相違点を読み取らせました。前時に原文「クジラは海水を飲むことができるのか」と教科書の本文との相違点を記述させておき、本時では、「教科書の本文と原文では、内容面でどこが大きく違いましたか。」と問い、二つの文章の違いを発表させました。
 原文と教科書教材では表現上のものも含めれば、膨大な数の相違点があります。そのため、「腎臓」の記述部分が出るようにと、発問に「内容面で」「大きく」という条件を入れました。ここでは、ある程度の分量がある文章を読み比べて、その違いを読み取る力を高めたいと考え、原文のままを教材としました。
 授業の中では、生徒から次の5点が挙げられました。

  • 原文には、飲み込まれた食物がしぼられることについて書かれている。
  • 原文には、他の動物の例があげられている。
  • 原文には、塩分濃度についての説明がある。
  • 原文には、代謝についての説明がある。
  • 原文には、腎臓についての説明がある。

そのうち、19人の生徒がプリントに相違点として記述した「腎臓についての説明」について考えることにしました。

(2)原文から「腎臓」に関する記述が省かれた意味を考える

 続いて、原文から省かれた記述の必要性を問うことで、段落相互の関係や筆者の意図、要旨など関連させながら記述の意味を考えさせました。教科書の本文から腎臓に関する記述を省いたことの妥当性を問うことで、思考力を高めようと考えたからです。
 授業では「あなたが編集者なら、「腎臓」に関する記述を教科書の本文に残すべきだと思いますか。」という発問で原文から省かれた「腎臓」の記述が必要かを考えさせました。
 検討の必然性を生徒にもたせるために、「編集者として」という仮定での検討を促す問いとしました。ここでは、具体的な根拠に基づいた考えをもたせることをねらっているため、その根拠は、内容面からでも形式面からでも構いません。
 その後、グループで各自の判断とその理由との整合性を検討させます。具体的には「理由が判断した理由として適切か」を次の点から指摘し合わせました。

  • 本文を用いて、具体的で分かりやすい理由となっているか。
  • 判断した理由となっているか。(反対の判断を支持する理由ではない。)

 グループでの検討を経て、全体での話し合いでそれぞれの思考を深め、最終判断へとつなげていきました。生徒は、次のような発言をしてきました。

 「残すべきだ」と考えた生徒は、「クジラにとって大事なことが書かれている。」「腎臓のことが詳しく説明されていて分かりやすい。」「クジラの飲み水のことをもっと詳しく理解できるから。」等の理由をあげていましたが、グループでの話し合いを経て、次のような理由を出してきました。

(理由)

  • クジラは体内の水分を失わないように尿を多くしている。その塩分を排出し水分を失わないしくみをきちんと説明してあった方がよいから。
  • 水を飲むから尿が出る。その尿を作っているのが腎臓ならば、このクジラの飲み水という文にとって必要な記述になっているから。

 また、「残すべきではない」と考えた生徒は、「腎臓の説明がなくても、内容を理解できる。」「難しい言葉がたくさんあるから必要ない。」等の理由をあげていましたが、グループでの話し合いを経て、次のような理由を出してきました。

(理由)

  • 筆者がはじめに読者に「飲み水をどうやって得ているのか」と聞いていて、飲み水とは関係ないから。
  • 読者に知ってもらいたいのは、「クジラがどのようにして飲み水を得ているか」なのだから、腎臓の数や大きさは書かなくてもよい。腎臓のことを詳しく書くなら、題名を変えなければならない。

 このように、「腎臓」の記述の必要性を、教材文の中心的な話題や問いかけ文、題名などに基づいて、筆者の意図から考えていきました。

(3)原文の一部を抜いたことへの自分の考えを書かせる

 ここまで話し合ったことをもとに、「『編集者なら腎臓に関する記述を教科書の本文に残すべきか』についての自分の考えを書きなさい。」という指示で原文の一部を抜いたことがよかったのかを判断させ、プリントに記述させました。
 自分の立場を明確にするとともに、その根拠を書くように指示しました。これにより、挙げられた複数の理由から最善の理由を見付けて、どちらがよいか判断する力と自分の考えを表現する力を高めたいと考えたからです。
 授業の最後に書いた生徒の記述をいくつか紹介します。

  • (「残すべきである」と判断した生徒)
    • クジラは脂肪を分解して水を得ているので水分はとても貴重なものである。その水分は主に排泄で失われると書いてあるので、尿を排出するために必要な腎臓の説明は重要であると考えるからです。
    • やっぱり腎臓と飲み水は関係していると思います。飲み水を飲むから尿が出て、尿を出すために腎臓があるからです。つまり飲み水と腎臓が関係あるから必要だと思います。
  • (「残すべきではない」と判断した生徒)
    • 題名は「クジラの飲み水」だし、この文章で一番大切なことは「クジラはどのように飲み水を得ているか」ということだからです。尿は、どのように水を失わないかという話であって、腎臓と飲み水との関係はあまりないと思うからです。
    • 腎臓のことは問題提起の文とは関係なく、塩分の排出は、尿によって排出しているかが分かればいいと思います。「水分をなくさないための説明をしている」という意見もあるが、原文の腎臓のところには、そのような説明は書かれていないと思います。

 このように、生徒たちは、教科書の本文と原文との比べ読みによって読み取った腎臓に関する記述を載せるべきかについて決め、自分の考えを書いていきました。これが、授業で目指した「思考力・判断力・表現力」を働かせた生徒たちの姿です。

各中学校での参観の声など

 指導主事の提案授業後、市内の中学校では提案授業の様子を紹介したり、提案を踏まえた授業を実施したりしました。その様子を報告書として提出してまとめました。その記述の一部を紹介します。

<教職員の声>

  • 比べ読みは、学習する目的が生徒にもはっきり分かるものだと感じた。提案授業では腎臓に関する記述の是非であり、実践授業では同一主題の読み取りであった。また、グループで話したり、全体での発表を聞いたりして考えを徐々に深めていくことができた。(葛塚中)
  • 提案授業を参考にして、「個人で思索を深める→生徒同士考えを交流検討する→最後により一層個人の考えを深める」という多様な学習形態をとっていたのでよかった。思考力・判断力・表現力を高めるという本時のねらいに沿って、「教科書本文と原文との対比」「腎臓に関する記述を記載することの是非」「各自の考えの根拠を問う」等、学習を深め、ねらいを達成するための手だてを駆使している。また、プリントへ生徒の考えを記入する時間を確保するなど、授業展開が丁寧である。(葛塚中)
  • 提案授業を見て、思考力をつけるための授業を組み立てていくことは大変に難しいことが分かった。また、教師一人でなく、教師集団として意見を出し合い、話し合いながら、工夫、改善を図っていくことが大切であると感じた。提案授業を見ましたが、意見を言ったあとそれがどこの記述からそう思ったのかという根拠を明らかにする場面があればよかったと思います。それが情報収集だと思います。しかし、指導主事の授業実践には頭が下がります。この試みにチャレンジしたことが今回一番の素晴らしい点だと思います。(舟栄中)

<生徒の様子>

  • 授業者側の予想以上に生徒たちの反応が良く、みな初発の意見交流から積極的に参加していた。授業後生徒から「楽しかった。今日みたいな授業をまたやりたい。」「内容もやる前よりずっと良く理解できた。」「難しいがやりがいがある。」等の感想を多くもらった。普段何も書かず、授業に参加しない生徒も、この学習では普通に他の生徒と同じように授業に参加し、自分の意見を述べていた。2回目の意見交流の場をディベート形式で行ったのだが、全ての生徒が根拠をもとに自分の立場の正当性を主張していた。また、成績が下位の生徒を含め、クラス全員が他者の意見を参考に授業のまとめとして、自分の主張作文を原稿用紙400字程度で作成することができた。(光晴中)
  • 二つの文章を比較してどちらかを選択しなければならないという、明確な選択肢があるという点で、生徒にとって取り組みやすい課題であり、意欲も持続させやすかった。一問一答式の発問だと深く思考せずに終わる生徒が出るが、この授業のような発問をすることによって、一人一人がじっくり考える活動をさせることができた。(岡方中)

各中学校における今後の改善点

 前述の各中学校の報告書から、今後の各校の取組予定が見えてきます。その一部を紹介します。

  • 問題解決型の授業を年間指導計画に位置付け、計画的に思考力・判断力・表現力を高めるようにしていきたい。(早通中)
  • 当校の生徒は、知識・理解についてはかなり高いレベルにあるが、思考・判断や技能・表現については多少弱い面がある。これまでの取組に加え、今後は、複数の資料の比較や、明確な課題設定、グループでの話し合いを通じた意見の吟味などに配慮し、授業改善を図りたい。(宮浦中)
  • 来年度から、指導要領改訂に伴う新しい年間指導計画の作成を行うことになる。その際に、年間指導計画の中に、「思考力・判断力・表現力」を伸ばすために工夫を加えた授業を、どの単元のどの内容で行うのかについて、可能な限り明確に位置付ける。また、今後は普段の授業においても、学習意欲の向上や基礎的・基本的な内容を確実に定着させるための授業改善を図るとともに、思考力・判断力・表現力を高めるための内容を意図的に取り入れていくこととする。(横越中)
  • 情報を取捨選択し、論理的に考え、文章化する過程を、授業の中に取り入れていきたい。さらに教材の精選や指導過程の工夫が必要であり、研修を積んでいく必要がある。(新津第一中)
  • 年間指導計画の中に、情報収集する力や思考力・判断力・表現力を育成する授業を位置付ける。研究授業を実施するにあたり、実態を把握し、そこから方途を見い出し授業を位置付ける。(白南中)
  • 提案授業に基づいて、「トロッコ」「杜子春」「蜘蛛の糸」の比較読みを実践した。生徒は興味をもって取り組んだので、来年度も課題設定を工夫し、他学年に広げていきたい。(巻西中)

来年度に向けて

 平成20年度に向けて、新潟市内の各学校から研究主題の報告が届いています。その中で、校内研修で「思考力・判断力・表現力等の育成」に取り組む学校が着実に増えてきました。
 新潟市では全小・中学校への学校訪問を実施し、授業改善の在り方を考えています。20年度の訪問の際には、その学校では「思考力・判断力・表現力等」をどのようにとらえているのか、その一単位時間の中で「思考力・判断力・表現力等」がどのような具体的な姿として表出されるのかを明らかにし、さらにその力を育成するにはどのような働き掛けが必要なのかを考えていきます。

-- 登録:平成21年以前 --