学校改善支援事業における取組例;新潟市検証改善委員会思考力・判断力・表現力の向上を目指して-指導主事が行った算数科の提案授業を中心にして-

新潟市教育委員会学校支援課

新潟市の算数の課題

 全国学力調査の結果を、新潟市検証改善委員会で分析、検討しました。その結果、新潟市の算数科の課題は、次の5点であることが分かりました。

  • 1 長方形の求積公式が「たてかける横」ということを公式としては暗記していても、なぜ「たてかける横」なのかという認識が十分に深まっていない。また、まわりの長さというとらえが明確になっていない。
  • 2 例えば、25という数を四倍すると100になるという「数の多様な見方」や、「工夫して計算すると簡単に答えが求められる」という経験が足りない。
  • 3 問題解決に際して必要な条件をそろえてから考えさせることや、割合の考え方を活用できるまで十分に習得させていない。
  • 4 理由を問われたり、理由を説明したりする経験が少ないことをはじめとして、条件不足の問題や条件過多の問題に慣れていない。
  • 5 言葉の式や公式だけを見せて、どこを変えるとどこが変わるのかという変数的な見方が育っていない。

 この課題を受け、算数科では、学習指導の改善に向けて次のことに取り組むことが大切であることを、報告書として各校に示しました。

  • <授業レベル>
    • 複数の選択肢がある課題を設定し、選択した理由を問うこと
    • 問題解決に必要な条件をそろえ、見通しをもたせること
    • 公式や結果を説明する活動を組織すること
  • <年間指導計画で留意してほしいこと>
    • 既習の知識を結び付け、問いが連続する指導計画
    • 多様な見方をはぐくみ、工夫して計算するよさを感じさせる指導計画

 併せて、これらのことを具体的に示すために、「授業改善フォーラム2008」を開催し、指導主事自らが提案授業を通して、課題解決の方法を示しました。
 (当日提示した指導案は、新潟市教育委員会学校支援課のHP掲載されています。)
 新潟市が目指している「思考力・判断力・表現力等」を育てるために必要な授業像を、普段各学校をまわって授業の指導をしている指導主事自らが、実際に提案授業をすることで、これからの授業の在り方を示したいと考えたのです。

提案授業の実際

 その日はじめて出会った5年生の児童たちに、まず次のような課題を提示しました。

 手作りクッキーで有名なお店が、こんな広告を出していました。

 まわりが30センチメートルになっている、いろいろな型を用意しました。
 たったの100円です。オーブンでやく前の生地に、すきな型を選んで型ぬきをしてみましょう。
 型は、このほかにも自分で作ることもできます。やわらかい針金で作ります。

 ゆうきさんは早速100円を持ってお店に行きました。クッキーが大好きなゆうきさんは、なるべくたくさん食べたいのです。でも、ゆうきさんは迷ってしまいました。

 提示した課題は、まさに新潟市で課題として挙がった「まわりの長さ」を扱ったものです。また、「既習の知識を結び付け、問いが連続する」課題となっています。
 算数の問題というと、すぐに「求めましょう」という求答文が頭に浮かびますが、ここでは、「ゆうきさんの迷い」を全員で共有し、そこから算数の課題を導かせたかったのです。これまでのような与えられる課題では、活用する力がなかなか身につきません。
 まず、児童たちに起立したまま一斉音読させた後、「ゆうきさんがどんなことに迷っていたのか、分かる人はすわりなさい」と指示しました。
 全員がすわりました。これは、どの児童もこれだけの状況を読み取り、ゆうきさんの迷いを共有できたということです。
 何人かの児童に聞くと、「どんな形のクッキーを買おうか迷っていた」とか、「どのクッキーの面積が一番広いか迷ったと思う」という反応がありました。面積のことなど一言も言っていないのに、児童たちは自ら、クッキーの形や面積について問題意識をもち、算数の課題を設定しているのです。
 提示した四つの形(正方形、正三角形、円、長方形)は、実測値ではありません。そのため、「どの形が一番面積が広そうか」と問うと、「長方形が一番広い」という反応が多く聞かれました。
 次に、実測値で自作した四つの図形を提示し、「この他にも考えられる図形はあるのかな」と問いました。提示されている四つの図形以外にも、イメージできる図形を、もれなくあげさせたかったのです。
 こうした活動が、「問題解決に必要な条件をそろえ、見通しをもたせること」につながります。
 児童たちは、初めに提示した四つの図形(正方形、正三角形、円、長方形)以外に、次の図形をあげました。

平行四辺形 六角形 台形 ひし形 五角形

 事前に準備してきた「直角三角形」「二等辺三角形」「一般三角形」も加え、それらをすべてホワイトボードに貼りました。
 これらの中で、一番面積が広くなりそうな図形を問うと、「円」や「正方形」という声が聞こえました。確かに並べてみると、そのような感じはします。
 「すぐに面積を求められそうな図形はどれかな」と聞くと、「正方形」「平行四辺形」という声、そして逆に「簡単には面積を求められない」図形を聞くと、「円」という声が挙がりました。それぞれについて、どのように求めていけばよいのか、簡単に図を使って説明させました。
 普通なら、課題が示された後、すぐに自力解決となるのが常だと思いますが、対象となる図形をたくさんあげさせること、そしてどのように求積するのか、ある程度の見通しをもたせることが必要だと考えたのです。
 その後、一番広くなりそうな図形と少し気になる図形の2つを選ばせ取り組ませました。ある程度解決が終わってから、児童が求めた様々な図形の面積をまとめました。

三角形 正三角形 42.5平方センチメートル
直角二等辺三角形 50平方センチメートル
四角形 正方形 56.25平方センチメートル
五角形 求積せず
六角形 (正六角形 64.5平方センチメートル)
円 71平方センチメートルから72平方センチメートルくらい

 最後に、「これを見て、どんなことが分かるかな」と聞きました。ある児童は、「円の面積が一番広い」と言いました。その考えを認めつつ、他の児童は「だけど、このままだとまだ確実じゃないよね」と切り返しました。
 つまり、今調べているのはあくまでサンプルでしかないことを印象付けたかったのです。「同じ三角形でも面積が違う」という反応もありました。
 ここで、正六角形の面積を求めていた児童に、結果を発表させました。
 「正六角形は64.5平方センチメートルでした」という発言後、「みんなはまだやっていないようだけど、正五角形の面積がどのくらいになりそうかな」と問いました。
 「六角形より小さくなると思う。なぜかというと、三角形は四角形より面積が小さいから、五角形は六角形よりも面積が小さいと思う」と発言しました。
 表を見て、何かしらの規則性に気付いたのです。
 この学習をやってみると分かりますが、まさに総合的な算数的活動です。
 例えば、円の直径を30わる3.14と計算しても、当然そこでは答えを四捨五入していくこと、つまり「まるめていく」思考が必要になります。面積の比較という目的からすれば、計算のささいな結果などは、実はどうでもいいことなのです。
 そして、図形の中には、実際に作図してみないと求積できなかったり、そもそも作図自体が難しい図形もあったりします。
 さらには、まわりの長さから、求積に必要な辺などを求めていく逆思考を促す課題となっています。
 このようなことを体験させることこそ、実は全国学力調査B問題に対応する思考力・判断力・表現力を付けさせていくためには必要なことなのです。

各小学校での参観の声など

 指導主事からの提案授業後、市内すべての小学校(114校)において、提案を踏まえた授業を全教職員(保護者の授業参観で行った学校もある)に公開したり、当日撮影したDVDの授業映像を見て校内研修をしたりして、そのときの様子を報告書として提出していただきました。
 参観者の声として自由記述してもらった中には、次のような記述がありました。

<教職員の声>

  • 思考力、判断力、表現力を意識しながら指導にあたっていかなければならないと感じました。逆思考の場を設定していくと、児童の考える力が伸ばせそうだと思いました。(南浜小学校)
  • とにかく児童が頭脳をフル回転しているのが、表情で伝わってきましたし、面積を求めることができたときには、目を輝かせていました。5年生にとって貴重な学習経験になりました。(小合東小学校)
  • 見通しをもつ段階で、一人一人に自分が取り組む課題の解決方法をしっかり考えさせると、意欲が持続し、思考力を培うことにつながることが分かりました。(葛塚小学校)
  • 授業後に児童が書いた記述には、「円に近付くほど面積が広くなる」「三角形から一つ角が増えるごとに、一つの辺の長さが短くなる」「円は四捨五入するところが違うと、答えが違ってくる」など様々な内容が書かれていました。決まり切った答えを出す課題ではなく、思考力、判断力、表現力を育てる課題ならではの、課題意識が広がるものでした。(下山小学校)
  • 提案授業の一時間扱いは、二時間扱いで実施しないと、児童の学びに無理があると感じました。(上所小学校)
  • 指導する中で単元ごとにはよく理解されていても、応用問題となると弱いなあと、いつも感じていたことが、今回の提案授業によって、なぜなのかよく分かりました。今までの既習の学習内容を、総合的に活用していく場の設定がすごく少なかったと感じました。(南万代小学校)
  • 今までの図形学習の知識、技能を総動員させる授業で、うんと考えさせることができました。考えごたえのある授業こそが、児童の思考力を伸ばすものだと思います。(結小学校)
  • 面積を求める式が分からなければ本時の課題を解くことはできません。基礎・基本が定着したうえでの思考力、判断力、表現力だと思います。(坂井東小学校)

<保護者の声>

  • 自分が子どものころは、公式を覚え、それを使って答えを出すという授業だった。しかし、今日の授業は、考え方を重視し、それを生かす授業だった。新鮮なおどろきを覚えました。(太夫浜小学校)
  • 思わず引き込まれる授業だった。児童たちが授業に集中して取り組んでいました。算数は計算だけではなく、考える教科であるということが児童たちに伝わっていました。(新通小学校)

 また、実際に授業を受けた児童からは、次のような声が届きました。

<児童の声>

  • 私は、この学習でみんなが計算した結果を見て、辺の数が増えてまるみが出ているものほど、面積が広いと気付き、「なるほど」と思いました。同じ四つの辺の長方形、ひし形、平行四辺形でも面積が違うのが不思議だなあと思ったので、もっと調べてみたいです。(潟東東小学校)

各小学校における今後の改善点

 今年度(平成19年度)、新潟市内の各学校においては、教育委員会と連携した個別的な取組はしていません。しかし、報告書の「今後、どのようなことを改善していくか」の内容(次に紹介)を見ると、これからの方向性が垣間見えてきます。

<各小学校の反応>

  • 新設単元を増やすだけではなく、一つの単元中に一回でも追究力を高めることができるような題材の構成を行うよう、情報交換と教材研究を行い、次年度に送るシステムを作りたい。(葛塚東小学校)
  • 指導計画を見直し、重点的に扱う単元を国語、算数、社会、理科で年に一本くらい設定したい。(木戸小学校)

来年度に向けて

 平成19年度は、特にB問題に対する問題点を明らかにして、新潟市検証改善委員会が中心となって、授業改善に取組みました。指導主事の提案授業を研究主任等に公開し、その後、各校の実態に合わせた公開授業を他の教職員や保護者、地域の人々にも見ていただきました。
 各校の声の中には、「基礎ができていないと難しい授業」というものもありました。こうした意見に対しては、次のような指導を行っていくつもりです。

  • 今回提案したような授業を通してこそ、より一層、生きて働く基礎・基本の定着の大切さが分かること
  • 学習内容や技能を習得する学習と、今回提案したような活用型の授業とは、相反するものではないこと
  • 習得させる際にも活用を念頭に置いた指導をする必要があり、逆に、今回の授業のような時間にも、随時、既習内容を復習していくことも必要であること
  • 習得と活用、バランスのとれた学習活動を行っていくこと

 平成20年度、検証改善委員会では、今回提案した内容と同様な「思考力・判断力・表現力を育てる授業」プランを、他の学年でもできないかを探っていきます。
 また、各学校においても、これまで以上に、思考力・判断力・表現力等の育成に結び付いた研究主題が多くなっていくことが予想されます。
 新潟市では、平成20年度も全小中学校に指導主事が学校訪問を行います。
 その中で、思考力・判断力・表現力等の育成に結び付いた授業が提案されていくことを、大いに期待したいと思います。

-- 登録:平成21年以前 --