パーソナルゲノム情報に基づく脳疾患メカニズムの解明(辻 省次)

研究領域名

パーソナルゲノム情報に基づく脳疾患メカニズムの解明

研究期間

平成22年度~26年度

領域代表者

辻 省次(東京大学・医学部附属病院・教授)

研究領域の概要

 本領域では,脳疾患の発症機構には,全ゲノムを対象とした網羅的ゲノム配列解析(パーソナルゲノム解析)に基づくことが必須であるという考えに立ち,次世代シーケンサーを用いた大規模ゲノム配列解析研究,大規模ゲノム情報を扱うゲノムインフォマティクス研究,脳疾患遺伝子探索研究という,3つの最先端研究領域を統合することにより,全く新しい研究領域を創成すること,このような学際的な研究領域に精通した人材を育成することより,脳疾患の発症機構の理解を飛躍的に高め,脳疾患の治療法開発基盤を実現し,その成果が,ゲノム科学・医学研究の幅広い分野の発展に貢献することを目指している.

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 本研究の目的は,(1)実用化されたばかりである次世代シーケンサーをコアとする最先端のゲノム解析技術研究,(2)次世代シーケンサーによって産出される膨大な情報に対する最先端のインフォマティクス研究,(3)ヒトの代表的な脳疾患(アルツハイマー病,パーキンソン病,筋萎縮性側索硬化症,脊髄小脳変性症,統合失調症など)の高精度の全ゲノム配列解析(パーソナルゲノム解析)に基づいて,疾患の発症に関与するゲノムの多様性(common variantsからrare variantsまでを含む)を明らかにし,脳疾患の発症機構を解明し,治療法開発の基盤構築の実現をめざすゲノム医学研究,という3つの最先端研究領域を融合することにより,全く新しい研究領域を創成し,将来のゲノム科学・医学研究を飛躍的に発展させていくことにある.特に,実用化されたばかりである次世代シーケンサーによる網羅的なゲノム配列解析と優れたゲノムインフォマティクス解析の統合により,脳疾患のゲノム基盤を解明することを目指す.さらに,このような学際的な研究領域はこれまでには存在しなかった研究領域であり,これらの分野全体に精通した人材を育成し,我が国の学術水準の向上・強化につながる研究領域を創造することも本研究の目的とする.

2.研究の進展状況及び成果の概要

 次世代シーケンサーを導入して,ゲノムシーケンシング拠点を整備した.さらに,次世代シーケンサーから産生される膨大な情報を処理するインフォマティクスパイプラインを整備し,統一したパイプラインで解析することにより,質の高いvariant callを実現した.疾患発症に関与する新生突然変異の検出,脳疾患に多く見られる反復配列伸長変異の検出アルゴリズムを開発し,ゲノム医学研究に応用した.さらに, Pacific Biosciences 社のPacBio RS II シーケンサーを用いて得られるlong readを用いた構造変異の解析アルゴリズムを開発し,構造変異の解析に応用した.ゲノム医科学研究においては,遺伝性疾患としては,連鎖解析による候補遺伝子領域が十分絞り込まれていなくても,次世代シーケンサーを用いて,候補領域について,網羅的なゲノム配列解析をすることにより,筋萎縮性側索硬化症,パーキンソン病などの代表的な疾患の病因遺伝子を発見した.孤発性神経疾患については,common disease-multiple rare variants 仮説に基づき,疾患発症に与える影響度の大きい変異の探索を重点的に行うことにより,多系統萎縮症の疾患関連遺伝子を発見し,多系統萎縮症の発症機構の解明,さらに臨床治験へと発展する成果を得た.インフォマティクス分野の研究者育成について実績をあげた.

審査部会における所見

A- (研究領域の設定目的に照らして、概ね期待どおりの成果があったが、一部に遅れが認められた)

1.総合所見

 本研究領域は、次世代シークエンサーによるパーソナルゲノムの解析技術とゲノムインフォマティクスの連携により、データ解析の強力な拠点を構築し、重要な脳疾患の責任遺伝子探索に応用できるアルゴリズムを開発した。これにより、遺伝性神経疾患、孤発性神経疾患の発症に関与する遺伝子変異の同定に大きく寄与した。
 一方、領域内の研究業績のばらつきが大きいことや領域内共同研究がやや少なく見受けられること、成果データベースの活用範囲が明確でないことなど、全体としていくつかの課題が見られた。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究領域の設定目的の達成度

 次世代シークエンサーにより、パーソナルゲノムの解析技術が開発され、インフォマティクス担当の研究項目A03と一体となり、データ解析の強力な拠点が構築された。また、構造変異や点突然変異検出のためのアルゴリズムの開発は、関連分野への波及効果も大きい。ヒトの脳疾患の高精度全ゲノム配列解析においても幾多の病因遺伝子が発見され、孤発性神経疾患の発症要因探索においても影響力の大きい遺伝子探索が可能となった。

(2)研究成果

 本研究領域で確立したゲノム解析技術基盤を活用して多くの新規遺伝子の変異を見出した。中でもCOQ2が多系統萎縮症の発症リスクの上昇に関与することを明らかにしたのは大きな成果であり、New Engl.J.Med.に発表され、common disease-multiple rare variants仮説のモデルとなった。その他に、TFG、ERBB4(ALS)、CHCHD2(家族性パーキンソン症)など多くの病因遺伝子が同定されている。しかし、研究領域内の業績にばらつきが大きいことや、研究領域内の共同研究がやや少なく見受けられる点は、課題である。また、ホームページの研究成果の部分及び公募研究の部分が更新されていないことなど、成果の公表、普及の面でも努力が望まれた。

(3)研究組織

 本研究領域代表者のリーダーシップの下に、次世代シークエンサーを用いたパーソナルゲノム解析技術の開発研究、ゲノムインフォマティクス、ゲノム医科学の研究者が有機的に連携し、ネットワークを構築した。この研究体制により、重要な脳疾患に関する医学情報が飛躍的に増大したと認められる。

(4)研究費の使用

 高価な最新次世代シークエンサーのリース機器を活用し、高精度データ生産パイプラインを構築し、効率よくデータ解析を進めた。研究費の使用については、特に問題はない。

(5)当該学問分野、関連学問分野への貢献度

 シークエンス解析技術の開発、新しいアルゴリズムの開発は、他の医学領域におけるゲノム解析への波及効果も大きく、本研究領域の貢献度は大きいと考えられる。また、日本人ゲノムのvariationについてもin-house データベースが整備され、研究領域内で広く活用されたことは評価できるが、一部は公開データベースとして活用されたとあるものの、その範囲や内容が明確ではなく、関連分野への貢献は不明確であった。多系統萎縮症の発症関連遺伝子COQ2の同定については、コエンザイムQ10の大量補充療法の臨床治験に発展している点など、評価できる。

(6)若手研究者育成への貢献度

 本研究領域の若手研究者が昇進してポジションを得ていることなど、ゲノムインフォマティクスの若手研究者の育成に成果が見られることから、若手研究者のキャリア支援への貢献度が認められる。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成28年02月 --