気候系のhot spot:熱帯と寒帯が近接するモンスーンアジアの大気海洋結合変動(中村 尚)

研究領域名

気候系のhot spot:熱帯と寒帯が近接するモンスーンアジアの大気海洋結合変動

研究期間

平成22年度~26年度

領域代表者

中村 尚(東京大学・先端科学技術研究センター・教授)

研究領域の概要

 従来顧みられなかった中緯度海洋から大気への熱力学的強制に着目し,それが強い暖流域に集中することを世界に先駆けて訴えてきた.本課題では,中緯度気候系の随一の”hot spot”である極東・北西太平洋域に焦点を当て,アジアモンスーンと黒潮・親潮の強い熱輸送による「熱帯と寒帯とのせめぎ合い」の下で,海洋から大気への莫大な熱・水蒸気の放出をもたらす大気海洋(海氷)間の多様な相互作用現象の実態とメカニズムの解明を目指す.気候関係の異分野の研究者が共同し,黒潮続流域での現場観測と地球シミュレータでの数値モデリングや最新の人工衛星観測データ等の解析を有機的に融合することで,中緯度海洋が大気循環や表層環境の形成・変動に果たす役割を同定し,申請者らが萌芽させた気候研究の新概念の確立を目指す.

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 本領域の究極の研究目標は,中緯度随一の気候系のhot spotである日本近傍を主な研究対象域とし,従来看過されてきた中緯度海洋の役割に着目し,「熱帯⇔寒帯」・「大陸⇔大洋」の2系統の「熱的せめぎ合い」をもたらす多様な時空間スケールの複合過程を包括的に扱うことで,中緯度海洋が大気循環の形成・変動に果たす役割を同定,その実態とメカニズムを解明し,気候研究の新パラダイムを確立することである.具体的には,(1)黒潮・親潮と東アジアモンスーンがもたらす「熱帯・寒帯のせめぎ合い」に伴う大気・海洋の不安定性が生起する海洋渦,雲・降水を伴う大気擾乱と大規模な海流系・気流系との多階層相互作用,及びそれを介した海洋から大気へ莫大な熱や水の供給過程や海洋生態系を含む表層環境への影響;(2)モンスーン,特に冬季大陸上の強い冷却と黒潮からの熱放出が励起する大規模な大気波動と,それに伴う海洋から対流圏・成層圏までの鉛直結合変動とそのグローバルな影響;(3)夏冬のモンスーン・対馬暖流など大規模循環系が縁辺海(東シナ海・日本海・オホーツク海)を含めた北西太平洋域の水温・海氷分布に与える影響;逆に,水温・海氷分布が集中豪雨をもたらす梅雨前線の雲・降水系や台風,並びに豪雪をもたらす小低気圧・降水系の発生や温帯低気圧の急発達に与える影響等の解明を目指し,斬新な観測研究と最先端の数値モデリング研究との融合を図りつつ研究を遂行する.

2.研究の進展状況及び成果の概要

 全計画研究班と公募研究との緊密な連携の下,上記3研究対象全てを予定通りかそれ以上達成し,気候系の随一のhot spotである北西太平洋とその縁辺海では様々な時空間規模の現象を介して海洋が熱力学強制を通じ能動的に大気・気候に影響することを初めて明確にし,気候学の新機軸を打ち立てた.特筆すべきは,24年7月に黒潮続流沿いの水温前線を南北に整列した3隻の観測船が数日間の往復横断観測する世界初の試みを成功に導き,大気境界層構造や下層雲分布,海面エネルギー収支の時間発展の実態を初めて捉え,かつ前線の急激な北上を発見した事である.翌年7月には下層雲を対象に日本初の船舶・航空機同時観測も実施し,貴重なデータを得た.更に,最先端の数値モデリングと最新の衛星観測・大気海洋循環データの解析との融合研究から,冬季モンスーンの影響下で黒潮続流・親潮沿いの2つの水温前線に伴う熱・水蒸気放出の南北差が下層大気や雲・降水系の平均状態に影響するのみならず,前線の長期変動が低気圧活動の変調を介し大洋規模の大気循環異常を強制する事も明確にした.また,冬季モンスーンを変動させる対流圏循環異常が北極成層圏に及ぼす特異な影響も見出した.一方,初夏から盛夏にかけ北方へ急激に温暖化してゆく東シナ海が,対流性降水系の組織化に影響し,梅雨前線の動向や集中豪雨の発生に影響する事を見出した.そして,親潮前線近傍が海洋生物学的にもhot spotである事も示され,急速に温暖化する中緯度暖流・水温前線域の気候学的重要性が明確となった.

審査部会における所見

A (研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの成果があった)

1.総合所見

 気候系の形成と変動における中緯度海洋の能動的役割について、その効果が全球で最も顕著に現れる東アジア北西太平洋域を研究対象域にして、観測とモデリングの両面で大気と海洋研究者の密接な融合型研究を行うことで、新しいパラダイムを形成しようとする本研究領域の試みは十分に成功した。「熱帯と寒帯のせめぎ合い」、「東西の熱的せめぎ合い」、「北太平洋海域の役割」という3つの大きなテーマの下で、それぞれに興味深い学術成果が得られた。今後、これらの多様な成果が統合され、新しいパラダイムの構築が進んでいくことを期待する。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究領域の設定目的の達成度

 研究領域の設定目的である「気候系の形成と変動に中緯度海洋が、能動的役割を果たすという気候研究の新概念の確立」は達成された。大気と海洋のコミュニティ間、観測とモデルといった手法の異なる研究者間の連携強化が図られるとともに、洋上観測を活かした研究が推進されることで、大気-海洋間の相互作用という気候研究に必須の視点で大気海洋結合系の理解が進み、中緯度帯の挙動と熱帯寒帯及び大陸海洋の間の連結過程の理解が大きく進んだ。また、気象学・海洋学の若手研究者の連携が深まり、当該研究領域の今後の更なる発展に不可欠な貴重な基盤が形成されたことも高く評価される。

(2)研究成果

 大気と海洋のコミュニティをうまく統括し、「気候系のhot spot」という旗頭の下で数多くの研究成果が得られており、優れた成果があったと認められる。黒潮続流域で実施した集中観測は、まさに本研究領域でこそ成し遂げられたものであると評価できる。大気・海洋・生態系相互作用、エアロゾル・雲相互作用などに関しても、当初の目標を超えた成果が得られている。研究成果は多数の学術論文として取りまとめられただけでなく、国際会議・学会での招待講演などによっても成果の発信が行われており、コミュニティの関心を惹く成果があったと評価される。観測結果の詳細な解析と理解は、研究期間を越えてコミュニティの継続的な連携体制によって今後進められていくと考えられ、そのような継続性を期待できることは本研究領域の成果が大きいことを示すものである。

(3)研究組織

 4つの重要課題について、ワーキンググループを発足させ、3つの研究項目に対して横断的に取り組む仕組みを構築したことによって、研究分野・研究手法間の有機的な連携が図られ、現場観測とモデリングの融合研究から大きな成果が得られた。現場観測とモデリングとの緊密さを醸成するために立ち上げた複数の支援チームも、研究推進の基盤強化に役立った。これらの活動は大変有効に機能し、各計画研究間の密接な連携と効率的な研究推進に貢献するとともに、多くの成果の土台となったと評価される。

(4)研究費の使用

 研究経費の使用状況は妥当であり、特に問題は認められない。

(5)当該学問分野、関連学問分野への貢献度

 本研究領域が、中緯度の暖流と寒流の合流域に形成されるホットスポットが、様々な時空間スケールの物理過程を介して、海洋から大気へ大きく影響を与えることを具体的に実証することによって、大気と海洋の研究に新しい流れが作り出された。WMO(世界気象機関)と国際科学会議(ICSU)によるWCRP(世界気候研究計画)のプロジェクトの一つである、CLIVAR(気候変動及び予測可能性研究計画)において、大気海洋相互作用のパネルが創設されるなど、本研究領域の参画者が様々な活動を通して、当該学問分野の国際的な進展に大きな影響を与えている。本研究領域の成果は、海洋生態系・生物資源学・地球化学にも広がっており、さらには気候システム変動・古気候の進展にも波及効果を与えている。

(6)若手研究者育成への貢献度

 総括班に設置された「若手研究者連絡会」の活動は、気象学・海洋学の若手研究者の連携体制を構築し、当該研究領域の今後の発展への貴重な基盤となる役割を果たしている。学生は国際学会で多数の研究発表を行い、若手研究者が主著である査読付国際誌の論文も多数出版された。また、計画研究代表者らの研究室の博士課程の大学院生が、本研究領域発足時の平成22年度の9名から平成26年度の21名へと増加した。これらの点から、若手研究者育成に大きく貢献したと認められる。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成28年02月 --