ネアンデルタールとサピエンス交替劇の真相:学習能力の進化に基づく実証的研究(赤澤 威)

研究領域名

ネアンデルタールとサピエンス交替劇の真相:学習能力の進化に基づく実証的研究

研究期間

平成22年度~26年度

領域代表者

赤澤 威(高知工科大学・総合研究所・教授)

研究領域の概要

 応募領域は、旧人ネアンデルタールと新人ホモ・サピエンスの交替劇の原因を両者の生得的な学習能力差に求め、革新的な文化発展を窺わせる新人の現代的行動は、彼らが優れた個体学習能力を獲得した結果であり、その能力差によって生じた技術格差が彼らの生存を有利に導き、最終的に交替劇が起こったとする作業仮説(「学習仮説」)を提起する。そして関連分野の連携研究を組織し、(1)旧人・新人の間に学習行動差が存在したこと、(2)その学習行動差はヒトにおける学習能力の進化の結果であること、(3)その学習能力差の存在を両者の脳の神経基盤の形態差で証明すること、以上によって学習仮説による交替劇を実証的に検証する。そして、高い知能・言語機能などヒトに特異的な形質がどのような経緯で獲得されたかを見きわめる道筋を拓き、人類がどのような存在として進化してきたかについて、学習能力の視点に立つ新たな実証的モデルの構築をめざす。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

■研究領域の目的
 研究目的は、新人サピエンスと旧人ネアンデルタールの交替劇の原因は、学習能力の違いが主因だったとする作業仮説「学習仮説」を実証的に検証することである。学習仮説の根拠は、ヨーロッパ大陸で起こった旧人・新人交替劇の経緯を記録する考古学的証拠に基づく。時代状況の変化に対して、基本的に伝統技術で対処する旧人社会と相次ぐ技術革新で対処する新人社会の対峙という構図である。この文化進化の様相の違いによって両社会の間に文化格差が生じたことが主因だったとする作業仮説である。これまで誰も唱えたことのない交替劇仮説である。
■研究領域の学術的意義
 現代人起源論争に残された最大のトピックスのひとつとして脚光を浴び続けている世界的な研究テーマに先例のない斬新な発想で取り組み、顕著なブレイクスルーを達成することになる。
(1) 交替劇の原因を旧人・新人の学習能力の違いに主因を求める「学習仮説」を提唱し、人文科学、生物科学、理工科学諸分野の連携研究を基本とする独創的な研究領域ののもとに検証するアプローチは交替劇研究において例がなく、交替劇論争に強いインパクトを与える。
(2) 学習仮説は、交替劇の経緯を説明する競合説、疾病説、環境仮説、神経仮説、混血・交雑説、争い・闘争説などこれまで唱えられてきた既設仮説を根源にさかのぼって検証するベースとなる作業仮説となり、世界的な交替劇論争にインパクトを与える。
(3) ヨーロッパ中心に進められてきた交替劇研究を地球規模に拡大するために構築する旧人・新人遺跡データベースNeanderDBは、交替劇に関する既設仮説を多面的に検証する実証データとなり、交替劇論争にインパクト与え、新風を吹き込むことになる。

2.研究の進展状況及び成果の概要

■研究成果の概要
(1) 旧人・新人遺跡データベースNeanderDBが構築された(入力継続中)。当データベースの活用によって交替劇の経過を具体的証拠に依拠して検証するとともに、交替劇の経緯を、旧人・新人両者の学習行動や文化の進化速度などの視点から記述・分析し、学習仮説を実証的に検証した。
(2) 交替劇の主因と仮定した文化格差は両社会の文化進化のスピードの違いで起こったことを実証的に検証した。そして、新文化の素材となるイノベーションを創出する個体学習能力と、イノベーションを共有し、社会化する社会学習能力において、両者の間に違いがあったことを明らかにした。すなわち、学習仮説を実証的に支持する結果となった。
(3) 同時に、新人行動が示唆するイノベーション能力が生得的に獲得されていたとする当初の設定目的については、修正が求められることになった。すなわち、新人の学習能力が、移住拡散する先々で対峙することになる環境変動や社会構造等の社会環境のもとで開花することになったとする分析結果が得られた。
(4) 上記結果と連動する画期的な成果として、旧人と新人の脳の間には、学習行動を司る神経基盤に形態差が存在することを明らかにした。計算解剖学の手法による旧人の頭蓋骨内腔(エンドキャスト)と脳(化石脳)の推定復元に世界で初めて成功した。その結果、新人では、特に小脳と頭頂葉に対応する部位が相対的に大きい傾向があることを明らかになった。小脳は内部モデルに基づく学習を、頭頂葉は、身体イメージの形成や、道具使用、空間認知、数学的知識、象徴の表象、対象の操作、他者視点などに関する機能を司る領域であり、学習能力と密接に関係する。神経科学と人類学の融合という新たな方向性を示すことになった。

審査部会における所見

A (研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの成果があった)

1.総合所見

 本研究領域は、旧人と新人の交替劇の原因を学習能力という独創的な視点から解明する野心的な研究であり、国際的にも大きな意義がある。特に、高精度年代測定と古環境・古気候のデータを結びつけ、交替劇が起こる時期を気候変動との関連で明らかにした点は、高く評価できる。また、遺跡データベースの構築、古気候マップの作成、化石脳の脳学習機能マップの作成なども顕著な成果である。一方で、学習能力の進化と環境変化に関するより詳細な説明や、イノベーションの具体的な把握方法の精緻化など、学習仮説の検証にはまだ課題も残っており、今後の学術のさらなる発展が期待される。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究領域の設定目的の達成度

 本研究領域は、学習能力という共通仮説のもと、考古学・先史学、文化人類学、数理生物学、環境科学、化石工学、脳神経科学などの学問分野が共同研究を推進し、既存の学問分野の枠に収まらない新興・融合領域の創成を目指すものである。特に、旧人と新人の文化動態の実証的な解明、旧人と新人の脳形態の定量的比較などは注目に値する。学習仮説の検証にはまだ課題も残るものの、新学術領域の形成に至る重要な前進があったと評価できる。

(2)研究成果

 新人と旧人の交替劇という人類史上、注目すべきテーマに対して、欧米の研究者による既存の進化仮説とは異なる独創的な仮説を日本発の学術知見として提示したインパクトは大きい。また、個々の研究成果を学術雑誌や一般書によって公表しているほか、領域全体の総まとめ論集をSpringer社から刊行予定であることは高く評価できる。

(3)研究組織

 中間評価において計画研究間の相互参照や分野横断的な連携が不十分であることを指摘されていたが、個々の研究を架橋する研究集会や連携研究を積極的に開催し、領域全体としての議論が進展した。その結果、学習仮説の修正においても複数の分野からインプットがなされるなど、本研究領域の目的である異分野融合は達成された。

(4)究費の使用

 特に問題点はなかった。

(5)当該学問分野、関連学問分野への貢献度

 人類進化と学習仮説という大きな理論枠組みのもとで異分野間の交流と融合が可能となり、特に考古学や環境科学に関する実証的な知見を着実に積み上げたことは重要である。アフリカとユーラシア大陸に分布する旧人・新人の遺跡データベースであるNeanderDBの構築、古気候を推定して植生などを記録した環境マップの作成はその成果の一部であり、高く評価できる。また、本研究領域が学習仮説の検証において残した諸課題は、現生人類の起源に関する研究の今後の発展可能性を示すものであり、本研究領域の学問的な貢献の大きさを物語る。

(6)若手研究者育成への貢献度

 参画した若手研究者の多くが研究職に就くなど、若手研究者育成の成果は上がっている。しかし、報告書の記載内容の一部については、不整合が見られた。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成28年02月 --