世界トップレベル研究拠点プログラム(WPIプログラム)の進捗状況について 世界トップレベル研究拠点プログラム委員会

世界トップレベル研究拠点

文部科学省は2007年10月、次の5拠点を「世界トップレベル研究拠点」(World Premier International Research Center Initiative; WPI)プログラムにおいて採択した。

  • 東北大学;原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)
  • 東京大学;数物連携宇宙研究機構(IPMU)
  • 京都大学;物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)
  • 大阪大学;免疫学フロンティア研究センター(IFReC)
  • 物質・材料研究機構;国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(MANA)

目的

我が国の科学技術水準を向上させ、将来の発展の原動力であるイノベーションを連続的に起こしていくためには、その出発点である我が国の基礎研究機能を格段に高め、国際競争力を強化していく必要がある。そのため、世界トップレベルの研究拠点を、従来の発想にとらわれることなく構築し、世界の頭脳が集い、優れた研究成果を生み出すとともに、優秀な人材を育む「場」を我が国に樹立する。

現地視察とフォローアップ委員会

スタート時点での準備・実施状況と、WPIプログラムに対する理解が今後の進展にとって重要であるとの考えのもと、2008年4月に現地視察を行った。
現地視察の結果を受け、2008年5月20日には、各拠点の進捗状況を確認するため、フォローアップ委員会が開催された。以下、フォローアップ委員会で議論された主な問題点についてのまとめである。

進捗状況と問題点

1.世界トップレベル研究拠点の形成

各拠点とも、その科学レベルについては、いずれも世界的に非常に高い水準にある。たとえば、IFeRCの審良静男拠点長は、論文引用では世界のトップにあるし、iCeMSの山中伸弥主任研究者(Principal investigator = PI)のiPS細胞は、サイエンス誌により、2007年の最も影響力のある研究の第二位に選ばれている。2008年度からは、5~6名の専門家(半数は外国人)からなる作業部会による個々の研究レベルの評価が行われる予定である。作業部会委員は、今回のフォローアップ委員会で承認された。
科学的成果の高さは、世界トップレベル研究拠点として必須条件であるが、それだけでは十分でない。WPIプログラムは、高額の研究費を配分するためのものではなく、真の意味での世界トップレベル研究拠点をわが国に創生することである。本プログラムの拠点は、世界の研究者から尊敬の念を持って高く評価され、若い研究者にとってキャリア形成の場として誇りを持って応募してくるような、真に世界トップレベルの研究拠点であらねばならない。そのためには、国内外から世界トップレベルの研究者が集まってくることが、もっとも大事である。

世界的な研究拠点となるためには、国内外から一流の研究者が参加することが必要である。公募要領には、次のような目標数値が示されている。

  • 世界トップレベルの研究者10~20名あるいはそれ以上、うち外国人研究者10~20パーセント。
  • 研究者のうち30パーセント程度は短期滞在者を含め外国人。
  • ポスドク、若手研究者、研究支援者、事務スタッフを含め総勢200名あるいはそれ以上。

すべての拠点は海外の主任研究者を招聘しているが、世界的な拠点の研究者集団形成という意味では、その質と数において不十分である。拠点は一流のPIを招聘するよう模索しているが、それは容易ではなく、もう数年かかるかもしれない。WPIプログラムの10年という長い時間を考えれば、将来性のある優れた研究者を招聘することも積極的に考えるべきである。

その一方、フォローアップ委員会からは、数値目標に縛られることに対する危惧の意見も示された。

国内のPIは、それぞれ前の所属との兼務を続けている場合が多く、そのため教育、運営などの義務から完全に自由にはなれないでおり、拠点への貢献の妨げとなる恐れがある。

すべての拠点は、国際シンポジウムを開催している。このような企画は、拠点の存在を世界に知ってもらう点で有効である。

拠点の目的達成のためには、拠点長への期待と責任は大きい。拠点長が十分に能力を発揮できるよう、ホスト機関および拠点メンバーからの積極的な支援が必要である。同時に、分厚い書類など、運営に対する要求は最低限にとどめるようにするべきである。

2.研究テーマ

WPIプログラムは複数の基礎分野にまたがる融合領域を研究対象としている。融合領域の研究から、従来の学問では期待できなかったようなブレークスルーあるいはパラダイムシフトとなるような研究が生まれることを期待しているからである。フォローアップ委員会においても、融合研究の進捗状況、今後の見通しが議論の対象となった。

各拠点の融合領域は次のとおりである。IPMUは、数学と物理学の融合により宇宙の起源を理解するという新しい提案である。AIMR、MANAは、もともと機関内で行われてきた研究分野を融合させようという試みである。iCeMSは、メゾ空間生物学という意欲的研究テーマを提案している。IFReCは、免疫学研究への分子イメージング技術の導入を提案している。
このような融合を促進するためには、様々な領域で、様々な興味を持つ研究者たちが意見を交換する場を設定するのが大事である。たとえば、IPMUの拠点長は、午後のティータイムをもうけ、全員が参加するよう呼びかけている。IPMUの新しい建物には、交流のためのスペースが設けられている。一方、いくつかの拠点の中には、若い研究者間のコミュニケーションがほとんど見られないところもあった。

いずれの分野も、先端領域であるが故に進歩が早く、絶えず研究方向と戦略の見直しが必要であり、融合研究の促進を図る努力が必要である。各拠点は融合研究を図り、それを実行する具体的方策について考慮すべきである。

3.研究環境

WPIプログラムの目的を達成するためには、研究環境の整備(建物、研究スペース、事務や技術的サポートなど)が不可欠である。全ての拠点は、上記のような情報交換の促進や学際的な研究協力の活性化のため、PIが一緒に活動できるよう新しい施設に移転する予定である。ホスト機関はそのために高額の予算を用意している。

IPMUには、来年新たな研究施設が完成する。IFReCとAIMRは、母体となった研究所に隣接して新しく建設中である。MANAのPIの実験施設は3つのキャンパスに分かれているが、彼らの事務室は同じ建物に集約される予定である。iCeMSは、3つの建物を用意しているが、その1つはiPS細胞研究センター(CiRA)のために使用される予定である。フォローアップ委員会では、iCeMSとCiRAの関係を明確にする必要性が示唆された。

従来のわが国の組織は、日本語によって運営が行われており、事務職員は一般的に英語を訓練されていなかった。しかし、本プログラムは英語を職務上の使用言語とする。この点について、いずれの拠点も英語の堪能な職員を雇用し、その事務部門を変革することに成功している。さらに、事務部門長には4つの拠点で研究経験者を配置している。言語のサポートはMANAにおいてよく整備されている。すべての情報は、日本語・英語の二カ国語で表示されている。日本語でのみ申請可能な補助金の場合、申請書類は事務職員によって日本語に訳されている。このような体制は文部科学省・科学技術振興調整費により実施されたICYS(International Center for Young Scientists)の経験によるところが大きい。実際、外国人研究者は、MANAの35パーセントに達する。IPMUも外国人研究者を受け入れるためのあらゆる努力を重ねている。

4.運営

新たな運営システムの樹立もWPIプログラムの課題である。既存の大学運営手法や官僚的な障害を乗り越えた運営が必要である。拠点長の強力なリーダーシップ、トップダウン指導体制、実績を反映した給与システムなど弾力的で新しい運営システムが期待される。この進捗のよい例として、IPMUの村山斉拠点長が挙げられる。彼は、ホスト機関のそれとは異なる合理的な運営システムを新しく形成するよう進めている。AIMRは、4人のコアメンバーによる強力でトップダウン的なリーダーシップ体制を確立した。能力に応じた給与システムなども、実施されているか、あるいは実施を考慮中である。

ホスト機関は、拠点を大学/機構の重要な戦略の中に位置づけ、積極的な財政支援をおこなっている。

AIMRでは、井上明久総長自身がPIとして参加している(エフォート 30パーセント)点でユニークである。

5.人材養成

公募要領に示されているように、10年というプログラムの実施期間を考えると、次代を背負う若手研究者を養成することは、重要な要素の1つである。拠点は、研究者がその研究に専念できる環境を提供するべきであるが、研究に対する学生の参加を排除するものではない。優れた研究者が、大学院生を含む若手研究者に与えるインパクトも大きい。拠点が大学院との密接な協力を維持できるように、ホスト機関が一層支援することが望まれる。MANAは大学ではない機関なので、大学との連携を密にして、若い人材とエネルギーを取り込むようにしてほしい。

それぞれの拠点は、ポスドクの国際公募を行っており、応募者は多い。しかし、優れたポスドクを見つけ、雇用することは必ずしも簡単ではない。MANAは、若手研究者に対しdouble mentor, double affiliation, double discipline制を導入している。IPMUは、ポスドクに毎年海外の研究機関で研究することを強く推奨している。

6.結論

今回選考された5拠点はすべて国際的に高い研究レベルにあり、将来世界のトップレベル研究拠点になる可能性が高い。それぞれに改良すべき点は残されているが、これらの拠点は、この6ヶ月という期間に、世界拠点に向けて最大限の努力を重ねてきた。国内外からトップレベルの研究者を集め、日本に真の意味での世界トップレベル研究拠点を形成するため、今後も努力を重ねてほしい。

5つの拠点のうち、プログラム委員会は、iCeMS及びIPMUの取り組みに特に感銘を受けた。iCeMSにおいては、PIのひとりである山中伸弥教授によるヒトiPS細胞の作成が世界的な注目を集め、WPIプログラムの目的である「目に見える拠点」の形成に向け今後を期待させる大きな一歩になった。
また、IPMUの拠点長である村山斉教授は、強いリーダーシップをもって、全く新しい研究拠点の構築に向け邁進しており、WPI拠点の1つのモデルとなりうる取り組みとして有望であると評価される。

個々の拠点に関しては、それぞれの報告を参照のこと。

-- 登録:平成21年以前 --