先端医療技術に関する社会的合意形成の手法

平成13~14年度
科学技術政策提言
報告書要旨

平成15年9月

研究代表者:赤林 朗(京都大学大学院医学研究科)
中核機関:株式会社富士総合研究所

1.研究目的

 日本では、先端医療技術(研究段階の医療技術や、現段階で未だ通常に行われていない医療技術を総称する)について、研究推進や実施の可否を含め、どのように社会的な合意形成を進めていけばよいのかというルールは明確に定められていない。「新たな医療技術を実施するか否かは、誰がどのように議論していけばよいのか。そして、もし実施するならば、どのように行っていけばよいのか」といった事項について、これまで各論的に議論が進められてきたといえる。
 本研究では、以上のような認識のもと、日本での今後の先端医療技術における社会的合意形成のあり方を模索することを目的に実施した。

2.研究内容

(1)理論研究

 「合意」、「社会的合意」の概念について整理を行うとともに、公共政策学や公共選択学等の分野における最近の研究動向を概観した。そして、それぞれの分野における、1合意の概念の整理、2合意形成の事例・実態を検討し、先端医療技術分野における社会的合意形成のあり方を考える際の留意点を分析した。

(2)事例研究

 我が国で既に実施されている医療技術である「臓器移植」、「遺伝子治療」を対象とし、それぞれの医療技術が臨床で用いられるまでに至ったプロセスを検証すべく、文献調査及びヒアリング調査(ヒアリング調査:臓器移植31件、遺伝子治療28件、国民グループインタビュー:23件)を実施した。また、国民、医療機関等を対象に当該医療技術の実施に至るまでのプロセスについての評価、望ましい合意形成のあり方についての意識について質問紙調査(1国民:計3,000人の国民を対象、有効回答率34.5%、2一般病院:300床以上の一般病院全数1,491を対象、有効回答率31.1%、3医系大学倫理委員会:医系大学倫理委員会全数80を対象、有効回答率77.5%、4医系学会:日本医学会分科会全数96を対象、有効回答率60.4%)を実施し、日本における今までの合意形成プロセスについての課題点(課題設定と議論の場、議論の内容とプロセス及び制度、公開性と市民参加等)を抽出・分析した。
 その結果、政府の審議会、パブリックコメント制等、先端医療技術に関する政策策定における審議体制の整備が進んだこと、しかし、政策決定過程に関して、国民、医療機関等の理解・認知の程度は必ずしも高いとはいえないこと、情報公開と審議方法の見直しを望んでいること等が認められた。

(3)審議体制・プロセスに関する国際比較調査

 現在、日本及び欧米諸国(アメリカ、カナダ、イギリス、フランス、ドイツ、オランダ、デンマーク)は、どのような体制・プロセスによって先端医療技術の実施に関するルール作りを行っているのか、その概要をヒアリング調査(55機関)するとともに、その課題(各機関の位置付け、審議組織における専門家の構成と市民参加の現状、各政策策定過程における機能・役割)を抽出・分析した。
 その結果、いずれの国においても、公的機関が合意形成プロセスに何らかの形で関与している場合が多いこと、患者や一般市民の参画を促すことが重要との認識があること、合意形成手法について様々な試みがなされていること等が明らかになった。

3.研究成果

(1)総論

 先ず、先端医療技術における社会的合意形成においては、「双方向性、対話の視点」を重視し、様々な考えを持つ国民が共に生きて行くための仕組みづくりを目指す必要性が確認された。そのプロセスにおいては、1情報公開がなされていること、2プライバシー保護がなされていること、3対立する意見を持つ者もより納得のいくプロセスが踏まれること、4プロセスにより多くの人々が様々な方法で参加・関与できること、に配慮することが重要である。そして、より適切なプロセスを経るためには、1国民を含めた合意形成に関わる人々、集団、組織(アクター)が、積極的・主体的に参加し、2問題の科学的側面を可能な限り正確に理解した上で、3各アクター間の対話と相互理解を図り、合意形成に向けて協力し合うことが必須である。

(2)政策上の提言

 政府が、合意形成に関わる際の一モデルを考案した。そのモデルにおいては、産学官民の代表からなる常設の専門機関が設置され、議論の取り扱いの場の一本化が図られる。具体的には、1当該問題に関して、主なアクターになると考えられる組織・団体は、その問題に対する考えを内外に公開する、2専門機関は、各アクターの意見を元にして、専門機関としての試案を作成、国民が必要とする情報を付して広く公表する、3専門機関の試案を元に各アクターは、再度自組織の案を検討しその結果を公表する、4専門機関は、再度検討された案を元に、第二案を作成する、というステップを経る。本モデルが実際に日本社会において機能するか否か、検証されることが期待される。
 上記の成果を踏まえ、総論における考えを具体化するため政府が行える施策として、計14の具体的提言を行った。

大前提となる提言

  • 提言1:先端医療技術・ライフサイエンス分野一般に関するELSI(Ethical, Legal, Social Issues)についての国家予算配分を見直すこと、及び必要に応じて増額すること

合意形成プロセスについての提言

  • 提言2:現行のパブリックコメント制の改善
  • 提言3:審議会等の運営方針の見直し
  • 提言4:リファレンスセンター(資料室)・クリアリングハウス(情報交換所)を設置すること
  • 提言5:医療従事者・研究者側が、公開市民講座の開催や一般・患者向け解説書の出版を促進できるような配慮を研究助成の際にすること
  • 提言6:関心のある一般市民、患者・患者団体、医療従事者等から有効に意見を収集・集約できる方法を開発すること
  • 提言7:各施設の倫理審査委員会への支援(インフラの整備と人材養成)
  • 提言8:現場からの問い合わせに迅速かつ適切な助言ができる体制をつくること(ホットラインの設置等)
  • 提言9:より充実した決定事項の監視(モニタリング)制度の確立
  • 提言10:より充実した事後評価体制の確立

合意形成のための政府組織についての提言

  • 提言11:政府組織等の運営の見直し
  • 提言12:組織改変の可能性を、長期的展望のもとに検討すること

その他事項についての提言

  • 提言13:大学、民間機関(シンクタンク、NPO等)の活用
  • 提言14:教育において医療一般、ライフサイエンス分野に関するELSI関連項目を強化すること

お問合せ先

科学技術・学術政策局計画官付

(科学技術・学術政策局計画官付)

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