平成16年6月
平成14~15年度
科学技術政策提言
報告書要旨
研究代表者:町野 朔(上智大学)
中核機関:上智大学法学部
日本においては、生命科学と生命倫理、科学者と社会との関係は、理想的なものになっていない。
現在のところ、わが国の生命科学とその研究者を規制しているのは、行政庁の倫理指針(ガイドライン)である。これは、研究者が自発的に行政庁の指導に従うことを期待するものであり、法律による強制よりは格段にソフトな規制方式である。わが国の研究者たちは、概してこのような規制方法を好むようであり、彼らの中には、これを無視してまで研究・医療を実行しようとはしない。しかしそれでも、過剰な規制により研究が不当に制限されていると考える者もいないわけではない。ときには、規制の及ばない「研究特区」を作るべきだとの主張も聞かれるほどである。
他方、社会には、先端的生命科学技術の急速な進展に不安を持つ人々が多い。彼らは、科学者への不信から、法的強制力のないガイドラインは十分ではなく、法律による規制が必要だと主張する。そして、日本には一貫した生命倫理的思想が欠落し、科学者と行政との癒着によるガイドラインの制定が行われている、人間の尊厳が医療産業により侵害されている、などと主張するのである。
さらに、社会の中には生命科学の発展、医学研究に期待する人たちもいる。彼らは、逆に、科学者たちの研究、先端的医療技術の実行が反対者によって妨害されているため、人々の医療を受ける権利、福祉の実現が不当に阻害されていると思っている。つまり、現在の日本では、生命科学技術と生命倫理の状況に満足している人がほとんどいないのである。
生命科学の行く先を一瞥もせずに、闇雲にアクセルを踏むことはできない。しかし、生命科学の負の可能性に恐怖して、無闇にブレーキをかけるべきでもない。生命科学は、社会の支持を受けながら、倫理的にも正当なかたちで推進されなければならない。本研究は、以上のような閉塞状況の中で、わが国の科学技術政策を前進させるための、実行可能な政策を提言することを目的とする。
「生命倫理と法」の議論においてはさまざまな「殺し文句」が濫用され、議論を混乱させている。本研究では、「法と倫理の峻別」「生命の尊厳」「プライバシー」「自己決定権」の各概念を根本から捉え直し、その役割と射程を明らかにすることで、議論において真に「使える」ものにすることを目指した。
生命科学技術の規制にあたっては、現場にどこまで委ねられるか、研究者自身の自律にどの程度期待するべきかが大きな問題となる。そこで、ここでは、以下の4つの作業を行った。1生物・理工・人文全領域にわたる研究者の生命倫理観をアンケートにより調査し、葛藤の所在を示す。2日本医師会や専門医学会が研究者の規律維持のために果たしうる役割とその限界を精査する。3研究者の自律性を担保するための、研究倫理の教育・普及の可能性を探る。4施設内倫理委員会による研究のコントロールについて、その可能性と問題点を探る。
実際に規範を作り、政策として実現するにあたって、検討しなければならない課題として、以下の4つの作業を行った。1政府審議会の機能の見直しを行い、より適切な政策形成のプロセスを示す。2国民の充分な理解に基づく合意形成を可能にするため、科学コミュニケーションの可能性を探る。3特許制度の検討を通じて、企業の経済活動と生命倫理の関係を捉え直し、経済活動の中での研究推進と倫理的配慮を両立させる道を探る。4現在の主要な政策課題であるヒト胚研究の規制について、いかなる政策を採るべきかを考察する。
報告書の中に含まれる政策提言のうちの主要なものを列挙する。詳細は報告書を直接参考にして頂きたい。
電話番号:03‐6734‐4017(直通)
-- 登録:平成21年以前 --