翻訳者及び翻訳物の法的保護並びに翻訳者の地位を改善するための実際的手段に関する勧告

翻訳者及び翻訳物の法的保護並びに翻訳者の地位を改善するための実際的手段に関する勧告(仮訳)

1976年11月22日 第19回ユネスコ総会採択

 国際連合教育科学文化機関の総会は、1976年10月26日から11月30日までナイロビにおいてその第19回会期として会合し、
 翻訳物が、文学的及び学術的著作物(技術的著作物を含む。)の言語的国境を越えての普及及び思想の交流を容易にすることによって、諸国民間の理解及び諸国家間の協力を促進することを考慮し、
 特に余り広く話されていない言語で書かれ又はそのような言語に翻訳された著作物に関し、翻訳者及び翻訳物が文化、美術及び学術の国際交流において果たす極めて重要な役割に留意し、
 翻訳物が文化及び発展のためにその役割を効果的に果たす上で必要とされる質の翻訳物を確保するためには翻訳者の保護が不可欠であることを認め、
 この保護の原則が万国著作権条約に既に含まれており、また、文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約及び加盟国の多くの国内法令にもその保護に関する特別の規定が含まれている場合においても、これらの原則及び規定の実際上の適用が必ずしも適切でないことを想起し、
 多くの国において、翻訳者及び翻訳物が、著作権に関し、著作者並びに文学的及び学術的著作物(技術的著作物を含む。)に与えられる保護に類似する保護を享受している場合においても、翻訳者を著作者と同様に取り扱う措置及び翻訳業に固有の措置であつて本質的に実際的なものの採択が現行の法令の実効的な適用を改善するために正当と認められるとの見解を有し、
 その第18回会期において、翻訳者の保護を、国際連合教育科学文化機関憲章第4条4にいう加盟国に対する勧告の主題とすべきことを決定して、1976年11月22日に、この勧告を採択する。
 総会は、加盟国が、この勧告に規定する原則及び基準を自国の領域内において実施するため、必要とされる立法措置その他の措置を自国の憲法上の規定及び制度上の慣行に従つてとることにより、翻訳者及び翻訳物の保護に関する次の諸規定を適用することを勧告する。
 総会は、加盟国が、この勧告につき、翻訳者の精神的及び物質的利益並びに翻訳物の保護に関する問題について責任を負う当局、官庁又は機関、翻訳者の利益を代表し又は促進する各種の機関又は団体並びに出版者、劇場経営者、放送事業者その他の使用者及び利害関係者の注意を喚起することを勧告する。
 総会は、加盟国が、この勧告を実施するためにとつた措置に関する報告を、総会が定める時期に及び様式で国際連合教育科学文化機関に提出することを勧告する。

I 定義及び適用範囲

1 この勧告の適用上、
 (a)「翻訳物」とは、原著作物又は翻訳物が書籍、雑誌、定期刊行物その他の形式による発行又は劇場、映画、ラジオ若しくはテレビジョンその他の媒体による上演及び演奏を目的としているかどうかを問わず、文学的又は学術的著作物(技術的著作物を含む。)を一の言語から他の言語へ置き替えたものをいう。
 (b)「翻訳者」とは、文学的又は学術的著作物(技術的著作物を含む。)の翻訳者をいう。
 (c)「使用者」とは、翻訳物を作成させる人又は法人をいう。
2 この勧告は、次の事項にかかわりなく、すべての翻訳者について適用する。
 (a)次のいずれかの翻訳者として適用する法的地位
  (i)独立の翻訳者
  (ii)俸給を受ける翻訳者
 (b)翻訳される著作物が属する分野
 (c)翻訳者としての地位の性質(常勤又は非常勤)

II 翻訳者の一般的な法的地位

3 加盟国は、翻訳物に関し、自国が締約国である国際的な著作権条約の規定又は自国の国内法令に基づいて著作者に与えられる保護を翻訳者に与えるべきである。ただし、翻訳される原著作物の著作者の権利を害してはならない。

III 著作権に関する国際条約及び国内法令に基づいて翻訳者に与えられる保護の実際上の適用を確保するための措置

4 翻訳者と使用者との間で書面による契約を締結することが望ましい。
5 原則として、翻訳者と使用者との間の関係を規律する契約及び場合によりそのような関係を規律するその他の法的文書には、次のことを規定すべきである。
 (a)翻訳者の法的地位のいかんを問わず、翻訳者に公正な報酬が与えられること。
 (b)少なくとも翻訳者が俸給を受ける翻訳者として働いていない場合には、翻訳物の販売又は使用からの収益に比例する報酬を前払金(この前払金は、収益のいかんを問わず、翻訳者が保有する。)で支払うこと、国内法令が規定し又は認めるときは、販売と関係しない他の報酬制度に従つて算定される額を支払うこと又は、比例制による支払が不十分であり又は適用することができないことが判明した場合には、公正な一括払いの額を支払うこと。支払の適当な方法は、当該国の法制及び場合により翻訳される原著作物の種類を考慮して選択されるべきである。
 (c)適当な場合において、翻訳物の使用が契約に明記する限度を超えるときは、追加の支払のための措置をとること。
 (d)翻訳者によって与えられる許諾は、明示的に規定される権利に限定されることを定めること。この規定は、新たな版についても適用する。
 (e)翻訳者が必要な許諾を得ていない場合には、使用者がその許諾を得ることについて責任を負うことを定めること。
 (f)翻訳者が与えられるすべての権利の明白な享有を使用者に保証し及び翻訳者が使用者の正当な利益を害するようないかなる行為をも差し控え、かつ、適当な場合は職業上の秘密の原則を遵守することを約束することを定めること。
 (g)翻訳される原著作物の著作者の特権に従うことを条件として、翻訳者の事前の同意を得ることなしに、発行を目的とする翻訳物の本文にいかなる変更をも加えないことを定めること。
 (h)翻訳者及びその翻訳物に対し、あらゆる関係を考慮して、著作者が通常与えられる宣伝と同様の宣伝を確保すること。特に、翻訳者の氏名は、発行されるすべての翻訳物、興行広告、ラジオ放送又はテレビジョン放送に関連して行われる告知、映画の題号その他のすべての振興材料の目立つ場所に掲げるべきである。
 (i)翻訳物が使用されることが当然予想される国における著作権に関する方式に従うために必要な表示を翻訳物に記載することを使用者が確保することを定めること。
 (j)特に翻訳物の質に関連して生ずる紛争を、できる限り、仲裁により若しくは国内法令に定める手続に従い又は一方において公平を保証し、他方において容易に利用でき、かつ、廉価である他の適当な紛争解決方法によって解決することを定めること。
 (k)翻訳者が翻訳する場合の双方の二言語を記載し、また、1(a)の規定の適用を妨げることなく翻訳者が通訳として利用されることがある場合には、その旨を更に明示的に定めること。
6 加盟国は、4、5及び14に勧告する措置の実施を容易にするため、個別の契約を締結する翻訳者の自由を害することなく、関係当事者、特に、一方において翻訳者の職業団体その他翻訳者を代表する機関又は協会及び他方において使用者の代表が、この勧告において示唆する措置に基づき、また、翻訳者又は翻訳物の性質のいずれかを理由として生ずることのあるすべての事態を十分に考慮して、モデル契約を採択し又は労働協約を、締結することを奨励すべきである。
7 加盟国は、また、翻訳業の実施を規律する規則及び義務を規定し、翻訳者の精神的及び物質的利益を擁護し、かつ、翻訳者の間及び翻訳者と翻訳される著作物の著作者との間の言語、文化、学術及び技術の交換を容易にするため、翻訳者が有効に代表されることを確保し並びに翻訳者の職業団体その他翻訳者を代表する機関又は協会の創設及び発展を奨励する措置を促進すべきである。このため、これらの機関又は協会は、国内法令が認める場合には、特に次の活動を行うことができる。
 (a)翻訳業を規律する基準の採択を促進すること。この基準には、特に、翻訳者が言語及び文体の双方の点から質の高い翻訳物を提供し、かつ、翻訳物が原著作物の忠実な翻訳であることを保証する義務を有する旨を定めるべきである。
 (b)翻訳者及び使用者にとつて受け入れることができる報酬のための基礎を研究すること。
 (c)翻訳物の質に関連して生ずる紛争の解決を助けるための手続を定めること。
 (d)使用者との交渉において翻訳者に助言し及び翻訳物に関するモデル契約の作成において他の関係当事者と協力すること。
 (e)翻訳者が、個別に又は集団として、また、国内法令又は適用されるいずれかの労働協約に従い、私的又は公的財源から受領した資金の利益を著作者とともに受けるように措置をとることを努力すること。
 (f)会報の発行、会合の開催その他の適当な手段により、翻訳者に関心のある問題につき情報の交換を行うこと。
 (g)社会給付及び課税の見地から、翻訳者を文学的又は学術的著作物(技術的著作物を含む。)の著作者と同様に取り扱うことを促進すること。
 (h)翻訳者の訓練のための専門的計画の作成及び発展を促進すること。
 (i)翻訳者の利益を増進するための他の国内的、地域的又は国際的機関、著作権によって保護される著作物の利用に必要な手続の履行を助けるために設立される国内的又は地域的著作権情報センター及びユネスコの国際著作権情報センターと協力すること。
 (j)翻訳者の利益を擁護するために使用者及びその代表又は職業団体若しくは職業協会と緊密な接触を維持し、並びに有利と思われる場合にこれらの代表又は団体若しくは協会と労働協約について交渉すること。
 (k)一般的に、翻訳業の発展に貢献すること。
8 もつとも、この勧告は、翻訳者が翻訳者を代表する職業団体又は職業協会の会員であるかどうかを問わず、すべての翻訳者について適用すべきものであるため、そのような団体又は協会の会員であることは、7の規定の適用を妨げることなく、保護に必要な条件としてはならない。

IV 翻訳者の社会的及び財政的地位

9 独立の作家として働く翻訳者は、著作権使用料が支払われているかどうかを問わず、文学的又は学術的著作物(技術的著作物を含む。)の著作者について通常適用される退職、疾病、家族手当等に関する社会保障制度及び課税措置上の恩恵を実際に受けるべきである。
10 俸給を受ける翻訳者は、棒給を受ける他の専門職員と同一の基準で取り扱われるべきであり、したがつて、その専門職員について設けられた社会制度の恩恵を受けるべきである。この点に関して、職業規則、労働協約及びこれに基づく雇用契約には、自己の翻訳者としての地位が、特に職業的分類に関して認められるように、学術的及び技術的文書の翻訳者の範疇を明示すべきである。

V 翻訳者の訓練及び労働条件

11 加盟国は、翻訳が語学のためのみの授業とは別個の教育を必要とする独立した分野であること及びこの分野が特別の訓練を必要とすることを原則としで認めるべきである。加盟国は、特に翻訳者の職業団体又は職業協会、大学その他の教育機関と連絡して翻訳者のための執筆計画の設定を奨励し及びセミナー又は研究会の開催を奨励すべきである。また、翻訳者が継続的な教育課程の恩恵を受けることができることが有益であることを認めるべきである。
12 加盟国は、次の活動を行うことを助長する専門用語センターを組織することを検討すべきである。
 (a)翻訳者がその日常の業務において必要とする専門用語に関する最新の情報を翻訳者に通報すること。
 (b)翻訳者の仕事を容易にするために学術及び技術に係る専門用語を基準化するため、かつ、その国際化を促進するために世界中の専門用語センターと緊密に協力すること。
13 加盟国は、職業団体又は職業協会その他の関係当事者と協力して、翻訳者が自己の作業に係る言語についての知識並びにその翻訳する著作物が書かれている社会的及び文化的情況についての知識を改善することができるように、諸国間における翻訳者の交流を容易にすべきである。
14 翻訳物の質の改善のために、7(a)に規定する職業規則その他の翻訳者と使用者との間の契約書において、次の諸原則及び実際的な措置を明示的に認めるべきである。
 (a)翻訳者は、その作業を完成するため、合理的な時間が与えられるべきである。
 (b)翻訳される本文の理解及び翻訳物の起草に必要な資料及び情報をできる限り翻訳者に提供すべきである。
 (c)原則として、翻訳は、原著作物から行うべきであり、再翻訳によることは絶対に必要な場合のみに限られるべきである。
 (d)翻訳者は、できる限り、母国語又は母国語と同等に熟知している言語への翻訳を行うべきである。

VI 開発途上にある国

15 開発途上にある国は、自国の必要を満たすために必要な方法で、かつ、1971年7月24日にパリで改正された万国著作権条約及び文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約のパリ改正条約(1971年)に規定された開発途上にある国のための特別規定に照らして、この勧告に規定する原則及び基準を適合させることができる。

VII 最終規定

16 翻訳者及び翻訳物がこの勧告に定める保護よりもある点で有利な保護を享受している場合には、既に享受している保護を低下するようにこの勧告の規定を援用してはならない。

  以上は、国際連合教育科学文化機関の総会が、ナイロビで開催されて1976年11月30日に閉会を宣言されたその第19回会期において、正当に採択した勧告の真正な本文である。

  以上の証拠として、我々は、署名した。

  総会議長
  タイタ・トエット
  事務局長
  アマド=マハタール・ムボウ

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