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日本ユネスコ国内委員会

日本ユネスコ国内委員会総会(第140回)議事録

1.日時

平成29年2月24日(金曜日)14時00分~16時30分

2.場所

ホテル ルポール麹町 マーブル

3.出席者(敬称略)

〔委員〕
安西祐一郎(会長)、古賀信行(副会長)、濵口道成(副会長)
安達久美子、阿部宏史、礒田博子、井手明子、稲葉カヨ、猪口邦子、植松光夫、宇佐美誠、及川幸彦、大西英男、岡田保良、翁百合、長有紀枝、加藤淳子、河内順子、黒田玲子、小長谷有紀、小林真理、今みどり、西園寺裕夫、島谷弘幸、杉村美紀、妹島和世、高尾初江、立川康人、寺本充、中西正人、那谷屋正義、西尾章治郎、野村浩子、羽田正、早川信夫、日比谷潤子、平野英治、細谷龍平、松代隆子、山田卓郎、横山恵里子、吉見俊哉

〔欠席・委任〕
青野由利、青山周平、秋永名美、安達仁美、有里泰徳、伊東信一郎、相賀昌宏、岡田元子、小此木八郎、郡和子、小林栄三、佐藤慎一、杉山晋輔、平松直巳、福岡資麿、見上一幸

〔外務省〕
下川眞樹太 国際文化交流審議官

〔文部科学省〕
義家弘介 文部科学副大臣、樋口尚也 文部科学大臣政務官、匂坂克久 大臣官房国際課長

〔文化庁〕
大西啓介 文化財部記念物課長、濱田泰栄 文化財部伝統文化課文化財国際協力室室長補佐

〔環境省〕
奥田直久 自然環境局自然環境計画課長

〔事務局〕
松浦晃一郎 日本ユネスコ国内委員会特別顧問(前ユネスコ事務局長)、森本浩一 日本ユネスコ国内委員会事務総長(文部科学省国際統括官)、小林洋介 日本ユネスコ国内委員会事務次長(文部科学省国際統括官付国際戦略企画官)、その他関係官

4.議事

【安西会長】  定刻でございますので、第140回日本ユネスコ国内委員会総会を始めさせていただきます。
お忙しい中、お集まりいただきまして、誠にありがとうございます。
本日は、義家文部科学副大臣に御多忙のところおいでいただいております。後ほど御挨拶を頂ければと思っております。よろしくお願い申し上げます。
まず事務局は定足数の確認をお願いします。
【鈴木補佐】  本日、ただいま御出席の委員が36名でいらっしゃいます。委員の過半数でございますので、定足数を満たしてございます。
【安西会長】  ありがとうございます。定足数が満たされていると事務局から報告がございましたので、日本ユネスコ国内委員会を開会させていただきます。
国内委員会の規程に基づきまして、本日の総会は、一部の議題を除いて、傍聴の希望者に対して公開をさせていただきます。また、御発言は、非公開の部分を除きまして、そのまま議事録に掲載され、ホームページ等に公表されます。
本日は、義家文部科学副大臣、また、樋口文部科学大臣政務官にもお越しいただいています。よろしくお願い申し上げます。
そして、外務省、環境省等の関係官に出席を求めております。また、松浦日本ユネスコ国内委員会特別顧問にお越しいただいております。松浦特別顧問には後ほど御意見を頂く予定でございます。よろしくお願い申し上げます。
本日の配布資料につきましては、不足等ございましたら、会議の途中でも構いませんので、挙手で事務局までお知らせいただければと思います。
審議の前に、委員及び事務局の異動がございましたので、事務局から報告をお願いします。昨年7月29日に前回の総会が開催されましたが、それ以降の異動でございます。よろしくお願いいたします。
【鈴木補佐】  昨年10月18日付で、衆議院の指名に基づきまして、青山周平衆議院議員に御就任いただいておりますが、本日御欠席でございます。
また、大西英男衆議院議員に御就任いただいております。
同じく10月19日に参議院の指名に基づきまして、福岡資麿参議院議員に御就任いただいております。本日は御欠席でいらっしゃいます。
また、昨年12月1日に、翁百合委員に御就任いただいております。
続きまして、小長谷有紀委員に御就任いただいております。
小林栄三委員に御就任いただいておりますが、本日御欠席でございます。
杉村美紀委員に御就任いただいております。
野村浩子委員に御就任いただいております。
羽田正委員に御就任いただいております。後ほどお見えになる予定でございます。
日比谷潤子委員に御就任いただいております。
平松直巳委員に御就任いただいておりますが、本日御欠席でございます。
細谷龍平委員に御就任いただいております。
松代隆子委員に御就任いただいております。
山田卓郎委員に御就任を頂いております。
杉山晋輔外務事務次官に就任いただいておりますが、本日欠席で、下川外務省国際文化交流審議官が代理出席しております。
佐藤慎一財務事務次官が就任いたしております。本日御欠席でございます。
また、森本浩一文部科学省国際統括官が就任してございます。
事務局でございますが、本年2月1日に、国際戦略企画官、小林洋介が就任いたしております。
以上でございます。
【安西会長】  ありがとうございました。
昨年12月1日付で、濵口道成委員が日本ユネスコ国内委員会副会長に就任していただいております。
今御紹介がありました新しい委員の皆様含め、皆様のお力をおかりして、我が国のユネスコ活動を一層推進してまいりたいと思いますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
それでは、まず、会議開催に際しまして、義家文部科学副大臣から御挨拶を頂ければと思います。副大臣、よろしくお願いいたします。
【義家副大臣】  第140回日本ユネスコ国内委員会の開催に当たり、御挨拶を申し上げます。
委員の皆様方におかれましては、御多忙のところお集まりいただき、また、日頃より我が国のユネスコ活動に関して御助言・御協力を頂き、厚くお礼を申し上げます。
一昨年、国連サミットにおいて、先進国を含む国際社会全体の開発目標として、2030年を期限とする包括的な17の目標、持続可能な開発目標(SDGs)が採択されました。それを踏まえ、昨年12月に我が国としてSDGsの実施に率先して取り組むべく、安倍総理を本部長とするSDGs推進本部において、SDGs実施指針が決定されました。
さらに、ユネスコは17の目標のうち、教育、科学技術、文化等に関する9つのゴールにおいても重要な役割を果たすことを表明しており、特に教育に関する目標の4については、ユネスコが主導することとなっております。
このように国内外の動きを踏まえ、ESD(持続可能な開発のための教育)の推進や、ユネスコスクール、ユネスコ世界ジオパーク事業など、多様なユネスコ活動がますます積極的に展開されることが望まれますとともに、日本ユネスコ国内委員会においては、より一層活発な議論が行われることが期待されております。
そのような中、大変喜ばしいニュースとして、昨年11月末に開催されたユネスコ無形文化遺産保護条約政府間委員会で、「山・鉾・屋台行事」がユネスコ無形文化遺産に登録されました。また、よりよいESDの取組に向けた動機付けと優れた取組を世界に広めることを目的に、2015年に創設されましたユネスコ/日本ESD賞において、昨年、我が国の岡山ESDプロジェクトが世界各国の実践の中から受賞プロジェクトに選ばれました。これらが幅広い世代の方々にとって、ユネスコ活動に関する理解を深めるきっかけとなってくれればと思っております。
本日は、今後のユネスコ活動の在り方について御議論を頂くと聞いております。既にユネスコ創設70周年を迎え、複雑な世界情勢の中、これからの時代のユネスコ活動のあるべき姿、日本の果たすべき役割などにつきまして、委員の皆様方から忌憚のない御意見を頂ければ幸いでございます。
このほか、教育、科学、文化等の各分野における最新の取組状況や動向につきましても共有させていただきたいと思っております。これらの取組につきましても、委員の皆様方から御助言を頂ければと存じております。
最後になりますが、安西会長、古賀副会長、濵口副会長並びに委員の皆様方には、一層の御支援と御協力を賜りますよう、心からお願いを申し上げて、私の挨拶とさせていただきます。本日はどうぞよろしくお願いいたします。
【安西会長】  義家副大臣、ありがとうございました。副大臣は、この後、次の御予定がおありになりまして、御退席になります。御多忙のところ、誠にありがとうございました。
【義家副大臣】  よろしくお願いいたします。
(義家副大臣退席)
【安西会長】  それでは、議題に入らせていただきます。議題1、今後のユネスコ活動の在り方につきまして、まず森本日本ユネスコ国内委員会事務総長、国際統括官から説明をお願いいたします。
【森本国際統括官】  ありがとうございます。私は国内委員会の事務総長を務めさせていただいております森本と申します。どうぞよろしくお願い申し上げます。
本日の議論に当たりまして、この机上に配付させていただいております今後のユネスコ活動の在り方について、検討の視点というペーパーがございますので、それを御覧いただきながら、少し補足させていただきたいと思います。
御承知のとおり、日本ユネスコ国内委員会は、平成27年にユネスコ創設70周年を迎えたタイミングで、一昨年の秋でございますが、これからの時代にユネスコ活動がどうあるべきかということについて検討した結果を、会長のステートメントとして取りまとめさせていただきました。このステートメントの全文は、お配りさせていただいております冊子にございます。
その中で、検討の視点のペーパーにございますように、新しい時代の国際社会における「知的リーダー」としての役割、それから、持続可能な社会の実現への貢献、そして、多様性を尊重する社会の実現への貢献、こういう3点を中心に提言をしていただきました。
これを平成27年11月に開催された第38回ユネスコ総会におきまして、安西会長からボコバ事務局長に対して、このステートメントを手交して、ユネスコの活動において参考にしていただきたいということを依頼したところでございます。
それから、もう一つ大きな動きといたしまして、昨年5月、岡山県の倉敷市におきまして、G7の教育大臣会合が開催されました。その成果文書が倉敷宣言という形でお配りさせていただいておりまして、こちらにつきましても、その中で、教育の果たすべき新たな役割、教えや学びの改善・向上策、新たな国際協働の在り方の3点について、行動指針が示されたところでございます。
それで、この席上資料でもお配りさせていただいておりますが、その後の世界情勢が非常に大きな変化をいたしておりまして、上の四角に囲ってございますように、様々な問題が複雑に絡み合って、変化の早い世界情勢ということが実際に日々報道等でなされているわけでございます。特に保護主義・孤立主義の台頭、人口格差の拡大、移民・難民の増大、こういう時代におきまして、ユネスコがその原点に立ち戻って、異文化理解と社会的包摂の重要性、こういうことがますます実感されているわけでございますので、改めてこのユネスコの役割、あるいはユネスコ活動の在り方、そして、我が国はこの活動に対してどのように貢献をしていけばいいのか。こういうことについて本日は是非、大所高所の観点から御議論を賜りたいと思います。
ユネスコも国連全体の中の一つの機関でございますので、ユネスコだけで受け切れる部分と、そうではない部分があろうかとは思いますし、今までの長い70年間の経緯、この蓄積、こういったものをどのように生かしていくか。これも現場の皆様、一生懸命やっていただいている方々にとっても大きな課題であろうと思います。
そういう意味で、この理念の部分と実践の部分、これをどのようにかみ合わせていくか、こういうことが今正に問われているのではないかと思いますので、是非幅広い国際情勢という視点でもって、御議論を賜れれば幸いでございます。
問題提起として最初に御説明させていただきました。ありがとうございます。
【安西会長】  ありがとうございました。森本事務総長から70周年のときのステートメント等々、御説明を頂きました。ありがとうございました。
ステートメントにつきましては、改めてですけれども、この総会の委員の皆様に大変御尽力いただきました。改めてお礼を申し上げます。
それでは、本日は、松浦日本ユネスコ国内委員会特別顧問にお越しいただいております。まず松浦特別顧問の御意見を伺いました上で、委員の皆様の御意見をお聞かせいただければと思います。
それでは、松浦特別顧問、よろしくお願いいたします。
【松浦特別顧問】  それでは、座ったままで失礼させていただきます。10分間という時間の中で非常に大きなテーマでお話をさせていただきますので、かなり省略せざるを得ないところがありますのでお許しください。
一言でまず申し上げますと、ユネスコは非常に残念ながら、今、大きな第2の危機の最中であります。第1の危機は、83・84年、特に84年にアメリカが脱退してのことです。そして、アメリカは当時、ユネスコの分担金の25%を出しておりましたので、ユネスコの予算が25%削減されました。そして、アメリカが一連のユネスコの事業から手を引きます。ですから、まだ冷戦の最中ではありますけれども、世界のナンバーワンの国がユネスコという重要な国際機関、申し上げるまでもなく、教育、文化、科学、コミュニケーションという非常に重要な分野を担当する国際機関から脱退するということで、それをいかに乗り切るかというのが非常に大きな課題でありました。
ユネスコは、教育、文化、科学、コミュニケーション担当ではありますけれども、考えてみますと、戦後、まず国連が、今の言葉で言えば、政治、軍事というハードパワーを中心とする組織として設立され、そして、ユネスコは、今申し上げた、今の言葉でソフトパワーを担当するということで、併せて設立されたわけですが、その後、専門機関ということで、戦前から国際連盟と別々にあったITU等々も取り込み、新しくいろんな組織も作りましたので、今専門機関は14、15ございます。本日は皆さん御専門家でいらっしゃるので、初歩的なことは省略いたします。
当初はユネスコというのは非常に大きな期待を持って設立され、かつ、日本もそれを受け止めて、1951年7月に加盟しました。御承知のように51年9月にサンフランシスコの平和条約会議、そして、52年4月に平和条約の発効ですから、日本の主権回復の1年近く前にユネスコに加盟したことになります。これは民間運動の盛り上がりを踏まえて政府が決断して、参加したわけで、ユネスコに対して非常に大きな期待を持ち、同時に、ユネスコに大きな貢献をするという覚悟で参加したわけです。したがって、アメリカが脱退した、第1の危機のときは、日本の分担金率は25%になりました。残念ながら日本は、いろんな活動に80年代はそれほど積極的ではありませんでしたけれども、90年代に入ってから非常に積極的に活動に参加するようになり、アメリカが残した空白を埋める努力をいたしました。
幸い、皆様方、あるいは大げさに言えば、日本を挙げての御支持で私が選挙に勝って、99年の11月にユネスコの第8代事務局長に就任して、それから10年務めましたけれども、私の最大の課題は、アメリカを呼び戻して、そして、ユネスコが本来のしっかりしたマンデートを実施できるようにするということでありました。
私が想定していたよりも早く、2003年にアメリカを呼び戻すことができました。そして、その結果として、アメリカがユネスコの活動に、徐々にではありますけれども、しっかり参加する。そして、分担金率は22%に下がりましたけれども負担する。日本はそれまで25%でしたけれども、18%に減り、分担金率第2位の国となった。それから、私が事務局長を務めるということもあって、日本政府、さらには日本の民間の方々がしっかりユネスコの活動に参加し、それを支えてくださったので、私にとっては10年間、非常にやりがいがあったと考えております。
細かいことは省略しますけれども、2011年からユネスコが第2の危機に入っています。そして、残念ながら、今まではユネスコをポジティブに支えてきた日本が、どちらかというと、ユネスコの足を引っ張る形になっています。もちろん出発点は、2011年のパレスチナのユネスコ参加です。私自身、ユネスコ事務局長時代、パレスチナはもちろん独立国ではありませんけれども、アラファト、アッバース両議長と非常に親しくして、ユネスコとの関係を教育、文化を通じて強化いたしました。残念ながら、その裏返しでもありますが、パレスチナから見ればユネスコが一番重要な国際組織ですので、それに参加するというのがいずれイスラエルと二国間体制を築く上でも非常に必要であると考えて、かつ、ニューヨークの国連は、アメリカの拒否権がありますから参加できない。
ユネスコはそれがございません。そこで、ユネスコに参加したわけですが、アメリカは、いわゆる法律ですけど、正確にはライダーという格好で、アメリカが認めていない組織が入った国際機関に対しては分担金を差し止めるというのがございます。これは日本でいえば、議員立法で、重要な法律にライダーとして付けられて成立しています。ですから、それをアメリカ政府は受けざるを得ないので、2011年以降、分担金を止めています。つまり、22%払っていません。ただ、法律上の業務は残っています。日本の分担金率もだんだん下がって、今は10%を切りましたけれども、現状では、アメリカを除けば日本が第1位。中国が接近して、いずれ日本を追い越すと思いますけど、今の段階では日本が1位です。
ところが、これはここで何回も話題になっていますから深入りしないし、後で話題になると思いますけれども、残念ながら「世界の記憶」の関係で、南京事件の問題が一方的な形で、これは日本から見れば非常に一方的な形で登録され、更に今度は慰安婦も提案されているということで、日本がどちらかというと、本来はユネスコと日本の関係は非常に大きなパイプに育っていますけれども、そのネガティブな面にマスコミが非常に焦点を当てています。そうすると、日本のユネスコとの全体像、更に言えば、日本とユネスコの全体の関係がいかに深いものになっているかということを必ずしも認識しない方々から見ると、ユネスコ、けしからんということで、分担金止めろ、拠出金止めろと、こういうプレッシャーがあって、外務省、文科省がいろいろ苦労しておられます。
もちろん日本は最終的に昨年の拠出金、分担金を払いましたけれども、ぎりぎりに払っているわけで、日本ユネスコの活動は非常にポジティブで、是非推進していただきたいのですが、やはり日本としてもう一度、ユネスコとの関係をしっかり考えて、特に皆さん方ユネスコとのポジティブな関係をしっかり意識してらっしゃる方が、もっとどんどん発言していただく必要がある。私も帰ってきて7年余りになりますけれども、非常にそれを感じます。
世界遺産が20になる。それから、世界的な順位で見ても、20で一見少ないですけれども、残念ながらベストテンには行きませんけど、12、3位まで行っていると。それから、無形文化遺産も、数としては21ですけれども、世界的に見れば中国に次いで2位で、その一つが昨年登録された地方の祭りの33が入っているわけですから、21といえども、相当内容が豊富になっていると。
それから、「世界の記憶」もたまたま南京とか、それから、今度の慰安婦がどうなるか分かりませんけど、そういうネガティブなのもありますけれども、非常にポジティブにも評価される。
それから、更に重要なのは、ユネスコスクールが1,000を超えて、世界第1位です。それからさらには、世界的に見て、ユネスコ民間活動が最初に始まったのは日本です。1947年7月に仙台で初めてできました。したがって、今年は仙台でユネスコ協会連盟の音頭で全国大会が開かれると伺っており、私も参加のつもりです。今も300近いユネスコ協会があって、世界で一番活発なのが日本です。このような状況を非常にうれしく思っています。
ですから、いろんな意味で、日本とユネスコのパイプは非常に大きなものに育ち、それはアメリカとユネスコの関係の比較にならないぐらいの形になっています。それにもかかわらず、マスコミがネガティブな面に焦点を当てるものですから、それが何か日本とユネスコの関係の全体像のようにとられて、そんなけしからん国際組織なら、分担金を止めろ、拠出金を止めろという声が残念ながら上がってくると。ですから、むしろ、繰り返しになりますけど、皆さんのようにこの全体像を知っておられる方は、あるいはポジティブな面を知っておられる方は是非どんどん発言していただきたい。もちろんマイナス面も残念ながらあります。「世界の記憶」は時間を取るから、前回もお話ししたとおりなので、もう繰り返しませんけれども、やはり2003年のガイドラインは大きな欠陥があったと認識しております。
ただ、こういうふうに悪用されるとは予想してなかったわけですけれども、そういうガイドラインをしっかり見直してして、運用していくということにもちろん努力すべきです。第1の危機のときは、正にアメリカが手を引いた後、日本がしっかりユネスコを支えました。今は残念だけれども、アメリカが手を引いて、トランプ政権になって、これはユネスコのみならず、国連システム全体に対する対応が心配で先週、私は1週間ニューヨークに行き、ユネスコの関係者、日本の国連代表部の関係者、その他といろいろ話をしましたけど、やはりトランプ政権の出方に関して、国連本部も非常に心配しています。これは国連システム全体に当てはまることで、ユネスコに今、分担金を払っていませんけれども、トランプ大統領に近い人はもう既に脱退すべきであるということすら、論文で発表しているぐらいで、ユネスコに対して、今まで以上に厳しい態度に出ることが心配されている。
これはもちろん、トランプ政権が今後、全体としてどう出るかに掛かっていると思いますけど、そういうようなときに、かつ、日本から見れば、まだもちろん不満な点がありますが、理想的なことを言えば、先ほど御紹介があったようないろんなポジティブな面、日本が本当に積極的に参加して、分担金もきちんと払い、拠出金もしっかり払って、参加していくべきであると私は思いますけれども、残念ながらそういうネガティブな面に焦点が当たるものですから、むしろ話が逆になって、アメリカが払ってないのだから、日本だって、そんなひどい国際機関に払うべきではないんじゃないかと、こういう議論が出がちな雰囲気があるのは残念だと思っていました。ですから、そういうネガティブな面がそういうふうにならないようにする努力をする必要がある。なぜかというと、制度の問題ももちろんありますが、ユネスコというのは守備範囲が広いために、ほかの専門機関に比べると、一番政治問題が持ち込まれやすいです。ですから、一番複雑な政治問題、本来ニューヨークでしっかり対応すべきですけれども、残念ながら、それがニューヨークでできないときにユネスコに持ち込まれるという図式になっています。
ですから、それはもちろん避けるべきだというのは言えますが、現実はそうなっていません。それにどう対応するかということは、これは日本としてもしっかり考えていかなければいけないのですが、ただ、今の国際情勢、特にトランプ政権の誕生、それから、世界全体の動きから見ると、そう簡単ではないと私も思います。
もう時間でございますから、結論を改めて申し上げます。先ほど来、御紹介の非常にポジティブなことをユネスコはやるべきだし、それを日本がしっかり推進しなければなりません。それにもかかわらず、全体の雰囲気は残念ながらそういう方向に向かっていません。ちょうどユネスコは今新しい事務局長選挙中です。ですから、私の後任の9代目のボコバ氏の任期は11月に切れます。まだ新しい事務局長がどなたになるか全く分かりません。アラブの番とは言われますけれども、国連ですら、中東欧の番と言いながら、欧米の一員のポルトガルのグテレス氏が選ばれました。彼は非常に立派な方で、私もよく存じています。国連のためには非常によかったと思っていますが、いわゆる地域的な順番、英語で言えば、リージョナルローテーションが明らかに崩れています。ですから、ユネスコの場合も、アラブの番になるかどうかは非常に疑問があるし、今の段階で誰が選ばれるか全く分かりません。
いずれにしましても、秋に新しい事務局長が誕生します。それまでボコバ氏にしっかりやってほしいと思っていますけれども、新しい事務局長にはしっかりした人を選んで、そういう厳しい雰囲気の中だけれども、先ほど来出ているような具体的な、日本にとって、世界にとって重要なテーマを日本がしっかり推進していくということの重要性をもっと国内に徹底していただきたいと思います。
時間がまいりましたので、以上で終わらせていただきます。
【安西会長】  どうもありがとうございました。
それでは、先ほどの事務局の説明、それから、ただいま松浦特別顧問に御意見を頂きました。御参考にしていただきまして、ユネスコの役割、ユネスコ活動はどうあるべきか、また、我が国はどのように貢献していくべきか等々の観点から御発言を頂ければと思います。どなたでも結構です。よろしくお願いいたします。
細谷委員、お願いいたします。
【細谷委員】  ありがとうございます。まだ1回目で僣越でございますが、特別顧問がさっきおっしゃいましたことを、基本的にサポートする形で発言させていただきたいと思います。おっしゃったように、2011年以来の第2の危機をユネスコが迎えているというのは、私は正に当時その渦中におりましたので、非常に実感を持って感じています。ここに書かれているように、今は世界全体が非常に大きな転機を迎えており、会長が70周年に出された談話の後は更に激変が起きて、アメリカの大統領選挙で見られた社会の分断、格差の課題が進んでいる。さらには、世界的に文明の衝突が現に起きてしまっているという世界の大きな転機の中で、ユネスコという国際機関が困難を抱えつつも、その役割を世界システムの中でどう見直していくかということを、原点に立ち戻って改めて検討すべきときに来ているのではないかと思われます。こういった議論はいずれにしても今年最後の総会で必ず出てくる議論ではないかとも感じます。その中で、これも特別顧問がおっしゃったように、戦後一貫してユネスコを支えてきた日本として、その議論にどう参画していくか、あるいはその議論をリードしていくことができるのかが本来考えられてしかるべきではないかと。
ユネスコ憲章の前文は必ずこういった大きな転機では読み返される文章ですが、できた当時の時代状況は、大戦争が終わりかけていたときでもあり、もちろん今は異なります。大戦争は起きなくなっていますけれども、ある意味でそれと比肩し得るような大きな世界システムの変化が起きている中で、この機関をどう生かし、どう脱皮させていくか。各案件への対応はもちろん第一義的に大事ですが、そういった大きなレベルでの議論も検討されてしかるべきではないかと思います。
一言発言させていただきました。
【安西会長】  ありがとうございました。
長委員、お願いいたします。
【長委員】  ありがとうございます。1点質問をさせていただきます。松浦大使におかれましては、大変広範なお話しいただきまして、どうもありがとうございます。非常に興味深く伺ったのですが、ユネスコからの脱退につきまして、何かマスコミが結構それを騒いでいる、一部にそういうマスコミがあるというお話がございましたが、他方で、国会議員の方たちの中で、どなたとかそういう特定の名称は一切必要ないのですが、そういう動きに連動するような形で、実際に議員の方たちの中でもそういうお声が上がっているのか、あるいはそういったことはなくて、いたとしても少数派であるのか。その辺の感覚がもし分かりましたら。差し支えない範囲で頂ければと思います。
【松浦特別顧問】  今の御質問は私よりも。
【長委員】  どなたでも。はい。
【松浦特別顧問】  現役の方が本来お答えすべきでしょうけど、なかなか現役の方は話しにくいと思うので、私の理解しているところを申し上げますと、やはりどうしてもそういうネガティブなのは、残念ながら国会議員、特に若手の国会議員に非常に大きな影響力を与えます。私も若い方と何回かお話ししたことがあります。むしろシニアの国会議員の方は、先ほど私が申し上げたようなこの全体像を理解しておられるような印象を持ちますが、若い方々はやっぱりどうしてもそういうネガティブな面に焦点を当てられるという印象が、残念ながらあります。今日も国会議員が何人もいらっしゃいますが、率直に申し上げますと、私はそう思います。
ですから、先ほど申し上げた繰り返しになりますけれども、やはり正に今日御出席の皆様方は、後でもいろいろまた御説明があると思いますが、日本とユネスコの関係というのは、ポジティブな協力関係というのは本当にしっかり育っています。私が先ほど幾つかの例を申し上げましたけど、まだまだそれ以外にもいろんないいポジティブなものがあるので、そういうものをしっかり国会議員の、特に若い方々にも理解していただいて、その全体をよく見ていただきたいと感じています。
ただ、くどいですが、日本が問題にしている「世界の記憶」のシステムがしっかりしたら、私自身にも責任あると思っていますけれども、そのガイドライン改訂という大きな問題、これはこれで前回詳しく私なりに申し上げましたから、繰り返しませんけれども、そういうものはしっかり対応するべきです。それから、更に具体的な南京事件なり、慰安婦なり、そういう歴史認識というのは、残念ながらどの地域でも意見が分かれますので、そういう歴史認識のような政治問題で、必ずメンバー国の意見が分かれるようなものをユネスコに本来持ち込むというような、そして、ユネスコを混乱に陥れるというのは、私は非常に残念な動きだと思っています。
ですから、そこはむしろ関係の国々と日本が、具体的には中国、韓国と、こういう問題をもっと率直に話し合って、そういうものは二国間で、あるいはバイで話しているので、そういうマネージの場で持ち込んで、具体的にユネスコを難しい状況に置かないで、むしろバイで話すということにすべきなので、残念ながら話が逆になっている。バイで余り話ができないで、ユネスコに持ち込んで混乱を来しているという、この2つの大きな点を、やはりもっと一般の人にも、国会議員の方々にも理解していただきたいと思います。
【安西会長】  よろしいでしょうか。どうもありがとうございます。
大西委員、お願いいたします。
【大西委員】  大西英男と申します。東京都選出、自由民主党に所属しておりまして、自民党の部会等でこの問題についての論議にも参加させていただいております。今、先生からの御指摘でございますが、私どもは能動的にこの問題提起をしているのではありません。ユネスコ活動の中で、特定の国があたかも南京事件だとか、あるいは強制労働であるとか、あるいは従軍慰安婦の問題があったかのごとく発言をして、それを世界各国に広めようとしているような動きがユネスコで行われていることは事実でございまして、事実は事実として、私どもは世界の方々に誤解を与えないようにしっかりと日本人として説明をしていくべきだと、そういう意見はたくさん出ておりますし、ユネスコ活動全般について、私どもは深い敬意と尊敬を持って認識をしているところでございまして、私どもから能動的にこういった政治的な問題、歴史な問題をユネスコに持ち出すべきだというような主張をしている者は一人もおりません。
【安西会長】  大西委員ありがとうございました。
島谷委員、お願いいたします。
【島谷委員】  「世界の記憶」が出ましたので、一言説明させていただきます。松浦顧問から説明がありましたように、南京、それから、慰安婦等、問題を難しくしている案件がありますが、「世界の記憶」のナショナルコミッティ、国内委員会といたしましては、IACに対して改革を申し入れております。何を申し入れているかということは、二国間以上で紛争があるものについては、パリ、若しくは当事者同士で話ができた、了解をしたものだけを提案すべき、検討すべきものではないかということを申し入れております。これがユネスコの考え方として正しい姿だというふうに我々は思っておりまして、そういう形に変わるのではないかというふうに期待しております。IACの改革がどういう形で終わるかというのは分かりませんが、そういう努力は続けております。その1点を申し添えさせていただきました。
【安西会長】  ありがとうございました。
ほかにはいかがでしょうか。猪口委員、お願いします。
【猪口委員】  国会議員を務めておりまして、大西先生から同じ自民党で御発言がございまして、まず全体状況で、今、世界で国民国家回帰、この現象が広がっていると思います。それはグローバル化現象の先端を行ったアングロアメリカといいますか、そこにおいて非常に顕著であって、ブレグジットなんかがその一つの例でありますし、アメリカでもトランプ政権が、トランプ大統領の当選する過程で、アメリカという国民国家、ここをきちっと捉え直していきたいということに共感する人々、有権者が多かったのかなと思います。我が国においては、国民国家の基盤、発展、これについて余り疑いを持つことはない。それは確実にそこに位置して、発展しているという感じがしますので、そういう意味では非常に安定した基盤を持っていると思います。
しかし、ユネスコは、世界のそういうグローバル化と国民国家としての自分の回帰現象、これの波の中にいるのではないかなと思います。改めて190を超える加盟国の中で、国民国家についての自信をそれぞれが取り戻す過程を助けてあげるというのもユネスコの使命かもしれないと思うんですね。自分に自信がない国が、他の国との文化の共生に心を開いていくことができにくいかもしれないとも思うんです。
先ほど長先生の方からの御質問にありました、我が国についてのユネスコでの幾つかの歴史的な認識のハンドリングについて、また特別顧問の方の御意見だったと思いますけれども、若い世代でいろんな発言があるということを御指摘されましたけれども、それも若い世代なりの自分の国民国家についての心もとない感覚を持って、それでしっかりとそこをしなければという思いも込められているのかなと思います。
大西先生のおっしゃるとおり、だからユネスコが駄目だというような意見ではなくて、それは説明すべきはきちっと説明する努力をするというところで、どのように説明するかについては、そういう大きな違いがあるということではなくて、研究者に任せる部分と、既に明らかになっていて、我が国は、戦後70年間平和と経済発展を基盤に努力をしてきたということをもっと評価してほしいというようなことと、そういういろんな発信をするというところにいると思います。
最後に私がちょっと発言を付け加えたいのは、今、ある種のポストトゥルースといいますか、真実を超えて、どう人間の感情とか共感に訴えられるかということも非常に大きな課題となっているといいますか、現象となっているので、その中でユネスコはどういうふうに、このエビデンスベースドという課題とポストトゥルースのシンドロームと、これと向き合っていくのかなというところは質問いたしたいかと思います。
それからもう一つは、レジリエンスという考えなんですけど、日本では国土強靱化という言葉でよく使われますが、国際的に考えると、レジリエンスというのは、逆境に遭ったときの回復する力とか、これに対抗して、自分を取り戻していく、その歩みを続けていく、こういうのがレジリエント。そういうレジリエンスをそれぞれの国民や個人や、あるいは関係者が世代を超えて身に付けていくこと。そういうことにユネスコの未来の活動の方向性。それはSDGsとつながるわけですけれども、求めてはどうかとお尋ねします。
【安西会長】  どうもありがとうございました。
ほかにはいかがでしょうか。
この総会は、年に何度も開かれるというわけにいかない会議でございます。一方で、大変多様な第一線の方々の集まりでございますので、是非御発言されたい方はここでお願いできればと思いますが。
戦後すぐにユネスコ憲章、心の中に平和のとりでを築くという有名な文言が入った憲章ができましてから70年を過ぎまして、いろいろな先生方がおっしゃっていただいたとおり、世界は今、大変大きく揺れている状況にございます。その中での日本の役割というのは、逆に非常に大きくなっているということは申すまでもございませんけれども、この秋にユネスコ総会がパリで開かれるというスケジュールになっております。それにつきましては、ユネスコの執行委員会ももちろん開かれていきます。そういうところに向けて、この国内委員会がどういう発信をしていけるかというのは大変大事なことでございまして、この場の時間は限られておりますので、何かの御発言あるいは御意見ありましたら事務局の方へ是非お寄せいただければと思います。よろしいでしょうか。
今日のところは御意見をお伺いしたということにさせていただきますが、先ほどからありますように、説明をきちんとしていかなければいけないのだということは全くおっしゃるとおりだというふうに私も思います。
よろしゅうございますでしょうか。
それでは、議題の1はそこまでにさせていただきます。
再度ですけれども、事務局におかれましては、今日、貴重な御意見、御議論を頂きまして、ユネスコの執行委員会、あるいはこの秋に開催されますユネスコ総会に向けて、是非我が国からの発信をしていく、そのベースにしていただければというふうに思います。よろしくお願いいたします。
それでは、議題2に入りまして、報告案件でございます。小委員会の開催、教育、科学、文化の各分野における取組、その他の取組等々について、報告がございます。
まず2月13日に開催されました教育・普及活動合同小委員会について、普及活動小委員会委員長の中西委員から御報告をお願いしたいと思います。
【中西委員】  普及活動小委員会委員長の中西でございます。2月13日に第134回教育小委員会と、第98回普及活動小委員会の合同委員会を開催いたしました。今日、教育小委員会の見上委員長が欠席でございますので、私の方から概要について報告をさせていただきます。
お手元の資料3の議事次第がございますが、当日の議題は、ESDの推進、それとユネスコスクールの2点でございました。
まず事務局の方から、ESDに係る関連事業の実施状況について御説明を頂きました。その中で、現在、学校現場で一番関心の高うございます学習指導要領の改訂に関する中教審答申の中で、ESDがどのように記載されているかという点についても報告を頂きました。またユネスコスクールにつきまして、このユネスコで進められております制度改革の動きと、それを受けました日本での対応について説明を頂きました。
その中で、ユネスコスクールは、我が国ではESDの推進拠点に位置付けられておりまして、総じて活発に活動をいたしておりますが、世界的に見ますと、この長い間、名前のみが残っているだけというようなところも存在するなど、活動内容が問われている状況にあるということでございまして、オンラインツールを使った活動の可視化などが現在計画をされ、導入もされ始めておりますので、日本のユネスコスクールにもこの国際的な発信を促していくという、そういうお話を頂きました。
それを受けまして、教育小委員会、普及活動小委員会、それぞれの委員から意見が出されました。代表的な意見を御紹介申し上げますと、国なり、この国際的な施策の動向も踏まえながら、地域での民間ユネスコ活動においても、このESDの推進に資するように、このESDに関する国際動向、あるいは民間も含めた様々なステークホルダーによる催しなどが俯瞰的に見られるような情報共有が必要であるという御意見でありましたり、あるいは、ESDやこのユネスコスクールでの活動を通じまして、子供たちがいかに変わっているかということをやっぱり具体的に発信していくことが必要であるという御意見、高等教育において、ESDが重要であると、そういう御意見も頂きました。
また、一方で、民間ユネスコの代表する委員からは、ユネスコスクールの新設手続が変更になるということで、逆にユネスコスクール申請のハードルが高くなるのではないか。また門戸が狭められるのではないかというような懸念する意見も出されたところでございます。
それから、ESD推進の手引、あるいはESD活動の支援センターの活用につきましても意見交換を行ったところでございます。
以上でございます。
【安西会長】  ありがとうございました。
それでは、続きまして、教育分野で、ESDに関する取組についての御紹介をお願いしたいと思います。
まず岡山市のユネスコ/日本ESD賞とそのフォローアップイベントにつきまして、阿部委員に御説明をお願いいたします。
【阿部委員】  失礼いたします。岡山大学の阿部と申します。資料4-1になります。先ほど義家副大臣の方からも御紹介がありましたように、2016年のユネスコ/日本ESD賞を、私どもが取り組んでおります岡山ESDプロジェクトが受賞いたしました。私がそのプロジェクトの代表を務めております関係で、この場で御報告させていただきます。
まず今回の受賞に当たりまして、今日、この国内委員会にも御出席のたくさんの方々に活動においていろいろ御助言、御支援を頂きました。まずその点について厚くお礼を申し上げたいと思います。
お手元の資料にございますが、ユネスコ/日本ESD賞は2014年に日本でESDに関するユネスコ世界会議が開かれまして、その後、日本の財政支援により、2015年にユネスコが創設したものでございます。世界の中からESDの優れた実践例を毎年3件選び、表彰するというもので、これまで2015年と2016年の2回、表彰がございましたので、6件が表彰されております。
目的でございますけれども、そこに書いておりますように、世界中のESDの実践者にとってより良い取組に挑戦する動機づけと、優れた取組を世界中に広めることなどです。
今回、2015年と2016年の受賞団体が日本に集いまして、岡山市、東京の文科省あるいはESDの関係団体等で交流、それから、議論等を行いました。
これに加えて、この期間中、日本ユネスコ国内委員会がフェローシッププログラムを実施しておりまして、アジア太平洋地域5か国のユネスコ国内委員会の事務局職員も参加して、ESDの実践、それから、ユネスコ/日本ESD賞に関する理解を深めるイベントを実施したというものでございます。
具体的なプログラムの内容につきましては、資料2のところに書いております。1月21日から25日の間、実施いたしまして、前半部分では、岡山でのESDフォーラム、それから、関係機関の視察等の行事を行いました。その後、東京へ移動いたしまして、五井平和財団、国連大学、ACCU等の関係機関の訪問を行いまして、その後、文部科学省において、受賞団体間での今後の取組に対するディスカッションを行いました。
受賞団体は、資料の3の参加者の最初に書いております6団体でございますけれども、残念ながら、カメルーンの受賞団体は直前の国内での政情不安によりまして、来日がキャンセルされまして、結局、5団体の参加で、意見交換もこの5団体間で行ったというものでございます。
今後の取組につきましては、特に海外の団体と大学生、それから、ユース、若者の関係が中心的な役割を果たしている団体が幾つかございまして、そういった団体とESDのグローバル・アクション・プログラムの中で重点課題となっております若者の参加、あるいはコミュニティベースの取組を深めていこうということで、これからの連携活動を進めていく話合いが進められました。
このユネスコ/日本ESD賞の特徴として、受賞しますと、それで終わりということではなくて、受賞はこれからの更なるESD活動の拡大、それから、進化のきっかけにしたいという意図がございまして、今年も新たな募集が行われますけれども、これからの受賞団体も含めて交流の輪を深めて、ESDの更なる発展と拡大に努めてまいりたいと考えております。
簡単ではございますけれども、御報告に代えさせていただきます。
【安西会長】  ありがとうございました。おめでとうございました。
それでは、続きまして、第3回ESD日本ユース・コンファレンスにつきまして、西園寺委員から御説明をお願いいたします。
【西園寺委員】  ありがとうございます。では、時間を拝借いたしまして、第3回ESD日本ユース・コンファレンスにつきまして御説明させていただきます。
その前に、ここまでに至る経過について少しお話し申し上げたいんですが、ちょうど3年前の平成26年のユネスコ国内委員会総会で、多様化の時代におけるユネスコ活動の活性化についての提言がなされました。これは国内委員会の先生方がかなり長時間にわたって議論を詰めてこられて、その結果、こういう形の提言というふうになったわけであります。この中の柱の一つとしまして、若者及び企業の参加によるユネスコ活動の一層の促進ということがございまして、これはユネスコ活動の大切なステークホルダーとして、若者並びに企業の参画が必須であるということでございます。
その中で、従来、民間のユネスコ活動を積極的に推進されてきた、いわゆる組織化された動きがあるわけです。ユネスコ協会とかACCUとか、あるいは大学のサークル活動とかですね。そういう長年の活動というものは非常に多大な貢献をしていただいて、これはこれで推進をしていただくということが非常に重要なことでありますが、一方で、必ずしも組織化されていないユースの活動というものが多々あるわけで、しかも、ユネスコ活動あるいはESD活動として意識しないで活動をしている若者たちが非常に多い。そういう人たちがお互い情報交換し、協力関係を持って、相乗効果を出していくことが望ましく、緩やかなつながりのプラットフォームが必要であろうという考え方があったわけであります。
ちょうど2014年に先ほどからお話のあります世界会議が開催されましたが、その本会議の前に若者たちを集めるユース・コンファレンスというのがございました。実は第1回のESD日本ユース・コンファレンスというのは、そのプレ会議、国内版プレ会議という位置付けで開催をされまして、このときに世界会議に出席をする日本代表2人をそこから選抜するということがございました。実際その岡山で行われたユース・コンファレンスには、世界48か国から50人の非常に優秀な若者たちが参加したわけですが、前にも申しましたとおり、5,000人の応募が世界中からありまして、100倍の競争率で50人が選ばれて参加をされました。
その応募者をベースに国際的なネットワークがスタートいたしまして、実際にその5,000人のリストがあるわけですが、彼らにはユネスコ本部から提供されるズームニュースレターというものが定期的に発信をされております。と同時に、よりアクティブな形で、2週間に1回程度のペースで、約200人以上の方たちがお互いの情報交換をしているということで、国際的なネットワークが育ってきております。その世界会議の次の年に、今度は第2回のESD日本ユース・コンファレンスを開催いたしました。このときには、より深い議論がなされて、ユースの意見交換、あるいは協働できるプラットフォーム構築に向けた第一歩が踏み出され、9つぐらいの新しいプロジェクトがそこから生まれました。
これら2回のコンファレンスを踏まえまして、この資料4-2にありますとおり、第3回のESDコンファレンスを10月23日、24日に岡山で開催いたしました。今、御紹介のあったように、岡山というのは非常にESDに対する取組が積極的であり、今回手を挙げていただいて開催地として第3回のユース・コンファレンスを開催いたしたということであります。この第3回のESD日本ユース・コンファレンスは、文部科学省と日本ユネスコ国内委員会が主催し、私どもがその企画、運営をお手伝いするという立場で、協力をさせていただきました。
大学生、あるいは大学院生、教員、研究者、行政機関、NGO/NPO等々のいろんな分野で活躍をされる若者たちが45名集まりまして、お互いの体験談を話し合ったり、ミニワークショップをしたり、ピアラーニングをしたりと、つまり、今まで個々にやってきた人たちが一堂に会して、経験談あるいはノウハウを交換し合うという形で、お互いに学び合おうという非常にいい形のコンファレンスになったというふうに思っております。
国際統括官付の方からも、岡本係長に出席していただきましたが、同年代ということもあって、一緒に若者の輪の中に入って、文部科学省として、あるいはユネスコ国内委員会として話をしていただいたということで、大変よかったというふうに思っております。
さらにはフォローアップ会合を今年の1月の末に開催をいたしました。このようにユース・コンファレンスに何回か関わらせていただきまして感じましたのは、先ほど申しましたように、今までは個々に取り組んでこられた若者たち、そしてESDとかユネスコというものを必ずしも意識せずに活動されてきた若者たちが一堂に会して、ビジョンを共有し、情報を共有すると。あるいは交流や意見交換を通して、他の人たちのプロジェクトのノウハウ、体験談などを学び合うという機会は非常に尊い機会であるというふうに思っておりますし、そこから協働プロジェクトも誕生しているということで、こういう形でつながりを、1回、2回、3回というふうに続けていくことによって、より重層的なネットワークが構築されるものと思います。さらにはこの国内のプラットフォームが海外とも結びついて、インターナショナルなネットワークに発展していくことを期待したいというふうに思っております。
以上です。
【安西会長】  ありがとうございました。若い世代とユネスコの関係というのは懸案事項でありますけれども、そういうネットワークができてきているというのはすばらしいと思います。これまでの他の御発表でも、それぞれ大変すばらしい活動だというふうに思いました。
それでは、続きまして、第8回ユネスコスクール全国大会につきまして、及川委員から御説明をお願いいたします。
【及川委員】  及川です。よろしくお願いいたします。長くユネスコスクールの活動に関わってまいりまして、また、今年度の全国大会のパネルディスカッションのコーディネートも務めたということで御指名だと思います。僣越ですが、私の方から御紹介させていただきます。
先ほど来お話がありますように、ユネスコスクールは我が国ではESDの推進拠点として位置付けられておりまして、現在、加盟校、それから、申請校も併せますと、もう1,000校を超える、1,044校というお話を聞いていますが、これはいわゆる世界最多の数であります。そのユネスコスクールが一堂に集まって学びの場を作るということになりますと、これはある意味、世界最大のユネスコスクールのフォーラムというふうに言えるかと思います。
今年度は、昨年の12月3日に金沢市の金沢大学で開催し、テーマは「つなぐ」。時間と空間を超えてつなぐというふうなことで進められました。
目的として、ユネスコスクールが、多様なステークホルダーと連携しながら、未来につながるESDの深化あるいは拡充を図り、その成果を発信するというふうな場であります。
このように参加者は635名ということで、会場があふれるばかりの参加者で、非常に盛会な大会でありました。
内容について若干御紹介しますと、冒頭、松野文部科学大臣、それから、馳前文部科学大臣、それから、安西会長を始め、御挨拶があった後に、午前中は、先ほどの大会テーマでパネルディスカッションを行いました。「つなぐ-全国へ、世界へ、そして次世代へ、未来へ」ということで、実践事例を、グッドプラクティスを共有したわけですが、一つは、ユネスコスクールが自主的につながってネットワークを構築しておるということの神奈川県の例と、それから、文部科学省が進めるESDコンソーシアムをうまく活用して、多様なセクターですね。様々なステークホルダーが参画協働してユネスコスクールが核になりながらESDを進めているという北陸ESDコンソーシアムを例としてパネルディスカッションが行われました。
そういうものを一つのきっかけとしまして、昼食は企業の協力でランチョンセッションをした後に、ここにありますように、テーマ別の研究交流会ということで、参加者全員による参加型で課題に沿った学び合いということで、それぞれの実践例を紹介し合ったり、今後の課題について共有したり、その改善策や方向性を探ったりというふうなディスカッションが行われたところです。
それに続いて、これは今年度初めての取組ですけれども、昨年1月に開催された日中韓の教育大臣会合において、当時の馳文部科学大臣が中国、韓国の教育大臣に対して、本ユネスコスクール全国大会へユネスコ関係者を招へいしたということで、中国と韓国のユネスコスクールの教員が参加してくださいまして、その国の、あるいはその地域の実践事例を、日本のユネスコスクールに携わる関係者、教職員中心の関係者にプレゼンテーションをしてくださいました。これは、どちらかというと国内に閉じてきたユネスコスクールの学び合いが、海外への新たなチャンネルを得たというふうな形になったかなと思います。
最後に、ユネスコスクールのESD大賞について、文部科学大臣賞には岡山県立和気閑谷高等学校が選ばれまして、ほかにも優秀賞、あるいは中学校賞、小学校賞、特別賞ということで表彰があった次第です。
このような一連の今回の大会を踏まえて、そこから導き出された学びというものは一体何だったのかというふうに考えた場合に、これは今後の一つの課題、あるいは展開に非常に重要な部分であると思うんですが、一つはやはり国内のこのユネスコスクールのネットワークが、学び合い含めて、まだしっかりできていないという部分があるかと思います。地域ではある程度つながっているんですが、全国レベルではなかなか、この全国大会という場で日常的なつながりの部分がまだ希薄な部分がある。それを強化していくという、国内ネットワークの強化とともに、先ほど日中韓の話がありましたが、ASPnetですので、やっぱりネットワークを、ユネスコという国際的な機関のネットワークなので、海外とのネットワークをどう構築していくのかというところも今後の課題として考えていかないと、その促進に向けて取り組んでいかなきゃいけないというふうに思います。
それから、今日の資料にも多く出ておりますが、ポジティブな、このユネスコスクールの、あるいはESDの活動としては、やはり昨年に採択されたSustainable Development Goalsですね。SDGsとの兼ね合いで、ユネスコスクールの実践をどう深め、あるいはそれに向かって貢献していくような取組へバージョンアップしていくのかと。それがユネスコスクールの一つの国際化にもつながりますし、ローカルな地域課題を解決するという、そのシンク・グローバリー、アクト・ローカリ―の大事な取組の一つの指針になっていくのかなというふうに思われます。
あと最後に、先ほどの教育小委員会・普及活動小委員会の話にもありましたが、やはりユネスコスクールですので、スクールですので、公教育がメインになっております。そう考えたときに、やはり次期学習指導要領の中でESDがどのような位置付けになって、どのような価値として盛り込まれ、どのような学びとして促進されていくのかということをきちっと分析した上で、ユネスコスクールがその実践のまさしく拠点といいますか、モデルとして学校公教育の中でのESDを質的に高めていくとともに、地域に波及していくというふうな、これからのミッションが求められているのではないかなというふうに思いますので、その辺のところを是非お願いしたいと思います。
以上です。
【安西会長】  ありがとうございました。ユネスコスクールも、今言われたように1,000校を超えておりまして、日本の活動は、私も金沢の大会に出させていただきましたけれども、本当に熱気というのでしょうか。毎年そうですけれども、大変なものがございます。こういった地道な活動をどうやって発信していくかということが非常に大事なことだと思っております。
ESD、それから、教育分野等々、多くの方々が関係しておられると思いますけれども、どなたか、特に御質問とか御意見などございますでしょうか。もしよろしければ、科学関係の方の御報告に移らせていただきます。よろしゅうございますか。
今、学習指導要領の問題も先般2月14日に次期の学習指導要領の案が公表されまして、かなりユネスコスクールがむしろリードしていただく、そういう部分が多いかというふうに見ております。
それでは、続きまして、科学分野の御紹介に移らせていただきまして、エコパークに関する取組につきまして、礒田委員から御説明をお願いいたします。
【礒田委員】  筑波大学の礒田でございます。生物圏保存地域(国内呼称:ユネスコエコパーク)に関しまして、MAB計画分科会を代表して御報告いたします。
資料5を御覧ください。こちら、平成28年8月12日に開催いたしました日本ユネスコ国内委員会自然科学小委員会人間と生物圏(MAB)計画分科会におきまして、「祖母・傾・大崩」、こちらは大分県、宮崎県。また、及び「みなかみ」、こちらは群馬県、新潟県をユネスコエコパーク候補地として、ユネスコに推薦することを決定いたしました。
資料5の別添3-1、3-2を御覧ください。こちらにありますように、「祖母・傾・大崩」は、大分、宮崎両県にまたがる祖母・傾・大崩山系を中心に、これらを源流とする大野川水系、五ヶ瀬川水系流域の6市町をエリアとしております。
地域共通の文化的背景であります祖母山の信仰、また、神楽に代表される土地固有の多彩な民俗芸能が各地で継承されておりまして、自然への畏敬の念が地域の文化として根付いているものです。
また、別添4-1、4-2を御覧ください。こちらは「みなかみ」ですが、群馬県の最北端に位置するみなかみ町全域を中心に、隣接する新潟県の一部で構成されております。日本を代表する大河川である利根川の最上流域に位置しまして、人口・経済において世界最大規模である東京都市圏の約8割、3,000万人の生命と暮らしを支える水の最初の一滴を生み出しております。
資料5の5、今後のスケジュールにございますように、本年6月にユネスコ本部で開催されるユネスコMAB計画国際調整理事会において登録の可否が決定される予定でございます。
以上です。
【安西会長】  ありがとうございました。
それでは、続きまして、ジオパークに関する取組につきまして、ユネスコ世界ジオパーク、ユネスコ活動といたしましては新たな取組でございます。本日は、日本ジオパークネットワーク事務局の下平次長にお越しいただいております。下平次長に御説明をお願いしたいと思います。よろしくお願いいたします。
【下平JGN事務局次長】  お願いいたします。日本ジオパーク委員会の事務局は、日本ジオパークネットワークが担当しております。その日本ジオパークネットワーク事務局次長の下平と申します。よろしくお願いいたします。
ジオパークとは、地質学的重要性を有するサイトや景観が、保護、教育、持続可能な開発とが一体となった概念によって管理され、単一の統一された地理的領域であります。そこでは博物館や自然観察路、ガイド付きのツアーなどにより、地球科学や環境問題に関する教育普及活動が行われ、それぞれの地域の伝統と、法に基づいた地質遺産を確実に保護する活動が行われています。
また、これらの活動を行うため、公的機関や地域、民間団体によるしっかりとした運営組織と計画を持ち、当該地域の自然、文化など、あらゆる分野と関連した地質遺産をもって、我々が暮らす、変動する惑星の中で社会が直面している重要な課題への意識と理解を高めるものとしているものであります。
持続可能な活動をするためには、人の活動が重要であり、4年ごとに再審査が実施され、活動の適正、それから、成果が評価されます。活動が不適切な場合には指導を受け、改善が認められなければ認定が取消しになることもあります。
本年1月現在、33か国119か所がユネスコ世界ジオパークに認定されており、国内では、資料6の3ページ目にあります、赤い丸の8つの地域がユネスコ世界ジオパークに認定されています。
なお、日本や中国などでは、ユネスコ世界ジオパークの基準に倣った国内版のジオパークも独自に認定されており、ジオパーク活動の基礎を支えています。
2015年の11月に開催されました第38回ユネスコ総会において、それまでユネスコの支援事業として行われてきた世界ジオパークネットワークの活動が、国際地質科学ジオパーク計画として、ユネスコの正式事業となりました。これまで日本ジオパークの認定や世界ジオパークへの推薦について審査を担ってきました日本ジオパーク委員会は、この正式事業化を受け、2016年1月25日に日本におけるユネスコ世界ジオパーク事業の登録審査業務に関して、権限を持つ機関であるナショナルコミッティとして、日本ユネスコ国内委員会より正式に認証されました。
資料11の11ページを御覧ください。ユネスコ正式事業化の日本として初めて新規申請書が伊豆半島ジオパークより提出され、今年の8月に現地審査が行われ、最終的には来年春、登録の可否が決定される見込みです。
また、現在認定を受けている国内8つの地域のユネスコ世界ジオパークも4年に一度の再認定審査がございます。
ジオパークの認定審査は、科学的知見によるものの評価と、これ以外の保護、教育、防災などの人の活動を評価するものです。活動の具体的な実践事例を基に審査基準等を整理、調整しているのが現状であり、日本ジオパーク委員会では、ユネスコ世界ジオパーク運営指針を基に審査基準の見直しに着手しています。
また、ジオパーク活動における教育分野は、持続可能な地域社会の構築に寄与する点において、ESDそのものであり、持続可能な開発目標とも合致するため、ジオパーク活動を活用したESDの理解と実践を深める事業の推進体制を構築していきたいと考えております。
以上になります。
【安西会長】  ありがとうございました。科学分野について御紹介を頂きましたけれども、エコパーク、ジオパーク、他の委員の皆様から何か御質問、御意見ありましたらと思いますが。
立川委員、お願いいたします。
【立川委員】  意見ではありませんが、一つ、IHP分科会からの報告を少しさせていただいてもよろしいでしょうか。
【安西会長】  はい。
【立川委員】  ありがとうございます。私、国際水文学計画IHP分科会の主査をしております立川と申します。現在、IHPの活動の一環としまして、水エネルギー災害マネジメント分野のユネスコチェアの申請を現在準備しております。ユネスコのミッションをサポートする外部的な組織としましては、例えばカテゴリー2センター、あるいはユネスコチェアがあります。ユネスコチェアは主として大学等の教育研究機関が協力して、研究ネットワークを作って、ユネスコの目的を果たすべくシンクタンクや、社会、地域、研究、政策決定等の橋渡しの役割を担うことを目的としております。
水関連の分野でいいますと、例えば水資源、量的なこと、質的なこと、それから、エネルギー、水災害の軽減防止といった非常に広範な分野がありますので、これまでの専門分野の枠を超えた学際的な知識と俯瞰的な知識を持って、国際的な枠組みで活躍する人材を育成することが重要であると考えています。これがSDGsに対する重要な貢献になると考えております。
そこで、これらの研究者が数多くおります京都大学を中心として、水エネルギー災害マネジメントに関する持続可能な開発のための京都ユネスコチェアというものを現在設立すべく準備をしております。今年の4月に申請をいたしまして、採択されれば2018年4月からの活動を開始できればと考えております。
以上、御支援賜りますようよろしくお願い申し上げます。
【安西会長】  ありがとうございました。
それでは、よろしいでしょうか。もしよろしければ、次に、文化の御紹介に移りたいと思います。どうもありがとうございました。
文化の分野につきましては、まず無形文化遺産に関する取組につきまして、文化庁の伝統文化課、濱田室長補佐にいらしていただいております。御説明をお願いいたします。
【濱田文化庁室長補佐】  文化庁伝統文化課の濱田でございます。資料11と資料7を使って御説明させていただきます。
まず資料11を御覧ください。1ページ目でございます。本日、義家副大臣、それから、松浦特別顧問にも御紹介いただきましたように、「山・鉾・屋台行事」がユネスコの無形文化遺産に登録されました。平成28年11月28日から12月2日にかけて、エチオピアのアディスアベバにおいて第11回政府間委員会が開催され、11月30日、日本時間では12月1日になりますけれども、我が国が提案した「山・鉾・屋台行事」のユネスコ無形文化遺産登録が決定されました。これにより、我が国の無形文化遺産は21件となりまして、世界全体の登録件数は365件となりました。
「山・鉾・屋台行事」は、平成23年、2009年に無形文化遺産に登録されていた京都祇園祭の屋台行事と、日立風流物に、国指定重要無形民俗文化財31件を加えまして、拡張提案という形で提案したものでございます。提案した「山・鉾・屋台行事」の構成は、この下の表にあるように33件になっております。
それから、資料7に移らせていただきます。資料7には国内の21件のユネスコ無形文化遺産登録されたリストが載せてございます。それで、2016年、「山・鉾・屋台行事」がここへ登録されたというふうに表示させていただいている下でございますけれども、提案中と書いている「来訪神:仮面・仮装の神々」というのがございます。これは資料の一部訂正になるんですけれども、ちょうど2月22日、おとといのことでございますけれども、文化審議会世界文化遺産・無形文化遺産部会で、昨年この「来訪神」を1回出しているんですけれども、これがユネスコの審査件数を上回ってしまったため、もう一度、今年度に出し直さないといけないということで、再提案することが決定いたしました。
今年度は来訪神、ここに右側に小さい字で書いてございます、この8件の行事に加えて、薩摩硫黄島のメンドンというものと、悪石島のボゼという行事、2行事を追加して、10件でこの「来訪神」というものを構成させて、提案することがおととい決定しております。
今後、関係省庁連絡会議を経て、ユネスコに提案することとなりますけれども、資料の訂正が間に合っておりませんで、大変恐縮でございますが、最近の状況は以上のとおりでございます。
【安西会長】  どうもありがとうございました。
それでは、続きまして、世界文化遺産に関する取組につきまして、文化庁記念物課の大西課長から御説明をお願いいたします。
【大西文化庁記念物課長】  文化庁の記念物課長でございます。資料8の1枚紙を御覧いただければと思います。
「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」でございますけれども、世界文化遺産に推薦してございます。
まずこの構成資産は12ございますけれども、長崎県が11ございまして、熊本県は、天草の﨑津集落が1つということで12ということでございます。この資産は、16世紀に我が国にキリスト教が伝来しまして、その後の江戸幕府による禁教政策の中で、「潜伏キリシタン」がひそかに信仰を継続して、独特の伝統を育んだということを物語る貴重な証拠としてユネスコに推薦を行ったものでございます。
概要の4行目以下に書いてございますけれども、島原・天草一揆の舞台となりました原城跡、それから、「潜伏キリシタン」がひそかに信仰を維持するために様々な形態で他の宗教と共生を行った集落が4つ、さらに、信仰を維持するために移住を行った離島部の集落が5つ、それから、「潜伏キリシタン」の伝統が終焉を迎える契機となった出来事が起こった大浦天主堂から構成されてございます。
この資産は当初、平成27年の1月に長崎の教会群ということで、教会建築に着目して推薦を行いましたけれども、審査機関のイコモスから、日本のキリスト教上の歴史の特徴は、250年に及ぶ禁教期にあるので、その禁教という歴史的な文脈に焦点を当てる形で推薦内容を見直すべきであるという指摘を受けまして、昨年の2月に推薦の取下げを行いました。
その後、地元の長崎県が直接イコモスから助言を受けながら、推薦内容の見直しを行いまして、資産の名称も名前も教会群ではなく、「潜伏キリシタン関連遺産」ということに変更しまして、禁教期と関連の薄い2つの資産がありましたけれども、それを除きまして、12にして、建築物ではなく、「潜伏キリシタン」の集落ということで行ったものでございます。
裏面を御覧いただきまして、これまでの経緯と今後のプロセスでございますけれども、昨年の7月に文化審議会において推薦の候補に選定いたしまして、閣議了解を経て、今月2月1日にユネスコに推薦書の正式版を提出いたしました。今後はイコモスによる現地調査、それから、勧告を経て、来年夏の世界遺産委員会において最終的な登録の可否が決定されることとなってございます。
以上でございます。
【安西会長】  ありがとうございました。それでは、続きまして、世界自然遺産に関する取組につきまして、環境省自然環境計画課の奥田課長に御説明をお願いいたします。
【奥田自然環境計画課長】  環境省の自然環境計画課長の奥田と申します。よろしくお願いいたします。
お手元の資料は、資料9、世界自然遺産への推薦についてという1枚紙を御覧ください。本件の正式な資産名は、その下に小さく書いておりますけれども、「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」という名称で推薦させていただきました。
本件の世界遺産としての顕著で普遍的な価値についてですけれども、一つは、大陸から分離して、小島嶼、小さな島々が成立する過程において、その島々ができる歴史、地史を反映した独自の生物進化が見られるということでございます。これは具体的に申しますと、例えば右上の写真にありますアマミノクロウサギは、奄美大島と徳之島しかいないということで、これは地史の関係で、北西の方から、進化の過程上、入り込んできたものと言われております。それに対して左下にありますイリオモテヤマネコは、西表島にしかおりません。これは大陸がつながった時代に、南の方から入ってきた動物というふうに言われております。このように琉球列島は沈降を繰り返したりして、様々な独特の地史を持っているということで、それぞれの島が島ごとに独特な生物相を持っており、それが正にその生物進化の歴史を表しているということでございます。
それから、2つ目でございますけれども、ここに書いてあるような種というのは、国際的にも希少な固有種であり、この地域はそれらの種に代表される生物多様性保全上重要であるということは間違いがないということでございます。これを評価して推薦をしようということでございます。
具体的な保護担保措置としましては、国立公園ですとか森林生態系保護地域、これは林野庁の国有林において設定されるものですけれども、このため、環境省と林野庁が共同で推薦をさせていただいたところでございます。
裏の方を御覧になっていただきたいと思いますけれども、これまでの経緯をごく簡単に御説明いたします。
本資産については、当初2003年に我が国における自然遺産の候補地というのを、非常にオーバーオールなレビューをさせていただきまして、3つ、知床、小笠原諸島、そして、今回の推薦地域が選ばれております。このうち2つは既に世界遺産として登録されておりますけれども、2013年に関係省庁連絡会議で最後の一つである本件資産を世界遺産暫定一覧表に追記するということで、暫定リストに載せまして、その後、ユネスコとのやりとりをしながら最終的な申請書の提出というのが本年の2月1日ということで、ユネスコへ申請書を提出しております。
この間、この緑の囲みの中に入っておりますけれども、推薦の条件となります保護地域の設定。具体的には西表島における森林生態系保護地域の拡張ですとか、国立公園の大幅拡張、また、沖縄島北部では、やんばる国立公園を新たに指定しております。そして、奄美大島、徳之島もやはり同様に森林生態系保護地域や国立公園の新規指定。これは近々に正式な告示となりますけれども、今、その手続を行っているというところでございます。
これを受けまして、通常の推薦プロセスである本年の夏から秋にIUCN、世界遺産委員会の諮問機関である国際自然保護連合による現地調査及び評価が行われまして、来年の夏の世界遺産委員会における審査を受けるという予定でございます。
私の方からの御説明は以上でございます。
【安西会長】  どうもありがとうございました。文化関連の御紹介を頂きましたけれども、皆様の方から何か御質問、御意見等があればと思いますが、よろしいでしょうか。
岡田委員、お願いいたします。
【岡田(保)委員】  岡田でございます。御報告ありがとうございました。世界遺産、それから、無形遺産ともに、ユネスコの事業が開始されてから少しずつルールだとかガイドラインの見直しが進められているというふうに伺っておりますけれども、それで無形遺産の方は1回の推薦に、非常に多数の文化遺産を推薦するというような方向になっております。また、世界遺産については、例えば昨年の世界遺産委員会でイコモスの勧告が随分覆されるというようなことがまたよく起こっているようなことで、これもルールの改革がいろいろ検討されているというふうに伺っておりますけれども、文化庁の方では、特に世界遺産の登録のプロセスの改革について、ユネスコないしはイコモスでどんなふうな検討が進められているのか。あるいはそれがどんな方向に行きそうなのかというふうな、今の見通しのようなものを伺えれば有り難いと思うのですが。また、あるいは、松浦特別顧問の御意見なども伺えれば有り難いと思うんですが、いかがでしょうか。
【安西会長】  ありがとうございました。大西課長、お願いいたします。
【大西文化庁記念物課長】  記念物課長でございますけれども、委員御指摘のとおり、昨年の世界遺産委員会でもイコモスの勧告に対しての登録の結論が異なるという事例が多々あったわけでございます。一つには、イコモスも対話を重視するということで、いきなり勧告を出すのではなくて、その前に十分に申請国と対話を行った上で勧告を行うということを一つ行おうとしているというのが現状でございます。
それから、もう一つの動きといたしましては、昨年の世界遺産委員会において、今後の審査件数について制限をかけるということで、そこで決まった内容としては、年間の審査件数の上限を従来は45件でございましたけれども、それを35件に引き下げるということ。それから、国ごとの審査件数を、これまでは2件でございまして、そのうちの1件が文化遺産という取扱いでございましたけれども、これを国ごとの審査件数を年間1件に引き下げるということ。そういった改正内容は、2年後の推薦から適用するということ。そういった事柄を試行的に4年間実施して、また2020年の夏の世界遺産委員会において見直しを掛けているということを決めております。
この背景といたしましては、世界遺産基金が予算的にひっ迫してございまして、限られた予算の中で、今後は開発途上国の支援に回していきたいということで、新規の推薦の審査経費を節減するという目的。それから、世界遺産が主に先進国に偏っているという現状を是正すること等を目的に議論した結果、このようなことになっているということでございます。
補足して、我が国に対してどういう影響が及ぶかということでございますけれども、上限を45件から35件に引き下げるということを仮に来年度、審査が予定されている件数に当てはめて、各国1件しかノミネートされないというふうに考えますと、来年度でいいますと32件ということになりますので、これまでの上限が非常に高かったのであって、それが35件に引き下げられても、直ちに影響が及ぶことはないのではないかなというふうに考えております。
しかしながら、年間1件に絞られるということは確かでございますし、開発途上国は優先していくという方針もございますので、今後そういった決定された内容がどういうふうに実際に運用されていくかということを文化庁としても注視していく必要があると思ってございます。
【安西会長】  はい。
【松浦特別顧問】  私からも補足させていただきますと、基本は94年に、日本が世界遺産条約体制に参加したのは92年で、93年には一気に4つの世界遺産を誕生させていますけれども、94年にグローバル戦略というのが採択されて、それまでは、今もお話が出ましたけど、ヨーロッパなかんずく、西欧中心の運営が行われ、その西欧のものが中心的に世界遺産に登録された。もっとグローバルなものにしよう、それから、中身も多様化させよう、ですから、日本でいえば、伝統的な文化遺産だけではなくて、産業遺産、鉱山遺産等々広げていくということがその後起こるわけですけれども、それをグローバルにやろうというのが採択されて、私は98年の世界遺産委員会、京都で議長を務めましたけど、私の記憶ではそのとき登録されたのは430件でしたかね。(当時は各国の推薦の)数にまだ制限がなかったものです。
ただ、その後、これは私自身が音頭を取って、たくさん登録している国は少し自粛しましょうということにしたんですが、自粛をなかなかしないものですから、中国で開かれた蘇州での世界遺産委員会でルール化したということになり、各国が提案できる数を、今のお話のように、文化遺産を1つ、自然遺産を1つに絞りました。それから、今度は国ごとの審査件数を1つまでにすると。
一番の背景は、先ほど少し申し上げたように、アメリカが分担金を止めて、事務局の職員、世界遺産センターのスタッフも非常に減っています。ですから、一時的には世界遺産センターの事務局が各国の提案を見るわけです。何も右から左にイコモスやIUCNに投げるのではないので、世界遺産センターのスタッフが非常に減らされ、コンサルも減らされる。これは全部、通常予算で見るわけですから、通常予算が今、非常に厳しいので、そこが一番のあい路で、したがって上限はどんどん下がってくる。
それからもう一つは、繰り返しになりますが、グローバル戦略というのが背景にあるということで、これから厳しくならざるを得ない状況で、それが先ほど私が申し上げたような状況で、日本からみると潜在的な候補はいろいろありますから、上限も上げるし、各国の枠も広げてほしいのですが、さっき申し上げたような状況で、なかなかそういう事態に近い将来、残念ながら、なりそうもありません。そういうことを踏まえて、日本側でしっかりこれから案件を絞っていただきたいと思いますが、今年はぎりぎりに従来のルールどおり、文化と自然2つが間に合って、特に自然が間に合ったことは非常にうれしく思っています。ですから、これからは一気にやるという格好でしっかり専門会議、あるいは文化審議会で検討していただきたいと思います。
【安西会長】  ありがとうございました。
それでは、文化につきましてはこのあたりまでにさせていただきます。
それから、最後に、先ほどから出ておりますSDGs、Sustainable Development Goalsにつきまして、事務局から説明をお願いしたいと思います。
【小林国際戦略企画官】  御説明させていただきます。資料10を御覧いただければと思います。先ほどからお話が出ているとおり、持続可能な開発目標(SDGs)が2015年9月に開催された国連サミットにおきまして採択されたわけでございますけれども、これを受けまして、日本では、我が国としてこのSDGsの実施に取り組むべく、昨年の5月に安倍総理を本部長とする全閣僚を本部員とするSDGs推進本部というのが設置されまして、昨年の12月にこの推進本部におきまして、我が国におけるSDGs実施指針というのが決定されました。この中身について御説明させていただきます。
資料10にございますとおり、この実施指針は「持続可能で強靱、そして誰一人取り残さない、経済、社会、環境の統合的向上が実現された未来への先駆者を目指す。」というものをビジョンとしておりまして、実施原則として、そこにございますように、普遍性、包摂性、参画型、統合性、透明性と説明責任というのを掲げております。
下にございますように、8つの優先課題と具体的施策というのを掲げております。8項目ございまして、1つがあらゆる人々の活躍の推進。それから、健康・長寿の達成。成長市場の創出、地域活性化、科学技術イノベーション。持続可能で強靱な国土と質の高いインフラの整備。省・再生可能エネルギー、気候変動対策、循環型社会。生物多様性、森林、海洋等の環境の保全。平和と安全・安心社会の実現、それから、SDGs実施推進の体制と手段の8つの優先課題からなっております。
そこの中に具体的な施策が掲げられておりますが、赤で囲っておりますのが、特に文部科学省に関係する施策でございまして、教育の充実については1のあらゆる人々の活躍の推進というところに掲げられております。
この実施指針を今後実施していくとともに、フォローアップといたしまして、2019年までを目途に最初のフォローアップを実施するということになっております。
その後の資料として、SDGs実施指針の本文と、それから、その次にございます資料が関係各省庁における具体的施策の一覧でございます。
なお、この基になりました2015年9月に採択されたSDGsのそのものは、本日、机上配付資料としてこのカラー刷りで御参考までに置かせていただいておりますので、御参照いただければと思います。
【安西会長】  大変貴重な御意見を頂きまして、ありがとうございました。また、活動の御紹介も頂きまして、今、事務局からの報告等々もありました。教育、科学、文化全体にわたって、この国内委員会は、多様な、かなりの幅を持った内容を扱っております。
そういう中で事務局から提案があるということですので、森本事務総長にお願いしたいと思います。
【森本国際統括官】  どうもありがとうございます。ただいま様々な観点で御議論を頂きました。冒頭には、理念として、世界情勢の変化をどういうふうに受け止めるか。そして、各報告につきましては、大きく分けると、教育と科学と文化と、この3つの固まりになっているわけでございます。
それで、今お手元に配付させていただいた簡単な1枚紙でございますけれども、これはこのユネスコの国内委員会として、夏に次回の総会を開催するということを今予定しておりますけれども、それに向けて、どういうふうに各小委員会、あるいは特別分科会において御議論を頂き、それを集大成して次の総会に向けて検討をしていってはどうかと、こういうことでまとめさせていただいたものでございます。
まず1番目でございますけれども、今もございましたとおり、ESDとSDGsの関係でございます。ESDについては、2002年に日本が提唱して、国連持続可能な開発のための教育の10年がユネスコを主導機関として取り組まれ、既に10年が経過し、そして、今、GAP、つまりグローバル・アクション・プログラムというフェーズに入っているわけでございます。
他方、SDGsは、国連全体で目指すべき世界の開発目標でございまして、これの相互関係がどういうふうに位置付けられるのか。これはかなり現場におきましてもいろんな御意見あるいは迷いがあると伺っております。
実際には、先ほどございましたこのSDGsの17の目標の中で、この4.7というところがESDということになっております。4自体は、質の高い教育ということでもう少し幅が広いですし、それ以外にも、例えば食料であろうが、健康であろうが、防災であろうが、様々な観点で教育であるとか、あるいは人材育成というのが絡んできているということがございます。
従いまして、我々としては、4.7だけではなくて、もうちょっと広い形でこのESDとSDGsというものを受け止めるというためにはどうしたらいいのかと、こういう問題意識がございまして、そこの貢献の在り方というものを御議論いただいてはどうかというのが1点目でございます。
2つ目のユネスコスクールの役割の検討ということなんですが、ただいま申し上げましたようなSDGsとともに、学習指導要領が改訂されます。参考の7にございますとおり、持続可能な社会づくりという言葉が様々なところに、この中教審の答申の中にも散りばめられております。これをベースに、現在行っているパブリックコメントを経て、学習指導要領が最終的に決定されると。そうしますと、ユネスコスクールはもちろん、全ての学校でこういう学習指導要領に基づいた教育活動が行われていくという形で、大きくステップが変わってくるということになります。ユネスコでは、主流化という言葉を使っておりますが、ESDが学校教育の中により浸透し、定着していくと、こういうプロセスではないかと思います。
ではそうなった場合、ユネスコスクールの役割とは何か。これが次に出てくる我々としての問題意識でございます。 3ポツは、相乗効果の発揮ということですが、ただいま御報告ございましたように、ユネスコには様々な事業がございます。エコパーク、ジオパークもございますし、無形文化遺産と世界遺産、自然遺産、こういうものがございます。一方で、「世界の記憶」のようなものもあります。これらの相互の関係ですね。こういったものをより連携させ、相乗効果が上がるようにしていくことはできないだろうか。これがビジビリティーの向上にもつながるし、ユネスコ活動を日本が積極的に取り組んでいるという大きなあかしにもなるのではないかということでございます。
そのような問題意識の下に、これからは半年ぐらいをかけて、各小委員会の皆様、あるいは現場の方々の御意見も伺いながら、こういうことについて少し御議論頂いてはどうかと、こういう問題提起をさせていただいているところでございます。
以上でございます。
【安西会長】  ありがとうございました。この国内委員会、先ほど申し上げましたように、非常に広いテーマを扱っておりまして、また、年に何度も開いているというわけではございませんので、次のこの国内委員会の総会に向けて、小委員会等々でお考えいただく、その土台といいましょうか、それを提供させていただいた方がいいのではないかということでございます。
もちろん皆様の方からいろいろな御提案があれば是非議論をしていきたいというふうに思っております。
今、事務総長、事務局からの提案といいましょうか、話については何か御質問、御意見ありますでしょうか。猪口委員、お願いいたします。
【猪口委員】  ありがとうございます。度々マイクで失礼いたしますが、非常に適切だとは思っております。特にESDは日本からの発信。それで、SDGsを国連のあらゆるエージェンシーの中でユネスコというところに引き付けて考えれば、正にEducation for Sustainable Developmentというのは非常に適切な切り口といいますか、軸であると感じますので、そのように国連全体に対して説明して、メッセージを送り、そして、日本がそれに先んじて、先ほどから報告いただいているような実績を持っているという発信をするということが重要だと思っているんです。
それで、これに加えて、先ほども少しお話ししたんですけれども、重要なことは、日本から世界に対してどういう発信をユネスコの場でやっていきたいのかということを、秋にまた会長が演説をされると思いますけれども、そのコンテンツについても積極的に検討すべきではないかというふうに思っております。
先ほど少しお話ししたんですけれども、やはり日本から世界に対して感動のある話ですね。そういうことをきちんと発信すべきではないかと。一つには、このサステイナビリティということとの関係で、先ほどレジリエンスということを申し上げましたけれども、レジリエンス、つまり、サステインしていれば必ず逆境が来ますから、逆境にどう回復力を発揮できるか。こういうことが正に同時に出てくる課題で、それにおいて日本はこのようにして今日の持続可能性というのを得ているというように立論してもらえたらいいんじゃないかなと。例えば日本が直面した逆境としては、自然災害が非常に多く、そこから見事にこうして立ち直って、それも世界からの支援の下で立ち直ることができたというような事例を引きながら、我が国がユネスコのメンバーとしてどういうふうに、どういうサステイナビリティを持って生きてきたのかということを示してもらいたいと思います。
それからもう一つ、例えば、日本は資源がないので、資源がない国が世界3番目の経済に平和に発展していく。どういう課題を抱え、乗り越え、そして、世代間でやり方を伝え、今日に至ったかとかですね。それから、やはり独自の文化、文化圏、文化を維持しながらグローバルなネットワーク、普遍的な価値の中で生きてきているというようなことも発信したらいいのではないかと。そして、さらに、日本は世界で最高速のエイジング・ソサエティでありますから、そういう課題、人が長生きができるようになったという利点と、あとは十分なジェンダーイクオリティが達成できていないための少子化の課題というのを抱えていて、そこの苦労をしながら。だから、そこに対してまた乗り越えようと、もう国を挙げての、政府挙げての全力の努力を今こういうふうにしていると。
ですから、幾つかの逆境といいますか、チャレンジに対して日本はこういうレジリエンス、サステイナビリティを発揮して、その平和愛好的な、ピースラビングなグローバルな、国連を中心とするネットワークのよき一員、よきメンバーとして生き続けようとしていると、こういう発信を非常に積極的にやる必要があるんじゃないかなと思っておりまして、その中で前半で出てきたいろいろな我が国の名誉を場合によっては傷つけるかもしれない。そういうことに対する懸念、そういうことも長期的には封じることがまたできる。これは王道じゃないかなと思うんですね。ですから、日本が演説をする。あらゆる機会を通じて、我が国の今申し上げたようなことをESDやSDGsとの関連において説明していただければと思います。
【安西会長】  貴重な御意見を頂きましてありがとうございました。時間が押してきておりますし、もう一つ議題がございます。西園寺委員、手短にお願いいたします。
【西園寺委員】  猪口先生に大賛成です。日本から大いに発信していただきたいし、必要ならば、安西ステートメント第2弾を出していただきたいというふうに思います。
ただ、持続可能性、多様性ということを日本としては大いに発信すべきなんですけれども、その前提として、しつこく私は総会のときに必ず申し上げたいと思うのは、文化多様性の批准についてであります。松浦事務局長のときに日本が提案国の一つとなって出した文化多様性条約がいまだに批准されていない。このことは、きょうは外務省もいらっしゃるので、是非一日も早く批准していただくことを改めて要望いたしますし、議事録に載せていただくことを、一言申し添えます。
【安西会長】  ありがとうございました。多々御意見、御質問あるかと思いますけれども、事務局と相談しているわけではございませんが、国内委員会総会が次回7月か8月に設定されるそうでございます。それから、秋にユネスコ全体の総会がパリで開かれることになります。そういう日程でございますので、7月、8月の次のこの国内委員会総会に向けて議論をしていただきたいことにつきまして、秋の総会のこともにらんで、できましたら1週間ほどの間に、7・8月に向けた、あるいは秋の総会に向けてこういうことを国内委員会のそれぞれ小委員会等々で議論していったらいいのではないかということがありましたらお寄せいただければというふうに思いますけれども、よろしいでしょうか。
ありがとうございました。それでは、そのようにさせていただきます。
それでは、申し訳ありません。時間が過ぎておりますけれども、議題3に移らせていただきます。国内委員会の構成について、この件は議事を非公開にさせていただきますので、委員、それから、事務局関係者以外の傍聴の方々、それから、報道関係の皆様におかれましては、恐縮ですけれども、御退席くださいますようにお願いを申し上げます。

(以下、規定により非公開)

【安西会長】  それでは、これで閉会とさせていただきます。貴重な御意見、御質問頂きまして、誠にありがとうございました。色の付いた紙の資料は机の上に残したままにしておいていただければと思います。
御多忙の中、御出席賜りまして、誠にありがとうございました。

―― 了 ――



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-- 登録:平成30年08月 --