平成9年度
科学技術の振興に関する年次報告(概要)
[目次]
第1部 変革の時代において
第1章 求められるもの −変革に向けて対応が求められる内外の諸課題−
第1節 閉塞状況の打破と生活者の要請への対応
第2節 地球的、かつ人類的な課題の解決
第2章 科学技術で何ができるか −変革の時代と科学技術の役割−
第1節 重要性増す科学技術の役割
第2節 国民の科学技術に対する見方
第3章 どのような取組が重要か −変革の実現に向けた研究社会の取組強化−
第1節 「見つめる」 −変革の時代に求められる視点−
第2節 「生み出す」 −変革につながる成果の創出−
第3節 「活かす」 −研究成果の社会への還元−
第4節 「評価する」 −研究評価の強化−
第5節 まとめ −変革の時代における新たな「創造」−
第2部 海外及び我が国の科学技術活動の状況
第1章 研究費
第2章 研究人材
第3章 研究成果関連の動向
第3部 科学技術の振興に関して講じた施策
第1章 科学技術政策の展開
第2章 総合的かつ計画的施策の展開
第3章 研究活動の推進
[はじめに]
この報告は、 科学技術基本法 (平成7年法律第130号)第8条の規定に基づく、科学技術の振興に関して講じた施策に関する報告である。
本報告では、第1部及び第2部において、広範多岐にわたる科学技術活動の動向を紹介し、第3部の科学技術の振興に関して講じた施策を理解する一助としている。
第1部では、「変革の時代において」と題して、対応が求められる内外の諸課題の状況、それら諸課題への科学技術面からの対応などについて分析を試みている。第2部では、各種のデータを用いて、我が国と主要国の科学技術活動を比較している。
社会の大きな変革の実現に向け積極的な行動が求められている時代を「変革の時代」として捉え、この時代において、科学技術面ではどのような対応が重要となっているかとの観点から考察。
第1章 求められるもの
―変革に向けて対応が求められる内外の諸課題―
1 従来の日本型経済社会システムの行き詰まり・閉塞感の打破
- 我が国の経済社会システムは深刻な限界を見せ、将来に対する不透明感、不確実性は増大し、社会全体に閉塞感。抜本的な対応策の構築必要。
- 国際的な大競争時代が到来し、国内産業や雇用の空洞化が懸念。新産業創出やそのための環境整備、高コスト構造の是正などを通じ構造転換が必要。
- 少子高齢化が急激に進行する中、労働力不足、ひいては社会全体の活力低下が懸念。高齢者や女性の潜在力の発掘と活用を含め、社会の活力低下や労働力不足を回避するための構造改革が必要。
- 高度情報通信社会への取組は米国に比し遅れており、さらに、アジア諸国の技術力も向上中。高度情報通信社会の実現に向け一層の取組強化が必要。
- 国民特に次代を担う子供たちが将来に夢と希望を抱き、努力次第でそれらを実現できる社会を構築していくことが求められる。
2 生活者の関心やニーズへの的確な対応
- 多くの国民は、ゆとりある、かつ健康的で安心して生活できる高齢化社会を望んでいる。高齢者が生き生きと活躍できる活力ある社会の実現に向けた取組の強化が必要。
- 豊かで安全・安心な日常生活を実現するためには、一層の安全対策や危機管理対策を講じていくことが必要。また、心の豊かさやゆとりある生活にとり健康の維持・増進は基本であり取組の強化が必要。
- ゴミ問題の解決等廃棄物処理問題、大気汚染等の環境問題などの生活環境の保全・改善・整備に対する国民の関心は高く、取組の強化が必要。
- 地球環境問題をはじめ、エネルギー、食料、新興・再興感染症など、21世紀における人類の生存基盤確立のため全世界の英知を結集し対応する必要のある問題は多い。
- 地球温暖化は、人類生存の危機ともいえる深刻な問題。地球温暖化防止京都会議で合意された議定書の円滑な実施などに向け国全体としての総合的、計画的な取組が必要。オゾン層破壊問題、森林の破壊防止、酸性雨対策も重要。
- 世界のエネルギー需給は今後逼迫する可能性。全地球的、長期的なエネルギー問題への取組が必要。また、中長期的に世界の食料需給は不安定な局面に陥ることが懸念。単位あたりの生産量増加への努力等世界的な取組が必要。
- 地球環境問題、エネルギー問題などを考えた時、資源循環型社会の構築をめざした長期的観点からの取組必要。
- 様々な病原体が瞬時に拡散する危険性が増大。エイズなどの新興感染症対策は、その広がりから地球的規模での対応必要。また、結核など勢いを取り戻しつつある感染症対策が必要。
- 環境ホルモンによる生殖機能等への悪影響が指摘。この問題への対応強化が必要。
第2章 科学技術で何ができるか
―変革の時代と科学技術の役割―
1 新世紀に向け重要性増す科学技術の役割
- 技術革新は経済発展の大きな源泉。全要素生産性(TFP)上昇の経済成長への寄与度は大。
- 家電製品の普及などは生活の豊かさに寄与。宇宙食のインスタント食品への応用等、生活者から一見離れているように見える分野の成果も身近で活用。
- 地球温暖化については地球温暖化防止京都会議の議定書においても、科学技術の役割の重要性が記載。また、食料増産、エイズ等の感染症の治療法等の確立に向けて科学技術の果たす役割は大。
- 科学技術は、我々に夢を与え未知への探求心を呼び起こし、世界観、地球観、生命観などを創出、拡大、修正。この点から文化の創造に果たす役割大。
2 技術予測調査から見た科学技術への期待と要請
技術予測調査によると環境、エレクトロニクス、ライフサイエンスなどが重要度の高い分野と評価。重要度の高いとされた課題は、環境関連技術、情報関連技術、生命観連技術などであり、前章でみた内外の諸課題に対応した科学技術への取組が重要と示唆。
1 科学技術に対する国民の期待と不安
- 国民は科学技術の役割は評価しているが、科学技術の発達には良い面と悪い面が同じくらいあると考えている者は多い。また、科学技術の進歩の早さ、細分化などについて種々の不安を抱いている。即ち、国民は、科学技術に対し期待と不安が混在 (第1図(1) , (2)) 。
- また、若者は科学技術に期待を抱いているものの、不安を抱きさめた見方をしている者も多い。
2 社会が受け入れやすい科学技術
- フロンに見られるように、科学技術は、時として、当初の予想を超えて社会にマイナス面の影響を及ぼしてきた。こうしたことが国民の不安やさめた見方にも影響。
- 研究者も地球環境問題の発生に、科学技術の発達が影響していることを認識 (第2図) 。
- しかし、地球環境問題のように、マイナス面の解決に果たす科学技術の役割も大きく、国民の期待も大。今後の科学技術は、我が国社会や人類社会にとってより受け入れやすいものとなっていくことが求められる (第3図) 。
第3章 どのような取組が重要か
―変革の実現に向けた研究社会の取組強化―
1 求められる総合的・俯瞰的視点
(1)内外の諸課題の性格と世界の動向
1.内外の諸課題の複雑性
○細分化、専門化した狭い個別の科学技術分野だけでは対応が困難である
- 現代の科学技術は細分化、専門化が進行していると言われる。細分化、専門化は各分野における科学技術の進歩に貢献してきており、今後も各専門分野での研究の深化が科学技術の発展を促進すると考えられる。
- しかし、内外の諸課題への対応にあたっては狭い個別の科学技術分野だけでは対応しきれないことも多い。例えば、地球環境問題は、気象、環境、エネルギー、森林、生態、情報など幅広い科学技術分野の知識の結集が重要。
- 民間企業を対象にしたアンケート調査によれば、民間企業が中途採用で求める人材は、異業種の研究者が多い (第4図) 。
- また、同調査で研究者に求めるものを聞いたところ「独創性・創造性」、「積極性・覇気」に次いで、「広範な専門分野の知識・技術」が高い (第5図) 。人材面から見ても、幅広い知識と視野をもった研究者・研究指導者の存在や多分野の人材の結集が必要とされている状況を示唆。
○ある問題への対処が別の問題を引き起こすことがある
- ゴミの燃焼がダイオキシン発生の危険性をもたらすとすれば、ゴミの減量化には寄与するが、新たな汚染問題を引き起こす。また、これらの問題を解決するため、極端に費用が上昇するとすれば、高コスト構造是正が求められる中大きな問題。
- 自然と人間の営みの関係を見てみると、物質的な豊かさのみを追求すれば自然への悪影響が懸念。科学技術の発達は、人類を豊かにしてきた。一方で、科学技術が社会に適応されるにあたり、環境問題など人類生存に係る問題を惹起してきたことは否めない。こうした点が国民の科学技術に対する不安にもつながっている。
- 民間企業でも、環境意識の高まりが見られており、環境保全と企業業績向上の両立を図る動きが進行中 (第6図) 。
- こうしたトレードオフ問題への対応は問題の所在を認識せず狭い個別の科学技術分野の視野からのみ課題を見つめたのでは、的確な対応ができない。
○科学技術面からだけでは対応困難
- 高度情報通信社会は、情報通信技術の研究開発、通信回線網の基盤の整備、情報通信ビジネスの振興、国際的な協力・協調などの諸対応が相互に連携して実現が図られるもの。活力ある高齢化社会の実現も同様。
- クローン技術を用いたヒト個体の作製については人間の尊厳に関わる大きな倫理問題を内包。生命倫理問題は、クローン技術などの一つの科学技術分野からではなく、倫理、宗教、法律なども含め様々な角度からの議論が必要。
- 特に科学技術の高度化により技術の応用範囲が急速に拡大。制度面など科学技術面以外の対応を考慮することが重要。
- このように科学技術面以外からの対応は科学技術面からの対応と密接に関係しており、このことを十分認識し、相互連携を図っていくことが求められる。
2.今、世界では
○主要国の科学技術政策の動向
- 欧米主要国では、競争力と雇用の確保に重点を置いた科学技術政策を推進。高い基礎研究水準の維持とともに、そうした基礎研究基盤の上に立ち、競争力の強化を図っていこうとする政策意図。生活者ニーズへの対応や地球環境問題などの地球的、人類的課題への取組についても強化。
- アジア諸国は、総じて経済成長重視、開発重視。科学技術政策も経済発展への貢献という観点が中心。
○競争と連携の調和
- 地球温暖化防止京都会議は、地球環境問題が全地球レベルでの取組なくして効果的な解決が期待できないことを改めて提示。また、大規模な施設・設備や広範な研究者・技術者の取組が必要な研究開発プロジェクトについては、国際協力が求められる。
- 欧米主要国、アジア諸国の動向を踏まえれば、我が国は、グローバル化の中での健全な競争と、地球的規模での連携という両面の調和を図りつつ、世界的視野を持った取組を行っていくことが求められており、この方向は、国民の期待にも応えるもの。
(2)研究社会全体として重要となる総合的・俯瞰的視点
- 今後の研究社会には、内外の諸課題を個別の狭い科学技術分野からのみ捉えるのではなく、
が求められる。また、その際、諸課題の未来像を見据えた対応が重要となる。
- 幅広い科学技術の視野を持つこと
- 科学技術面以外からの対応や状況を踏まえること
- 世界的視野を持つこと
これらを一言でいえば、「総合的・俯瞰的視点」を持ち、変革の時代における内外の諸課題を見つめ、それへの対応を図っていくことが求められているといえる。
- 科学技術の細分化などに対する国民の不安も、国民が総合的・俯瞰的視点に基づいた対応を求めている表れ。
2 国民・国際社会との相互理解の増進
(1)国民と研究社会の相互理解の増進
○国民と研究者の間に意識の差はあるか
- 科学技術の発達に対する評価(プラス面とマイナス面など)については、研究者の方が国民より肯定的に見ている。
- 研究者には人間や社会に無関心な人が多いとしている国民は約4割いるのに対し、自身の研究が社会に貢献するとしている研究者は約7割弱で、意識の差が見られる (第7図) 。
- 国民や社会と研究社会との間に大きな意識や考えのずれを生じさせないよう、国民との相互理解に努めていくことが重要であることを示唆。
○研究社会全体としての経済的、社会的ニーズの把握、反映
- 自身の研究推進にあたり経済的、社会的ニーズを踏まえているとした者は約8割。しかし、所属する研究分野全体がそうしたニーズを踏まえているとした者は約7割、研究社会全体については約5割と、徐々に低下 (第8図 )。
これは自身の研究では経済的、社会的ニーズに対応しているが、他の研究や研究分野では必ずしも十分な対応が図られていないと研究者が相互に評価。- ニーズ把握の方法としては、「学会等の学術動向」、「仕事を通じて」等研究社会の中やその周辺からが中心 (第9図) 。一方で、自身の研究の国民への説明の場として、一般の者を対象とした講演や市民大学での講義などを活用したいと考えている。このような場を積極的に活用して要請把握に努めていくことが求められる。
○国民の関心と国民への説明
- 国民の約6割は科学技術に関心があり、研究者の約6割は自身の研究は国民に関心を持たれていると意識。また、国民の約6割は科学技術に関する知識は分かりやすく説明されれば理解できると考え、研究者の約8割は自身の研究は分かりやすく説明すれば国民は理解できると認識。程度の差こそあれ、この点での国民と研究者の意識は一致 (第10図) 。
- 研究者の約7割は自身の研究を国民が理解できるように説明したいと考えている。国民との直接的な対話・交流の場への積極的参加等を通じ、理解と信頼を得ていく努力が必要 (第11図) 。
- 国としても研究者が国民や青少年に直接語りかける機会の確保など国民の科学技術に対する理解と信頼、支持を得る努力を行うことが必要。
○宇宙開発に対する国民の理解と支持の獲得
- 宇宙開発は多額の資金を必要とする研究開発分野であり、推進にあたって、国民に積極的に情報を提供し、国民の理解と支持を得ることが重要。また、研究開発を進めていく上では、その過程において生じた失敗を乗り越え、その後の研究開発に活かし、成果を広く社会に還元していくことが重要。
○科学技術と倫理問題
- 生命倫理に関する問題については、科学、倫理、宗教、法律など様々な角度からの議論が深められることが重要。
- こうした議論の深まりが、生命倫理に関わる科学技術の適切な推進に寄与。
○動燃の抜本的改革と国民の信頼回復
- 動燃の事故とその後の対応の不適切さ等を踏まえ、 動燃を抜本的に改革 し、「核燃料サイクル開発機構」に改組すべく所要の準備を行っているところ
。- 動燃の問題は、研究社会全体として積極的な情報公開を行い国民の理解と信頼、支持の獲得や国民の要請の把握に最大限の努力をすることが今日いかに重要となっているかを示している。特に科学技術行政は国民に開かれた透明性の高いものとなることが必要。
○国民と研究社会との相互理解の増進
- 以上を踏まえれば、今後、研究社会全体として、
- 社会的責任を自覚しつつ、
- 研究社会に閉じず、国民との積極的な交流・対話、科学技術の最前線にいる立場からの積極的な情報発信や提案・問題提起を行うことにより、
- 国民の多様かつ複雑、時として不透明な要請の的確な把握・明確化、科学技術に対する国民の理解と信頼、支持の獲得に努力していくことが求められる。
- 科学技術行政については、国民により開かれた透明性の高い行政とすることが求められる。
- 国民からの科学技術に対する積極的な発言、提案、問題提起も、研究社会の総合的・俯瞰的視点の強化に重要。国民の科学技術への関心の深まりも重要。
(2)国際社会との相互理解の増進
- 各国における経済発展や科学技術の進展の状況は多様。文化等の違いもある。これらは、時として、国際間の連携推進や相互理解にとり大きな問題となる可能性あり。このため、我が国の考え方・取組を国際社会に積極的に説明し、国際社会からの理解と信頼を獲得していくことが重要。
- 国際社会との関係についても国民と研究社会の相互理解の増進で触れた取組があてはまる。
1 総合的・俯瞰的視点に立った成果創出努力
○最適な目標設定と連携
- 経済的、社会的ニーズを踏まえて研究テーマを遂行するための重要な取組として、「研究目標の的確な設定」、「ニーズの的確な把握」をあげる研究者が多い。ニーズに合致した的確な研究目標の設定が重要 (第12図) 。
- 自身の研究が経済的、社会的問題の解決に貢献すると意識し、かつ研究目標の設定に際し、他の研究分野や科学技術面以外の取組状況を考慮しているとした研究者は回答者の4割。これは総合的・俯瞰的視点に立った研究目標の設定が必ずしも十分でないことを示唆 (第13図) 。
- 地球環境問題など内外の諸課題への対応は、幅広い科学技術の視野を持ち、科学技術面以外の対応や状況も踏まえて、望ましい未来を見据えた最適な目標設定を行う努力が必要。
- こうした目標の下、幅広い科学技術の知識の結集・有機的連携を図り、柔軟性をも持った計画性のある取組を行っていくことが必要。
- 科学技術会議の脳科学委員会が決定した「 脳に関する研究開発についての長期的考え方 」では、分野を横断する領域として3領域において今後20年間の達成目標(戦略目標)を定め、現在関係省庁等が有機的連携を図り、研究開発を進展中。
- 国における総合的・俯瞰的視点に立った取組は変革の実現に向けた科学技術政策の戦略性を高めるものであり、一層の努力が必要。
○関係省庁の有機的連携
- 変革の時代において、関係省庁が有機的連携を図り、目標に取り組むことが従来にも増して重要。同時に、政府全体として整合性のとれた無駄のない活性化された研究開発の推進にとり不可欠。
- 関係省庁の連携強化のための体制としては、近年、課題ごとに関係省庁連絡会が設置、政府一体となった施策の推進体制を強化。また、科学技術会議による省庁横断的な研究計画の策定や施策の総合的評価、国費による研究開発活動を総覧するデータベースの構築についても関係省庁の連携の下、進展。
- このように連携体制は進みつつあるが、一層の進展が必要。
2 創造的、世界的成果を生み出す努力
(1)求められる創造的、世界的成果
- 民間企業に今後重視する研究開発戦略について調査した結果によれば、民間企業は、「消費者ニーズに対応した製品開発の強化」、「独創的な製品開発の強化」が高い回答。これらから、消費者ニーズへの対応を進めつつ、同時に新たな技術革新創出を模索。民間企業は新世紀における活力ある経済の潮流を創り出していくため新たな技術革新創出に期待し、努力 (第14図) 。
- こうした民間企業の動向にも見られるように、今日、大競争時代に対応するため新産業の創出などを通じた我が国経済社会システムの抜本的な構造改革が求められる中、創造的、世界的な研究成果の創出が求められている。
- また、高水準の医療の実現、地震等の災害に対する適切な安全対策の実現など生活者の関心やニーズへの対応、地球環境問題など人類生存基盤に関わる困難な問題への対応にあたっても、創造的、世界的な成果が必要。
(2)創造的、世界的研究成果を生み出す研究運営
創造的、世界的成果を生み出す研究運営の下で最適な目標設定、幅広い科学技術の知識の結集・有機的連携など総合的・俯瞰的視点に立った成果創出努力が重要。
1.日本の研究水準
- 研究者や民間企業は、我が国の研究水準や技術力は、基礎研究分野や先端科学技術分野を中心に欧米に対し遅れぎみと考えている (第15図) 。
- 我が国の発表論文数と論文の被引用回数の世界全体に占めるシェアは増加傾向。しかし、被引用回数のシェアは低い。特に、質的な面において一層の努力必要 (第16図) 。
- 今後、基礎的・先端的研究の一層の強化、研究環境の整備などを通じ世界的な科学技術力を確保していくことが重要。
- 特に基礎研究については、様々な応用分野への波及効果をもたらすもので変革の時代における経済的・社会的ニーズへの対応に不可欠。
○研究拠点としての日本
- 研究所・施設の立地条件としては、欧米の方が優れているとした企業が多く、その理由として優れた研究機関・研究施設や研究人材の存在を上げた企業が多い (第17図) 。
- 現在は、企業が立地する国を選ぶという大競争時代。科学技術についても、意欲ある研究者や企業は活動しやすい国を選択して動くようになる。そうした中で、世界に通用する研究運営が行われ、その下で、広く国内外の研究者が集い、我が国を舞台に最先端の科学技術活動が展開されるようにしていくことが必要。
○世界に通用する研究運営
- 研究者が最大の成果を上げたと考える研究における動機づけ要因として、「知的好奇心」、「仕事の達成感や成長実感など」、「挑戦的精神」など研究者自発的な心理・価値観に基づいたものが高い割合 (第18図) 。研究活動は究極的には人の知的活動であり、研究者の意欲と能力を引き出し、創造性を十分に発揮できる環境づくりが必要。
- 自身の研究推進にとり必要な研究環境として、国研、大学では、研究費や研究計画の柔軟性、研究支援者の増員を上げる研究者が多い(5割〜7割)。研究計画の柔軟性については民間企業も高い割合 (第19図) 。
- 世界的な研究機関であるドイツのマックス・プランク学術振興協会は、柔軟な組織運営を行うとともに、研究所長には大きな裁量権を付与。また、同協会と米国国立衛生院(NIH)では、期限付きの研究者やポストドクターなどの流動的研究者が半分以上 (第20図) 。
- これらのことから、世界の優れた研究機関では組織運営などの面において柔軟性を持った研究運営を行っていること、優秀な研究指導者に大きな裁量権を与えていること、ポストドクターなど流動的な研究者を導入し競争的かつ開放的な研究環境による活性化促進や若手研究者の養成を行っていることなどが分かる。
- 日本においても柔軟で競争的な研究運営を目指した取組が進められつつある。理化学研究所もその一例 (第21図) 。
- 我が国が世界に通用する研究運営を行っていくためには、我が国の独自性も入れつつ、諸外国の優れた研究運営と遜色のない人中心の柔軟で競争的な研究運営を確立していくことが求められる。
1 民間企業の産学官連携・交流への期待
- 民間企業で、大学や研究機関(国研、特殊法人等)との連携の仕組みを活用、あるいは今後活用する予定とする企業は約9割。
- また、国内の他機関との研究協力を行う理由として、大学に対しては、「研究人材」、「研究成果」、研究機関に対しては、「研究施設・設備」、「研究成果」が高い割合 (第22図) 。
- 産学官連携・交流や国の研究成果の民間への移転に対する企業の期待は大きい。
2 研究成果の社会還元に対する取組の強化
○産学官の連携・交流
- 多くの研究者は産学官の共同研究の重要性は認識しているが、この3年間に共同研究の機会が増加したとする研究者は約4割。研究者の交流意欲を高め、努力を促すための取組強化が求められる。
○国研や大学の研究成果の社会への還元
- 国研や大学の研究成果を円滑に移転するための環境整備について進展。
- 個人帰属を目的とした特許出願を行いたいとしている研究者は、国研で約3割、国立大学はで4割弱 (第23図) 。
- 特許出願数の多い米国大学ではノーベル賞受賞者も多い。また、技術移転事務所もあり。基礎研究などの研究活動に閉じることなく、成果移転に積極的 (第24表) 。
- 共同研究等産学官連携・交流の促進、研究者の特許化意識の醸成、特許化や実施権付与などの面における研究者、研究者所属機関への支援体制の整備、研究成果情報を企業に提供する体制の整備、関連法令の整備など、成果を社会還元する取組の一層の強化が必要。
○研究評価への取組の現状
- 平成9年8月、内閣総理大臣は 大綱的指針 を策定。厳正な研究評価の実施に必要な諸事項を明示。
- 大綱的指針 の策定を踏まえて、現在、各省庁において、各省庁の指針の策定や研究開発機関における評価実施要領の策定・見直しなどが進展中。今後、整備された体制の下、実際の評価の実を上げていくことが求められる。
○変革の時代における研究評価
- 国の研究開発課題の望ましい評価視点として、学問・科学への貢献や創造性の視点と同時に、新産業創出を含む経済的、社会的ニーズへの的確かつ柔軟な対応という視点を上げる研究者は多く (第25図) 、また、研究者は外部評価の重要性も意識 (第26図) 。
- 研究目標・計画、研究の進捗が、社会への要請への対応、変革につながるような優れた研究成果を創出しているかどうかなどについて、評価していくことが重要。
- 新たな研究上の観点や研究運営の在り方の提示などにより、研究者を励まし、支援し、研究開発の活性化につながることが期待。また、画一的な評価にならないよう研究開発の特質等に応じた柔軟性を持った研究評価が必要。
- 我が国は、今日、経済社会システムの行き詰まり・閉塞状況の打破、生活者の関心・ニーズへの的確な対応、地球的、人類的な課題の解決など多様かつ複雑な内外の諸課題への対応を図り、大きな変革を実現していかなければならない時代を迎えている。
本章では、こうした時代において、内外の諸課題に的確に対応していくためには、次の点が重要であることを見てきた。これらは互いに独立したものではなく、全てが密接に関連し合い進められていくべきものである。
- 「見つめる」
− 狭い個別の科学技術分野から捉えるのではなく「総合的・俯 瞰的視点」を持つこと、即ち、
- 幅広い科学技術の視野を持つこと、科学技術面以外の対応 や状況を踏まえること、世界的視野を持つこと
- 「生み出す」
− 総合的・俯瞰的視点に立った成果創出努力を行うこと
- 最適な目標設定と多分野の科学技術の知識の結集・連携
− 創造的、世界的成果を創出するための活力を確保すること
- 世界に通用する研究運営の実現(柔軟性、競争性、優秀な指導者など
- 「活かす」
− 優れた研究成果の社会への還元を図ること
- 産学官連携・交流の促進、大学、国研の研究成果の社会への還元
- 「評価する」
− 厳正な研究評価の実施
- 上記取組の確実な進展のための研究評価の実施
社会が大きく変わろうとしている時代、研究社会に求められているものは、変革につながる従来にない新たな成果の「創造」であり、また、そうした成果を生み出すための活力の「創造」である。
こうした変革の時代における新たな「創造」を実現していくためには、今、次の取組の強化に向けた努力が必要である。
- 総合的・俯瞰的視点を持ち内外の諸課題を捉えていくこと、その上で、最適な目標設定、多くの科学技術の知識の結集・有機的連携を図りつつ研究開発を行うこと。
- その中から優れた成果を創出するため、世界に通用する研究運営を行うこと、
国としても、これら取組を強化することにより、科学技術政策の戦略性を高めていくことが必要である。
- 昨年12月、行政改革会議は21世紀における新たな行政体制の在り方について最終報告をとりまとめた。政府は、この報告を最大限に尊重し中央省庁等の改革を実施すべく、現在所要の準備を行っているところである。
行政改革会議のとりまとめにあたって、橋本総理は行政改革では特に、創造的な科学技術行政体制の整備に力点を置いたとし、その結果、科学技術を戦略的に、かつ夢を開くものにする体制が十分整備されたとしている。具体的には、行政改革会議最終報告では科学技術に関し、概括次のような改革を行うことが提言されている。
- 内閣府に総合科学技術会議を置き、人文・社会・自然科学を総合した科学技術を対象とした総合戦略を策定するとともに、科学技術に関する予算、人材等の資源配分の基本方針や国家的に重要なプロジェクト等について評価を行う。
- 内閣府に原子力委員会及び原子力安全委員会を置き、現行の機能を継続する。
- 当面総務省に日本学術会議を置くが、今後その在り方について、総合科学技術会議で検討する。
- 教育科学技術省を置き、創造的な人材の健全育成、学術・文化の振興、科学技術の総合的な振興などを行う。また、同省の編成にあたって、同省において、総合科学技術会議の策定する科学技術に関する総合戦略を踏まえ、より具体的な研究開発計画の策定・推進や、これに基づく各省間の調整を行うとともに、学術・科学技術行政に関する総合的・戦略的取組の強化、大学行政・科学技術行政の統合による学術・科学技術研究の調和、総合性の確保などを図る。
- 国立試験研究機関については、類似研究機関、必要以上に細分化されている小規模研究機関、地域別の研究機関、業種別の研究機関等を原則的に統廃合する。また、このような国立試験研究機関全体にわたる省庁の壁を超えた統廃合と並行して、国として重要かつ総合的に取り組む必要のある研究分野、広範な行政目的に関係する横断的な研究分野を担う中核的な研究機関を育成することにより、今後のわが国の科学技術への取組を充実させる。
以上の報告を踏まえ、今後は総合科学技術会議や教育科学技術省の設置等の体制整備により、学術及び科学技術研究の調和と総合性を確保しつつ、人文・社会・自然科学を総合した国全体の科学技術政策の総合性、戦略性を高めていくこととしている。この体制整備が実を上げ、新世紀における活力と自信にあふれた社会の創造に科学技術が貢献できるよう今後の具体化に当たって努力していくことが必要である。
21世紀までわずか2年半を残すのみとなっている今日、変革の実現に向けた取組の強化は喫緊の課題である。科学技術基本法の制定、それを受けた科学技術基本計画の策定により、科学技術創造立国をめざした取組は着実に進展している。変革の実現に向けた取組の強化が科学技術創造立国につながっていくものであり、一層の努力が求められる。
[第2部 海外及び我が国の科学技術活動の状況]
各種データ、統計を用いて海外と我が国の研究費、研究人材、研究成果関連 の動向を示した。
第1章 研究費
・研究費総額
・研究費の組織別の負担及び使用
・性格別研究費
第2章 研究人材
・研究者数の状況
・研究者一人当たりの研究費
・研究関係従事者数
・学位取得者数の動向
第3章 研究成果関連の動向
・特許
・論文
・技術貿易
・ハイテク産業
[第3部 科学技術の振興に関して講じた施策]
平成8年度に講じられた科学技術の振興施策について、平成8年7月に策定された 科学技術基本計画 を踏まえつつ、施策の分野ごとに報告した。
第1章 科学技術政策の展開
・ 科学技術基本計画
・ 科学技術会議
・科学技術行政体制及び 予算
第2章 総合的かつ計画的施策の展開
・研究者等の養成・確保と研究開発システムの整備等
・研究開発基盤の整備・充実
・多元的な研究開発資金
・民間の研究開発の促進と国等の研究開発の成果の活用
・国際的な交流等の促進
・ 地域における科学技術の振興
・科学技術に関する学習の振興及び理解の増進と関心の喚起
第3章 研究活動の推進
・基礎科学の振興
・重要研究開発分野の推進
・組織別の研究活動
・主な研究開発制度
[概要図表索引]
第1図(1) 国民の意識 科学技術の貢献すべき分野
第1図(2) 国民の見方 科学技術の発達に伴う不安
第2図 研究者の意識 科学技術の発達の社会への影響
第3図 国民の意識 科学技術が貢献すべき分野
第4図 企業の中途採用研究者の人材源
第5図 企業が研究者に求めるもの
第6図 企業の意識 社会や生活者への貢献
第7図 科学者に対する国民のイメージと研究者の意識
第8図 経済的・社会的ニーズの把握と反映に関する研究者の意識
第9図 研究者の経済・社会的ニーズの把握の仕方
第10図 科学技術に対する関心と理解
第11図 研究者の意識 国民の理解を得るための努力
第12図 経済的、社会的ニーズに対応していくための取組
第13図 他分野の研究、科学技術面以外の取組の研究目標・計画への反映状況
第14図 研究開発戦略(計画)を見直す際に重視している点
第15図 基礎・応用研究の日米・日欧比較
第16図 世界に占める論文数と被引用回数の割合
第17図 我が国の研究所・施設の立地条件の欧米との比較
第18図 最大の研究成果をあげたときの動機づけ要因
第19図 研究者が望む研究運営
第20図 マックス・プランク学術振興協会及び米国国立衛生院(NIH)の人員構
第21図 理化学研究所における人員構成
第22図 他機関との研究協力を行う理由
第23図 個人帰属を目的とした特許出願
第24表 米国の特許出願数上位20大学のノーベル賞受賞者数等
第25図 国の研究開発課題の望ましい評価視点
第26図 研究テーマの評価体制のあり方
科学技術庁科学技術政策局調査課
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