2(2)南海トラフ巨大地震総合研究

「南海トラフ巨大地震」総合研究グループリーダー
澁谷拓郎(京都大学防災研究所)

 南海トラフ巨大地震総合研究グループは,「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画」において,海溝型地震部会,データベース・データ流通部会,地震動・津波等の事前予測・即時予測部会,地震・火山災害部会,史料・考古部会,地震先行現象・地震活動評価部会等で行われている南海トラフ巨大地震に関する研究を,部会を横断する形でまとめ,総合的に推進することを目的とする。さらに,東京大学地震研究所と京都大学防災研究所の拠点間での連携共同研究における参加者募集型研究として実施される「巨大地震のリスク評価の精度向上に関する新パラダイムの構築」による南海トラフ巨大地震のリスク評価についての研究とも連携を図って,「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画」による南海トラフ巨大地震の現象解明,発生予測,災害誘因予測を目指した研究と拠点関連携共同研究のリスク評価の研究との橋渡しを模索することも本研究グループの目的である。
 南海トラフ巨大地震という課題に対して,本研究グループの取組の最終的な目標は,以下のような問いに答えることであると考える。(Q1)どんな地震像が想定されるか。発生時期は?地震規模は?(Q2)地震災害,津波災害,地盤災害等において,どんな被害が予想されるか。(Q3)災害軽減のために,どんな情報を発信できるか。
 「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画」と拠点関連携共同研究の「巨大地震のリスク評価の精度向上に関する新パラダイムの構築」がともに目指す南海トラフ巨大地震の災害軽減に資する研究のスキームとしては,図1のようなものが考えられる。すなわち,研究の流れとしての上流から下流に向かって,「震源」,「地殻構造・波動伝播」,「強震動・津波予測」,「地盤構造・地滑り」,「被害予測(建築物・構造物)」,「リスク評価」という研究項目が並び,これらを「基盤観測・データ流通」が支え,各研究項目から情報が社会に向かって発信されるという構図である。以下では,このようなスキームを念頭において,平成27年度の本研究グループの活動や南海トラフ巨大地震に関係する研究成果をまとめる。

1.研究集会

 本研究グループの研究集会を平成27年5月19日に京都大学宇治キャンパスにおいて開催した。「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画」から9件の研究課題の成果報告と拠点関連携共同研究「巨大地震のリスク評価の精度向上に関する新パラダイムの構築」から2件の話題提供がなされた。
 総合討論では,「強震動予測」から他の研究項目に対する以下のような質問が取り上げられた。(Q1)時間的に安定した固着域は存在するか。地震時以外に固着し続ける場所は存在するか。過去の地震の強震動生成域は固着し続けているか。(Q2)固着の強弱を10 km程度の分解能で知ることはできるか。(Q3)プレート境界面において,とてもよく引っかかっているところが事前にわかるか。これらは,強震動生成域が応力が集中した固着域に対応するという考えに基づき,固着度やプレート境界面の状態から強震動生成域を精度よく推定できるかもしれない,という期待の裏付けを求めた質問である。「震源」やプレート構造の研究課題がある「地殻構造・波動伝播」の研究項目にとっては,このような質問の答えを模索することが,研究の方向性を調整,あるいは立案する際の選択肢になり得る。研究項目間でのこのような質問と回答のキャッチボールをすることにより,上流あるいは下流の研究は何をしているのか,何を欲しているのか,を認識することが重要であるということが研究集会参加者間で共有された。

2.平成27年度の研究成果の概要

 平成27年度の「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画」における研究課題のうち,南海トラフ巨大地震に関する研究であることが自己申告されたもの,及び研究成果報告からそう判断されるものは,51課題ある。部会別には,「海溝型地震」が21課題,「データベース・データ流通」が8課題,「地震動・津波等の事前予測・即時予測」が7課題,「地震・火山災害」が5課題,「史料・考古」が4課題,「地震先行現象・地震活動評価」と「内陸地震」が3課題ずつとなる。さらに,主な成果について,図1のスキームにおける研究項目で整理すると,「震源」が19課題,「地殻構造・波動伝播」が8課題,「強震動予測・津波予測」が3課題,「地盤構造・地滑り」が2課題,「被害予測」が1課題,「リスク評価」が2課題,「基盤観測・データ流通」が7課題,「情報発信」が4課題となる。以下に重要と思われる成果を研究項目ごとに報告する。

(1) 震源

ア.プレート境界面の固着状態

 海上保安庁[課題番号:8001]は,GPS-音響測距結合方式による海底地殻変動観測から,2011年東北地方太平洋沖地震の影響を取り除き,海底基準点のアムールプレートに対する移動速度を推定した(Yokota et al., 2015)。図2を見ると,海底基準点は概ね北西方向に移動していて,フィリピン海プレートの沈み込みや陸域のGEONETの観測結果と整合しているが,「東海沖1」や「足摺沖2」は大きな移動速度を示している一方,「室戸沖2」や「日向灘2」は小さな移動速度となっている。この結果から,東海沖と足摺沖に強い固着域があり,室戸沖の固着は弱いことが示唆される。海底地殻変動観測により固着状態を議論できる範囲がトラフ軸付近まで広がったことは重要である。
 東京大学大気海洋研究所[課題番号:2801]は,熊野灘から四国海盆に至る一測線に対して,海洋研究開発機構が取得したマルチチャンネル反射法データとIODP南海トラフ地震発生帯掘削計画の深海掘削データとの統合解析を行い,沈み込みに伴う堆積層の間隙率の空間変化を推定した(Park, 2015)。その結果,間隙率は測線方向においてトラフ軸付近で減少することがわかった。これは,トラフ最上部に堆積するタービダイトのLoadingとスラスト断層によるTectonic Loadingにより脱水が進行するためと考えられる。このような間隙率が低下する領域では,デコルマが強い剪断強度をもつ可能性がある。さらに,デコルマの反射極性はNormalとなる。逆に言うと,デコルマの反射極性がNormalな領域は固着が強いといえる。これまでの観測によるトラフ軸方向のデコルマの反射極性の不均質から紀伊半島の東側と西側に固着の強い領域が示唆される。

(2) 地殻構造・波動伝播

ア.プレート境界面の形状

 名古屋大学[課題番号:1703]は,愛知県下で発生した地震に見られるプレート境界面トラップ波について,琵琶湖周辺を通過する複数の波線を調べた結果,南側の波線ほどトラップ波が観測できる震央距離の範囲が短くなることを見出した。この結果は,沈み込む海洋地殻と陸側の下部地殻が琵琶湖周辺で面的に接触しており,かつ南に向かうほどフィリピン海プレートの西方向への沈み込み角度が高角になることを意味する。
 京都大学防災研究所[課題番号:1904]は,近畿地方に展開されている定常及び臨時の地震観測点で得られた多数のレシーバ関数を用いて,3次元スタッキングによるS波速度不連続面のイメージングを行った(青木・他, 2016)。図3から大陸モホ面が,京都府中南部下では深さ36 kmにあるが,琵琶湖西岸域では39 km,東岸域では42 kmと深くなり,南東から沈み込んでくるフィリピン海プレートの海洋モホ面とほぼ同じ深さになるのが見て取れる。すなわち,琵琶湖東岸域で陸側の下部地殻と海洋地殻が接することになる。

イ.震源モデルの不均質性が長周期地震波のDirectivity効果に及ぼす影響

 東京大学地震研究所[課題番号:1516]は,1707年宝永地震の震源モデルに対して,破壊開始点を日向灘に置く場合と駿河湾に置く場合について長周期地震動を計算し,都心の地震波速度応答スペクトルを比較した。断層破壊速度が一定の場合には,破壊進行方向にコヒーレントな長周期地震波が集まるDirectivity効果により長周期地震動が増幅されるので,破壊開始点が日向灘にあり,断層破壊が関東方向に進行する場合と,破壊開始点が駿河湾にあり,断層破壊が関東から遠ざかる方向に進行する場合とでは,10倍以上の差が生じた。これに対して,現実的な断層破壊伝播を考え,断層破壊速度に標準偏差5%のランダムな速度変化を与えたところ,Directivity効果が弱まり,速度応答レベルの変動が2倍程度にまで狭まることが確認できた(Takemura et al, 2015)。このことは,現実的な地震動評価に向けて,不均質構造を適切にモデル化したシミュレーション手法の高度化が必要であることを示している。

(3) 地盤構造・地滑り

ア.大阪堆積盆地モデルの検証

 尼崎観測点では,近傍で起きたM4程度の地震記録において,直達S波の後,約4秒間隔で水平動に卓越する孤立的な波群が繰り返すという特徴的な後続波が観測されることがある。京都大学防災研究所[課題番号:1911]は,3次元大阪堆積盆地地下構造モデルとダブルカップル点震源モデルを用いた差分法による地震動シミュレーションによって,この後続波が地表と堆積層・地震基盤の境界での多重反射S波であることを明らかにした(田中・他, 2015)。この結果は,3次元大阪堆積盆地地下構造モデルが2Hz程度の地震波まで適用可能であることを示している。

(4) 情報発信

ア.津波即時解析システムの運用

 海洋研究開発機構[課題番号:4002]は,DONET 水圧計データを用いた津波増幅率による津波即時解析システムを開発し,和歌山県や尾鷲市,中部電力に実装した(高橋・他, 2015)。和歌山県は,当該システムを用いた即時津波予測のための気象業務許可を取得し運用段階に至っている。

これまでの課題と今後の展望

 平成27年度初頭に開催した本研究グループの研究集会では,南海トラフ巨大地震の災害軽減に資する研究を図1のようなスキームで考える際,「震源」~「リスク評価」の各研究項目が,それぞれの上流と下流の研究項目でどのような研究がなされていて,どんなアウトプットを必要としているかを認識することの重要性が共有された。例として紹介した「強震動予測」から投げかけられたプレート境界面の固着状態に関する質問に対して,海上保安庁[課題番号:8001]や東京大学大気海洋研究所[課題番号:2801]による研究成果は,回答を投げ返したものと考えることができる。
今後は,拠点間連携共同研究との連携もいっそう密にして,図1のスキームの実践を試みたい。そのためには,研究項目間での質問と回答のキャッチボールによりコミュニケーションを深め,より適切なアウトプットを模索する必要がある。

成果リスト

Yokota Y., T. Ishikawa, M. Sato, S. Watanabe, H. Saito, N. Ujihara, Y. Matsumoto, S. Toyama, M. Fujita, T. Yabuki, M. Mochizuki, and A. Asada, 2015, Heterogeneous interplate coupling along the Nankai Trough, Japan, detected by GPS-acoustic seafloor geodetic observation, Progress in Earth and Planetary Science, 2, doi:10.1186/s40645-015-0040-y.
Park., J., 2015, 3D Porosity Estimation of the Nankai Trough Sediments from Core-log-seismic Integration, AGU 2016 Fall Meeting, T51A-2856, San Francisco.
青木将・飯尾能久・片尾浩・澁谷拓郎・三浦勉・米田格・澤田麻沙代, 2016, 稠密地震観測網のデータを用いた下部地殻及び最上部マントルのイメージング, 平成27年度京都大学防災研究所研究発表講演会, A10.
Takemura S., T. Furumura, and T. Maeda, 2015, Scattering of high-frequency seismic waves caused by irregular surface topography and small-scale velocity inhomogeneity, Geophys. J. Int., 201, 459-474.
田中宏樹・岩田知孝・浅野公之, 2015, 阪神地域(尼崎~東灘)での地震記録に見られる特徴的な後続波(2), 日本地震学会2015年秋季大会, S16-03, 神戸市.
高橋成実・馬場俊孝・石橋正信・末木健太朗・大林涼子・金田義行,2015, 津波増幅率を用いた即時津波予測システム構築,日本海洋工学会・日本船舶海洋工学会, OES25-040.

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(研究開発局地震・防災研究課)

-- 登録:平成29年07月 --