3. 平成27年度の成果の概要

3-1.地震・火山現象の解明のための研究

 地震や火山噴火が引き起こす災害の予知の基本となる地震・火山現象の科学的理解の深化を目指し,史料・考古データ・地質データも含めた過去の地震・火山噴火現象に関する調査と研究,地震・火山噴火の発生場と発生過程を理解するための観測・実験に基づく研究を以下のように実施した。

(1)地震・火山現象に関する史料,考古データ,地質データ等の収集と整理

 地震・火山噴火現象とその災害に関する史料,考古データ,地質データの収集を行い,近代的観測との対比及び統合しやすいデータベースの構築に向けた研究を行った。

ア.史料の収集とデータベース化

 日本列島の各地域において地震・火山噴火関連史料の収集を進めた。1858年飛越地震の正確な被害一覧表を作成するなど,新たな災害関連史料の整理を進めた。昨年度設計した「日本歴史地震関連史料データベース」の構築に向けて,既刊地震史料集に記載されている史料の修正・校訂及び未収録の史料の調査を進めた。既刊地震史料集の検索システム「歴史地震史料検索システム」を公開した。

イ.考古データの収集・集成と分析

 北海道と沖縄を除く全都府県の発掘調査報告書から災害痕跡に関する地質考古データ約800件を抽出・収集した。発掘調査現場に赴き,液状化痕跡等の土壌サンプル等を収集し,分析・整理した。さらに,これらのデータをもとにGISの構築に着手した。

ウ.地質データ等の収集と整理

 国後島における調査により,先史時代に発生した大規模な津波の痕跡を発見した。また,北海道十勝地方の太平洋沿岸の潟湖底の堆積物調査を行い,約4,000年前の津波による堆積物を得た。
 最新の内陸活断層調査の成果をもとに活断層データベースの更新を進めた。
 1707年富士山宝永噴火噴出物の分析から,深度4~6kmに揮発性成分にほぼ飽和したデイサイト質マグマ溜まりがあり,深部から来た玄武岩質マグマと噴火数日前に接触することで噴火に至ったことを明らかにした(図4)。

(2)低頻度大規模地震・火山現象の解明

 近代観測データと史料・考古データ・地質データを総合して,東北地方太平洋沖地震のような低頻度・大規模地震・火山噴火現象の特徴を抽出し,その理解を目指して,次のような研究を行った。

ア.史料,考古データ,地質データ及び近代的観測データ等に基づく低頻度大規模地震・火山現象の解明

 1855年安政江戸地震について,既刊地震史料集に所収の信憑性が高い史料から震度とそれが記録された正確な場所を推定し,広範囲に亘る精度の高い震度分布図を試作した。
 1611年慶長三陸津波地震について,史料データに基づき暫定的な震源断層モデルを推定した結果,同地震は1896年明治三陸津波地震よりも南側のプレート境界も破壊している可能性が高いことがわかった。
 カルデラ形成噴火に関しては,薩摩硫黄島でボーリング調査を行い,約7,300年前の鬼界―アカホヤ噴火の千年から数百年前に2回の噴火があった可能性を示した。一方,約4万年前の支笏カルデラ形成噴火は1万年以上の静穏期後にカルデラ噴火が突然始まったことが明らかになった。また,約7000年前の摩周カルデラ形成噴火は,プリニー式噴火から噴煙柱崩壊へと移行する単純な様式ではなく,指向性を持つ高速型火砕流を伴う複雑な推移を経たことがわかった。
 その他,磐梯山1888年噴火について,残された目撃談, 写真やスケッチ等の一次資料を再検討し,当時の報告書に基づく噴火シナリオの誤謬を指摘した。また,1914年桜島噴火直後に発生した桜島地震(M7.1)について各官署の紙記録地震データを用いて震源再評価を行い,桜島南西方の鹿児島湾内に震央を推定した。

イ.プレート境界巨大地震

 日本海溝及び南海トラフ沖沿いで行われている海底地殻変動観測により,両海域における地殻変動場に顕著な空間変化が認められることが示された。南海トラフ沿いでの海底地殻変動観測から,トラフ沿いでの海陸プレート間の固着の程度が空間的に不均一であることが示唆された(図5)。
日本海溝から沈み込む太平洋プレート表層部を構成すると想定される様々な物質をガウジ試料として摩擦実験を行なった結果,物質ごとに摩擦強度の滑り速度依存性が異なるため,地震性滑りの起こりやすさが異なることが示された。地震の応力降下量は,主要な粘土鉱物であるスメクタイトの含有率に依存することが明らかとなり,含有率が低い南海トラフ断層では,含有率が高い日本海溝断層に比べて応力降下量が高いと想定される。
 四国海盆で実施された地震探査と深海掘削データとの統合解析により,プレートの沈み込みに伴って堆積層からの脱水が進行するために間隙率が低下する様子が捉えられた。こうした変化はプレート境界断層浅部の摩擦強度に影響を及ぼしている可能性が高いことがわかった。

(3)地震・火山噴火の発生場の解明

 地震・火山噴火の発生場における地下構造や応力場を明らかにし,断層上の摩擦特性や断層周辺の流体分布,地震と火山噴火の相互作用などを明らかにするため,以下のような観測・実験に基づく研究を実施した。

ア.プレート境界地震

 GEONETに加え,島嶼部や海底における地殻変動観測を補うことにより,南西諸島のプレートは3つのブロックに別れて運動していること,相模トラフの南側の伊豆前弧がフィリピン海プレートとは独立したブロックとして運動していることが確認された。
 四国地域において長期的ゆっくり滑りが発生している領域の上盤側地殻内では,P波の減衰が大きく,また深部低周波微動活動のセグメント構造は減衰構造が空間的に変化している領域と対応していることが明らかになった。さらに,上盤側の減衰が大きな領域では地表での隆起量が大きく,地形の形成,地殻内の地震波減衰構造,プレート境界における深部低周波微動活動の三者に関連があることが示唆された。
 房総半島において,プレート境界から分岐した断層の存在が確認され,過去にこの断層に沿って地震時の破壊が海底表層付近にまで及んでいたことを示す痕跡が確認された。

イ.海洋プレート内部の地震

 北海道・東北地方下を対象にして,海洋プレート内部の地震発生を規定する主要な環境要因である温度の3次元的な分布を,数値シミュレーションを用いて推定した。千島・日本海溝会合部の深部延長を含む北海道下では3次元的なマントル対流のため,単純な2次元モデルでは説明できない温度構造が得られた。
 北海道東部下の深さ80~100 kmの範囲において,海洋性地殻内での顕著な地震波速度の増加と活発な地震活動が認められた。このことから,地殻を構成する含水鉱物の脱水分解により生じた水が,地殻内の地震発生に寄与していることが示唆された。
 東北地方太平洋沖地震が,2011年7月10日にスラブ内で発生したモーメントマグニチュード(Mw)7.0の地震に及ぼした影響を検討したところ,スラブ内では応力平衡域の深さを変化させるほどの大きな応力変化は生じていないことが示唆された。

ウ.内陸地震と火山噴火

 東北地方太平洋沖地震以降に東北地方火山フロント周辺で短縮ひずみが観測されている。このことを説明するために,不均質粘性構造と初期余効滑りを考慮した有限要素法解析を行った結果,火山地帯の地殻深部に低粘性領域の存在が示唆された(図6)。巨大地震後の島弧地殻の一般的な粘性変形場のモデリングから,現在は東北地方の海域のみで見られる陸向きの余効変動の変位は,将来的には東北沿岸部から内陸部に及ぶことが予想された。宮城・福島県境の詳細な地震波速度構造解析から,宮城・福島県境の地殻上部に高速度異常が検出され, 福島盆地西縁断層帯の非連続性が示唆された。
 九州において地震活動による非弾性変形の積算レートを見積もったところ,別府や熊本などでひずみ速度に換算して,10-7/年という大きな値が得られた(図7)。この数値はGNSSにより推定されたひずみ速度と同程度であり,地震活動による変形が無視できない大きさであることを示している。また,非弾性・散乱構造解析から,別府―九重地域には強い減衰構造が存在することが明らかになった。小地震の発震機構解を用いた応力場推定に基づいて,地震発生ポテンシャル評価手法の開発を行い,これを警固断層について試験的に適用したところ,そこでは顕著な応力集中は見られないと評価された。
 2014年御嶽山噴火前後に山頂直下で発生した地震の記録を用いて応力場の時間変化を調べた結果,噴火直前2週間前より局所応力場が広域応力場から有意に変化していたこと,噴火後に急速に元の応力場に戻ったことがわかった。この応力場変化は,火山内部の圧力が増減したことを示唆し,火山活動の活発化に伴って,マグマ起源又は熱水系起源の流体圧が増加したと考えられた(図8)。
 全国の大学が合同で蔵王山におい地震探査を実施した。初期解析の結果から,蔵王山中央部の地表からわずか数百mのところに基盤層が確認される等,火山性地震の震源決定精度向上のための重要な基礎データが得られ,火山活動の推移把握に資することが期待される。また,電磁気学的観測等の結果も合わせて,水蒸気噴火を引き起こす地下の熱水供給系に対応すると考えられる構造の位置を推定した。
 九重山においては,硫黄山の地下に鉛直に伸びる高比抵抗領域を検出し,過去のマグマ貫入域もしくは高温ガスの通路であると解釈した。

(4)地震現象のモデル化

 地震断層やプレート境界での滑り過程のシミュレーションに応用するために,これまでの研究成果に基づく標準的構造モデルを構築するとともに,滑りや破壊過程を記述する断層の物理モデルの高度化を目指して,次のような研究を実施した。

ア.構造共通モデルの構築

 日本列島及びその周辺海域を対象として,500mメッシュの地形と震源データに基づいて定義した広域的プレート境界の3次元形状のグリッドデータセットを構築した(図9)。これに詳細なプレート形状の情報を付加するために,構造探査やトモグラフィ解析等の既往成果をコンパイルし,プレート上面の位置データの作成を進めた。また,トモグラフィ解析及びレシーバ関数解析の結果に基づいて,日本列島及びその周辺域のモホ面形状モデル等の構築にも着手した。さらに,北陸・関東地域については,過去に行われた地震探査等によって明らかとなった地殻構造を基に,震源断層モデルを構築した。

イ.断層滑りと破壊の物理モデルの構築

 電磁気探査で得られる比抵抗構造モデルから,地殻内の地震発生域や断層帯における地下流体の分布様態を定量的に議論するために,室内実験では測定困難な高温高圧下での塩水の電気伝導度をシミュレーションにより求めた。
 野島断層における注水実験やアクロス連続運転により,平成7年(1995年)兵庫県南部地震後の断層強度回復に伴う地震波速度の変化の様子が明らかとなった。1999年以後,P波速度の増加が認められる一方でS波速度の変化は少ないことから,クラック密度が変化しないままクラックの水飽和率が増加するなどの,断層近傍での水の挙動による可能性が考えられる。

(5)火山現象のモデル化

 大規模な災害を引き起こす可能性があるマグマ噴火や,噴火規模は小さいものの火口付近での災害を引き起こす可能性のある水蒸気噴火や火山ガスの噴出の予測を実現できるよう,先行現象とそれに続く噴火現象を把握し,それら諸現象のモデル化を行うため,多項目観測及び火山噴出物の解析を進めた。

ア.マグマ噴火を主体とする火山

 地球物理学,地球化学,岩石学的手法を用いた多項目観測を,マグマ噴火を主体とする桜島,伊豆大島,浅間山,霧島山のほか,2014年の水蒸気噴火から2015年のマグマ噴火へと移行した口永良部島で行った。無人ヘリを用いた空中磁気測量を霧島山新燃岳及び口永良部島において実施した。霧島山新燃岳における2011年噴火後5回の繰り返し測量のデータ及び口永良部島における2015年噴火を挟む4月と9月の測量データから時間変化を求めることにより,高温物質の上昇や冷却による全磁力の時間変化を捉えることに成功した。また,浅間山と伊豆大島では,二酸化炭素の土壌拡散放出分布の調査を行い,深部からマグマが上昇する際に捉えられる最初の物質科学的信号である二酸化炭素放出の経路の把握を試みた。岩石学的手法においては,2011年霧島山新燃岳噴火噴出物を用いて,噴火様式の分岐に対応した1ミクロン以下の微小結晶の鉱物組み合わせとその物理化学条件を明らかにした。また, 1962年十勝岳噴火の噴出物層序における岩石組織や化学組成を比較することで,噴火様式の推移の検討を行った。その他,特記すべき地球科学的研究成果として,桜島では火山灰に付着した水溶性火山ガスの成分比を分析することにより,マグマ貫入イベントを検知できる可能性が示されたことが挙げられる。

イ.熱水系の卓越する火山

 水蒸気噴火や小規模なマグマ水蒸気噴火の準備過程や先行現象の理解を目指し,熱水系が卓越するとされる十勝岳,草津白根山,阿蘇山,御嶽山等の火山で多項目の物理・化学観測や地質・岩石学的調査が実施された。
 十勝岳では2014年度に整備した地球物理観測設備により,これまで捉えられていなかった火山性微動に伴うわずかな傾斜変動が検知できるようになった。また,常時微動振幅や火口浅部の消磁の消長が捉えられたほか,火口ごとの噴火ガス組成に違いが認められた。これらは2015年5〜8月に起こった局所的な地盤膨張や地熱異常域拡大と関連している可能性がある。草津白根山では,全磁力の連続観測によって2014年5月に湯釜火口直下の消磁を捉えた。数値実験により,地下浅部への高温流体のパルス状注入を仮定することにより観測データが再現できることを示した。箱根山大涌谷でも,2015年4月下旬に観測された噴気中の二酸化炭素濃度の急激な上昇が群発地震開始と同期していたことが確認された。これらの結果から,流体通路の目詰まりと部分破壊によって,間欠的に火山性ガスの組成や量が変動するという熱水系卓越型火山で起こる活動のイメージが明らかになってきた。阿蘇山では,長周期微動の卓越周期の変化が2014年11月及び2015年9月の噴火に先行して見出され,火道浅部を通過する流体の状態を地震学的手法により連続的にモニターできる可能性が示された。御嶽山で繰り返し実施されてきた水準測量からは,2007年及び2014年噴火を含む長期間の地盤変動が明らかになった。

3-2.地震・火山現象の予測のための研究

 地震や火山噴火現象の科学的理解に基づき,地震活動や火山活動の予測研究を行った。地震発生予測では,プレート境界地震の長期評価の研究及び先行現象に関する研究を行った。火山噴火の規模,推移,様式の予測のために,噴火事象系統樹の作製や事象分岐の判断指標の構築を進めた。

(1)地震発生長期評価手法の高度化

 プレート境界で発生する大地震に対しては,観測データ等から推定されるプレート固着状態を考慮した数値シミュレーションを実施し,新たな地震発生長期評価手法の開発を行った。
 内陸地震に対しては,地質データ等と近年の観測データとを統合して得られる地震発生の繰り返し特性の多様性を把握し,地震発生長期評価の高度化に資する結果を得た。
 日本海溝域に関しては,東北地方太平洋沖地震の前後の地殻活動の観測結果を再現できる様々なモデルを構築し,将来の活動をシミュレーションした結果,非常に多くのモデルにおいて,次の宮城県沖地震の発生が平均の繰り返し間隔から想定されるよりも早くなることが明らかになった(図10)。
 2014年長野県北部の地震(M6.7)について神城断層の地表地震断層**を実施し,過去の地震活動を調査した。2014年の地震の一つ前の地震は1714年正徳小谷地震である可能性が高く,その規模は2014年の地震と同程度であり,更にもう一つ前の地震は約2000年前以降に生じ,それに伴う上下変位量は1714年や2014年の地震時に比べ4倍以上大きい約2m以上である可能性が高いことがわかった。

(2)モニタリングによる地震活動予測

 物理モデルに基づく数値シミュレーションと地震活動や測地等の観測データを比較することにより,プレート境界滑りの時空間発展機構を包括的に理解する研究を実施した。さらに,プレート境界滑りを予測する手法の開発を進めた。また,地殻ひずみ・応力の変動を,断層滑りや広域応力場を基に推定し,地震・火山現象に及ぼす影響を評価した。統計的モデルを用いて,地震活動の予測実験を行うとともに,その予測性能を評価した。

ア.プレート境界滑りの時空間発展

 世界で発生した小・中規模の相似地震活動の解析の結果,プレート境界型巨大地震発生後の余震域では相似地震の再来間隔が短くなっていることがわかり,余効滑りの発生が示唆された。ほとんどの領域ではプレート間の相対速度以下の滑り速度が推定された一方,背弧拡大域では大きい滑り速度が推定された。相似地震の抽出と活用により,世界各地のプレート間固着状態がモニタリング可能となることがわかった。
 日本のプレート境界の滑りの時空間変化を統一的に解析できる手法を開発し,東北地方太平洋沖地震前の日本列島を対象に解析を行ったところ,平成15年(2003年)十勝沖地震の余効滑り,その南北両側のプレート境界における大きな滑り欠損,豊後水道や東海地方の長期的なゆっくり滑りなど様々なゆっくり滑り現象が統一的に推定された。

(日本海溝・千島海溝)
 千島海溝沿いのプレート境界で,GNSS記録を用いた短期的ゆっくり滑りの網羅的検出を行ったところ,約20年間で2回だけ検出され,短期的ゆっくり滑りが観測されている他の場所に比べて著しく低頻度であることが示された。

(南海トラフ)
 東海地方で観測されている非定常地殻変動に関しては,浜名湖付近を中心として2013年から2015年にかけて最大4cm程度のプレート間ゆっくり滑りが発生していると推定された。また,紀伊水道で観測されている非定常地殻変動では,2014年初頭からほぼ一定速度でプレート間ゆっくり滑りが発生しており,解放された地震モーメントは,Mw 6.6に相当すると推定された。
 中国・四国地方のGNSS記録を解析し,1997年から2010年までのプレート間固着及び長期的ゆっくり滑りの履歴を明らかにした結果,豊後水道で長期的ゆっくり滑りにより解放されるプレート間固着は,滑り欠損により蓄積した量の40%程度であること,6~7年周期で繰り返す長期的ゆっくり滑りから固着状態への回復は1年程度で完了することがわかった。また別の調査からは,2003年と2010年に発生した豊後水道の長期的ゆっくり滑り以降の2~3年間に,深部低周波微動発生域と1946年南海地震震源域との間の領域で,微小な長期的ゆっくり滑りが発生し,西から東にゆっくり移動したことが明らかになったほか,それに伴う深部低周波微動の活動のゆっくりとした移動も見つかった。

(断層滑りシミュレーションのデータ同化
 摩擦構成則に基づく断層滑りのシミュレーションに対して,データ同化法により摩擦パラメータを推定する手法を改良し,平成15年(2003年)十勝沖地震後にGNSSで推定された地震後の余効滑り速度に適用した。推定された摩擦パラメータの空間分布から,その後の余効滑りの時空間発展を予測して実観測からの推定値と比較した結果,データ同化により予測精度が向上することがわかった。
 アンサンブルカルマンフィルタによる同化手法をゆっくり滑りに対し適用するための数値シミュレーションを実施し,ゆっくり滑りの発生中に摩擦パラメータを精度良く推定するために必要な観測条件を検討した。

イ.地殻ひずみ・応力の変動

 関東地域で発生した地震を対象に発震機構解の精査を行い,応力テンソル逆解析による応力場推定結果と原位置応力測定結果,活褶曲のデータをまとめ応力分布図を作成した。原位置応力測定結果は地震データの結果と調和的な場合が多く,地震活動の有無にかかわらず応力分布図を広範囲で推定できる可能性があることがわかった。
 2007年に南アフリカ鉱山内で発生したMw2.2地震の発生前後に,断層周辺で採取したボーリングコアの変形から応力値を推定したところ,地震前後で,また断層と地質構造との位置関係によって値が有意に異なることがわかった。

ウ.地震活動評価に基づく地震発生予測・検証実験

 活発な前震活動のあった2014年4月チリ北部イキケ地震(Mw8.2)について,地震波形の相関を用いて微小地震を検出し地震活動度等を調べた結果,本震発生の約9ヶ月前から地震性滑りに加えてゆっくり滑りもプレート境界面上で進行し,本震破壊領域の端の固着が間欠的に緩み破壊域への応力集中が生じたことで本震の発生に至ったことがわかった。
 地震活動予測手法の比較検証を目的とする CSEPと連携し,検証に用いる地震活動データベースなどの共通基盤を整備し,異なる予測手法間の比較実験を実施した。東北地方太平洋沖地震後は,どのモデルでも総地震数の予測成績が相当低下し,統計モデルにまだ改善の余地があることが明らかになった。
 地震活動度を定量的に評価するために,最適なパラメータ推定法を新たに開発し,日本列島の地震活動の地域性を特徴づけた。余震活動の再現に関して,応力変化と摩擦構成則に基づく物理的なモデルに,全ての地震が余震を引き起こすという仮定を取り入れ改良したところ,経験則に基づくETASモデルには及ばないまでも,大幅な改善が見られた。

(3)先行現象に基づく地震活動予測

 これまで報告されている地震に先行して発生したとされる現象について,地震発生との関係の有意性を評価した。また,先行現象と地震発生を結び付ける物理過程を明らかにし,先行現象と地震発生の関連を科学的に検証した。また,微小地震活動の時間変化モニタリングから,巨大地震の発生を検知する手法の開発を行った。
 2007年に南アフリカ鉱山内で発生したMw2.2地震の震源域では,地震発生の6ヵ月前から,本震破壊面上に著しく集中した極微小地震が捉えられていたが,詳細な解析によって,一部のクラスター活動wは本震発生直前に加速的に活発化したことがわかった。また,2014年長野県北部の地震(M6.7)で見られた前震活動に関連し,この地域の過去の地震活動の統計的解析を行った結果,前震活動からM5.0以上の地震に至った割合は約11%,M5.0以上の地震のうち前震活動を伴った割合は約45%であることがわかった。
 大型二軸せん断試験により取得された連続波形記録を用いて,断層全面が滑る大規模なイベントに先行する前震の検出を行った。繰り返し実施されたせん断試験において,実験開始時にガウジを除去した場合には前震はほとんど検出されず,ガウジを残置した際には多くの前震が検出された。
 千島海溝,日本海溝及び琉球海溝沿いで発生したM5以上の地震活動の長期変化を,ISCの地震カタログに基づき統計学的手法で解析したところ, 10年以上継続する地震活動の長期静穏化が11回観測され,うち3回がMw8.25以上の巨大地震に先行していた。特に東北地方太平洋沖地震の際には,福島県沖で10年以上の静穏化が見られ,その場所でその後,2002年頃から長期的ゆっくり滑りが始まったことから,両者が関連している可能性があることがわかった。
 国内のM7クラス以上の大地震を対象に地震活動の静穏化・活発化解析手法を適用し,断層破壊領域(余震域)と静穏化領域を詳細に比較した結果,静穏化事例の約8割で,地震発生前までに静穏化領域が破壊領域をドーナツ状に囲むパターンが見られ,これは大地震に先行する特徴的な地震活動の静穏化現象と考えられる。
 M8クラス巨大地震の1時間程度前に見られる電離層全電子数の変化の異常を,時系列解析によって検出する手法を開発した。解析可能なデータのある最近のM8.2以上の地震8個全てについて同様の異常が地震直前(25-85分前)に検出され,これらの異常の強さと先行時間は,地震の規模に対し正の相関をもつことが見いだされた。
 北海道大学えりも観測点において記録されたVHF帯電波伝播異常を先行現象として,時空間を「警報ON」「警報OFF」「警報判定不能」の三色に分けた地震発生予測マップを作成し地震カタログと比較することで,統計的な有意性の評価を行った。

(4)事象系統樹の高度化による火山噴火予測

 浅間山について,過去1万年程度の信頼性の高い噴火履歴と,20世紀以降の複数の噴火観測事例がそろった恵まれた条件の中で噴火事象系統樹が作成された。特に,最近の地盤変動観測結果をもとに,主たる供給路へのマグマ貫入が観測された後の噴火未遂と噴火発生の分岐確率が示された。
 国内外の活動的火山の噴火事象・観測量の時系列データベースを検討した。昨年度に研究対象とした,雲仙岳,モンセラート島(スーフリエール・ヒルズ),シナブン山,伊豆大島,三宅島,霧島山新燃岳に加え,御嶽山,口永良部島,雌阿寒岳,ストロンボリ山,エトナ山などについて,調査した。その結果,昨年度見出された噴火の規模や様式が大きく遷移する分岐前の山体膨張,地震活動やガス放出の活発化,全磁力の変化などの特徴が,異なる火山においてもしばしば共通して見られることが確認され,このような観測量のモニタリングが分岐判断に有効であることが確かめられた。
 また,火山の噴火様式や推移予測,火山活動分岐判断のための基礎研究として,基盤的火山観測網を用いて,相似地震をモニターすることにより応力場の変化をモニターできる可能性を示した。

3-3.地震・火山噴火の災害誘因予測のための研究

 地震・火山噴火による災害誘因の自然素因への作用,社会素因への影響,社会的影響の波及効果を総合的に研究した。地震・火山噴火の災害事例の研究や,地震・火山噴火の災害発生機構の解明,地震・火山噴火の災害誘因の事前評価手法や即時予測手法についての研究を進めた。また,災害軽減のための情報発信についての研究,地震・火山現象や災害の基礎情報の啓発や予測情報の利用方法に関する研究を行った。

(1)地震・火山噴火の災害事例の研究

 1703年元禄地震と1855年安政江戸地震における日光東照宮(栃木県日光市)での被害と対応を明らかにした。また,東北地方太平洋沖地震と平成15年(2003年)十勝沖地震について,地殻変動量と津波の高さとの関係性を調べたところ,明らかな相関が認められないことがわかった。
 地震・火山災害研究における知見を社会に広く発信するため,本研究計画の研究課題間の関係性を可視化するとともに,新規研究との関連性を自動判別可能にした。

(2)地震・火山噴火の災害発生機構の解明

 地震災害誘因の事前評価と即時推定に資する地下構造モデルの構築に向けて,南海トラフ海域及び首都圏を対象として,数値シミュレーション及び地震波干渉法による地震動特性の定量化を継続した。
「脆弱性」という概念について,概念的整理及び東日本大震災の被災地の状況を参照することによる内容の明確化を行った。そのため,被害と長期的土地利用の変化,及び,防災意識・避難行動・ソーシャルキャピタルに着目し,社会の脆弱性を分析した。

(3)地震・火山噴火の災害誘因の事前評価手法の高度化

 地震動の事前評価に関して,震源断層モデル及び地下構造モデルの高度化と,強震動の評価手法の高度化を進めた。強震波形を解析することで2014年長野県北部の地震(M6.7)の震源過程を調べ,断層面積や地震モーメント,アスペリティ面積が既往のスケーリング関係式に従うことを確認した。2015年小笠原諸島西方沖の地震(M8.1,深さ約680 km)は,この周辺で起きる深発地震の等深度面より50km程度深く,異常震域分布の特徴も異なっていたが,3次元地下構造モデルを用いた地震動シミュレーションによりその特徴を再現することができた。大阪堆積盆地における地震動シミュレーションにより,地表と堆積層・地震基盤の境界での多重反射により特徴的な後続波形が形成されるメカニズムを明らかにし,また,堆積層内の構造パラメータ設定方法や既存の地下構造モデルが不十分な地域を把握した。立川断層周辺では,表層地盤の構造探査及び地震観測を集中的に実施し,断層を挟んで東西で急変する不均質地盤構造や地震動の特徴を明らかにした。南海トラフの巨大地震で生じる長周期地震動の特性を調べるために,東北地方太平洋沖地震の震源断層モデルを南海トラフ沿いに仮定して長周期地震動評価を行った結果,震源距離がほぼ等しい都心地点で周期6〜10秒の長周期地震動が,東北地方太平洋沖地震時の約2倍の速度応答になることがわかった。異常震域の原因となる沈み込んだ太平洋プレート内の層状不均質構造とその起源を調べた結果,年代が古く厚いほど高周波数地震動の散乱が強いこと,層状構造はプレート年代の増大とともに厚さが増すことがわかった。
 南海トラフ巨大地震のリスク評価の精度向上のために,震源過程,地震波伝播・深部地盤構造,強震動予測,浅部地盤構造,構造物被害予測,リスク評価の各項目について,予測モデルの構築・選択とそれらのモデルによるリスク評価の不確かさとに関する検討を実施した。また,これらの知見を統合してリスク評価の不確かさの定量的評価方法を提示した(図11)。
 地震動による地滑りの事前評価のため,多様な地滑り地,谷埋め盛土で,地震動や間隙水圧等の観測を行い,土質や地形に応じた地震動の増幅特性を明らかにした。1949年今市地震による火山地域の崩壊性地滑りの調査を行ったところ,同地震に伴う地滑りのほか,それ以前に発生した地滑りが多数確認された(図12)。また,地滑りの深い滑り面は自然含水量が高い火山礫層に相当し,その付近では地震動によって高過剰間隙水圧が発生することで,高速長距離地滑りになりやすいことがわかった。
 降灰予測手法の改善のため,大規模噴火時の降灰予測に気象場の変化が与える影響の検討が始められた.1707年富士山宝永噴火及び1914年桜島大正噴火を想定した降灰シミュレーション計算を2015年1月より毎日,その日の気象場に基づいて実行し,計算結果を蓄積している。

(4)地震・火山噴火の災害誘因の即時予測手法の高度化

 地震動の即時予測高度化に向けて,地震波速度及び減衰の不均質構造の推定を行った。リアルタイムの揺れの実況値から直接揺れの伝播を予測する方法の開発を進め,地震波速度及び減衰の不均質構造を考慮することで,早い段階で精度の高い予測ができることを確認した。高密度で配置されている自治体震度計から防災業務に支障を及ぼさずに,リアルタイム震度と最大加速度値を送信するシステムを作り,動作試験を行った。
 津波の即時予測に関しては,数値シミュレーションと観測を組み合わせた研究が進められた。地震の震源過程や津波波源を推定せず,観測波形データから直接津波数値計算を行う即時津波数値計算手法の実用化に向け,日本海溝・千島海溝沿いの日本海溝海底地震津波観測網(S-net)程度の観測点間隔の観測網の有効性を調べるため数値シミュレーションを実施した。その結果,おおよその津波の面的分布と津波波形の長周期成分を再現でき,津波の即時予測に十分使用できることが示された。高速サンプリング高分解能の自己浮上式海底水圧計を用いて房総沖で観測した近地地震に伴う海底圧力データを解析し,データの精度を確認した。波源推定に基づく津波の即時予測手法について,確率論等に基づいて予測精度をリアルタイムに評価する指標の開発を進めた。陸上の磁場観測で津波生成磁場を検知することを目指した研究の一環で,東北地方太平洋沖地震の津波による磁場変化の数値シミュレーションを行い,父島において津波到達の約20分前に観測された磁場変動の観測値をほぼ説明できることを示した。
 火山灰の即時予測に関しては,桜島を対象に,噴火に伴う噴煙の早期検知と粒子密度の推定を目的として,各種電磁波信号(GNSS,XバンドMPレーダー,ライダー)を用いた地上からのリモートセンシング手法の開発を実施した(図13)。これらの手法では,噴煙を透過してきたGNSS衛星からのマイクロ波,あるいは,地上から放射したレーダーの反射波,ライダーの散乱波を計測し,その強度,位相,偏波特性を表すパラメータから上空の水滴や火山灰量を推定する。それぞれの手法において,各パラメータに反映される物性が異なることがわかった。特に,位相と編波特性のパラメータによって降雨や雲の水滴と火山灰粒子を区別する可能性が示された。また,即時予測に向けて,桜島噴火のレーダー画像と降灰量を比較し,レーダーで観測された反射因子の時空間分布から降灰量を定量的に推定する関係式を得た。具体的応用例としては,2015年5月29日の口永良部島噴火噴煙について,レーダー観測網データとひまわり画像より,レーダーエコー頂高度は海抜約10kmに達し,噴煙の移流高度は8km付近,噴出物総量は66万~110万トンと推定された。

(5)地震・火山噴火の災害軽減のための情報の高度化

 GNSSを利用した津波災害時避難の分析システムの構築,地域情報(土地利用及び人口等)と被害想定に関する時系列的分析,避難施設と避難圏域に関するデータの収集と分析,住民の避難行動に関するデータの収集と分析を行った(図14)。さらに,北海道全域を対象に,津波浸水想定データを用いて浸水域人口の推定を行い,市町村別の危険度の分析を進めた。これらの成果について,地域防災のための公開講座の開催等により,最も効果的な研究成果の普及手法を検討した。
 2014年御嶽山噴火に伴う災害情報の内容やその伝達方法について,情報の受け手である住民や観光客,情報伝達の担い手である自治体職員等に対してアンケート調査を行い,噴火未経験者のリスク認識の低さや,住民を対象とした防災学習や避難訓練の実施についての意識の低さが明らかになった。この結果を地域へ還元するため,住民説明会を行った。
 北海道駒ヶ岳,有珠山,十勝岳,倶多楽火山周辺地域において,火山災害発生時に地方公共団体が現況の総合的把握と的確な防災対応を行うことを支援するため,インターネットを通じた各種観測情報の準リアルタイムな収集と統合表示を行うシステムの構築を行い,既にシステムを設置している道市町に加え,地方気象台等でもシステムの試行を始めた。

3-4.研究を推進するための体制の整備

 地震・火山現象に関する研究を効果的に推進する体制を構築し,研究成果を災害軽減に活用するために,観測網やデータベースなどの研究基盤の整備・拡充,国際的な共同研究の推進,幅広い人材育成,災害教育等の取組を組織的に行った。

研究基盤の開発・整備

・地震・火山現象のデータベースとデータ流通
 フィリピン,インドネシア,中国,ベトナム,台湾の研究機関と協力して,東・東南アジア地域において過去に災害を引き起こした大規模な地震,津波,火山噴火に関する情報を1枚の地質図上にまとめた「東アジア地域地震火山災害情報図」を作成した(図15)。主要な地震の震央,活断層,津波の発生源,沿岸に到達した津波の範囲や高さ,活火山やカルデラの位置,大規模な噴火による火山灰の分布,大規模火砕流の分布等を図示した。
 全国地震カタログ作成のための震源の決定等の処理を改善し,新たな地震検知手法を取り入れ,自動処理による地震検出結果を検測処理の基本とする作業手順を確立した。これまでと同様に人手により精査した震源のほか,あらかじめ定めたマグニチュード未満の地震については波形等を確認した上で良好に震源決定されていれば自動処理結果を使用するなどして,必要十分な品質を確保しつつ,より充実した地震カタログが得られることになった。

・観測・解析技術の開発
 2014年から2015年にかけて,東北地方太平洋沖地震時の大滑り域付近の日本海溝において,海溝軸を跨ぐ基線上で210日間の海底間音響測距観測を行った。10 km超の基線でも,観測期間全体を通して安定して通信が行われ,機器の基本性能が十分期待するレベルに達したことを実証できた。観測結果からは,局所的な変形又は音速補正精度の低下が原因と考えられる伸長が観測されたものの,プレート収束速度に見合う短縮は見られなかった(図16)。想定された誤差要因を低減する改良を施し,2015年9月から新たな観測を開始した。
 東北地方太平洋沖地震の津波により被災し,観測が中断していた三陸沖海底光ケーブル式地震津波観測システムの復旧の一環として,全長105 kmのケーブルシステムを敷設しデータ伝送を開始した。新規開発したこのケーブルシステムは,インターネット技術を用いた通信回線の複線化による観測の信頼性の向上,最新半導体技術を用いた観測装置の小型化などが特徴である。
 広帯域地震計として使用するレーザー干渉計の高温試験を実施し,少なくとも290℃までの高温環境下で使用可能であることがわかった。
1日以下の時定数の地殻変動場を捉えるため,キネマティックGNSS解析の高精度化に関する研究を進め,電波伝播遅延量やプロセスノイズの決定法を改善することで,既往の方法に比べ誤差を数~数十%低減することができた。また,昨年度に開発した精密可動台を用いて,リアルタイム・キネマティックGNSS観測・解析の精度評価を行った。さらに,火山活動の変化に伴って観測される山体変形の準実時間での把握に備え,桜島のGNSS観測点において平常時ノイズレベルを調査した。

・社会との共通理解の醸成と災害教育
 地震・火山噴火予知研究協議会では,「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画」のパンフレットを作成した。これまでのパンフレットでは主に研究成果を説明したが,今回作成したパンフレットは,社会科学研究者の協力により,本研究計画の目的や推進体制などをわかりやすく説明するものとなった。

・国際共同研究・国際協力
 カトマンズ盆地における強震動の連続観測を行っていたところ,2015年4月にネパール・ゴルカ地震(Mw7.8)が発生し本震を含めた地震の記録が得られた。通常の地震動の距離減衰式から期待されるよりも地震動が小さいことなどが明らかになった。

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研究開発局地震・防災研究課

(研究開発局地震・防災研究課)

-- 登録:平成29年07月 --