3(1)東北地方太平洋沖地震総合研究

「東北地方太平洋沖地震総合研究」グループリーダー 松澤 暢(東北大学大学院理学研究科)


2011年東北地方太平洋沖地震(M9.0)は,日本の観測史上最大の地震であり,死者・行方不明者は1万8千人を超え,震災から4年以上が経過した2015年5月の時点でも,まだ2千5百名以上が行方不明のままである。
これほどの大規模な地震にもかかわらず,我々はその地震の予知はおろか,その発生ポテンシャルを正しく推定することすらできなかった。今後,同じような失敗を繰り返さないためには,この地震のことを詳しく調べ,将来の巨大地震の際の災害軽減に役立てることが極めて重要である。特に,この地震の発生により,日本列島はこれまで我々の知っている日本列島とは別の状態になっている可能性があり,日本各地の地震や火山に及ぼす影響を詳細に調べる必要がある。
平成26年度から始まった「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画」では,地震や火山の災害軽減のために様々な観測研究が実施されている。ここでは,この中から,東北地方太平洋沖地震に関係の深い課題の成果を紹介し,それが災害軽減とどのように結びつくのかを論じることにする。

1.災害の予測のための研究

新しい計画では,これまでの地震・火山噴火予知研究計画とは異なり,災害誘因の研究の推進に力を入れている。今回の地震はM9.0と特に巨大であったため,その災害誘因(ハザード)も,近代日本が経験したことのない規模となり,今後の災害軽減を考えるうえで,極めて重要と事例となる。
この地震の災害誘因としての,地震波動や津波の特徴については,すでに数多くの研究がなされてきたが,本計画ではさらに災害誘因としての地滑りについても研究を進めている(京都大学防災研究所[課題番号:1912])。今回の地震によって,非常に高速で流動的な崩壊が福島南部から栃木の北部で合計10か所程度発生した。特に福島県白河市で発生した崩壊性地滑りは,死者13人という痛ましい被害をもたらした。このような火山地域において地震によって生じた地滑りの調査およびレビューを行ったところ,気象庁震度階5以上で傾斜10から25度の緩斜面で発生,事前降雨量が多い,滑った物質は降下火砕物である軽石・スコリア・火山灰土であり,すべり面は粘土質の火山灰土あるいは風化した軽石で形成,といった共通の特徴があることがわかった。このことは,大地震によって火山地域で発生する地滑りで,特に広域に被害を及ぼす場所を事前に抽出できる可能性を示している。
津波の予測の高度化として,海底津波計を有効利用してリアルタイムに津波波源の推定を行う手法の開発も進めてきている(Tsushima and Ohta, 2014,Tsushima et al., 2014)。海底津波計のデータには,海面津波計と異なり,津波計が設置された海底の上下変動と海面変動の両方の影響による水圧変化が記録されているが,海底津波計が急斜面に設置されていると,斜面の水平方向の変位によっても海面が上昇して水圧が変化する。このため,これまでの手法では,急斜面に設置された海底津波計の位置の隆起量を正しく評価できないことが明らかになった。そこで,海面初期水位と海底上下変動を独立に推定するように観測方程式を変更し,この問題を解決した。さらに,地震波の解析による断層滑りの時空間分布の推定と同様に,津波波源が時間とともに拡大していくと仮定して解析を工夫した結果,時空間発展を仮定しないで推定したときに見られていた,隆起域の海溝外側への染み出しがほとんど解消されて,より尤もらしい波源分布が得られることが明らかになった(気象庁[課題番号:7011])。
このように,海底津波計による津波の高精度予測は極めて有効であるが,地震発生の本当に直後は地震の全体像を把握しにくいという問題がある。これは,一番重要な震源域直上の海底津波計では,地震発生直後は,海面と海底が平行移動するために,水圧の変化が見られないためである。一方,極めて巨大な地震の場合,地震波の周期も振幅も極めて大きくなるため,通常の地震計では規模を正しく推定することが困難である。そこで,GNSS観測データを変位地震計として活用することにより,地震発生直後に規模と断層面を推定する手法の開発が進められている。
超巨大地震のモーメントテンソルを推定する手段としてW-phaseを利用する手法が開発されているが,点震源を仮定しているため,超巨大地震の場合には近地のデータは利用できない。しかし,検討の結果,震央距離で2度以上離れたGNSS観測点の1秒サンプルデータを地震計として用いれば,東北地方太平洋沖地震の場合でも解の推定は可能であり,海外のデータを使うと地震発生後数十分待つ必要があったが,国内のGNSSデータを利用すれば数分でモーメントテンソル解が求められることがわかった(気象庁[課題番号:7009],図1)。さらに断層面の推定についても,どこに断層があっても推定可能な「矩形断層モデル」と,断層をプレート境界に固定してそのすべり分布を求める「すべり分布モデル」の両方を,地震発生後3分以内にMwを±0.2の誤差で推定可能なシステムを実装することに成功した(国土地理院[課題番号:6004])。
一方,地震動による被害の軽減のためには緊急地震速報の高度化が重要となっている。東北地方太平洋沖地震の際には関東地方の強震動域を適切に予測できなかったという問題点が明らかになっており,また,複数の地震が同時に発生すると,誤報が生じやすいという問題があった。これらは,現在のシステムが,まず震源を推定してから各地点の震度を予測するという手順になっているためであり,震源域が広大な超巨大地震の場合や,余震が多発して震源決定を間違えやすい場合に問題が顕在化するのである。
この問題を解決するためにPLUM(Propagation of Local Undamped Motion)法が開発されている。これは周辺の震度の観測値から目的地の震度を予測する手法であり,震源位置に関係なく震度が予想できるという利点がある反面,予測結果が出されてから揺れ始めるまでの猶予期間を長くできないという問題があった。そこで,PLUM法と従来法のハイブリッドによる震度予測手法が開発された(気象庁[課題番号:7012])。このハイブリッド法では,地震発生(断層破壊開始)直後は,その時点までの波形を基にして推定した震源とマグニチュードの情報によって予測を行い,これによって遠地での猶予時間を大きくとることができる。一方,破壊域が広がるにつれて,震源(破壊開始点)から離れてはいるが断層面には近い地点での実際の震度と予測値のずれが大きくなっていくため,そのような時空間においてはPLUM法の利点を生かして,より信頼度の高い震度予測を行うことができる。

2.地震・火山噴火の予測

東北地方太平洋沖地震の発生直後には,日本中の地震活動が一時的に活発化した。これは,特に火山地域で顕著であり,大振幅の地震波動によってマグマや深部高圧水が強制的に振動させられたために,地震が起こりやすくなった可能性が考えられる。このような動的な影響以外に,東北地方の内陸は地震前よりも東西圧縮の応力が弱まったという静的な影響により,地下のマグマが上昇しやすくなっている可能性も考えなければならない。実際,蔵王火山では,2012年頃から深部低周波地震が活発化し,2013年には長周期地震が発生し始めるなど,火山活動がこのところ活発化している(東北大学[課題番号:1202])。振動軌跡の解析から,長周期地震動の振動源はお釜付近に推定されており,また,磁力変化や重力変化から見ても,高温で重い物質,つまりマグマがお釜付近に上昇してきていることが推察されるため,今後の状況のモニタリングと,蔵王の活動のモデル化が極めて重要となっている。
一方,大地震の前に地下水中や大気中のラドン濃度が増加するという報告が古くからある。ラドンは半減期が短いため,地下水中の場合にはごく近傍の地下から放出されたものを見ていることになるが,大気であれば遠くから流入してくるので,広い地域のモニタリングに使える可能性がある。また,大地震の前にラドン濃度が上昇するのは,大地震の前に地下の割れ目が増加し,それによってラドンが地中から放出されやすくなるという説明がなされることが多い。しかし,応力・歪変化率は地震前よりも地震時のほうが大きいのであるから,この仮説の検証のためには,まず地震時の歪変化とラドン濃度の変化の相関を調べる必要がある。このような観点から,札幌医科大学と福島県立医科大学で観測された大気中ラドン濃度と周辺のGPS観測点から推定された面積歪とを比較したところ,ラドン濃度の高い時期には,周辺で,大地震後に面積歪が増加している領域が存在していることがわかった(東北大学[課題番号:1207])。大地震とラドン濃度との関係を証明するには,今後,このような事例を積み上げていくことが重要である。
地震の予測を行う上で,数値シミュレーションが大変重要となる。特に東北地方太平洋沖地震は,普段はM7クラス以下の地震が生じているところで,数百年ないし千年ぶりの超巨大地震が発生したので,このようなM7の地震とM9の地震の両方を説明できるシミュレーションモデルを作りあげることが,将来の地震予測のために必要である。このような観点から,様々な研究者が様々なシミュレーションを実施している。
JFASTによって得られた断層物質を用いた実験結果(Ikari et al., 2013)によれば,このような断層では低速では速度弱化,高速では速度強化の特性が生じることが確かめられている。これがさらに高速になるとTP(Thermal Pressurization)による動的弱化が生じうると期待される。このようなことを考慮したシミュレーションを実施し,普段は浅部でスロースリップイベントが生じていて,M9地震のときには浅部も動的弱化で一気に滑るという状況を再現することに成功した(東京大学地震研究所[課題番号:1503])。また,東北地方太平洋沖地震発生前のM7の地震活動をほぼ再現できるようにチューニングしたシミュレーションモデルによれば,次の1978年型の「宮城県沖地震」は,M9の地震から16年程度経過した後に発生するという結果が得られた(海洋研究開発機構[課題番号:4002])。さらに,2次元スペクトル要素法による地震サイクルシミュレーションコードを開発して,まず東北地方太平洋沖を模した簡単なモデルを作成して計算したところ,bilateral に破壊が伝播し,海側に伝播した破壊は地表まで達して,そこで大きな変位を生じさせた後,そこから「反射」して陸側に伝播していくことが再現できた(京都大学理学研究科[課題番号:1801])。これは動的破壊がうまくシミュレーションできていることを示しており,今後,このような動的破壊を組み込んだモデルで計算することにより,シミュレーションがより真実に近づくと期待される。

3.地震・火山現象の理解

(プレート境界)
東北地方太平洋沖の震源域周辺において,防災上一番重要なことは,いつ,どこで,どのくらいの規模の大きな余震が起こるのか,ということである。
特に1978年型の「宮城県沖地震」が次にいつ起こるのかについては,社会的な関心も高く,この予測は極めて重要である。このような予測においては,余効変動のうち,余効すべりの寄与を正しく見積もることが必要となる。これまで,粘弾性モデルを仮定して,余効変動データから様々な余効すべり分布が得られている(たとえば,京都大学理学研究科[課題番号:1803],国土地理院[課題番号:6003])が,どのような粘弾性モデルを仮定するかによって,余効すべり分布が大きく異なってしまうため,極力現実に近いモデルを仮定することが必要となる。陸の構造の不均質性とプレートの形状を考慮し,また粘性率が深さに依存するモデルで検討することが一番実際に近いと考えられる(東北大学[課題番号:1203])ので,今後はこのような複雑な粘弾性構造を考慮して余効すべりを推定することが必要と考えられる。
また,シミュレーションと比較するための観測データが重要であり,特に海底下の観測点の位置の変化を着実に測量し続けていく(海上保安庁[課題番号:8001],図2)ことが必要である。特に,陸のデータではまったく把握できない,海溝付近の挙動の把握(東北大学[課題番号:1210])が,極めて重要である。一方,小繰り返し地震のデータによれば,東北地方太平洋沖地震震源域周辺のプレート境界でのすべりレートは着実に減少してきている(東京大学地震研究所[課題番号:1510])。しかし,その減衰率は当初考えていたよりも遅く,単純な log t では余効すべりが推移していないようにも見えるので,測地観測データのみならず小繰り返し地震のデータも含めて,余効すべりと粘性緩和の影響を分離していくことが重要となっている。
一方,プレート境界の性質や間隙水圧に関する理解を深めるためには,構造探査の情報は欠かせない。海溝近くの海底地震計による2001年と2013年の構造探査実験の結果を比較したところ,プレート境界からの反射波の振幅が時間変化している可能性があることがわかった(東京大学地震研究所[課題番号:1503])。これが本当に本震前後のプレート境界の性質や間隙水圧の変化を示しているのであれば重要な発見となるため,今後,慎重に解析を行っていく必要がある。
プレート境界での長い時間スケールでの活動履歴を把握するためには,今のところ津波堆積物のデータが最も重要である。
三陸海岸の山田町で津波堆積物調査を行ったところ,10層の津波痕跡を検出した。915年の十和田Aテフラの直下に存在する津波堆積物は869年の貞観地震によるものと推定され,それと2011年の地震による津波堆積物の間に2層の津波堆積物が見つかった。このうち浅い側は1896年明治三陸地震,深い側の津波堆積物は1611年慶長地震の可能性が高いと考えられる。この貞観地震と慶長地震と考えられる津波堆積物は三陸海岸北部の野田村でも見つかっている。以上から,貞観地震の津波は三陸海岸北部まで来ていた可能性が高く,その上にある津波痕跡は1611年慶長地震の可能性が高いと考えられるが1454年享徳地震の可能性も完全には否定できない(産業技術総合研究所[課題番号:5004])。
青森県太平洋岸での津波堆積物調査により,下北半島において浸水規模の特に大きな津波が17世紀頃に発生していたことが明らかになった。年代的には千島弧の17世紀の巨大地震または1611年の慶長地震の可能性があるが,これまで考えられていた両地震の波源モデルでは,この下北の津波は説明できない。どちらかの津波がこれまで考えられていたよりも巨大であったか,あるいは両者は同一の地震による津波であった可能性もある。千島弧の巨大地震のサイクルは400-500年と推定されており,17世紀の巨大地震の後約400年が経過してすでに満期となっていると考えられるため,今後,この千島弧の17世紀の巨大地震と1611年慶長地震の関係を解明することは急務である(産業技術総合研究所[課題番号:5004])。
古い津波の痕跡を評価する際には,非常に長期の地殻変動の影響を考慮する必要がある。そのような長期の地殻変動はプレート境界の曲率の空間変化による影響と重力場による影響の両方を受けることが考えられる。仮にプレートに沿って曲率半径が一定であっても,重力の影響で陸側のプレートは変形し,プレート相対速度が同じであれば,曲率半径が小さいほど,陸側のプレートの変形速度は大きくなる。したがって,陸側の長期にわたる隆起・沈降を議論する際には,プレート境界の曲率の空間変化と重力の影響を正しく評価することが重要であることが明らかになった(京都大学防災研究所[課題番号:1905])。

(内陸)
東北地方太平洋沖地震の後,東北地方内陸の応力の主軸方向が大きく回転したことが報告されている(たとえばYoshida et al., 2012)。たしかに,太平洋沖地震後はP軸がENE-WSWの方向を向いているメカニズム解が目立ち,応力テンソルインバージョンを行えば,ENE-WSW方向が最大圧縮軸となることが多い。しかし,太平洋沖地震前の東北地方の日本海側の地震をよく見ると,東北地方の典型的な圧縮軸方向である ESE-WNW方向ではなく,E-W ないしENE-WSWとなっている地震が少なくなく,また応力テンソルインバージョンを行っても,最大圧縮軸はその方向を向くことが多いことがわかった(弘前大学[課題番号:1101],京都大学防災研究所[課題番号:1905],図3)。このことは,大地震による応力場の回転を議論する際には,本震前の広域の応力場が一定であると仮定すると応力の大きさを正しく評価できない危険性があることを示しており,慎重な検討が必要となる。
一方,陸地の応力ではなくて上下変動に注目すれば,基本的には余効変動によって太平洋側は隆起,日本海側は沈降となっており,さらに遠方は広く隆起になっている。これは前述の余効すべりと粘性緩和によるものであるが,この両者を区別するのは地殻変動だけ見ていては難しい。重力変化は,大地の上下変動だけでなく地球内部の質量移動も反映するので,余効すべりと粘性緩和を分離するうえで,重要な手がかりが得られると考えられる。絶対重力測定と相対重力測定のハイブリッド観測を,本震直後と本震から3年後に行って,その測定値を比較したところ,基本的にGPSから見て隆起しているところは重力減少,沈降しているところは重力増加となって,上下変動のパターンに整合する結果が得られた。しかし詳細に見ると両者は異なっており,今後,この重力変化とGPSによる上下変化の観測データが増えるにつれて,内陸のレオロジー構造について重要な知見が得られるものと期待される(東北大学[課題番号:1203],図4)。
本震後の時間変化としては,地震波速度の変化がある。小繰り返し地震の波形を利用して,本震後の構造の時間変化を丹念に調べ,シミュレーション結果と比較したところ,地表から数100mの深さまでの地震波速度を数%低下させることでデータを概ね説明でき,それより深部の速度変化は最大でも0.1%程度と見積もられた(防災科学技術研究所[課題番号:3002],Sawazaki et al., 2015)。
一方,本震後に東北地方で地震活動が活発化した領域は,いずれもそのすぐ下では地震波速度が低く,特にいわき地域では,この深部低速度域は低比抵抗域となっていることがわかった(東北大学[課題番号:1203])。またその地震活動域は時間と共に拡大または移動をしており,地下深部の流体の影響が強く示唆される(弘前大学[課題番号:1101],東北大学[課題番号:1204])。

(他の沈み込み帯との比較)
国内で発生する巨大地震の頻度は低いため,巨大地震の研究を進め,減災のうえで何に注意すればよいのかを知るためには,国内の観測研究だけでは限界があり,海外の地震との比較研究が極めて重要となる。
世界中の沈み込み帯でのプレートの年齢・海溝深度とb値との関係を詳細に調べた結果,プレート年齢が古く,また海溝の深さが深いほどb値が大きくなる傾向があることが明らかになった(東京大学理学研究科[課題番号:1402],Nishikawa and Ide, 2014)。これらはプレートの浮力に起因する応力レベルの違いによるものと考えられるが,スマトラや東北については沈み込むプレートの年齢は古いが,例外的にb値は低くなっており,このような観点からM9の地震の発生域を事前に推定できるかもしれない。
東北地方太平洋沖地震では海溝近くで大きな滑りが生じたことから,海溝付近では,本震発生前には強く固着していたと考えられる。また,その大滑り域のすぐ西側では2011年の2月にスローイベントが発生し,それが3月9日の前震の発生を促し,その前震の余効すべりがM9の本震の発生を促したという,ドミノ倒し的モデルで,東北地方太平洋沖地震は説明できると考えられる(Ito et al., 2012,Kato et al, 2012)。ニュージーランドも,海溝近くが固着していると考えられており,その固着域の西側でしばしばスロースリップイベントが発生するため,このニュージーランドと日本の比較研究は重要である。このような観点から,日・NZ・米共同の海域観測がニュージーランドで行われている。観測期間中の2013年2月に,設置した観測点の近くでスロースリップイベントが発生し,それに伴って地震活動が活発化した(東京大学地震研究所[課題番号:1524])。今後,このスローイベントと地震発生,および海溝近くの固着域との関係について研究が進めば,東北地方太平洋沖地震についての理解も深まると期待される。
チリ北部についても,海溝近くが固着していることがGPS解析から明らかになっていた(Metois et al., 2013)が,その海溝近くでM8.1の地震が2014年4月1日に発生した。解析の結果,この地震の最大すべり域はやはり沖合に位置しており(防災科学技術研究所[課題番号:3002]),また,この地震の2週間前から前震活動が活発化しており,詳細な解析の結果,前震活動の移動や小繰り返し地震活動の活発化が明らかになった(東京大学地震研究所[課題番号:1510],Kato and Nakagawa, 2014)。これらも東北地方太平洋沖地震とよく似た特徴であり,今後,海外のデータを詳細に解析し,相互に比較することにより,巨大地震の発生過程について,多くの知見が得られるものと期待される。

(災害軽減の基盤となるデータ・知見の流通・公開)
東北地方太平洋沖地震の前には貞観地震の津波堆積物の分布がかなり明らかになっていた。しかし,その貞観地震クラスの地震がどのくらいの頻度で発生していたのかがわかったのは,太平洋沖地震発生の前年の2010年のことである。その研究成果を受けて地震調査研究推進本部地震調査委員会による海溝型地震の評価の見直しが行われたが,その報告書が公表される直前に,東北地方太平洋沖地震が発生してしまった。宮城県南部や福島県の住民にしてみれば,大規模な津波が襲うような地域に住んでいると知っていた人は少なかったはずであり,たとえ再来間隔や地震の規模が未確定であっても,大地震や大きな津波が過去にきていたことがわかった地域に対しては,早めにその情報を伝えることが必要である。そのような問題意識のもと,津波堆積物データベースを2014年10月15日から一般公開した(https://gbank.gsj.jp/tsunami_deposit_db/,産業技術総合研究所[課題番号:5001])。さらに,地震・火山・津波のデータの意味することを,わかりやすく解説し,社会に広めていく活動も行ってきている(気象庁[課題番号:7020])。このような地震・火山災害に関するデータベースを公開し,解説していくことは,災害軽減に対する研究者の重要な貢献となるため,今後もさらにデータベースの充実と改良およびその解説活動を進めることが重要である。
一方,このような災害軽減を目指した研究を推進するためには,多種・多量の基盤的なデータが必要となる。様々な機関による地震・地殻変動のデータが研究者に提供されている(気象庁[課題番号:7014],国土地理院[課題番号:6005, 6006, 6008],防災科学技術研究所[課題番号:3004])ことが,災害軽減に向けた研究のバックボーンとなっていることに留意する必要がある。現在,全国の地震観測を行っている機関の高感度地震波形データはJDXnet を経由して相互に流通が進められており,計算機・ネットワーク技術の進展とともに高度化・高信頼度化を続けてきている(東京大学地震研究所[課題番号:1518])。さらに,GNSS・地殻変動連続観測等の多項目観測データについても,そのリアルタイム流通に向けた検討が進められている(北海道大学[課題番号:1007])。
また,観測の一次データだけでなく,ある程度,成熟した領域については,一次データを加工して得られた二次データについても共有したほうが研究の進展を促すと期待される。たとえば,東北地方太平洋沖地震後の日本列島の挙動の理解にむけた研究を推進するためには,日本列島の基本構造モデルが共有されていることが望ましく,そのような観点からのモデルの構築が進められている(東京大学地震研究所[課題番号:1505])。

これまでの課題と今後の展望

(「想定外」を無くすために)
東北地方太平洋沖地震を研究者が予見できなかったことにより,防災対策のうえで「想定外」が生じてしまい,被害を大きくしてしまった。この地震を予見できなかった理由はいくつもあるが,一番の問題はいろいろな「思い込み」であったろう。地球科学は実験ができないので,ある仮説のもとで,しばらく観測・研究を続けて,それでその仮説ではうまく説明できない現象が数多く出てきて,初めて仮説の改訂が行われる。完全に検証されるまでは「仮説」のままのはずなのだが,現状のデータを概ねうまく説明できて,かつ物理的にも地学的にも尤もらしければ,その仮説がいつのまにか真実のかのように思い込んでしまいやすい。「古いプレートの沈み込み帯では大きな地震は起こらない」,「海溝近くのプレート境界では地震は起こらない」,「強度の低いプレート境界では大きな地震は起こらない」等々の思い込みが,今回の地震を予見することを邪魔したのである。
しかし,これらの仮説が完全否定されたのかどうかも,まだ実はよくわかっていない。「古いプレートの沈み込み帯では大きな地震は起こりにくい」,「海溝近くのプレート境界では地震は起こりにくい」,「強度の低いプレート境界では大きな地震は起こりにくい」ということまでは,もしかしたら正しいのかもしれない。「起こりにくい」ということを「起こらない」と思い違えていただけなのか,それとも「起こりにくい」と考えること自体が思い違いなのか,そもそも本当にプレート境界の強度は低いのか,といったすべてのことについて思考停止することなく,我々研究者は考え続けていかなければならない。「検証されている」と思われていることでも,ある特殊な条件下あるいは特定の地域でのみ検証されていたことが拡大解釈されていないか,常に確認をする必要がある。さもなければ,また第二の「想定外」が生まれるだろう。

(今後の超巨大地震災害の軽減のために)
自然科学の研究者がもっとも減災に貢献できる,まず第一のことは,住民や防災関係者がどのような災害誘因に備えるべきかについて,情報を提供することであろう。をれが過小評価になれば逆に害悪となりうることに留意しつつ,それでも,それぞれの場所で起こりうる災害誘因をなるべく的確に把握できるよう努力することが我々には求められている。そのためには,まず,超巨大地震が起こる可能性のある地域の同定が必要となる。このような同定を行うためには,過去の地震や津波の痕跡を探る研究や全世界の巨大地震の比較研究等が重要となる。これまでもこれらの研究は実施されてきて大きな成果を上げているが,国際協力のもと,さらに進める必要がある。
超巨大地震の起こりうる場所や地震像が特定できたならば,その地震の発生時期の中期・短期予知が次に重要となる。東北地方太平洋沖地震の場合,直前にスロースリップイベントが生じていたことが後から明らかになったが,もし,リアルタイムでそれが検知できて,かつ,超巨大地震が起こりうる場所であると認識されている場所で生じたのなら,ある程度の警告を発信できるかもしれない。そのためには,超巨大地震の発生に至る過程の比較研究が極めて重要となる。前述のとおり,2014年4月1日のチリ北部の地震(M8.1)は,東北地方太平洋沖地震と同じように海溝近くで同じような経過をたどって発生したように見える。今後,このような研究を海外の事例も含めて進めることが重要である。
また,太平洋沖地震による巨大なハザードの生成過程について,さらに詳しく調べる必要がある。特に,あのような甚大な被害をもたらした高い津波がなぜ生じたのか,さらに追及する必要がある。宮城沖の海溝近くの滑りが巨大であったから津波も高くなったというのが基本的な解釈ではあるが,津波波形の詳細な解析から推定されている三陸沖での大きな滑り(Satake et al., 2013)が本当に生じたのか,もし生じたのなら,それはどのようなメカニズムによるのか,といった研究を今後も引き続き推進する必要がある。また,津波以外のハザードである,地震動(特に長周期地震動)や地滑りについても,もっと研究を進める必要がある。

(東北地方太平洋沖地震の後に控えている災害の軽減のために)
東北地方太平洋沖地震はあまりにも巨大であったため,その影響は広域・長期にわたると予想される。今後起こりうるハザードとしてどのようのものがあり,それがどこでどのくらいの規模で起こりうるのか,研究を進め,社会に説明することが必要である。
地震については,今回の震源域の北と南,および海溝の外側で,最大余震が発生することが心配されている。すでに震災から4年が経過しているが,未だM8級の余震が発生しておらず,その発生は数十年後になることもありうるという前提のもと,長期的な展望のもとに研究を進める必要がある。特に,北側で大きな余震が生じた場合,それは,北海道の沖合の400-500年間隔で起こっていた超巨大地震の再来につながる危険性もあり,その観点からの検討も進める必要がある。
また,内陸の地震についても活動が活発化しており,それについても研究と社会への発信が必要である。今回の地震の余効変動は北海道から中部地域までの広域に観測されており,それだけ広い範囲で地震活動が変化する可能性があり,それらの活動についての予測研究を推進する必要がある。また,このような歪変化の激しい時期の内陸の活動の変化を調べることにより,内陸での地震発生過程の解明とそれに基づく地震発生予測の研究の推進に役立つと期待される。
過去の超巨大地震の事例では,火山活動が活発になった例は多くある。東北地方太平洋沖地震の後も,吾妻山や蔵王火山の活動が活発化し,また,遠く離れた御嶽山や箱根火山の活動の活発化についても,太平洋沖地震との関係が疑われている。どのような火山が太平洋沖地震の影響を受けて活発化する可能性があるのか,基礎的な研究を進めるのと同時に,もし,活発化した場合に何が今後起こりうるのか,社会に対して適切に説明をしていくことが必要である。
今回の地震で,東北地方の太平洋沿岸は最大1m程度沈降し,その後の余効変動で,本震前のレベルに戻りつつあるものの,その速度は遅く,また本震の数十年前のレベルまでは戻りそうもないというのが現状である。これがいつ,どのように戻るのか,というのは被災地の復興のために重要な情報であり,その見通しを研究者が調べて社会に伝える必要がある。また,三陸海岸は,地質学的には少なくとも北部は隆起で南部も隆起なしニュートラルと考えられており,もしこのまま戻らないのなら,将来,海岸線を隆起させるイベントが生じることを意味する。それが災害をもたらすような激しいイベントなのか,それともゆっくりとした変形となるのか,それを見極める研究の推進も必要である。

成果リスト

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-- 登録:平成29年07月 --