2 観測・解析技術の開発

技術開発担当 田所敬一(名古屋大学大学院環境学研究科)


ア.本観測研究計画における観測・解析技術開発研究の位置づけ

平成21から25年度まで実施してきた「地震及び火山噴火予知のための観測研究計画」(前計画)では,大項目のひとつとして「新たな観測技術の開発」が掲げられており,これに対応した「新たな観測技術の開発」計画推進部会が設けられ,研究の推進とともに技術開発に特化した成果の報告や議論等を行っていた。平成26年度から始まった「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画」では,「研究を推進するための体制の整備」(大項目:4.)の中で,「研究基盤の開発・整備」(中項目:(2))の一環として「観測・解析技術の開発」(小項目:ウ.)を引き続き実施することとなっている。しかしながら,開発された技術は研究の場で活用されてこそ意味があり,そのためには,開発側のシーズと開発された技術を使う側のニーズとのマッチングが重要である。このような考え方のもと,本観測研究計画では他の計画推進部会や総合研究グループの中で,すなわち“観測研究の場”で技術開発について報告や議論がなされる体制となり,前計画のように「観測・解析技術の開発」という項目に対応する部会は設けられていない。
一方で,観測技術には特定の分野や対象に閉じたものは少なく,最初は特定の目的のために開発された技術が,他の目的のための技術にも活用できる場合もある。また,技術開発の専門家間であるからこそ,他の技術の問題点やその解決方法,あるいは地震・火山噴火研究における技術開発の方向性等について深い議論ができることも事実であり,前計画までのような技術開発に特化した議論や情報交換を行う場が継続して必要だとの声が技術開発コミュニティから寄せられた。このような声に応え,企画部と相談しつつ,本観測研究計画の推進の一環として技術開発に特化した議論の場を設けることとした。平成26年度は東京大学地震研究所において研究集会を開催したが,これについては後述する。

イ.技術開発関係の研究課題の概要

本観測研究計画で推進する研究課題のうち,17課題が「最も関連の深い次期研究計画の項目」として「観測・解析技術の開発」(4.(2)ウ)を挙げている。これは全項目の中で最多の課題数である。さらに,「その他関連する次期研究計画の項目」として「観測・解析技術の開発」を挙げた13課題も含めると,実に30課題が技術開発に関係した研究課題となっている。この課題数の多さは,災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究には観測・解析技術の発展が不可欠であることを示していると言えよう。
本報告では,前計画の項目に倣って,技術開発関連の課題を(1)海底における観測技術,(2)宇宙技術等を利用した観測技術,(3)地下および火山モニタリング技術に分類し,平成26年度の主な成果を概観する。

(1)海底における観測技術

音響を用いた海底での地殻変動観測技術については,東北地方太平洋沖地震の大すべり域延長に位置する日本海溝軸に設置した長基線海底間音響測距装置で2013年5月から9月の間に取得したデータを解析した。その結果,明瞭な基線長変化は観測されなかった(図1)。このことは,当該基線に影響を及ぼすような余効すべりは発生していないこと,また,陸側プレートの先端部はプレートの沈み込みに伴って海側プレートと一体の運動をしていることを示唆している(東北大学[課題番号:1210])。
海底での機動的地震・地殻変動観測に向けた観測技術の高度化については,自己埋設型広帯域センサー方式の次世代型広帯域海底地震計(BBOBS-NX)を利用したシステム(BBOBST-NX)を房総沖に設置し,約1年間にわたって海底面での広帯域地震・傾斜同時観測を実施した(図2)。観測期間中の2014年1月に設置点を含む海域でスロースリップイベント(SSE)が発生した。BBOBST-NXで取得したデータによると,陸上観測から決定されたSSE開始時期より10日程度早く傾斜変動が始まり,最大傾斜は5マイクロラジアン以上に達している。本観測点は陸上データの解析では解像度がほぼ無い領域であり,本システムが海域で発生するSSEの観測に極めて有用であることが確認された(東京大学地震研究所[課題番号:1521])。

(2)宇宙技術等を利用した観測技術

GNSS観測・解析技術については,電子基準点観測データの誤差特性を分析し,GEONET定常解析で計算される電子基準点の座標時系列の誤差の有無を判断を支援する電子基準点誤差分析システムを構築した。また,電子基準点固有の誤差をモデル化し,位相残差マップとして整備するとともに,これを用いてGNSS観測データを補正するツールを開発した。GEONETリアルタイム解析システムについて,対象地域を全国に拡張するとともに,サーバ冗長化等によりシステムの堅牢性を高めた。また,試験的にマルチGNSS 測位,PPP 測位の導入を開始した(国土地理院[課題番号:6012])。
衛星搭載合成開口レーダー(SAR)については,高度SAR解析技術の研究のための基本ソフトウェアとすることを目的として開発を行っているSAR干渉解析ツール(RINC)の開発を行い,商用ソフトウェアのGAMMA SARプロセッサによる解析結果とほぼ同等の結果が得られることを確認した。このツールは,ALOS-2(PALSAR-2)のデータの解析にも対応し,地表変動に関するSAR研究グループ(PIXEL)内において公開している。X-band SAR衛星であるTerraSAR-Xによる新燃岳のモニタリングを継続して行い,噴火に伴って火口内に噴出し蓄積した溶岩の表面が噴火活動停止後も隆起を続けていることを明らかにした。また,永続散乱帯SAR干渉(PS-InSAR)法により火口周辺の局所的な収縮の地殻変動を検出し,火口直下浅部に存在する浅部ソースの存在と深部ソースからのマグマの移動の可能性を示した。別のX-band SAR衛星であるCOSMO-SkyMedによる桜島のモニタリングを継続して行い,約4年間の昭和火口の拡大が検出された。また,永続散乱体SAR干渉法により,桜島北部沿岸における年間1cm程度の隆起と桜島東部の地獄河原周辺における年間1cm程度の沈降が検出された。口永良部島の2007年~2011年の地殻変動を調査するため,陸域観測衛星「だいち」のPALSARデータに対して,SBAS法と複数軌道データを用いたSAR時系列解析手法(Ozawa and Ueda,2011)を併用し,地殻変動の準上下成分(鉛直から南に10度傾く成分)と東西成分の時系列を求めた。その結果,新岳と古岳付近において2009年後半頃から山頂の隆起および東山麓の東進,西山麓の西進が見られた。2014年9月27日に噴火が発生した御嶽山の火山活動を調査するため,ALOS-2 (PALSAR-2)データを用いたSAR干渉解析を実施し,噴火前後の期間で地獄谷火口の南西付近において衛星-地表間距離の10cm以上の短縮が検出された。これは,隆起もしくは西進成分が卓越したことを示している(防災科学技術研究所[課題番号:3005])。
航空機搭載合成開口レーダ(Pi-SAR2)については,2014年9月27日に発生した御嶽山の噴火災害に対して緊急観測を行い,平成25年度に開発した機上処理とデータ伝送のシステムを用いて,取得した詳細データを空港到着後に機上から直ちに気象庁や火山噴火予知連絡会をはじめとする関係機関に報告することに成功した。これと同時に情報通信研究機構のwebサイトに掲示したデータの一例を図3に示す。さらに,現行の商用回線(約320kbps)に比べて数十倍の高速伝送が可能な「きずな衛星(WINDS)」を使用して実験的に航空機からのデータ伝送を行い,高品質かつ広域のPi-SAR2画像データの送信が可能であることを実証した(情報通信研究機構[課題番号:0101])。
衛星赤外画像を用いた噴火推移の観測については,2016年秋に打ち上げ予定(暫定スケジュール)であるJAXAの次世代衛星GCOM-CのSGLI(Second-generation Global Imager)画像の利用に対応するため,処理解析システムのプロトタイプの開発を進め,基本的なデータ処理ルーチン(フォーマット変換,データ変換,各火山画像の切り出し等)については開発を完了し,正常に動作することを確認した。得られた画像から溶岩の噴出開始や火砕流堆積域等を検出するためには,火口近傍域での最も高い値を示す画素の輝度温度を指標として用いることが有効であり,また,熱異常を示す画素の数を指標として利用することで,溶岩の噴出率変化の検出が可能であることが分かった(東京大学地震研究所[課題番号:1520])。

(3)地下および火山モニタリング技術

大深度ボアホール用地震地殻変動観測装置の開発については,ボアホールに設置可能な地震計を製作し,高温環境下での動作の実証のため,水平動地震計を電気炉内にて200℃の環境で約1ヶ月間維持した。その間,電気炉外に設置された参照用地震計と微動の比較を行い,図のとおり0.2~10Hzの周波数帯で出力スペクトルがほぼ一致していることを確認した(東京大学地震研究所[課題番号:1522])。
小型絶対重力計については,すでに開発されているプロトタイプTAG-1の系統誤差の評価を行った結果,数十μGalの誤差を生じうることがわかった(東京大学地震研究所[課題番号:1506])。
精密制御震源システム(アクロス)については,回転軸を水平にして遠心力で力を発生させるタイプの第二世代アクロス震源装置を名古屋大学三河観測所に設置し(図5),動作実験を行った。その結果,並進成分については,鉛直成分よりも水平成分の方が振幅が大きく,回転成分については,垂直軸まわりの回転は小さく,回転軸まわりの回転が最大となっていることが分かった。海底掘削孔内設置用のアクロス震源の開発については,おもりを落下させ,落下点に装備したバネの反発を利用して効率的に力を伝える機構を考案し,プロトタイプを製作した。落下するおもりの位置をレーザ変位計で連続に測定することで震源関数を求め,近くに設置した地震計との間の伝達関数(図6)を求めることに成功した(名古屋大学[課題番号:1705])。
素粒子ミューオンを用いた火山透視技術については,カロリメータ方式によって霧島新燃岳の山頂から5km南において観測した結果,2011年の噴火口直上において低密度領域が観測され(図7),これまで観測が困難であった遠方(2km以上)の火山のミュオグラフィ観測が可能となった。また,装置のモジュール化を進めたことで機動性が格段に向上し,48時間以内に次の観測の開始が可能となった(東京大学地震研究所[課題番号:1523])。
火山ガス観測装置の開発については,火山ガス測定の経験がなくてもガス放出率測定を容易にできるよう,ハードウェアとソフトウェアの両面から既存の紫外分光計を用いた測定装置の改良と高度化を行った。ハードウェア面では,装置の小型化・一体化をめざし,教育用に開発されたシングルボードプロセッサーのRaspberry Pi Model B+と,紫外分光器,光学系,バッテリー,GPSモジュールをひとまとめにしたコンパクトな装置を設計・作製した。ソフトウェア面では,観測時に観測者が設定していた測定パラメータをプログラム側で自動設定するよう改良したり,観測のたびに実施していた校正を省略できるようスペクトル解析法を改良した(東京大学[課題番号:1403])。

ウ.研究集会

先に述べた技術開発に特化した議論の場として,「地震・火山現象の解明への技術開発の貢献」と題したオープンな形式での研究集会を下記の通り開催した。参加者は16名であった。8件の話題提供があり,主として各研究課題における平成26年度の研究成果や開発目標などの紹介があった。

日時:2015年1月6日(火) 13:30~17:30
場所:東京大学地震研究所1号館3階 事務会議室A
話題提供(発表順):
・海底地殻変動観測技術の高度化とモニタリングの成果  田所敬一(名古屋大学)
・スロースリップイベントの検出を目的とした海底での機動的傾斜変動観測の可能性
 塩原 肇(東京大学地震研究所)
・日本海溝海底地震津波観測網(S-net)の整備進捗状況
 植平賢司(防災科学技術研究所)
・三陸沖光ケーブル式地震津波観測システムの復旧とICTを用いたケーブル式小型地震津波観測システムの開発
 篠原雅尚(東京大学地震研究所)
・GPSデータによる火山灰噴煙柱検出の試み
 太田雄策(東北大学)
・火山噴火観測を実現するためのVery Long Range Muography(VLRM)の開発
 草茅太郎,田中宏幸(東京大学地震研究所)
・衛星電話を用いた地震波形テレメータシステムの開発と携帯端末テレメータの現状
 松島 健(九州大学)
・新型アクロスとボアホール型シングルフォース震源
 山岡耕春(名古屋大学),渡辺俊樹(東京大学地震研究所)

本研究集会の最後に,今後の技術開発に特化した議論の場のあり方について検討を行い,今後もオープンな形式での研究集会を2年に1回程度開催することとなった。次回の開催は3年目が明けた4月を目処とし,その時点までの進捗状況等の中間報告的な内容としたいと考えている。3回目は最終年度に開催し,本計画での最終的な開発成果の報告と次への展望を検討する予定である。技術開発におけるニーズとシーズとのマッチングという観点から,今後の研究集会では,計画推進部会や総合研究グループから研究やモニタリングに必要な技術の要望を出してもらい,各部会等に所属する技術開発関係の研究者によってそれらの要望を集約することも視野に入れている。このためには,事前に各部会等から意見を上げてもらう必要があり,各部会等関係者にもご協力をお願いしたい。一方で,技術開発の関係者間では,今後に向けた技術開発のあり方や全体的な方向性・方針について議論を行い,共通認識がもてることが理想である。また,成果の共有方法について,本計画の一環として推進している技術開発については,たとえば,データベース部会が作成する予定のデータベース上に成果を蓄積するなどの案が出された。

成果リスト

塩原 肇,篠原雅尚,中東和夫,2014,観測帯域拡大への高精度圧力計付き広帯域海底地震計の開発,海洋調査技術,26,2,1-17.
Suetsugu,D. and H. Shiobara,2014,Broadband Ocean Bottom Seismology,Annual Review of Earth and Planetary Sciences,42,27-43.
一瀬建日,竹尾明子,塩原 肇,2014,観測記録を用いた海底地震計の時刻補正と刻時安定性,JAMSTEC Rep. Res. Dev.,19,19-28.
塩原 肇・篠原雅尚・伊藤亜妃・杉岡裕子,2014,海底面での機動的傾斜観測によって直上で捉えた2014年1月房総沖スロースリップイベント時の傾斜変動,日本地震学会2014年度秋季大会予稿集,C32-09.
Shiobara,H.,M. Shinohara,A. Ito,and H. Sugioka,2014,Possibility of tilt observation at the sea floor by using the BBOBST-NX system,2014 AGU Fall Meeting,S31C-4477.
Munekane,H.,J. Oikawa,and T. Kobayashi,2014,The very-long-period seismic signals at Miyake-jima volcano during the caldera formation revisited: insights from GPS observations,GENAH2014.
Kawamoto,S.,H. Munekane,Y. Hatanaka,H. Tsuji,K. Miyagawa,T. Furuya,and Y. Sato,2014,How GNSS Earth Observation Network System (GEONET) in Japan Contributes to Geohazards Mitigation,2014 AGU Fall Meeting.
矢萩智裕,宮川康平,川元智司,大島健一,山口和典,村松弘規,太田雄策,出町知嗣,三浦哲,日野亮太,齊田優一,道家友紀,2014,GEONETリアルタイム解析システム(REGARD)の全国対応,日本地球惑星科学連合2014 年大会予稿集,53-54.
Yahagi,T.,K. Miyagawa,S. Kawamoto,Y. Sato,T. Nishimura,Y. Ohta,T. Demachi,R. Hino,S. Miura,Y. Saida,and Y. Douke,2014,Launch of a New GEONET Real-Time Analysis System (REGARD) for Rapid Mw Estimates in Japan,GENAH2014.
Miyagi,Y.,T. Ozawa,T. Kozono,and M. Shimada,2014,Long-term lava extrusion after the 2011 Shinmoe-dake eruption detected by DInSAR observations,Geophys. Res. Lett.,41,2014GL060829,doi:10.1002/2014GL060829.
Kobayashi,T.,T. Umehara,J. Uemoto,M. Satake,S. Kojima,T. Matsuoka,A. Nadai,and S. Uratsuka,2014,EVALUATION OF DIGITAL ELEVATION MODEL GENERATED BY AN AIRBORNE INTERFEROMETRIC SAR (PI-SAR2),International Geoscience and Remote Sensing Symposium (IGARSS 2014),378-381.
上本純平,小林達治,佐竹 誠,児島正一郎,梅原俊彦,松岡建志,浦塚清峰,2014,SARインターフェログラムからの垂直構造物の自動抽出方法,日本リモートセンシング学会学術講演会.
Shimada M.,M. Watanabe,M. Oki,and T. Motooka,2014,Observation of the Izu-Ohshima landslide event attacked by Typhoon No. 26 using the Pi-SAR-L2,写真測量とリモートセンシング,53,9-10.
島田政信,宮城洋介,2014,COSMO-SkyMed(ASI)及びPi-SAR-L2による桜島のモニタリング(2011年1月~2012年9月),火山噴火予知連絡会会報,113,224-232.
島田政信,宮城洋介,2014,TerraSAR-X(DLR)及びPi-SAR-L2による新燃岳モニタリング(2011年1月~2012年9月),火山噴火予知連絡会会報,113,182-186.
新谷昌人,2013,共同プロジェクト研究「光ファイバーネットワークを利用した地震・津波・地殻変動の面的な計測技術に関する研究」,東北大学電気通信研究所研究活動報告,19,273-275.
Araya,A.,H. Sakai,Y. Tamura,T. Tsubokawa,and S. Svitlov,2014,Development of a compact absolute gravimeter with a built-in accelerometer and a silent drop mechanism,in Proc. of the International Association of Geodesy (IAG) Symposium on Terrestrial Gravimetry: Static and Mobile Measurements (TGSMM-2013),Saint Petersburg,Russia,98-104.
Svitlov,S. and A. Araya,2014,Homodyne interferometry with quadrature fringe detection for absolute gravimeter,Appl. Opt. 53,3548-3555.
山岡耕春,鈴木和司,國友孝洋,渡辺俊樹,2014,仕様標準化をめざした新型アクロス震源装置の開発,日本地震学会2014年秋期大会,S19-P04.
横井大輝,山岡耕春,鈴木和司,立花健二,2014,地震波モニタリングのためのボアホール型シングルフォース震源の開発,日本地震学会2014年秋期大会,S19-P06.


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研究開発局地震・防災研究課

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-- 登録:平成29年07月 --