1(7)史料・考古

「史料・考古」計画推進部会長 榎原雅治(東京大学史料編纂所)
副部会長 佐竹健治(東京大学地震研究所)


将来発生する地震について知るためには過去に発生した地震について知る必要がある。地震は日本列島とその周辺域で有史以前から発生しているが,日本において地震の近代的な機器観測が開始されたのは約140年前に過ぎず,全国的な機器観測は約90年間実施されているのみである。そのため,それ以前に発生した地震について知るためには,歴史学や考古学で用いられている史料や考古資料などに基づいた調査と研究が重要になってくる。特に,発生すると甚大な被害をもたらす低頻度大規模の巨大地震については,機器観測が実施されている期間に比べて発生間隔が長いことから,史料や考古資料などと近代的な観測データとの比較・検討を通してその全体像の把握に努める必要がある。
平成26年度より開始された本研究計画ではそれまでの計画とは異なり,地震および火山噴火における低頻度大規模災害について,史料や考古資料を用いた研究の必要性が提示されている。当部会はこのような新たな研究を主体的に推進する立場にある。そこで当部会では,個別の研究課題の成果から「災害の軽減に貢献する」ことができるような方向性を導き出し,本研究計画が切り拓く新たな学術的展開に寄与していく必要があると考える。

1.地震・火山現象の解明のための研究

(1)地震・火山現象に関する史料,考古データ,地質データ等の収集と整理

歴史学や考古学における研究の基礎となっている史料や考古資料について,地震や火山噴火現象およびそれに起因する災害の研究に活用するためには,既存の地震関連史料集や考古遺跡の発掘調査報告書などのデジタルデータ化が必要である。これに加えて,新たな史資料の収集や分析も実施しなければならない。今年度は本研究計画の初年度にあたることから,主に史資料の調査・収集,デジタルデータ化に関する作業方針の検討,データベースの試作版の作成などを実施した。

ア.史料の収集とデータベース化

・地震関連史料の調査・収集とデータベースの構築
既刊地震史料集のうち『増訂大日本地震史料』や『新収日本地震史料』に収録されている史料を中心として,その史料本文の構造を検討し,「日本歴史地震関連史料データベース」(試作版)を構築した。本データベースでは,地震に関する史料情報を年月日や語句などから多角的に検索でき,史料名だけでなく史料本文全体も検索の対象としている。また,このデータベースに搭載する史料データは,既存の地震史料データベースでは大部分が未収録である近世の地震史料を対象としている。そこで,既刊地震史料集に収録されている近世史料について,XMLデータ化のためのタグ付けおよび入力作業を実施した。一方,新史料の収集については,東海地方において長期間にわたる日記史料が伝存している三河国田原藩(現愛知県田原市)の「田原藩日記」の調査・撮影を実施した(東京大学史料編纂所[課題番号:2601])。

・日本海沿岸地域とその周辺での地震・火山噴火関連史資料の収集と分析
17~19世紀の新潟県域における地震関連史資料を収集するために,県内および周辺地域の史料保存機関に所蔵されている史資料の調査を行った。また,既刊地震史料集に所収されている史料の原本調査と校訂作業を実施した。特に,長岡市立中央図書館所蔵「長岡藩御附録」・福島県歴史資料館寄託「寛文以来万覚書」・秋田県公文書館所蔵「岡本元朝日記」について調査・翻刻し,校訂・解説を行った。また,既刊地震史料集に所収されている「寛文以来万年代記」について原本調査と校訂作業を行った。さらに,新潟市内の小学校に保存されていた1964年(昭和39年)新潟地震の資料調査を実施し,8ミリフィルム・写真のデジタル化を行った(新潟大学[課題番号:2701])。

・東海地方を中心とする地震関連史資料の収集と分析
安政東海地震に関連する名古屋大学所蔵「高木家文書」の修復(1847~53年〈弘化四~嘉永六年〉分・1856~57年〈安政三~四年〉分)を行った。徳川林政史研究所・名古屋市蓬左文庫・岐阜市歴史博物館・佐賀県立図書館・唐津市近代図書館や個人の史料所蔵者を訪問して新たな史料を収集し,順次翻刻を行っている。また,南海トラフ沿いの地震に関わる地域の「神社明細帳」について高知県・和歌山県で調査を行い,海岸線沿いの市町村についてはほぼ調査が完了した。さらに,高知県・和歌山県・愛知県・三重県・岐阜県・静岡県・長野県について,地方史資料の収集を行った。一方で,既刊地震史料集に記載されている年月日・史料名・被災場所・史料所蔵先などを入力し,検索できるシステムを構築した。これによって,既刊地震史料集に所収されている史料の掲載頁が検索できるようになり,史料を重複して収集することが減ると考える(名古屋大学[課題番号:1701])。

・東北地方太平洋沿岸地域における歴史災害関連史資料の収集と分析
2011年(平成23年)3月の東日本大震災の津波被災地域である岩手県沿岸部を中心に史料調査を実施した。この調査では,従来の研究では用いられてこなかった,いくつかの新たな災害関連史料の情報を得ることができた。地震・津波に関する災害史料としては,1856年8月23日(安政三年七月二十三日)に発生した八戸沖が震央とされる地震と津波について,野田村での被害状況を記した中野勘左衛門書状(『野田郷之古文書 第三集』所収)がある。従来の研究では同地の死者数のみが把握されていたが,この史料によると現在の野田村玉川地区周辺で塩釜への浸水が確認できる。また,八戸市史編さん室所蔵の「宗家文書」1003号には,八戸藩域の被害状況について従来の数値と若干異なる記述が確認された。さらに,宮古市史編さん室での調査によって,津軽石の豪商であった盛合家の「盛合家文書」からは1804年(文化元年)の出羽象潟地震の報告,鵜磯の海商であった岩船家の「岩船家文書」からは1855年(安政二年)の安政江戸地震における地震見舞の存在が確認された。今後,これらの史料の分析を進めることにより,前近代における遠隔地間での災害情報の共有について,その実態を知ることができる(公募研究[課題番号:2927])。

・東アジアの地震関連史料のデータベース化
東アジアにおける地震関連史料の特性を検討するために,「世界の被害地震の表(古代から2010年まで)」に含まれる中国の宋代までのデータを抽出し,個々のデータの基となる史料のテキストデータと書誌データを追加する作業を実施した。これにより,「世界の被害地震の表」のデータに文献史料的な裏付けを付加することができた。また,当該の表に記載されていないデータや地震関連史料が多く存在することも判明したため,それらのデータを追加した。この研究で使用した手法については,今後,日本における地震関連史料のデータベースを構築する際に応用が可能である(公募研究[課題番号:2928])。

イ.考古データの収集・集成と分析

・考古資料の収集・分析とデータベースの構築
発掘調査報告書が充実している新潟県を中心として,約8,000件の発掘調査事例を検討し,約350件の地震・火山噴火に関する災害痕跡を抽出した。これらの災害痕跡について,発掘調査報告書から資料を収集してデータを整理しつつ,データベースを構成する項目を選定し,項目ごとの情報型(文字情報,画像情報,ID化情報など)を定義した。また,各項目の有効性を検討しながらデータ入力を進め,データベース構築では,システムサーバーの導入やデータベースの基本構造の設計およびプログラミングを実施した。さらに,発掘調査現場における災害痕跡調査を実施した。一例として,奈良文化財研究所が実施した平城第530次調査では複数時期にわたる地震痕跡(噴砂)を検出して,その堆積構造調査・堆積土層剥ぎ取り調査・土壌の粒土組成解析用試料採取と分析などを行った。文献史料については,考古資料との比較・対照の際の課題について検討した(奈良文化財研究所[課題番号:9001])。

ウ.地質データ等の収集と整理

・津波堆積物のデータベース化に向けた準備作業
津波堆積物に関するデータベースの構築については,東北大学のプロジェクト研究に参加し,主に北海道の既存資料について整理を進めた。また,ロシアの沿海州における歴史津波の痕跡高について,ロシアの研究者と共同でロシア語の文献から情報を抽出する作業を実施した。さらに,沿海州では津波堆積物調査を実施し,歴史記録がない古津波についての知見も得られつつある。関東地方については,神奈川県の温泉地学研究所の研究者と共同で,鎌倉市などで中世の津波の堆積物を調査しているが,説得力のあるものは見つかっていない。北海道東部太平洋沿岸の古津波について,すでに公表されている論文や報告書を精査した。これによって,明らかに巨大で広範囲におよぶ津波が,過去3000年ほどの間に5回あったと考えるのが妥当であることがわかった。これらの巨大津波は,根室海峡を伝搬して北海道の別海町や国後島南部でも遡上した痕跡が見つかった(東京大学地震研究所[課題番号:1501])。

(2)低頻度大規模地震・火山現象の解明

史料や考古資料の分析に基づいて,機器観測以前に発生した低頻度で大規模な地震・火山噴火災害を調査することは,今後発生する災害の様相を予測し,その被害の軽減に貢献できると考えられる。歴史時代や先史時代の地震・火山による大規模災害について,様々な形態の史資料をデジタルデータ化し,同一の地図上に載せて被害分布図などを作成することによって,近代以降の機器観測に基づく観測データとの比較・検討が可能になると考える。このような被害分布図などを用いて過去の災害の実態を解明することは,特定の地域で今後発生する災害の予測に役立つと考えられる。また,例えば地震災害の場合,被害分布図などを作成する際に,信憑性の高い史料記述に基づいて被害発生場所を調査し,考古資料に基づいて先史時代の被害痕跡の時期を分析することが必要であり,学術的な妥当性を確保する上でも重要である。

ア.史料,考古データ,地質データ及び近代的観測データ等に基づく低頻度大規模地震・火山現象の解明

・地震や火山噴火の関連史資料に基づく低頻度大規模災害の調査
1855年(安政二年)の安政江戸地震を事例として,その被害発生場所の特定を試みた。「安政見聞誌」(全3巻)には,安政江戸地震における地震や火災の被害記述だけでなく,発災時に話題となった被害発生場所について被害の様子を描いた挿絵も収録されている。この挿絵には,後に類焼によって焼失してしまう以前の市街地も描かれており,地震では軽微な被害であった市街地が類焼によって焼失に至った状況がわかる。このような被害発生場所について,他の様々な史料を用いて調査・検討し,地震発生12年前の1843年(天保十四年)に作成された「江戸大絵図」を用いて地図上に図示した。当時の絵図を用いて被害分布図を作成することによって,地震やその後の火災による被害の要因や傾向について分析が可能となった(東京大学地震研究所[課題番号:1501])。

・日本海沿岸地域とその周辺での地震災害の調査
1833年(天保四年)の出羽庄内沖地震における被災地の一つである能登半島の輪島地域の災害絵図を調査し,絵図のトレース図を作成した。また,1858年(安政五年)の安政飛越地震における被災地の一つである岐阜県の飛騨地域の災害絵図を調査し,絵図のトレース図を作成した。さらに,飛騨地域の災害絵図に描かれた斜面崩壊の年代を自然科学的に確定するため,採取した試料について14Cウイグルマッチング法で年代測定を行った(新潟大学[課題番号:2701])。

・文献史料の収集と分析による歴史災害の調査
文献史料の収集・解読および現地調査を行い,史料データに基づいて過去に発生した地震などの解析を実施した。今年度は特に,1847年(弘化四年)の弘化善光寺地震,1855年(安政二年)の安政江戸地震とその後1856年(安政三年)の江戸の風水害,1783年(天明三年)の天明浅間山噴火を対象とした。弘化善光寺地震および天明浅間山噴火については,京都大学所蔵の史料を中心に解読を行い,既存の地震関連史料集に収録されている史料との比較・検討を行った。安政江戸地震および関連する災害である翌年の江戸の風水害については,史料の翻刻を実施した。(京都大学防災研究所[課題番号:1901])。

・北海道渡島大島火山の寛保噴火による山体崩壊とマグマ活動に関する調査
文献史料に基づいて,北海道渡島大島火山の寛保噴火(1741年)によって生じた山体崩壊とマグマ活動について調査・検討するため,北海道・東北地方を中心とする全国各地の文書館・図書館などの史料保存機関において関連史料を収集した。これらの文献史料を検討した結果,従来知られていた以上に頻繁に小規模の降灰や臭気の観測記録があり,供給源が渡島大島の可能性が高いことがわかった。また,1741年(寛保元年)以降およそ50年にわたり,微量の火山灰噴出が数年から10年おきに繰り返したことがわかった。さらに,1741年8月29日(寛保元年七月十九日)の津波について,新たに山形県鶴岡市の「鷄肋編」や新潟県村上市の「記事別集」に津波到来の記事が確認できた(公募研究[課題番号:2926])。

これまでの課題と今後の展望

これまでの地震火山観測研究計画において,近代的な観測が開始される以前の歴史時代や先史時代に発生した地震・火山噴火やその災害に関しては,地球物理学の分野から研究が実施されてきた。近代的な観測記録が皆無の地震や火山噴火を対象とした研究を実施する際には,観測記録の代わりに史料や考古資料を用いる必要がある。史料や考古資料については,本来,歴史学や考古学の手法で取り扱われなければ学術的な妥当性を保持できないものであり,地球物理学的な知見のみで取り扱われた場合には,誤った評価を導き出してしまう恐れがある。このような理由から,近代観測以前の地震や火山噴火に関する史料や考古資料を用いた地球物理学的な研究には,学術的な手続きの上で少なからぬ問題が内在していた。
今年度から開始された「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画」においては,近代的な観測記録がない地震や火山噴火に関して,地震学や火山学といった理系の分野だけでなく,歴史学や考古学といった文系の分野の研究者も組織的に参加しており,史料や考古資料を用いた研究が共同で実施されている。このような文理融合の研究は他にあまり類例がなく,学際的な研究としても特筆すべき研究計画である。当部会では今後,地震・火山学や関連諸分野との連携を強化し,他の部会と協力してこの研究計画を推進していくとともに,新たな研究分野の創出も視野に入れて研究の更なる深化と発展を目指していくべきと考える。

成果リスト

小池伸彦,2014,災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画への参画,奈文研ニュース編集委員会(編),奈文研ニュース,54,1.
L. A. Ganzey, N. G. Razjigaeva, Yu. Nishimura, T. A. Grebennikova, V. M. Kaistrenko, A. O. Gorbunov, Kh. A. Arslanov, S. B. Chernov, and Yu. A. Naumov, 2015, Deposits of Historical and Paleotsunamis on the Coast of Eastern Primorye, Russian Journal of Pacific Geology, 2015, Vol. 9, No. 1, 64-79, DOI: 10.1134/S1819714015010029.
村田泰輔,2014,平城第530次発掘調査で発見された巨大地震の痕跡,奈文研ニュース,55,1.
N. G. Razjigaeva, L. A. Ganzey, Yu. Nishimura, V. M. Kaistrenko, Kh. A. Arslanov, S. B. Chernov, T. A. Grebennikova, A. O. Gorbunov, and K. S. Ganzey, 2014, Chronology of Tsunamis Documented in Sections of the Coastal Lowlands in East Primorye, Doklady Earth Sciences, 2014, Vol. 459, Part 2, 1609-1612, DOI:10.1134/S1028334X14120204.
Nishiyama, A. and K. Satake, 2014, Overview of historical earthquake document database in Japan and future development, AGU 2014 Fall Meeting, T31C-4608, San Francisco  California USA, 15-19 Dec., 2014.


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-- 登録:平成29年07月 --