平成14年3月29日
科学技術学術審議会測地学分科会 火山部会
. | 前書き | ||
. | 第6次計画の実施状況 | ||
1. | 火山観測研究の強化 | ||
(1) | 火山活動を把握するための観測の強化 | ||
(2) | 実験観測の推進 | ||
(3) | 評価と課題 | ||
2. | 火山噴火予知高度化のための基礎研究の推進 | ||
(1) | マグマ供給系の構造と時間変化の把握 | ||
(2) | 噴火の発生機構の解明 | ||
(3) | 噴火活動の長期的な推移の解明 | ||
(4) | 新技術の開発 | ||
(5) | 国際共同研究の推進 | ||
(6) | 評価と課題 | ||
3. | 火山噴火予知体制の整備 | ||
(1) | 火山噴火予知体制の機能強化 | ||
(2) | 火山活動に関する情報の向上と普及 | ||
(3) | 基礎データの蓄積と活用 | ||
(4) | 地震予知観測研究等との連携強化 | ||
(5) | 評価と課題 | ||
4. | 特定火山の評価 | ||
(1) | 有珠山 | ||
(2) | 岩手山 | ||
(3) | 三宅島 | ||
(4) | 桜島 | ||
(5) | その他の火山 | ||
. | 第6次計画に対する総括的評価 |
1. | 全国の活火山(86火山) |
2. | 火山噴火予知観測網(平成13年度) |
3. | 火山噴火予知計画における各機関の役割 |
4. | 火山情報の流れ |
5. | 火山噴火予知計画実施機関の変遷 |
6. | 火山噴火予知計画の整備進捗状況 |
7. | 国立大学の常時観測項目と観測点数 |
8. | 気象庁の常時及び定期観測項目と観測点数 |
9. | 防災科学技術研究所の常時観測項目と観測点数 |
10. | 国土地理院の常時観測項目と観測点数 |
11. | 海上保安庁における海域火山の監視・観測状況 |
12. | 国立大学における集中総合観測及び構造探査実施火山の一覧 |
13. | 国立大学における集中総合観測及び構造探査実施火山の報告書一覧 |
14. | 気象庁の火山機動観測実施状況 |
15. | 岩手山に関する火山噴火予知連絡会の活動経過 |
16. | 有珠山に関する火山噴火予知連絡会の活動経過 |
17. | 三宅島に関する火山噴火予知連絡会の活動経過 |
18. | 第6次火山噴火予知計画に関する主要論文リスト |
19. | 大学共同利用機関共同研究リスト |
20. | 国際共同研究一覧 |
21. | 科学技術振興調整費による研究 |
22. | 科学技術・学術審議会測地学分科会火山部会委員名簿 |
23. | 火山噴火予知計画実施状況等レビュー起草委員会委員名簿 |
24. | 火山噴火予知計画実施状況等レビューに係る審議状況 |
25. | 第6次火山噴火予知計画に関する論文リスト |
我が国は,86の活火山が分布する世界有数の火山国である。有史以来,度重なる噴火で,しばしば地域社会は甚大な災害を被り,多数の人命が失われたことは史実に明らかである。 火山噴火予知に関する研究は我が国に近代科学が導入された明治以降,研究者の関心事として推進されてきた。近年に至り,火山噴火予知についての社会的要請が急速に高まってきたことから,測地学審議会は,昭和48年6月に内閣総理大臣及び関係大臣に対して「火山噴火予知の推進について」の建議を行った。これを受けて,昭和49年度から火山噴火予知計画が実施に移された。その後,同審議会は昭和53年に第2次計画,昭和58年に第3次計画,昭和63年に第4次計画,平成5年に第5次計画,平成10年に第6次計画を策定し,建議した。 第6次計画は,平成11年~15年度の5か年にわたって実施されるものであり,現在なお進行中である。 これまで桜島,阿蘇山,有珠山,伊豆大島,雲仙岳,三宅島等の火山について本計画の実施によって進められた観測研究により火山噴火予知に関する貴重な基礎資料が得られた。特に有珠山,三宅島の両火山については,火山噴火予知計画発足以来2回目の噴火を迎えたことになり,計画に参加する関係諸機関や大学による監視や研究が長期間進められていた中で発生した。このため,噴火前兆現象の推移と噴火切迫度の評価が迅速に行われた。さらに,噴火継続中の観測を通じ,学術上多大な成果を築きつつあるとはいえ,噴火開始後の火山活動の推移予測など,なお解決すべき多くの課題が残されている。平成12年(2000年)有珠山噴火についてはそのマグマ活動が5か月間で停止したものと解釈されたが,平成12年(2000年)三宅島噴火については世界にも類を見ない,多量の二酸化硫黄ガスの長期噴出が継続していることから,三宅島全住民の島外避難は現在も続いている。このように噴火推移や終息の予測を含めた火山噴火予知の実用化や火山噴火予知連絡会についての社会的要請はますます強まり,火山観測研究体制の強化は緊急課題となっている。 このような状況において,これまでの火山噴火予知計画による成果等をかえりみつつ,第6次火山噴火予知計画の実施状況・成果等を取りまとめ,今後に残された課題を検討することとした。 |
すべての活火山の活動度を把握することを長期的目標として,第6次計画では,新しい観測手法の導入,人工衛星データの活用などを含め,常時監視観測体制の整備及び機動・移動観測の充実を図ることとした。また,火山体の構造や噴火機構の解明,並びに噴火ポテンシャルの評価のために,計画的に構造探査や集中総合観測等の各種の実験観測を実施することとした。 さらに平成12年10月以降の富士山直下での深部低周波地震の急増を受けて,測地学分科会火山部会は,極めて異例ではあるが,第6次計画までの観測体制について見直しを行い,平成13年6月に「当面の富士山の観測研究の強化について」(報告)を緊急に取りまとめ,関係機関に報告を行うとともに,静穏期の長い富士山の噴火ポテンシャルを的確に評価するため,観測研究の強化に向けた方策を実施に移すこととした。 |
計画の内容
実施状況
成果
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計画の内容 火山活動の定量的評価及び火山噴火予知の高度化を目指して,観測研究設備の充実を図るとともに,各種の実験観測を実施する。また,火山体の構造や噴火機構の解明及び噴火ポテンシャルの評価のためにテストフィールドにおいて計画的に共同観測や集中総合観測を実施する。 実施状況
成果 有珠山,伊豆大島,三宅島,桜島など顕著なマグマ性噴火を繰り返してきた火山においても観測点や観測システムの整備により,マグマの動態把握能力が向上した。特に,平成12年(2000年)の有珠山及び三宅島の噴火活動においては,噴火に前駆した地震活動や地殻変動をとらえ,マグマの貫入過程の理解が進むとともに,これら観測情報は火山防災に活かされた。また,噴火に際しては多機関が連携して総合観測班を構成し,多項目の火山観測と地質学的調査を実施し,日々の活動評価と活動予測を行うなど社会的要請に対応した。 水蒸気爆発を繰り返してきた草津白根山では,観測井を用いたS/N比の高い高精度の地震・地殻変動観測により,浅部火山流体貯留層近傍で起こる流体流動に伴う振動現象を的確にとらえられるようになり,地球化学的観測結果等と併せることで,火山活動評価の確度が向上した。 噴火活動は長期間休止しているものの最近地震・微動等の活発化が著しい岩手山,磐梯山,富士山等においても定常観測に加え臨時観測点で多項目観測が強化され,静穏期の長い火山の噴火ポテンシャルの評価に役立てられた。特に岩手山では,観測井を利用した総合観測点を含む多点多項目の観測に基づき,平成10年(1998年)からの火山活動の活発化をもたらしたマグマ貫入過程が明らかになった。磐梯山や富士山では,地震活動の推移が高精度に把握されるとともに,地震活動に伴う顕著な地殻変動は発生していないことが示された。このほか,衛星通信や無線通信の利用など新しい観測技術・手法の導入がなされ,従来困難であった山頂火口近傍における連続観測の実施にも大きな進展が見られた。アルゴス衛星を利用したテレメータシステムは,火口近傍における熱的活動の推移を遠隔地から的確に把握することを可能にし,岩手山,三宅島,霧島山等の火山活動の評価に役立った。また,REGMOSやAPSの開発により,山頂部における地殻変動の自動連続観測が可能になった。 集中総合観測では,多項目の観測が実施され,火山活動評価のための基礎資料が得られた。このうち諏訪之瀬島では,噴火活動の活発化に前駆した群発地震の震源分布と,活発化の1年前から火口付近の地盤が膨張していたことが明らかになった。岩手山では,1998年に発生した活発な火山活動のその後の経過が明らかになった。口永良部島では,地震活動・地盤変動・磁気異常等から,浅部熱水系の存在が明らかになった。雲仙岳では,噴火中は減圧が進行していた西山麓下の圧力源が,1995年の噴火活動停止以降,再び増圧に転じたことが明らかになった。 また,火山体構造探査では,幾つかの探査手法が試みられた。伊豆大島では海・陸統合探査が実施され,火山島における探査に新しい道を開いた。磐梯山と岩手山では,P波トモグラフィーによる3次元火山浅部構造の解明に重点が置かれ,火道や過去のマグマ貫入に対応すると考えられる高速度域の存在が明らかになった。一方,阿蘇山では,反射法を主体とする火山体構造探査が実施され,マグマ溜り上部に対応すると思われる反射面や火道の存在を示す複雑な反射面が得られた。有珠山における電磁探査では,貫入マグマに対応する高比抵抗ブロックの存在を推定した。 |
陸域の火山では,観測網の整備と実験観測の推進により,噴火の前駆現象の検知とそれらに基づく噴火予知については着実な成果があがってきた。その一例は平成12年の有珠山噴火に先立ち緊急火山情報が出されたことである。しかし,地震観測点が1点あるいは全く無いなど,監視観測が不十分な活火山もあり,今後全国の活火山について,火山活動度,防災上の重要性に応じて,順次監視体制の整備を行うよう鋭意取り組む必要がある。 |
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海域の活火山の監視は,航空機や測量船による定期的な調査が主体であるが,調査回数を増やすとともに水中音響技術や衛星リモートセンシング技術等を応用した連続監視観測の導入など新たな展開を含め,監視観測の強化が今後の課題である。 |
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有珠山や三宅島の噴火に際して,緊急時における地殻変動監視の重要性が改めて認識された。新しい伝送システムの開発等により山頂火口近傍におけるGPSや地磁気など連続観測が可能となり,技術的には当初の目標がほぼ達成された。今後は,冬季・高所などの厳しい条件下や噴火活動中など,劣悪な状況下でも安定した観測を可能にするシステム整備や体制作りを続けながら,リアルタイム・データ処理などの開発も併せて進める必要がある。 |
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水蒸気爆発を繰り返してきた火山(草津白根山)や顕著なマグマ性噴火を繰り返してきた火山(伊豆大島,三宅島),静穏期が長いが近年活動が活発化した火山(岩手山)などでは観測井が設置され,歪・傾斜変化から地震動までの広帯域にわたる変動を高精度でとらえることが可能になった。その他の幾つかの火山においてもこのような観測の広帯域・高ダイナミックレンジ化がなされるなど,大学や関係機関の火山観測の質的強化が進みつつあることは評価できる。しかし,重点的に実験観測を推進すべき火山でありながら,観測の高精度化・広帯域化が不十分な火山も多く,今後更に一層の整備が望まれる。深部低周波地震活動が活発化した富士山については,応急対応的観測網は整備されたが,低周波地震のメカニズム解明や深部でのマグマ活動をとらえるために,更に高品質なデータを広域的に取得できる観測体制の構築が必要である。 |
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集中総合観測については,幾つかの火山において離島という観測上の制約はあったが,多項目の観測が実施され,活動評価の基礎資料を得るという目標は達成したと言える。また,火山体構造探査では浅部の3次元構造のイメージングなど浅部のマグマ供給系の理解に格段の進展があったが,やや深い位置に予想されるマグマ溜りの形状等の把握には至っていない。今後は深部のマグマ供給系の解明に向けた探査に取り組む必要がある。 |
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大学の移動観測班,気象庁の機動観測班の迅速な対応により,岩手山,有珠山,三宅島,磐梯山等で活動の推移把握,並びに評価が的確になされ,社会に役立つ情報の発信につながった。このように移動観測班・機動観測班の役割は大きく,今後も更なる機能強化を図る必要がある。 |
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マグマ供給系や火山流体の挙動を観測面から明らかにするためには観測の多項目化や質的向上はもとより,火道やマグマ溜り等の構造をより高い分解能で把握することが不可欠な要素である。このためには山岳地域など計測環境の困難な状況下で稠密観測を効果的に実施できる計測システムの開発や比較的少人数で機動的な観測を可能にする体制を検討する必要がある。 |
計画の内容 これまで,火山噴火予知計画に基づいて観測網が拡充・強化された結果,異常現象の検出能力などには格段の進展が見られた。しかし,マグマの輸送・蓄積や地下水との相互作用などの火山流体の挙動に関する理解は不十分で未解明な点が残されているので,第6次計画では,火山の静的な構造の把握に加え,マグマなどの火山流体の移動や物理・化学的状態変化を含めた構造の時間変化をとらえることを目標とする観測研究を強化する。 実施状況と成果 (ア)人工震源を用いた稠密火山構造探査
(イ)自然地震を用いた浅部・深部地震探査
(ウ)火山流体の移動に伴う動的構造
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計画の内容 噴火の発生機構の定量的な理解のために,火山流体の性質と挙動,マグマの発泡と物理化学過程,水蒸気爆発などの発生機構の解明とそれらに基づく噴火過程のモデリングを目指す。このために,マグマ中の揮発成分濃度及び脱ガスの程度と火山ガス放出量との関係を明確にし,マグマからの脱ガス過程の物理化学的研究と観測データを総合して噴火メカニズムを明らかにする。また,多項目観測により,マグマと地下水の相互作用,及び爆発に至る過程やその発生機構を解明するとともに,広帯域の振動観測により,火山流体の地下での挙動を解明する。 実施状況と成果 (ア)物質科学研究
(イ)物理観測研究
(ウ)マグマ上昇・噴火過程のモデル化
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噴火ポテンシャルの評価に向けて,噴火の長期予測や規模・様式・推移の予測手法を確立するための研究を行う。このためには富士山等をテストフィールドとして,ボーリングやトレンチ手法を用いた地質・岩石学的解析に加えて,同位体や古地磁気学的手法も用いた年代測定も行い,噴火史を定量的に解明する。 実施状況と成果 富士山,雲仙岳など複数の火山でボーリングやトレンチ調査が行われ,コア試料の解析などから噴火史の解明が進んだ。特に,様々な同位体を用いて噴出物の年代決定が多く行われた結果,それぞれの火山で,詳細な噴火履歴が解明されつつある。姶良カルデラ地域でも年代測定値が蓄積し,カルデラ噴火に先立つ火成活動の概要が明らかになった。さらに,桜島火山では古地磁気学的年代測定手法の有効性が確認された。伊豆大島火山では,物理検層及び孔壁画像の解析によって海底から成長した火山島の基盤が明瞭に確認できた。また,山頂カルデラの形成が単なる陥没だけではなく,山体崩壊による可能性が指摘された。 また,岩手山,富士山などで史料解読が進展し,長期間活動を休止していた火山についての噴火履歴や噴火様式の変遷についての解明も進んだ。 |
計画の内容 予知の高度化と実用化に向けて,新たな観測・解析手法や機器・システムの開発を行う。特に,地下のマグマをとらえるための観測・解析技術の向上を目指すとともに,人工衛星や航空機などを活用したリモートセンシング技術と火口近傍での遠隔観測技術を確立する。また,火山体内部で進行中の諸現象を迅速かつ的確に把握するために,多項目観測データの即時処理と総合評価システムの研究開発を推進する。 実施状況と成果 (ア)マグマ探査のための観測・解析技術
(イ)衛星・航空機を用いたリモートセンシング技術
(ウ)火口近傍での遠隔観測技術
(エ)海底火山の観測手法
(オ)観測データの即時処理と総合評価システム
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計画の内容 噴火予知の高度化を推進するためには,国内外の多様な火山活動の比較研究が有効であることから,海外の噴火について国際共同研究を推進することとした。 実施状況と成果
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マグマ供給系の構造と時間変化の把握 第5次計画から始められた火山構造探査実験は,これまで年次的に8回実施され,浅部3次元構造などマグマ供給系のイメージングに大きな前進をもたらした。また,それによる火山の浅部構造の情報は震源決定精度の向上に大きく寄与し,構造の不均質分布等の情報と相まってマグマ供給系の理解を深化させた。しかし,現状の体制では,人工地震の点数や薬量などの条件から探査深度が3km以浅に制限され,深さ5~10km付近にその存在が予想されているマグマ溜りや,より深部の構造を解明することは困難な状況である。この様な現状を克服して,目標とするマグマ探査に移行するには,人工地震の規模を含め探査実験に関した抜本的な改善策が不可欠である。 上部マントルから地殻内へのマグマ供給系の解明については,新しい解析手法に基づく成果などに一定の進歩があったが,空間分解能が低く詳細な構造をイメージングするには観測点数など不十分な点が多い。近年,高感度地震観測網(Hi−net)などの地震観測網が火山地域周辺にも整備されたので,臨時観測点を強化することにより活火山近傍の深部マグマ供給系をイメージングすることが可能な環境が徐々に整備されつつある。電磁気的手法による構造探査も併用し,深部マグマ供給系の解明を強力に推進する必要がある。 噴火の発生機構の解明 物質科学の分野では,火山ガスの研究で一段の進展が得られた。すなわち,火山ガスの各種測定手法が確立して,活動的火山における火山ガス測定例が増加した結果,定性的ながら火山ガス組成の変化と火山活動の推移との関係が明らかになった。また,メルト包有物の分析によるマグマ中の揮発性成分量の推定と火山ガス放出量の測定結果とを統一的に説明する,マグマからの脱ガスモデルも提案された。噴出物の岩石学的解析による,マグマ上昇過程における脱ガス効率の議論も現実的なものになりつつある。しかし,これらのモデルを定量的な理解にまで高めるための基礎となる,マグマ中への揮発性成分の溶解度の圧力依存性,組成依存性などについての研究は必ずしも十分ではない。特に,三宅島噴火で大量の長期放出が起こったSO2成分については,マグマへの溶解度やマグマからの分離機構そのものの理解も不十分で,今後の研究に待つところが多い。SO2成分放出量の測定は比較的容易であり,地下のマグマ量を推定する上で有効な手掛かりとなるので,早急な対応が望まれる。 物理観測に基づく研究では,広帯域地震観測や地殻変動観測により,多くの火山において傾斜や歪み変化を伴う火山性地震や微動の発震機構が解明され,火山流体の運動と関連させて議論できるようになったことは高く評価できる。しかし,現在までのところ,これらの研究はいずれも力学的取り扱いにとどまっており,脱ガス過程など物質的な変化も取り込んだ研究は,まだ着手されていない。ところで,地電位測定により,多くの活火山の山頂部に熱水対流と関連していると思われる明瞭な正の電位異常が存在することが明らかになった。したがって,地電位測定は噴火機構の理解や噴火ポテンシャル評価の一つの手法となる可能性がある。今後は,流体の移動に伴う電磁気学的変動や物質科学的知見も加味した総合的な理解が課題である。 モデル計算に基づく研究では,山頂噴火と割れ目噴火の噴火様式を支配する力学的な条件について理解が進んだが,今後は,火山体の構造及び熱や物質的な変化をも組み込んだモデルについての研究を進める必要がある。 噴火活動の長期的な推移の解明 富士山や雲仙岳の調査で,噴火史の解明にボーリングやトレンチ調査が極めて有効であることが改めて確認された。さらに,調査で得られた試料について精密K−Ar年代測定や加速器による微量炭素試料の14C年代測定が行われ,噴火履歴の詳細な編年が進みつつあることは,噴火ポテンシャル評価のための基礎データ蓄積という点で大きな進展である。また,火口周辺でのトレンチ調査では,小規模水蒸気爆発の頻度がこれまでの予想を大きく上回る例が見いだされ,登山者等の罹災可能性という新たな防災上の問題も提起している。 新技術の開発 地下のマグマをとらえるための観測・解析技術のうち,地震学的手法は着実に進歩していると評価される。しかし,火山体という強度に不均質な場に適した解析手法の開発と改良を更に続け,解像度の向上を図る必要がある。また,より深部のマグマを高分解能で検出するための観測手法の開発も今後の課題である。火山活動に伴うマグマや地下水の移動を直接的にとらえる上で,絶対重力観測が有効であることが,三宅島での観測により実証された。これは世界で最初の事例であり,重要な成果である。今後は,多くの活動的な火山において絶対重力観測点を確保し,絶対・相対ハイブリッド重力観測を実施することが望まれる。 人工衛星や航空機などを活用したリモートセンシング技術に関しては,航空レーザー測量が新たに導入され,活動中の火山観測に用いられて大きな成果が得られるなど進展が見られた。合成開口レーダー(SAR)については,岩手山などで新たな成果が得られているが,衛星や航空機の運用上の制約から観測の頻度が必ずしも十分ではないこと,観測から結果を出すまで一定の時間を要すること,測定項目によっては現地における検証調査が必要であることなどの問題点も残されている。 火山近傍での遠隔観測に関しては,火山ガスの測定法が確立されつつあるが,安定した長期連続観測法や測定データの即時処理システムの開発など解決すべき課題が残されている。 海底火山の観測手法に関しては,ハイドロフォンアレイを用いた火山活動監視の有用性が確認されたことは成果であったが,システムの長期安定性やセンサーの正確な測位など改良すべき点も残されている。海底基準点を用いた海底地殻変動観測については,ほぼ実用化の段階に達しているが今後更に精度の向上を図る必要がある。 地震の実時間処理システムの構築についてはほぼ当初目標を達成した。しかし,火山性微動の自動検出システムについては未開発である。また,地殻変動・地磁気の各種補正処理,地殻変動データの時間発展インバージョン手法がほぼ確立されマグマ活動の把握に役立てられたが,多項目観測データを用いた総合評価システムの構築は今後の課題として残されている。 国際共同研究の推進 雲仙普賢岳の活動等の経験から,国内外の多様な火山活動の比較研究が噴火予知の高度化の推進に有効であると認識され,今期の計画で初めて各機関が実施内容を掲げて国際共同研究に取り組んだ。インドネシアやフィリピンでは,歴史時代の大規模噴火の共同調査が開始され,メラピ山では多国間の共同観測により火砕流発生の前駆現象がとらえられるなど,当初の目標が達成されつつあると評価できる。その背景には研修生や留学生の受入を通して作り上げた相手国研究者との信頼関係があり,今後とも,人材育成や研究者の交流に努めることが必要である。 平成12年の三宅島における山頂カルデラ陥没や多量の火山ガスの継続的放出など一連の活動は,我が国の観測研究史上初めて経験した活動様式であり,噴火予知の高度化を図るには,国外の火山活動との比較研究が重要であることを改めて示している。国際共同研究の成果を噴火予知の高度化に役立てるには,そのための観測調査機器の整備と併せて,将来の火山噴火予知研究を担う若手研究者が国外の火山における観測調査に参加できる機会を与える必要がある。また,欧米の火山研究者から国内外の火山における共同研究の提案が幾つか出されている。我が国における火山噴火予知研究が評価されているあかしとも言えるが,規模の小さい個々の大学等では対応しきれないため,何らかの全国的な受入体制を検討する必要があろう。 |
第6次計画では,火山噴火予知高度化のため,必要な観測設備の整備と併せて研究者,技術者等の人材を確保し,国民や関連行政機関に的確で分かりやすく,火山災害軽減に役立つ情報を提供するため,火山活動度の評価機能の強化を図ることとした。また,過去の噴火履歴,事例の収集整理を進めるとともに,火山活動の予測の基礎となる各種データを整備し,その有効利用を図る。また,大学等の地震観測データなどを有効利用し,火山活動の状態把握や火山研究に資することとした。 |
計画の内容 観測設備の整備と併せて基礎研究の推進,監視観測に必要な研究者,技術者等人材を確保し,火山活動の迅速かつ総合的評価機能の強化を図り,評価を実用的で分かりやすい情報に反映させる。 また,将来の火山噴火予知の展開を図るため大学院生・若手研究者の育成に努めるとともに受入れ枠の確保・拡大に努め,併せて流動的研究システムを活用して噴火予知のための基礎研究,観測研究の充実と進展を図る。さらに,化学分野の全国的規模の機動的・効率的研究を進める人材の確保に努める。 研究者と監視観測に携わる技術者等との連携強化,人的交流を進め,研究成果の監視への技術移転,監視技術の向上を図る。 実施状況 (ア)火山噴火予知体制の強化
(イ)火山噴火予知連絡会の機能強化
(ウ)若手研究者の育成・研究者の流動化促進
(エ)研究者と技術者の交流促進
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計画の内容
実施状況
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計画の内容 火山活動の予測の基礎となる各種の地形図・地質図をはじめ,海域を含めた火山地域の各種基礎データの整備を積極的に進める。また,噴出物の特性や噴出時期・総量を明らかにし,詳細な噴火史の構築を進める。さらに,蓄積された基礎資料や観測データの有効な活用を図るため,資料の整理・データベースの構築を進める。 実施状況及び成果 火山基本図は九重山(平成9年)鶴見岳(平成10年),安達太良山(平成11年),有珠山(平成12年噴火対応),三宅島(平成12年噴火対応)で,火山土地条件図は雲仙岳(平成8年),霧島山(平成9年),有珠山(平成12年),樽前山(平成12年)が刊行された。有珠山の活動では,噴火直前に完成した土地条件図などや,噴火後の緊急調査による有珠山火山活動情報図等が,また三宅島では緊急調査による噴火地形図,災害現況図等が防災関連機関や研究者の基礎データとなって活用された。 有珠山及び三宅島の噴火では,GIS用数値データがCD−ROM版として緊急に作成され活用された。また既刊の13火山の火山基本図は,「数値地図10mメッシュ(火山標高)」(CD−ROM)として整備された(雌阿寒岳,岩木山,岩手山,秋田駒ケ岳,鳥海山,蔵王山,安達太良山,那須岳,草津白根山,鶴見岳,くじゅう連山,阿蘇山,霧島山)。 火山地質図については,那須火山(平成9年),伊豆大島火山(平成10年),霧島火山(平成13年)が刊行され,既刊のものと合わせて延べ11火山で整備されている。また,御嶽山など地質図幅において,新たな年代決定などの成果を取り入れた基礎資料の整備が進んだ。さらに,ボーリングやトレンチ調査を含む地質調査による富士山の地質図の作成が進んでいる。平成11年度からは年次的に,岩手山,有珠山,樽前山,北海道駒ケ岳の航空磁気図が作成された。 海域の火山については,明神礁(平成10年),福徳岡ノ場(平成11年),三宅島(平成12年),南日吉海山(平成13年)において,地形・地質・磁気・重力などの項目に関する海域火山基礎情報調査が実施され,観測成果が公表されている。三宅島のサイドスキャンソナー調査では,西方海域に海底噴火の3火口を含む火口列が見いだされ,海底噴火の確認や活動推移のための基礎データとなった。また,薩摩硫黄島,諏訪瀬島,三宅島などで航空磁気測量が行われ,地磁気異常分布図が作成された。 北海道駒ケ岳(平成12年)の沿岸の海の基本図「鹿部」調査では新たに山体崩壊の再評価が可能となり,渡島大島や雲仙岳の最近の先例と合わせ,火山災害における低確率大被害現象である山体崩壊の理解が進んだ。なお,磐梯山でも古地図を活用し山体崩壊の量的評価が行われた。 火山専用空中映像装置により,九重山(平成9年),薩摩硫黄島(同),岩手山(平成10−12年),北海道駒ケ岳(平成10年),安達太良山(平成12年),有珠山(平成11−12年),三宅島(平成12−13年),浅間山(平成12年),富士山(平成13年)で山体表面温度測定が実施された。噴火や火山活動が活発化した岩手山,北海道駒ケ岳,有珠山,三宅島などでは,新たにインターネットを通じ画像データを迅速に提供することが試みられ,火山噴火予知連絡会における活動の総合評価と防災対策に有効に活用された。また,主要な活火山の傾斜分級図が10m或いは50mメッシュで作成された。 過去の噴火資料や火山監視・観測データの電子媒体化の取組が進められつつある。 |
計画の内容 火山噴火予知の高度化のため,火山噴火予知の観測設備の整備に加えて,大学等の火山近傍での地震観測データを有効利用し,火山の状態を把握するとともに,火山活動,火山体の深部構造,テクトニクスに関連する研究に資する。 実施内容と成果 伊豆大島の火山体構造探査は,地震予知観測研究の海底グループと連携して実施され,三宅島噴火に関連して発生した神津島周辺の地震活動に際しては,地震予知観測研究で整備された海域観測のデータが利用された。岩手山では,平成10年9月3日に発生したM6.1の地震発生に際し,火山噴火予知計画で整備された観測データが地震予知観測研究に提供され,また,地震予知観測研究で整備された観測データが火山活動評価等に提供されるなど,地震予知観測研究との間で相互にデータの共有化が図られ,効率的観測研究が一段と進んだ。 岩手山,有珠山,三宅島,箱根山の活動に際しては,地方自治体などが整備した地震,地殻変動,温度,映像などの観測データが大学及び気象庁に提供され,活動評価に有効利用された。併せて大学と火山噴火予知に関連する研究機関との連携強化が図られ,基礎研究の推進と観測研究の効率化が進み,成果は的確な火山活動評価に資するところとなった。 |
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有珠山噴火と直前予知 平成12年(2000年)3月有珠山で20世紀4回目の噴火が発生した。幸い,過去の噴火と比べ噴火規模は小さく,小規模な火砕サージは発生したものの警戒していた広域火砕流には至らなかった。しかしながら,有珠山山麓で約16,000人の住民が一時避難した。周辺住民は,噴石・熱泥流等,噴火による初期被害に続き,新山隆起に伴った地盤変動や小噴火継続中の長期避難により,生活基盤も深刻な打撃を受けた。また,主要交通網が災害で長期間遮断され北海道全域の経済活動も大きな影響を受けた。 最近有珠山は20~30年間の静穏期を挟み噴火を繰り返しており,今回の噴火は火山噴火予知計画で監視や研究を長期間進めてきた中で迎えた2回目の噴火となった。地震計による監視観測は33年間,火山噴火予知計画で発足した大学の火山観測所は23年間現地で研究活動を続けていた。また,関係機関による測地測量,重力,火山ガス,熱活動,電磁気学等の諸手法により総合的な調査・研究や5回の集中総合観測等が実施されていたため,静穏期の火山活動の理解が進んでいた。さらに,次期噴火の備えとして観測設備の機材更新や観測強化,広域GPS観測網の整備にも着手し始めたところだった。 噴火直前の前兆現象は山体膨張を示す地震と地殻変動の動力学的現象として顕著に現れた。これらの異変の迅速な認知に基づき,機動観測班及び総合観測班による地震やGPS臨時観測網の構築,航空機及びヘリコプターによる観察や測量が噴火発生直前から可能となった。これら新しい良質で総合的なデータと,基礎となる常時観測のデータに基づき,噴火前兆現象の推移と噴火切迫度の評価が迅速に行われ,役に立つ情報の提供と減災への助言に取り組むとともに,噴火前兆現象の解明やマグマ貫入メカニズムの研究で大きな成果を得た。 地震増加を伝えた深夜の第1報である火山観測情報(3月28日00時50分)に始まり,臨時火山情報によって,有感地震の時点で「注意」を(02時50分),また火山噴火予知連絡会拡大幹事会の議論を経てさらに「警戒」を(同日11時55分),呼び掛けた。翌29日地震規模がM3.5級へ増大した時点で,最も警戒度の高い緊急火山情報が「数日以内に噴火の可能性,警戒を強める必要」と警戒を呼び掛けた(11時10分)。 また,火山活動に関する情報公表にとどまらず,災害予測シナリオを含む減災助言にも取り組み,防災会議や地元自治体との連携を強めた。29日午後北海道防災会議の火山専門委員会が,火山噴火予知連絡会の会長や幹部,地元3首長の出席の下に地元で開催された。「本格的な噴火活動が切迫」しており,「噴火予測時期は過去の例を参考にすると一両日から遅くとも一週間以内」と想定できること,「震源は山体北西部に集中しており,山頂北西部ないし北西山麓で噴火開始」となる恐れが強いこと,「山頂であれば火砕流噴火,山麓ならば水蒸気爆発,もしくはマグマ水蒸気爆発」のシナリオが示された。 この会議を受けて,地元1市2町は備えていたハザードマップを参考に,一斉に避難指示の体制に入った(29日,18時30分)。また,国も有珠山現地連絡調整会議を伊達市役所に設置し(同日18時55分),本格的な危機対策に取り組んだ。このような正確で迅速で役に立った火山情報の公表と,災害軽減への専門的な助言や解説努力により,行政や住民レベルの理解が深まり,万全の備えで噴火を迎えることができた。 噴火開始と初期の推移予測 2000年有珠山噴火は,3月31日13:07西山麓で開始した。噴火直後から多量の噴石が避難道路や建物に降り注いだが,住民はすでに避難しており死傷者はなかった。噴火開始直後,火山噴火予知連絡会は有珠山部会を組織した。また観測研究の立案や実施,研究データの総合評価やその成果の有珠山部会における活用を図るため,国立大学が中心になって有珠山総合観測班が組織された。国も直ちに有珠山噴火非常災害対策本部を設置して対策に当った。 最初の噴火で少量の軽石噴出が確認され,更に大規模なマグマ噴火へ移行する懸念が一時残ったため,当初の広域避難と警戒体制がしばらく継続し,社会的に深刻な影響と困難に直面した。緊急の観測強化が進む中で,山頂部の隆起が既に停止に至っており,マグマ貫入による新山隆起が西山麓に限定されていることが明らかになった。このため,火山噴火予知連絡会は4月12日「山頂噴火移行の兆候はなく,当面西山麓の警戒が必要」と統一見解を発表した。これを受けて翌日,東~南山麓などの広域住民避難は大幅に縮小された。 有珠山総合観測班は,臨時観測所を基地に朝夕定期的に会合を持ち,緊急共同観測の計画・調整,諸観測データの総合評価,有珠山部会提出データの準備などを行った。気象庁は部会の開催や非常災害対策本部との調整を行った。対策本部には有珠山部会や防災助言者のため特に一室が設けられ,北海道庁は支援要員を配置した。当初毎日開催された有珠山部会や,陸上自衛隊ヘリコプターなどによる監視観測の際には,終了後直ちに対策本部で説明会がもたれ,地元行政や関係機関・マスメディア等に対し,観測の当事者や専門家による資料提供や詳しい解説が組織的に行なわれた。 噴火前後の諸データの比較により,地下で活動したマグマ総量の直接的な見積りが初めて可能となった。噴出したマグマ量は少なかったが,全体で約0.1立方kmに及ぶ大量のマグマが地下で活動した。その約4割は噴火直前に有珠山西麓浅部へ貫入して,噴火と新山隆起を引き起こした。残りの約6割のマグマは山頂西部に貫入して,山頂を押し上げ噴火を準備していた。社会的影響が大きかったとはいえ,噴火前に「山頂噴火,全方位火砕流」を予測した当初の警戒シナリオは当時の想定以上に現実性を持っていたことがその後の調査研究で明らかにされている。 有珠山西麓で続いた小規模噴火と新山隆起活動の実態は,強化された総合観測で次第に明らかになった。隆起速度の急速な低下や噴火様式の推移変化などは,マグマ活動が終息に向かっている可能性を示唆したが,一方では第2期活動再開の可能性や,溶岩ドーム出現時に警戒すべき「昭和新山型の横殴り噴煙」の可能性が議論された。その後,噴火様式の推移や噴石・噴泥・熱風の影響域,さらに地形と噴煙高度に基づく火砕サージ予測図作成などの調査研究を参考に,行政は危険度のレベルに応じて規制域を分類し,危険度の低い地域については安全対策を講じた上で必要な作業を段階的に実施する「カテゴリー方式」を確立した。総合観測班や有珠山部会は,噴石やサージの危険域評価などのデータを提供した。観測データと危険域予測に基づくこの手法は,その後三宅島噴火においても応用された。 火山活動の終息について 火山噴火予知連絡会は5月22日,「マグマ活動は低下し,この傾向が続けば終息の可能性があり,火口周辺域警戒の段階」と統一見解を発表し,さらにその後順調に隆起や地震・噴火活動が低下したのを受けて,7月10日統一見解で「深部からのマグマ供給はほぼ停止し,警戒は火口域約500m」と,社会対応としては火口域を除き安全な段階に達したことを発表した。最後まで戻れなかった洞爺湖温泉の住民帰宅も始まり,観光施設等の営業も次第に再開された。 しかし,その後もなお一部の火口では空振を伴う小爆発が継続し,わずかな土砂が飛散したり,少量の火山灰が巻き上げられたりして,この被害が近くの居住域まで及び,帰宅した住民を不安がらせた。西麓浅部に貫入した多量の溶岩の熱が地下水を温め,活発な熱活動として継続していたためである。新山隆起は2000年7月末にはほぼ停止し,9月に入ると沈降に転じたことが確認できた。また,火山性地震の活動も期を同じくして噴火前の静穏期レベルに戻り安定した。 隆起が沈降に転じ同時に地震活動が静穏化するというこの現象は,1977年噴火に始まるマグマ活動が4年7か月後に終息した場合と全く同じ現象であった。2000年有珠山噴火はそのマグマ活動を5か月間で停止したと解釈された。その後更に約1年間小爆発は継続したが,まとまった土砂噴出は2000年11月を最後に,また空振を伴う小噴出も2001年9月上旬を最後に停止した。マグマ活動の終息がこのように観測で明らかにされた例は世界的にも稀なことである。 今後の課題と展望 1982年に始まり今回の噴火直前まで続いた活動静穏期を通じて,有珠山の山体は年間数cmの割合で沈降・収縮を続けたことが観測で確認され,長期予測を可能にすると期待される,深部マグマの集積に対応するゆっくりした山体膨張現象は確認できなかった。静穏期が23年と短かめだった理由や,その間深部マグマがどこでどんな状態にあったかなど,前兆現象だけに頼る予知からの脱皮という観点では,いまだ手掛りは少ない。地下構造の解明など今後の基礎研究の進展が期待される。 一方,噴火の時期,噴火地点,噴火様式などの長期予測は,結果としておおむね想定範囲にほぼ収まったといえるが,噴火直前に地震群が火口開口域の浅部に集中する現象は認められず,事前に正確な噴火地点を予測することはできなかった。しかし,地震やGPSの臨時観測を含めた噴火後の詳細な解析から,活発化した地震群が南山麓へ拡大し,同時に地下の圧力源が山頂から西山麓へ移動し,その後地震活動が急速に低下し噴火に至ったことが明らかされた。当初山頂をねらっていたマグマの一部は最後の段階で西山麓浅部へ急速に移動した。今までなぞの多かった明治新山や昭和新山等の山麓噴火の再評価や今後の噴火予測を行う上で,今回明らかにされたマグマが最後の段階で山麓を選ぶことがあるという知見は重要である。また,今後このような現象のメカニズムを明らかにしていく必要がある。 規模の大きな地震群が,噴火直前に有珠山南山麓に震源を移したことは従来の知識では説明不可能だった。しかし,昭和新山の例や1962年三宅島噴火など,前兆地震群の震源位置と噴火地点の不一致現象が見られた事例は過去にも報告されており,山麓噴火発生場における,マグマの動力学的過程と火山の内部構造,また,地域の地殻応力の相互関係など,今後更なる解明が必要となっている。 また,噴火予知が困難と考えられている水蒸気爆発について,約1年半継続した2000年有珠山噴火は重要なテストフィールドを提供した。噴火様式の推移を噴煙の形状・地下水や地表水との接触状態・サージの可能性・噴煙熱エネルギーの変遷などの観測量によって把握し,モデル化することにより明治新山や昭和新山の噴火等と比較研究が行われた。また,噴火映像と地震・空振波形の対比による噴火の量的な評価手法は,水蒸気爆発発生場の解明に役立つことが示された。 根本的な課題である有珠山の深部マグマの動向,「どこにあり,どうなっているか?」については,岩石学的マグマモデルが構築され,検証されつつある段階であり,物理・化学的な観測で静穏期の深部マグマをとらえることが今後の課題である。2000年噴火の軽石の微量成分解析から,有珠山のマグマは一つのマグマ溜りが一定の傾向をもって次第に分化しながら8回の歴史時代の噴火を繰り返したことが分かっている。この傾向が続く限り次期噴火のマグマ特性に関する長期予測もある程度可能である。 2001年11月,有珠山で人工地震を利用した構造探査の共同実験が実施され,解析が進行中であり,研究成果が期待される。多数の若いドーム群が分布する有珠山の地下構造の特性やマグマ供給システム,洞爺カルデラとの関係の解明など,地下構造に関する情報はいまだ極めて乏しい状態であり,今後マグマ活動の理解や噴火予知と減災のため,より深部構造の情報,既存のドーム群の詳細な構造調査やボーリングによる資料採取などの研究調査が期待される。 |
背景 岩手山では,過去に山頂火口から火砕流・降下スコリアを伴う噴火(1686年)や山腹からの溶岩流出を伴う側噴火(1732年)があったが,その後,約260年間は火山活動が比較的静かな状態で推移し今日に至っている。このため,火山噴火予知計画では岩手山を「活動的火山及び潜在的爆発活力を有する火山」に位置付けていたが,気象庁では,常時観測対象火山としていなかった。しかし,岩手山はその南東約20kmに盛岡市(人口28万人)があることから,都市に近い活火山として火山防災上は特段の注意を要する火山である。人口密集地の近傍に位置し,長期間にわたり静穏な状況で推移する活火山の噴火ポテンシャルの評価に関する観測研究は,これまでの噴火予知計画の中で必ずしも十分ではなかった。しかし,長期予測の視点からも,静穏期から活動期への移行の動態や現在の活動レベルを正確に把握することは重要である。東北大学ではこれらを総合的に考慮して,昭和56年(1981年)より年次的に岩手山周辺に5か所の高感度・多項目の定常観測点を設置し,静穏期の長い火山についての研究観測を実施してきた。観測点のうち3点には深度300mのボアホールの孔底に歪計,傾斜計,地震計などの多項目観測装置が設置されている。また,残りの2か所の定常観測点も100m深のボアホールや横抗を備えている。これらが,全体として高感度でSN比の高い観測網を構築し,得られたデータは東北大学に集められ一元的な処理が実施されてきた。 最近の活動 1995年9月には観測開始史上初めての継続時間45分の微小な火山性微動と低周波地震が多点で観測され,それらの発生位置は山頂直下の深さ8~10kmであることが直ちに認知された。初めての火山性微動出現の情報は精査された後,直ちに気象庁に伝達され,同年10月に気象庁は臨時の監視観測を実施に移した。火山性微動はその後も間欠的に発生し,大学,気象庁や国土地理院が地震計,GPS等の臨時観測点を順次設置して観測の強化を計った。最初の微動発生から約2年半後の1998年2月には鬼ヶ城カルデラ東端の浅部で地震活動が活発化した。活動域は時間の経過に伴って西方に拡大するとともに,歪計,傾斜計やGPSデータにも山体の南北伸張が明瞭に認められた。これら一連の現象は,深部から浅部へのマグマの貫入と浅部での西方の移動,また,これらとは独立した西岩手山での球状圧力源の膨張が原因していることが明らかにされた。1998年9月3日には岩手山の火山活動に誘発されたと思われる中規模の構造性地震(M6.1)が火山活動域に隣接して発生し,小被害が出た。有感地震を含む地殻活動の様子は克明にとらえられ,臨時火山情報等を通じて住民や自治体に火山活動への注意が喚起された。 地震活動は上記の浅部に発生する高・低周波地震以外にも広範囲に多様な活動が認知された。西岩手山の特定場所では超長周期地震(周期10秒)が1998年の一時期に集中的に発生した。西方の葛根田地熱地帯では高周波地震が長期にわたり活発化した。さらには岩手山薬師岳直下の南方及び北東域では深さ30kmのモホ面近傍で深部低周波地震(M1~2.5)が群発するなど深部のマグマ活動の活発化が確認されるとともに,それらの深部低周波地震の発生は浅部の地震活動に明瞭に相関していることなど従来にない事実が明らかになった。このように上部マントルから浅部地殻内にかけて,また,広域的に連動した地震活動の高まりが克明に検出されたことが今回の火山活動の大きな特徴である。また,広域の火山活動やM6.1の地震の断層運動に伴う地殻変動が地球資源探査衛星「ふよう−1号」の合成開口レーダー(SAR)によって明瞭に検出され,衛星データに基づくイメージングの有効性が示された。 孔井式歪計・傾斜計及びGPS観測からは,これらの火山活動に対応し深さ10kmから浅部の2kmにかけて細長い開口型の割れ目が発達していることと西岩手山の三石山近傍の深さ3kmに膨張圧力源が定在していることが推定されるなど,マグマの貫入や火山流体に関するモデルが提案された。また,これらの地下でのマグマ活動に伴って地温上昇,噴気活動の活発化,ガス成分の変化や笹枯れなどの植生の変化など地表面における異常現象の進行が時系列的に詳細に観測された。今回のマグマ活動は噴火発生には至らなかったが,深部から浅部へのマグマ移動とそれに随伴する表面現象が発生開始から時系列的に克明に観測されるなど,静穏期の長い火山における非噴火的なマグマ活動を理解する上で大きな進展があった。 構造探査 活動がやや沈静化した2000年10月には,自治体のヘリコプター等の支援を受けて,山頂域から山麓にかけて360点の観測点を配置し,9か所の人工震源を用いた我が国で最大規模の稠密火山体構造探査が実施され,深さ3kmまでの3次元P波速度構造の詳細が把握された。その結果,鬼ヶ城カルデラ直下には局所的に高速度域が浅部まで上昇していることが分かり,過去の山体形成に関係したと思われるマグマの貫入過程が明らかにされた。1998年の一連の地震活動は,カルデラ浅部に貫入した高速域の西端及び下端に集中的に発生していることから,過去に活動したマグマ供給系内での新たなマグマの移送が今回の地震発生に関与している可能性が強く示唆されるなど,マグマ貫入過程を理解する上で3次元構造の情報の重要性が改めて認識された。また,3次元速度構造の情報を震源決定に反映させることによって,震源の決定精度,特に震源の深さ精度が向上し,活動の推移の理解が深まった。
今後の展望 今回の活動は噴火には至らなかったが,その直前の臨界状態に近い状況まで達していたことが多項目・高感度のリアルタイム観測の結果判明した。モホ面近傍の深部から浅部へのマグマの動態の詳細が3次元構造とともに理解できることを示した岩手山での成果は,静穏期の長い活火山での噴火予知観測の在り方に一つの指針を与えたものとして評価される。また,微小な前兆現象を十分なリードタイムを持って的確に把握できた結果,常時観測対象火山以外の火山でも機動班による臨時観測を展開し,それに基づいて火山情報がタイムリーに発信できることが示されるなど,火山防災対応面での新たな前進があった。また,精度の高い噴火予知観測成果は,現地の自治体のハザードマップや火山防災ガイドライン等の早期策定を促すことで社会的に一定の貢献をもたらした。 岩手山や同様な深部低周波地震の活発化した富士山など静穏期の長い活火山での監視観測の整備は第6次計画の目標にもかかわらず遅々としている。我が国を代表する二つの成層火山は,一度噴火が発生すれば過去の事例からして,社会的被害は甚大なものが予想され,このような火山での監視観測体制の構築の重要性が改めて認識された。今回の活動とそれへの取組の成果は,静穏期が長く,常時観測対象火山になっていない活火山での監視観測の在り方を再考する機会を与えるものとなった。 |
噴火準備過程の把握 三宅島火山は1469年以来数十年毎に山腹割れ目噴火を繰り返し,近年の噴火間隔は約20年であった。前回の昭和58年(1983年)噴火は予知計画開始後最初の噴火であったが,噴火後,大学,東京都,国土地理院により水準測量が繰り返され,噴火に伴って沈降した南西部がその後隆起を続けていることがとらえられた。また,三宅島火山と同様に数十年間隔で玄武岩質マグマ噴火を繰り返している伊豆大島火山においても,昭和61年(1986年)噴火前後の観測研究により,静穏期においてもマグマの蓄積を示す山体膨張が進行していることが見いだされた。これらの知見を踏まえ,三宅島火山の次期噴火の準備過程を解明するために,地震,地殻変動,重力,電磁気等の観測及び地質調査が実施されてきた。平成2年(1990年)の集中総合観測ではGPS観測が初めて実施され,平成7年(1995年)集中総合観測における再測定により南山腹を中心とする顕著な山体膨張がとらえられた。この結果は,水準測量によって見いだされていた三宅島南部の相対的な隆起とも調和し,三宅島火山のマグマの蓄積過程を初めて明瞭にとらえたものである。その後も,GPS,電磁気,重力,火山ガスなどの臨時観測が実施され,全磁力観測により山体浅部における噴火前の温度上昇が検知された。また,マグマの貫入等による重力変化を精密にとらえるために,重力絶対測定が平成8年(1996年)に初めて実施され,平成12年(2000年)噴火活動開始後の重力変化を求める基準となった。 さらに,地震,傾斜,GPSなどの連続観測網も整備され,平成12年(2000年)6月に開始した活動を把握するために重要な役割を果たした。 また,火山噴火予知連絡会の長期予測ワーキンググループでは,三宅島を有珠山とともに近い将来噴火発生の可能性の高い火山として取り上げ,来るべき噴火に向けての観測体制の強化と火山情報の在り方について検討した。これを受け,第6次計画では,気象庁が監視観測の重点的強化を行うこととされ,気象庁は,東京都及び防災科学技術研究所の設置した地震計のデータの分岐を受けるとともに,平成11年度に臨時観測点を設置するなどの観測強化を行った。 平成12年(2000年)噴火活動への対応 三宅島2000年活動は,6月26日の三宅島南山腹の群発地震で開始した。同時に島内で傾斜変動の異常が観測され,マグマの上昇が示唆された。臨時火山情報,緊急火山情報がたて続けに出され,住民の避難が行われた。これは,昭和58年(1983年)噴火では群発地震の開始から割れ目噴火開始まで約2時間しかなかったことから,南山腹での割れ目噴火が切迫していると判断されたためである。その後,震源が三宅島西方へ移動し,西方へのダイク貫入を示す地殻変動も観測され,27日午前には三宅島の西側海域で小規模な海底噴火が発生し,島内の地震もほとんどなくなったことから,火山噴火予知連絡会(伊豆部会)は島内で溶岩が噴出する可能性はなくなったという見解を公表した。その後もGPS等による地殻変動観測は火山体の収縮変動をとらえ続けていたが,7月3日ごろから山頂直下の地震が発生し始め,8日には山頂部が大きく陥没して少量の火山灰を噴出した。その後の展開は予想を超えるもので,山頂部の陥没は8月末まで進行し,最終的に直径1.6kmのカルデラが形成された。この間,水蒸気爆発・マグマ水蒸気爆発が繰り返し発生した。8月18日に最大規模のマグマ水蒸気爆発が発生したが,その実体を迅速に把握することが不十分であった。8月29日には低温の火砕流も発生したことから,火山噴火予知連絡会(伊豆部会)は,今後もより強い火砕流を伴う噴火が発生する可能性があるとの見解を公表した。これを受けて,9月初めには全住民の島外避難が実施された。8月下旬になると二酸化硫黄ガスの放出が目立つようになり,9月中旬以降急増し,最盛期の10月~12月には日量4万トンを超えた。平成13年(2001年)11月現在も日量1~2万トンの放出が継続している。この間,以下に列挙するように,火山活動を把握するための総合的な観測調査が続けられた。 活動当初の三宅島から西方へのダイクの貫入は,地震,GPS・傾斜,重力,等の総合的な観測によって検知され,27日に発生した西方沿岸の海底噴火地域において,サイドスキャンソナーおよび潜水艇を用いた調査が行われ,海底火口列が確認され,新鮮な噴出物が採取された。7月8日の山頂陥没に至る過程に関しては,地震,電磁気,重力観測により,地下での前駆的な陥没の進行がとらえられた。7~8月の陥没カルデラ形成に関しては,ヘリコプターからの観察,航空写真測量,航空機搭載合成開口レーダ(SAR)観測などにより,火口の形状変化がとらえられた。また,陥没に伴うステップ状の傾斜変化,長周期(50秒)振動,自然電位の変動等の特異な現象が世界で初めて観測された。さらに,重力絶対・相対ハイブリッド測定の繰り返し及び連続重力絶対測定が初めて本格的に実施され,カルデラ形成・爆発期における火道内での密度の減少(空隙の増大),脱ガス期におけるマグマの上昇・下降や地下水の移動等を示唆する重力変化をとらえることができた。
これらのデータから,陥没のメカニズム及び陥没に伴って発生している火山流体の移動に関する貴重な情報が得られた。 この間繰り返し発生した水蒸気~マグマ水蒸気爆発については,噴出物の地質岩石学的調査分析が迅速に行われ,噴出量は陥没量の数十分の一に過ぎないこと,初期の噴出物には変質鉱物が多く含まれ地下の熱水系の関与を示唆すること,後期の噴出物には本質マグマ物質も含まれることなどが分かった。また,低温の火砕流に類似な現象を引き起こした8月29日の噴火から9月上旬にかけて,噴出物に付着する火山ガス成分の量と組成変化及びSO2ガス放出量の増大に系統的な変化が見られ,地下水の関与が減少したことが明らかになった。 9月以降の火山ガスの大量放出については,我が国では,ヘリコプターを用いて,初めて本格的な高頻度でのCOSPECによるSO2ガス放出量測定が実施された。また,ガラス包有物分析により求められたマグマ中のガス成分濃度とSO2ガス放出量などから,脱ガスしたマグマの量が見積もられた。さらに,山体の収縮と脱ガス量の比較によって,大量脱ガスに伴うマグマの収縮が山体の収縮を引き起こしている可能性が指摘された。これらの観測・解析結果に基づいて,火道内マグマ対流によるマグマ溜まりの大規模な脱ガス等のモデルが提案され,火山活動の短期及び長期予測のための基礎データが提供された。さらに,絶対・相対ハイブリッド重力測定,全磁力,比抵抗探査によって,火道内のマグマの上昇・下降や火道周囲の熱水の状態変化を検知することに成功し,三宅島火山の活動状況の評価に資することができた。 今回の活動で特筆されることは,三宅島の火山活動に伴うマグマの移動と西方海域での群発地震活動との関連について詳細な情報が得られたことである。三宅島島内及び周辺諸島での地震,傾斜,GPS,重力観測によって,活動当初に三宅島のマグマが北西方向にダイク状に移動したこと,また,三宅島と神津島の間の海域における開口変位を伴う群発地震活動が三宅島山頂の陥没カルデラ形成と密接な関連を持つことが明らかになった。また,海底地震観測グループ(東大地震研究所,海洋科学技術センター,海上保安庁水路部)によって,三宅島—神津島海域における群発地震の震源精密決定と地下構造を解明するための海底地震計を用いた共同調査が行われ,ダイクの貫入を示唆する板状の震源分布が得られた。また,反射探査からは,三宅島西方には北西−南東方向の活動的な正断層群が分布することが明らかになった。今回の伊豆諸島北部におけるマグマ・地殻活動は大規模なものであり,その影響による地殻変動は東海地方,伊豆半島,房総半島等でも観測された。このように,火山活動を広域テクトニクスとの関連で理解することが重要である。 今後の課題と展望 三宅島平成12年(2000年)噴火活動の予測については,噴火の10年以上前からのマグマの蓄積に伴う山体膨張や数年前からの山体浅部の温度上昇に伴う地磁気変化をとらえ,噴火の準備過程を把握するという点ではある程度達成できたといえる。しかし,マグマの三宅島外への流出,陥没カルデラの形成及び大規模なマグマ水蒸気爆発の発生等,噴火の様式と推移については十分な予測が行えなかった。これは,現状の噴火予測が歴史時代に発生した事例を参考にするにとどまっていることと,噴火前に三宅島地下の巨大なマグマ溜りの存在について情報が得られていなかったことが原因である。このため,想定外の活動に対して,現象を多面的に検討することが不十分となった。また,マグマ溜りの位置や大きさなどについて詳細な情報が得られていないことは,大量脱ガスの推移を予測する上でもネックとなっている。しかし,調査が著しく制限されている中にあって,数千年に一度の活動の細部を議論できる多くのデータを取得し,マグマの移動や噴火のメカニズムに関して観測面と物質面から総合モデルが提案され,活動の沈静化への道筋を明らかにするための努力が続けられている。 一方,9月の全島民離島以後,電力供給と電話回線の運用が中止され,観測データの取得が中断した。その後,衛星テレメータ,衛星電話及び太陽電池の利用により,主要なデータを取得することはできるようになったが,総合的な観測や地形・堆積状況・噴火様式変化の観察を十分に行うことができなかった。大規模な火山活動が発生した際の規制区域内における緊急観測体制の在り方が今後の検討課題として残った。また,活動が活発な7~8月には,航空機による空からの山頂火口域の観測が十分に行われなかった。今後,観測の必要性や研究者からの要請を踏まえて,緊急時に航空機を確実に確保するための方策が不可欠である。
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火山活動の推移と観測研究の経緯 1955年に始まった桜島南岳の山頂噴火活動は,1972年10月の爆発を端緒として約20年間激しい山頂噴火活動が繰り返されたが,1993年以降,降灰量が急速に減少し,火口底が深くなって火山弾の飛散範囲が縮小するなど噴火活動が低下した。1974年の火山噴火予知計画発足直後から気象庁,大学による重点的な観測研究が実施され,火山性地震の分類と発生頻度による噴火活動の短期予測や地殻変動連続観測による山頂噴火直前予知システムの開発など噴火予知の実用化に向けての研究に大きな進展が見られた。また,9回の集中総合観測や多項目の観測研究により,マグマ供給系や爆発機構に関する理解が進んだ。1996~1997年の集中総合観測により,1993年以降の活動低下の実態が総合的に調査され,1970年ごろから始まった姶良カルデラ地下から桜島へのマグマ上昇・貫入は1993年以降急激に減速し,次の活動期に向けてのカルデラ地下でのマグマ蓄積過程に入ったことが確認された。 観測研究の実施状況 気象庁は,「精密観測火山」の一つとして,地震,熱,空振等の観測に加えてGPS観測を開始するなど観測の多項目化を図った。また,火山情報の定量化に向けて,火山活動のレベル化の部内試行を開始した。国土地理院はGPS観測を継続している。大学は,広帯域地震計の導入及びデータ伝送・収録系のデジタル化により地震観測の広帯域・高精度化を実現した。また,噴火直前予知のための傾斜・歪みデータの気象庁等への提供を引き続き行っている。 次の活動期に向けて,マグマの蓄積・移動過程を連続的な地殻変動によってとらえるためのGPS連続観測,及びマグマ貫入に伴なう微小な密度変化を検出するための絶対重力の繰り返し測定が開始された。その結果,長期的には一定と考えられた姶良カルデラへのマグマ上昇率は,短期的には変動していることが判明した。また,重力に及ぼす海洋潮汐の影響除去方法が確立され,微小な重力変化を検知できる可能性が高まった。 噴火機構に関する研究では,広帯域地震計データの解析から,爆発地震の主要動はレイリー波であり,その振幅は空振の強度に比例するなど,ブルカノ式噴火の発生機構解明に進展が見られた。また,低周波マイクロホンによる空振波の多点観測により,火山性地震や微動に伴なう空振の特性が明らかにされ,空振観測が噴火活動の検知,噴火様式の識別等に有効であることが確かめられた。火山活動に関する基礎研究として,桜島の地下水や熱水系に関する地球化学的及び地球電磁気学的調査が実施され,南岳を中心とした熱水上昇域の存在や,場所及び深度による地下水・温泉水の起源の相違などが明らかにされた。 今後の課題 熱水系,爆発機構などに関する基礎研究,また,空振観測,重力測定など火山観測手法に関して成果が出つつある。次の活動期に向けて,地震観測,GPSによる地殻変動観測に加え,重力変化や熱水系の変動などについて総合的な観測研究を実施することにより,マグマ貫入過程の物理モデル構築に向けた研究の進展が期待される。一方,長期の噴火活動により山頂火口の拡大など顕著な地形変化が生じ,重力測定からは浅部マグマ供給系の状態変化を示唆する密度・質量の増加が観測されていることから,これまでの山頂噴火活動とは様式の異なる活動へ移行する可能性もある。噴火様式の変化も視野に入れて,噴火予知の高度化を目指した観測研究の強化を図ることが必要である。 噴火活動は全体として低下しているが,噴石等による被害を伴なう爆発が間欠的に発生している。桜島における火山情報の定量化の経験と実績が,他の火山での参考になると期待される。関係自治体等との密接な協議を重ねながら,早急に火山情報のレベル化の実施を図る必要がある。
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その他の主な火山活動と実施状況 北海道駒ヶ岳では,54年ぶりの平成8年(1996年)噴火に続き,平成10年(1998年),平成12年(2000年)に小規模な水蒸気爆発が発生した。この間,現地調査がなされ,遠望カメラによる目視観測,地震観測,空振観測及び地殻変動観測が強化された。平成10年(1998年)の噴火直後に実施した空中赤外装置による観測によって高温域の範囲と温度分布が把握された。また,空中磁気測量等も実施され,周辺の海底地形図等が刊行された。平成9年(1997年)には,集中総合観測が実施された。 秋田焼山北東約4kmの澄川温泉において,平成9年(1997年)5月,斜面崩壊による土石流と水蒸気爆発が発生し,土石流により温泉街の大部分が土砂にのみ込まれ全壊する災害が発生した。気象庁は,機動観測(基礎調査観測)を秋田焼山で予定していたが,火山活動把握のため時期を早めて7月から地震観測を開始した。それにより,8月に発生した山頂付近の空沼における水蒸気爆発に伴う火山性微動や噴火後の活発な地震活動をとらえた。水蒸気爆発に伴い,地震計や空振計を増強し,観測を平成10年5月まで継続した。 箱根山では,平成13年(2001年)6月から群発地震が発生し始め,神奈川県の傾斜計や国土地理院のGPS, 気象庁の体積歪計で山体の膨張を示す地殻変動が検出された。火山噴火予知連絡会においてその地殻変動モデルが検討され,国土地理院によりGPS観測点が強化された。 硫黄島では,平成11年(1999年),平成13年(2001年)に小規模な水蒸気爆発が発生した。防災科学技術研究所が従来強化・継続してきた地震観測や海上保安庁・気象庁による上空からの観察により,噴火前後の地震活動,噴火の推移がとらえられ,噴火に先駆する地震活動の活発化や噴火後の地震活動の移動が明らかとなった。 活発な火山活動が続く薩南諸島(薩摩硫黄島,口永良部島,諏訪之瀬島)では,従来の大学による研究観測に加え,気象庁も火山機動観測により地震計や空振計を設置し監視観測を開始し,火山情報の発表を行っている。 今後の課題と展望 以上のように,常時観測対象火山以外の火山についても,一部の火山については,気象庁による火山機動観測が継続して行われ,関係機関の協力を得ながら,火山監視・情報発表等が行われている。しかしながら,観測点の設置されていない活火山もまだ多く,監視対象火山を今後も増やしていく必要がある。岩手山における経験を踏まえ,静穏期の長い火山についても観測体制を整えておく必要がある。 |
第6次計画の年次中にも「活動的で特に重点的に観測研究を行うべき火山」としてきた13火山のうち複数の火山で噴火が発生した。特に,火山噴火予知計画の発足以降2回目の噴火となった有珠山噴火(平成12年),三宅島噴火(平成12年~)では本計画の成果が試されることになった。有珠山噴火では噴火前兆現象の推移を着実にとらえ,更に適切な情報発信が行われた結果,噴火前の住民避難につながった。また,三宅島噴火でも,噴火前兆をとらえるとともに,当初のマグマの移動については確実に把握することができた。これらの成果は計画発足以来,観測網の整備や予知手法の開発等を推進してきたことによるものである。 しかし,噴火開始後の噴火活動の推移予測については依然として解決すべき問題が残されていることも明らかになった。有珠山においては,終息に向かうトレンドの把握とそれに基づく終息予測やマグマ活動の終息判断が可能となったが,噴火初期においては,その後の活動推移を絞り込むことは困難であった。また,三宅島火山において当初はほぼ完全にマグマの動きを把握することができたが,山頂陥没にはじまる,少なくとも数千年間は発生したことがない新たな様式の活動に移行してからは推移の予測が困難となった。 このように,現在では適切な観測体制を整え,信頼性のある観測データの蓄積を行えば,前兆現象をとらえ,噴火の発生時期をある程度予測できる例が増えている。噴火が終息に向かうトレンドの予測,マグマ活動の終息判断が可能となった事例もある。しかし,噴火開始前に噴火様式や活動推移を予測することや,噴火当初から活動終息時期を予測することは困難であり,噴火開始後に活動様式が大きく変化する場合の推移予測などについても容易ではない。このような現状を踏まえると,火山噴火予知高度化のために基礎的研究の一層の推進が必要である。 第6次計画では計画を実施するために,第5次までの25年間の火山噴火予知計画全体に関するレビューと外部評価を受けて,新たに三つの柱が設けられた。 3本の柱のうち,「火山観測研究の強化」については,年次計画による観測網の整備と実験観測の推進により,噴火の前駆現象の検知及びそれらに基づく噴火予知に関しては着実な成果があがってきた。その一例が先に述べた有珠山(平成12年)噴火である。しかし,いまだに監視観測が不十分な活火山もある。火山噴火予知連絡会で検討されている活火山の見直し,ランク分けの検討結果を踏まえ,火山活動度,防災上の重要性に応じて,全国の活火山で順次監視体制の整備を行う必要がある。 この間,経験した火山噴火の観測研究において,地震計,傾斜計,歪計などを火山体内の観測井に設置することにより高品位のデータが得られ,火山活動の理解や前兆現象の把握に有効であることが示された。このような高品位の観測データは,火山学の基礎研究にとって重要であるだけでなく,活動的な火山の監視や長期間にわたって休止状態にある火山が活動を再開しようとする際の前兆の把握にも有効である。今後,監視体制の強化に当たっては,こうした点を考慮に入れ検討していく必要がある。 また,三宅島噴火では,全島避難が行われて観測機器への電力供給も断絶し,一時観測が中断する事態も生じた。この経験は,活動の推移把握を目指して観測を行うためには,長時間の悪条件下でも動作が保証される計測システムやデータ伝送システムの開発・整備の必要があることを示している。 「火山噴火予知高度化のための基礎研究の推進」では,火山体の動的構造を把握することの重要性が指摘されているが,財政的なサポートが不十分なため,岩手山で小規模な実験観測が繰り返されたにとどまっている。今後,長期にわたる繰り返し実験観測を円滑に行える方策の導入が不可欠である。これまで実施された火山構造探査実験は,浅部3次元構造などマグマ供給系のイメージングに大きな前進をもたらし,それによる火山の浅部構造の情報は震源決定精度の向上に大きく寄与しているので,今後とも対象火山を増やしていく必要がある。しかし,現状の手法では探査深度が3km以浅に制限されており,深さ5~10km付近にその存在が予想されているマグマ溜りの探査に移行するには,人工地震の規模を含め探査実験に関した抜本的な改善策が不可欠である。 広帯域地震観測や地殻変動観測を活用して,多くの火山において火山性地震や微動の発震機構が解明され,火山流体の運動と関連させて議論できるようになったことは高く評価できる。しかし,現状ではいずれも力学的取り扱いにとどまっており,今後は脱ガス過程など物質的な変化も考慮した総合的な理解へと向かう必要がある。 マグマからの脱ガス機構に関する物質科学的研究には一定の進展が見られ,モデル化の作業も行われたが,これらのモデルを定量的な理解にまで高めるための基礎となる,マグマ中への揮発性成分の溶解度の圧力依存性,組成依存性などについての研究は必ずしも十分ではない。 噴火ポテンシャル研究のテストフィールドとした富士山では,深部低周波地震活動が活発化し,応急対応的観測網は整備されたが,低周波地震のメカニズム解明や深部でのマグマ活動をとらえて適切な活動評価に活かせるよう,更に高品質なデータを広域的に取得できる観測体制の構築と噴火ポテンシャル評価のための基礎研究が必要である。 平成12年の三宅島における山頂カルデラ陥没やそれに引き続く多量の火山ガスの継続的放出は,我が国の観測研究史上初めて経験した活動様式であり,噴火予知の高度化を図るには,国外の火山活動との比較研究も重要であることを改めて示している。 「火山噴火予知体制の整備」では,研究と観測の継続と進展のため大学における関連研究施設の整備が進められたこと,気象庁においても火山監視・情報センターの整備など組織整備が一段と進展したことは評価できる。また,気象庁は火山情報の質的向上を図るため桜島火山などの火山活動のレベル化を部内試行しているが,早急に本格的試行に移行するとともに,今後対象火山の数を増やすための検討を行う必要がある。そのためにも,気象庁における火山活動の的確な評価と適切な情報の公表・解説の機能を一層高める必要があり,研修や研究機関との交流を進めることが重要である。併せて,火山噴火予知連絡会の運営の効率化,事務局機能の強化を引き続き目指す必要がある。 火山防災の観点からすると,有珠山噴火,三宅島噴火は観測研究と防災機関による監視,行政による防災対応の連携強化が一段と進んだ噴火であるという見方もできるが,この中で噴火時の火山観測研究の在り方に関して重要な問題も提起された。火山活動の危険性を考慮する余り,必要な区域での調査観測が十分行えなかった面があった。噴火時の観測データの取得は,現状の把握と推移予測に不可欠であるだけでなく,火山学を急速に進展させることにもなり,ひいては次の噴火の予測精度を高めることにもなる。このため,前に述べたような火山活動時の悪条件を想定した観測システムの開発を行うとともに,規制区域内での調査と安全確保の在り方等について火山噴火予知連絡会などで早急に検討を進める必要がある。 ところで,有珠山や三宅島の噴火及び岩手山の活動では,火山噴火予知と火山減災の在り方に関して幾つかの課題や教訓を残した。噴火の前兆期間が短かった有珠山や三宅島の教訓として,緊急時における的確な活動予測を行うには,常時監視観測に加えて,より迅速で機能的な移動・機動観測を可能とする機材の整備や緊急観測体制の在り方を検討する必要がある。一方,岩手山のように,静穏期の長い火山であっても,精密な観測を実施すれば微小な前兆現象を的確に把握でき,本格的活動に対して時間的余裕をもって機動班等による臨時観測が展開され,それに基づいて火山情報をタイムリーに発信できることが示された。 また,有珠山や岩手山の教訓として,火山活動の静穏時から研究や観測にかかわる火山研究者と地域社会との間の密接なコミュニケーションの重要性が指摘できる。有珠山では,研究者との交流やハザードマップにより地域の行政や住民の火山に対する理解が進み,噴火の前兆発現時にすばやく事態を理解し適切な行動がとれたことが挙げられる。岩手山では,調査観測研究成果が自治体のハザードマップ作成や火山防災ガイドライン等の早期策定を促した。今後も,噴火予知に関する啓発活動等を現地自治体と協力して推進するなどして,各地域との密接なコミュニケーションを育てることが重要である。 第6次火山噴火予知計画の中で,気象庁の火山監視・情報センターの設置や一部火山における火山情報の定量化の部内試行など,火山活動に関する情報の発信能力の向上等が進められている。しかしながら,本計画の期間中に発生した噴火でも分かるように,火山活動の形態は火山によって異なり,同じ火山でも活動様式が変化することから,今後とも,火山噴火予知実用化に向けて,火山噴火予知研究の推進が必要である。とりわけ,火山活動の静穏期においても現地に根ざした観測研究を長期間継続することが重要であり,かつ多機関・多分野の研究者が共同して観測に当たる必要があることが改めて認識された。 現在,大学の法人化が検討され,法人化後において研究施設の在り方については各大学法人にゆだねられることが予想される。法人化後も火山噴火予知計画で整備され,現地に根ざした観測を担ってきた各大学の観測研究施設等の存続は重要である。また,火山噴火予知のための共同研究プロジェクトの効率的推進と,総合的観測研究の継続,人材育成のための教育等を全国的なネットワークの下で円滑に推進していく上で,大学の全国共同利用研究所の機能を拡充・強化する必要がある。 |