1(3)地震・火山現象に関するデータベースの構築

「地震・火山現象に関するデータベースの構築」計画推進部会長 大見士朗
(京都大学防災研究所)

平成21年度から始まった「地震予知・火山噴火予知計画」では、地震現象や火山現象に関する予測のために必要な基礎データベースを構築するとともに、それらに関する情報の統合化を図り、「地震・火山現象に関する統合データベース」として体系化することを目指している。

ア.地震・火山現象の基礎データベース

(地殻変動観測に関する基礎データベース)

 ひずみ計や傾斜計などは、数週間以内の周期帯においてはGPSよりも高感度なセンサーであり、地震発生に至るプレスリップやゆっくり滑りの検出において大きな役割を果たすことが期待される。また、その特性は、広帯域地震計でも計測が困難な津波地震や連動型地震も観測できるという長所がある。このような特徴を持つデータであるにもかかわらず、地震計データに比べると、ひずみ計・傾斜計データの流通・一元化は格段に遅れており、これを実現することが喫緊の課題であった。北海道大学を中心とするグループは、これに取り組み、平成21年度に接続・流通を開始した、九州大学・名古屋大学・東北大学・北海道大学・地震予知総合研究振興会東濃地震科学研究所、国立天文台水沢VERA観測所、東京大学地震研究所の7機関に加え、今年度新たに、京都大学防災研究所、鹿児島大学、北海道立総合研究機構地質研究所の3機関のデータの流通を開始した。その結果、現在、合計74観測点、506チャンネルのデータを試験流通させるに至っている。流通しているデータは、ひずみ・傾斜のほか、重力計・水位計・気圧計など多項目にわたっている。また、平成23年1月26日から始まった霧島山新燃岳の噴火に際して、機動的地殻変動観測システムの運用実験も行い、現地に設置した臨時の地殻変動観測システムのデータを含め、リアルタイムで伝送し、各機関で参照可能とすることにより、火山活動のモニタリングに非常に有効であることが確かめられた(北海道大学[課題番号:1001])。

 また、国土地理院においては、前計画に引き続き、GPS観測データや潮位観測データの整備や更新が行われている(国土地理院[課題番号:6009])。

(地震観測に関する基礎データベース)

 防災科研では、高感度地震観測網、広帯域地震観測網、強震地震観測網による波形データを統合し、日本周辺で発生した地震に対する統合地震波形データベースの構築が行われている.統合地震波形データベースは、観測記録データベースのみならず、基礎解析データベースや日本列島構造モデルを利用した地震動計算によるシミュレーション記録データベース等の情報の統合化を指向した作業が行われている。今年度は、巨大遠地地震の波形記録を周波数領域においてアレイ解析することで表面波の位相速度を測定し、S波速度構造の改定を行う等の研究を進めた(防災科研[課題番号:3007]).また、気象庁においては、全国の地震カタログ作成(気象庁:[課題番号:7015])も着実に行われているほか、過去の地震のデータベースを改良するための作業も並行して行われており、今年度は1972年の地震を対象にデータの改訂が試みられた(気象庁[課題番号:7016])。

(火山に関する基礎データベース)

 気象庁では活火山データ整備(気象庁[課題番号:7016,7018])として、全国の活火山の過去の活動についての文献・資料等の再調査や、再編成された観測網等の取りまとめを行っている。その内容は火山の資料全般から、週間火山概況、火山活動解説資料等の多岐におよび、火山に関する統合データベースを目指したものである。とくに、今年度は、火山噴火予知連絡会火山観測体制等に関する検討会において、日本活火山総覧改訂の基礎資料となる「47火山の観測体制に関する検討結果のとりまとめ」が作成されたほか、42火山の47カ所で採取したボーリングコアを火山噴火予知連絡会コア解析グループにおいて解析した結果を取りまとめ、その報告書が刊行された。また、国土地理院では、火山基本図や火山土地条件図整備などが行われており、今年度は御嶽山の火山土地条件図の数値データの作成のほか、栗駒山の火山土地条件調査を実施するとともに、栗駒山の火山基本図の数値データの作成が行われた(国土地理院[課題番号:6010])。

(地球電磁気観測に関する基礎データベース)

 気象庁地磁気観測所では、数少ない地球電磁気観測関連のデータベースのひとつである、地磁気永年変化のデータベースの整備・構築を行っており、柿岡・女満別・鹿屋・父島の地磁気4成分連続観測データを統一的な形式に整理し、地磁気永年変化データベースに登録する作業が続けられている(気象庁[課題番号:7017])。

イ.地震・火山現象に関する情報の統合化

 構築したデータベースに基づく情報の統合化に関しても、模索が始まっている。

 防災科学技術研究所は、同機関が長年にわたって蓄積してきた基礎データベースから得られた研究成果をもとに、地震波速度・減衰・熱・温度・地質等の総合データベースの構築を試みている。今年度は、北海道・東北・関東における温度構造データの収集が行われた (防災科研[課題番号:3008])。

 産業技術総合研究所においても、これまでに活断層関係をはじめとする複数の基礎データベースが構築されてきたが、それらの中の、地殻応力場データベース、活断層データベース、活火山データベース、火山衛星画像データベースなどを統合して、地震や火山活動に関係する地質情報データベースとして統合する試みがなされている。 火山衛星画像データベースに関しては、本年度、仮サーバから本サーバへの移転が終了し、正式運用が開始された (産総研[課題番号:5004])。これに加え、将来噴火の可能性の高い活動的な火山を数火山選び、火山地質図の整備や、噴火シナリオの作成・高度化等の作業を行っている。今年度は、噴火履歴調査と火山地質図整備のため、諏訪瀬、九重、蔵王等の火山での野外調査が行われたほか、伊豆大島でのボーリング調査が行われた(産総研[課題番号:5005])。国土地理院では、前計画に引き続き、都市圏における活断層図の整備が行われており、今年度は富良野断層帯及び長井盆地西縁断層帯の2断層帯における活断層図整備が行われた (国土地理院[課題番号:6012])。

 名古屋大学は、「日本列島地殻活動総合相関評価システムの研究」を進め、地殻内部の構造や現象に関する情報を集積し、統一フォーマットでのデータベース化と可視化を試みている。平成22年度は、地殻の弾性的な厚さ分布、重力異常分布、地震発生層の上限・下限、GPSによって得られるひずみ速度分布、地震活動度分布、活断層分布、地温勾配、地磁気データ等を同様の仕様で可視化した。また、これらのデータを用いた地殻活動モニタリングのための最適ルールを見出すため、日本列島内陸地域を対象にして、データベース化した地殻変動指標(面積ひずみ速度・最大せん断ひずみ速度)と地震活動指標(地震エネルギー・地震数)との間に成り立つ時間空間関係を統計指標で表現して分類した。その結果、地殻変動指標が減少している時期にM6以上の内陸地震が発生しやすい等の結果が得られた(名古屋大学[課題番号:1703])。

 京都大学防災研究所では、「日本列島の地殻構造データベースのプロトタイプの構築」を進め、地殻活動シミュレーション、強震動予測シミュレーション、南海トラフや西南日本内陸等を初めとする各地を対象としたシミュレーション等に資するため、既往の研究成果の数値化を行い、日本列島地殻構造データベースとして集約することを試みている。今年度は、データの生産者であるデータベース部会担当者とその利用者であるシミュレーション部会担当者の合同のワークショップを行い、問題点の洗い出しをおこなった。その結果として、「日本列島下の地震波速度不連続面形状標準モデル」を作成していくことが提案され、これに基づき、西南日本の地殻構造の既往研究のうち、モホ面・コンラッド面の研究成果と、フィリピン海プレートの研究成果を組み合わせて数値化する試みがなされた (京都大学防災研究所[課題番号:1804])。

課題と展望

 地殻活動予測シミュレーションモデルの開発のためには、その基礎となるデータが必須であることは論を待たない。これまでの地震予知研究計画(地震予知のための新たな観測研究計画、以下、「前計画」という)においても、この立場から、種々の機関において基礎データの蓄積およびそのデータベース化に関連する研究が着実に推進されてきた。しかしながら、個別データベースの構築の実績が著しいことに比較すると、相互のデータベースを有機的に統合して活用するという作業の努力が若干欠落していたため、これらの情報を体系化して地殻活動予測シミュレーションモデルの構築に資するという最終目標に至ることが難しかった。これが前計画における反省点であったことから、平成21年度から始まった「地震予知・火山噴火予知計画」では、地震現象や火山現象に関する予測のために必要な基礎データベースを構築するとともに、それらに関する情報の統合化を図り、「地震・火山現象に関する統合データベース」として体系化することを目指すことになっている。

 本計画の最初の2年間の成果をみると、まず、前計画に引き続き、地震観測・地殻変動観測等の基礎データの蓄積とデータベース化が着実に行われていることは心強いことである。

 また、本計画により、初めて、大学関係のひずみ計・傾斜計データの流通と一元化が図られ、平成23年の新燃岳噴火等に際して、その有用性が確認されたことは意義が深い。ただし、Hi-net等の大学以外の微小地震基盤観測網の充実により、大学の微小地震観測網が縮小傾向にある状況で、地殻変動観測網の維持を各大学等がどのように位置づけるか等、今後の長期の安定運用に関しての解決すべき課題が残されているものと考える。

 さらに、本計画の柱ともいうべき、データの統合化に関しては、新しい概念でもあることから、各機関でこれの指向するところを模索している動きがみえる。それらの中から、基礎データから導かれた研究成果をデータベース化する試みや、機関横断型のポータルサイト構築等の試みが現れていることは意義のある成果である。

 しかしながら、本部会の最終的な目標である地殻活動予測シミュレーションモデルの構築に資するための体系化されたデータベースの構築に関しては、いまだに模索の状態が続いているように見える。ひとつの理由は、現在は、データベース課題担当者がイニシアティブをとる形で、シミュレーションに資するデータベースの構築を担当することになっているが、データベース課題担当者は、必ずしも、シミュレーション課題の現状に精通していないことが挙げられる。これに加え、データベース構築そのものは、研究の本質を担うものでなく、後方支援を担当するものであることから、昨今の短期間に成果を求められる研究者には馴染みにくいことも挙げられる。

 このような点に鑑み、次期計画での本項に関しては、以下のような検討を求めるものである。すなわち、シミュレーションに資するデータベースの構築は、むしろ、シミュレーション課題の一部として位置付けるべきと考える。シミュレーションを実行するには、データベース課題の有無にかかわらず、モデルとなる構造が必要であり、構造モデルは研究に必須の産物として生成されるはずである。シミュレーション課題の各担当者に、そのモデルをデータベースとしてフィードバックしていただけるようなシステムを採用することにより、効率的にシミュレーション研究用のデータベース構築に資することができるのではないかと推察するものである。

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研究開発局地震・防災研究課

(研究開発局地震・防災研究課)

-- 登録:平成24年05月 --