2(2)(2‐2)火山噴火準備過程

「火山噴火準備過程」計画推進部会長 井口正人
(京都大学防災研究所)

 火山噴火予知研究の目標は、噴火の時期、場所、規模、様式及び推移を予測することであるが、現時点では、活動的でこれまでに数多くの噴火履歴の研究成果があり、多項目観測や各種調査が実施されているいくつかの火山においてさえも、観測と経験則により異常の原因が推定できる段階にとどまっている。これを、火山噴火予知の最終目標である「現象を支配する物理法則が明らかにされており、観測結果を当てはめて、将来の予測ができる」段階にまで引き上げるためには、マグマ供給系を含む地下の構造や状態の時間変化を把握することにより、マグマ上昇・蓄積過程の理解と地質学的調査研究に基づく噴火履歴とマグマの発達過程を解明し、火山噴火現象をモデル化する必要がある。火山噴火準備過程研究では、「ア.マグマ上昇・蓄積過程」と「イ.噴火履歴とマグマの発達過程」の研究を2つの柱とし、両者をあわせて考察することにより、噴火規模、様式、推移を予測するための噴火事象系統樹の作成に利用できるモデルの構築に役立つ知見を得ることを目的としている。

ア.マグマ上昇・蓄積過程

 マグマ上昇過程やその蓄積過程については、いくつかの火山で研究が進められてきた。しかしながら、マグマ蓄積過程と噴火規模、様式、推移との関連については、火山噴火予知研究の極めて重要な課題であるにもかかわらず、未解明である。マグマ蓄積の状況が顕著であり、本格的な噴火活動が近づいていると思われる桜島火山で、総合的な観測研究を行った。また、他の火山についても、研究を推進した。
 2006 年6 月に昭和火口における噴火活動が再開した桜島火山では、2009年には580回の爆発が発生し、320万トンの火山灰が放出されるなど活発化の傾向にある。マグマ蓄積の物理過程を明らかにすることを目的として、地殻変動、地震、電磁気、火山ガスなどの多項目観測とマグマ供給系を含む火山体の構造や状態及びそれらの時間的変化を把握するための探査を実施した(京都大学[課題番号:1809])。昭和火口からの火山灰放出量と傾斜計の変動量から見積もられる桜島山頂下へのマグマの供給量は、7月に20万m3/月、10 月に30万m3/月と段階的に増加した(図1)。特に、2009年10月からのマグマ供給量の増加は顕著であり、地盤の隆起と膨張が複数の傾斜計、伸縮計で捕捉された。この時期以降に放出された噴出物には新鮮な安山岩片が含まれるようになり、深部から供給された新たなマグマ物質の放出が始まったものと考えられる(北海道大学[課題番号:1004])。これと同時に、昭和火口から噴出した火山灰に付着している水溶性成分である塩素の量がSO4に比べ相対的に増加した(図2)。塩素が地下水に吸着されやすいことを考慮すると、高温の火山ガスが昭和火口直下に供給されたことにより、地下水が周辺部に後退したことを示唆していると思われる。2009年7月及び10 月のマグマ供給量の増加に先行し、火口近傍の地下水の二酸化炭素や水素ガスの濃度が増加した。これは山頂下へのマグマの供給量の増加に先行して、火山ガスが上昇してきたと解釈できる。また、火山ガスの移動を反映したと考えられる地下の見かけ比抵抗変化が検出された。更に、時期は異なるが、噴火活動の活発化に伴って重力値の減少が検出されており、火道内におけるマグマ頭位の上昇したことによると考えられる。
 桜島火山のような高頻度に噴火する火山に比べて噴火発生頻度の低い火山である岩手火山について、東北大学[課題番号:1209]は、1996 年~2009 年のGPS 連続観測データの基線再解析を実施した。この地域の地殻変動は、プレートの沈み込みに伴う広域的な変動と火山活動によるものとが同時に観測され、それらを区別することが重要である。1998 年のマグマ貫入現象に伴う変動が終息した2001年以降の長期トレンドと1997年以前の変動傾向が異なっていることから、1998年活動に先行する変動が、確実に存在したことが示唆された。
 また、地下の熱水系が関与する水蒸気爆発の噴火準備過程は、桜島火山のようなマグマ性噴火とは異なる噴火準備過程の様式を示す可能性がある。東京工業大学[課題番号:1602]は、熱活動が定常的に継続している草津白根火山山頂北側斜面では放熱量が10 年前に比べて数倍に達していることを見出した。更に、この温度異常領域は帯状に分布し、火山体直下の低比抵抗体との分布に対応関係があることを明らかした。湯釜火口内の高温噴気と火山ガス組成からも、地下の熱水系から火山ガスによる熱の供給が、最近増加傾向にあることを示唆している。
 これら3火山における研究成果からマグマ上昇・蓄積過程における共通性が指摘できる。1つは、マグマ上昇過程の初期段階においては熱水活動の異常が卓越することである。例えば、桜島火山の2006年6月の昭和火口噴火再開直前は火口周辺の地温が上昇していたことが確認されている。更に、火山灰付着成分の水溶性成分のCl/Sモル比の増加は山頂下へのマグマ供給量の増加に伴い、既存の噴出物や帯水層の排除が進行したと解釈できる。
 もう1つは、噴火発生頻度にかかわらず噴火発生前には中・長期的にマグマの蓄積が進行しているということである。気象庁[課題番号:7019]によってとりまとめられた近年国内の火山で観測された火山地殻変動と同時に発生する地震活動との関係には両者の相関関係がみられる(図3)。これは、マグマ蓄積に伴い山体膨張すると同時に、マグマの貫入により歪が蓄積されて地震が発生することを示している。しかしながら、岩手火山の1998年の活動に伴う地震活動と地盤変動に比べると、桜島火山の地震活動は地盤変動の大きさに比べてはるかに低い。桜島昭和火口ではすでに噴火は始まっており、開放型マグマ供給路に沿って徐々にマグマ供給量が増加しているため、歪が蓄積しにくい状態にあるのであろう。このように、噴火前にマグマ蓄積が見られることは共通であるが、マグマ供給路が閉鎖しているか開放されているかにより、地震活動の時間変化は大きく異なることが示唆される。

イ.噴火履歴とマグマの発達過程

 噴火履歴とマグマの発達過程研究は、伊豆大島、桜島、有珠山などを対象に集中的な地質調査、浅部のボーリング・トレンチ調査、噴出物の化学分析及び年代測定を実施して、噴出量階段図を作成し、噴火の規則性を理解するとともに、噴出物の分析からマグマ混合や分化過程などを明らかにし、長期的な火山噴火予知に資することを目的として実施されている。
 活動的な火山のうち桜島火山、伊豆大島火山について、北海道大学[課題番号:1004]は地質学・物質科学的検討を行った。桜島火山については、15 世紀から新しいマグマ系の噴火が始まったこと、1914 年の噴火からは新たに玄武岩質マグマがマグマ系に加わったことが明らかになった。また、764 年と1471 年噴火の間の西暦1000年頃に新たに溶岩流出があったことが明らかになった。伊豆大島火山については、江戸時代の噴火履歴を取りまとめるとともに、 歴史時代の代表的噴出物について岩石学的記載・XRFを用いた全岩主成分元素濃度測定、EPMAを用いた鉱物組成の測定を行い、各時代の噴出物の岩石学的特徴をおおまかに理解した。
 やや活動的な火山では、蔵王火山、十勝岳、阿寒および屈斜路火山について噴火履歴の精密化と物質科学的検討が行われた北海道大学[課題番号:1004]。 雌阿寒岳については、過去13000 年間の総合柱状図及び積算噴出量の時間変化図を作成された。13000 年前の中マチネシリ火砕噴火期では、発泡度が高まっていき、プリニー式噴火と火砕流噴火の同時発生が推定されるなど特徴的な推移がわかった(北海道教育大学[課題番号:2904])。また、岩木火山においては約5 万年以降に繰り返された溶岩ドーム群の形成の歴史が明らかとなった(山形大学[課題番号:2905])。

課題と展望

 諸観測の結果から桜島火山の中央火口丘下へのマグマの供給量が段階的に増加してきていることは明らかである。そこで最も解明すべき問題は、マグマの蓄積が進行している姶良カルデラから中央火口丘下へのマグマの供給経路の位置と経路上のマグマ移動量の時間変化である。このため、第7次火山噴火予知計画の最終年度に実施した人工地震探査から最も有力なマグマ供給路として推定されている桜島北東部において、反射法探査を反復して行い、マグマ供給量増加に伴う桜島北東部地下の構造の時間変化の検出を試みたところ、観測された波形にある程度の相違は見出すことができた。しかし、2回の調査結果の相違が、マグマ供給量の変化に起因するものか否かについては、更に精査する必要がある。このため、22年度以降も人工地震探査を繰り返して、明らかにする必要がある。マグマ供給路があると考えられる桜島北東部における地盤変動や重力変化に注目していく必要がある。
 姶良カルデラの地下10kmに推定されているマグマ溜まりでは依然として蓄積が進行しているが、ここでの蓄積速度も一様ではない。昭和火口の噴火開始以降はむしろ低下傾向にあったが、2010年に入り、加速しているようにみえる。姶良カルデラへのマグマの供給に直接関連する事象はさらに深部の構造により支配されているであろう。東北大学[課題番号:1209]は火山体深部での流体の動きに着目し、西南日本の火山について高精度トモグラフィー解析を実施し、三瓶火山と大山火山下に下部地殻から最上部マントルに至る大規模な低速度域を見出し、深部低周波地震も存在することから潜在的活動度の高さを指摘している。桜島においては姶良カルデラおよび南九州域に臨時観測点を設置したばかりであり、今後データが蓄積されていけば深部構造が明らかになろう。
 また、桜島火山では15 世紀から新しいマグマ系の噴火が始まったこと、1914 年の噴火からは新たに玄武岩質マグマがマグマ系に加わったことが明らかになっている。姶良カルデラ下には、最近15年間で1億立方メートルのマグマが蓄積されたことから、桜島では近い将来噴火活動の活発化が予想される。今後の噴火活動により、すでに蓄積されていると考えられる珪長質マグマ溜まりや、移動を開始している安山岩質マグマに、新たに貫入してきた玄武岩質マグマがどのようにかかわっていくのかは、噴火規模、噴火様式、噴火推移の予測には重要な情報になるであろう。そのため、桜島火山における噴出物の火山化学的および岩石学的特徴の時間変化にも注目していく必要がある。

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図1.桜島山頂へのマグマ供給量の増加(京都大学防災研究所[課題番号:1809])1 段目:昭和火口から2.1km 離れた有村観測坑道における傾斜量の月平均値2 段目:山頂直下の深さ3.5km に茂木ソースを仮定したときの月別体積変化量3 段目:火山灰放出量(鹿児島県の降下火山灰量による)4 段目:桜島山頂への月別マグマ供給量の積算値

図1.桜島山頂へのマグマ供給量の増加(京都大学防災研究所[課題番号:1809])
1 段目:昭和火口から2.1km 離れた有村観測坑道における傾斜量の月平均値
2 段目:山頂直下の深さ3.5km に茂木ソースを仮定したときの月別体積変化量
3 段目:火山灰放出量(鹿児島県の降下火山灰量による)
4 段目:桜島山頂への月別マグマ供給量の積算値

図2.火山灰付着成分の水溶性成分のCl/S モル比の時間変化(京都大学防災研究所[課題番号:1809])2008 年までは南岳山頂火口起源の火山灰のCl/S モル比が高かったが、2009 年10 月以降は昭和火口起源の火山灰のCl/S モル比の方が高くなっている。また、2008 年2 月~6 月、2009 年2 月~6 月の噴火活動では、Cl/S モル比が徐々に減少する傾向がみられたが、2009 年10 月以降は減少傾向がみられない。

図2.火山灰付着成分の水溶性成分のCl/Sモル比の時間変化(京都大学防災研究所[課題番号:1809])
2008年までは南岳山頂火口起源の火山灰のCl/Sモル比が高かったが、2009年10月以降は昭和火口起源の火山灰のCl/Sモル比の方が高くなっている。また、2008年2月~6月、2009年2月~6月の噴火活動では、Cl/Sモル比が徐々に減少する傾向がみられたが、2009年10月以降は減少傾向がみられない。

図3.火山地殻変動と地震活動との関係(気象庁[課題番号:7019])近年国内の火山で観測された火山地殻変動と同時に発生する地震活動との関係。圧力源の膨張レートとM1 以上の地震回数/日に換算したもので示してある。

図3.火山地殻変動と地震活動との関係(気象庁[課題番号:7019])
近年国内の火山で観測された火山地殻変動と同時に発生する地震活動との関係。圧力源の膨張レートとM1以上の地震回数/日に換算したもので示してある。

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