1(2)(2‐2)火山噴火予測システム

「火山噴火予測システム」計画推進部会長 鍵山恒臣
(京都大学大学院理学研究科)

1.はじめに

 火山が、「いつ」、「どこで」、「どのような噴火を」、「どれくらいの規模で」、「どのような時間的推移で行うか」を噴火予知の5要素という。この5要素のうち、時期や場所については、十分に観測体制が整備されていればある程度可能になっている。しかし、一旦開始した噴火の規模や様式、推移を予測することは現在の予知技術では困難である。建議では、「より高度な火山噴火予知を目指して、噴火規模、様式、推移の予測を行うには、噴火シナリオ(予想される噴火前駆現象や噴火活動推移を網羅した噴火事象系統樹)を作成することが有用である。」と述べられている。すなわち、対象火山の過去の噴火のパターンやその発現頻度を解読し、噴火事象の分岐が起こる機構を科学的に理解することによって、将来の噴火で起こりうる事象をある程度の確度で示すことができる。そのため、「地震・火山現象に関するデータベースを活用するとともに、地質調査・解析によって明らかにされた噴火履歴を参照して、噴火シナリオを我が国の主要な活火山について順次作成する。」また、過去の噴火時の観測データの再検証や類似火山の研究成果を取り入れ、噴火現象の分岐を理解することが必要である。さらには「活動的な火山について、観測データと噴火シナリオに基づき、火山活動の現状を評価し推移予測を試行する」ことが本研究計画のゴールのひとつであり、この研究の推進によって、火山専門家が他の活火山において噴火シナリオの作成ができる道筋をつけることも重要である。
 ここでは、本計画の細目「ア.噴火シナリオの作成」に基づき、初年度は既存の伊豆大島の噴火シナリオについてその長短所を検討し、噴火様式が伊豆大島に比較的よく似ている三宅島火山について噴火シナリオの作成を試みた。「イ.噴火シナリオに基づく噴火予測」は、アの発展段階であるので、今回は取り組まなかったが、防災科学技術研究所が地殻変動等の観測データから火山活動に伴う異常現象を自動的に抽出するシステムを検討している(防災科学技術研究所[課題番号:3006];上田,2010)。

2.本計画で目指す噴火シナリオ

 対象とする火山において将来発生する噴火を予測するには、その火山で過去に発生したできるだけ多くの噴火事例(物理観測も含んだ情報)、および地質学的に読み取れる噴火履歴に基づくことが有効である。その際、直近の噴火例だけでなく、その火山で将来起こりうる全ての現象を網羅することが重要である。地質調査が不十分であったり、物理観測の歴史が浅い場合など、噴火履歴に関する情報が不十分な場合には、地質・地形やテクトニクス、マグマの性質、過去の噴火例が類似した他の火山の噴火履歴や観測情報を参照することが期待される。
 最近、噴火事象系統樹(volcanic event tree)が噴火のリスクを評価するための基本的なツールとして提案されている(Newhall and Hoblitt, 2002)。これはある事象に引き続いて起こりうる可能性のある全ての事象を小岐として図示したものである。分岐点から異なる現象への枝移動は、過去の噴火履歴、観測データなどに基づいて確度として表現することができる。また、ひとたび開始した噴火においては、それぞれの分岐点において観測データや物理モデルを用いて、次の枝移動への確度を専門家がさらに評価することになる(Marzocchi et al., 2006;中田,2007の解説)。
 ここでいう噴火シナリオは、この噴火事象系統樹をさす。日本では、気象庁、内閣府、国交省などが使い始めている。内閣府が作成した富士山の噴火シナリオは、Newhall and Hoblitt(2002)と同様のイベントツリーを作成している。ここでは、三宅島と火山学的背景が類似した伊豆大島火山について、気象庁が火山噴火予知連絡会の下で作成したもの(図1)(火山噴火予知連絡会伊豆部会,2008)を参考に、三宅島の噴火シナリオを作成した。伊豆大島火山の噴火シナリオでは、噴火パターンや規模による区別をしているのが特徴である。

3.三宅島火山の噴火シナリオ

 作成した三宅島の噴火シナリオを図2に示す(東京大学[課題番号:1407])。三宅島における最近300年間の、噴火の前兆となる群発地震の発生時間、噴火の継続時間、噴火後の群発地震の継続期間の記録(宮崎,1984;津久井・他,2005など)からは、ひとつの噴火事象から次の事象が発生するまでの時間スケールや各現象の継続時間の範囲を知ることができる(東京大学[課題番号:1426])。図2の系統図の枝に示した数値は、過去の噴火から算出される発生頻度である。なお、群発地震が発生しても噴火に至らないケースの頻度は、過去300年間に約20年間隔で定期的にマグマが上昇したと仮定し、噴火しなかった回数をその頻度と見なしている。また、物理観測が20世紀中頃からしか存在しないことや、2000年のカルデラ形成は約2500年ぶりに発生したことから、系統図の右側にある現象ほど、発生頻度の情報が少ないので注意を要する。
 以上のような最近300年間の現象は、約20年毎におこるマグマ上昇で説明されるが、2000年噴火は約2500年ぶりのカルデラを作る現象で、地下のマグマ供給系がこれまでとは大きく変わった可能性もある。そのため、これまでの300年間の規則性がこれからも保証されるかどうかを検討した。図3には2500年前以降の噴出量積算の階段図を示している(東京大学[課題番号:1426])。これは現在地上に露出している溶岩から推定されたものである。約2500年前の八丁平カルデラが2000年噴火のカルデラとほぼ同じ大きさ(体積0.6km3)と仮定すると、前者は約1300年間で埋め立てられ、その後は溶岩が外に流れ出し始めているので、その間の噴出率はここ300年間より高かったことになる。このことは、2500年前以降、20年周期が維持されたとすれば1イベント当たりの噴出率はより大きかったことを意味し、1イベントあたりの噴出率が最近と同様であったとするならば、より短い間隔で噴火が発生したことを意味する。
 最近の地殻変動観測では、2002年以降、島内の基線が短縮から伸びに転じており、1983年から2000年噴火の間に見られた地殻変動の傾向に近づいている。すなわち、地下深部でマグマの蓄積がこれまでと同様に進行していることを示している。一方、産業技術総合研究所や気象庁等の測定結果によると、現在起こっているマグマの脱ガス成分は、2000年噴火時から不変で、未分化マグマの関与が現在も続いていることを示している。そのため、今後も、将来的には2000年以前と似たマグマシステムが発達すると考えられる。

4.伊豆大島火山のシナリオとの相違点

 本研究において作成した噴火シナリオは、「噴火シナリオに基づく推移予測の試行」((東京大学[課題番号:1408]))において、噴火現象の分岐について定量的な検討を加えている。伊豆大島火山との大きな違いは、噴火ケースを噴火場所や規模によって区分しなかったことである。三宅島では山腹噴火の頻度が高く、山頂噴火は山腹噴火に伴われて発生することが多いからである。また、山腹噴火においても山頂噴火においても、水蒸気爆発やマグマ水蒸気爆発からマグマ爆発への移行がしばしば観測され、伊豆大島火山のように場所による噴火パターンや規模での区別は明瞭ではない。
 両火山とも伊豆・小笠原弧の火山フロント上に位置し、玄武岩を主体とする火山島であるので、テクトニクスの背景やマグマの性質で共通点が多い。また中央火口の噴火と割れ目噴火を繰り返していること、ストロンボリ式噴火を主とするが、周囲を海域に囲まれた島であることからマグマ水蒸気爆発や水蒸気爆発をしばしば伴ったこと、カルデラ噴火では水蒸気爆発を伴ったことが類似点としてあげられる。
 さらに、噴火時に提案されたマグマ供給系のモデルは両火山でも類似している。伊豆大島の1986年噴火においては山頂から玄武岩マグマが噴出したのに対して、カルデラ床の割れ目噴火では分化したマグマが噴出した。これは、浅部の分化したマグマ溜まりと深部の玄武岩マグマが存在すると提案され(荒牧・藤井,1984)、地震波の散乱や地殻変動観測からも浅部と深部にマグマ溜まりがあることが示唆されている(地震研究所のまとめ)。また、三宅島では岩石学的に浅部に分化したマグマの溜まりと深部に未分化のマグマ溜まりがあり、噴火毎にそれらの混合が起こっていると考えられており(Amma‐Miyasaka et al., 2005など)、2000年噴火前後の地殻変動観測でも浅部と深部に2つの圧力源があることが提案されている(防災科学技術研究所のまとめ)。
 異なる点として、山腹の火口配列から想定される山腹でのマグマの貫入方向は伊豆大島では北西・南東方向と考えられるのに対して、三宅島ではほぼ放射状である。また、三宅島2000年噴火のように島外へ数十キロもマグマが貫入したイベントは伊豆大島では確認されていない。さらには噴火間隔に関して、三宅島の最近300年間の活動は伊豆大島より規則的であった。
 伊豆大島と三宅島では地殻上部で応力状態が微妙に異なっている可能性があり、それによって噴火間隔やマグマ貫入の方向・距離などに違いが出ている可能性がありうる。

5.今後の課題と展望

 本研究で作成するシナリオに、噴火準備過程(2.(2)(2‐2))や噴火過程(2.(2)(3‐3))の観測研究とそれに基づく物理モデルを反映することや、逆に、この噴火シナリオの成果を両観測研究にフィードバックすることが重要である。さらには、伊豆大島火山の噴火シナリオで検討されたように、噴火シナリオの分岐の判断を観測結果に基づいて行うために、観測体制の整備を考慮すること(1.(1)の「地震・火山現象のモニタリングシステムの高度化」へのフィードバック)も必要である。桜島火山は近年活発な噴火活動を続けており、そこにおいて噴火シナリオを作成し、リアルタイムに使用してその精度や問題点を確認することが重要であろう。この計画研究の間に噴火シナリオが作成可能な火山は複数である。そのため、我々研究者レベルが要求する噴火シナリオを作成するためのマニュアル的なものをこの計画研究の間で準備することが重要である。そのようなマニュアルを用いて、本研究の担当者以外の火山専門家が、対象火山について噴火シナリオを作成できる状況を作ることが好ましい。

参考文献

今年度該当なし

図1.伊豆大島火山の噴火シナリオ(火山噴火予知連絡会伊豆部会, 2008による)

図1.伊豆大島火山の噴火シナリオ(火山噴火予知連絡会伊豆部会, 2008による)

図2.最近2500年間の噴火履歴に基づいて作成した三宅島火山の噴火シナリオ。分岐に示してある数値は過去の噴火履歴から推定した発生頻度。島外マグマ貫入以後の噴火現象については、地震観測が1940年以降に限られている。2500年前の八丁平カルデラの形成に関しては、上の系統樹に乗らない可能性もある。(東京大学地震研究所[課題番号:1407])

図2.最近2500年間の噴火履歴に基づいて作成した三宅島火山の噴火シナリオ。分岐に示してある数値は過去の噴火履歴から推定した発生頻度。島外マグマ貫入以後の噴火現象については、地震観測が1940年以降に限られている。2500年前の八丁平カルデラの形成に関しては、上の系統樹に乗らない可能性もある。(東京大学地震研究所[課題番号:1407])

図3.三宅島火山における2500 年前以降の階段ダイアグラム(東京大学地震研究所[課題番号:1407])から引用)。八丁平カルデラの陥没量が2000 年に形成された雄山カルデラと同じ体積であると仮定し、9 世紀までにほぼ埋め尽くされたことを考慮すると、八丁平カルデラ形成後は噴出率が大きい(太破線)。津久井・他(2001)に加筆。

図3.三宅島火山における2500 年前以降の階段ダイアグラム(東京大学地震研究所[課題番号:1407])から引用)。八丁平カルデラの陥没量が2000 年に形成された雄山カルデラと同じ体積であると仮定し、9 世紀までにほぼ埋め尽くされたことを考慮すると、八丁平カルデラ形成後は噴出率が大きい(太破線)。津久井・他(2001)に加筆。

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