1(2)(2‐1)地震発生予測システム

「地震発生予測システム」計画推進部会長 鷺谷 威
(名古屋大学大学院環境学研究科)

 本研究計画では、科学的な地震発生予測の実現を目指して、2つの異なるアプローチを試みる。一つは地震発生の物理モデルに基づく予測であり、これまで開発を進めてきた地震発生予測シミュレーションをモニタリングシステムと有機的に結合し、予測システムの構築を進める。5ヶ年の研究でシステムの全体設計、プロトタイプの構築、および予測シミュレーション手法の高度化を行う。もう一つのアプローチは、統計的手法に基づく地震活動予測の高度化である。検証に用いるデータベース等の共通基盤を整備し、異なる予測手法の比較実験を実施する。平成21年度の研究により得られた成果の概要を以下に述べる。

ア.地殻活動予測シミュレーションとデータ同化

 本研究計画では、観測網から得られるデータの情報を取り込み、地震発生の物理過程を考慮した数値シミュレーションを通じて地震発生予測を行うシステムを構築することを目指しており、それは地震予知研究における最重要課題でもある。従来から地震発生予測シミュレーションの開発研究が進められてきたが、これまでのシミュレーションは観測システムと切り離された形で行われていたため、そこで再現できた観測情報は限定的であり、必ずしも現実を反映したシミュレーションになっていなかった。こうした問題を解決するためには、シミュレーションを実際の観測システムと有機的に結合させるデータ同化を行う必要があり、そのための手法やシステムの開発を目的とした研究を実施している。
 現時点において、地球内部の力学状態を表す応力や歪みに読み替え可能な観測量は、地殻変動データである。特に、GPSは高精度であることに加え、日本全国に高密度の連続観測網が整備されており、リアルタイムに近い形で情報を得ることができる。このデータをシミュレーションに取り込むための様々な研究を実施した。
 まず、西南日本のGPSデータを逆解析することにより、南海・東南海・東海地震の震源域であるユーラシア‐フィリピン海プレート境界面のすべり遅れ分布を推定した。その結果、東海から紀伊半島、四国にかけてすべり遅れが次第に大きくなり、また、すべり遅れ域の西端が豊後水道にも及ぶことから、宝永地震のような連動型地震では、従来よりも震源域の想定を広げる必要性のあることが示唆された(図1、名古屋大学[課題番号:1702]、橋本・他,2009)。また、このすべり遅れ速度分布に基づいて地震時の応力降下量を想定し、地震の動的破壊伝播のシミュレーションにより東南海地震、南海地震の発生を再現するモデルを構築した。摩擦パラメータをわずかに変えると東南海地震と南海地震を連動させることも可能で、摩擦パラメータの推定が予測シミュレーションにとって重要であることが改めて明らかになった(図2、防災科学技術研究所[課題番号:3003]、Hok et al., 2009)。
 このようにシミュレーションを行う上で大変重要な摩擦パラメータであるが、その推定は難しい問題であり、観測データに基づいて摩擦パラメータを推定する方法の開発を進めている。大地震の発生後に、震源域周辺で断層がゆっくりとすべる余効すべりという現象が知られており、その様子から運動学的な断層すべりインバージョンに基づき摩擦特性を推定する試みが行われてきた(Miyazaki et al., 2004)。従来の研究ではモデルに必要な3つの摩擦パラメータ(L, as・ (a‐b)sjのうち(a‐b)sオか推定できなかった。これら3つの摩擦パラメータを摩擦構成則に基づく力学的モデルを用いて推定する逆解析手法を開発し、2003年十勝沖地震後の余効変動のデータに適用した。この手法では、マルコフ連鎖モンテカルロ法を用いて摩擦パラメータの事後確率分布を評価した(図3)。その結果、推定された摩擦パラメータLは室内実験から推定された値と桁で違っており、実際の観測データに基づいて摩擦パラメータを推定することの重要性が示された(名古屋大学[課題番号:1702]、Fukuda et al., 2009)。
 摩擦パラメータを推定する際には、可能性のあるパラメータ範囲内で、パラメータの様々な組み合わせについてフォワード解析を行って観測データとの整合性を調べるため、膨大な計算を必要とする。そのため、少ない計算量で摩擦パラメータを推定できる手法の開発が必要不可欠となる。そこで、気象・海洋分野でデータ同化手法に広く用いられているアジョイント法に基づく新たな摩擦パラメータ推定手法を開発した。この手法で数値実験を行い、摩擦パラメータだけでなくすべり速度、応力等の初期値が推定できること、摩擦パラメータを正しく推定するためには、これらの初期値も適切に与える必要があることなどが明らかとなった(名古屋大学[課題番号:1702]、加納・他,2010)。
 気象庁では、従来から開発を進めてきた南海トラフのプレート境界の地震サイクルモデルを細密化し、巨大地震とスロースリップの発生を同一のモデルで再現することに成功した(気象庁[課題番号:7023]、弘瀬・他,2009)。

イ.地殻活動予測シミュレーションの高度化

 現在開発を進めている地震発生予測システムでは単純化された地震サイクルを仮定しており、地震発生に影響する様々な要素が考慮されていない。そうした要素を将来地震発生予測システムに組み込むための基礎的な研究を進めている。
 断層面における間隙流体の効果は今後考慮すべき重要な内容である。本年度の研究では、摩擦発熱、空隙生成、流体拡散による流体圧変化が断層すべりに与える影響の理論的解析により、断層すべりの挙動が3つの無次元パラメータで決まることを示した。これにより、高速すべりから低速すべりまで断層の挙動を統一的に理解できる可能性を示した(東京大学地震研究所[課題番号:1405]、Suzuki and Yamashita, 2010)。また、大地震発生の1サイクル中における間隙流体の変化や摩擦発熱を考慮した数値シミュレーションを行い、これらの影響が地震発生間隔を支配することが明らかとなった(図4、東京大学地震研究所[課題番号:1405]、Mitsui and Hirahara, 2009)。
 現在の地震発生予測はプレート境界地震に限られており、プレート内地震については地震発生に至る応力集中過程が解明されていない。レオロジー構造を考慮した内陸地震発生サイクルモデル構築を目的として非線形有限要素法によるモデル化を行い、東北地方の断層や地震の分布と整合的な断層の形成や応力集中を再現した(図5、東京大学地震研究所[課題番号:1405])。
 地震活動は地殻内の応力状態に関する豊富な情報を有しており、将来の地震発生予測システムにおいて重要な役割を果たすと期待される。しかし、微視的な物理モデルが確立していないため、統計的知見を物理的なパラメータに置き換えることができていない。そこで離散要素系力学モデルを用いて剪断変形時のアコースティックエミッションの統計性を調べ、これらが地震の良いモデルとなっていること、規模別頻度分布から決まるb値が応力の指標となることなどを示した(東京大学地震研究所[課題番号:1405])。

ウ.地震活動評価に基づく地震発生予測

 地震活動の特徴や地震発生の統計モデル・物理モデルに基づいて、将来の地震活動を確率論的に予測する試みが行われており、様々な予測手法が提案されてきた。しかし、従来のこうした研究では、解析対象とする地震カタログがまちまちで、公平な手法間の比較が十分に行われてこなかった。そこで、地震活動予測手法の比較検証を目的として、 CSEP(Collaboratory for the Study of Earthquake Predictability)と呼ばれる国際研究プロジェクトが立ち上がった。本研究計画ではCSEPへの取り組みを計画の一部と位置づけ、地震発生予測のアルゴリズム開発やモデルの比較を進める。CSEPの基本ソフトウェアは東京大学地震研究所にインストールされ、合計で80を越えるモデルについて、日本列島周辺の実データに基づく地震発生予測検証実験を開始した(東京大学地震研究所[課題番号:1406]、楠城・他, 2009)。本計画の課題からも複数機関が予測対象や手法の異なる複数のモデルを検証実験に提出している(京都大学防災研究所[課題番号:1802]、防災科学技術研究所[課題番号:3005]、気象庁[課題番号:7012])。
 こうした予測実験を行う上でも偏りの無い地震カタログの整理は大変重要である。気象庁一元化震源において取りこぼしの無いマグニチュードの下限(Mc)を調査すると、2002年以降、陸域ではMcが1を下回ることが分かった(東京大学地震研究所[課題番号:1406])。

課題と展望

 本年度、南海トラフという現実的な対象について、GPSデータに基づく固着域の推定と、推定結果を入力とした断層動的破壊過程のシミュレーションを間接的ながら実施することができた。応力蓄積過程や断層強度回復過程のモデル化を行い、地震サイクルのシミュレーションを行うことが次年度以降の課題となる。予測シミュレーションによる地震発生予測においては、観測データの情報をシミュレーションに取り込むデータ同化システムの開発が本研究の課題であるが、この内容については研究が緒に就いたばかりであり、更に研究を進める必要がある。特に問題となるのは摩擦パラメータの推定である。今年度の研究成果では、摩擦パラメータの推定に関わる問題がいくつか指摘されたが、さらに摩擦構成則の定式化そのものに自由度を持たせるような取り組みが必要にならないとも限らない。観測データを通して現れる大地震を発生させるシステムの挙動を再現することが予測シミュレーションの役割であり、現実のデータを説明できないモデルは、予測を目的としたシステムにおいては用を為さないことを改めて肝に銘じるべきである。これまで、シミュレーションと観測システムの研究者間の議論が活発に行われてきたとは言い難いが、両者を媒介するデータベースの関係者も含め、密接な連携のもとで研究を進める必要がある。
 地震活動評価に基づく地震発生予測は、個々の手法を公正な立場で比較検証する点、CSEPという国際的な枠組みと連携して進める点において、日本の地震予知の歴史の中でも画期的な取り組みであり、今後の成果が待たれるところである。

参考文献

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図1. GPS データから推定した南海トラフ 0琉球海溝におけるすべり遅れレートの分布。コンター間隔は2cm/年。すべり遅れを青で、すべり過剰を赤で示す(名古屋大学[課題番号:1702]、橋本・他,2009)。

図1. GPS データから推定した南海トラフ 0琉球海溝におけるすべり遅れレートの分布。コンター間隔は2cm/年。すべり遅れを青で、すべり過剰を赤で示す(名古屋大学[課題番号:1702]、橋本・他,2009)。

図2. 南海・東南海地震のシミュレーション結果の一例。紀伊半島東南で始まった地震は、東南海地震の発生領域を破壊し(左下図)、その後、紀伊半島南端部で地震が開始し、南海地震の震源域を破壊した(右下図)(防災科学技術研究所[課題番号:3003]、Hok et al., 2009)。

図2. 南海・東南海地震のシミュレーション結果の一例。紀伊半島東南で始まった地震は、東南海地震の発生領域を破壊し(左下図)、その後、紀伊半島南端部で地震が開始し、南海地震の震源域を破壊した(右下図)(防災科学技術研究所[課題番号:3003]、Hok et al., 2009)。

図3. マルコフ連鎖モンテカルロ法で推定したL, as・ (a‐b)s・ k(バネ定数)の周辺事後確率分布。縦線は95%信頼区間を表わす(名古屋大学[課題番号:1702]、Fukuda et al., 2009)。

図3. マルコフ連鎖モンテカルロ法で推定したL, aσ, (a‐b)σ, k(バネ定数)の周辺事後確率分布。縦線は95%信頼区間を表わす(名古屋大学[課題番号:1702]、Fukuda et al., 2009)。

図4. 地震サイクルにおける応力変化。細線:地震時摩擦発熱による間隙流体圧の変化(thermal pressurization; TP) が無い場合、太線:TP がある場合(断層幅w=2cm)。破線:ローディング応力。TP が働く場合、地震時応力降下が大きくなり、地震発生間隔(すべり量)が長く(大きく)なることが分かる(東京大学地震研究所[課題番号:1405]、Mitsui and Hirahara, 2009)。

図4. 地震サイクルにおける応力変化。細線:地震時摩擦発熱による間隙流体圧の変化(thermal pressurization; TP) が無い場合、太線:TP がある場合(断層幅w=2cm)。破線:ローディング応力。TP が働く場合、地震時応力降下が大きくなり、地震発生間隔(すべり量)が長く(大きく)なることが分かる(東京大学地震研究所[課題番号:1405]、Mitsui and Hirahara, 2009)。

図5. 奥羽脊梁山脈の断層形成・応力集中過程のシミュレーション結果(75 万年後の等価全歪み)粘性、塑性、弾性歪みを含む。白線で示されている断層が、2008 年岩手・宮城内陸大地震の断層に対応する(東京大学地震研究所[課題番号:1405])。

図5. 奥羽脊梁山脈の断層形成・応力集中過程のシミュレーション結果(75 万年後の等価全歪み)粘性、塑性、弾性歪みを含む。白線で示されている断層が、2008 年岩手・宮城内陸大地震の断層に対応する(東京大学地震研究所[課題番号:1405])。

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研究開発局地震・防災研究課

(研究開発局地震・防災研究課)