断層における注水実験および応力状態の時間変化

平成20年度年次報告

課題番号:1804

(1)実施機関名:

 京都大学防災研究所

(2)研究課題(または観測項目)名:

 断層における注水実験および応力状態の時間変化

(3)最も関連の深い建議の項目:

 1.(2)イ. 内陸地震発生域の不均質構造と歪・応力集中機構

(4)その他関連する建議の項目:

 1.(2)ウ. 地震発生直前の物理・化学過程
 1.(3)ア. 断層面上の不均質性

(5)本課題の平成16年度からの5ヵ年の到達目標とそれに対する平成20年度実施計画の位置付け:

 16年度からの5カ年においては、野島断層における540m深度注水実験を中心として、断層近傍岩盤の透水性モデリングの高度化による断層回復過程の検証、注入水の挙動および断層近傍岩盤の破砕構造・クラック分布の推定、注水誘発地震の発生検証および発生過程の解明、野島断層の不均質構造(特に走向方向)と地震発生特性の関係解明、等の地球物理学的な調査、および、物質科学的な調査(例えば、断層に沿ったシュードタキライトの分布・性状特性等)を行い、包括的な断層(破砕帯)構造の理解を目指す。16年度に第4回目、18年度に第5回目の540m深度注水実験を実施する。
 20年度は、これまでの注水実験データおよびボアホール観測データの解析を中心として、野島断層の破砕帯構造とその近傍岩盤の透水係数の時間変化、断層構造の不均質性と地震発生特性、等について総合的な検討を行い、成果の取りまとめを行う。

(6)平成20年度実施計画の概要:

 20年度は、これまで実施した注水実験による各観測データの解析により、岩盤透水係数の推定およびモデリングの改善を引き続き行う。特に、自然電位観測データからは透水係数の低下が他の観測より早く進行したことが示唆されたので、これをさらに検証する。800m孔地下水位から推定された透水係数の経年変化について平行板開口割れ目モデルによる解析を進めて断層近傍岩盤の応力状態について定量的な考察を行う。800m孔歪計による岩盤弾性定数の推定および経年変化の検出についても、さらにデータを追加して解析を進める。アクロス連続運転により推定された弾性波速度の変化についてさらに検証を行う。
 1800m孔地震計の長期間観測データについて系統的に断層トラップ波を検出し、その波形解析により破砕帯構造の経年変化を検出する。さらに、800m孔および1800m孔地震計データを用いてS波偏向異方性の解析を行い、断層近傍におけるクラック分布(応力場)の長期的な変動を検出する。
 5回目注水実験では、誘発地震と考えられる活発な極微小地震活動が発生した。800m孔波形データ(1kHzサンプリング)を用いた注水誘発地震の発生過程について引き続き解析を進める。ボアホール波形を用いた長期間のクラスター活動特性の把握、定常的な極微小地震の観測(1kHzサンプリング)による震源過程の比較等も合わせて行う。
 その他、800m孔の高精度水位計データによる間隙水圧の地震波応答の解析、1995年兵庫県南部地震直後における野島断層の回復過程の再検討(地震波散乱係数の時間変化を検出)、他の内陸活断層の地震波散乱係数の推定および野島断層との比較を行う。
 これらの結果を総合的に考察して、野島断層の破砕帯構造、断層近傍岩盤の透水係数の時間変化および地震学的な解析にもとづく断層回復過程、および断層構造の不均質性と地震発生特性、等について成果取りまとめを行う。 

(7)平成20年度成果の概要:

1. 第6回注水実験の実施による野島断層の回復過程および注水誘発地震の発生過程の解明:

 次期5カ年計画(平成25年度に1800m深度での注水実験を実施予定)との研究内容の整合・連続性を考慮し、また、これまで未解決の課題の解明をめざして、従来の540m深度からの注水としては最後となる第6回注水実験を実施することに計画変更した。2009年1月31日~2月8日に第1回目の注水を行い(注水圧力:4.5MPa、流量:17‐22 l/min、注水量:176 kl)、第2回目の注水を2009年2月28日~3月7日に実施する予定である。今後進める解析では、上記(6)に記した岩盤透水係数のモデリング改善を行いつつ、野島断層の強度回復過程の進行について検証する。800m孔地震計データの1kHzサンプリング連続観測を行っており、注水誘発地震の発生過程解明をめざす。

2. 野島断層近傍岩盤における弾性定数の経年変化の推定:

 800m孔底の3成分石井式歪計による潮汐歪の観測値と理論値に2次元の応力‐歪関係式を当てはめることにより、周辺岩盤の弾性定数を推定した。ヤング率およびポアソン比の1997年~2004年における経年変化を図1に示す。2000年8月の800m孔口密閉によるステップ状の変動を除くと、ヤング率は約8年の時定数で増加し、ポアソン比は約5年の時定数で低下を示す。これらは繰り返し注水実験による歪変動データから推定された透水係数の低下とほぼ同じ時定数を持ち、野島断層の強度回復過程を示すと考えられる。六甲断層系に近い六甲高雄観測室の3成分石井式歪計についても同じ解析を行った。1996年以降、ヤング率が約5年の時定数で増加し、1995年兵庫県南部地震に伴って発達した破砕が固着していく過程が弾性定数の変化として検出された可能性がある。

3. アクロス連続運転による野島断層近傍での地震波伝播特性の測定:

 野島断層近傍の地表岩盤に設置されたアクロス震源の連続運転を2007年11月から2008年5月まで実施した。過去3回の連続運転(2000年1月~2001年4月、2003年3月~6月、2005年8月~9月)と同じパラメータで運転し、アクロス震源と800m孔底地震計の間の伝達関数からP波およびS波の走時と振幅の時間変化を推定した(図2)。その結果、P波およびS波の走時は2000年~2008年にかけて約2ミリ秒早くなり、振幅は約30%増加した。走時変化は2008年5月の実験では若干の遅れに転じている。今後、震源近傍の影響の補正を行い、より正確な時間変化を推定する。

4. 野島断層周辺における地震波減衰(コーダQ値)の推定:

 1997年6月~2008年6月に野島断層周辺に発生したM2.0以上の地震205個について、800m孔および1800m孔地震波形データの解析によりコーダQ値を推定した(図3)。解析期間を通じてコーダQの平均値は188±56であり、大きな変動は見られない。野島断層周辺(観測点から約35km範囲内)における地震波減衰特性は、この期間は比較的安定していると考えられる。

(8)平成20年度の成果に関連の深いもので平成20年度に公表された主な成果物(論文・報告書等):

 Goto, S., M. Yamano, H.C. Kim, Y. Uchida, and Y. Okubo, Ground surface temperature history reconstructed form borehole temperature data in Awaji Island, southwest Japan for studies of human impacts on climate change in East Asia, in "From Headwaters to the Ocean: Hydrological Changes and Watershed Management", Ed. by M. Taniguchi, W.C. Burnett, Y. Fukushima, M. Haigh, and Y. Umezawa, 529‐534, Taylor & Francis Group, London, 2009.
 Mizuno, T., Y. Kuwahara, H. Ito, and K. Nishigami, Spatial variations in fault‐zone structure along the Nojima fault, central Japan, as inferred from borehole observations of fault‐zone trapped waves, Bull. Seismol. Soc. Am., 98, 558‐570, doi:10.1785/0120060247, 2008.
 向井厚志,測地観測における環境影響の解明とその活用,測地学会誌,第54巻,第1号,1‐13,2008.
 Yamano, M., S. Goto, A. Miyakoshi, H. Hamamoto, R.F. Lubis, Vuthy M., and M. Taniguchi, Reconstruction of the thermal environment evolution in urban areas from underground temperature distribution, Sci. Total Environ., doi:10.1016/j.scitotenv.2008.11.019, 2008.

(9)本課題の5ヵ年の成果の概要:

  1. 第4回(2004年)および第5回注水実験(2006年)を実施し、800m孔における地下水位・歪、および地表における自然電位の変動データのモデリングにより、野島断層の回復過程(1997~2003年にかけて断層近傍岩盤の透水係数が約60%低下)が2003年以降ほぼ頭打ちとなったことを示した。
  2. 800m孔歪計の潮汐歪の解析、および800m孔口の開放・密閉に伴う水位・歪のステップ変動の解析により孔周辺岩盤の弾性定数を推定した。その経年変化は野島断層の回復過程進行と調和的である。
  3. アクロス連続運転を2005、2007、2008年に実施し、地表と800m孔底間での地震波の走時と振幅の変動(2000年以降)を検出した。野島断層の回復過程を示す可能性があり、さらに解析を進める。
  4. 800m孔地震波形の相互相関解析により、野島断層近傍に発生する極微小地震のクラスター活動特性(各注水により毎回新たなクラスターが活動すること等)を明らかにした。
  5. 1800m孔地震計の10kHzサンプリング波形データ(第4回注水実験を含む2004年6月~2005年8月)を解析し、極微小地震(M 1.1~1.6)の震源パラメータを推定した。注水誘発地震と定常活動の震源過程の違いを検出するにはいたらず、今後の注水実験における課題として残されている。
  6. 1800m孔地震計で断層トラップ波を検出し、平林の720m孔地震計(産総研)と合わせた波形モデリングにより、野島断層の走向方向の構造変化(南西端は中央部の約2倍の破砕帯幅、等)を推定した。
  7. 平林において浅部掘削調査を行い、シュードタキライトの分布域(0.5 x 1 km2)を推定した。これをアスペリティと仮定し、摩擦エネルギーのうち溶融に分配されるエネルギーの割合を推定した。

(10)実施機関の参加者氏名または部署等名:

 西上欽也・大志万直人・吉村令慧・加納靖之(京都大学防災研究所)
 他機関との共同研究の有無:
 東京大学地震研究所(平田 直・山野 誠・他)、東京大学理学系研究科(田中秀実・他)、名古屋大学環境学研究科(山岡耕春・田所敬一・他)、静岡大学理学部(生田領野・他)、金沢大学自然科学研究科(平松良浩・他)、高知大学理学部(村上英記・他)、神戸大学理学部(山口 覚・他)、奈良産業大学情報学部(向井厚志・他)、産業技術総合研究所(北川有一・小泉尚嗣・他)、および防災科学技術研究所等、約15機関との共同研究。参加者総数は約30名。

(11)公開時にホームページに掲載する問い合わせ先:

 部署等名:京都大学防災研究所
 電話:    0774‐38‐4195
 e‐mail: nishigam@rcep.dpri.kyoto‐u.ac.jp
 URL: http://www.rcep.dpri.kyoto‐u.ac.jp/~idoi/kaibo/

図1 800m孔底における潮汐歪データから推定された孔周辺岩盤のヤング率(上)およびポアソン比(中)の経年変化。下段は、繰り返し注水実験による歪変動データから推定された野島断層近傍岩盤の透水係数の経年変化(1997年~2006年)。

図1 800m孔底における潮汐歪データから推定された孔周辺岩盤のヤング率(上)およびポアソン比(中)の経年変化。下段は、繰り返し注水実験による歪変動データから推定された野島断層近傍岩盤の透水係数の経年変化(1997年~2006年)。

図2 2000年1月~2008年5月にかけての計7回のアクロス連続運転により測定された、野島断層近傍におけるP波およびS波の走時(上)および振幅(下)の時間変化。

図2 2000年1月~2008年5月にかけての計7回のアクロス連続運転により測定された、野島断層近傍におけるP波およびS波の走時(上)および振幅(下)の時間変化。

図3 800m孔地震計(TOS1、◆)および1800m孔地震計(TOS2、■)による、野島断層周辺でのコーダQ値の経年変化(1997年6月~2008年6月)。実線およびハッチの幅は平均値と標準偏差を示す。

図3 800m孔地震計(TOS1、◆)および1800m孔地震計(TOS2、■)による、野島断層周辺でのコーダQ値の経年変化(1997年6月~2008年6月)。実線およびハッチの幅は平均値と標準偏差を示す。

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研究開発局地震・防災研究課

(研究開発局地震・防災研究課)