マントルヘリウムフラックスの時空変化の観測

平成20年度年次報告

課題番号:1505

(1)実施機関名:

 東京大学大学院理学系研究科(地殻化学実験施設)

(2)研究課題(または観測項目)名:

 マントルヘリウムフラックスの時空変化の観測

(3)最も関連の深い建議の項目:

  3(3)地下構造と状態変化をモニターするための技術の開発と高度化

(4)その他関連する建議の項目:

 2(2)ア.日本列島域
 1(2)ウ.地震発生直前の物理・化学的過程

(5)本課題の平成16年度からの5ヵ年の到達目標と、それに対する平成20年度実施計画の位置付け:

 平成16年度からの5ヶ年の到達目標は、新たな観測開発の柱として、マントルヘリウムフラックスの時空変化の観測ができる装置の完成を行ない、テストフィールドに設置して観測結果を得ることである。本装置の完成のための設備費を要求しつつ、試作装置ができた時に設置する場所の選定のための調査研究を行なうが、平成20年度までに設備費が認められる可能性はない。このような状況下で、平成20年度は、フィールド観測用装置のプロトタイプに相当する実験室内で測定できる装置の完成を目指すとともに、観測場所の選定にかかわる研究を行なう。そのためにはマントルヘリウムが定常的にしみ出していて、地殻活動が活発な地点を選定する事が重要な課題で,トルコ・アナトリア断層で行なっているマントルヘリウムの放出研究を継続し、日本においては中央構造線以外の代表的な活断層の調査を行う。地下深部の状態変化をモニターするためには地下深部からしみ出してくる揮発性物質を使うことが重要で、その中でもマントルヘリウムは有望である。

(6)平成20年度実施計画の概要:

 将来マントルヘリウムフラックスの連続測定を実施する場所を選定することを念頭において、火山活動の影響が現れない活断層を対象とするマントルヘリウムの調査を、日本では中央構造線以外の主要な活断層地帯で行い、それらの結果を論文にまとめる。また、トルコ・アナトリア断層での調査も継続して行う。このような観測的研究と平行して、実験室内で運転するマントルヘリウム測定装置プロトタイプを用いた試験分析を行い、将来のテストフィールドにおけるマントルヘリウムフラックスの時間変化の連続測定に備える。

(7)平成20年度成果の概要:

(1)測研究に関しては,これまでの成果を論文化することに力を注いだ.マントルへリウムが、マントル岩の溶融に由来するマグマの地表への噴出がない場所でも,しみ出しており、活断層がその通路と成りうることは,本研究で確実になった。しかし,マントルヘリウムは活断層上の特定の場所でしか見つからず、連続測定を実施する場所の選定のためには,活断層上のどこで測ればいいかを明らかにする必要がある.トルコ・アナトリア断層におけるマントルヘリウム放出の特徴を調べ直すと,東から西へ向かうアナトリア断層が南北に分岐したのち北側がマルマラ海を横切って陸上に現れる場所で明瞭なマントルヘリウムの放出が見られた.マントルヘリウム測定と同じ地域で,土壌から拡散放出するCO2のフラックス測定を行ったところ、マントルヘリウムの放出が明瞭に見られた場所でのみ, CO2フラックスのピークが見られた。この結果は,活断層破砕面の気体が通り易い領域から、マントルヘリウムも放出されやすいことを示している.

(2)マントルヘリウム連続測定用のプロトタイプ小型化質量分析計を製作して、性能評価を行った。この装置のイオン光学は大阪大学・質量分析グループにより、小型で高分解能を達成するように設計されたものである。実際の質量分析計の設計図面は地殻化学実験施設で製作し、設計図に基づいたイオン源、四重極レンズ、分析管、イオンコレクタ、電磁石および架台などの設計は業者に依頼した。この装置は、イオン軌道半径10cm、3Heと4Heを同時に検出できるダブルコレクターを備えている。超高真空排気システム、イオン源電源、分析磁場コントロール電源、イオン検出装置、これらを制御してデータを収録および同位体比を計算するコンピュータープログラムなど全てを、既製品電源や計測機器などの流用を含めて自作した。図1に、この装置(He‐MS)のブロックダイアグラムを示す。イオンビーム強度の強い4Heはファラデーカップで、微弱なイオンビーム強度の3Heはイオンカウンティング法で測定する。図2に、地殻化学実験施設所有の希ガス質量分析計の一つmodified VG5400(MS‐III)と、製作したHe‐MSで測定したヘリウム同位体比を比較する。マントルヘリウムの同位体比は大気ヘリウムの10倍ほど高いので、微量のマントルヘリウムの湧出を検出するに十分な性能を有することがわかる。

図1.自作質量分析計(He-MS)のブロックダイアグラム

図1.自作質量分析計(He-MS)のブロックダイアグラム

3He/4He(10-6

図2.He‐MSと既存の装置MS‐IIIのヘリウム同位体比の比較

図2.He‐MSと既存の装置MS‐Ⅲのヘリウム同位体比の比較

図3.実験室内大気He同位体比.

図3.実験室内大気He同位体比.

 建物内の他実験室から流入したボンベ・ヘリウムによる同位体比の低下を検出.
 この装置を使った連続測定を目標にして、試料ガスや水に存在するヘリウムを石英壁を透過させて直接分析ラインに導入することを試みている。図3は、石英壁を透過する実験室内大気中のヘリウム同位体比を測定したものであり、通常は大気ヘリウムの同位体比に近い値であるが、他の研究室でボンベ・ヘリウムを大気中に漏出した場合、同位体比が低いため明瞭に検出できることを示している。

(8)平成20年度の成果に関連の深いもので、平成20年度に公表された主な成果物(論文・報告書等):

 Dogan,T., Sumino,H., Nagao,K., Notsu,K., Tuncer,M.K. and Celik,C.  Volatile release from the Marmara region of the NAF (North Anatolian Fault).  Geochemistry, Geophysics, Geosystems (submitted, 2008)
 Morikawa,N., Kazahaya,K., Masuda,H., Ohwada,M., Nakama,A., Nagao,K. and Sumino,H.  Relationship between geological structure and helium isotopes in deep groundwater from the Osaka Basin: Application to deep groundwater hydrology.  Geochem. J. 42, 61‐74 (2008)
 Notsu,K.. Hot springs in Korea and Japan: Helium isotope approach. KIGAM (Korea Institute of Geology, Mining and Materials) Special Seminar (2008)
 Perez,N.M., Hernandez,P.A., Igarashi,G., Trujillo,I., Nakai,S., Sumino,H. and Wakita, H.  Searching and detecting earthquake geochemical precursors in CO2‐rich groundwaters from Galicia, Spain. Geochem. J. 42, 75‐83 (2008)

(9)本課題の5ヵ年の成果の概要:

 地震の準備過程における流体の役割は、マントル内の流体の挙動と地震発生過程との関連を調べることで明らかにできるが、流体の観測手段としては、マントルヘリウム(マントル起源の高い3He/4Heを持つヘリウム)の大気への放出率(フラックス)の連続測定が有望視されている。このための装置の開発予算が平成11年度からの5カ年計画中に一部認められ、基本設計を行い、実験室で連続測定できる装置の試作に取りかかった。しかしながら、予算額がわずかなため未完成のままで、平成16年度からの本5カ年計画に持ち越したが,設備予算は認められなかった。そのため、テストフィールドでの連続測定はあきらめ,実験室内で連続測定できる装置の完成と、将来の観測点の選定も見据えて,地殻活動が活発な地点のマントルヘリウム調査、に切り替えた。最初の課題であるマントルヘリウム連続測定用のプロトタイプ小型化質量分析計を製作については,本年度の成果報告と重複するので,ここでは省略する.第2の課題の活断層からのマントルヘリウム放出については,これまでにアメリカ、サンアンドレアス断層での報告が一例あるだけであったので,日本の代表的な活断層である中央構造線とトルコ、アナトリア断層とで調査研究を実施した。

(1)中央構造線:四国全域の30点以上で温泉遊離ガスや温泉水を採取し、希ガスの同位体分析を行った。マントルへリウムは3He/4Heが大気の値より高く,図4に示すように、中央構造線に沿ってマントルヘリウムの放出が明瞭に認められた。さらに、マントルヘリウムは,中央構造線よりもっと海溝側の前弧域でも放出していることが見つかり、その場所が沈み込むプレートからの流体の移動を示している深部低周波微動域と符合することから、このような場所は上部マントルから下部地殻にかけて流体が通りやすい構造を持っており、マントルヘリウムの上昇経路になっていることが考えられた。

図4 中央構造線(MTL)からの距離と<sup>3</sup>He/<sup>4</sup>Heとの関係縦軸は大気の値(1.4x10‐6)に規格化した<sup>3</sup>He/<sup>4</sup>He(Dogan et al., Chem. Geol. 233, 235‐248 (2006))

図4 中央構造線(MTL)からの距離と3He/4Heとの関係
縦軸は大気の値(1.4x10‐6)に規格化した3He/4He
(Dogan et al., Chem. Geol. 233, 235‐248 (2006))

(2)トルコ、アナトリア断層:マルマラ海を挟むアナトリア断層の西端域でガス試料や温泉冷泉水試料を採取し、ヘリウム同位体分析を行った。この地域は大陸地殻起源の低い3He/4He比が混入している試料が多くを占めていたが,図5に示すように、マントル起源の高い3He/4He比はアナトリア断層上で見られ,活断層に沿ってマントルヘリウムが放出する現象は普遍的と考えられるに至った。マルマラ海西側で最高値が得られたことは、断層面でのCO2拡散放出が顕著であることと考え合わせると,この地域は揮発性物質がとりわけ通りやすい性質を持つことを示した。

図5 北アナトリア断層(NAF)からの距離と<sup>3</sup>He/<sup>4</sup>Heとの関係(Dogan et al., submitted 2008)

図5 北アナトリア断層(NAF)からの距離と3He/4Heとの関係
(Dogan et al., submitted 2008)

(10)実施機関の参加者氏名または部署等名:

 長尾敬介,野津憲治、角野浩史, 馬上謙一
 他機関との共同研究の有無:
 TUBITAK(トルコ科学技術研究評議会)地球海洋研究所 Turhan Dogan
 ボアジシ大学(トルコ)カンディリ地震研究所  Mustafa K. Tuncer ほか3名

(11)公開時にホームページに掲載する問い合わせ先:

 部署等名:東京大学大学院理学系研究科地殻化学実験施設
 電話: 03‐5841‐4624
 e‐mail: notsu@eqchem.s.u‐tokyo.ac.jp
 URL:    http://www.eqchem.s.u‐tokyo.ac.jp/

お問合せ先

研究開発局地震・防災研究課

(研究開発局地震・防災研究課)