予測シミュレーションモデル高度化のための手法開発

平成20年度年次報告

課題番号:1412

(1)実施機関名:

 東京大学地震研究所

(2)研究課題(または観測項目)名:

 予測シミュレーションモデル高度化のための手法開発

(3)最も関連の深い建議の項目:

 2.(1)ウ.予測シミュレーションモデルの高度化

(4)その他関連する建議の項目:

(5)本課題の平成16年度からの5ヵ年の到達目標と、それに対する平成20年度実施計画の位置付け:

 本計画では,日本列島域および特定の地域を対象に地殻活動予測シミュレーションモデルを構築する.このモデルはかなり単純なものであり,将来のより現実的なモデル構築へ向けての第一段階のモデルと位置づけられる.本研究では,現在の地殻活動予測シミュレーションでは考慮されていない物理過程をシミュレーションモデルに組み込む手法を開発し,また,現在モデルパラメター推定に用いられていないデータを利用する手法を開発して,シミュレーションモデルの高度化を目指す.
 平成20年度は,熱多孔質弾性体中の破壊伝播の研究,境界積分方程式法,有限要素法などの計算手法の高度化,断層面の形状や摩擦構成則がすべり過程の及ぼす影響の評価,ガウジ層内の変形を考慮したシミュレーションによる摩擦の理解のための研究,有限要素法による内陸の変形・応力場のシミュレーション研究,スロースリップイベントのシミュレーション研究等を行う.

(6)平成20年度実施計画の概要:

(1) 従来、熱多孔質弾性体内部の動的破壊の解析では、流体の移動速度が破壊伝播速度に比べて無視できるほど小さいとして、流体移動は無視されてきた。しかし、剪断変形帯幅が数cm程度であれば、透水率によっては、動的地震破壊の継続中に流体が移動する距離とほぼ同じオーダーになり、剪断変形帯近傍での流体の移動が動的破壊に影響を与える可能性がある。非弾性空隙率に加え,このような流体の移動の効果を考慮に入れて動的地震破壊の理論的解析を行う。特に、流体の移動による低速の動的破壊伝播の可能性、系の運動を支配するパラメタ、についての考察を行う。

(2) 境界積分法と有限差分法を組み合わることにより,不均質媒質中の非平面形状の地震断層の動的破壊の解析手法を開発する。不均質媒質の応力グリーン関数を有限差分法により数値的に評価する。有限差分法は応力グリーン関数評価のみに利用し、境界条件を満たしながら自発的に進行する動的破壊の計算には、すべり・応力評価点が常に断層要素に一致する境界積分方程式法を用いるハイブリッド法を考える。均質媒質中の2次元平面破壊問題において自由表面の導入を目指す。

(3) 複雑断層形状を考慮して,すべり速度・状態依存則に基づく準静的すべり成長シミュレーションを行い,不安定すべりの発生と断層幾何形状の関係について調べる。非平面断層上では、載荷応力が断層面の向きに応じて変化し、準静的滑りの非一様成長が見込まれるが,すべりが局所化して不安定(=地震開始)に至る過程の定量的解析を行う。地震開始地点と断層形状が既知である実際の地震の事例に対して、本モデル解析の有効性を検討する。また,ピーク強度の短時間強度回復機構のほかに、臨界滑り量も長時間の間に強度回復する性質を取り入れて摩擦構成則式の改良を行い、予測シミュレーションの精密化に資する。

(4) これまでに開発した断層ガウジを模擬した粉体層の摩擦強度回復過程をモデル化した計算コードを使用し、変形集中帯の形成過程のダイナミクスをシミュレーションにより追跡する。とくに、臨界すべり長を支配する物性パラメータを解明する。摩擦熱による界面溶融過程が構成法則に及ぼす影響のシミュレーション研究を開始する。具体的には、部分溶融系の理論モデル(動的ファンデルワールス理論)をせん断のある非保存系に拡張し、モデル計算と実験結果の定量的比較を行う。

(5) 不均質レオロジー構造を考慮した3次元の変形と応力蓄積過程のシミュレーションを実施し, 3次元的な断層形成過程が再現して、実際の活断層と比較する。さらに、応力場や歪みの計算も行い、GPS解析により得られた歪み速度分布と比較することでモデルの修正を図る。また、東北日本を対象に、沈み込むプレートを考慮して、沈み込み帯における地震発生域の固着と地震すべりを考慮したモデル化により島弧地殻内における応力の蓄積過程を解明する。沈み込み帯地震発生域に地震間における固着と地震すべりを境界条件として繰り返し与え、島弧地殻における変形と応力集中過程がどのように進行するかを明らかにする。

(6) 西南日本沈み込み帯深部における三次元プレート境界の形状と遷移領域の摩擦構成則を考慮したモデル化により、スロースリップイベントの再現を試みる。特に、東南海地域から東海地域深部で発生するスロースリップイベントの活動の再現を試みる。

(7) 境界積分方程式法による3次元均質媒質中の動的破壊過程シミュレーションで自由表面の効果を考慮する手法を開発したが,その精度評価を行う.また,大規模な三次元複雑形状の任意領域を対象とした有限要素法解析の高速モデリング手法,効率的な解析手法の開発を行う.

(7)平成20年度成果の概要:

(1) 低周波地震やスロースリップイベントなどゆっくりとした地震のモデル化のために、流体の移動および空隙の非弾性的生成を考慮に入れて、熱多孔質弾性体内部の動的破壊の理論的解析および数値シミュレーションを実行した(Suzuki and Yamashita, 2008)。流体の移動を考慮に入れると、系の振る舞いは、パラメタSuのみならず、透水率kに大きく依存することがわかった。なお、Suは、摩擦発熱による流体圧上昇に逆比例し、非弾性空隙生成による流体圧低下に正比例する無次元パラメタであり、k=0を仮定した一次元モデルでは、系の振る舞いを完全に支配するパラメタであることがわかっている。これまでの、研究によれば、Suが1に近いある閾値を越えると滑り強化が、それ以下だと滑り弱化が起きることが明らかになっている。本研究により、(a)通常の高速地震破壊について妥当と思われるSuよりもはるかに大きいSuを仮定する、(b)流体の移動を考慮に入れる、(c) 通常の高速地震破壊について妥当と思われるものよりもはるかに小さな初期剪断応力を仮定する、という条件のもとで、ゆっくりとした地震の特徴(きわめて小さな応力降下量を持つことや、断層破壊速度が小さいことなど)を再現できることがわかった。これは、断層周囲の媒質から断層へ高圧流体が流入し、滑り強化の効果を弱めることによる。従って、透水率が大きいほど、断層滑りは、大きいことになる。これまでの研究を総合すると、Suや透水率の値の違いとして、通常の高速地震からゆっくりとした地震までを、動的モデルの枠組みで統一的に理解できることになる。

 図1.断層面上のせん断応力と滑りの関係。Suについて三つの可能性を仮定し、それぞれについて透水率がゼロの場合とそうではない場合を仮定している。なお、仮定したSuの範囲では、透水率をゼロとすると強い滑り強化が起き、すべりはすぐに停止する。透水率がゼロではない場合は、流体の断層面への流入により、滑り強化がわずかな滑り弱化に転じ、その結果滑りを助長する。これが、ゆっくりとした滑りの原因となる。

図1.断層面上のせん断応力と滑りの関係。Suについて三つの可能性を仮定し、それぞれについて透水率がゼロの場合とそうではない場合を仮定している。なお、仮定したSuの範囲では、透水率をゼロとすると強い滑り強化が起き、すべりはすぐに停止する。透水率がゼロではない場合は、流体の断層面への流入により、滑り強化がわずかな滑り弱化に転じ、その結果滑りを助長する。これが、ゆっくりとした滑りの原因となる。

図2.破壊先端の成長の様子。縦軸は時間、横軸は空間を表し、破壊は、x=0 で両方向へ開始している。なお、細い実線は破壊の成長開始により放射されたS波のフロントである。また、パラメタはSuの値をあらわす。Su=10の場合は、破壊先端の成長速度は、ほぼ、10m/s程度である。

図2.破壊先端の成長の様子。縦軸は時間、横軸は空間を表し、破壊は、x=0 で両方向へ開始している。なお、細い実線は破壊の成長開始により放射されたS波のフロントである。また、パラメタはSuの値をあらわす。Su=10の場合は、破壊先端の成長速度は、ほぼ、10m/s程度である。

 (2) 不均質媒質中において非平面地震断層の動的破壊解析を行うための新たな数値手法、境界積分法と有限差分法を組み合わせたハイブリッド法、の開発を行った(Kame and Aochi, 2009)。境界積分法は非平面断層の破壊解析に実績があるが、そこで用いる「応力核」には媒質のグリーン関数の解析解を必要とし適用対象が均質媒質に限られている。境界積分法におけるこの「均質媒質制限」を克服すべく、本研究では不均質媒質に対する「応力核」を有限差分法により数値的に評価することを試みた。まず、「解析解応力核」が既知の無限均質媒質に対して、有限差分法で評価した「数値解応力核」の有効性の検証を行った。「数値核」が十分な精度を持つためには、境界積分法の単位要素サイズに対して有限差分法の格子サイズを100倍程度細かく取る必要があることが分かった。また、短周期ノイズを含む有限差分法の一次出力から「実効的な数値核」を抽出するためのフィルターの作成をおこなった。こうして得た「数値核」を適用するハイブリッド法を用いた破壊計算結果を検証したところ、境界積分法によるものと精度良く一致した。次に、このハイブリッド法により自由表面を導入した半無限媒質中の平面断層破壊問題に取り組んだ。ここでは自由表面に対して30度傾く衝上断層の2次元モデルを用いて、地下深部から上昇する動的破壊の解析を行った。その結果から、自由表面に向かう破壊進展はせん断波速度を超えて加速する強い傾向がある、という新しい知見を得た。今後、このハイブリッド法を用いて、現実的な不均質媒質構造や分岐断層形状を考慮したモデル解析を行いたい。

(3) とくに進展はなかった.

(4) 断層ガウジを模擬した粉体層の摩擦強度回復過程をモデル化した計算コードを使用して不安定すべりのダイナミクスをシミュレートし、薄い粉体層がアスペリティ的な急加速と余効すべり的なゆっくりした減速の両方を示すことが発見された(図3)。後期過程のゆっくりした減速は、粉体層の速度強化的な摩擦法則に起因することが分かった。またその結果として、粉体層がすべりの全過程において弱化を続けるため、臨界すべり長が全すべり量に等しくなることも発見された。この結果は、粉体層のように内部構造を持った面のすべりでは、臨界すべり長が面の幾何的性質だけでなくダイナミクスにも依存することを示している(Hatano, 2008)。

 図3.離散要素シミュレーションで再現された粉体層のすべりの様子。黒線はすべり量、赤線はすべり速度を表す。急加速する初期過程と非常にゆっくりした減速を示す後期過程に分かれている。

図3.離散要素シミュレーションで再現された粉体層のすべりの様子。黒線はすべり量、赤線はすべり速度を表す。急加速する初期過程と非常にゆっくりした減速を示す後期過程に分かれている。

(5) 東北日本脊梁山脈を対象に、非線形粘弾性と塑性を考慮した有限要素法により、不均質レオロジー構造を考慮した3次元の変形と断層形成過程のモデル化を行った(Shibazaki et al., 2008)。図4にモデル領域と仮定した地温勾配の分布を示す。図5にシミュレーション結果を示す。シミュレーション結果では、北上低地西縁断層帯と、横手盆地東縁断層帯に相当する断層が形成される。また、断層帯は、北部と南部に存在する高温地帯で、走向が高温地帯に向かうように変化する。2008年岩手・宮城内陸地震は、北上低地西縁断層帯の南部延長から、火山地帯に近づくような走行で破壊が生じたが、シミュレーションで得られた断層の走行と調和的である。

 図4.(a) 3次元のモデル。(b)地温勾配の分布。赤色の部分で温度が高く、青色の部分で温度が低い。

図4.(a) 3次元のモデル。(b)地温勾配の分布。赤色の部分で温度が高く、青色の部分で温度が低い。

図5.5000年間に生じる(a)全歪と(b)隆起量(cm)。

図5.5000年間に生じる(a)全歪と(b)隆起量(cm)。

(6) 三次元プレート境界の形状と遷移領域の摩擦構成則を考慮したモデル化により、東南海地域から東海地域沈み込み帯深部で発生するスロースリップイベント(SSE)の再現を試みた。Obara (2009)により決められた低周波微動の震源を基に、SSEのパッチを設定した。シミュレーションの結果は、観測されるSSEの活動様式と調和的で、発生間隔は、パッチのサイズが大きくなるほど大きくなり、プレート収束速度が小さくなるほど大きくなることが示された。また,スロースリップイベントについてのシミュレーション研究について,これまでに提案されているモデルを整理した(芝崎,2008)。

(7) 大規模三次元有限要素解析用のモデル自動構築手法の高速化,計算量を軽減したソルバーを開発した.また,これらの手法を用いた地殻構造インバージョン及び階層型解析による高分解能化のための基礎研究を行った(Ichimura and Hori, 2009).

(8) 年次計画に記載した内容のほか、バネ‐ブロックモデルに基づいた数値シミュレーションを行い、時空間相関等の地震の統計的諸性質が摩擦則パラメータや弾性パラメータにどのように依存するかを系統的に調べた。近年、標準的な摩擦構成則として広く用いられている速度・状態依存摩擦則をバネ‐ブロックモデルと組み合わせた大規模数値シミュレーションを行い、地震の統計的諸性質や先行現象を、その構成則パラメータ依存性に着目して解析・探査した。とりわけ、地震先行現象としての破壊核形成過程に着目し、その物理プロセスとその構成則パラメータ依存性を解析した(Mori and Kawamura, 2008a,b,c)。

(8)平成20年度の成果に関連の深いもので、平成20年度に公表された主な成果物(論文・報告書等):

 Hatano, T., Scaling Properties of Granular Rheology near the Jamming Transition, J. Phys. Soc. Jpn., 77(12), 123002, 2008.
 Ichimura, T. and M. Hori, Structural seismic response analysis based on multiscale approach of computing fault‐structure system, Earthquake Engineering & Structural Dynamics, DOI: 10.1002/eqe.861 (in press).
 Kame, N. and H. Aochi, A hybrid FDM‐BIEM approach for earthquake dynamic rupture simulation, 12th International Conference on Fracture Proceedings, Ottawa, Canada, 2009, accepted.
 Mori, T. and H. Kawamura, Simulation study of the two‐dimensional Burridge‐Knopoff model of earthquakes, J. Geophys. Res., 113, B06301, 2008a.
 Mori, T. and H. Kawamura, Simulation study of earthquakes based on the two‐dimensional Burridge‐Knopoff model with the long‐range interaction, Phys. Rev. E77(5), 051123, 2008b.
 Mori, T. and H. Kawamura, Spatiotemporal correlations of earthquakes in the continuum limit of the one‐dimensional Burridge‐Knopoff model, J. Geophys. Res., 113, B11305, 2008c.
 芝崎文一郎,沈み込み帯深部で発生するスロースリップイベントのモデル化,地震2,受理,2008.
 Shibazaki, B., K. Garatani, T. Iwasaki, A. Tanaka, and Y. Iio, Faulting processes controlled by the nonlinear flow in the deeper crust and upper mantle beneath the northeastern Japanese island arc, J. Geophys. Res., 113, B08415, doi:10.1029/2007JB005361, 2008.
 Suzuki,T. and T.Yamashita, Dynamic modeling of slow fault growth based on thermoporoelastic effects and inelastic generation of pores, submitted to J. Geophys.Res., 2008.

(9)本課題の5ヵ年の成果の概要:

 現在の地殻活動予測シミュレーションでは考慮されていない物理過程として,流体の移動および空隙の非弾性的生成を考慮した破壊伝播のシミュレーションなどが行われた.また,粉体のシミュレーションも行われ,微視的なものも含め,破壊や摩擦の物理過程に関する理解は深まった.しかしながら,これらを大規模な地殻活動予測シミュレーションモデルに組み込む努力は不十分であり,次期計画での重要な課題である.また,不均質媒質中での破壊伝播を扱う新たな数値解析手法が開発され,今後の応用に期待できる.地殻活動予測シミュレーションでは,主としてプレート境界型地震を対象としているが,有限要素法により内陸地震発生機構のためにモデルも開発されている.これについても今後の進展に期待がもてる.

(10)実施機関の参加者氏名または部署等名:

 加藤尚之,加藤照之,堀宗朗,山下輝夫,波多野恭弘
 他機関との共同研究の有無:有
 九州大学 亀伸樹,東京工業大学 市村強,建築研究所 芝崎文一郎

(11)公開時にホームページに掲載する問い合わせ先:

 部署等名:地震予知研究推進センター
 電話:03‐5841‐5812
 e‐mail:nkato@eri.u‐tokyo.ac.jp
 URL:http://www.eri.u‐tokyo.ac.jp/index‐j.html

お問合せ先

研究開発局地震・防災研究課

(研究開発局地震・防災研究課)