スラブ内地震の発生機構の解明

平成20年度年次報告

課題番号:1209

(1)実施機関名:

 東北大学大学院理学研究科

(2)研究課題(または観測項目)名:

 スラブ内地震の発生機構の解明

(3)最も関連の深い建議の項目:

 1.(1)イ.列島規模のプレート内の構造と変形

(4)その他関連する建議の項目:

 1.(2)ア.プレート境界域における歪・応力集中機構
 1.(3)ア.断層面上の不均質性

(5)本課題の平成16年度からの5ヵ年の到達目標と、それに対する平成20年度実施計画の位置付け:

 沈み込むプレート(スラブ)内の地震活動については、プレート境界地震や内陸地震に比べ、その発生機構の理解が遅れている。しかしながら、1993年釧路沖地震、1994年北海道東方沖地震、2001年芸予地震、2003年宮城県沖地震など大規模な地震がスラブ内でしばしば発生して大きな被害を及ぼすことから、スラブ内大規模地震の発生予測に向けたスラブ内地震の発生機構の理解は急務であるといえる。また、スラブ内の含水鉱物の脱水反応により生じた水などの流体は、脱水不安定説に見られるようにスラブ内地震の発生原因として重要であるとともに、マントルウェッジ内の二次対流として陸域下に達し、内陸地震の発生機構と深く関わること、また、プレート境界地震とスラブ内地震との相互作用が指摘されていることなどからも、スラブ内地震の発生機構の理解は重要な課題であるといえる。
 以上のような観点から、詳細なスラブ内地震の震源分布・スラブ内の不均質構造をもとめ、流体との関連という視点を踏まえ、スラブ内地震の発生機構の理解を深めることを目的として、研究を行ってきた。平成20年度はこれまでの成果を踏まえ、北海道から東北地方に至る太平洋プレートの詳細な形状を震源再決定によりもとめ、島弧会合部を含む領域でのプレートの変形過程や地震活動の特徴を明らかにする。さらに、スラブ及びその周辺の地震波速度構造などの推定をおこなう。これにより、スラブ内地震の発生機構をモデル化することをめざす。

(6)平成20年度実施計画の概要:

 北海道から東北地方に至る太平洋プレートの詳細な形状を震源再決定によりもとめ、島弧会合部を含む領域でのプレートの変形過程や地震活動の特徴を明らかにする。さらに、海域で発生する地震のsP depth phaseを利用するなど、種々の工夫を行い、スラブ及びその周辺の地震波速度構造などの推定をおこなう。これにより、スラブ内地震の発生機構をモデル化することをめざす。

(7)平成20年度成果の概要:

太平洋プレートの海洋性地殻の不均質構造~島弧走行方向の変化

 地震波速度トモグラフィにより、太平洋スラブ最上部に含水化した海洋性地殻に対応する低速度領域を明瞭にイメージングすることに成功した。海洋性地殻は東北では深さ約80km、関東では120‐150km程度まで低速度異常を示す。この結果は、速度変化を伴う地殻物質の相転移がその深さで起こっていることを示唆しており、東北と関東で高密度相へ相転移する深さが異なることを示している。関東で低速度域のおよぶ深さが深くなるのは、直上にフィリピン海スラブが沈み込んでいるために、太平洋スラブが地殻の温度が東北よりも低温であるためと考えられる。さらに、東北、関東とも海洋性地殻が低速度から高速度になる領域でスラブ地殻内の地震活動が極めて活発であるという特徴があり、これは脱水反応により放出された水が地殻内地震の発生に関与していると考えると説明がつく。

図1.挿入図の測線に沿うP波速度構造の鉛直断面。黒線は太平洋スラブの上部境界、黒丸は微小地震である。緑は1993年釧路沖地震(M7.8)の余震域をあらわす。白線はDWS=500の領域、地表の黒線は陸域を示す。

図1.挿入図の測線に沿うP波速度構造の鉛直断面。黒線は太平洋スラブの上部境界、黒丸は微小地震である。緑は1993年釧路沖地震(M7.8)の余震域をあらわす。白線はDWS=500の領域、地表の黒線は陸域を示す。

北海道下の太平洋スラブ内の不均質構造~二重深発地震面下面に沿う低速度領域~

 Double‐difference tomography 法を用い、北海道東部の太平洋スラブ内の詳細な速度構造を推定した。その結果、二重深発地震面下面に沿って低速度域が分布すること、地震活動があまり活発でない上面と下面の間(面間)は高速度であることが明らかになった。ただし、1993年釧路沖地震(M7.8)の余震域は下面から面間に向かってほぼ水平に伸びているが、そこでは面間であっても例外的に低速度を示すという特徴がある(図1)。下面や釧路沖地震の余震域の速度は、無水かんらん岩の速度よりも小さいため、そこには水が分布することが期待される。一方で、面間の速度は無水かんらん岩でほぼ説明できることから、水があったとしても局所的であると考えられる。これらの成果は、二重深発地震面下面の地震の発生には水が深く関与していることを示唆しており、スラブ内地震の発生メカニズムとしての脱水脆性化説を支持している。

図2.(a)太平洋スラブの上10kmに沿うS波速度構造。太い黒破線は太平洋スラブとフィリピン海スラブの接触域、細い黒破線は太平洋プレートの等深度線(40km間隔)をあらわす。赤星は1987年、1921年の地震の震央、白星は太平洋スラブ上のプレート境界地震である。 (b) 測線A-A’に沿うS波速度の鉛直断面。灰色の丸は微小地震である。太平洋スラブ、フィリピン海スラブの上部境界を黒線で、スラブモホ面を破線(厚さ7kmを仮定)で示してある。

図2.(a)太平洋スラブの上10kmに沿うS波速度構造。太い黒破線は太平洋スラブとフィリピン海スラブの接触域、細い黒破線は太平洋プレートの等深度線(40km間隔)をあらわす。赤星は1987年、1921年の地震の震央、白星は太平洋スラブ上のプレート境界地震である。 (b) 測線A-A’に沿うS波速度の鉛直断面。灰色の丸は微小地震である。太平洋スラブ、フィリピン海スラブの上部境界を黒線で、スラブモホ面を破線(厚さ7kmを仮定)で示してある。

関東地方における太平洋スラブ・フィリピン海スラブの接触域とプレート境界地震

 地震波速度トモグラフィによって推定された速度構造とプレート境界地震の分布から、関東下におけるフィリピン海スラブ下面と太平洋スラブ上面が接触している領域(接触域)の広がりを推定し、接触によって生じている特異な地震活動の特徴を明らかにした。両スラブの接触域は関東地方の広範囲に広がっており、接触域下の太平洋スラブではプレート境界地震が深さ約80kmまで発生している。これは、太平洋スラブのみが沈み込む東北地方より約30kmも深い。この結果は、低速度な海洋性地殻が関東下では深さ120‐150kmまで存在するという結果と調和的であり、接触域下ではフィリピン海スラブが直上に存在するため、太平洋プレートの境界が低温のまま深いところまで沈み込んでいると考えると、これらの特徴を説明することができる。

関東下に沈み込むフィリピン海スラブ東端部マントルの蛇紋岩化~その西縁に沿う変形とスラブの断裂~

 霞ヶ浦から千葉県東部にかけてのフィリピン海スラブのマントル部分に顕著な低速度域(蛇紋岩化領域)が存在することを明らかにした(図2)。この蛇紋岩化領域に関係する特徴的な地震活動として、1987年の千葉県東方沖地震(M6.7)の余震はこの蛇紋岩化域の西縁に沿って発生していること、1921年の竜ヶ崎地震(M7.0)の本震の一つの節面も蛇紋岩化域西縁の走向と一致すること、フィリピン海スラブ内の現在の地震活動も蛇紋岩化域の西縁に沿って面的に発生していることなどが挙げられる。これらの結果は、 1921年や1987年の地震は蛇紋岩化したマントルの西縁に沿うフィリピン海スラブの変形に伴う歪の一部を解消するために発生していることが示唆される。

東北日本弧・千島弧島弧会合部における上盤側プレートの構造と上面地震帯の関係

 東北日本弧と千島弧の衝突域である日高衝突帯について、 上面地震帯が深さ80‐120kmへと局所的に深くなる領域であることを確認するとともに、その原因を明らかにするために、地震波速度トモグラフィを行った。その結果、スラブ直上のマントルウェッジに、沈み込んだ千島前弧スリバーの地殻であると解釈される地殻の速度を持つ物質が分布していることを明らかにした(図3)。そのように地殻物質が太平洋プレートに覆いかぶさっているため、マントルウェッジからの加熱が妨げられ、この地域で局所的に低温となることが期待される。従って脱水分解する深さも局所的に深くなり、上面地震帯がこの地域で局所的に深くなると考えられ、脱水脆性化モデルを強く支持する観測事実であるといえる。
 その他、北東アジア地域の火山活動に太平洋スラブの深部脱水とBig Mantle Wedge内の対流が関わっている可能性、及びマントル遷移層におけるスラブ内のMetastable olivine wedgeが存在する可能性を示した。ま た、sP depth‐phaseデータを用いて前弧側太平洋下のスラブ・マントルウエッジ構造を明らかにした。

図3.マントルウェッジの地震波速度分布と上面地震帯との関係。太平洋スラブ上部境界面より10km上方の曲面に沿うS波速度の分布を重ねた。黒十字、黄星はそれぞれ上面の地震および相似地震を示す。桃色の領域は上面地震帯を示す。

図3.マントルウェッジの地震波速度分布と上面地震帯との関係。太平洋スラブ上部境界面より10km上方の曲面に沿うS波速度の分布を重ねた。黒十字、黄星はそれぞれ上面の地震および相似地震を示す。桃色の領域は上面地震帯を示す。

(8)平成20年度の成果に関連の深いもので、平成20年度に公表された主な成果物(論文・報告書等):

 Duan, Y. Zhao, D. Zhang, X. Xia, S. Liu, Z. Wang, F. and L. Li, Seismic structure and origin of active intraplate volcanoes in Northeast Asia, Tecntonophysics, in press, 2009.
 Jiang, G., Zhao, D. and G. Zhang, Seismic evidence for a metastable olivine wedge in the subducting Pacific slab under Japan Sea, Earth Planet. Sci. Lett., 270, 300‐307, 2008.
 北佐枝子,北海道・東北地方下のスラブ内地震の発生機構に関する研究,東北大学博士論文,2008.
 Nakajima, J., Y. Tsuji, A. Hasegawa, S. Kita, T. Okada, and T. Matsuzawa, Tomographic imaging of hydrated crust and mantle in the subducting Pacific slab beneath Hokkaido, Japan: Evidence for dehydration embrittlement as a cause of intraslab earthquakes, Gondwana Research, in press, 2009.
 Nakajima, J., Y. Tsuji, and Akira Hasegawa, Seismic evidence for thermally‐controlled dehydration in subducting oceanic crust, Geophys. Res. Lett., 36, L03303, doi:10.1029/2008GL0368652009, 2009.
 中島淳一・長谷川昭・弘瀬冬樹, 太平洋スラブとフィリピン海スラブの衝突による変形と関東地方の地震テクトニクス,日本地球惑星科学連合2008年大会, 千葉, 幕張メッセ, 2008.
 Shantha, S. N. G., N. Umino, A. Hasegawa, and S. H. Kirby, Offshore double‐planed shallow seismic zone in the NE Japan forearc region revealed by sP depth phases recorded by regional networks, Geophys. J. Int., in press, 2009.
 Tsuji, Y., J. Nakajima, and A. Hasegawa, Tomographic evidence for hydrated oceanic crust of the Pacific slab beneath northeastern Japan: Implications for water transportation in subduction zones, Geophys. Res. Lett., 35, L14308, doi:10.1029/2008GL034461, 2008.
 Zhao, D., Z. Wang, N. Umino, A. Hasegawa,Mapping the mantle wedge and interplate thrust zone of the Northeast Japan arc, Tectonophysics,in press, 2009.

(9)本課題の5ヵ年の成果の概要:

 二重深発地震面の上面の地震活動が70~90キロメートル程度の深さで活発化する地震の帯(上面地震帯)を発見し、この深さや2003年の宮城県沖の地震(マグニチュード7.1)の震源域周辺において地震波速度が小さくなっていることを示した。 また、北海道下のスラブ内、1993年釧路沖地震の震源域では、下面に対応する領域での速度が遅い可能性を指摘した。沈み込んだ海洋性地殻の岩石の想定される相境界と正断層型の地震の分布が良く一致し、それより海溝側で地震活動が活発となっていること、また二重深発地震面の上面と下面の活動にかなりの相関があることを示した。以上のような地震活動や速度構造の特徴は、相転位に伴う脱水反応によってよく説明できる。
 関東に沈み込む太平洋プレートでは、スラブ内の地震活動の帯が東北地方より深部に、かつ等深線に斜交して存在していることを明らかにし、フィリピン海プレートに接している部分の温度が低いために相転位が遅れることがその原因となっている可能性が高いことを示した。同様に上面地震帯が深部に位置する東北日本弧と千島弧の衝突域である日高衝突帯では、スラブ直上のマントルウェッジに、沈み込んだ千島前弧スリバーの地殻が存在するために太平海プレートに接している部分の温度が低いために相転位が遅れることがその原因となっている可能性が高いことを示した。
 変換波・小繰り返し地震・トモグラフィの結果・メカニズム解等の情報により、フィリピン海プレートの形状を高精度で推定した。
 sP変換波を利用し、太平洋下で発生する地震の深さを精度良く推定した。その結果、上面の地震は正断層型、下面の地震は逆断層型となる二重浅発地震面が東北地方太平洋下のスラブ内に広く分布することがわかった。
 日本海下・北東アジア下の深部構造や前弧側太平洋下の構造を明らかにし、地震・火山テクトニクスとの関係を議論した。

(10)実施機関の参加者氏名または部署等名:

 海野徳仁・趙大鵬・松澤暢・岡田知己・中島淳一・内田直希他
 他機関との共同研究の有無:有
 U. S. Geological Survey: Stephen H. Kirby

(11)公開時にホームページに掲載する問い合わせ先:

 部署等名:東北大学大学院理学研究科 地震・噴火予知研究観測センター
 電話:022‐225‐1950
 e‐mail:zisin‐yoti@aob.geophys.tohoku.ac.jp
 URL:http://www.aob.geophys.tohoku.ac.jp/

お問合せ先

研究開発局地震・防災研究課

(研究開発局地震・防災研究課)