課題番号:1801

平成18年度年次報告

(1)実施機関名

京都大学防災研究所

(2)研究課題(または観測項目)名

西南日本内陸における歪・応力蓄積様式の解明

(3)最も関連の深い建議の項目

(4)その他関連する建議の項目

(5)本課題の平成16年度からの5ヵ年の到達目標と、それに対する平成18年度実施計画の位置付け

 内陸大地震の発生を予測するためには、その発生機構を明らかにする必要がある。近年の研究により、これまで無視されてきた下部地殻が内陸大地震の発生をコントロールしている可能性が指摘されている。本研究の第1の目的は、現在のところほとんど分かっていない下部地殻の物性と変形機構の解明である。地球物理学者の間では、下部地殻の強度は温度とともに急激に減少し全体的に流動することが一般的な考えだったが、内陸大地震の発生過程と発生場に関する考察により以下のような可能性が指摘された。下部地殻において水は断層帯に局所化している。そのため、断層帯の強度は周辺に比べて小さくなり、変形は断層帯に集中する。下部地殻の断層帯の変形により上部地殻の断層に応力が蓄積される。この考えの検証において鍵を握るのは、下部地殻における水の分布形態であるので、比抵抗構造情報をもとにした水の不均質な分布の解明を行う。さらに、列島規模における既存のデータのコンパイルと解析によりこの考えを検証する。
 本研究の第2の目的は、上部地殻の物性、特に断層の強度の解明である。上記の研究により、力を及ぼす側としての下部地殻の変形機構が解明されるので、同時に、受け側として上部地殻の物性の解明が必要である。なぜなら、例えば上部地殻が非弾性変形しているならば、下部地殻の断層帯がいくら変形しても、上部地殻の断層には応力は蓄積されないからである。また、上部地殻の断層の強度が大きいか小さいかは世界的な論争の的であるが、断層の強度の大小により、列島規模における応力場の不均質性の現れ方が大きく変わる可能性がある。強度が大きい場合は、上部地殻が主に応力を支えるため、上部地殻の断層に応力集中が発生する。一方、強度が小さい場合は、下部地殻が応力を支えるため、上部地殻の断層は周辺に比べてむしろ応力が小さいと考えられる。さらに、強度が小さい場合は、応力蓄積の程度をメカニズム変化等から検知できる可能性がある。そこで、地震のメカニズム解の解析等により、西南日本内陸の応力場とその成因を解明する。
 これらの知見に基づき、内陸地震の発生過程と発生場、特に大規模歪集中帯の変形機構を明らかにする。
 平成18年度に計画している長野県西部地震、鳥取県西部地震および兵庫県南部地震の断層の強度と断層周辺の応力場の空間変化の推定は本計画の重要課題の一つである。長野県西部の稠密観測は、上記の目的を達成するための基礎データを提供する。比抵抗構造調査に関しては、山陰での広帯域MT観測の測線を南側に延長し、より広範な比抵抗構造の把握を行う。

(6)平成18年度実施計画の概要

 平成18年度には、長野県西部において稠密観測を継続するとともに、得られたデータと周辺の定常観測網のデータを合わせて解析して、断層近傍の応力場の推定を行う。鳥取県西部地震に関しては、未処理で残っていたデータを合わせて約2倍のデータセットを解析することにより、応力場の空間変化をより精細に検出する。兵庫県南部地震の断層近傍の応力場に関しても、既存のデータによる解析を行う。比抵抗構造調査に関しては、鳥取県−岡山県の県境周辺から南側にかけての地域で、広帯域MT観測を実施し、比抵抗構造を求めるためのデータを取得する。

(7)平成18年度成果の概要

 2000年鳥取県西部地震の余震域における応力場の空間的な変化を見出した。合同地震観測データの中で未処理だった、10月25日から11月30日までに発生した約3,000個の余震データを用い、余震分布の走向方向に沿って幅3キロメートルの領域に分割して、応力インバージョンを行った。推定された最大圧縮応力の方向は、南から北へ行くにつれて、ほぼ東西から北120度東へと変化した。ただし、鳥取県西部地震のアスペリティ(関口・岩田,2001)が推定されている領域では、応力場を推定することが出来なかった。
 応力の大きさを推定するために、鳥取県西部地震のすべりによる応力変化と余震データから推定された応力場の空間変化の比較を行った。その結果、本震の震源より北部において、応力は、地震のすべりによる応力変化に影響されないくらい大きいことが分かった。さらに、定量的な検討により、余震域北部における差応力は、深さ3キロメートルにおいて45MPa(メガパスカル)以上であることが分かった。
 上記の応力場の空間的な変化の原因を探るために、中国地方の広域の応力場を調べた。用いたデータは、西南日本合同地震観測による2002年4月から2004年5月までの約400個の地震データである(図2)。これらの地震のP軸の方位の空間分布と上記の鳥取県西部地震の余震域における結果に基づき、山陰地域に見られる帯状の地震分布(以下、地震帯と略記)に沿うregion W1とそれ以外のregion W2の2つの領域において、応力インバージョンを行った。その結果、region W2の最大圧縮応力の方向は、およそ北100度東とほぼ東西に推定されたのに対して、地震帯(region W1)では北120度東と、約20度回転していることが分かった。この最大圧縮応力の方向変化は、上記の余震域における変化とよく一致している。さらに、応力比Rについては、region W2が0.4程度であるのに対して、地震帯(region W1)では0.5程度と大きくなっているが、これも余震域の結果と調和的であった。
 地震帯における応力場の回転の原因を探るため、FEM(Abaqus)によるシミュレーションを行った。図3に用いたモデルと結果を示す。地震帯直下の下部地殻に摩擦係数の非常に小さい断層をおいた。また、本研究や鳥取大学工学部[課題番号1901]により得られた比抵抗構造およびNakajima & Hasegawa(2007)による速度構造を参考にして、日本海の下ではリゾスフェアが厚くなると仮定した。陸地の下では、地殻と上部マントルをデカップルさせている。応力インバージョンにより推定されたregionW2における応力比Rと余震域で推定された差応力の下限の値が、中国地方広域に加わる応力であると仮定して、最大・最小圧縮応力を計算し、30キロメートル以浅の地殻・上部マントルに、応力境界条件として与えた。その結果、下部地殻の断層のすべり、および、日本海下でリゾスフェアが厚くなっている効果のため、地震帯付近における最大圧縮応力軸の回転を定量的に再現することが出来た。
 地震帯では、1943年鳥取地震など大・中地震が頻発している。上記の結果は、内陸大地震は、断層直下の不均質構造のため、広域の応力場が局所的に乱され応力集中を生じるために発生することを示している。地震帯直下の不均質構造は、下記に詳しく述べるように、低比抵抗で特徴づけられ、Iio et al.(2002)により推定されているように、沈み込むスラブからの脱水で下部地殻が弱化することによるものと推定される。
 これまで山陰地域では陸上の広帯域MT観測による比抵抗構造探査が精力的に実施され(例えば、塩崎・他(1999)、笠谷・他(2002)など)、地震帯に沿って、その地殻下部に低比抵抗領域が存在すること、この低比抵抗領域は大山火山等ではより浅部にまで存在することなどを明らかにしてきた。
 このように帯状に下部地殻に分布すると考えられる低比抵抗領域の、より深い構造に関してのイメージングをさらに進めるためには、広帯域MT観測ですでに得られている見かけ比抵抗と位相という探査曲線をさらに長周期側まで延ばして取得すると共に、その観測の測線長自体を延長することが必要となる。
 平成18年度では、平成17年度に実施した、岡山側での観測点においての補充観測を実施すると共に、鳥取側において長周期帯での観測に適したフラックスゲート型の磁力計を用いたMT観測装置により、3〜6ヶ月間にわたる観測を実施した。また、当初の予定にはなかったが、観測装置を設置・回収するための船等の手当てができたため、測線をさらに北側に延長し、上述の陸域での観測と連携して、日本海鳥取沖の5地点でOBEM・OBEによる海底MT観測を実施した(図4)。陸域1観測点と、海域4観測点ではすでに観測器材の回収を行ったが、現在、陸域2点と海域1点での観測を継続中である。

(8)平成18年度の成果に関連の深いもので、平成18年度に公表された主な成果物(論文・報告書等)

(9)実施機関の参加者氏名または部署等名

京都大学防災研究所地震予知研究センター 飯尾・大志万・吉村・中尾・矢部・藤田・近藤・片尾・澁谷・西上・大見。

他機関との共同研究の有無


長野県西部における研究は防災科学技術研究所・産業技術総合研究所・名古屋大学等との共同研究。山陰地域での研究は、鳥取大学工学部(塩崎一郎)、富山大学(藤浩明)、JAMSTEC(笠谷貴史)、九州職業能力開発大学校(下泉政志、新貝雅文)
海域の観測器材回収には、東京大学海洋研究所の共同利用(淡青丸)を利用。

(10)問い合わせ先

図1.鳥取県西部地震の余震域における応力場の空間的な変化。余震分布の走向方向に沿った幅3キロメートルの領域毎に応力インバージョンにより推定された最大圧縮応力の方向(北から時計回り)。エラーバーは95パーセントの信頼限界。

図2.(左)中国地方におけるメカニズム解のP軸の空間変化。(中・右)2つのregionにおいて,応力インバージョンにより推定された主応力の方向と応力比Rを95パーセント信頼区間とともに表示。


図3.(左上)有限要素モデル。上部・下部地殻と上部マントルからなる200キロメートルかける140キロメートルかける60キロメートルのモデル領域を設定。紫色の矢印で示した部分に応力境界条件を与えた。反対側はローラー境界。(右上)計算結果。変形を72倍に拡大。1方向(北100度東)の変位量のコンターをカラー表示。(下)深さ6キロメートルにおける主応力の大きさと方向。地震帯付近で応力軸の回転が見られる。

図4.日本海鳥取沖での海底MT観測の観測点を示す。赤の星印はOBEMでの観測点、灰色の星印はOBEでの観測点を示す。また、緑の星印は長周期型のOBEMでの観測点を示す。陸域の青印は既存の広帯域MT観測点を示す。陸域での長周期帯のMT観測はほぼこれらの観測点近傍で実施した。