課題番号:1503

平成18年度年次報告

(1)実施機関名

東京大学大学院理学系研究科(地殻化学実験施設)

(2)研究課題(または観測項目)名

非揚水型多項目地球化学観測システムの高度化

(3)最も関連の深い建議の項目

(4)その他関連する建議の項目

(5)本課題の平成16年度からの5ヵ年の到達目標と、それに対する平成18年度実施計画の位置付け

 地殻化学実験施設でラドン観測を行なっている東海及びその周辺地域における地下水観測点を新たなシステムに変える予定であったが、平成11〜15年度には(5)で述べた3観測点、5観測井以外は予算化されず、平成16年度を迎えた。地殻化学実験施設が展開している観測システムとしては、旧式の揚水型ラドン測定と新式の非揚水型多成分測定が混在するため、はなはだ具合が悪くなっており、新たな5カ年計画では設備要求を行ないつつ、既存の10観測点で非揚水型多成分測定を行なうことを目標とする。さらに、新たな観測井を既存の井戸の近傍に掘削することが実現できた場合には、非揚水型多成分測定システムを導入し、3次元的なアレー観測を行ない、測定している溶存成分の伝播を調べる研究にも着手する。

(6)平成18年度実施計画の概要

 平成18年度は、歪集中帯でおきる内陸型の地震予知を目指すために、地下水のない場所での地下からの放出ガス測定のためのガスサンプリング法の開発を開始する。これと同時に、地下水観測用の新たなデータ処理システムを導入し、測定データの自動処理と自動解析を実現し、メンテナンス作業とデータ処理作業の軽減を図る。
 つぎに、地下水溶存ガスや土壌ガスの時系列を記述する統計モデルの構築や、カオス統計モデルによる解析などを行いながら、地震との関連や予測可能性について見当を始める。

(7)平成18年度成果の概要

 平成18年度は、地下水溶存ガスの連続測定システムを歪集中帯で観測が行えるようにすることを目標としたが、実際には、(1)御前崎観測井において記録されたメタン濃度の変化を説明するモデルを構築する、(2)鎌倉観測井に同様のシステムを導入し、ガス抽出システムの改良を行う、ことを行った。
 まずはじめに、御前崎観測井で得られたメタン濃度の時間変動を示す。

図1.御前崎観測井で記録されたメタン濃度の時間変化。横軸はフルスケールで2ヶ月。

 メタン濃度は、四重極質量分析計で得られる質量数スペクトルから計算された。地下水から抽出されたガス中のメタン濃度のベースラインは0.1パーセントで、大気の平均濃度の1かける10のマイナス4乗パーセントに比べて1,000倍も高い値を示した。メタン濃度の時間変化は不定期にスパイク的に変動することが特徴であった。
 この変動を観測期間中に記録された地震活動と比較する。Hi-netおよびK-NETのデータベースから、観測井と震源との直線距離が100キロメートル以内の地震を選び、それらの地震が御前崎観測井に与える影響{S}を、マグニチュードをM、距離をrとして、

で評価することにすると、

図2.観測期間中の地震活動の御前崎観測井に与える影響。横軸はフルスケールで2ヶ月。

図2のようになっており、地震活動の影響によってメタン濃度が変化したとは考えにくい。
 気体の溶解度は温度依存性がある。したがって、メタン濃度を変化は水温の変化の影響を大きく受けると考えられるが、期間中の水温は29.3019プラスマイナス0.002度で一定だったので、水温変化がメタン濃度を変動させたのではない。このほかに、揚水速度はガス抽出量に影響を与えるが、これは1.32プラスマイナス0.01L/min(リットル毎分)で一定であったため、ガス抽出量の影響も考えにくい。

図3.観測期間中の地震活動の御前崎観測井に与える影響。横軸はフルスケールで2ヶ月。

 次に水位との相関を見ると、水位が急激に上昇しているときに、メタンのスパイク変化が見られているtことが分かる(図3)。気圧を並行観測データに採用し、BAYTAP解析を行うと3つの水位の低下以外はほぼ一定であり、地殻変動に伴う間隙水圧の変化がメタン濃度を変えているわけではないことがわかる。水位変化のほとんどは気圧の応答変化によるものである。このことは、開放非自噴井の帯水層と井戸の間の地下水の交換速度を決める透水係数が、水位変動にとって支配的であることを示す。つまり、メタン濃度も、透水係数による地下水の移動に伴って引き起こされているということを示す。現在の段階では、御前崎観測井の帯水層がどのような地質学的環境にあるのかを詳細に調べることは不可能であるが、すくなくとも、地下水の移動速度がメタン濃度を決めていると考えてよい。
 このことを確かめるために、メタン濃度{C2i)}を次のようなモデルで表現してみる。

 ここで、ΔwiL)はL時間前から測った水位の増加量を示し、

で定義される。

図4.メタン濃度の時間変化のモデル計算。横軸はフルスケールで2ヶ月。

 図4にLイコール6としたときのC2i)を示す。このモデルでは、濃度の定量的な計算は正しくない部分もあるが、スパイクの出現時間はほぼ完全に再現することができた。つまり、帯水層から井戸に向かって急激に地下水が流入をはじめ、6時間程度経ったときにメタン濃度が最大値を取ることを示している。一方、緩やかな水位変化ではメタン濃度のスパイク変化が小さいことは、溶存濃度が0.1パーセントとなる程度のメタンが定常的に供給されていることを示す。したがって、御前崎の帯水層には、メタンを定常的に供給する層だけではなく、それよりも透水係数の比較的小さい、メタンを大量に供給できる別の層がつながっていることを示唆する。

(8)平成18年度の成果に関連の深いもので、平成18年度に公表された主な成果物(論文・報告書等)

(9)実施機関の参加者氏名または部署等名

角森史昭、野津憲治

他機関との共同研究の有無

なし

(10)問い合わせ先