1.(4)「地震発生の素過程」研究計画

 地震サイクル等の数値シミュレーションで説得力のある結果を得るためには、確かな根拠に基づいて破壊・摩擦構成則のパラメータの分布を与える必要がある。最近、種々の構造探査により、P波速度(Vp)、S波速度(Vs)、比抵抗、減衰の程度を表すQ等が同一断面上で比較できるようになってきた。それら観測可能なVp(P波速度)、Vs(S波速度)、比抵抗、Q等から、どのような物質がどのような状態にあり、どのような破壊・摩擦特性を持っているのか推定できるようになることを目指した実験的・理論的研究を推進する。そのためには、室内実験によりVp(P波速度)、Vs(S波速度)、比抵抗等と、破壊・摩擦特性を様々な条件下で同時測定することが必要である。また、Vp(P波速度)、Vs(S波速度)、比抵抗、Q等は地殻中の水の状態に強く依存するため、間隙水の実体に関する研究、浸透率構造に関する研究等も併せて推し進める。
 また、摩擦破壊現象の物理・化学的素過程を実験的に明らかにしていくことによって、アスペリティの実体、摩擦破壊現象の大規模・小規模摩擦破壊現象の類似性などについて理解を深めることを目標とする。
(なお、[課題番号:1409]及び[課題番号:1410]は、東京大学地震研究所の課題であるが、[課題番号:1409]は横浜市立大学と、[課題番号:1410]は東北大学、東京大学理学系研究科、富山大学、静岡大学、京都大学、大阪大学との共同研究課題であるため、本文中では当該研究を主に実施した機関名を示してある。)

ア.摩擦・破壊現象の物理・化学的素過程

(蛇紋岩等の変形特性)

 水が沈み込み帯の岩石の力学的性質に及ぼす影響を調べるため、高封圧(800MPa(メガパスカル))下における蛇紋岩と石英岩の変形実験を行った。アンチゴライト(高温安定型蛇紋石)はこの圧力下で、650度前後で脱水反応を起こし、オリビンとタルクに分解する。遅い歪速度では脱水軟化が起こり、定常的な流動変形がみられたが、速い歪速度ではせん断帯の形成とともに歪硬化を起こすなどの結果が得られた。石英岩の変形実験では、歪エネルギーに駆動される再結晶による結晶方位の選択配向がみられた。(東京大学理学系研究科[課題番号:1410])

(高速摩擦特性)

 ロータリー式摩擦試験機を用いた中滑り速度領域の実験において、トルク計測部に軸力干渉の問題があることが判明したため、軸力の影響を受けないトルクセンサーを開発し、試験機に組み込んだ。これを用いて、斑レイ岩試料について、定常摩擦の速度依存性を調べるための実験を行った。予察的ではあるが、1MPa(メガパスカル)程度以下の低垂直応力条件下の実験では、摩擦が大きな負の速度依存性を持つ100ミリメートル毎秒を超える高速域の手前に、僅かに速度依存性が正になる可能性が示された。(京都大学[課題番号:1410])。
 地殻流体状態方程式の実験装置を改良し、実験精度を高め、CO2(二酸化炭素)を含む水の状態方程式を求めた。四万十帯と台湾車籠埔(チェルンプ)断層からのシュードタキライト(摩擦溶融岩)の分析を行った。特に車籠埔断層のシュードタキライトの溶融度は極めて低く、摩擦発熱による低溶融層が滑りを抑制した可能性がある。この他、固着滑り実験を実施し、数十ミクロンの滑りの後に瞬間的に溶融すること、生成されるガウジ自身が滑り距離とほぼ等しいアスペリティとなり、瞬間的な溶融を促進することを明らかにした。また、模擬ガウジを挟んだ固着滑り実験を実施し、リーデルシア(ガウジ層内に形成されるせん断面)がガウジと既存断層面と交わる付近で固着滑りの核が生成されるらしいことを突き止めた(東北大学[課題番号:1410])。

(広帯域AE計測)

 平成16〜17年度に設計された、封圧の影響を受けないようにセンサーが封入できる圧盤の性能向上のために、信号取り出し部に改良を加え、また、ノイズ低減のためにセンサーシールド部を圧盤本体から絶縁させた。稲田花崗岩試料を用いて封圧80MPa(メガパスカル)常温下で三軸圧縮試験を実施し、記録されたAE(微小破壊)信号の振幅と卓越周期に正の相関が見られることを示した。このことは、AEの規模と卓越周期の関係が定性的に自然地震と同じであることが示唆されるとともに、広帯域センサーが機能していることが明らかにされた(立命館大学[課題番号:1410])。
 既存の実験データの詳細な解析を行い、AE活動の統計的性質の時間変化を調べ、巨視的破壊の直前に、エネルギー放射率の加速度的増加、b値の減少、フラクタル次元と相関距離が減少から増加へ転じることが確認された(図34)。複数のパラメータの変化に着目することにより、巨視的破壊発生の予測の信頼性が増す可能性が示された(産業技術総合研究所[課題番号:5007]、Lei, 2006Lei and Satoh, 2007Satoh and Lei, 2006Moura et al., 2006)。

(弾性波による摩擦強度のモニター)

 ガウジ(破砕物質)を挟んだ模擬断層について断層面を透過した弾性波動の変化を観測する実験を実施した。せん断試験によりslide-hold-slide試験をhold時のせん断応力やhold時間を変えながら行い、透過波振幅、せん断応力、ガウジ層の厚さなどを測定した。せん断応力のデータは、時間に依存した強度回復が観察されないこともある。しかし透過弾性波の振幅データは、常に観察された(図35)。つまり、滑らせなければ分からない断層面の状態を滑らせなくても分かるようにしたい、というのが動機であったが、ガウジ層の場合、滑らせたのでは失われてしまう情報が透過弾性波で分かることが示されたのである。またhold後の微小変位による透過振幅の急激な減少が見られた。この変化はYoshioka and Sakaguchi(2005)で報告されている前兆的な振幅の減少に対応するものと考えられる。計画に加え高温高圧下での真の三軸圧縮実験を行い、岩石のクリープ特性が中間主応力の影響を強く受けることを明らかにした(図36)(東京大学地震研究所[課題番号:1409]、Nagata et al., 2006a,b、吉田・他,2007)。

(透過弾性波と離散要素法で探る応力下のガウジの挙動)

 粒度分布がフラクタル分布をするガウジ層に対して弾性波透過実験を行うとともに、離散要素法によるシミュレーションを実施した。また軟らかな物性をもつガウジ層に対しても実験を行った。前者については、透過波動の変化がより早い段階から現出することが確かめられたが、後者についてはまだ十分な成果が得られていない。また、計画にはなかったが、光弾性物質を用いてせん断実験を行い、ガウジ層内の応力鎖の変化をとらえることに成功した(図37)(横浜市立大学[課題番号:1409]、Yoshioka and Sakaguchi, 2006Yoshioka and Iwasa, 2006,Hori et al., 2006)。

(破壊に伴うガス放出)

 破壊に伴うガス放出は前兆現象や断層の状態変化のモニターに極めて有効であるにも関わらず、その物理・化学的素過程はほとんど未知であった。このため実験的にガス放出メカニズムの素過程を調べた結果、断層破砕帯から採取した岩石資料へのメタンガス濃集と岩石破壊に伴うガス放出を確認した。メタンはヘリウムや水素とともに断層化学モニターによって検出可能かつ有望なガスであるので、断層状態変化モニターに利用する基礎実験について準備(装置実装)を行なった。(東京大学理学系研究科[課題番号:1410])。
 岩石破壊に伴って放出されるガスの空間的な起源を詳細に調べ、どのような条件でガス放出が起きるのかについて検討を行った。11kPa(キロパスカル)毎秒と22kPa(キロパスカル)毎秒の二つの圧縮速度で圧縮を行い、真空容器内に放出されてくるガスの量と組成を四重極質量分析計で計測した。22kPa(キロパスカル)毎秒の圧縮速度のときは、破壊点においてのみ多くのガス放出が認められたが、11kPa(キロパスカル)毎秒のときは、破壊圧力の6割程度に達したころからメタンの緩やかな上昇が観測された(図38)。メタンが花崗岩中のどこにあるかを調べるため、放出される全ガス量と組成を測定した。その結果、メタンはほとんど鉱物内にあり、鉱物が破砕されることによってのみ外に放出されること分かった(東京大学理学系研究科[課題番号:1501])。

イ.地殻・上部マントルの物質・物性と摩擦・破壊構成則パラメータ

(高温高圧での弾性波速度の測定)

 アンチゴライト結晶粒子の向きが揃っている蛇紋岩を使用し、異方性を調べるための物性測定を行った。18面体に整形した蛇紋岩試料の弾性波速度を測定し、試料の全弾性定数を決定した。アンチゴライトを含む高温安定型蛇紋岩が低温型に比べて、高速、低ポアソン比であることを確かめた。また、圧力1GPa(ギガパスカル)、常温〜600度でP波速度を測定し、非常に強い異向性があることを明らかにした(図39)(富山大学[課題番号:1410])。

(岩石の電気伝導度測定)

 蛇紋岩中で支配的な電気伝導経路となる磁鉄鉱の分布を調べた。主として、低温型では分散的、高温型では脈状であることが分かった。これは、蛇紋岩化の際に存在した流体の動きを示唆するものと考えている。磁鉄鉱の合成多結晶体の電気伝導度測定を行い、電気伝導度の温度依存性を明らかにした。単結晶の物性との比較から結晶粒界の伝導が支配的な伝導メカニズムであることが分かった(富山大学[課題番号:1410])。

展望と課題

 「地震発生の素過程」は第2次新地震予知研究計画から始まった研究計画であるが、3年目にあたる平成18年度は、建議で推進すべきと謳われている複数パラメータの同時測定を含め、地震発生条件での力学・物性データが着実に得られており、個々の素過程のメカニズムを明らかにする研究も着実に進展した。引き続き研究を進めることが重要であろう。大変位実験については計測精度を向上させて相似イベントと滑り速度との関係を解明する必要がある。南アフリカ大深度鉱山においては自然地震発生に伴うAE活動度の変化をモニターすることが課題である。断層面の状態を透過弾性波によってリモートセンシングする研究は、ガウジ層をはさむ模擬断層を使った研究に発展した。実際の断層に適用できるかどうかの検討が今後の重要課題である。室内実験及び数値実験によりガウジ層の応力鎖に関する理解が深まり、また、破壊に伴うガス放出メカニズムが実験により明らかになった。今後は放出量がなぜ圧縮速度に依存するのか解明することが課題である。水が沈み込み帯の岩石の力学的性質に及ぼす影響に関する研究はある程度進展が見られたが、間隙水の実体に関する研究、浸透率構造に関する研究も引き続き務める。

参考文献


図34
 岩石破壊に至るAE統計パラメータの時間変化(産業技術総合研究所[課題番号:5007])。


図35
  slide-hold-slide試験におけるガウジ層を透過したP波振幅とせん断応力。せん断応力を1MPa(メガパスカル)下げてholdしてからslideさせたとき、せん断応力の観察からはlog t healingが見えないが、透過振幅からはhold中にlog tに比例して強度が回復しているのが分かる(東京大学地震研究所[課題番号:1409])。


図36
 真の三軸圧縮応力実験で得られた、定常クリープ時における歪速度に対する最大主応力-最小主応力。中間主応力が増すと、同じ歪速度で変形させるのに要する最大主応力が増加する(東京大学地震研究所[課題番号:1409])。


図37
 図の上下中央が光弾性材料による模擬ガウジ層。矢印はせん断力の方向。せん断力を増加させたときに撮った2枚の写真の比較(差)図。図の黒い部分は歪が増えた部分で、白い部分は歪が減少した部分。水平方向から45度の方向に、柱構造が形成されつつあるのが分かる(横浜市立大学[課題番号:1409])。


図38
 岩石圧縮に伴うメタン濃度の増加の様子。横軸は破壊時刻が1となるように規格化した時間。縦軸は放出ガス中のメタン濃度。赤線が11.1kPa(キロパスカル)毎秒、黒線が22.2kPa(キロパスカル)毎秒の条件で圧縮したときの変化を示す(東京大学理学系研究科[課題番号:1501])。


図39
 蛇紋岩のP波速度(富山大学[課題番号:1410])。

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