2.学術情報発信・流通の推進

(1)オープンアクセス

1.オープンアクセスの概要

 学術情報流通は、元々、研究者間のコミュニケーションを基本としているが、研究成果の公表が学会や出版社による学術雑誌を介して行われるようになり、さらに20世紀後半には科学技術・学術研究への政府助成などに伴い増大した研究成果の流通に、商業出版社が主導的な役割を果たすようになった。その結果、学術雑誌が高騰し、研究成果の生産者である研究者にとって学術情報の入手が困難になる状況が生じた。

 このような状況への対処とインターネットの普及を受けて学術情報をインターネットから無料で入手でき、誰でも制約なくアクセスできるようにするというオープンアクセスの発想が1990年代に生まれた。オープンアクセスを実現する手段は多様であるが、オープンアクセス雑誌や、雑誌刊行から一定の期間経過後に無料でアクセス可能となるいわゆるエンバーゴ後の無料公開など、学術雑誌の刊行主体が行うものと、機関リポジトリ、専門分野別のアーカイブなどへの研究者自らが論文等を登載していくものによるものとに大別できる。

2.オープンアクセス推進の意義・必要性

   論文などの学術研究成果は、本来、人類にとって共通の知的資産であり、その内容を必要とする全ての人がアクセスできるようにすることが求められる。このような観点から、オンラインにより無料で制約なく論文等にアクセスできることを理念とするオープンアクセスを推進する必要がある。

 特に、科学研究費補助金等の公的助成により研究が推進され、そこから生まれた研究成果である学術情報については、社会的透明性を確保し、説明責任を果たす観点からも、オープンアクセスを促進することが重要であると考えられる。例えば、米国の国立衛生研究所(NIH)では、平成20年4月から、NIHからの研究助成による成果論文について、同研究所が運営する分野別リポジトリである PubMed Centralへの登載によるオープンアクセスを義務化するなどの動きも見られる。

 我が国においても、国立大学図書館協会が、本年3月、新しい学術情報流通を支えるため、政府、研究者、大学・研究機関及び大学図書館等関係者に対して、公的助成を受けた研究成果や研究データのオープンアクセスの促進など、オープンアクセスへの支持と促進を訴える声明を発出したところである。

 大学等の教育研究機関も、社会への説明責任を強く求められるようになっており、例えば、機関リポジトリなどを使って、所属研究者の研究成果を広く社会に向けて公開することにより、大学等に対する社会からの認知を高め、説明責任の一端を果たしていくことが期待される。

 また、機関リポジトリなどによるオープンアクセスを推進することにより、学術情報の発信から利用に至るまでの流通の在り方が、情報化社会のメリットを最大限に活かした形で定着していくことが期待される。

 このように、機関リポジトリの構築・運用は、学術雑誌に掲載されてきた査読や編集を経た論文のみならず、学位論文、研究報告書、授業の資料など、これまであまり流通していなかった様々な学術情報が電子化され、広く流通することにも繋がるものであり、学術研究活動全体の活性化にも有意義であると考えられる。

 なお、オープンアクセスの推進は、国際的な学術雑誌の価格上昇の問題に直接的な因果関係を有するものではないが、我が国を含め世界的にオープンアクセスの動きが進められることにより、結果として、間接的に学術雑誌の価格問題の解決に繋がっていくことも期待される。

3.オープンアクセスの現状

 無料で利用できるオープンアクセス雑誌は、従来の有料雑誌とは異なり、著者の投稿料等によって刊行されるため、未だ主流になっているとは言えない状況にある。また、機関リポジトリに関しても、その構築数、登載論文数ともに着実に増加しているとはいえ、従来の商業出版社が刊行する学術雑誌が中心となっている学術情報流通全体の中では、まだ大きな部分となっているとは言い難い。しかし、米国の国立衛生研究所(NIH)のPubMed Centralや米国コーネル大学における物理学を中心とするarXivなどの分野別リポジトリは、対象とする範囲が限定されているものの、政府などの支援により、当該分野の論文の一部分を確実に収集、提供するものとなってきている。機関リポジトリやオープンアクセス雑誌に関しても、今後さらなる発展の可能性を秘めているといえる。

 さらに、これら機関リポジトリやオープンアクセス雑誌のような典型的なオープンアクセスの手段だけでなく、多様な形態により、結果として論文が無料で入手できる状況が広がりつつある。例えば、大学系出版社などでは、雑誌刊行から一定の期間経過後に無料でアクセス可能とすることを積極的に進めている。また、大手の商業出版社は、著者が一定の料金を支払うことにより、当該著作の論文について、オープンアクセスとすることを選ぶことのできる選択肢を用意しているものもある。

 我が国において、学協会が刊行する学術雑誌の電子化が未だ十分だとは言えない状況の中で、科学技術振興機構が推進しているJ‐STAGE(科学技術情報発信・流通総合システム)は、科学技術情報の電子化促進などにより、我が国の科学技術情報の発信と流通の迅速化と国際化を図ることを目的とした事業であり、500を超える学術雑誌を電子化し、25万件以上の論文フルテキストを提供している。J‐STAGE(科学技術情報発信・流通総合システム)を利用しているかなりの割合の学協会が刊行する学術雑誌は、冊子体の雑誌の販売は続けながらも、電子版は無料で公開する方針をとっており、実質的にオープンアクセスの実現に貢献している。これらは我が国の学術情報の国際的な発信を支えるものとして重要な役割を果たすものといえる。また、J‐STAGE(科学技術情報発信・流通総合システム)は、海外の関連機関等との連携も進んでいる。

 また、国立情報学研究所が推進しているSPARC Japan(国際学術情報流通基盤整備事業)は、我が国の英文学術雑誌の電子化及び公開を促進するとともに、海外の学術情報流通に係る関連機関等に対する我が国の学術雑誌出版者のネットワークを強化するものであり、高く評価できる。学協会と大学図書館との連携の場を提供し、また、研究者に対しても様々な啓蒙を行う上でも、有効な事業である。

4.オープンアクセスを推進するために必要な取組と課題

 我が国の学術情報発信の強化のため、オープンアクセスを一層推進する必要がある。このため、国立情報学研究所が実施する機関リポジトリ構築連携支援事業やSPARC Japan(国際学術情報流通基盤整備事業)、科学技術振興機構が実施するJ‐STAGE(科学技術情報発信・流通総合システム)などの関連する事業の充実を図りながら、着実に実施していく必要がある。

 なお、科学研究費補助金などの公的資金の助成を受けて展開された研究の成果については、社会的な透明性や説明責任を確保する観点からも、国民が等しく、ひいては世界中からアクセスが可能となるよう、オープンアクセスをより強く進めていく必要がある。2.(1)の2.でも述べたように、欧米では研究助成機関による助成を受けた研究成果のオープンアクセスを義務化する動きもあるところであり、我が国においても研究成果となる学術論文等のオープンアクセスの義務化も含めた対応の強化に向けた検討が必要である。

 一方、機関リポジトリの構築が進むなどオープンアクセスの方向性が加速された場合でも、実際に有意義な情報発信が活発に行われるためには、各研究者が研究成果の発信に臨む意識・姿勢の問題が重要となる。このため、研究者がオープンアクセスの意義を理解し、自らの研究成果の発信に積極的に取り組むよう、オープンアクセスの意義を広め、研究者の意識改革を図っていくことも重要である。

 また、我が国の学協会関係者については、オープンアクセスの動きに関して消極的であるとの指摘もある。その背景として、我が国の学協会は、科学研究費補助金(研究成果公開促進費)や科学技術振興機構が実施しているJ‐STAGE(科学技術情報発信・流通総合システム)などの支援を受けて学術雑誌を電子化し公開している現状にあるが、各学協会においては、限られた職員でこれに係る業務に対応せざるを得ない状況にある。このため、オープンアクセスの方針が示されても、それに対する理解や積極的な対応の検討が進まない要因となっていると言うことができる。

 このため、オープンアクセスの推進のためには、個々の研究者の意識改革とともに、我が国の学協会が行う学術情報の電子化等に対する支援の強化が必要である。

(2)機関リポジトリ

1.機関リポジトリの現状

 機関リポジトリは、大学及び研究機関等において生産された電子的な知的生産物を保存し、原則的に無償で発信するためのインターネット上の保存書庫である。研究者自らが論文等を登載していくことによる学術情報流通を改革すると同時に大学等における教育研究成果の発信を実現し、社会に対する教育研究活動に関する説明責任の保証や、知的生産物の長期保存などの上でも、大きな役割を果たすものである。

 また、機関リポジトリは全世界で約1400機関において構築されているが、我が国においては102機関(平成21年3月現在)で構築されており、国別の機関数では、世界のトップクラスにある。また、その内容としては、フルテキストで40万件以上、メタデータで60万件以上を登載している。登載論文の内容は、学術雑誌論文だけでなく、学位論文、研究成果報告書、教材など多岐にわたっているが、全体の約5割が、大学紀要論文という点が我が国の機関リポジトリの大きな特徴といえる。

 我が国における機関リポジトリを推進するための主な施策としては、国立情報学研究所が大学等との連携により推進している「学術機関リポジトリ構築連携支援事業」が挙げられる。国立情報学研究所においては、平成16年度に機関リポジトリ構築ソフトウェア実証実験プロジェクトを開始し、平成17年度には19機関を対象として機関リポジトリ構築支援事業を委託した。その後、平成18、19年度においては機関リポジトリの全国展開と高度化を目指して、各大学等における機関リポジトリの構築・運用及びそのための先端的な研究開発を支援した。さらに平成20、21年度においては機関リポジトリのさらなる普及に努めるとともにリポジトリ相互の連携による新サービスの創出に繋がる事業の支援を行っているところである。 

2.機関リポジトリの今後の在り方と課題

 我が国の大学等における積極的な学術情報の発信を促進していくため、国立情報学研究所が大学等と連携して推進している機関リポジトリの構築について、今後さらに充実し推進していく必要がある。

 同時に、各大学等において構築したリポジトリを今後も継続して運営していく上では、大学全体におけるリポジトリ事業の位置付けの明確化、図書館業務としての定着、大学独自のシステムの構築と維持体制の整備などが課題として挙げられる。

 その際、個別の大学等によっては、事務体制や技術的な問題等により、独自でリポジトリの構築・運用を行うことが難しい機関もある。したがって、こうした機関に対して、各機関が共通利用できる共用リポジトリのシステムを構築することにより、リポジトリへのコンテンツの登載や公開が容易になるような仕組みを早急に検討する必要がある。

 また、機関リポジトリが一層有効に活用され、登載コンテンツの質の向上が図られるよう、研究者自らによる論文の登載を促進するソフトウェアの開発等の方策を検討するとともに、大学等の機関内外において、機関リポジトリの重要性についての認識を高める活動を行っていくことも必要である。特に、これまでの機関リポジトリの活用状況などを勘案すると、今後、人文社会科学系分野における機関リポジトリの認知度を高めることが重要であると考えられる。

 欧米においては、大学や研究機関が、所属研究者の研究成果のオープンアクセスを義務づけたり、強力に支援する動きも出てきている。我が国においても、機関リポジトリの登載論文数の増加や質の向上に関しては、各大学、研究機関において所属研究者に対する働きかけを積極的に行うことが期待される。

 現在、機関リポジトリの構築に当たっては、各大学等の図書館がかなりの部分の役割を担っている。将来的には、研究者自らが論文等を登載していくことが加速されると考えられるが、その場合であっても、メタデータの標準化・管理、著作権処理、他のデータベース等とのリンクやデータ共有などのシステム構築に係る専門的な事柄については、図書館の専門家による対応が引き続き求められる。このため、図書館職員の専門性の向上が必要である。

(3)学協会の情報発信

1.学協会の情報発信の概要

 我が国における論文等の学術情報の発信については、海外の学協会や商業出版社が刊行する学術雑誌だけではなく、国内の学協会が刊行する学術雑誌も大きな位置付けを占めている。これらの学術雑誌に関しては、国立情報学研究所が実施するNII‐ELS(学協会が刊行する学術雑誌等を電子化し、論文コンテンツとして蓄積する電子図書館)や科学技術振興機構が実施するJ‐STAGE(科学技術情報発信・流通総合システム)による支援により、電子化が進められてきている。

 現在、我が国には学術雑誌を刊行する大手の商業出版社は存在せず、また、多くの学協会は、海外の商業出版社が展開するような国際市場での流通促進のための様々な対応を行うことも困難である。このような中で、我が国の学協会においては、電子化への対応の必要性とも相まって海外の商業出版社との契約により、編集作業、電子化、印刷物の刊行・配布までを委託する形態も広がっている。

2.学協会の情報発信の在り方

 我が国の学術雑誌が真に国際競争力を有する雑誌となるためには、我が国から積極的に発信し、それに対して世界各国から優れた研究成果に係る情報が集中するような状況を作り出すことが必要である。このため、我が国の学術雑誌の情報発信力を強化するなどの方策を検討することが必要である。

 また、我が国の学協会の国際的な情報発信力を強化するため、その刊行する学術雑誌の電子化を一層進める必要がある。このため、オープンアクセスの推進を一つの契機として電子化を推進し、従来、電子化が進んでいなかった情報に対するアクセスの改善を目指すことが重要であると考えられる。

 このような観点から、学協会が刊行する英文の学術雑誌の電子化及び公開を促進する上で、国立情報学研究所が実施しているSPARC Japan(国際学術情報流通基盤整備事業)や科学技術振興機構が実施しているJ‐STAGE(科学技術情報発信・流通総合システム)は評価できる。前者については、新たな学術情報流通を目指す大学図書館と学協会との連携を強化したり、海外に対する我が国の学術雑誌出版者のネットワークを広報している点においても、大きな成果が挙がっている。したがって、これらの事業の継続的な実施と拡充が重要である。

3.学協会の刊行物に対する助成に係る電子化の在り方

 刊行について国の助成を得た学協会の学術雑誌については、説明責任等の観点から、より幅広いアクセスを可能とすることが重要であり、また、電子媒体による方が情報の発信に関して経済的なメリットがあると考えられる。このようなことを踏まえると、学協会が刊行する学術雑誌についてオープンアクセスへの対応が可能な、電子化の促進が図られることが重要である。

 このような観点から、学協会が刊行する学術雑誌を対象とした電子化・公開に係る国立情報学研究所や科学技術振興機構が実施している既存の支援事業(国立情報学研究所が実施するNII‐ELS(学協会が刊行する学術雑誌等を電子化し、論文コンテンツとして蓄積する電子図書館)や科学技術振興機構が実施するJournal@rchive(電子アーカイブ)など)の拡充等に関する検討が必要である。また、我が国の学協会が刊行する学術雑誌を国際競争力を有するものとして育成する観点から、オープンアクセスに対応した学術雑誌についてパイロット事業的に重点支援を行う仕組みを設けることも考えられる。そのため、国立情報学研究所が実施するSPARC Japan(国際学術情報流通基盤整備事業)の拡充を含め、その推進方策について検討していくことが考えられる。

 なお、その際には、現在、学術分科会研究費部会において検討が行われている科学研究費補助金「研究成果公開促進費」の在り方に関する議論についても留意する必要がある。

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研究振興局情報課学術基盤整備室

(研究振興局情報課学術基盤整備室)