4.がん領域を推進するにあたっての基本的考え方

(1)基本的な考え方

 がんの体系的理解と個人に最適ながん医療の実現を目指した統合的がん研究の推進を行う。新しく展開しているライフサイエンスと関連分野を積極的に取り込みながら斬新な発想で新しいがん研究分野の創生を目指し、多様性・複雑性に富むがんの理解深め、本態の解明に迫るためのパラダイムの創出を目指す。がんの予防・診断・治療の研究に新しい展開をもたらし、がんのTRと統合的に推進させることによって新しい予防・医療の原理を確立する。次世代のがん研究を担う研究者の育成を積極的に検討する。学問としてのがん科学と、がんの予防・医療という社会の負託に応えるための重要性について、広く学会や社会に理解を得るような研究体制を組織する。

(2)組織体制と推進方策

1.領域の設定

(ア)5領域を設置
 領域1 がん克服に向けたがん科学の統合的研究
    (がん研究の統合的推進を図り、新分野と技術開発に関する研究を推進するとともに、支援や広報などの運営を行う)
 領域2 遺伝情報システム異常と発がん
    (がんの発生とその抑制機構に関する分子機構の解析を推進し、遺伝情報システムの異常としての発がんの機構に焦点を当てた研究を推進する)
 領域3 がんにおける細胞・組織システムの破綻
    (発がんによって細胞・組織の統合的システムがどのような機構で破綻し、がんの異常増殖や浸潤・転移などの特性が示されるのかについての解析を推進する)
 領域4 がんの診断と疫学・化学予防
    (発がんリスクなどがん体質や個々のがんの個性を科学的に解明し、がんの予防やオーダーメイド医療の基礎研究から臨床応用につながる研究を推進する)
 領域5 基盤研究に基づく体系的がん治療
    (科学的な基盤的がん研究と新しい手法の導入などを通して、集学的な医療による個人に最適ながんの治療法の確立を目指す)

(イ)統合総括班、総括班の設置
 がん研究体制全体の組織の構成と運営を統合的に推進させるため、領域1に「統合総括班」を設置する。各領域の効率的かつ円滑な運営と協調を図るため、他の各領域に「総括班」を設置する。統合総括班と各領域の総括班は緊密な連携を図り、それぞれの領域が孤立することなく、特に基礎研究と臨床研究の連携・融合を図りながら、全体の研究を推進する。

2.現特定領域研究計画と厚生労働省との連携体制を鑑みた各領域の在り方について

 厚生労働省との連携による「がん克服新10カ年戦略」が平成15年度で終了する一方で、現在の文部科学省「がん研究に係わる特定領域研究」がミレニアムプロジェクトとして平成16年度まで継続することが決定している、という状況を鑑み、平成16年度は既存の組織内において、厚生労働省が支援して発足する新しいがん研究体制との協調を図ることを基本とする。領域1においては研究項目1の参画者以外は、個人は個別の研究テーマでは研究費を受けず、研究体制全体の組織構成と運営、及びその支援に専念するものとする。

3.領域代表者について

 それぞれの領域に代表者を置く。

4.副領域代表者について

 それぞれの領域において幅広いがん研究分野を的確に捉えながら研究体制をより充実させていくために、副領域代表を置く。研究内容や研究計画、研究推進体制などにおいて領域代表者を補佐し、より円滑かつ効果的な運営に貢献する。副領域代表者は各領域1~2名とする。

5.関連領域との関係(がんのTR、ゲノム研究体制などとの統合的運営)

 がんのTRは、そのミッション、費用、規模などを鑑みて特定領域研究としてではなく、別の研究体制のなかで研究を発展させることが望まれている。本研究分野との統合的発展は相互にとって極めて重要であることから、その方策として「領域1:がん克服に向けたがん科学の統合的研究」のもとに推進委員会を設置する。
 また、ゲノム研究やプロテオミクス研究が、がん研究において重要であることは言を待たないが、科研費のようなボトムアップ型研究においては基本的には種々の限界があるので、国としての研究の施策に呼応できるように推進・連携委員会を設置する。同時に、他の生物学・医学系の特定領域との連携をも標榜し、相互交流を図る。

6.組織運営について

(ア)外部評価体制を充実させることによって、より「個人が見える、個人が評価される体制づくりを行う。ただし、グループとしての研究体制を構築することが成果をあげるために必須である研究領域もあり、これらの評価ついてはグループ代表者ならびに個々の研究者分担者の責務を明確にしながらその独自性を尊重しながら行う。

(イ)公募研究を増やし、申請額も研究に応じて上下の幅を広くする。また、複数年度にわたる研究支援を検討する。

(ウ)若手研究者枠を設定し、配分額で(PDなどの)共同研究者を雇えるように配慮する。必要に応じて単年度申請ではなく、「長期的支援」を可能にするようなボトムアップ型の研究費の受け皿を作っていきたい。

(エ)厚生労働省側との密接な連携
 文部科学省がん研究の推進においても、基礎研究を如何にしてがんの診断・治療に活かしていくのか、厚生労働省側と連携し、研究の推進を諮る。お互いの役割と連携の在り方について充分な議論をしながら研究を推進するために、必要に応じて橋渡し的な助言・連絡会議の設定を検討する。

(オ)産学連携について
 企業との積極的な連携の在り方を検討し、共同で研究体制を組むような支援体制を検討する。

(カ)がん研究のバックアップ体制の充実
 現在のように「総合がん」や「支援委員会・支援体制」が各研究者個人に負担がかかるような体制を改善し、がん研究をより統合的に把握し、推進させるための組織を検討する。

(3)各領域の研究内容と研究テーマ・概略

1.領域1 がん克服に向けたがん科学の統合的研究

(研究の要旨)

 がん研究は医学・生命科学及びその関連分野を包括的に捉えながら推進する、という学横断的な発想に基づいて推進することが重要である。そのためには、がんの本態解明からその克服に向けた基礎、臨床研究を有機的に連携させながら、同時に他の関連研究分野を取り込むことによって、統合的な発展を図るための組織が必要である。本領域は、このような生命科学・医学全体の1支柱をなすがん研究を統合的に推進するための組織の構築と運営に関する方策を検討し決定する組織である。また、先端的科学技術の導入に基づくがんの本態解明の飛躍的推進に寄与するため、新しい発想に基づくがん研究や、新技術の開発を推進するための研究項目を設定する。がん研究全体に必要な支援、資材供給、広報、情報交換などの組織を設置し運営する。本領域は各研究領域の代表者、がん研究関連分野の学識経験者などの参画による学際的な組織とする。なお、本領域は厚生労働省が支援するがん研究体制との連携の窓口としても機能するものとする。一方で、諸外国のがん研究との協調をも押し進めていく。
 本領域の推進に当たっては、谷口維紹(東京大学大学院医学系研究科教授)を領域代表者として、次の項目を設定する。

(研究分野)

(ア)統合総括班
  (人材育成、広報、学術活動(国際・国内セミナー、シンポジウムの開催)などを総合的に推進する事務連絡センターの設置など)
総括班員:各研究領域代表者、副領域代表者を含み、20名程度のメンバーを検討する。
(イ)研究項目1:がん科学のニューフロンティア
  (目的)がんをシステムの異常として理解するためには異分野、特に新しい技術の進展の著しい分野との連合・融合が必要である。また、がん研究関連での新しい技術思想を活かした技術開発を行い、がん研究に還元していくことも重要である。これらの研究分野には実際にがんに目を向け、がんを疾患のモデル系として捉える研究者が増えつつある。このような研究を推進することはがん研究の裾野を広げ、ひいてはがん研究全体のレベルアップに繋がるものである。このように新規にがん研究へ参加しようとする研究者達は現在までに必ずしもがん研究に関わる実績を有していないものの、本研究項目の設定によって研究を進展させることは、21世紀の新しい風をがん研究に吹きこむ窓口となることが期待される。
  (a)研究調整班
  (b)研究項目の計画研究・公募研究の設定におけるキーワード
形態学、生化学、分子細胞生物学、遺伝学等あらゆる分野におけるがん研究のための新しい分野と技術の開発(例えば、生命の多様性と発がん、発がん過程の分子・細胞イメージング、がん細胞の特異的標識法、がんのプロテオミクス・メタボローム解析等)
(ウ)支援委員会
  (がん資材、遺伝子バンク、モデル動物)
(エ)推進・連携委員会
  (厚生労働省側のがん研究体制、がんゲノム、がんのTR、ゲノム研究、他の生物学・医学系の特定領域)

2.領域2 遺伝情報システム異常と発がん

(研究の要旨)

 近年、発がんに関与する遺伝情報とその変異が引き起こす細胞機能の異常に関し、多くの情報が蓄積されている。その結果、ヒトがんがゲノム上の遺伝情報やその発現制御機構の異常により発生し、生体内で進展するという理解が、現在広く受け入れられている。しかし、21世紀におけるヒトがんの克服のためには、実際のヒトがんの発生プロセスに関する現在の我々の理解では不十分であると言わざるを得ない。そこで、このポストゲノムシークエンス時代を迎えた現在、集積されたゲノム情報や飛躍的な進展をみせている生命科学の解析手法を駆使することにより、さらに深く、かつ詳細にヒト発がんの分子機構を理解することが必要である。特に、環境中や生体内の発がん因子がヒトゲノム上の遺伝情報の異常を誘起するメカニズム、DNA修復や細胞死といった生体内の細胞機能により排除されるべき遺伝情報の異常が細胞のゲノム上に固定化されるメカニズム、そして蓄積する遺伝情報の異常が遺伝子ネットワークの破綻を引き起こし、がん細胞の形質を段階的に変化させていくメカニズム、等々の理解は必須である。さらにはこうした発がんのメカニズムを、正に、負に制御することで、個人のがんへの「なりやすさ」を規定している、ヒトゲノム上の遺伝情報に関する理解も極めて重要である。本領域研究は、これらの発がんの各ステップの解析を強力に推進し、ヒト発がんのメカニズムの全貌を明らかにすることにより、21世紀におけるヒトがんの予防や治療に新たな道を切り開くことを目的としている。加えて、発がんのメカニズムの解析を通じて、その分子機構の鍵をにぎるヒト遺伝情報とその制御機構を明らかにすることは、生命の設計図ともいうべきヒトゲノム情報の解明に大きく貢献すると期待される。
 本領域の推進に当たっては、野田哲生(東北大学大学院医学系研究科教授)を領域代表者として、次の項目を設定する。

(研究分野)

(ア)総括班
(イ)遺伝子変異導入の分子機構
(ウ)染色体動態異常と発がん
(エ)がん遺伝子・がん抑制遺伝子機能異常と発がん
(オ)遺伝子発現制御異常と発がん
(カ)感染における炎症と発がん

3.領域3:がんにおける細胞・組織システムの破綻

(研究の要旨)

 がんという疾病が患者を死に至らしめる過程が、遺伝子レベルだけでなく、細胞レベルでも詳細に記載され、「がん」の細胞学的特性が明らかにされてきた。遺伝子レベルでの異常により「がん化」した細胞は、細胞周期の異常や脱分化、細胞死からの脱却、免疫系の監視機構からの回避等の性質を獲得する。さらに、より悪性度を増すステップとして、細胞間の接着が抑制されると同時に運動能が増し、より高い浸潤・転移能を有するようになる。この過程で周囲の間質との相互作用が重要であるし、腫瘍が成長するためには腫瘍内での血管新生の促進も必要不可欠である。これまでの細胞レベルでのがん研究では、これらの各ステップが遺伝子レベル・蛋白質レベルで詳細に記載され、また、それによって正常細胞の多くの基本的原理が明らかにされてきた。逆にこのことは、がん研究そのものを大きく発展させる原動力ともなってきた。現代の分子細胞生物学はヒト等の全ゲノム解析の成果によって大きく様変わりしつつあり、DNAチップなどをはじめとする新技術が次々と生み出されている。本研究領域は、このような変革期にあたり、これまで積み重ねられてきたがん細胞の特性に関する膨大な研究成果を最大限に利用して、「がんの発生・進展」という現象を、単なる個々のステップの記載ではなく、細胞と組織という統合的システムの破綻として捉えることを目的とするものである。なお、本領域の学問的広さを考慮し、2つの大研究分野に分けて推進する。
 本領域の推進に当たっては、高井義美(大阪大学大学院医学系研究科教授)を領域代表者として、次の項目を設定する。

(研究分野)

(ア)総括班
(イ)がん細胞の特性
  (a)がん細胞の増殖異常
  (b)がん細胞の分化・細胞死異常
  (c)がん細胞と宿主免疫応答
(ウ)がん組織の特性
  (a)がん細胞の浸潤・転移
  (b)がん細胞と間質の相互作用
  (c)がん細胞と血管・リンパ管新生

4.領域4 がんの診断と疫学・化学予防

(研究の要旨)

 ヒトゲノム研究やプロテオミクス研究が急速に進展し、それらの情報を基盤に個々の患者のがんの発生と増殖、浸潤や転移、薬剤耐性などの悪性形質獲得にいたる病態を取り詳細に把握することが可能になりつつある。また、SNPなどの遺伝子多型研究を体系的かつ網羅的に実践することによって、発がんリスクなど、これまで体質と呼ばれてきたものを科学的に解明することも必要である。これらの情報は個々の患者にもっとも適切な予防法や治療法を提供する基盤となるものと期待されている。さらに、研究成果をナノテクノロジーに代表する新しい技術と積極的に融合することによって、新しいがんの分子診断法の開発、オーダーメイド医療実践への応用、がんの発症前診断技術の確立、そして、がん化学予防をエビデンスの基づいた形で推進していくことにつながるものと考えられる。本研究領域は、がんの予防やオーダーメイド医療の基礎研究から臨床応用につながる研究を包括的に取組み、これらを有機的に連携させることによって、がんの予防を進めると共に、QOLの高いがんの治療の基盤を構築することを目的とするものである。
 本領域の推進に当たっては、中村祐輔(東京大学医科学研究所教授)を領域代表者として、次の項目を設定する。

(研究分野)

(ア)総括班
(イ)がんの個性の分子診断(分子病態学、形態学、ゲノムやタンパク解析による個性診断)
(ウ)オーダーメイド医療への新戦略(がん個性診断の臨床への展開)
(エ)がんの疫学
(オ)がん医療情報とがん予防

5.領域5 基盤研究に基づく体系的がん治療

(研究の要旨)

 近年のバイオサイエンスの進展に基づいたがんの基礎研究の急速な発展により、さまざまながんに関して、その分子機構が次第に明らかとなってきた。こうした基礎研究の成果によりこれまで有効な治療法の乏しかったがんに対しても新たな治療法が確立されつつある。一方で、難治がんや進行性のがんには未だに有効な治療法のないものが多く、その開発と確立は社会的にも強く望まれているものである。本研究領域はがんの基礎研究によって得られた発がん、増殖、浸潤、免疫監視機構、耐性化などに関する知見を駆使し、さらにナノテクノロジーなどの新しい手法を取り入れることによって、科学的な基盤的研究に基づく新たながんの治療法の開発を目的とするものである。とくに新たに解明された細胞のがん化のメカニズムに基づいた分子標的治療に関する研究、新しい工学的手法を取り入れたドラッグデリバリーシステムなどに関する研究、がん細胞に対する宿主の免疫応答を利用したがんの免疫療法の研究、再生医療などを取り込んだ集学的な医療によるがん治療を行い、個人に最適の治療法確立を目指す。なお、本領域の学問的・臨床的広さを考慮をして、2つの大研究分野に分けて推進する。
 本領域の推進に当たっては、上田龍三(名古屋市立大学大学院医学研究科教授)を領域代表者として、次の項目を設定する。

(研究分野)

(ア)総括班
(イ)分子レベルでのがん治療
  (a)がん化機構を基盤とした分子創薬
  (b)遺伝子治療の新戦略
(ウ)がん治療の新戦略
  (a)免疫・細胞療法の基盤と応用
  (b)ドラッグデリバリーシステムの開発
  (c)新しい物理療法の開発

(4)研究期間

 準備研究後、5年間とする。

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(研究振興局振興企画課学術企画室)