2.今後の体制に向けての考え方

(1)研究の推進体制

 基本的には「今後のがん研究のあり方に関する有識者会議」の報告書による、第三次対がん戦略の構築と推進方策に沿って計画の立案を行うことが重要である。文部科学省の支援によるがん研究はその歴史が古いが、その推進過程では厳正な審査と外部評価に基づき、研究組織の策定・運営がなされてきた。そして、科研費の趣旨である、独創的・先駆的な学術研究を推進することを基本にしながらも、社会への負託に応えるというがん研究が持つ独自のミッションを明確にしながら研究体制を構築し、推進してきた。今後のがん研究体制においてもこのような基本精神を受け継ぎ、更に発展させることが重要である。特に、研究者の創意・工夫と自主的発想を重んじ、公平かつ厳正な評価体制の基に、常に研究分野の革新を目指し、次世代の研究者の育成に貢献することが重要である。それによって、国際的な学術研究、社会への貢献、新しい産業や技術開発などに広く貢献出来るものと考えられる。
 上記のように、今までに展開してきたがん研究は合理的科学に基づいたがんの克服戦略を構築していく基盤を提供するものであるが、がんは極めて複雑性に富んでおり、がんの本態解明とそれに基づくがんの克服への道程は依然として遠いといわざるを得ない。がんのメカニズムに関する研究は飛躍的な進展を遂げたとはいえ、より深い理解を求めて引き続き生化学的・分子細胞生物学的なアプローチによる解析を推進しなければならない。このように発がんとがんの特性に関する研究をより一層推進することが必要である。一方、近年の生命科学とその関連分野の進展はめざましく、広範な領域において続々と成果が挙げられており、そして、今後がん研究がより深く連携することが重要と思われる新しい分野も発展しつつある。従って、がん研究を狭義の研究にとどまらせることなく、研究分野の裾野を広くし、がんに関心を持つ新しく発展しつつある研究分野の研究者がより積極的にがん研究に参画できるような体制を検討することが必要である。すなわち、各々の分野を統合的に発展させながら、複雑性・多様性経路の解析によるがんの体系的な理解を視点に置いた研究とその応用研究を一層発展させることが重要と考えられる。がん予防という観点からは、新しいがんの分子診断法の開発やがん化学予防をエビデンスに基づいた形で推進する体制をより強化するべきと考えられる。がんの臨床研究という視点からは、がんの治癒率の向上、発生頻度の減少を目指して、基礎的な情報をより積極的に臨床に導入できる体制を整え、同時にTRを推進する組織を統合的に発展させる体制が必要である。このように、がんの本態解明、さらには、個々のがんの多面的な要因と複雑な病態を十分に把握するには、発がんのメカニズムやがんの病態といった基本的な分野を一層充実させながらも、革新的ながん研究分野の開拓を目指し、それらの成果をより有効的にがんの予防・診断・治療へと還元させていくような、統合的ながん研究(integrative cancer research)の推進が重要である。また、厚生労働省の支援によるがん研究との相補的かつ協調的な研究推進体制が極めて重要である。産学連携の取り組みを一層強化する体制の検討も重要である。
 がん研究のバックアップ体制の充実も重要であり、現在の「総合がん」や「支援委員会・支援体制」をより効率的かつ統合的に推進するような仕組みが必要である。文部科学省の支援するがん研究をより統合的に把握し、推進させるために、中核拠点的な活動を支援できるような体制を検討することも重要である。それによって、動物、ゲノム、情報科学などの活用・支援方策の検討と実施を行い、学術活動(国際・国内セミナー、シンポジウムの開催)や広報活動などをより効率よくかつ積極的に行うことができる。
 がん研究は国際的にも最も幅広く、重点的に推進されており、上述のような米国での研究推進体制に加えて、欧州においてもEORTC(European Organization for Research and Treatment of Cancer)と呼ばれる組織のもとに、がん研究が推進されている。このような諸外国との一層の協調体制や情報交換を図り、がんという人類共通の敵に立ち向かうことが必要である。

(2)計画研究と公募研究の位置づけ

 がん研究は当該分野の学術の発展に寄与しながら、同時に社会の負託に応えるというミッション・オリエンテッドな側面を持っている。従ってがん研究の推進において、国際的にも評価が高いがんの基礎・臨床研究者が計画研究者として参加することは、次期がん研究体制の骨格を形成するもの、と位置づけられる。一方で、科研費が標榜する自発的かつ多様な学術研究の推進はがん研究の革新的発展にも極めて重要であり、そのためには計画研究と公募研究の双方を組み込んだ裾野の広い研究の推進が重要である。次世代を担う若手研究者の育成という視点も充分考慮する必要がある。実際には、計画研究を充分に遂行できるような研究組織を維持しながらも公募研究の枠をより広くし、かつ必要に応じては一課題の研究費の枠を上げる、などの配慮も必要である。また、採択された公募研究については、複数年の研究費を保証することも検討する余地がある。計画、公募を問わず、今まで同様に研究候補者の選び方や個々の評価などの厳正さが求められるが、今後は従来の方策を継承しながら、一層透明な形でのプロセスを検討していくべきである。
 一方で、がん研究におけるコホート型研究など、独自のミッションを担い、組織として運営することが有効かつ不可欠である研究については、目標達成に向けてその独自性を尊重しながら長期的視点に立った組織の構成と運営が必要である。

(3)研究内容と今後の方向性

 生物学的にみれば、がんは遺伝子の異常によって引き起こされる一個の細胞の異常増殖によるものであり、いわば多細胞生命体がもつ宿命的ともいえる生命現象であり、がんの発生と増殖は、基本的にはダーウィニズム的進化の原理に基づいている。すなわち、がんが「悪性新生物」と呼ばれるように、がん細胞のクローン性増殖機構の底流には、不変の再生過程における遺伝子の錯乱とその固定といった「偶然と必然の果実」として、個体レベルで細胞が適者生存のふるいにかけられた結果発症するものと捉えられる。このように、がんはその発生、増殖、浸潤・転移そしてその拒絶などの過程すべてにおいて、偶然がもたらす新たな必然性の獲得の積み重ねによるものであるが故に、結果としては、個々のがんはすべてが多様性・複雑性に富んでいる。このような認識に基づいた今後のがん研究では、がんの多様性・複雑性の解析に焦点を当てながら、がんを遺伝子異常やそれによって引き起こされる産物の量的・質的異常によるヒト生命体の統合的システムの破綻として理解することによって新しいパラダイムの創出を目指し、それと平行させて、個人によって異なるがん病態を把握し、それぞれに的確な対応策や治療原理を集学的な医学研究によって確立する、といった研究の展開が重要と考えられる。
 がんの予防を目指す疫学研究の推進は今後益々強力に推進される必要がある。がんの疫学研究は欧米に比べて研究の規模は小さく、より意義ある研究を遂行するためには、国家的な体制作りや更なる研究の推進が必要である。がん予防という観点から、発がんリスクなど、これまで体質と呼ばれてきたものを科学的に解明するとともに、新しいがんの分子診断法の開発やがん化学予防をエビデンスに基づいた形でより強く推進するべきと考えられる。がんの臨床研究という視点からは、基礎研究の成果をより積極的に活用し、これまで有効な治療法の乏しかったがんに対して、ナノテクノロジーや再生医学などの最先端分野を導入することによって新たな治療原理の確立を目指し、同時にTRを推進する組織を統合的に発展させる必要がある。また、基礎・臨床を問わず、がん研究にゲノム研究やプロテオミクス研究を如何にして活かしていくかについては今後極めて重要となっている。これらの膨大な基盤情報整備はトップダウンで組織的・集中的に推進させることや多大な予算が必要とされることから、科研費での支援は困難としても、個々のがん研究に還元できるような国家的な方策が望まれる。
 いうまでもなく、がん研究は極めて学横断的な学問分野として特徴づけられ、生命科学・医学の1支柱をなすものと位置づけられる。実際、がんはすべての細胞・臓器で発症することから脳・神経、免疫、発生・再生・ゲノム・プロテオミクスなど、他の学問分野をも横断的にカバーしながら推進することが重要である。実際、がん研究の支援によって新しい生命科学分野が生み出されて来たという経緯もある。今後の方向性として、他の分野と共に栄え、発展させる、という基本精神に基づきながら、相互連携を図り、同時にがんに関心を持つ研究者に広く窓口を開くことが重要である。一方、システム生物学、バイオインフォマティクスといった新研究分野の進展もめざましいものがあり、そこではがんを意識した研究が進みつつある。このような研究の流れをがん研究に活かし、がん研究における新しい学問分野を創出する努力はがん研究全体にも大きな効果を生み出すものと考えられる。すなわち、先端的科学技術の導入に基づくがんの本態解明の飛躍的推進が望まれる。
 従来の「がん特別研究」、「がん特定領域研究」では、常に長期的視点に基づいたがんの基礎・臨床研究がバランスよく推進されてきた。そのなかでは、個々の研究の自主性を重んじつつも常に厳正かつ透明性の高い評価が行われ、それに基づいた研究体制のたゆまぬ発展が図られて来た。そして、がんの予防・診断を視野に入れたグループ研究も継続され、着実な成果が挙げられた。一方、次世代の研究を担う若手研究者の育成を図るとともに、他の生命科学・医学研究分野にも研究成果を還元する、といった努力もなされ、我が国の学術研究全体にも大きく貢献してきたといえる。このような従来の組織・運営体制に学びながら、新しい時代に則した体制を組むことが重要である。一方で、社会の負託に応える、という視点も重要であり、がんの基礎研究を如何にしてがんの診断・治療にいかしていくのか、厚生労働省側とより一層連携を深めながら、研究の推進を図ることが必要である。すなわち、お互いの役割と連携の在り方について充分な議論をしながら研究体制を組むことが必要である。

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