資料1-1
科学技術・学術審議会 学術分科会
学術の基本問題に関する特別委員会
(第7期第5回)
平成26年5月7日
「学術研究の推進方策に関する総合的な審議について」
審議経過報告(案)
1.失われる日本の強み ― 危機に立つ我が国の学術研究 ―
○ 今日、世界の成熟国の社会構造は、知識の生成、伝達、活用などに大きく依存し、知識集約型の経済活動がもたらす付加価値が各国の成長の大きな要素となっている。各国の学術政策においてこれらの指標が強く意識されている所以(ゆえん)である。
○ その中でも、天然資源に乏しい我が国においては、学術研究により生み出される知や人材が国としての強みとなってきた。
学術研究は、新たな知を創出・蓄積し、継承・発展させることにより、人類社会の持続的発展の基盤を形成するとともに、新たな知への挑戦を通じて広く社会で活躍する人材を育成し、現在及び将来の人類の福祉(安定した生活や社会環境を基盤とした尊厳ある幸福や繁栄)に寄与するものである。我が国の学術研究は、公財政投資額が限られる中でも多大な成果を上げ、国際社会において存在感を伸ばしてきた。
例1 高等教育機関への公財政支出のGDP比(2010年)
日本:0.5%、アメリカ:1.0%、イギリス:0.7%、ドイツ:1.1%、フランス:1.3%、イタリア:0.8%、韓国:0.7%、OECD平均:1.1%
例2 21世紀以降のノーベル賞受賞者数
日本:9人、アメリカ:51人、イギリス:10人、ドイツ:6人、フランス6人
○ 現在、我が国は、少子高齢化や人口減少等の構造的な課題を抱えつつ、資源エネルギー問題等のグローバルな課題に直面しており、世界をリードして山積する難題を解決しなければならない立場にあり、国民の不安感・閉塞感が高まっている。これらの課題解決にはモデルがなく、我が国が世界のフロントランナーとして解決の道を自ら切り拓(ひら)いていくためには、新たな知の創出とそれを活用する人材の育成という我が国のこれまでの基本的方向性に帰するより他になく、そのため学術研究の重要性は一層増している。
○ 税収が伸び悩む一方、毎年度、社会保障関係経費が1兆円程度増加するなど国の財政支出が拡大し、国債発行高が1,000兆円に及ぶ中でも、科学技術関係予算は増加している。
しかし、我が国の大学の財政規模は、国際的に見れば必ずしも十分ではなく、事業規模が縮小している国立大学も少なくない。
この背景には、基盤的経費の逓減(国立大学法人運営費交付金はこの10年間で1,292億円減)があり、研究環境の悪化は、学術研究の推進はもとより人材育成にも大きな影響を及ぼしている。
特に、人材育成や教育を担う大学における若手の教員ポストの不足と博士課程進学者数の減少は深刻であり、このままでは、高度知識基盤社会を牽引(けんいん)する人材の輩出が困難になるとともに、我が国全体の教養の低下は免れない。
例3-1 事業規模が縮小している国立大学
・A大学 186億円(平成16年度)→ 171億円(平成24年度) : 15億円減(△(マイナス)8%)
・B大学 92億円(平成16年度)→ 86億円(平成24年度) : 6億円減(△(マイナス)6.7%)
例3-2 世界の有力大学の財政規模(出典:「世界の有力大学の国際化の動向」2007.11 東京大学)
大学名 |
年間収入(億円相当) |
大学基金(億円相当) |
教員数(人) |
学生数(人) |
東京大学 |
1,846.5(2006年) |
68.2(2006年) |
4,288 |
28,071 |
ハーバード大学 |
3,599.5(2005年) |
35,063.3(2005年) |
2,118 |
18,318 |
MIT |
2,568.8(2005年) |
1,0041.7(2005年) |
992 |
10,253 |
スタンフォード大学 |
5,413.7(2005年) |
16902.0(2005年) |
1,807 |
14,890 |
ケンブリッジ大学 |
2048.6(2005年) |
1,849.4(2005年) |
1,542 |
17,481 |
オックスフォード大学 |
1400.0(2005年) |
1446.2(2005年) |
1,378 |
17,953 |
例4(論文生産数の国際順位)2000年-2002年平均 2位 → 2010年-2012年平均 5位
(トップ10%の高被引用度論文数の国際順位)2000-2002年平均 4位 → 2010-2012年平均 8位
例5 博士課程入学者数の推移(社会人・留学生を除く)
平成16年度 11,084人 → 平成25年度 7,610人(3,474人減)
例6 人口100万人当たりの博士号取得者の国際比較(日本は2009年、日本以外は2010年の数値)
日本 124人、アメリカ 239人、ドイツ 313人、フランス 175人、
イギリス 323人、韓国 236人
例7 科学技術の状況に係る総合的意識調査(NISTEP 定点調査2013)
Q:現状として、望ましい能力を持つ人材が博士課程後期を目指しているか。
A:(大学)不十分との強い認識
○ 基盤的経費の減少に加えて、平成26年度には科研費(科学研究費助成事業)が助成額ベースで減額に転じている。この傾向が続けば、学術研究の衰退と、社会全体の知的基盤を支える人材育成のメカニズムの崩壊がもたらされ、我が国の将来的な発展や国際社会への貢献が阻害されるとともに、これまでに我が国が築き上げてきた「高度知的国家」としての国際社会における高い地位や存在感を維持できなくなることが強く危惧される。
○ 現在の学術研究の在り方が、20年後、30年後、さらにはその先の我が国の在り方に決定的な影響を持つことは自明である。現下の危機的状況を打破し、学術研究による知の創出力と人材育成力を回復・強化することが喫緊の課題である。
2. 持続可能なイノベーションの源泉としての学術研究
(イノベーションへの期待)
○ 我が国は、長引く経済の低迷が社会全体に深刻な影響をもたらしていることに加え、いずれ世界の国々が直面することとなる少子高齢化やエネルギー問題等に真っ先に取り組まざるを得ない「課題先進国」であり、課題解決の手段としてイノベーションへの社会の期待が高まっている。さらに、世界に先駆けてこれらの課題を解決できれば、「課題解決先進国」として新たな経済成長も見込まれるという将来に向けての展望が、イノベーションに対する期待をますます強めている。
(イノベーションの本来的意味)
○ 第4期科学技術基本計画によると、「科学技術イノベーション」とは、「科学的な発見や発明等による新たな知識を基にした知的・文化的価値の創造と、それらの知識を発展させて経済的、社会的・公共的価値の創造に結びつける革新」と定義されている。すなわち、学術研究による知の創出が基盤であり、それが充実して初めて経済的価値ないし社会的・公共的価値等を含むイノベーションが可能となる。
(イノベーションをめぐる議論への危惧)
○ 他方、今日のイノベーションをめぐる議論については、以下のような懸念がある。
・イノベーションが短期的経済効果をもたらす技術革新といった狭い意味で用いられることが少なくない。
・いわゆる「出口指向」の研究に焦点が当たるなか、既知の「出口」に向けての技術改良といった狭い意味での出口を重視しがちであるが、そのような出口は有限であり、早晩枯渇してしまう。
・学術研究の成果を所与のものとし、それが経済的価値等につながりにくくなっていることが課題であるとの認識から、いわゆる「橋渡し」への注力に関する議論が強調される一方、基盤となる学術研究そのものの維持のための視点が必ずしも十分でない。
我が国の社会・経済の持続的発展を実のあるものにするためには、イノベーションの本来的意味に立ち返ることが必要である。また、今日においては、外部資源の積極的な活用によりイノベーション創出を加速するオープンイノベーションの動きが広がりつつあり、それへの対応が課題になっている。
(イノベーションにおける学術研究の役割)
○ 学術研究は、出口のないところに新たな出口を創出したり、新次元の出口を示唆する入り口を拓(ひら)いたりするものである。イノベーションを不断に生み出すためには、学術研究の推進により、多様な広がりを持つ質の高い知を常に生み育て重層的に蓄積しておくことが不可欠である。
特にオープンイノベーションの時代にあって、社会の変化に伴う様々な需要に応じそれらの知を多様な価値につなげていくためには、学術研究の成果は常に社会に向かって開かれていなければならない。
さらに、大学等における教育研究活動を通じ、様々な立場でイノベーションを担う人材を育成することが極めて重要である。
このように、学術研究はイノベーションの源泉そのものである。
○ 入り口と出口は相互補完・対流関係にあり、学術研究が社会に対して実際的な価値を提供するだけでなく、出口からのフィードバックにより学術研究が発展することもある。「卓越知を基盤としたイノベーションの循環」※1 のためには、学術研究が卓越した知を創出し続けるとともに、イノベーションの視点を持って社会とのインターアクトを重ね、後述する社会の負託に応えていくことが求められている。
3.社会における学術研究の様々な役割
(学術研究の特性)
○ 学術研究とは、「個々の研究者の内在的動機に基づき、自己責任の下で進められ、真理の探究や課題解決とともに新しい課題の発見が重視される」研究であり、研究の段階として基礎研究、応用研究、開発研究を含むものである。研究の契機として、政府が設定する目標や分野に基づき課題解決が重視される戦略研究や、政府からの要請に基づき社会的実践効果の確保のために進められる要請研究とは区別される ※2。
学術研究は本来、個人の内発的動機に基づくものであることから、個人の知的多様性そのものを反映する広がりを持つものであるとともに、人文学・社会科学から自然科学まで幅広い学問分野にまたがる知的創造活動であるため、研究手法や生み出される成果等は極めて多様である。
○ 学術研究は、研究者の自主性・自律性を前提とし、研究者が知的創造力を最大限発揮することにより、独創的で質の高い多様な成果を生み出すものである。人間・社会・自然に内在する真理を追究し、知の限界に挑む営みは、従来の慣習や常識にとらわれないボトムアップ型の柔軟な思考と斬新な発想をもってこそなし得るものである。
また、客観的事実として、予見に基づく計画の通りに研究が進展せず、逆に当初の目的とは違った成果が生まれることも多い。更に言えば、当初の目的との関係では「失敗」とされたり、予期せぬ結果に至ったりした膨大な研究結果やデータの先に、常識では想像もつかないブレークスルーが生まれることがある。このようなブレークスルーの連続が、我が国の持続的発展や国際社会における「高度知的国家」としての存在感を確実なものとする。
学術研究は、与えられた個別の課題の即時的な解決以上に、新たな課題の発見とそれへの挑戦により、本質的な解決に迫ることを核心とするものであり、必然的に試行錯誤を伴うことから、価値の創造には一定程度の時間を要することが多い。
以上のような特性も踏まえ、自律的に研究の過程や成果の評価・検証を重ねることにより、学術研究は発展してきた。
例8 学術研究によるブレークスルーの例
・ポリアセチレンの薄膜化による導電性ポリマーの開発(白川英樹博士)
・小分子有機半導体のナノ組織化による塗布型有機薄膜太陽電池の開発(中村栄一教授)
・RaPIDシステムの開発(特殊ペプチド創薬)(菅裕明教授) 等
(学術研究の役割)
○ このような特性をもつ学術研究は、人類の長い歴史の中で常に様々な役割を果たしてきた※3 。学術研究が社会から期待されている主な役割について、改めて簡潔に整理すると次の通りとなる。なお、これら(1)~(4)は、各々個別のものではなく相互に関連・作用している。
(1)人類社会の発展の原動力である知的探究活動それ自体による知的・文化的価値の創出・蓄積・継承(次代の研究者養成を含む)・発展
(人類の本質的な知的欲求を満たす新たな知の提供)
(2)現代社会における実際的な経済的・社会的・公共的価値の創出
(新しい知識の発見や深化などを通じ、社会の抱える問題を正しく把握しその解決に向けた長期的・構造的な指針を提示。具体的には、産業への応用・技術革新、生活の安全性・利便性向上、病気の治癒・健康増進、突発的な危機への対応など社会的課題の解決、新概念(認識枠組み)の創造等)
→現在の社会構成員の幅広い福祉の増進に寄与
*上記のような価値は、当初意図しないところ(研究遂行に必要な機器の開発等も含む)から創出されることも少なくない。
(3)豊かな教養と高度な専門的知識を備えた人材の養成・輩出の基盤
(教育研究を通じて、我が国の知的・文化的背景を踏まえ世界に通用する豊かな教養とそれを基盤とする高度な専門的知識を有し、自ら課題を発見したり未知のものへ挑戦したりする「学術マインド」を備え、広く社会で活躍する人材を養成・輩出。また、自然・人間・社会のあらゆる側面に対する理性的・体系的な認識により、人々に様々な事物に対する公正かつ正当な判断力をもたらし、社会全体の教養の形成・向上や初等中等教育の充実にも寄与)
→将来世代が自らの福祉を追求する能力を引き出すことに寄与
(4)上記(1)~(3)を通じた知の形成や価値の創出等による国際社会貢献
→「高度知的国家」の責務であるとともに、経済・外交・文化交流等全ての素地(そじ)として、国際社会におけるプレゼンスの向上に寄与
(「国力の源」としての学術研究)
○ アジア最大の成熟国であり、なおかつ天然資源の少ない我が国では、学術研究から生み出される創造的知見と人材をもって、人類社会の持続的発展や現在及び将来の人類の福祉に寄与するとともに、国際社会において尊敬を勝ち得、存在感を発揮することが、国としての力になる。このように、学術研究は「国力の源」と言える。
学術研究の振興は国の重要な責務であり、また、学術界(研究者個人、大学等研究機関、学術コミュニティー(学会等))はこのような役割を十分に認識し、高い志と倫理観をもって教育研究に従事することにより、社会からの負託に応えていく責任がある。
○ 学術研究がこのような「国力の源」としての役割を果たすために基本となることは、何よりも新たな知の開拓に挑戦することであり(挑戦性)、研究者は常に自らの研究課題の意義を自覚し、明確に説明しなければならない。
グローバル化や情報化等が加速する中、新たな知の開拓のためには、学術研究の多様性を重視し、伝統的に体系化された学問分野の専門知識を前提としつつも、細分化された知を俯瞰(ふかん)し総合的な観点から捉えることが必要であり(総合性)、異分野の研究者や国内外の様々な関係者との連携・協働によって、新たな学問領域を生み出すことも求められる(融合性)。その際、学術研究の融合性は、それ自体を目的化することなく研究者の内発的な創造性を基盤としつつ、他分野との創造的な交流や連携からおのずと生み出されることに留意が必要である※4 。また、人文学・社会科学から自然科学まで分野を問わず、世界の学術コミュニティーにおける議論や検証を通じて研究を相対化することにより、世界に通用する卓越性を獲得したり新しい研究枠組みを提唱したりして、世界に貢献する必要がある(国際性)。
したがって、研究者は、自己の専門分野の研究を突き詰めた上で、分野、組織、学校種などの違い、さらには国境を越えて、異なる価値や文化と切磋琢磨(せっさたくま)しつつ対話と協働を重ね、社会の変化に柔軟に対応しながら、新しい卓越知を生み出すために不断の挑戦をしていくことが求められる。
このように、現代の学術研究には、いわば「挑戦性、総合性、融合性、国際性」が特に強く要請されている。とりわけ、学術研究が将来にわたって持続的に前述のような社会における役割を果たすためには、このような観点から次代を担う若手研究者を育成することが重要である。
○ 同時に、今日では、社会的課題解決のため学術研究の(2)の役割が大いに期待されていることにも留意すべきである。一例として、「日本再興戦略」(平成25年6月14日閣議決定)では、戦略市場創造プランの4つのテーマとして、国民の「健康寿命」の延伸、クリーン・経済的なエネルギー需給の実現、安全・便利で経済的な次世代インフラの構築、世界を惹(ひ)きつける地域資源で稼ぐ地域社会の実現が挙げられている。これら諸課題を解決し、新たなブレークスルーを起こすためには、学術研究の現代的要請である挑戦性、総合性、融合性、国際性が不可欠である。
4.我が国の学術研究の現状と直面する課題
(我が国の強みを形成してきた学術研究)
○ 冒頭に述べたように、我が国の学術研究は、限られた公財政投資の中でも多くの卓越した研究成果を生み出すとともに、様々な実際的価値の基盤となること等により、3.で述べたような社会からの負託に応えてきた。このように学術研究が我が国の強みを形成してきたことは、改めて評価されるべきである。
例9 科研費により生み出された成果
・人工多能性幹細胞(iPS細胞)の作製・樹立(京都大学 山中教授)
拒絶反応のない移植用臓器の作製が可能になると期待
・レーザー光の導波伝送に関する基礎研究(東京工業大学 末松教授)
超高速・長距離光ファイバー通信の端緒を開拓。世界的規模の大容量長距離光ファイバー通信技術の発展に寄与。
・角膜の培養・移植を革新的に容易にする技術の開発(東京女子医科大学 岡野教授)
細胞をシート状に培養、それを利用して疾患を治療する技術(細胞シート工学)を開発。角膜上皮等で画期的な治療効果。
・有機EL素子の研究(山形大学 城戸教授)
白色発光素子の開発に実用化レベルで成功。将来的な市場規模は約5兆円、白色有機ELがディスプレイにも応用された場合14~15兆円が見込まれている。
・食品の機能に関する系統的研究(東京大学・お茶の水大学 藤巻名誉教授)
「機能性食品」という新しい概念を学術的に確立。「特定保健用食品」の制度化に貢献。関連商品の市場規模は平成23年には5,175億円に成長。
例10 大学共同利用機関、共同利用・共同研究拠点の成果
・Bファクトリー加速器の高度化による新しい物理法則の探求(高エネルギー加速器研究機構)
反物質が消えた謎を解く鍵となる現象「CP対称性の破れ(粒子と反粒子の崩壊過程にズレが存在すること)」を実験的に証明し、小林・益川両博士のノーベル物理学賞受賞に貢献。
・大型電波望遠鏡「アルマ」による国際共同利用研究の推進(自然科学研究機構・国立天文台)
生まれたばかりの星のまわりに、生命の構成要素となる糖類分子を発見。宇宙における生命の起源を探る上で重要な手掛かりになると期待。
・「スーパーカミオカンデ」によるニュートリノ研究の展開(東京大学宇宙線研究所)
ニュートリノに質量が存在することの決定的な証拠となる「ニュートリノ振動」の世界初の直接観測に成功。先駆実験装置「カミオカンデ」は小柴昌俊先生のノーベル物理学賞受賞に貢献。
・省エネルギー・スピントロニクス論理集積回路の研究開発(東北大学電気通信研究所)
待機電力をゼロに出来る大規模集積回路(システムLSI)を世界初で開発。国内の全サーバーに導入すれば原子力発電所半基分の電力を減らすことが可能。
・自然科学的手法を用いた考古資料の年代測定(人間文化研究機構・国立歴史民俗博物館)
加速器質量分析(AMS)法による炭素14年代測定法などの自然科学的手法を歴史研究に活用。考古資料等の分析の結果、弥生時代の開始時期が従来の通説より約500年遡ることを明らかにした。
例11 高被引用度(トップ1%)論文生産数に係る日本の国際順位
総合(5位)、化学(4位)、免疫学(4位)、材料科学(4位)、生物学・生化学(5位)
(2014年4月 トムソン・ロイター発表。データ対象期間は、2003年1月1日~2013年10月31日。)
(学術研究に対する厳しい見方)
○ 一方で、科学技術関係予算は厳しい財政状況の中でも増加してきたにもかかわらず、近年我が国の学術研究の成果を示す指標の一つである論文指標(論文生産数、高被引用度論文数)は国際的・相対的に低下している。このため、投資効果が上がっていないのではないかという厳しい見方がある。
また、予算、人材や施設・スペース等の配分等が既得権化しているのではないか等の声や、研究上の国際競争力、影響力の相対的な低下、多様性の低さや異分野融合領域の脆弱(ぜいじゃく)さについての懸念に加え、社会的な課題への認識不足、発信不足など社会との繋(つな)がりの不十分さ等についても、繰り返し指摘されている。
さらに、東日本大震災を契機に科学者に対する国民の信頼の獲得が課題になっていることに加え、近年の研究不正の事案等により、研究者の質や倫理観に対する信頼が揺らいでいる状況も重く受け止めなければならない。
○ ただし、これらの指摘等の中には、必ずしも学術研究についての正しい現状認識に基づいたものとは言えないものもある。例えば、学術分科会研究費部会では平成25年度に、我が国における論文の生産性について調査・分析を行い、我が国の論文生産活動の量及び質の面において科研費の役割が大きくなっていること等についてエビデンスを持って示した。学術界は、そのような点については社会に対してしっかりと説明・発信していくことが求められる。他方、これらの指摘等の背景には、学術界の発信不足や研究不正等もあることを学術研究に携わるすべての者が猛省し、学術界全体として対応策を講じなければならない。
(学術研究を巡る課題)
○ このような指摘等は、学術研究自体にとっても社会からの期待という観点からも極めて重要かつ本質的な学術研究の現代的要請(挑戦性、総合性、融合性、国際性)に関わる部分で、我が国の学術研究は脆弱(ぜいじゃく)な面があるのではないかという問題を提起しており、その根底には、国と学術界双方の資源配分における戦略の不足があると考えられる。以下、詳述する。
○ 我が国の大学は、国立大学法人運営費交付金や私立大学等経常費補助金等の基盤的経費により長期的な視野に基づく多様な教育研究の基盤を確保し、競争的資金(本報告書においては、公募形式により競争的に配分される教育研究資金を指す。)により教育研究活動の革新や高度化・拠点化を図る「デュアルサポートシステム」という基本構造によって支えられてきた。また、限られた国の予算の配分に当たって、基盤的経費と競争的資金の有効な組合せにより、競争的環境を醸成するとともに大学が複数の資金配分主体が示す様々な社会的ニーズに直接向かい合うことを促進することが企図された。
○ このデュアルサポートシステムの現状について、大学関係者からは、基盤的経費と競争的資金の適切な配分についての議論が行われることがないまま、前者が削減され、後者への予算配分が大きくなり過ぎており、システムにゆがみが生じている上に、後者は短期的な資金が制度ごとに縦割りで配分されているため、安定的な教育研究活動や全学的視点に立った大学の構想力が阻害されているとの批判がなされている。一方で、大学の外からは、基盤的経費の配分が固定化しており、大学内での予算、人材や施設・スペース等の配分が既得権化し、社会の変化に対応した有効な資源配分がなされていないのではないかとの批判がある。
○ これらの二つの批判は、例えば大学において、全学的視点に立って資源配分を行うマネジメントシステムをよりよく機能させるべきとの問題意識では共通しており、その根底には、
(1)政府として、予算・制度両面にわたって、学術政策、大学政策、科学技術政策間の連携が乏しく、例えば、基盤的経費、科研費、科研費以外の競争的資金について、学術研究の総合性や融合性を高めたり、国内外の優秀な若手研究者を育成・支援したりするために、それぞれの改善・充実や役割分担・連携の明確化を図るといった取組が十分になされてこなかった
(2)大学においては、明確で周到な戦略やビジョンに基づき、自らの教育研究上の強みの明確化と学内外の資源の柔軟な再配分や共有を図り、分野、組織などの違いや国境を越えた学問的卓越性の追究や、若手研究者の育成を戦略的に行う機能が十分に働いてこなかった
(3)(1)・(2)と相まって、またその帰結として、研究者や研究者コミュニティーの意識が短期的視野で内向きになっている側面もあり、分野や国境を越えた新たな知への挑戦を行ったり、学術界が責任をもって次代を担う研究者を育成したりするための戦略的な対策が講じられてこなかった
といった課題があると考えられる。
○ その結果、学術研究の現場において以下のような現象が惹起(じゃっき)されている。
・基盤的経費の減少や人件費の抑制、組織の硬直化、一律的・固定的な処遇などにより、安定的な若手ポストが減少する一方、競争的資金による時限付きのポストの増加等により研究職の魅力が減少し、優秀な学生が研究職を目指さなくなるなど、負の循環に陥る傾向にある。
・基盤的経費の減少が競争的資金の獲得を自己目的化させると同時に、時限付研究プロジェクトにおける安易な数値目標や短期的経済効果の強調が、研究者に短期的な成果が出やすい研究を指向させ、研究者の内発的動機に基づく多様で挑戦的な研究にじっくり取り組むことを困難にしている。また、研究者が競争的資金の申請・審査業務のために多くの時間を費やすことが、研究時間の減少を招いている。
・若手研究者がプロジェクト経費によって雇用されることが多いことから、経費を獲得しやすい分野に若手研究者が集中し、多様な分野における研究者の養成に支障が出ている。
・大規模な競争的資金の中には、学問的な卓越性の観点が必ずしも十分でなく、研究者の意識に悪影響を与えていると指摘されているものもある。
・柔軟な人事給与制度や研究支援体制の面で国際化への対応が遅れ、優秀な外国人の招へいや国際共同研究等が進んでいない。
5.学術研究が社会における役割を十分に発揮するために
○ このような状況の中でも多くの研究者(例えば、科研費を活用して積極的に研究活動を行い、科研費の審査員候補としてリストアップされている研究者は約75,000人)が卓越した教育研究活動に取り組んでいる。このような研究者やそれに続き次代を担う若者をエンカレッジし、学術研究が3.で述べたような社会における本来的役割を十分発揮できるようにするようにすることが我が国の持続的発展のために決定的に重要である。このため、(1)に示す基本的な考え方に基づき、(2)のような取組を推進することが必要である。
(1)改革のための基本的な考え方
○ 学術研究の多様性を重視しつつ、挑戦性、総合性、融合性、国際性といった現代的な要請に着目し、多様性を進化させることで、卓越知の創出を加速し、学術研究の本来的な役割を最大限果たせるようにする。
そのため、研究者の自由な発想を保障し、創造性を最大限発揮できる環境を整備するという前提に立ちつつ、これまでの慣習にとらわれず、資源(人材、研究費等)配分の思い切った見直しを行う。
○ 若手研究者は柔軟な発想で多様な知の可能性に挑戦したり、国際的な研究者ネットワークへ参加したりする一方、中堅・シニアの研究者は学術界の先駆者として、率先して既存の伝統的な学問分野の枠を越えた領域の開拓を先導したり、若手研究者をエンカレッジしたりするなど、各研究者の学問的・社会的ステージに応じた役割を意識し、学術政策、大学政策、科学技術政策が連携して施策を展開する。
○ また、学術研究の役割として、研究者養成だけではなく、広く社会で活躍する人材を育成し教養を形成するということを重視する。この点は、言語活動の充実等により思考力・判断力・表現力等の育成を重視した学習指導要領の実施や、義務教育改革や高校教育の質保証・大学入試の改善・高等教育の質的転換の一体改革が進展している※5 中で、ますます重要になっている。
○ 学術研究が広く社会一般に支えられていることに留意し、その期待に応えるためにも、学術研究は、戦略的な情報発信はもとより、社会と積極的に対話することにより、社会のニーズ等にも適切に対応し研究の一層の推進を図るなど、社会とのインターアクトを強化する。
(2)具体的な取組の方向性
(デュアルサポートシステムの再構築)
○ デュアルサポートシステムについては、以下のような観点から、学術政策、大学政策、科学技術政策が連携して再構築に取り組むことが必要である。
○ 運営費交付金等の基盤的経費については、大学等において、明確なビジョンや戦略を立て、自らの役割を明確にした上で、当該戦略等を踏まえ基盤的経費を配分することにより、その意義を最大化すべきである。例えば、
・優秀な大学の教員が公的研究機関等のポストを兼ねたり異動したりするなど組織を越えて卓越した教育研究を担うとともに、若手研究者が安定した環境で優れた研究活動を行うことができるような人事・給与システムの改革
・例えば、物理学、化学、材料科学、免疫学、生物学・生化学など我が国が世界の先頭を走っている分野や、アジア各国において国作りを担う法律家等の人材育成に貢献できる分野などを中心に、各分野の人材ニーズも踏まえつつ、国内外の優秀な若者、企業等の優秀な人材を集め、公的研究機関とも連携しながら知的に成長させる卓越した大学院の課程の形成
・リサーチアドミニストレーターやグローバル担当職員など専門人材の積極登用や大学職員全体の資質の向上等の大学事務局改革
・個々の研究者の独創的な個性と組織としての大学の戦略を両立させる強靭(きょうじん)なガバナンスの確立と教育研究組織の最適化
・組織の枠を越えた研究者の知の融合を促進するとともに、限られた人材・資源の効果的・効率的な活用を図るため、施設・設備や図書・史料等の機関内外での共同利用・共同研究の一層の推進
・多様な教育研究活動の場となるキャンパスや施設について、知的交流を促進するよう快適で豊かなものにするための取組
などのために、学内外の資源の再配分や共有を行うことが求められる。なお、国立大学については、既に進展している「国立大学改革プラン」を着実に実行することが必要である。
このような大学の取組を前提として、国は基盤的経費の確保・充実に努める必要がある。
○ 研究者の知的創造力を踏まえたすべての分野における多様な学術研究を支援する我が国最大かつ唯一の競争的資金である科研費は、これまでも大きな成果をあげている。平成25年度では、全国の大学、研究機関、企業等の研究者27万人の中から応募があった9.7万件を審査して学術的な水準の高い2.6万件を採択(すなわち、新規採択されるのは申請資格者のうち9.6%)するなど、すべての研究活動の基盤となる学術研究を幅広く支えることにより、科学の発展に種をまき芽を育てる上で、大きな役割を果たしている。
例12 科研費による論文、図書、産業財産権の生産数(平成23年度実績)
論文数15万件、図書2万件、産業財産権出願2千件
これまでも基金化の導入など学術の発展の観点から様々な改革を行ってきたところであるが、さらなる充実を図るため、
・よりシンプルでオープンな仕組みによる多様な学術研究の推進とそれを基盤とした分野・細目にとらわれない創造的な研究を促すための分野横断型・創発型の丁寧な審査の導入や応募分野の大括(くく)り化(その先導的試行としての「特設分野研究」の充実)等※6
・学術動向調査などの学術政策や科学技術政策への反映、イノベーションにつなげる科研費の研究成果を最大限把握・活用するためのデータベースの構築等
・国際共同研究や海外ネットワークの形成の促進
・卓越した若手や女性、外国人、海外の日本人など多様な研究者による質の高い学術研究支援の加速
などの改革に、研究者としてのステージや学問分野の特性などにも配慮しつつ取り組むことが必要である。なお、平成23年度から導入された「学術研究助成基金」については、上記のような丁寧な審査の導入等により必要となるアワードイヤーの実現や、海外研究者との国際共同研究等の推進において、日本側の会計年度の制約が共同研究上の支障になることのないようにするなど研究費の成果を最大化する観点から、その充実を図る。
○ 科研費以外の競争的資金については、それぞれ目的や役割は異なるが、大学関係者や社会からの指摘等を踏まえつつ、上記(1)で示した基本的な考え方を一つの横串として位置づけて改善を図ることが、結果としてはそれぞれの競争的資金の目的の最大化につながるという観点から、総合科学技術会議において政府全体の立場でその改革について議論する必要がある。
例えば、長期的な観点からは、戦略研究・要請研究を行うためには、学術研究の蓄積や若手人材の育成が土壌として不可欠であることを踏まえつつ、バランスの取れた振興施策を講じることが必要である。
一方で、戦略研究や要請研究は、それぞれ学術研究とは趣旨・目的が異なることから、それぞれの役割分担を明確にした上で相互の連携を図ることが重要であるが、学術研究との効果的な連携を行うためには、サイエンスマップや研究成果に係るデータベースの活用などにより、エビデンスベースでの施策の立案を行っていくことが重要である。
(若手研究者の育成・活躍促進)
○ 学術研究が将来にわたり持続的に社会における役割を発揮するためには、次代を担う若手研究者の育成がとりわけ重要である。本質的に重要と本人が考えるテーマを、どんな困難があっても乗り越えようとする能力がリーダーには欠かせない。若手研究者が単なる労働力として与えられた課題をこなすのではなく、自ら主体的に課題を設定して挑戦的な研究に取り組むことがリーダーを育てるために極めて重要であり、学術界全体が若手研究者を育てる意識を共有し、研究機関における自立した研究に必要な環境(設備、スペース、資金等)の整備やシニア研究者による若手研究者のエンカレッジなど、自立を促しつつも適切にサポートする体制を構築することが必要である。
なお、若手研究者の自立のためには、研究費のマネジメント能力を涵養(かんよう)することも必要であり、若手研究者に配分される競争的資金はそのような経験を得る意味でも重要な役割を有している。
○ 若手研究者の国際性を高めることは学術研究の水準向上のみならず、大学等の人材育成面も含めた国際化に貢献するものである。特に、国際社会における我が国の存在感の維持・向上のためには、若手研究者が将来的に国際的な学術コミュニティーにおいてリーダーシップを発揮することが肝要である。そのため、若手研究者による国際的な研究者ネットワークの形成や国際シンポジウム等の中心メンバーとしての参画を積極的に促進することが必要である。したがって、海外特別研究員制度など若手研究者の海外渡航を促進する経済的支援を拡充するとともに、そうした観点からの審査を充実する。また、科研費等により海外における研究活動の支援が行われる場合にも、同様の観点が必要である。
○ 若手研究者が安定的な環境の下で研究に専念するためには、シニア研究者を含めた人材の流動化を図りつつ、若手研究者の安定的なポストを確保することが必要である。そのため、各大学の戦略等に基づき、例えば、シニア研究者を年俸制雇用へと切り替え、若手研究者をテニュアポスト等で雇用するような仕組みを構築することなど、様々な工夫により、大学等研究機関の人事・組織の在り方を見直すとともに、客観的で透明性の高い審査による能力・業績評価に基づき、優秀な若手研究者を積極的に登用するなど、適切な処遇を講じることが必要である。
○ 一方、意欲と能力のある博士課程の学生や若手研究者が研究の道を断念することなく、多様な分野において自由な発想に基づく研究に専念することができるよう、特別研究員などのフェローシップの拡充や、奨学金、RA経費などの経済的支援の充実を図る。また、博士課程修了者など高度な教育を受けた人材が広く社会で活躍できるよう、例えば、これらの人材に対して異分野や異業種との交流を通じた教育を行うことなどにより、キャリア開発を促すことも必要である。
(多様な人材の活躍促進)
○ また、多様な発想による卓越知の創出を促すためには、研究現場におけるダイバーシティの実現が必要であり、女性研究者の活躍促進を図ることが重要である。国においても様々な取組を行ってきたが、我が国の女性研究者の割合は、諸外国と比較して低い水準にあり、特別研究員(RPD)の支援人数の拡大を含め、女性研究者の研究と出産・育児・介護等との両立や、研究活動を主導する女性リーダー(PO等)の活躍推進を図るための支援の強化やシステム改革などを進めていく必要がある。
○ 世界規模の頭脳循環により、優れたイノベーション人材の獲得競争が世界的に激化する中で、我が国が学術研究を持続的に強化するためには、優秀な人材とその多様性を確保することが必要である。このため、外国人研究者の戦略的な受入れや国際的な研究ネットワークを構築することにより、大学等研究機関における国際化や多様性を確保するとともに、国際的な頭脳循環のハブを形成することが重要である。さらに、先端的な研究を日本の魅力として世界へ発信する等「Research in Japan」イニシアティブを引き続き推進することが重要である。
(共同利用・共同研究の充実等)
○ 共同利用・共同研究は、組織の枠を越えて研究者の知を結集し、国全体の学術研究の発展を図る極めて効果的なシステムであり、そのための拠点整備を全国規模の視点を持って推進することが重要である。
○ 学問分野の専門分化・高度化が進む中、大学の共同利用・共同研究拠点や大学共同利用機関等において個々の組織の枠を越えて行われる共同利用・共同研究は、学術界の限られた人材・資源の効果的・効率的な活用に資することはもちろん、相補的・相乗的な連携により大学全体の研究機能を底上げするものである。また、共同利用・共同研究拠点等には、多様な背景を有する様々な分野の研究者の交流と連携により、異分野連携・融合や新たな学際領域を開拓するとともに、国内外に開かれた共同研究拠点として、優れた外国人研究者を積極的に招へいし、国際的な頭脳循環のハブとしての役割や次世代中核研究者の育成センターとしての役割も期待される。
○ また、学術の大型プロジェクトについては、学術界の合意により提案された計画を取りまとめた日本学術会議のマスタープランを踏まえ、文部科学省において推進する際の優先度を明らかにする観点からロードマップを策定し、それに基づき戦略的・計画的な推進を図る透明性の高い一連のプロセスがシステムとして構築されていることも共同利用・共同研究の推進にあたり大きな意義を有している。
○ このような国全体の学術研究の発展に向けた共同利用・共同研究体制の一層の強化に向け、各組織が連携して相互の強み・特色を更に発展させるネットワーク型研究拠点の形成の促進、国際共同研究の推進に向けた抜本的な体制整備、自由で自律的な研究環境の下での若手研究者の育成、さらには、全国の研究者コミュニティーの合意に基づく各分野の学術の大型プロジェクトを推進していくことが必要である。
また、先進的な大型研究施設を有効に活用し、先端的な研究を推進するため、施設を安定的に運用し、常に共同利用・共同研究を行うことができる体制を維持していくことが必要である。
(学術研究を支える学術情報基盤の充実等)
○ 学術研究を支える学術情報基盤の不断の維持が重要であることについても忘れてはならない。とりわけ、学術のボーダーレス化、グローバル化が進む中で、全ての学術研究の推進において、学術情報の流通・共有のための基盤整備が不可欠になっていることは言を俟(ま)たない。
我が国では、SINETが中核となり、20年以上にわたり、全国約800の大学等や海外の研究機関とも接続する学術情報ネットワークを整備することにより、東日本大震災においても唯一停止することなく、学術の振興に大きな貢献をしてきた。今日、SINETが、大規模実験装置からの膨大なデータやオンライン教育への対応など、関連する情報資源の利活用を幅広く下支えすることにより、異分野融合の進展、新たなサイエンスの創出、高度人材育成の促進等につながっている。
一方で、オープンデータへの取組強化や大型国際共同研究への対応など、情報流通・共有に対するニーズがますます高まる中で、我が国では、近年、学術情報基盤の整備が滞っており、欧米や中国等の諸外国に遅れを取っていることは、今後の我が国の学術振興にとり憂うべき状況であり、早急な対策が求められる。
このような状況から、関係する大学等の合意のもと、全国の学術情報基盤を担う組織が一体となって、我が国の学術研究推進における動脈としての学術情報ネットワークの強化を国内・国際回線ともに図る必要がある。その際、最新の情報学研究の成果を基に、情報資源を仮想空間で共有することにより研究プロセスの圧倒的な効率化とイノベーションをもたらすクラウド基盤の構築、深刻化しているセキュリティ機能の強化、学術情報の活用基盤の高度化を併せて実現することが望まれる。
○ さらに、日本の優れた研究成果の発信・普及において、重要な役割を担っている学術雑誌(ジャーナル)について、我が国の学術の振興・普及や学術の国際交流の活性化の促進を図り、日本発のリーディングジャーナルを育成するために、海外への情報発信力を強化する学協会の取組(ジャーナル刊行を従来の紙媒体から電子化やオープンアクセス化へ移行する等)を支援するなど学術情報の流通促進を図る科研費等の取組強化が必要である。この取組を強化することで、ジャーナルの抱える価格高騰などの課題や研究成果のオープンアクセス化に対応することが可能となる。
(学術界のコミットメント)
○ 以上のような改革を推進するに当たっては、学術研究が研究者の自律的な知的活動である以上、学術界の覚悟に基づくコミットメントが不可欠である。
○ これまでも学術界は、競争的資金の審査(科研費では年間約6,000人の研究者が審査に関与)、科研費改革についての主体的な議論や実行(独立行政法人日本学術振興会学術システム研究センターの卓越した研究者による闊達(かったつ)な議論に基づき事業運営)、学術の大型研究計画に関するマスタープランや大学教育のカリキュラムの参照基準の作成(日本学術会議)など、実質的なコミットメントを果たしてきた。
○ 今後は、より一層責任をもって、分野の利害を越え、上記のような制度設計や審査、評価に参画するとともに、伝統的に体系化された学問分野を踏まえつつ、異なる分野や組織と柔軟に連携して新しい学問分野を創出するという未来志向のコミュニティー文化を確立するなど、更に積極的なコミットメントを行い社会からの負託に応える必要がある。
○ 例えば、日本学術会議が学術界の意見を踏まえた上で、科学的に有用性が高いと評価される学術の大型研究計画をマスタープランとして明らかにし、それを政策判断に基づいて適切に実現していく仕組みを構築したことは、国民の理解を得る観点からも特筆すべき取組である。今後は更に、学術界が各分野から提案された計画に対して学問的卓越性を軸として審議を行い、未来社会における学術研究の姿を明確に捉えるものとなることが期待される。
○ さらに、学術界は学術研究の社会における本来的役割を十分に認識し、自律的な評価と見直し、研究倫理を醸成するための研究倫理教育の徹底等により、学術研究の質を保証することが必要である。
また、社会の中の学術研究として社会との対話を重視し、学術研究の意義や役割、成果等について実態に即して分かりやすく説明する責務がある。今後、学術研究におけるアウトリーチ活動をはじめとする社会・国民とのインターアクトを強化すべく、民間のノウハウにも学びながら、例えば、ソーシャルメディアを一層活用することや、研究機関の枠を越えた横断的な情報発信の推進などの取組を推進するとともに、これらを積極的に評価、奨励していく仕組みが必要である。
○ 何より重要なことは、学術界が過去の実績のみに頼らず、研究者の意欲や発展可能性など未来志向の観点に基づいて評価を行う制度を確立し、優秀な研究者を伸ばす一方で、多様な学術研究の役割のいずれをも担うに至っていない研究者を見逃さないという峻烈さを示し続けることである。そのため、卓越した研究活動の推進、研究組織の統率、体系的な教育活動の推進等、各研究者のステージ等に応じて期待される役割への貢献度に応じ、メリハリある処遇を行うことが重要である。
※1産業競争力会議 フォローアップ会議(科学技術) (平成26年3月25日) 民間議員提出資料
※2「東日本大震災を踏まえた今後の科学技術・学術政策の在り方について」(平成25年1月17日 科学技術・学術審議会 建議)による。
※3例えば、哲学は古代ギリシャ時代より、人間とは何か、国家とは何か、正義とは何か、善とは何かを深く考え、人類の羅針盤となってきた。歴史学は自らの社会や文化を振り返り、人類を正しい方向に導く道しるべを示した。科学は自然についての先端知識を生み出すことで、人類に夢を提供し、宇宙における人間とは何なのかを考えるすべを与えてきた。異文化についての研究は、他の文化の尊重や平和的共存、国際交流を促してきた。
※4例えば、分子生物学は、物理学者たちが生物の遺伝現象に生命の本質が隠れているのではないかと研究を始めたのをきっかけに、遺伝学者たちが周りに集まり、遺伝子の物質的本体がDNAにあることを証明し、DNAの螺旋(らせん)構造にその情報的性質と、生物学的に情報が保存される性質とがあることが発見されることで、学問分野として確立した。分子生物学は、バイオテクノロジーの基となるとともに、長く生気論的な生物観が残っていた人文学や宗教においても大きな学術的転換をもたらした。このように、異分野融合は、かつての分野を合算したものではなく、まったく新しい知の体系的構造に発展するものである。これは、結果を見通したものではなく交流と連携、その拡大と新しい問題の発見から、さらなる交流と連携が生まれ、総合化と融合とがボトムアップ的に起こることを示している。
※5初等中等教育から高等教育まで様々な議論が行われており、こうした内容を視野に入れて施策の展開を図ることが重要。
(関連の計画・答申等)
・教育振興基本計画(平成25年6月14日 閣議決定)
・幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について(平成20年1月17日 中央教育審議会 答申)
・高等学校教育と大学教育との接続・大学入学者選抜の在り方について(第四次提言)(平成25年10月31日 教育再生実行会議)
・初等中等教育分科会高等学校教育部会審議まとめ(案)~高校教育の質の確保・向上に向けて~(平成26年3月 初等中等教育分科会高等学校教育部会)
・中央教育審議会高大接続特別部会審議経過報告(平成26年3月25日 高大接続特別部会)
・新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて ~生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ~(答申)(平成24年8月28日中央教育審議会)
・これからの大学教育等の在り方について(第三次提言)(平成25年5月28日 教育再生実行会議)
※6科研費には、学術基盤において最も重要な「多様性」を安定的に保証する審査種目と、その上に立って、挑戦的で現在の細目や分科にとらわれない審査をすることにより学術研究を豊かにする申請を受け入れる審査種目とがある。これまで種目を越えて一律であった細目を、このような種目の性格により適切な規模の大括(くく)り化を行うなど見直し、かつそれに伴う審査方式の変更の検討を行う。
なお、学術の急速な発展に対応するための種目として設置された「時限付き分科細目」の改善についての学術分科会科学研究費補助金審査部会の要請を受け、平成22年度から独立行政法人日本学術振興会学術システム研究センターで検討を重ね、「時限付き分科細目」とともに、新たに「特設分野研究」を設けることとなった。この分野は、センター研究員による学術動向調査に基づき応募分野を設定し、既存分野や系をもまたぐ領域の設定を行うことから、審査においては書面審査と合議審査を同一の審査委員にするという方式を採用することとした。今年6月、初めての採択決定審査会が行われるので、今後の同方式についての改善の議論が期待される。
研究振興局振興企画課学術企画室