資料3 第1回 学術の基本問題に関する特別委員会概要(ポイント)

科学技術・学術審議会 学術分科会

学術の基本問題に関する特別委員会

(第2回)

平成26年3月24日 

 

 

第1回 学術の基本問題に関する特別委員会
概要(ポイント)

➢当面の議論の方向性について(資料3関係)

○ これまで学術コミュニティーの中で考えられてきた点を充実させるとともに、国民・社会の視点で検討を行うという方向性は良いと思う。

○ 国家予算の半分が借金で賄われている時代の中で、学術研究はどうしてこんなに予算を必要としているのか、私たちはその覚悟の上でこのことを発信しているんだという決意表明を、何かの文章の中で取り込むことができればいい。

○ 「現下の厳しい状況を正確に認識」とあるが、この認識が、感覚論ではなくてファクトベースで共有されることが非常に重要。科研費の削減などがある一方、片や別の形で研究に使える予算というものもできてきており、一部だけ取り出して、有利なように議論しているというふうに思われるのはよくない。

○ ファクトの把握ということについては、日本のレベルなのか世界のレベルなのか、どのレベルを標準として考えるのかについて議論が必要。

○ 「国力の源」が何かということは、人によって理解が違うので、どこかで議論が必要。

○ 国力と教育・科学技術の関係についての考え方が大きく振れないように、議論をしておくことが必要。
コミュニティーとして改革ができるところはきちっと改革をする必要があり、何が課題なのかを見ながら議論すると、問題点をつかみやすいのではないか。

➢論点の展開イメージについて(資料4関係)

○ 資料で示されている課題というのは広くて大きいものであり、自己改革だけではなくて、全ての体制、支援、施策の在り方が関係するもの。また、課題の例示について、確かに従来から指摘されているものではあるが、外れているものも結構ある。そういうことをちゃんとここで議論しないと、議論全体が矮小化する懸念がある。

○ 課題と改革の方向性について、改革主体をはっきりさせて、国・コミュニティー・研究者等のそれぞれにどういう課題があり、どういう方向性を持つというような形で整理していけば分かりやすくなるのではないか。また、自己改革の推進とあるが、改革が必要なのは、制度面・財政面・組織面など様々あるので、自己改革と限定すべきではない。

○ 自己改革が入るのは、学術コミュニティーとしては当然のことだが、自己改革をやるというのだったら自分たちでやってそれを自分たちでアピールすればいいので、国が学術をしっかり支援をしていくということが、やはりここでの課題。

○ 現状への危機感を強調すべき。海外の学術機関との付き合いから、学術において力を持つことで、国際社会における発言力が認められるということがよく分かるが、日本ではそれが崩れてきている。これは安全保障の一環でもある。

○ 委員会として出す文書は、基本的には国の体制への要求という種類のものではあるが、従来と同じように、何かしてほしいというだけでは全然インパクトがない。研究者自らも改革していくという決意を強調することによってインパクトのあるものになる。総花的なレポートにしてしまうとそのあたりが見えなくなる。学術コミュニティーも、厳しい財政の中でお金をもらっているんだから、それですばらしいことにするんだということを訴えるということが必要。

○ 国の委員会として、研究者の決意表明を細かくたくさん書いて、国の政策に触れないというのは本末転倒なので、全体の国の学術の施策の在り方に少し踏み込んで考えるべき。「国力の源」としての役割を果たすための課題と解決策と言ったときに、その解決策の1番目が我々の自己改革ではないというのは確か。「何でもやってほしい」ではダメだが、例えば、デュアルサポートの重要性、施策が経済効果の側面に偏っていることの問題など、本当におかしいと思っていることは挙げるべき。

○ 我々は学術コミュニティーの立場に立って議論しているわけであるから、学術コミュニティーの立場から、国としての制度改革に対して、まず制度の的確な設計をした上で、学術側がそれをどうインプリメントしていくかということの覚悟を示す必要がある。
  また、学術側がこれまで国から与えられたものの配分に関して、どれだけフェアなメカニズムを作り上げて実践できてきたかを相当よく考えた上で、その覚悟を表明しておかないと、インパクトのある学術側からの提言ができない。

○ 課題というのは直接改革の方向性につながるのではなく、課題は解決すべきもので、解決の中に改革をするという方向性がある。改革もいろいろな立場からの改革があり、改革が全て課題を解決できるわけではないので、「課題と解決策」とする方がいいのではないか。

○「課題と改革の方向性」については、解決の1つとして改革があるという構造にすれば分かりやすくなるのではないか。その際、国、コミュニティー、個人それぞれの課題解決の方法を構造化すると読みやすくなるのではないか。

○ 学術コミュニティーの外からこの議論を理解してもらうという観点で少し欠けているのは、科学技術創造立国という大きなアンブレラの中での学術の位置づけ。経済的な価値だけではなくて、学術を支えているのも科学技術創造立国であるので、そういう大きなキーワードを上位論としてきちっと打ち出しておくことが必要。そうしないと、いきなり「危機感の共有」とか「国力の源」と言っても、なかなかついてきてくれないのではないか。

○ 資料4と参考資料1の整合性がとれていないのではないか。参考資料1では、学術研究・戦略研究・要請研究の軸と基礎研究・応用研究・開発研究の軸がある一方、資料4では、国力の源とか学術研究という言葉は出てくるものの、基礎研究という言葉はなく、資料4の学術研究が基礎研究、応用研究、開発研究を見ているのか、基礎研究に絞っているのかという記載もない。したがって、全体の構成の中で整理が必要。

○ 「はじめに」のところに、現在の社会状況をどう認識するかということの共通認識を書く必要があるのではないか。危機感の共有とあるが、何ゆえにそういう危機感を持つに至っているのか。社会の要請がどうであり、それとどういう齟齬が生じているのかというようなことを、まず書く必要があるのではないか。

○ 1.2)でイノベーションにおける役割を特出ししているが、論理的には1.1)の一部なので、あえて別立てにする必要があるのか疑問。このように書かれているのは、学術コミュニティーとして、国民が短期的なリターンが出るものでないと研究してはいけないと思っていると感じ、それに応えるためにあえて書いているのかもしれないが、国民は必ずしも学術に対して短期的な金銭的リターンを期待してはいない。
一方、3)で何らか経済的なメリットも含めて書かないと、リターンを出すことにコミットしないということが前面に出過ぎた印象になってしまう。少なくともこの目次レベルでそうならないようにすべき。

○ 「次代を担う人材」に関しては、学術研究の人材だけでなく、例えばビジネスパーソンとして海外に行ったときに、いろいろな会話が現地の多少知的な水準の高い人ともできるという意味での人材育成も読めるような表現にしてもいいのではないか。

○ 学術コミュニティーとして学術というものをどう考えるのか整理すべき。なぜなら、数年後に必ず利益が出るというような研究であれば民間企業が行うであろうから、国が行うのは中長期の研究ということではないか。そこを明確にしないとテーマがぼやけ、改革の方向性が曖昧になる。

○ 「はじめに」のところに、まず先進諸国と肩を並べてきた、学問の分野では尊敬される存在の1つだと思っていた日本が、国際的な状況の中で危なくなるという危機感は書くべき。国際社会の中での日本の立ち位置を訴え、そのもとで、日本の学術が危機であり、学術の在り方を全体として問わねばならないという考えは非常に良い。

○ 国力というのは経済力ではなく、現在の国民の福祉と、それから将来の世代の福祉の改善のための潜在能力をいかにして養成していくかということ。これが明確でないと、どれだけ金銭的なベネフィットを生むのに学術が貢献したかという話の罠の中にはまってしまう。我々の視点として、これはどうしても強調しておくべき。

○ 出口指向で直接的に経済の発展につなげる議論が最近多過ぎるという話は、あまりその点ばかりを強調しすぎると、誰かが稼いでくれないと税収も増えないという話になり、むしろ現実味を失う可能性があるので、そこは学術の側もきちんと意識しているということを言った方がいい。また、研究自体もやはりそういう種類の研究もないと、国民としても困るのではないか。

○ 学術研究が経済の向上にどれだけ資するかという議論はあるが、タイムスケールの問題というのをきっちりとらえて、ロングレンジで見れば、経済効果を無視しているという議論にはならないはず。

○ 現状、学術に期待されているのは、科学技術イノベーションであるということは明らかな事実。資料4では、体系的に本質論から入っているが、全体の流れとして、はじめから「知的探求活動それ自体により」となると、それだけでちょっと違うんじゃないかと思う人が必ず多くいる。したがって、少し書く流れを工夫する必要があるのではないか。

○ 国際的な中での日本の立ち位置という視点も非常に大事であり、前回の学術分科会でも「学術外交」というキーワードが出たが、これは日本が今後いろいろな国際的な共同研究であるとか、国際的な視野で学術研究を進展していく上での非常に大事な観点になると思うので、その点も強く出していきたい。

○ いまは、オープンイノベーションの時代であり、入口で仕込んでおいて、何年か経って出口から出てくるのを待つという時代ではない。企業は、大学であれ役に立つところとはどこでも組むというのが当然の時代になっている。入口と出口があり、真ん中をどうするかという議論がなされているが、入口志向の人と出口志向の人がいつどこで出会うか分からないというモデルで考えていく方が良いのではないか。

○ エフォート管理で見たときに、本当にこのままでは日本はがんばった甲斐がないと感じられるのは、大学の先生方は学術研究を軸に基礎から開発研究まで、企業の指導もしながらかなり取り組んでいる。そしてそれに学生も参画してきちんと育っており、頭が下がる。それにも関わらず米国はじめ国際比較では収入が少ない。いつまでこのままでやっていけるか心配。 

➢具体的な課題について(資料4関係)

○ 学術側がこれまでどれだけフェアなメカニズムを作り上げて実践できてきたかという観点も含め、学術コミュニティーが覚悟を表明するということは、今回のとりまとめの基軸にすべき内容。分野によっては、必ずしも実力が無いのに特定の研究者に資金が集中し、しかもそれを下手に指摘すると全体を減らされてしまうので怖くて言えないという状態が生まれているところもある。限られたお金を有効利用するためには、学術コミュニティーが責任をもってそれを遂行する必要がある。そこが一番の我々の大きな覚悟であり、そういう科学政策が走り始めると、学術コミュニティーは一気に元気づく。

○ いま、若手だけでなく次の世代を育てるような研究者が育っているのか非常に最近疑問。特に若手研究者の論理的に議論し文書を書く能力が低下しているという印象を持っており、研究を通じて研究者を育てるという体制がとれているのか懸念している。
これは研究体制そのものに対する欠陥の現れではないか。原因はよくわからないが、一朝一夕で解決するものではないのでそういうことを検討することも必要。

○ 研究体制の悪い例は、若い人たちを力で抑えてデータを出させるということ。そのようなやり方をしているところからは不正が出てくる。若者が自由に大きなビジョンを持って学術に臨むようメンターがしっかり育てる体制が必要
  残念ながら、「学術はビジネスだ」と言っている人もおり、そういうように世の中が動いている。

(以上)

お問合せ先

研究振興局振興企画課学術企画室

(研究振興局振興企画課学術企画室)