第7期研究費部会(第9回) 議事録

1.日時

平成26年5月14日(水曜日)10時~12時

2.場所

東海大学校友会館「阿蘇の間」

3.議題

  1. 科学研究費助成事業(科研費)など研究費の在り方について
  2. その他

4.出席者

委員

佐藤部会長,奥野委員,甲斐委員,北岡(伸)委員,柘植委員,北岡(良)委員,金田委員,小安委員,谷口委員,鍋倉委員,西川委員,上田委員,郷治株式会社東京大学エッジキャピタル代表取締役社長,藤田東京大学教授,盛山関西学院大学教授,河野早稲田大学教授,勝木日本学術振興会学術システム研究センター副所長,村松日本学術振興会学術システム研究センター副所長

文部科学省

小松研究振興局長,山脇審議官,板倉振興企画課長,合田学術研究助成課長,前澤学術研究助成課企画室長,他関係官

5.議事録

【佐藤部会長】
 時間となりましたので,第9回研究費部会を始めたいと思います。
 本日は,まず,科研費に関する研究費政策の最近の動向について事務局から説明いただくことになっております。今日はヒアリングでございますけれども,前回,若手,中堅の方から非常に率直な意見も伺いまして大変参考になったわけでございます。今日は,学術研究をどう産業界につなげていくかといった観点について研究成果を,出口をターゲットにしたベンチャーキャピタルの御立場から,基礎研究や科研費を含む研究費政策の在り方について御提言を頂くことになります。また,工学分野の先生から,企業との共同研究を含めて御提言を頂くことになっております。この二つのお話の後に,今までお聞きしたことがなかった,人文・社会科学分野の御立場から,研究現場における研究実態や科研費などの研究費政策への御意見,御提言を伺いたいと思っております。人文・社会科学分野からは,学術センターの村松副所長も御出席いただいております。
 その後,お伺いした御意見,御提言を基に,この場で自由に御議論いただきたいと思っています。ただ,十分な時間が取れない可能性もございますけれどもその場合は次回以降にも議論いたしますので,よろしくお願いしたいと思います。また,前回に引き続き,学術システム研究センターから勝木副所長と先に御紹介した村松副所長に御出席いただいております。
 それでは,議事に入っていきたいと思います。まず,科研費に関する研究,研究振興局内の最近の動向につきまして,御説明をお願いしたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

【合田学術研究助成課長】
 それでは,科研費をめぐる政策的な動向について,端的に御説明させていただきます。
 まず,参考資料1をお手にお取りいただければと思います。「学術研究の推進方策に関する総合的な審議について」という審議計画の案でございます。以前,この部会でも報告申し上げましたとおり,本部会の委員でもいらっしゃいます平野学術分科会長のイニシアティブによりまして,学術の基本問題に関する特別委員会において学術研究の意義など根本にさかのぼりつつ,その在り方について体系的に御議論をいただいているところでございます。去る5月7日の同委員会で出されたレポートの案が参考資料1でございますが,大きな方向性が了承され,今月末の学術分科会で御報告の運びとなっておりますので,ポイントを御紹介申し上げたいと思っております。
 同委員会でございますけれども,大学におけるある種の閉塞感の一方で,1ページ目の下線部分にもございますように,科学技術関係予算は増えており,足りないという現状認識と十分であるという外からの声という,学術界内外のいわば極めて不幸な議論の不一致の構造を分析することを出発点としております。そのような観点で,3ページ目の下線部分にございますように,後ほど我が国で唯一成功した大学発ベンチャーキャピタリストでいらっしゃいます郷治代表からもお話しいただきますけれども,学術研究はイノベーションの源泉そのものということを再確認した上で,4ページから,学術研究とは何かという原点にもう一度立ち返っているところでございます。下線部分でございますが,「個々の研究者の内在的動機に基づき,自己責任の下で進められ,真理の探究や課題解決とともに新しい課題の発見が重視される」研究だと位置付けた上で,次の5ページの下線部分にございますように,「知的・文化的価値の創出・蓄積・継承」,「現代社会における実際的な経済的・社会的・公共的価値の創出」,それから,研究者の養成だけにとどまらない人材の養成・輩出の基盤,そして,これらを基礎とした国際社会貢献といったような意義をまとめてございます。
 ただし,これをより動態的に申し上げますと,6ページ下線部分にございますように,現在の学術研究にはいわば挑戦性,伝統的に体系化された学問分野の専門分野を前提としつつも,細分化された知を俯瞰(ふかん)し総合的な観点から捉えることが必要であるという意味での総合性,あるいは,異分野の研究者や国内外の様々な関係者との連携・協働によって新たな学問領域を生み出すという意味での融合性,国際性が特に強く要請されているという認識を御提起いただいております。その前提としては,6ページの一番下でございますように,日本学術振興会の勝木先生にもいろいろ御知恵を頂きまして,分子生物学というものが,融合あるいは総合という観点からいかに形成されていったかということをお示しいただいているところでございます。
 6ページの4.でございますけれども,我が国の学術研究の現状と直面する課題でございますが,もとより学術研究が我が国の強みを形成してきたことは事実でございまして,7ページ目の例9や例10にございますような様々な成果を上げてきたところでございます。ただ他方で学術研究に対する厳しい見方もございます。真ん中より少し下の辺りで下線を引いて示しておりますが,投資効果が上がっていない,あるいは研究上の国際競争力,影響力の相対的な低下,多様性の低さ,異分野融合領域の脆弱(ぜいじゃく)さが指摘されているところでございます。
 7ページの一番下にございますように,この中には誤解や十分な認識に基づいていないものももちろんございますので,これについては,学術界上げて,あるいは私ども共々反論していかなければならないわけでございますが,他方で,8ページ目の1つ目の丸の下線部分にございますように,先ほど御覧いただいた挑戦性,総合性,融合性,国際性という,本質的な学術研究の現代的な要請という観点で脆弱(ぜいじゃく)な面があるのではないかという点が,これらの指摘に通底しているとすれば,これはしっかりと受けとめて考えていかなければならない課題であり,その根底には,国と学術界双方の資源配分における戦略の不足があるのではないかという御議論をいただいているところでございます。
 ただし,それは研究者一人一人の心構えの問題や行動の問題というよりも,システムの問題が大きいというのが御議論の流れでございまして,その下にございますように,現在,基盤的経費,競争的資金で構成されている,いわゆるデュアルサポートシステムというものがうまくいっているのかどうか,ということを御議論いただいているところでございます。
 下から二つ目の丸でございますが,このデュアルサポートシステムについては全く正反対の立場から二つの批判がなされておりまして,大学関係者からは,基盤的経費と競争的資金について,適切な配分についての議論が行われることがないまま前者が削減され,後者への予算配分が大きくなり過ぎている,システムにゆがみが生じている,しかも競争的資金はそれぞれ制度ごとに縦割りで配分されているので,そのスペックに振り回されて大学の構想力が阻害されているという批判がされているわけでございます。
 他方,大学の外からは,基盤的経費の配分が固定化している,大学内での人事,人材,施設スペースの配分が既得権化しているのではないかという批判もあるわけでございます。デュアルサポートシステムがこの両面から批判されているその構造について分析したのがその下の丸でございまして,やはりそれぞれで課題があるのだろうということでございます。
 1.でございますが,一つは政府として,予算・制度両面にわたって,学術政策,大学政策,科学技術政策間の連携が乏しい。例えば,基盤的経費,科研費,科研費以外の競争的資金,このファンディングの三つのレイヤーそれぞれについて,学術研究の総合性や融合性を高めたり,国内外の優秀な若手研究者を育成・支援したりするために,それぞれの改善・充実や役割分担・連携の明確化を図るといった取組が十分になされてこなかったという政府の責任であります。
 それからもう一つは,他方,大学においても同様に,明確で周到なビジョンに基づいて,自らの大学の教育研究上の強み,エッジというものを明確にし,学内外の資源の柔軟な再配分あるいは共有を図るという観点から,学術研究の総合性,融合性,挑戦性,国際性といったものに取り組む姿勢が弱かったのではないかということです。
 そして3.でございますが,この政府の課題,大学の課題というものが相まって,あるいはその帰結として,研究者や研究者コミュニティーの意識が短期的視野で内向きになっている側面がある,その結果,新しい挑戦を行ったり,あるいは責任を持って次代を育てるというような戦略的な対策が講じられてこなかったという課題があるのではないかという分析をいただいているところでございます。
 このような結果,この部会でもいろいろ御議論いただきました学術研究の現場で起こっている現象を9ページ目の一つ目の丸で整理しているところでございます。
 9ページ真ん中の「5.学術研究が社会における役割を十分に発揮するために」というところでは,ではどうするかという御議論をいただいておりまして,基本的には(1)改革のための基本的な考え方,その次のページの(2)の具体的な取組の方向性ということで,四つの原則と六つのアクションプランと申しますか具体的な取組が提起されているところでございます。四つの原則につきましては9ページ目の下から二つ目の丸にありますように,これまで何度か御議論や御指摘を頂いております,挑戦性,総合性,融合性,国際性といった観点で卓越知の創出を加速し,学術研究の本来的な役割を最大限果たせるようにする,これまでの慣習にとらわれずリソース配分の思い切った見直しを行う,9ページ目の一番下の丸でございますが,若手研究者の役割,あるいは中堅・シニアの研究者の役割という観点からそれぞれ政策を組み立てていくとしております。
 それから10ページ目でございますけれども,一つ目の丸は,研究者養成だけではなくて,広く国民全体の知的な基盤としての学術研究の役割,それからその次は社会とのインターアクトということで,四つの原則を示しているところでございます。10ページの真ん中あたり,(2)具体的な取組の方向性ということで,六つの具体的な在り方についての提言を頂いているところでございますが,特にこの部会に関係するところだけかいつまんで御報告させていただきます。まずは,デュアルサポートシステムの再構築というところでございまして,これにつきましては,基盤的経費,本部会でお取り扱いいただいております科研費,科研費以外の競争的資金,このそれぞれの改革と協働が必要であるという御議論をいただいております。
 まず運営費交付金等の基盤的経費については,10ページ目の一番下の丸でございますが,例えば一つ目の黒ポツにありますように,優秀な大学の先生が公的研究機関等のポストを兼ねたり異動したりするなど組織を超えて卓越した教育研究を担うとともに,若手研究者が安定した環境で優れた研究活動を行うことができるような人事・給与システムの改革といったこと,あるいは物理学や化学などの我が国が世界の先頭を走っている分野について,11ページ目にございますとおり,卓越した大学院の課程を形成する必要がございます。大学事務局の改革,あるいはガバナンスの確立と教育研究組織の最適化,あるいは共同利用や共同研究については,国立大学改革プラン,あるいは政府の産業競争力会議などでもしっかり前に進めていこうという,いわば基盤的経費のリソースの再配分を進めていくための改革をしっかりしていく必要があるという御議論をいただいておりますし,このような大学の取組を前提として,国は基盤的経費の確保・充実に努める必要があるという御議論を賜っているところでございます。
 次に本部会のメインテーマであります科研費の改革につきましては,11ページ目の真ん中頃から始まってございますけれども,科研費のこれまで果たしてきた役割を前提にしながら,今申し上げました基盤的経費に関する改革と相対するような形で改革を考えていく必要があります。具体的には,11ページ目の下の方でございますが,よりシンプルでオープンな仕組みによる多様な学術研究の推進を基盤としながら,分野・細目にとらわれない創造的な研究を促すための分野横断型・創発型の丁寧な審査の導入や応募分野の大括り化が必要ではないかということでございます。これにつきましては,本日もお見えでございますが,勝木先生と村松先生の御両者が日本学術振興会の学術システム研究センターで大変御尽力いただいており,特設分野研究などの充実をまずやっていく必要があるのではないかという御議論をいただいているところでございます。イノベーションにつなげる科研費の研究成果を最大限把握・活用するためのデータベースの構築,国際共同研究や海外ネットワークの形成の促進,多様な研究者による質の高い学術研究に対する支援といったことが改革の方向性として重要であるということでございますが,これは本部会での御議論,あるいは本部会におけるヒアリングで様々な御議論を賜ったことなども踏まえながら,学術の基本問題に関する特別委員会で御議論をおまとめいただいているところでございます。
 なお12ページでございますけれども,学術研究助成基金につきましては,丁寧な審査の導入等により必要となるアワードイヤーの実現,あるいは海外研究者との国際共同研究等の推進において,日本側の会計年度の制約が共同研究上の支障になることのないようにするなど,科研費の成果を最大化する観点から,これまでのように少額の科研費から前に進めていくという観点ではなくて,基金化の成果を最大限最大化するという観点から,その充実を図るという方向性を御提起いただいているところでございます。
 なお,その次の丸でございますが,科研費以外の競争的資金につきましては,これまで申し上げてきたように,サイエンスメリットに基づく総合性,融合性の重視,あるいは若手を,言葉は悪いですが使い捨てではなくて,その人材を積極的に生かしていくというような観点,これらを横串にして位置付けて改善を図ることが,結果としてはそれぞれの競争的資金の目的の最大化につながるという観点から,政府全体の立場その改革について議論する必要があるということが議論されておりまして,このことは現在,総合科学技術会議におきましても同様な議論が行われつつあるところでございます。
 詳しい説明は省かせていただきますが,12ページの中頃には,若手研究者の育成・活躍支援,それから13ページには多様な人材の活躍促進,共同利用・共同研究の充実といった御議論がなされております。
 最後に触れさせていただきますと,15ページでは,学術界のコミットメントということを,これはまさに学術の基本問題に関する特別委員会の先生方の思いとしてお取りまとめいただいているところでございます。上から二つ目の丸にありますように,これまでも学術界は政策形成などに様々な実質的なコミットメントを果たしてきていただいたところでございますけれども,その次の丸にありますように,例えば,異なる分野や組織と柔軟に連携して新しい学問分野を創出するといった未来志向のコミュニティー文化を確立すること。あるいはその次の丸にありますように,日本学術会議の学術の大型研究計画のマスタープランにつきましても,今後更に学問的卓越性を軸にして審議を行い,未来社会における学術研究の姿を明確に捉えるということで,社会との対話を進めていくことが必要であるという御議論をいただいているところでございます。
 また,15ページの一番下の下線部分でございますが,大変厳しい表現ではございますけれども,優秀な研究者を残す一方で,多様な学術研究の役割のいずれをも担うに至っていない研究者を見逃さないという峻烈(しゅんれつ)さを示し続けることが必要であるという御議論をいただいておりまして,先ほど申し上げましたように,学術研究の基本的な在り方について現在,学術の基本問題に関する特別委員会で御議論いただいているところでございます。
 なお,その参考資料1の次に,横向きのカラーの「戦略的な基礎研究に関するファンディング施策におけるPDCAサイクル(案)について」という資料がございます。この参考資料2につきましては一番最後のページにございますように,本部会でお取り扱いいただいております学術研究,あるいは科研費とは別に戦略的な基礎研究の在り方に関する検討会というものを局として設けて御議論いただいているところでございます。1ページ目につきましては,前々回の本部会のヒアリングに来ていただきました東京大学理学系研究科の中村栄一先生が提案なさっておりました,戦略的な基礎研究に関するビジョン策定の際に,日本学術振興会の学術システム研究センターの学術動向調査を活用する必要があるということについて,それと通ずる御議論をしていただいているところでございます。
 それからこの資料の3ページ目でございますけれども,科研費の研究成果の可視化のためのデータベースに関する議論が現在行われているところでございまして,こういった議論も本部会の議論とうまくかみ合わせる形で,是非私どもとしても受け止めたいと思っている次第でございます。
 なお,最後に,その次の参考資料3でございます。これは前回も御紹介申し上げました経済産業省の産業構造審議会のレポートでございます。例えば,17ページ,元のページで申しますと31ページの一番上でございますけれども,大学等における多様で独創的な基礎研究の縮小懸念とございまして,国立大学法人改革以降,研究活動についていろいろな制約がなされているのではないか,あるいは短期的な成果が出る研究のみに関わる流れが生じ,基礎研究の多様性が失われている指摘があるということで,経産省ですらこういう議論をしているということでございますけれども,このような,当部会での御議論とかなり重なるような認識を前提に御議論をしておられるところでございます。詳細の御紹介は省略させていただきます。
 以上,御紹介申し上げましたように,政府の様々なセクションで学術研究,科学技術,あるいはイノベーションについての議論が行われておりまして,今御説明申し上げましたように,足並みはかなりそろっていると考えております。これらの議論と申しますものが6月のいわゆる骨太方針,成長戦略の改定,科学技術イノベーション総合戦略の改定に反映されて,27年度予算をはじめ,28年度からの第5期の科学技術基本計画,あるいは第3期の国立大学法人中期目標計画の前提となるという流れでございます。科研費改革をしっかり進めてほしいという大きな流れになってございますので,本部会におきましてはこのような動向をお踏まえいただき,科研費改革について引き続き御議論賜ればと思っている次第でございます。以上でございます。

【佐藤部会長】
 どうもありがとうございました。学術分科会の学術の基本問題に関する特別委員会の話を中心に動向を御説明いただきました。
 それでは,ヒアリングに入りたいと思います。まず,株式会社東京大学エッジキャピタルの郷治友孝代表,東京大学生産技術研究所の藤田博之先生から,今後の科研費の制度改革として重要と考えられるポイント等について御提言を伺いたいと思っております。
 まず,郷治東京大学エッジキャピタル代表取締役社長でございます。東京大学エッジキャピタルはUTECと省略するそうでございますけれども,東京大学承認の技術移転関連事業者として,大学の知の社会還元に向けて,知的財産,人材を活用するベンチャー企業に対して投資業務等を行っておられます。委員の先生方の机に配付されている日刊工業新聞にも書いてございますように,大変活躍されているわけでございます。大学の研究成果も事業化という産学官連携の御立場から,むしろ学術研究や基礎研究への投資の重要性を重視しているとのお話をいただけるのではないかと期待しております。
 では,郷治代表,よろしくお願いいたします。

【郷治社長】
 ありがとうございます。東京大学エッジキャピタルの郷治と申します。略してUTECと称しております。弊社は,名前にもキャピタルと入っているとおり,ベンチャーキャピタルというなりわいでございまして,1枚目にベンチャーキャピタルのいわゆるファンドの仕組みについてのスライドを入れております。右下の図が簡単なポンチ絵ですけれども,投資家から出資を集めておりまして,投資家には法的には有限責任という責任だけ負ってもらう形です。これはどういうことかと言うと,出したお金以上の責任は負いませんということですけれども,お金を出していただきまして,弊社は無限責任組合員という形で,ファンドの全無限責任を負うという形で,このお金を統括しております。それで,投資事業有限責任組合という形の法形態でファンドを作ってベンチャー企業に投資をする。このベンチャー企業に投資をするということの具体的な意味は,株式等に投資をするということでございます。株式と言っても,公開株ではなくて未公開の株です。ですから,通常取引されておりませんけれども,そういった,まだできたばかりの会社の一般には取引されていない株に投資をして,その企業の資金の支援をして,そのほかのもろもろの支援をするということでございます。
 ただ,お金を出す投資家からしてみれば,いろいろな投資先があるわけでして,例えば不動産投資でもいいですし,国際投資でもいいですし,上場株の投資でもいいわけですけれども,そういった様々な投資の中で,私どものファンドへの投資は代替的な投資にすぎないということでございますので,当然,私どもとしてみれば,ほかの投資よりもきちんとリターンを出すという期待を持っていただかなければいけないということでございます。
 そういった厳しさがある一方で,投資先となるベンチャー企業からしてみると,私どもの投資はあくまでも株式の投資ですので,仮に事業が失敗して企業価値がなくなってしまっても,それはあくまでも投資を判断した私どもの自己責任であり,返済は必要ありませんということでございまして,そういった意味から,リスクマネーと言われておりますけれども,ハイリスクの新しい事業をチャレンジする起業家を応援するという社会的な意義も持っています。
 次のスライドになりますが,私のバックグラウンドですが,もともと,「投資事業有限責任組合」という仕組みを通産省,現経産省の方で起草していた法律担当官でございまして,こういった仕組みを使ってリスクをとる起業家を応援したいと思っていました。特にこの法律ができた1998年には,「大学等技術移転促進法」という,いわゆるTLO法という法律も5月に通っておりまして,私個人の思いとしては,そういった大学の技術,基礎研究の成果といったイノベーションを起こすような種から支援するファンドができるといいなと思っておりました。ただ,「投資事業有限責任組合法」ができ,ファンドはたくさんできたものの,残念ながらと言いますか,ほとんどの投資は,IPO直前,いわゆる株式公開しそうなところにどんどん向かいまして,会社を作る一番リスクの高いところになかなか行かなかったということで,なかなか理想どおりにはいかないなと,忸怩(じくじ)たる思いをしておりました。その後,スタンフォード大学のビジネススクールで勉強する機会を頂いて,実際にシリコンバレーの現場で,よくメディアなどでも言われているとおり,研究者や学生,卒業生が起業活動を非常に当たり前のようにやっているという状況を見て帰ってきたのが2003年の6月でございました。
 そのときにちょうど東京大学を含めた国立大学の方で法人化の動きがございまして,翌年から法人化することになるわけですけれども,それに先駆けて産学連携活動をどうするかという議論が東京大学の中でなされておりました。こういったベンチャー企業を興すような支援の仕組み,ベンチャーキャピタルの仕組みも作ったらいいのではないかという議論がなされておりまして,私の方もその相談をいただく機会がございまして,是非それはお力になりたいと思いまして,2004年の4月に役所を退官して,弊社の創業に加わり,それから10年たったわけでございます。
 それから,先ほど申し上げた投資事業有限責任組合の仕組みを使いまして,ファンドを3本立ち上げて,これまでやってまいりました。そういった経験からお話をしたいと思います。
 各国の研究開発投資の比較という5ページの表については,我が国の研究開発投資はGDP比で言うと世界で最高水準にあります。第5位になっておりますけれども,2011年の数字で3.26%。トップはイスラエルの4.39%ですが,そうは言っても日本は第5位で,アメリカが第10位ですからそれよりも上ということで,当然それなりの研究成果があるはずだろうと思っております。では,それを実際に事業化するベンチャーキャピタル投資の規模はどうかと言いますと,先進各国でも最低水準にございます。先ほど研究開発投資が世界最高だと言ったイスラエルは,ベンチャーキャピタル投資も世界最高水準で,アメリカの上のレベルを行っているぐらいの水準ですけれども,日本はもう全く下で,しかも,ベンチャーキャピタル投資の中でも,特に初期の段階に投資する額は更に低いということでございまして,これは情けない状況とも言えるのですが,逆に言うと,非常にまだまだベンチャーキャピタル投資が伸びるポテンシャルがある国であるとも考えられると思います。
 次のスライドは,せっかくいい研究成果が日本にはあるけれども,事業化を日本で行えない例として,うちができた頃に知った例ですけれども,ほかにもいろいろな例がございます。ここの例は,オキサリプラチンという大腸がんなどの抗がん剤の例で,70年代の半ばに,名古屋市立大学の喜谷先生という方が開発をした白金錯体化合物です。これを開発されたのですが,臨床研究や治験は日本では断念されました。そもそも着手すらできなかったという中で,スイスのデビオファームという製薬会社がこれを持っていって,ヨーロッパで承認に向けた臨床研究をされまして,96年にフランスで承認されて,2002年にアメリカで承認されて,それが日本に逆輸入されたという例でございます。これがもし日本で事業化されていれば,日本の経済にとっても当然もっとプラスだったと思うのですけれども,日本には一番最後に入ってきたということです。
 これ以外にもいろいろな例が最近はありますけれども,例えば,東工大のIGZOで有名な細野秀雄先生の成果も,シャープではなくて韓国の企業が初めて使うことになった。これももともと科研費から支援されてできた研究成果と伺っていますが,そういった例があります。自治医大の間野先生はがんの融合遺伝子という分野で大変顕著な成果を上げられている先生です。肺がんの分野ですけれども,ネイチャー誌に成果を発表されたときに,その翌日にすぐファイザーから電話かかってきて,すぐ事業化させてほしいということで,たった4年で承認までファイザーさんが持っていったという例があります。そのように,研究成果が日本国内のこういった研究費政策によって生まれてきたとしても,それを事業化につなげていくところが日本では余りにも弱いという問題意識を持っています。
 とはいえ,そういった中で,ベンチャーファンドのファンドマネジャーとしてやっていかなければいけないわけでして,どういうふうに投資先を組み合わせていくかという簡単な図が次の8ページに出ていますけれども,当然,非常にリスクが高いことは承知しておりますので,残念ながら大多数のものについては成功まではいかない,その成功の定義は投資としての成功という意味ですが,そうはいかないことは覚悟しています。しかし,もしうまくいった場合には,大変大きなリターンを生む可能性がある。単に私どもリスクだけとりたいわけではなくて,当たった場合にはハイリターンになるというものがないとリスクはとりたくないわけです。リスクは承知だけれども,うまくいった場合には非常に世界の市場に与える影響が大きい,今の市場の製品をリプーレスしていく場合もありますし,場合によっては全く新しい市場を作っていく場合もあるのですが,波及効果がとても大きいというポテンシャルのあるものに投資していきたいと考えております。その投資の判断の非常に重要なポイントとしては,アンダーラインを付けておりますけれども,既存の枠にとらわれないような独創的な成果がハイリターンを生むのだろうと。それはやはり基礎研究がしっかりしていないと無理だろうということで,これは今日の私の一番のメッセージになるのですけれども,そのように考えております。
 簡単に弊社のこれまでの活動内容を次の9ページにまとめておりますけれども,10年前にできまして,東大の方から技術移転関連事業者という承認を頂いておりますけれども,ただ,ファンド自体は民間から集めております。もちろん,政府系の機関もございますが,投資家から集めておりますので,当然,彼らに対してはほかの投資先に投資するよりも,こちらの方がいい,少なくとも見劣りはしませんということを言わなければいけませんので,民間の規律の中でやっております。ただ,投資先は大学の研究成果,基礎研究の成果を基にしたベンチャー企業でございます。ユーテック一号というファンドが最初に立ち上がっておりますけれども,これはできてほぼ10年になりますけれども,83億円の規模で立ち上げまして,34社に投資してまいりまして,そのうち29社がExitと言いまして卒業しており,その中の9社が株式公開までいっております。UTEC2号はまだできて5年ですので途中ですけれども,直近ではUTEC3号ができまして,130億円規模でございます。この時点では4社に投資したと書いていますが,今日時点で7社まで決まっております。いろいろと非常に面白い研究成果があって,起業活動は以前よりも活発になってきていると考えております。私どもは,会社になる前の段階から,大学研究段階から,文科省のSTART事業という事業で研究者を支援して起業家のアドバイスをしていくということもやっております。
 次のページは,研究開発段階に応じた資金獲得というスライドですけれども,私どもはベンチャーキャピタルですので,当然,研究費を出すわけではないのですけれども,ただ研究段階から先生方とおつき合いをして,どういった補助金を獲得していくのがいいのか,どういったPOCに向けた補助金,あるいは競争的資金の獲得をしていくのがいいのかといったアドバイスからお手伝いをしております。
 その次の大学の組織図との関係ですけれども,私ども大学の産学連携本部と連携をしておりまして,この中の知的財産部というのが,12ページ真ん中に黄色い枠で出ておりますけれども,こちらの方で大学の知的財産を管理しておりまして,大体,東大の場合には4,000人ぐらいのフルタイムの研究者の方がいらっしゃって,発明の件数が年間600件前後ですけれども,そういった発明がこの知的財産部に寄せられますと,もし起業に関心がある先生がいらっしゃる場合には,その発明届の開示を頂きまして,事業化の相談に乗るということをやっております。
 あと次のページは,文科省のSTART事業のポンチ絵ですけれども,こういう活動を全国でもやってくれないかということで,東大以外の大学や研究機関のシーズについても同じような仕組みが導入されまして,私どももこの制度のプロモーターとしてお手伝いをしております。
 次に,ある投資成功事例の御紹介として,PeptiDreamという会社,東京大学の理学系研究科の菅裕明先生の発明成果であるペプチド医薬関連の技術を使ったベンチャー企業ですけれども,昨年6月に上場した会社の経緯をまとめたものでございます。設立前の2005年6月の段階で,東京大学の菅先生の発明が当社に開示されまして,それを受けて私どもの方で,社長の候補を探すことを一緒にお手伝いしたり,事業計画のたたき台の議論をしたということからお付き合いが始まりました。2006年になりまして,4人の方の経営者候補を御紹介したところ,そのうちの最後の方と先生が意気投合されまして,会社を作ることになったということです。それから,これまでの研究成果をどういうふうに知財に整備していくのかという議論を中心にお話を始めました。ただ,私どもはすぐ投資をしたわけではなくて,投資に至ったのは2008年でございます。それまでは知財の整備の方に力を入れていただいておりましたので,特に投資をしていなかったのですが,2008年になってから,アメリカとヨーロッパで基本特許が成立しまして,それを機に1億円の投資をいたしました。
 それ以降,事業を拡大していくのですけれども,一番転機だったのは2011年です。Novartisとの間で共同研究契約の締結,Bristol Myers Squibbという会社と共同研究開発契約,Amgenとも同様に契約をし,Pfizerや田辺三菱製薬とも同様に契約を締結していくということで,強い知財を基に共同開発契約を広げていって,開発費を頂くことで売上げを立てていくというモデルを作り,黒字化をいたしまして,昨年上場したというモデルでございます。
 そのほかにも,次のテラという会社は,医科学研究所という白金台にある東大の研究所で細胞のプロセッシングの研究をしていたMDの矢崎さんという方が創業しました。これについては特に強い知財があったわけではないのですけれども,細胞の培養方法に関するノウハウの提供を医科研から頂いたり,ほかの大学からもいろいろな技術提供を頂きました。大阪大学医学部のがん抗原ペプチドという,杉山先生という方からの技術ライセンスを頂いたり,金沢大学医学部の技術も供与頂いたりして事業を固めまして,厚労省の薬事法の担当部局ともいろいろとディスカッションしまして,薬事法ではない,医師法,医療法の範囲内での事業というビジネスモデルを作り,事業化をして黒字化をし2009年に上場した例でございます。
 その次の例は,16ページの組織のポンチ絵ですが,新規の滅菌技術の実用化を,日本国内だけではなくてアメリカ企業とも連携することで実用化したものでございます。二酸化窒素という,いわゆるNoxを使った滅菌技術のベンチャーですが,私どもは最初日本で投資しておったのですが,全く同じ分野のアメリカのベンチャーも実はいたという中で,競争し続けることよりは,日米のベンチャーを一緒にしてしまうことで,二酸化窒素を使った滅菌技術のオンリーワンカンパニーを作ろうというプロポーザルを私の方で持っていき,統合交渉しまして,昨年3月に実際に統合が実現した例でございます。アメリカのNOXILIZERという会社に一本化したわけですが,UTECは引き続きその会社の筆頭株主として残る形でボードメンバーにも入り,アメリカの滅菌の大手の方もスカウトし,今,アメリカの大手の製薬会社と医療機器会社に営業しておりますが,必ずしも日本国内だけでやっていることが日本の技術の実用化にとって一番いいわけではないという例でございます。そういう活動をしております。
 イスラエルの事例として,政府のVCの育成策として,出資事業を御紹介しておりますけれども,実はイスラエルは研究開発投資が今世界トップで,VCも世界トップということなのですが,実は20年前はベンチャーキャピタルはほとんどなかったという意味で日本と非常に似ていました。ただ,政府が出資事業として100億円の予算を付けまして,それから非常にベンチャーキャピタルが伸びて,イノベーションの盛んな国になったのですけれども。どういうことをやったかというのを御紹介したいと思います。
 100億円の予算を10本の外部の民間のプロのベンチャーキャピタルに出資をしまして,彼らの自立的な努力でここまで持っていった,ということでございます。具体的にはアメリカ,ヨーロッパ,アジアからVCを呼んできまして,彼らに土着化してもらった。実際にイスラエルにオフィスを開いてもらって,研究機関の回りで投資活動を始めてもらって,今日のVC産業がイスラエルでは発展しているということでございます。
 最後になりますけれども,研究費政策に関する私の御要望は,既存の枠組みにとらわれないような基礎研究がきちんとあってこそ,初めてイノベーションが生まれるだろうと思いますので,研究者の方が余り具体的用途などを考え過ぎてしまうということは良くないと思いますし,先ほど研究費のデュアルサポートでしたか,そういう議論があるというふうに伺いましたけれども,やはり基盤的経費,あるいは競争的資金の中での科研費というのが非常に重要だろうと思いますし,そういった研究政策の充実が非常に望まれるのではないかと思います。
 一方で,イノベーションの後半のベンチャーキャピタルや事業支援のところは日本は層が薄いのは事実ですが,そこについては,民間のベンチャーキャピタル産業がきちんと自律的に伸びていくという政策アプローチが望まれるのではないかと思います。いろいろな研究費政策の連携が日本では弱いという話がありましたけれども,研究費政策だけではなくて,ベンチャーキャピタルの育成政策についてもきちんと連携しないといけない,産業政策とも連携をしないといけないと思いますけれども,何が一番政策効果として最大の効果をもたらすのかという観点から,これらを検討することが必要かと思います。
 以上でございます。ありがとうございました。

【佐藤部会長】
 郷治代表,大変ありがとうございました。ベンチャーキャピタルの御紹介とともに貴重な御提言も頂きまして,本当にありがとうございました。
 続きまして,東京大学生産技術研究所の藤田教授から御説明をいただきます。藤田先生は,マイクロナノメカトロニクス技術のバイオ分野,ナノ分野への,分野融合的な開拓を研究されておられ,企業との共同研究の実績もお持ちでございます。また,フランス科学研究センターとの連携を核としまして設立した,マイクロナノメカトロニクス国際研究センター長も務めておられます。これまでの御経験を踏まえて,特に異分野連携・融合による新研究分野への支援と国際研究ネットワークの形成等につきましてお話しいただけるものと聞いております。先生,どうぞよろしくお願いいたします。

【藤田教授】
 御紹介ありがとうございました。東大生産技術研究所の藤田です。御紹介がありましたように,私は有り難いことに科研費をいろいろ頂いてここまでやってこられたので,その辺のところを振り返ってみること。それから,メッセージとしては,ボトムアップの研究の多様性というところは,科研費以外ではとても救えないと思っておりまして,その点をお話ししたいと思っています。
 最初のスライドですが,私はマイクロ・ナノマシンという小さい機械を作ることをやっているのですが,クリーンルームで10台から20台もの装置を使ってナノメーターの微細加工を行う研究なので,大変高額の設備投資が必要です。それをどういうふうに賄ってきたかということと,その時に科研費が役に立ったかどうかという観点。それから,ナノテクノロジーや,バイオ技術の融合領域をやっておりますが,それに関して科研費がどう役だったかということ。最後に,フランスと20年近く共同研究しておりますけれども,それに関する観点という三つをお話したいと思っております。
 科研費のデータベースを改めて見ましたら,35件の科研費をこれまで頂いております。そのうち代表が19件,分担が16件ということですが,黄色く付けたのが私が研究代表者をした課題で,あとは研究分担者で入った課題です。1980年に卒業してから研究を始めて,1987年ごろからメムス,マイクロマシンを始めたわけですが,一般研究のCやBから始まって,つい最近,特別推進研究が終わりましたが,そこに至るまで,科研費でずっとサポートいただき,大変有り難く思っているところであります。
 それから,研究グループの形成,研究の融合に関しては,最初にいろいろな特定領域研究に計画班で入りまして,いろいろな先生とお知り合いになれました。特に,システム領域の先生や制御の先生とお知り合いになったというところがありました。後半は私が代表で,マイクロケモメカトロニクスという領域をやりましたが,これは化学,バイオの分野の研究者と,マイクロマシン,機械の研究者を融合させて何かできないかということをさせていただいたので,その分野を融合して研究グループを作っていくという意味で,大きく科研費の助けを頂いたということになっております。
 それから,国際連携に関しては,一部は研究費も使いましたけれども,正直申し上げまして,国際連携に関しては,JST,JSPSの拠点形成から,C2Cを使ってさせていただいていて,科研費そのものというよりは,もう少し特定の狙いを持ったところ,大きなグループ同士での共同研究のサポートというもので続けているのが現状です。研究融合に関しても,先ほどアカデミックな研究融合の話をしましたけれども,企業の方と百数十名の研究員の方を集めて5年間にわたって行ったNEDOのプロジェクトのサブリーダーをしたこともあります。こういう枠組みは科研費では取りにくくて,ただ,ネタは当然科研費から出てくるわけです。大学の基礎的研究と,どうやって実際に応用していくかという部分で,企業の方のエネルギーやお金を使って融合していく前段階を科研費でやっていたことになります。
 それから,クリーンルームの設備,電子顕微鏡の設備をいろいろ持っていますけれども,これに関しては正直申し上げて最初には民間の助成金,それから,その後は振興調整費,JST,CREST,あと企業の方から電子顕微鏡一式を寄附していただいたりという形でそろえました。やはり科研費の枠組みの中で大きな設備自体を整えていくのは無理があると感じている次第であります。
 このことは一番強く申し上げたいところで,科研費はまさに研究の糧でありまして,これがなければやってこられなかったというわけではあるのですが,大きな設備,非常に大きな研究のネットワーク,グループをやるための資金としては,フェーズが違うものであるという位置付けができるかと思っております。
 これはここまでのまとめですが,キャリア形成に関しては,当然,挑戦的萌芽研究から,若手研究といった形でのきちんとしたシリーズがございますし,グループに関しても,アカデミックな部分に関しては新学術領域研究でサポートされているということで結構だと思っております。ただし,大きくなる前の個別のネットワークを海外の研究者と結ぶ,しかも,それが特定の分野に限らずオープンに好きな分野でやれるかというと,まだできない心配があります。それから,以前のヒアリングでもあったかもしれませんが,個人ベースで海外に行っていろいろな人とつき合ってくるという部分もサポートがないような気がします。
 国際連携に関しても,大きい方になると,どうしても戦略目標に沿って,例えばバイオエレクトロニクスでやりなさいなど,何かお題がくっついてくるわけですが,そうではなくて,面白いからこんなことがやってみたいという分野や相手が限定されない形のサポートが頂けると有り難いという,お願いができるといいと思いました。
 さて,設備投資ですが,これは申し上げたように科研費ではなかなかできない。設備は買って終わりではございません。毎年メンテナンスをして初めて,例えば電子顕微鏡であれば解像度が保てます。クリーンルームの設備は,当然,真空装置など壊れてまいりますので,保守費用が必要です。運営費交付金のうちに設備の保守に対するサポートはほとんどありませんので,研究費の中から出すしかない状態です。科研費の研究に使うものは科研費を使って,保守していいということになっているわけですが,俗な言葉ですが,いわゆる鍋釜の装置というのがありまして,いろいろな他の研究にも使わなければいけないけれども,これがなければ科研費の仕事もできないというような装置に対して,基盤的な設備に関する保守は,是非認めていただきたい。もちろん,説明として研究には必須であることは説明できますが,稼働時間の100%を科研費の研究だけに使っているかと言うと,それはそうではない場合も認めていただけると有り難いと思います。
 それから,大きな設備に関しては,個人が抱え込む時代ではないと思いますので,プラットホームの形で,共用化するのが有効と思います。文科省でもナノテクノロジーのプラットホームとして,微細加工,それから電子顕微鏡の観測,化学合成についてサポートいただいておりますけれども,これを是非人員を含めてサポートしていただきたい。これも物があるだけではできません。保守費も要るし,オペレーターとして研究者を助ける人をつけておかないと装置が動かないわけで,そこを含めてのきちんとしたサポートが必要です。そして,科研費でもプラットホームを使うようにきちんと書いてあれば,その部分をプラスアルファとして加点してあげるとか,そういうことがあるとよろしいのではないか。使いなさいということは公募要領に書いてありますけれども,「使う」と書いたことによるメリットは,正直言って多分採点時にはないのだと思います。その辺りをもう少し強く言っていただいてもいいのではないかと思います。
 それから,自分の装置に関しても,他の研究者と共有するようにしていただきたい。みんなで科研費を持ち寄って物を買うことはできますけれども,自分の持っているものを人に使われてしまうと壊されるから嫌だと囲い込まずに,オープンにすることでインセンティブがあるような,インセンティブとして何がいいのか分かりませんが,是非工夫をしていただけると有り難いと思います。
 さて,少し話は変わりますが,国際研究ネットワーク,今更御説明する必要はないと思いますが,その重要性に触れます。私は現在EUのプロジェクトを頂いていまして,4年間で2億円ぐらい頂いているのですけれども,こういうような意味で,国を超えた様々のグループと一緒にお金を申請できるようになれば,日本の中だけで研究費を頂くだけにとどまっている必要は全くないわけであります。かつ世界で1番になるためには,みんなが彼の,若しくは彼女の研究はすごいと言ってくれる仲間がいないと駄目です。よく言うのですが,NHKのアナログハイビジョンみたいに,すばらしい技術でもオンリーワンになってしまうと世界の潮流に乗り遅れ,デジタルハイビジョンに結局は乗り移らざるを得ないという意味で,孤立,独立ばかりがいいわけではないということで,国際連携は産業界にも意味があります。当然,教育においても,日本人の学生は,結構,井の中の蛙(かわず)で,この頃生ぬるく生きているような人が多いような気がしますが,そこを無理に海外に出すとか,研究室の半分以上は外国人なので,英語でやらなければ研究室でも生きていけないという形で,ある程度国際化を強要することが必要だと思っています。これを「蛙(かえる)の住む井戸を壊す」と私は申しております。
 それに関しては今日ゆっくり御説明する時間ございませんので,私のセンターのパンフレットを持ってまいりました。開いていただくと,外国との研究ネットワークや,フランスのCNRS(国立科学研究センター)と1995年からもう20年近くにわたって140人ぐらいのフランス人を日本に受け入れて続けている研究の成果等を書いてございますので,後で見ていただければと思います。もう一回開いていただくと,こんなメンバーがいるということで,顔写真が並んでいます。フランス人の女性など,いろいろな教員と一緒にセンターの研究をしております。
 さて,ここで少し話は変わるのですが,私は研究代表の科研費を頂いてきましたけど,取ってきた細目が,いろいろと移り変わっています。最初は,電力工学・機器学という,いわゆる電磁モーターのようなもの,トランスのようなものを扱う分野での採択が87年から93年。それから,その次に,応用物理学一般の細目の中にマイクロマシンというキーワードができて,そこでしばらく助成を頂きました。それから,ロボティクスに当たるような知能機械システムで頂いた時期があって,最後にやっと時限付領域等で,マイクロ・ナノデバイス,マイクロナノシステムというのができたので,苦節15年ぐらいでしたけれども,2003年からは自分の分野ができてきた。正直言ってこれら以外の分野に出して全滅していた時期もあったりで,なかなか大変でした。当然,これは機械工学と半導体技術を合わせたのがマイクロマシンで,全く新しい分野だったので苦労したわけです。先ほどから分野融合の重要性というお話が出ておりますけれども,インターネットも電話と計算機を融合したわけだし,私が好きなのはCTの例でして,最初の論文はJour. Applied Physicsに出ているのですが,積分方程式に関するもので,ある線積分に対する積分の値を境界の上で全部はかって,それから逆に中の分布が推定できるかどうかという,19世紀的数学の問題の論文が実はCTの基になっていてノーベル賞までとったわけです。数学と医学,それから,画像情報処理の融合なわけで,こういう基礎的なものは科研費でサポートしないと,知恵として出てこないのではないかと思うわけであります。
 そういう意味で,多様性をまず求めていかないとブレークスルーになるような発見ができない。今日一番申し上げたいのは,科研費は,上で決めた「何々すべき」というテーマに合致した研究に渡すのではなくて,私ら研究者がやりたい,若い人がやりたいと思う,その発想の多様性を支援していただきたいと思うわけです。
 現在,分野,細目はずっと積分的につながってきますし,予算は,どれだけアプリケーションがあったかで比例的に配分されると伺っています。制御工学では,PID制御と申しまして,プロポーショナルとインテグラルと,ディファレンシャル制御というものがあります。最後のディファレンシャル制御とは,要するに傾向を見て先をやらないと早い制御はできないという意味で,この微分的傾向というのも是非つかまえて,うまく審査していただきたいと思います。常々感じているわけですが,出口志向で研究テーマを考えようとすると,結局,研究をする境界条件,例えば社会的な要請だとか技術のトレンドだとかから考え始めていくわけですが,この情報は万国共通で誰でもウエブで見られるわけです。そうなってしまうと,行き着くところは結局同じなので,日本で考えても,アメリカで考えても,どこで考えても一緒の研究テーマになってしまうという意味では,固有のブレークスルーというのが出てくる可能性が非常に少ないと思います。そういう研究費が必要なことは分かるわけです。それはそれでいいわけですが,科研費は,今申し上げたように多様性を確保していただきたいと思います。
 それから,トップダウンで,ここは面白いからやりなさいというのも当然必要だと思いますが,是非透明性を確保して,万機公論で新分野の発掘をやっていただけると有り難いと思います。
 それから,だんだん細かい点になりますが,いつまでも科研費,若手Bだけ取っているということでは若手の研究が離陸できません。つまり,2年か3年置きに小さな科研費を取るために新しいテーマで目先を変えていくということでは,なかなか腰がすわった研究ができません。萌芽とか基盤研究CやBの小さいものをやっていて,大変すばらしいものは,そこの成果を評価して,大きな科研費につなげてあげるなどの仕組みが必要ですね。それから,中間段階で,すばらしいものはもっと大きいものに格上げをするなどもいいと思います。
 それから,予算配分機関の意図と,研究者の意図がなかなか合わないときがある。特に若い研究者の場合はその辺よく分からずに申請を書くときがあると思うので,アメリカなどでよくありますけど,予算配分機関の方が来られて,学会の最後にみんなで議論をする,この分野に関してどうやっていこうかとか,何が面白いと思うというようなことを意思疎通されています。そういう場を設けることも大事ではないかと思うわけです。
 あとはその他感想なのですが,ここでも議論されているように,幾つかの分野の審査員の方が集まって分野融合テーマの審査をされるのは大変結構だと思います。また,どう申請書を書けばいいのか,もっともっと若い方に対するレクチャーも必要ではないか。それから,事務的な問題として,科研費をこの頃使っていて感じるのは,旅費の使い方で,何のために,どこに何日行ってという,とても締めつけが厳しくなっております。科研費は申請通りのことをやるのも必要ですけれども,先行投資のアンダーザテーブル的なところも,なるべくサポートすべきです。科研費でその先の未開拓なところの探索をやっておかないと,次のところにつながっていきません。そういう意味で,現在の規則は一罰百戒的なところはあるわけですが,全体のコストの有効利用という面から考えると,余り厳密にし過ぎるのは少し考えものではないかというのが現場の感触でございます。
 本日お話ししたかったのは,今までキャリアを形成するのに科研費は大変適していたということ。そして,次世代の研究シーンに対しての新たな科学技術のブレークスルーの芽生えという意味で,多様性の確保,新規分野,融合分野をどう育成していくかということを,是非科研費にお願いしたい。高額な研究設備に関しては,プラットホームのやり方等を進めていただき,保守点検に関しては,何らかの手当をしていただきたい。国際研究ネットワークに関しては,例えば今,基盤研究でも,国際的なもので提案できますけれども,そうすると,自分で出したい申請はもう出せなくなってしまいます。ですから,国際研究ネットワークを別の枠組みとして,重複申請ができるような枠があれば,もう少し気楽に,自分がすごく深くやりたいところと世界にみんなで広げていきたいところという両正面作戦がとれると思うわけであります。
 これまで先輩の先生方,それから,サポートしていただいた予算配分機関の方々,あと十数年一緒にやってきたCNRSの皆さん,それから共同研究の皆さんに感謝して終わりたいと思います。

【佐藤部会長】
 ありがとうございました。藤田先生,メムスの研究を通じての科研費に関する貴重な御意見,御提案をありがとうございます。
 それでは,ここでお話を伺いました郷治代表,藤田先生の御提言を踏まえて,科研費の成果や応用,実用化研究,産業界等へ結び付ける方策や,また,JSTやNEDOなどの他のファンドとの連携といった観点から,科研費を含む研究費施策の在り方について,委員の皆様から御意見を御自由に頂きたいと思っております。もちろん,郷治代表,藤田先生の御説明内容についての質問,御意見もありましたら,併せてお願いしたいと思っております。
 それでは,いかがでございましょうか。

【小安委員】
 郷治さんにお伺いします。日本でなかなかベンチャーキャピタルが成功しない,あるいはもともと数が少ないというお話をいただきましたが,UTECは非常に成功されている。基となる基礎研究が非常に大事だということをおっしゃっていただいたのですが,逆に基礎研究を行っている大学あるいは研究者にとって,郷治さんから見て,どういうことが一番鍵になっているのか。革新的な成果があることはもちろん必要だと思うのですが,例えば,医学の分野ですと非常にゴールが遠くにあって,自分で一生懸命やっていても,誰も引き取り手があらわれないという思いをしている人は非常に多いような気がします。逆に言うと,どういうふうに郷治代表に売り込みに行けばよいのでしょうか。
 それから,目利きが大事だということをおっしゃったのですが,今までも例えば医薬品機構の,出資事業などをいろいろやったと思いますが,なかなかそれで実が上がっていなかったということもいろいろと言われていたと思います。郷治代表のところと比較してそこに何か大きな違いがあったのでしょうか。お教えいただけると有り難いのですが。

【郷治社長】
 御質問ありがとうございます。事業としての成功や投資としての成功のための必要条件はたくさんありますけれども,ただ,研究として革新的なものでないと,ほかのものが幾らそろっても,大して面白くない,ものすごく爆発的なリターンは期待できないと思っております。そういう意味で,幅広い独創的な基礎研究の措置が不可欠だということを申し上げました。ただ,個別に研究者の方や,研究成果や,事業化のベンチャーを見た場合には,当然,研究成果だけでは駄目でして,例えば,知的財産のところがきちんとできていないといけないなどがあります。一番コアの特許が実は海外の大学に置いてきてしまっていて日本にはないという形だと困ります。
 もちろん,ビジネスモデルと言いまして,どういうふうにして稼ぐのかというところがしっかりできていないと,実際に資本金を集めて事業をする際にはやはり続かないといったこともあります。経営陣についてどう適切な人を集めるかといったこともございます。特に医療,バイオ系では規制対策,規制対応としてどういうふうに承認をとっていくのかという戦略など,様々な要素がございます。当然,研究者の方はそういう分野の専門ではございませんので,そこで頑張ってくださいということは申し上げません。研究者の研究成果について私どもが面白い,是非応援したい,と思った場合には,私どものネットワークでそういった分野の方々を御紹介してチームを作るということをしております。

【小安委員】
 出口を意識するということが強く言われていますが,必ずしも研究者が意識したからといって出口に行けるわけではないと私は感じています。早めに相談を持ちかけて,駄目なら見切った方がいいというでしょうか。

【郷治社長】
 見切るのではなくて,私どもは,お話を始めてから何か月も,場合によっては何年もおつき合いをしますし,途中で会話が途切れることもあります。途切れても半年後や1年後にまたふと再開して,その間に,これだけ進捗があった,これだけ環境が変わったということで,またお話が盛り上がることもありますので,とりあえずドアノックをしていただくというのが大変有り難いと思います。

【甲斐委員】
 郷治代表に二つお伺いしたいことがあります。今,小安先生から質問ありましたように,我々研究者側からシーズを作るところまでは普通に基礎研究でいきます。その上の段階というと,例えば,各省庁が出しているような少し出口の見えるような大型の研究費にアプライすることもできる。そこまでは研究者側から見えます。ですけど,その後が全く見えなくて,いきなり個人でベンチャーを作るなんていう発想はないので,どうしたらいいか分からなくなってしまいます。例えば,MIT等や何かが大学の何割かをそういう開発研究の成果の収入によって賄っているという話を聞いたことがありますが,海外の大学ではそういうような組織を作っているのでしょうか。それとも,そういうのは研究者の誤解なのでしょうか。

【郷治社長】
 MITの事例を正確に知っているわけではないのですが,開発研究の成果の意味が,例えば何かのライセンス収入なのかもしれません。実際に企業にライセンスされた登録料としての収入なのかもしれませんし,場合によっては,ベンチャー企業を作る際に,技術のライセンスをしてストックオプションを対価としてもらう,その会社がうまくいった場合に収入が大学に入ったとか,そういうことかもしれません。あるいは,共同開発費を集めているかもしれません。MITのメディアラボというところに行ったことがあるのですが,たしか,そこは企業から協賛金を集めてそれを収入にしていたので,そういう仕組みなのかもしれません。

【甲斐委員】
 私の事例が外れていたようでしたがこの開発したシーズをうまく生かして,それを次へ持っていくような間のところが日本はないような気がします。私は東大にいながらUTECにどのようにアプライしていいか存じません。何かシーズと開発成果をつなぐようなものを構築していく必要があるのではないか。

【郷治社長】
 そこはさっき少しお話しした文科省のSTART事業などは,まさにそこのギャップを埋めるようなものです。いきなり会社を作るわけにはいかないが基礎研究だけでも足りない場合に,より応用研究と言いますか,実用化研究に向けた研究室への研究費の交付制度というのがありまして,そこの段階から私どものようなベンチャーキャピタルがお手伝いをするという仕組みはあります。さらにUTECの中でも,自分たちの会社の予算の範囲内でグラント的にそういった開発費を出していくこともやっております。

【甲斐委員】
 もう一点は特許の維持費のことで非常に困ることがあります。我々が発明委員会に申請を出すとTLOが特許申請を出してくださるのですが,その後,例えば大学のTR拠点などがこれは良いから国際戦略に持って行こうと言っても,TLOが判断してお金がないから出せないと言うと,研究費の方から出す手がありません。そうすると,そのまま消滅してしまったり,日本で終わったりという,すごく大きな問題が生じます。そういうことを解決するような経費を例えば研究費に設けるべきではないかと思いますが,そういうことについてはどうお考えですか。

【郷治社長】
 全く同感であります。今,東大の知財の予算は,横から見て知っている範囲では,運営費交付金の削減割合と同じように削減しています。そんなことでいいのか,そこはもっと拡充すべきではないかということで,私どもの方でも,大学に寄附をさせていただき,是非そういうところの拡充にそうしたお金を使っていただきたいと思っています。あるいは,文科省のSTART予算も,知財の国際出願に使えるように手当してほしいなどそういったことは要望しております。

【柘植委員】
 御二方への質問です。目的はまさに学術研究費の減少を歯止めしようということの,社会への説明責任を果たすための目的ですけども,二つの視点があります,御二方の御説明は,言うならば,学術による知の創造を社会還元していく,すなわちイノベーションに結び付けていくということだと思いますが,御二方のそれぞれの活動の視点において二つの視点で補足の説明を伺いたいと思います。
 一つは,参考資料3で,経済産業省の産業構造審議会の方でも今後の日本のイノベーションのシステムの強化の一つに,橋渡し構造の強化という言葉がありました。まさに日本のイノベーションの知の創造から,社会経済的な価値を生み出すイノベーションに向けて,一種のイノベーションのパイプラインのネットワークを強化しようという話だと思います。産構審の方では,産総研等の経済産業省の傘下の分野だけを考えているようでして,私はむしろ大学が主にあって,もちろん,下流工程としては産総研なんかももちろんインボルブするべきであると考えています。そういう意味で見ると,既に今日のお話で藤田先生のおやりになっているのも,探査研究から産業が求めているイノベーションもつないでおられるし,ファイナンスも含めると,郷治社長のやられていることは非常に大事な,橋渡し構造の中でどうしても不可欠なキャピタルというものも実績の一つであり,東大の弱いところ,明治以来持っていなかったことをおやりになっており,橋渡し構造の強化のために非常に大事な,不可欠なことをやられている。そういう視点で,アカデミックなものの橋渡しを実践されている藤田先生,それから,国立大学に欠けていることを実際に身をもってやられている郷治社長,最大の敬意を持って,産構審の言っている橋渡し構造に対して何かコメントを頂きたい。
 もう一つ,御二方の中にはインプリセットに入っていると思いますが,博士課程の人材についてお伺いしたい。参考資料1の中で,学術研究の危機は,人材育成,特に教育の危機とも連携するということが,相当強く訴えられております。裏返しますと,藤田先生のこの活動は,藤田先生のところの大学院教育,特に博士課程の教育はすばらしい,もちろん,アカデミックを支えてくれている博士課程だけではなく,産業に出ていっている博士課程も相当教育していただいていて,産業に出ていった場合にはリーダーになってくれている博士課程が相当出ているのではないかと思います。
 それから,郷治社長のところの,菅先生の研究室をよく知っていまして,菅先生を訪ねますと,あそこの博士課程教育は,産業人から見ると,アカデミックのリーダーだけではなくて,産業に出ていっても,マネジメントも含めて,リーダーになる素養を博士課程の教育のときからすっかり教育されているということで,私の理想としている,研究と教育と,博士課程ですから限定されますけど,イノベーションのリーダーの素養の三位一体がされているということを菅先生の研究室に対して感じます。
 したがいまして,イノベーションに対してアカデミックは少しヘジテートしますけど,藤田先生のケースなり郷治先生の場合を考えますと,実際はこの両方をおやりになっているところほど,教育,特に産業が求めている博士課程教育が充実している場が実践されているということを,私は確信をする次第であります。それについてもコメントを頂けたらと思います。

【藤田教授】
 まず,大学のイノベーションに対する役割ということですけれども,一つの事例は,もともと私のところのドクターの卒業生で,今,先端研の教授をしている年吉というのがおります。彼を名古屋のベンチャー中小企業の方が訪ねてこられて,光分野のデバイスを作っているのですが,メムスが面白そうだから一緒にやらせてくださいと相談されました。開発目標のデバイスに関して,6か月の間に年吉教授は私どものクリーンルームで7回試作を繰り返して,きちんと動くデバイスで,サンプル出荷できるものを作り上げました。結局,今,こうして実用化したメムス可変光減衰器に関して,アメリカでシェアが2番か3番です。二,三百人の中小企業で,光のことは知っているけどマイクロマシンは全く分からない,作る設備もないという企業をお助けした事例があります。
 企業の方が大学に来ていただいて一緒にやる中で,新しい技術を覚えて実用化に結び付けるやり方はうまくいっています。うちのところでも,ある企業から来られた方が技術を学んで,自分のところでメムスを作るためのファンドリーサービスを始めた例とか,そういうやり方が大変役に立っています。もちろん,ドクターもその中でとられる方もいる。そういう意味で,むしろ大学の方が企業の方を抱え込んで一緒にやっていくというのが私たちのスタイルになっています。
 国際的な面では,フランス人にしろアメリカ人にしろ,私たちよりベンチャーをやる垣根が低いですから,そういう人たちと一緒に何かしたいということで,一つ,二つ考えているものもあります。そういう意味でも,日本だけではなくて国際的に開いていくということが大切かと思います。
 最後に博士人材ですが,私の研究室だけではなくて,生産研全体でも博士の人材ということをいろいろ考えています。博士の研究でやったテーマ自体は,多分,5年か10年で役に立たなくなってしまいます。ですから,彼らにやってほしいのは新しい問題を見つける手法です,もちろん異分野融合も必要だしある分野の深掘りも必要です。さらに,人も使ってリーダーとして自分の狙った部分をどんどん進めていくような俯瞰(ふかん)的な視点とリーダーシップなりマネジメントを5年間のケーススタディーを通じて,実地の研究を超えたメタな研究のノウハウもきちんと理解した上で卒業してくださいということを,研究所全体としていつもお願いしているところでございます。

【郷治社長】
 柘植先生のお話の中で,菅先生の研究室のお話がありましたけれども,菅先生はPeptiDreamというベンチャーの創業科学者ではありますけれども,非常に明確にベンチャーとは線を引いていらっしゃって,別にベンチャーのために研究を続けているということではなくて,研究者としての研究は自立的にやっていく,教育もやっていく。もしベンチャーにとって役に立つことがあれば,もしかしたらまた導出するかもしれないけど,別にそのためにやっているのではないということを非常に徹底しておられまして,そういう中で教育を受けている方々もやはり触発を受けているのだろうということはすごく感じます。

【佐藤部会長】
 それでは,次に,これまでお話を伺わなかった人文・社会科学分野から,今後の科研費の制度改善,そして,重要と考えられるポイントについて御提案を伺いたいと思っております。本日は,早稲田大学の河野勝先生,関西学院大学の盛山和夫先生にお越しいただいております。
 まず,早稲田大学政治経済学院の河野先生から御説明をいただきたいと思っております。河野先生は政治学を御専門としておられますけれども,アメリカやカナダで研究,経験を積まれておられます。現在は日本学術振興会の社会科学の主任研究員も務めておられます。これらの御経験を踏まえまして,人文・社会系研究者の御立場から,特に海外の制度と比較した科研費の在り方等についてお話しいただけると聞いております。どうぞ河野先生,よろしくお願いいたします。

【河野教授】
 御紹介にあずかりました河野です。事前にブリーフィングをしていただいたときに,自分の研究を語るのではなくて,私の経験に基づいて社会科学の観点から,あるいは今お話があったように海外との比較の観点から,科研費,あるいは科研費に代表される研究費の在り方について考える上での素材を提供してくださいということだったので,そのつもりでお話をさせていただきます。
 で,どのような話をしようかと思い,社会科学は科研費の中でしいたげられているという話をしようかなと,そういう例をいろいろ集めようかなとも思ったのですけど,そういう例としては一つだけ申し上げることにします。
 例えば今,成果報告を書かないといけない時期ですが,査読がついているジャーナルの成果を記入するところと本を記入するところがあるのに,本の中に書かれた論文を記入する欄がありません。これなんかは,自然科学の発想にもとづいてフォームができていると思うんですね。また,アメリカなどのユニバーシティプレスから出版するときには,そのプレス自体に査読がかかるんですが,そういう点を表記することもできない。更にいえば,学会などで招待されたかということが尋ねられるんですが,招待されたかされないかではなくて,学会などに受かるか受からないかというところにも査読に似たようなプロセスがあります。つまりですね,こういう成果報告書のフォーマットからして既に社会科学はしいたげられているわけです。
 さて,こういう例は枚挙にいとまなく積み上げることができるのですが,そういう話ばかりすると,何かクレーマーみたいなやつだなとも思われるだけかもしれませんし,また逆に大所高所の話もなかなか15分ではできないと思いましたので,今日は個人的な話をさせていただきます。盛山先生が後ろに控えおられますので,私は露払いと言いますか前座として,お話をさせていただければと思います。
 本日の発表は,自己紹介,文部科学省と私の関わり,北米での経験,人文・社会科学の観点からという順で,お話しさせていただきたいと思います。
 まず自己紹介ですけれども,私の経歴は,上智大学の国際関係法学科を出まして,日本の大学院には行かないで,イェール大学の国際関係論で修士を取りました。国際関係論に行ったのは潰しがきくと思ったからなのですが,研究することが面白くなってしまい,博士まで行こうかと,スタンフォードに行き,政治学で博士を取りました。その後,最初に就職したところがブリティッシュコロンビア大学で,助教授を5年間やりまして,その間にフーバー研究所というスタンフォードにある研究所のナショナルフェローに呼ばれて1年間行きました。その後,日本に帰ってくることになりまして,最初に勤めたのが青山学院大学で,国際政治経済学部の助教授,それから,今年で12年目ぐらいになると思いますが,早稲田大学に拾っていただきましたということです。
 主な役職としまして,学部長などは全くやったことはなくて,高等研究所,これは早稲田大学にある研究所ですが,そこで兼任研究員をつとめ,さらに国際部の参与などをやらせていただいております。そのほか政府関係ですと,法務省の司法試験委員を1年間だけやりましたが,余りにも難しい問題を作ったので1年でクビになりました。それから,国立国会図書館の客員調査員などをやらせていただいて,現在は日本学術振興会の学術システム研究センターでお世話になっています。昔はテレビに出る政治学者はとんでもない人ばかりだと言っていたのですが,最近,自分がテレビに出るようになってしまいまして,余りそういうことは言えなくなってしまいました。
 研究関心は現代の日本政治,それから,国際関係論にも関心がありますし,憲法,立憲主義,社会科学方法論など,非常に幅広く,政治学,社会科学についての関心を持っています。これが私の自己紹介です。
 そして,文部科学省と私の関わりですけれども,文部科学省は私の人生を決めたと言っても大げさではありません。それはなぜかと言いますと,私は6年間の一貫教育で,中学校,高校とずっと続いていたところにいたのですけれども,突然,共通一次試験が導入されまして,私の受けたい大学の科目が変わってしまいました。こんなことがあっていいのかと私は憤慨しまして,このときに初めて私は人生の中で,そうか,国家権力というのはこういうふうにして我々の人生の中に介入してくるのか,ということを知らされまして,それ以来,私は文部科学省が嫌いになりました。その私が,こういう場で話をできるのは,多分,今日が最初で最後かと思いますので,今日はもう,いいたい放題言って帰ってやろう,と思っております。
 そういうわけで,既存の受験レールに乗るのが嫌になり,高校留学を決めました。これが結構大きな,人生の転機でした。当時,高校留学というのは非常に珍しく,ただ1年間棒に振るだけと思われ,受験校だったこともあって,さんざん先生がたから反対されました。しかし,結局,高校留学に行きました。行ったおかげで,割に若い時期に英語を学ぶことができたということで,英語には苦労しない人生が歩めるようになりました。
 それで,向こうに行っているときに,何か面白いやつがいるということで,上智大学から推薦で入っていいと言われたので,受験するのが面倒くさいと思って,上智大学に入りました。
 上智大学に入ってみたら,専門科目は本当につまらなかったです。唯一の例外が佐藤功先生の憲法,それから,当時は新進気鋭の国際政治学者で,今は参議院議員をやっていらっしゃる猪口邦子さんの国際政治学。これらは,非常に面白かったです。でも,一番面白かったのは,その当時非常勤で来られていた村上陽一郎先生の自然科学史という一般教養の授業でした。当時の上智は,国際関係研究所に本当にきらびやかな先生方がいらっしゃいまして,そういう授業もとりました。しかし,自分では,吉本隆明さん,柄谷行人さん,蓮實重彦さんなど,いわゆる思想系や哲学系の本などを自分で読んでいました。一言で言うと,基本的には非常にネクラの青年で,自分で勝手に本を読んでいたという感じです憲法についても関心が引き続いておりますし,文芸評論や思想で読んだことも,私の考え方の基本をなしているのではないかと思います。
 しかし,上智時代のことで一言言いたいのは,今振り返ると,例えば,憲法とか,国際政治学とか,自然科学史とかは,非常に今の自分の考え方の血となり肉となっていると感じます。これは後の話とも関係すると思いますが,社会科学においては,非常に長いスパンで連続性を持って知識が体系化していくというか,後になってこういうことが生きてくるということが分かる,そういうときがあるものでして,自分の経験に照らしてみても,そういうことがいえるのではないかと思います。
 時間がないので,北米の経験に話をうつします。まず,大学院生の立場で北米へ行って何に驚いたかということですが,二つのことに驚きました。一つは,日本で学んできた政治学や国際関係の知識が全く役に立ちませんでした。本当に全く役に立ちませんでした。これは驚きました。それから,私はイェールとスタンフォードという,二つの非常に有名なところで勉強させていただいたのですが,学風が違うと感じました。
 最初の点ですけれども,今では,このような私が感じた大きな学術的ギャップは,ないのではないかと思います。私が留学したのは30年ぐらい前で,そのときには身にしみたことですが,今日では日本でも特に方法論教育が非常に充実してきまして,また口幅ったいですが,私のような人たちが帰ってきて,日本の社会科学教育を変えたのではないかという気がいたします。ただ,ギャップは大分緩和されましたけれども,解消し切れない日米のギャップもあるのではないかと思います。これについては後で申し上げます。
 それから,イェールからスタンフォードに移って非常によかったと思ったのは,アメリカといえども学風に違いがあることがよく分かったことです。日本では,アメリカから帰ってこられた先生が,もともといた大学の学風に沿っていろいろな教育をなさっていたのですけれども,アメリカが一枚岩的に同じということではなく,いろいろな大学で違う教え方をし,学風が違うのだということを感じました。多分,私は,スタンフォードに移っていなければ研究者としては成功していなかっただろうと思います。なぜかと言うと,物知りを作る教育ではなくて,一言でこの論文のエッセンスをつかみなさないというようなトレーニングをさんざん受けました。これは日本での教育とは全く反対で,非常にためになりました。それが私にとっては非常によかったと今でも思っています。
 さて,今度逆に,北米から日本に帰ってきて何に驚いたかということですけれども,まず,給料やその他の報酬が交渉できないということに,非常に驚きました。ブリティシュコロンビア大学で教えていて,日本に移ると言ったときに,すぐさま,テニュアをあげるから残ってほしいと言われました。給料もその場で1万ドルぐらい増やします,とも言われました。そのような交渉は,向こうでは普通のことです。ところが,青山学院大学の方は,そういうことをやって給料をつり上げようと思っても,全然そういうことは通じないんですね。そういうものなんだと,初めて知りました。
 ということは,日本では,金銭的なインセンティブが機能していないということだと思うのです。金銭的なインセンティブが機能していないとはどういうことかと言うと,それ以外の補完的なインセンティブが機能しているのではないかと。例えば,政府の審議会に名前を連ねることが栄誉につながるとか,テレビに出て自己顕示欲を満足させる,などですね。それから,東大にいることが一つの権威になって,本当はもっとほかのところでいい給料がもらえるのかもしれないのだけれども,東大にいることが一つのインセンティブになる,などですね。いずれにせよ,何か,余り健全ではないインセンティブ・メカニズムが働いているのではないか,という気がいたします。
 もう一つ驚いたことは,TAシステムが機能していないということです。早稲田の場合は,TAは,昔は出席カードを配るだけでした。こんなのTAでも何でもないと,さんざん文句をいいました。TAシステムというのは,うまく利用すると,教員の負担も減り,TAにファイナンシャルな支援ができ,なおかつTAにとっては教育の実践を積むということで,一石三鳥,若しくはそれ以上の様々な効果があり,日本でも,これをどんどん取り入れていかなければいけないと思います。TAシステムというのは,普通は入門科目みたいなものを大講義で教え,それをディスカッショングループとして小さなところでやるときに効果的に用いられるんですが,そのような組み合わせのクラスがないことに非常に驚きました。ただ,これはすぐこれからでも実践できます。実は,早稲田で,今年から私自身が担当しているクラスでそういうことを,やり始めました。
 さて,次のポイントが今日一番言いたいところかもしれませんが,日本に帰って驚いたのは,科研費の申請・執行・報告が非常に面倒くさいということです。私はカナダでソーシャル・サイエンス・リサーチ・カウンシルというところから,割に大きな,日本円にして500万から600万ぐらいのものを頂きましたけれども,まず,年度をまたいだ予算の執行は全く自由でした。もちろん項目の変更も自由。そして,大学の学部のアドミニストレーターが財務管理をしてくれて,全てそこに領収書を持っていけばよいというシステムでした。日本でも最近はだんだん良くなってはいるのかもしれませんけれども,年度をまたいだ研究費予算の執行が非常に難しいし,面倒くさいということに非常に驚かされました。基金化が進んでいるようですが,こういうことは1日も早くやっていただきたいと思います。例えば,報告書でも,繰越をすると,繰越用の報告書をまた書かないといけない。これは非常に面倒くさい,一度にすればいいのではないかと思うのですけど,そういうことができない。
 それから,向こうでは,成果報告というものを書いた覚えがありません。科研費も成果報告をたくさん書かされるわけですけれども,学術の成果をどうやって図るかということを,もう少し真剣に考えていただきたいと思います。先ほど,ロングスパンで見ることが非常に重要だと申し上げましたけれども,研究費の使われた年に,すぐ成果が現れるわけはないのです。研究費がうまく使われたかどうかというのは,自然淘汰(とうた)的に。いい研究をした人は名前が残る,いい研究が残るということで,成果が残っていくものです。会計についての報告はしなければいけないけれども,成果について自己申告で,おおむね達成されました,というようなことを報告する今のやり方に何の意味があるのかと,ずっと疑問に思っております。
 また,COEやリーディング大学院など,文科省がニンジンをぶら下げて,つまり,国家権力を使って,大学の研究活動に介入し過ぎているのではないかという点も,申し上げたいと思います。大学という単位で,学術や研究活動をくくることに意味があるのかと,私は常に疑問に思っております。早稲田の政治学というものがあるのか,早稲田の政治経済学というものがあるのか。政治経済学はどこへ行っても政治経済学であるはずです。どこかに拠点を作るという発想は,もしかすると理系の例えば藤田先生のやっていらっしゃるようなことについては必要なのかもしれませんが,私のやっている研究ですと,これは全く意味ないと思います。むしろそういうことをやらされると,申請書を書いたり,報告書を書いたりすることで疲弊し切ってしまいます。また,大体そういうものは学内でも同じ人に仕事が回ってくるもので,もう本当に疲れ切っているという状況であります。
 最後になりましたが,人文学・社会科学の観点からひとこと申し上げます。ただ,私は社会科学者でありますので,人文学の方については印象的なことぐらいしか申し上げられませんが,二つの方向性が,今,社会科学としてございます。一つは,世界標準という言葉がいいかどうか分かりませんが,世界的な水準の社会科学を日本でも促進しましょうという方向性です。この方向にそって,本を書くのではなくて論文を書いて,英文のトップジャーナルに投稿・掲載するようにという圧力が非常に一方であります。
 ただ,最先端だけを追って,体系を知らないで知識と本当に言えるのだろうか。余りにタコツボ化して,例えば,ケインズやスミスを読んだことがないような経済学者が今どんどん生まれていると聞いておりますが,本当にスミスやケインズを読んだこともない経済学者が学部生に経済学の授業を教えていいのだろうかと心配します。いや,私は,ケインズやスミスでなく,本当はヒュームをよまなければいけないと思っているんですが,ヒュームというと,誰それ,という感じの若手の経済学者がたくさんいます。こういう状況でもいいと言われれば,ああそうですかと言わざるを得ませんけれども,私は危惧を持ちます。
 ジャーナルに掲載することについてですが,本当は掲載することが目的ではないはずですが,掲載することが目的化しているようにも見えます。掲載された中から,どれだけのいいものが残って,後で引用され,影響を残すかが重要なはずなのですけれども,掲載されましたと喜んで,それだけで成果になっているような感じがあります。しかし,トップジャーナルといえども,例えば10本のうち10年後に読まれる論文は2本か3本ぐらいだと思います。だから,トップジャーナルに出すことが重要なのではなくて,あくまでも良い研究をするということが,社会科学でも重要ではないかと思います。
 もう一方の方向性は,社会とのララバンシーが社会科学は強いということです。つまり,日本政治をやっているからには,日本政治にララバントな知見や考察を出していくべきではないかという立場です。こちらの立場からすると,世界標準ばかり追いかけて,全く日本と関係ないような知識だけがどんどん出てくるということは,必ずしもいいとはいえないことになります。しかし,この方向性に対する批判は,世界標準から取り残されていく,という批判です。
 この二つの方向性は,ある意味で二律背反的なところがある,と思います。ただ,この二つの方向性が今は対立しており,私の中ではこれは解決されておりません。皆様の審議の中でどういうことが御議論になるか分かりませんけれども,こういう二つの方向性があるということだけは申し上げたいと思いました。
 この関連で,是非皆さんにお読みいただきたいのは,『日本語が亡びるとき』という水村美苗さんの本です。この方は文学者でありまして,岩井克人さんという経済学者の奥さんでありますが,この方が,いずれ日本文学というのは滅びていくのではないかということ,日本語で書くという行為自体が滅びていくのではないかと言っております。非常に分かりやすく言うと,例えば,今の世の中に夏目漱石のような非常に有能な方が生まれてきたとする,頭脳明晰(めいせき)なその人が日本語で文学を書くことを選択するだろうかということを問うているわけです。その選択肢はないのではないかと言っている。この方は文学者ですので,非常にそこに悲哀を感じていて,日本文学というのは,明治から100年程度何とか生き延びたけれども,これから廃っていくのではないかということをおっしゃっている。
 世界標準を目指すか,それとも日本にララバンシーを求めるかということは,実は,学術の問題だけではなくて,政治的,政策的,イデオロギー的な問題に乗っかっているのではないか,例えばTPPに参加するかしないかということと同じようなクリベージを背景に持っている問題ではないかと私は思っております。
 最後に,ある編集者の述懐を,スライドに引用させていただきました。これは,結構ベテランの編集者さんの言っていたことですけれども,昔は夏休みに入ると,先生がたは,新書などの一般書を書いてくれた。大体夏休みをかけて,日本政治についてでも,世界政治についてでも何でもいいのですが,それは一般向けにそういうものを書く時間があった。ところが最近の先生は,学術論文を書くのに一生懸命で忙しくて,こういうものが書けなくなってしまったと。これは述懐だけにとどまりませんで,出版業界は難しくなりましたと言っているわけです。確かにCOEの,あるいはGCOEの出版企画をいろいろ持ちかけて出しますけど,それだけでは出版業界は潰れていく。日本の出版業界は本当に潰れていいのかという問題も考えないといけない。日本の出版業界が潰れるというのはどういうことかと言うと,一般書がどんどんなくなっていくということですね。社会科学というものは,研究をそのまま,教育あるいは教養として一般の人たちに伝えていくというところが,自然科学や理工などと違うのではないかと思うわけです。一例ですが,ある政党の憲法改正素案は,立憲主義というのを全く知らないで出されたわけですけれども,そういうことがなぜ起こってしまうのかと言うと,社会科学の教育や教養というものが定着していないことが非常に重要なのではないかと私は思います。
 先端を追い詰めていくことに意義があるとともに,どうしたら社会の中でその先端を普及させていくことができるかを考えることも,社会科学においてはより一層重要なのではないかと思います。御清聴ありがとうございました。

【佐藤部会長】
 河野先生,大変ありがとうございました。文科系の科学者の立場からの科研費その他に対する明快な,また,私にとっては新鮮な批判を頂きまして,ありがとうございます。
 それでは,続きまして,関西学院大学社会学部の盛山先生から御説明をお願いします。盛山先生は数理社会学を専門としておられ,学術振興会の主任研究員や,また,人文・社会科学の国際化に関する研究会の委員も務められました。これまでの御経験を踏まえて,人文・社会科学分野におけるイノベーションの在り方等についてお話しいただけると聞いております。では,盛山先生,どうぞよろしくお願いいたします。

【盛山教授】
 関西学院大学の社会学部の盛山でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
 本日は特に人文・社会科学の立場から学術振興について説明してほしいというお話だったのですが,先ほど河野先生のお話を聞いていて,基本的にかなり共通したお話になると思います。河野先生は割と個人的な視点と言いますか経験を基にお話しなさいましたので,私はやや抽象的な観点でお話しさせていただきたいと思います。まず,もともとのテーマが産業振興との関係があるわけですが,人文・社会科学は一体何の役に立つのかということは,いつもよく問われる話です。確かに商品を生産したりサービスを生産したりするという側面ではほとんど役に立たないだろうと思います。ただ,後でまた詳しく述べますが,大きく言うと役に立つことは二つあります。字が小さくて読みにくいかもしれませんが,一つは,特に社会科学系は,社会制度や社会秩序の在り方を単に考えたり研究したりするだけではなくて,それを具体的に構築することにものすごく関わっています。御存じのように経済学の分野は非常に深くそれをやっております。経済学だけではなくて,ほかの様々な学問・分野も直接・間接的に関わっていると言っていいと思います。
 他方,人文系を中心として,もう一つ,意味や価値といった非常に分かりにくいものではありますが,人間が生きていく上で,商品を食べたり消費したりして生きているという側面だけではなくて,意義,生きる意味,生きがい,価値などを探求しながら,考えながら生きているわけで,そういう問題に対して学術の側面からアプローチするのが特に人文学の非常に大きな役割だと言っていいと思います。
 他方,人文・社会科学を取り巻く現状は非常に問題がありまして,特に日本の場合はもちろん国際発信の弱さがありますが,先ほど河野先生がおっしゃったことを別の観点から言うと,学問の文化依存性,文化障壁という問題は実は決して無視できない問題があります。ほかの問題もありますけど,これは後ほどにします。そういう観点から,人文・社会科学の振興という点に関して,自然科学とはやや違った観点も必要であるということを述べたいと思います。
 私の専門は社会階層論から出発したのですが,現在はどちらかと言うと社会保障制度論というものをやっておりまして,こういう観点を中心にお話ししたいと思います。他方で科研費に関しましては大変利用させていただいておりまして,私の研究,あるいは周囲の人の研究にとって大変有り難かったと考えております。
 さて,まず国際発信の弱さですが,これは言うまでもないことなので,余り時間をかける必要はないのですが,もともと東洋史は,日本がある意味で学術をリードしてきた分野だろうと思いますが,現在,英語で論文を書かなければいけないという状況になっておりまして,日本の研究者の業績は,そこにありますように決して少なくはないのですが,その中で英語による発信がどの程度あるかということを見ると,1割から多くて2割という程度にとどまっているのがまず見られます。それから次に,政治学とか社会学,社会心理学で見ますと,これは英語で発信されていないと引っかからないようなWeb of Scienceでの情報,それから,Coogle Scholarでの情報をまとめたものですが,政治学で見ると分かりますように,アメリカを中心とする世界的な政治学者の引用数と被引用数から比べて,日本でのトップクラスの被引用数は,どうしてもこのぐらいの格差がついてしまうという状況がありますし,社会心理学の方は若干高い人がいらっしゃいますけれども,基本的に社会科学の場合,人文学も多分そうだと思うのですが,海外の研究者と共同研究を熱心にされている場合は,英語論文がたくさん出てくるので被引用数も多くなりますが,ほとんどの日本の研究者はそういうネットワークないので,そういう状況にないということです。
 さて,人文・社会科学の社会的意義は先ほど言ったことなので,次の社会構想の意義を確認します。例えば,現在,御存じのように財政が厳しい中で社会保障費が膨らんでいるという話が出てくるわけですが,これももともとは19世紀以来からの,当時は余り科学という感じではありませんけれども,社会理論,社会思想というものの,様々な展開の中から出てきた社会保障制度というものがあるわけで,それが北欧やイギリスを通じて日本にも影響し,1960年代に日本ではほぼ確立したという状況です。そういう状況で,現在いろいろな問題がある中で,そこに様々な議論が世界的にも展開されているのは御存じだと思います。一方では非常に新自由主義的な社会保障縮小論がありますし,他方では昔からの福祉の大切さという議論もありますし,ほかにベーシックインカム論やworkfareその他様々な議論がたくさんあります。どの考え方に基づいてどのような制度が決定・採択されるかは政治が関わる問題ですけれども,ここで重要なことは,例えば,いかなる社会保障制度が構築されるかということは,個別産業,何かの商品を作る産業というものの育成問題に劣らず,それを超えてはるかに当該社会の発展や成長というものに大きく関わる問題だと強調したいと思います。社会保障制度の設計に失敗したら,社会の衰退,社会の混乱を招くことは明白なことです。同じことが国際政治や経済システムそのものにも当然言えるわけです。ところが,そこにまた大きな問題がいろいろありまして,そういう状況だったら,世界的に見てもある種の学問という客観的な討論の場を通じて,正しい制度,望ましい制度が絞り込めればいいのではないかと思われるかもしれませんが,残念ながらそういうふうには必ずしもならないという構造があります。
 一つには,先ほど河野先生が柄谷行人などいろいろと関心を持たれた時代のお話をされましたが,この時代に人文・社会科学にはある種の革命が実はありまして,この革命がベースになりまして,余計に人文・社会科学におけるある種の学問としての共同性,つまり,何が客観的に正しくて,何が価値があるかというものについては,自然科学的なレベルにおけるような客観的な標準を設定するのが難しいという問題が内在的に存在します。
 そういう中で,探求課題は先ほど言いましたようにあるわけです。ですから,社会保障制度の問題や,経済システム問題や,多分,科学技術政策というもの自体もそういう対象になるかもしれない。それを確認しているのがここです。いろいろな問題を現在,社会は抱えていて,それを社会科学,あるいは人文学が取り組んで,そこであるアイディアを提出する。実際の政策形成に取り入れることを検討する価値のあるアイディア,理論,議論などが積極的に提示されることが重要でありまして,そういう仕事を社会科学者,あるいは人文科学者は当然展開しなければいけない。
 しかしながら,今言ったように,そういう共同基盤が存在していない。なぜかと言うと,単純に言ってしまうと,根本的に自然科学のような実験データや観測データという,一種の客観的で,物的で,見える証拠に基づいて最終的に何かを判断するというプロセスが,最終的には実は存在しないからです。というのも,社会制度にしても,倫理にしても,はっきり言って,これは言葉というものに依存して作られている仕組みとしか言いようがありません。例えば,憲法という制度でさえも,物的な文書はありますが,憲法解釈が今いろいろともめておりますように,まさに何が正しい解釈かという問題は,御存じのように,何か証拠を示して,これで有無を言わさぬ,これだという類いの議論にはならないような性質のものです。
 したがいまして,それにもかかわらず,社会というものは共同性というものを作っていかなければいけませんし,そういうときにどういう理屈で,どういう概念を用いて,どういう価値やどういう意味があるものとして位置付けるかという議論を展開する,これが社会科学や人文学の責任であるし役割だと思います。
 そういうところで,例えば,この図における「世界的な標準」というものは,既に文化依存性がありますから,一種の文化的な,英語ヘゲモニーの下にできている国際標準であることはしようがない。にもかかわらず,そこで競争していくのが日本の人文・社会科学に課せられた課題だろうと思います。
 問題を二つ申し上げますが,両方とも河野先生とおっしゃったことと共通しています。第1,ここにもアダム・スミスとケインズが出てきますけれども,要するに社会科学が社会構想の学だということは,社会構想というかなり骨太と言いますか,巨大な思想を構築する仕事が重要になります。それは非常に専門的な英語論文を書くというのとは全く違う知的作業です。そういうものをどうやってこれからの研究者に育成していくかというのは,人文・社会科学にとって非常に重要な課題だということを強調したいと思います。
 それからもう一つは,これも河野先生からありましたが,今の日本だけではありません,アメリカでもそうだと思います。今の学生は本当に本を読まない。本を読まないというのは,人文・社会科学の研究の振興にとって大変懸念すべきことでありまして,これは何とかして改善しないと,社会科学者を育てるという観点から言っても大きな問題です。
 さて,これまでの日本における人文・社会科学政策の問題という点では,いろいろありますけれども,私は,現時点において人文・社会科学に関しては,ボトムアップ型振興策においては基本的には問題ないと言っていいと思います。ただ,現在,人文・社会科学において必要なのは,むしろある種のトップダウン型の戦略的な振興です。それはなぜかと言うと,さっき言いましたように,国際標準が文化的ヘゲモニーの下で作られている。その中で,人文・社会科学の国際競争性を高めていくためには,どうしても個人レベルでの,あるいはボトムアップ型の研究の遂行だけに頼っていたのでは,もちろん時間をかければ何とかなるかもしれませんが,ある限られた時間の中では非常に難しいところがある。そこは思い切ってある種のトップダウン型の戦略を考える必要があるのではないかと思います。
 最後に,振興戦略は先ほど河野先生が言われたことと全く同じことですが,私は,この両面作戦が必要だと思います。一つは国際標準が既にあります。国際標準に合わせた研究を輩出することは絶対に必要です。他方で,そのヘゲモニーを乗り越えるぐらいの目標を持った戦略的な研究も育成する必要がある。それを同時ににらむのがまず重要だろうと思います。
 あとは,いろいろ細かく書きましたけれども,とりあえずそういうトップダウン型の取組が今まで人文・社会科学系では非常に弱かった。それを何らかの形でうまく振興していく方策が大変必要であるということを強調して,お話を終えたいと思います。

【佐藤部会長】
 盛山先生,大変ありがとうございました。
 人文社会の分野の現状と,また,振興戦略等につきまして,御意見・御提言を頂きました。
 それでは,今日の先生方の御意見を踏まえまして,先生方,委員の方々から御意見等を御自由に御発言いただきたいと思います。

【奥野委員】
 河野先生,盛山先生,大変興味深い話をありがとうございました。私も経済学が専門で,そういう意味では御二人の話はそれなりに非常によく納得できる部分もあるのですが,もう一つ強調された方がいいのではないかというのは,実は人文・社会科学の中でさえ,学問によって非常に差があるということです。例えば,社会科学,経済法学系で言えば,経済はかなり自然科学に近くて,次に政治学あるいは実験社会学や数理社会学が来て,それから法学はかなり文化依存になってしまうというところをもう少し強調していただけるとよかったと思います。
 経済学で考えても,非常に抽象的な経済学というのは割と世界にも受け入れられていますし,英語論文数も多い人たちが多いですし,被引用論文が多い方もたくさんいらっしゃるのですが,それが例えば労働,財政,制度,盛山先生の言葉では文化というものに結び付けば付くほど,海外への発信は非常に難しくなって,科研費に関しても,逆にハンディキャップを負う形になる。ですから,その辺りの仕組みを,科研費であれば採点の仕組みにどう反映させるのかということが非常に重要ではないか,ということが私の印象です。
 それともう一つ,やや先生方の御意見と違うところを申し上げて,先生方がどう思われるかお聞きしたい。例えば,御二人は,アダム・スミスやケインズを読んでいない学生が最近増えているのはけしからんというお話をされました。そういうものを読む学生も大事だとは思うのですけれども,読まない学生は,経済学でも進歩が非常に早いですし,膨大な量の文献が発表されていますから,そういうものをある程度スキップして,講義で経済学説史みたいなものを少しかじって,それで済ませてしまう。しかし,そのかわりに,現代の最先端のところでは非常に強いという学生もいるわけです。そういう意味で言うと,例えば文化の問題みたいなものでどう考えるかというときに,河野先生がおっしゃった,水村美苗さんは私の友人ですが,そういう問題,つまり,世界標準が英語化して,欧米化しつつあるということは一方であるわけです。そういうときに,二つやり方があって,一つは,例えば,政治と経済の仕組みみたいなものが世界全体でどういう方向に動いていくのかというようなことを,ある意味で日本,ヨーロッパ,中国など個々の文化とは無関係に大きく論じていくという流れの政治学,経済学の流れも一方であるわけです。他方,日本の文化を強調し過ぎると,ディフェンシブになり過ぎて,世界への発信力,日本はどうするかというときに,後ろ向きの方に行き過ぎるのではないか。ですから,二つをバランスさせることが非常に大事で,その辺りをどういうふうに具体的にやっていったらいいのかというお話を,もしお知恵がおありでしたら,是非お聞かせいただきたい。

【河野教授】
 ありがとうございました。最初の御質問で,人文・社会科学の中にも差があるのではないか,これは全くそのとおりだと思います。しかし,その先は若干違いまして,おっしゃるとおり,経済学は,どちらかと言うと自然科学,理工系に近いと思いますが,それはもしかすると経済学が例外なのかもしれないという感じがします。奥野先生を前に申し訳ないですけれども,経済学の方々は経済学の考え方でほかの分野を見られるのではないかというような,経済学帝国主義みたいなものが少しあって,前半部分には全く同意しますけれども,どうかと言われると,そこのところはこちらがディフェンシブにならざるを得ないというところがあります。
 2番目の点について,私は学生がアダム・スミスやケインズを読む必要は別にないと思います。でも,経済学博士号を取っている人がケインズを1ページも読まない,あるいはアダム・スミスも1ページも読まない,デービッド・ヒュームの名を知らないで経済学博士を取っているということが非常に問題だと思います。それは,私のこの短い経歴の中でも,例えば,国際政治学の理論は,かなりトレンドでサイクルで循環しているところがあります,流行(はや)りすたりみたいのがあります。前はグランドセオリーをやっていたけど,それが少しミクロに行って,またグランドセオリーに戻ってきたとか,また中間ぐらいに行こうとか,そういう流れみたいなものがあるのです。それを,全体の中で,自分が今やっていることはどういうところにいるのかという位置付けができないことには,知識の体系としては問題があると思います。学生に読めとは言いませんが,博士課程でその学問を教える立場の人たちは,そういうことが必要ではないかと申し上げたいということです。

【盛山教授】
 どうも御質問ありがとうございました。私からは2番目の問題に限って考えを述べますが,基本的には,研究者としては戦略がいろいろあって,世界標準の分野において研究者として自分を売り込んでいく人,発展させていく人もいるだろうし,もっと独自の研究をやっていきたいという人もいるでしょう。いろいろな人がいていいと思います。ある意味でマクロ的に,日本政府の政策意図として人文・社会科学をどう育成するかという観点に立ったら,そのバランスをどこに置くかが重要で,そのときに,日本の政治,文化に引きこもるのは得策ではないと思います。つまり,世界標準というのは既にあるけれども,社会の仕組みは日々新しく作られるわけです。社会保障の問題にしたって,日本だけが抱えている問題ではなくて,世界的に先進国が全て抱えている問題です。そういうところで,どういう解決策が,あるいは理論的にどういう考え方が可能であるか提示することが,別に日本文化に依存して語る話ではなくて,世界標準レベルで新しく語ることができる。私は,意味の問題や価値の問題は基本的にはそうだと思います。自分のやっていることが新しいグローバルスタンダードになるという目標を持って研究者が推進する。かつ,政府の側(かわ)は,そういう研究を何らかの形で育てる,育成するという観点で対策を打っていただくことが望ましいのではないかと思います。

【金田委員】
 これから改めて検討をお願いしたいということを申し上げたい。本日承った話は基本的に私の個人的な思いとも一致いたしまして,感銘しております。特に河野先生が強調しておられました評価に関わること,あるいは成果に関わることですけれども,特に私は社会科学よりもっとかけ離れた人文学でございますので,そのことを強く感じます。例えば,科研費は大変有り難いシステムではあるのですが,人文科学の場合に,すぐ成果の出ないことを一度科研費でやって,中途半端な形の成果という名前だけのものにしてしまうと,そこで中断してしまって先に進みません。せっかくの芽がそこでストップしてしまう,つまり,同じテーマはまた出せないというシステムですから,その継続性と言いますか,そこのところが人文学にとっては非常に重要な点の一つだろうと理解しておりまして,その点を改めて検討対象にしていただけたらと思います。

【盛山教授】
 人文学の細かいところはちょっと分かりませんが,不謹慎な言い方をしますと,科研費をもらう側も,やや戦略的に科研費申請をしないといけないです。正直言いまして,名目的には通りやすいタイトルを出さないといけない。でも,一方で自分がやりたい研究は同時にたくさんあるわけです。頂いたお金の中で何をどういうふうに資金配分して自分の研究に生かしていくか。余りそういうこと言うといけないのかもしれないけど,これは今の仕組みでもできないことはないと思います。もちろん成果が出るのは10年後や15年後ということは普通ですが,短期的にはとにかく成果らしきものは出さないといけない,それはある程度は必要だろうと私は思っております。

【柘植委員】
 盛山先生の9ページの,人文・社会科学の課題についてです。私は理工系の人物ですが,これは理学,工学の課題でもあり,社会秩序問題,意味価値問題であります。私も特に工学系の教育に携わりまして,学部の1年・2年次の教育,3年・4年次の教育の中でこういうことがないままに,ただ基礎教育を教え,大学院教育にこの基礎がないままに修士・博士課程を教えてしまったために,いろいろな矛盾が出て,社会に出しても困っているということで,結局,この9ページの課題は,理学,工学系の課題でもあるということを,この学術研究費部会の課題として是非残していただきたい,これを具体的にどうするのか,教育も含めての課題として設定すべきだと思います。

【盛山教授】
 一つだけ申しますと,この課題がただ普通の形での科研費で,推進しにくい課題ではあります。つまり,すぐには成果が出ません。それから,いわば漠然としていますから,真面目に審査すると,こんなものできるわけないと言って大体落とされます。その辺り,科研費のレベルで申請できる研究課題というものと,本当は探求しなければいけない課題との間にギャップがあるのは事実です。それをどうしたらいいか難しい問題です。

【佐藤部会長】
 今日は,人文・社会科学系からの貴重な御意見を発信いただきまして,本当にありがとうございました。
 これで予定しておりました議題は終了いたしました。本日はありがとうございました。

―― 了 ――

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