資料1 研究費部会における審議の状況について(素案)

平成26年7月16日

はじめに

○ 学術研究全体の推進方策について、「現在の学術研究の在り方が、20年後、30年後、さらにはその先の我が国の在り方に決定的な影響を持つことは自明であり、現下の危機的状況を打破し、学術研究による知の創出力と人材育成力を回復・強化することが喫緊の課題」との認識のもと、学術研究の意義など根本にさかのぼって審議を行った科学技術・学術審議会学術分科会は、平成26年5月に「学術研究の推進方策に関する総合的な審議について」(中間報告)を取りまとめ、学術の役割と現代的要請(挑戦性、総合性、融合性、国際性)を確認するとともに、学術研究がその役割を十分に発揮するためには、学術政策、大学政策、科学技術政策が連携し、基盤的経費、科学研究費助成事業(科研費)、科研費以外の競争的資金のそれぞれの改革と相互の関連性の確保による「デュアルサポートシステム」の再構築が必要と提言した。

○ 学術研究とは、先達の研究者がこれまでに創出し蓄積した「知」の上に、個人の内発的な新しい問題設定を行い、水準の高い研究活動を通じてさらに新しい「知」の創造を行う極めて高い知的活動のことであり、その重厚な蓄積は常に人類社会の発展の礎となってきた。また、一つ一つの学術研究の成果と表裏一体となってそれに携わる研究者の成長があることを鑑みれば、学術研究が同時に大学院教育等を通じて「人」を育てていることの重要性を看過してはならない。どのような科学技術・イノベーションの過程にも、大学院教育を通じて育ち、学術研究の経験を経た「人材」がいなければ、その計画は実現見通しの低いものになる可能性が高くなる。

○ このような観点から、国立大学改革などの推進により、各大学が明確なビジョンや戦略を立て自らの役割を明確にした上で、ガバナンスの確立、教育研究組織の再編成、人事・給与システムの弾力化などに取り組み、研究拠点の形成や大学院教育の充実に取り組むことが重要である。また、「科学技術イノベーション総合戦略2014」(平成26年6月24日閣議決定)においても、「多様な『挑戦』と『相互作用』の担い手は、『人』である」とした上で、「総合科学技術・イノベーション会議は、国立大学改革や研究開発法人改革の動向も踏まえつつ、関係府省の協力を得て、研究資金の配分のあり方について検討し、次期科学技術基本計画において取り組むべき施策の基本方針を示す」と記述されている。今後検討が進められる政府全体の研究資金制度の改革においては、科研費以外の競争的資金についても、学術研究の多様性と研究を通じた「人」の育成の観点に留意することが強く求められる。

○ 他方、科研費は、研究者の間で最も信頼されているが故に、【別添1】のとおりその研究成果の水準は広い分野にわたって高く、我が国の学術研究の重要な基盤を形成していることは論を俟たない。現代にあっては、自然科学、理工系の科学技術、農学や医療など人類の生存に関わる分野はもとより、人文・社会科学など全ての分野において、その開拓にあたっている前線の研究者の交流を通して新しい問題が提起され、これまで個別分野内のみでは解決が困難であった課題に新しい視点を提案し、まったく新しい発想から大きな発展を産み出している。例えば、様々な分野での数学的構造の発見が、経済学にも大きな新分野を形成させ、法制度の改革にも貢献(※1)するなど生み出しているなど、分野を越えたところで課題解決に必要な具体のアイディアを生み、発明の原動力になっている。このように学術研究の特性は、個人の独創的な発想に由来するが故の多様性にあり、それら全てが「国力の源」である。
  このような学術研究を支える科研費は競争的資金の中でも最も重要な存在であり、科研費予算を削減し、他の科学技術振興費に付け替えてはどうかとの議論は、公財政投資としては非効率であり、かえって我が国の科学技術の基盤を弱体化させるものと言えよう。学術研究は、研究活動を通して得られる成果とともに「人材」の面から言っても、イノベーションの源泉そのものであり、「国力の源」であることであることを踏まえれば、その学術研究の基盤を支える科研費はその充実が求められる。

○ 他方、税収が伸び悩む一方、毎年度、社会保障関係経費が1兆円程度増加するなど国の財政支出が拡大し、国債残高が750兆円に及ぶなか、平成8年度予算の1018億円から平成26年度には2.26倍の2305億円へと増加した科研費について、その成果に対する国民の期待は大きい。今後、国・地方を合わせた基礎的財政収支について2020年までに黒字化を目指すとする財政健全化目標(「経済財政運営と改革の基本方針2014」(平成26年6月24日閣議決定)のなかで、財政支出による成果に対する国民の期待はさらに高まっていく。その期待に対しては、既知の「出口」に向けた技術改良といったレベルではなく、研究者の独創性や知的創造力を最大限発揮して、これまでの慣習や常識では思いもつかないアイディアにより出口のないところに新たな出口を創出したり、新次元の出口を示唆する入口を拓いたりすることで、人類の知を担う国の一つとして役割を果たすことが益々重要になっている。すなわち、既にある強みを生かすにとどまらず、新たな強みを創ることを可能とするという形で国民の期待に応えてこそ、我が国社会、世界、そして学術研究の間の信頼と支援の好循環が確立できる。

○ このような学術研究の本来の役割や機能を十二分に果たすためにその基盤をしっかり支えるという観点から、科研費についてはその不断の見直しが必要なことは勿論である。この点については、「中間報告」において科研費改革の方向性が提示され(※2)、また、「科学技術イノベーション総合戦略2014」において「より簡素で開かれた仕組みの中で、『知』の創出に向けて、質の高い多様な学術研究を推進するとともに、各分野の優れた研究を基盤とした分野融合的な研究や国際共同研究、新しい学術領域の確立を推進するための審査分野の大括り化や審査体制などに係る改革を目指す」と記述された所以である。

○ 平成25年3月に審議を開始した第7期科学技術・学術審議会学術分科会研究費部会では、昨年8月に「学術研究助成の在り方について」(研究費部会「審議のまとめ(その1)」)を取りまとめた。その中では、特に平成23年度予算で大きく増額した科学研究費助成事業(科研費)について、科研費が関与した論文数や被引用度トップ10%論文数、その割合といったエビデンスを示しながら、質・量両面にわたって十分な成果や価値を創出していることを明確にした上で、若手研究者のさらなる活躍を促すための科研費の改善方策などを提言した。

○ 引き続いて、本部会は、科研費の趣旨と歴史的展開に遡りつつ、科研費をめぐる国内外の政策的動向や研究現場からの意見を踏まえて科研費の課題を整理した上で、科研費改革の基本的な考え方と具体的な改革方策を検討し、一定の方向性を取りまとめた。

○ もとより科研費については、多くの優れた研究者が、独立行政法人日本学術振興会学術システム研究センターの主任研究員や専門研究員として、あるいは年間6000人規模の審査委員として、その制度設計や審査委員の選任、具体的な審査の過程に主体的かつ積極的に参画することによって、公正で透明性の高い審査・評価システムを確立し、最も信頼されている競争的資金制度として効果的に機能している。本部会の議論を踏まえて、文部科学省、日本学術振興会(学術システム研究センター)、大学関係者、学術界が連携しつつ議論を重ね、平成28年度からスタートする第5期科学技術基本計画の期間や第3期国立大学中期目標期間において、科研費制度を改革し、我が国の学術研究の活性化とその成果の最大化を図ることを望みたい。

1.成熟社会における学術研究

(成熟社会における学術研究)

○ 我が国の学術研究の推進方策についてその根本に遡った議論をまとめた前述の「中間報告」は、学術研究とは「個々の研究者の内在的動機に基づき、自己責任の下で進められ、真理の探究や課題解決とともに新しい課題の発見が重視される」研究であると位置づけた上で、その役割を
(1)人類社会の発展の原動力である知的探究活動それ自体による知的・文化的価値の創出・蓄積・継承(次代の研究者養成を含む)・発展
(2)現代社会における実際的な経済的・社会的・公共的価値の創出
(3)豊かな教養と高度な専門的知識を備えた人材の養成・輩出の基盤
(4)上記(1)~(3)を通じた知の形成や価値の創出等による国際社会貢献
 の4点に整理した。

○ その上で、アジアで最大の成熟社会である我が国の学術研究には、
・ 研究者の探究力と知を基盤にして新たな知の開拓に挑戦すること(挑戦性)、
・ 学術研究の多様性を重視し、伝統的に体系化された学問分野の専門知識を前提としつつも、細分化された知を俯瞰し総合的な観点から捉えること(総合性)、
・ 異分野の研究者や国内外の様々な関係者との連携と協働によって、新たな学問領域を生み出すこと(融合性)、
・ 分野を問わず、世界の学術コミュニティにおける議論や検証を通じて研究を相対化することにより、世界に通用する卓越性を獲得し、新しい研究の枠組みを提唱して世界に貢献すること(国際性)、
  が強く要請されていると指摘している。

(我が国の学術研究の現状)

○ このような指摘の背景には、我が国の学術研究に関する現状認識がある。すなわち、学術研究の「成果」は、新しい知の創造や人材の育成など幅広く、決して一つの指標で把握できるものでないことは勿論であるが、例えば、論文分析により国際的に注目を集めている研究領域を定量的に把握し、それらが互いにどのような位置関係にあるのか、どのような発展を見せているのかを示している「サイエンスマップ2008」(科学技術・学術政策研究所)からは、我が国の学術研究は、
 ・ 物理学、化学、材料科学、免疫学、生物学、生化学など我が国が世界の先頭を競っている分野の持続的な発展をどう確保するか、
 ・ 例えばイギリスやドイツとの比較において存在感が低い学際的・分野融合的領域の研究をどう推進するか、
 ・ 国際的に注目を集めている研究領域への参画という観点から相対的に低い我が国の学術研究の多様性をいかに高めるか、
 といった課題があることが明らかになっている。

○ また、次代の学術研究を担う若手研究者の育成という観点からは、「中間報告」でも、
 ・ 基盤的経費の減少や人件費の抑制、組織の硬直化、一律的・固定的な処遇などにより、安定的な若手ポストが減少する一方、競争的資金による時限付きのポストが増加していることやポストドクターのキャリアパスの確立が不十分であること等により研究職の魅力が減少し、優秀な学生が博士課程を目指さなくなるといった負の循環をどう打開するか、
 ・ 若手研究者がプロジェクト経費によって雇用されることが多いことから、経費を獲得しやすい分野に若手研究者が集中し、多様な分野における研究者の養成に支障が出ている状況をどう改善するか、
 といった課題が指摘されている。

(新しいパラダイムの形成と学術研究)

○ もとより学術研究の融合性はそれ自体を目的化するものではなく、学術が大きく発展するきっかけは、分野にこだわらず、新しい問題提起をした研究者個人の問題意識に興味を持つ研究者の交流である。
  個人の興味に対する自由な交流の機会のもとに集まった研究者集団は、やがて問題を具体的な課題にまで作り上げる強い連携に発展し、その周りに分野を越えて新しい研究者集団が形成され、個別の研究者では思いもつかなかったような研究が生まれる。これが異分野融合による新しいパラダイムの形成にまで発展する、ボトムアップを基本とする学術の最も大きな知の創造であると言えよう。

○ 例えば、分子生物学は、マックス・デルブリュック博士のような物理学者が生物の遺伝現象に生命の本質が隠れているのではないかとの着想から開始した研究である。すぐに遺伝学者が周りに集まり、生物学者や化学者も参集して、遺伝子の物質的本体がDNAにあることを発見した。さらに物理学者、生物学者などが、物質の構造から生物学的性質を明らかにしようとする研究グループと情報として研究しようとするグループが自然に発生した。これらが一体となって研究は進み、DNAの二重螺旋構造に、その個体維持に関する情報的性質と親から子に伝わる情報(遺伝情報)が保存されるという性質とがあることを発見し、分子生物学が確立した。
  さらにその後はバイオテクノロジーが生まれ、医学や農学、工学分野、さらには長く生気論や生気論的な生物観が残っていた人文学においてさえ大きな学術的転換をもたらした。これを全体で見れば、ロマンティックエイジに始まり、アカデミックエイジを経て現代のテクニカルエイジに至るまで、異分野が融合し続け、それはかつての分野を合算したものではなく、まったく新しい知の体系的構造に発展したものと言えよう。
  分子生物学の例は、結果を見通したものではなく研究者の自由な交流と連携、その拡大と新しい問題の発見から、さらなる交流と連携が生まれ、結果的に総合化と融合化とがボトムアップ的に起こることを示している。

(「デュアルサポートシステム」の再構築と科研費)

○ このような学術研究の特性を踏まえ、我が国が世界の先頭を競っている分野の持続的発展、優秀な研究者が学際的・分野融合的領域に取り組む環境の醸成、これから世界の先頭を走ることになる分野の苗床となるような学術研究の質の高い多様性の確保を図るとともに、次代を担う若手研究者の確保・育成のためには、大学政策、学術政策、科学技術・イノベーション政策が連携しながら、基盤的経費と競争的資金の両面で大学の教育研究を支えるという「デュアルサポートシステム」の再構築を図ることが必要である。

○ 例えば、我が国の先頭を競っている分野の持続的発展や次代のピークの苗床としての質の高い多様性の確保については、科研費だけで対応することには限界がある。国内外から優秀な若者を集めるとともに企業等の優秀な人材も引き付ける知的なプラットフォームとして、専門性とともに総合的な視野をはぐくむ大学院の充実がなにより求められる。また、優秀な研究者が学際的・分野融合的領域に取り組むようにするためには、大学の教育研究組織の柔軟な再編成を可能とするマネジメントの確立とともに、我が国の科研費以外の競争的資金の改革が欠かせない。

○ 基盤的経費と科研費以外の競争的資金の間に位置づけられ、競争的環境の中で大学の研究活動を支える研究費として独自の重要な役割を担っている科研費については、このような成熟社会における学術研究のあるべき姿を見据えながら議論を行う必要がある。

2.科研費の展開と「不易たるもの」

○ そのためには、一世紀にわたる科研費の展開を踏まえた上で、その「不易たるもの」を分析することが求められる。

(科研費制度の歴史的展開)

○ そこでまず、科研費の発展の経緯をたどると、学術に関する優れた研究計画に着目し、その推進を図るための研究助成制度は、第一次世界大戦を契機とする欧米諸国の科学研究動員計画のような重点研究課題に対応するため、大正7年に国が研究者に直接交付し独創的研究を奨励するために創設した「科学研究費奨励金」制度が嚆矢である。また、昭和7年、御下賜金を基金として財団法人日本学術振興会が設立された。昭和14年には、さらに「科学研究費交付金」制度が新設された。

○ 戦後、我が国が先進的な学術研究に触れ、また、国際的な交流と刺激を通じて研究開発が活発化するに伴って、輸入研究機械の購入補助や学会誌出版の補助、海外学術調査への支援など対象を拡大した。昭和40年にはそれまでの「科学研究費交付金」、「科学試験研究費補助金」、「研究成果刊行費補助金」が「科学研究費補助金」制度に統合され、さらに昭和43年度から、書類審査、合議審査の二段審査方式によるピアレビュー審査など現在の科研費制度の基本的な構造が確立された。

○ その後、特に、第一期科学技術基本計画が策定された平成8年から現在に至るまで、我が国でも最も長い歴史を持つ最大の競争的資金としての科研費は、種目の新設や統合、不採択理由の開示や審査委員の公表、間接経費の導入、繰越明許費の登録と基金化、「学術システム研究センター」(日本学術振興会)の設置など様々な改善と充実を図るとともに、助成額も平成8年度予算の1018億円から平成26年度の2305億円へと2.26倍の増加を見た。

(科研費制度の「不易たるもの」)

○ このように現在の審査は、昭和43年度に形成された基本的な構造により、【別添2】のような形で行われている。
  科研費については、科学技術・学術政策研究所の研究者による定点の意識調査においても、「公正で透明性の高い審査」、「研究費の使いやすさ」、「研究費の基金化」といった項目について、極めて高く評価されている。このような評価はこれまでの科研費制度や公正な審査の積み重ねによる、言わば「財産」であり、競争的資金として有効に機能している証左であると言えよう。

○ そのため、以下の四点については、科研費の「不易たるもの」として堅持することが求められる。

  第一は、専門家による審査(ピアレビュー)である。学術は「知」の創造、蓄積、活用のすべての面において新しい課題の提案とそれらへの挑戦から始まることから、個人の自由な発想に基づくとはいえ、その提案が既に他によってなされていないことを判断し、提案の合理性や妥当性について徹底して審査することが必要である。したがって、学術研究上の価値や方法の妥当性などのほかに、その分野の発展の歴史と動向とに知悉し、提案が創造的で独自性のあるものであり、かつ新規なものであることを判断できる同じ分野で学術研究に切磋琢磨している専門家(ピア)が審査することが最も重要な方策であり、不可欠である。

  第二は、人文学、社会科学、自然科学及び新領域に至るあらゆる学問分野について、大学等の研究者に対して等しく開かれた唯一の競争的資金制度であることである。実際に年齢や性別等で採択率に大きな偏りはなく、学問的重要性・妥当性、独創性・革新性、波及効果・普遍性などの観点のみに基づく審査が有効に機能していることを示している。

  第三は、若手からミドル、シニアと研究者としての成長に応じ、他から与えられた目標ではなく、自らのアイディアと構想に基づいて継続的に研究を推進させることができる唯一の競争的資金制度であることである。このような特性を持つ科研費は、大学院教育の充実と相俟って、国内外の優秀な人材を我が国の学術研究界に集めるための極めて重要な役割を担っている。

  第四は、予見に基づく計画の通りに研究が進展せず、当初の目的とは違った成果が生まれることが多かったり、当初の目的との関係では「失敗」とされたり予期せぬ結果に至ったりした膨大な研究結果やデータの先に既存の知識やその応用を超えるブレークスルーが生まれたりすることが少なくない学術研究の特性を踏まえ、基金化や繰越手続きの大幅な簡素化など研究費としての使いやすさの改善を不断に図っていることである。研究費としての使いやすさはこのような学術研究の特性に由来するものであり、科研費が他の競争的資金とは本質を異なる所以である。

3.科研費の「流行」を考察する上で検討すべき要素

○ このような「不易」を踏まえつつ、1.で示した、1)我が国が世界の先頭を競っている分野の持続的発展、2)優秀な研究者が独自の発想を通して学際的・分野融合的領域に取り組む環境の醸成、3)これから世界の先頭を走ることになる分野の苗床となるような学術研究の質の高い多様性の確保、4)次代を担う若手研究者の確保と育成を図るために、学術研究の基盤を支える科研費の在り方を見直すに当たっては、以下のような様々な要素を踏まえる必要がある。

(研究費をめぐる国際的動向)

○ 第一は、研究費をめぐる国際的動向である。【別添3】のとおり、アメリカ、イギリス及びドイツのファンディングエージェンシーはピアレビューに基づく審査を行い、学術研究を支援しているが、1.で示した成熟社会における学術研究をどう支えるかという共通する課題に直面している。

○ 例えば、アメリカにおいては、「米国イノベーション戦略」(2009年、2011年改訂)を策定し、持続的経済成長と雇用確保の基盤としてイノベーションと研究開発投資を重視するとともに、1)イノベーションの基盤への投資、2)競争環境の整備等の個政策を打ち出している。しかしながら一方で、同国の生命医学研究分野では、2003年から2013年の10年の間に研究予算が25%減少し、その結果、長期的研究や独創的発想に基づいた研究ができずに新分野を開拓しようとする気概が低下、権威の高い学術誌への投稿プレッシャーによるモラルの低下、博士課程学生や若手研究者の増加に予算やポストが追いつかない(例えば、博士号取得者が最初のテニュアトラックポストを得る平均年齢は37歳、アメリカ国立衛生学研究所(NIH)の研究資金を取得する平均年齢は42歳。1980年には36歳以下の研究者の16%はNIH研究資金の取得者であったが、現在は3%。)、研究機関が間接経費を目的に競争的研究資金の獲得とそれによる雇用を促進した結果、不安定な「ソフトマネー」による雇用が拡大する、といった我が国と同様の課題に直面している(※3)。
  なお、米国の主要な研究機関のひとつであり研究資金配分も行うNIHにおいては、年間300億ドル(日本円で約3兆円程度)を超える予算の8割が外部の大学や研究機関等への研究費配分であるが、この中核を占める研究グラントは、年間3回、計6万3500万件の申請に対し、1万8千人の審査員で、スタディ・セクション方式(※4)のピア・レビュー審査が行われており、全体の採択率は6%とも言われるほど低いが、審査への信頼性は高い。また、活発に活動をしている研究者であれば審査委員としての負担を負うことは当然という認識は、学術界一般にあると言われている。

○ 欧州連合においては、2014年1月より、新たな研究・イノベーションプログラムである”Horizon 2020”が開始され、7年間で約770億ユーロ(約10兆7800億円)の投資を予定して、先端的な基礎研究や新しくかつ有望な分野(脳やグラフェンなど)に対する研究支援を含む「卓越した科学」等の重点三分野を策定した。欧州委員会が前回策定したFP7(第七次研究枠組み計画)に比べて、基礎研究プログラムを重視しつつ、プログラムの運営に当たっては、イノベーションに向けた切れ目ないサポートを行うため、基礎研究から技術開発段階までのファンディング・ルールの統一やファンディング・知財権ルールの簡素化、加盟国の科学技術イノベーション政策との整合性の確保等が打ち出されている。また、2013年9月にはリトアニアにおいて、人文学・社会科学をいかに”Horizon2020”に取り入れるかについて議論する会議が開催され、そこで採択された「ヴィルニウス宣言」では、イノベーションが技術のみならず組織変革の問題であるとして、人文学・社会科学はイノベーションを社会の中に組み込むことを可能にする、とされている。

○ 一方、アジアに目を転じてみると、中国では、「国家中長期科学技術発展計画」(2006-2020年)などで「2020年までに世界トップレベルの科学技術力を持つイノベーション型国家となることを掲げ、研究開発投資を拡充(2020年までに対GDP比2.5%)すると共に、国際共同研究等に通じて先端科学技術を学ぶことを打ち出している。また、韓国では、科学技術とICT産業が融合した新産業創出により、質の高い雇用を生み出す「創造経済システム」に向けた取り組みとして、政府研究開発投資を拡充(前政権の1.5倍)するとともに、その4割を基礎及び基盤研究に充てることが目標とされている。

○ このように学術政策や研究費の審査や配分をめぐっては、我が国だけではなく世界各国の政府や大学が共通した課題に直面している。これが、2012年に世界の学術振興機関の長によるフォーラムである「グローバル・リサーチ・カウンシル」(GRC)が設立された所以の一つであり、これまでGRCにおいては、「科学に関する『メリット・レビュー』についての宣言文」(2012年)、「研究公正の原則に関する宣言」及び「オープン・アクセス行動計画」(2013年)、「未来創成-次世代研究者の育成支援」(2014年)といった計画や宣言が採択され、さらなる国際共同研究の推進に向けた議論を推進している。2015年5月には東京で70ヶ国以上からの機関が参加し、「科学的ブレークスルーに向けた研究費制度」「研究教育に関するキャパシティ・ビルディング」をテーマとする第4回年次会合が開催される予定である。我が国の学術研究が国際的ネットワークをリードする上でも、日本学術振興会を代表とする我が国の関係機関がGRCにおいて主導的な役割を果たすことが必要である。

(科研費の在り方についての様々な指摘)

○ 第二は、科研費の在り方についての関係者からの様々な意見や指摘である。これまで本部会においても、科研費の審査の在り方について外国調査や専門的検討を重ねている日本学術振興会学術システム研究センターや、大学改革について議論を行っている中央教育審議会大学分科会からの参加を得て審議を行ったり、大学や経済界等の関係者からヒアリングを行ったりしたほか、文部科学省においても200に及ぶ大学や研究機関に対するアンケート調査を行うなど広く意見を聴取してきた。

(主として審査の改善に関する指摘)

○ それらの指摘や意見は以下のように整理することができる。
  まず、審査の質の向上など主として審査の改善に関するものである。
 (1)前述のとおり現状の基盤研究に関する二段階審査は、第一段階審査における各審査委員による書面審査と第二段階の合議がすべて異なる審査委員で行われ、かつ相互のコミュニケーションを図る仕組みにはなっていないので、例えば、一定規模以上の研究計画の採択については、専門分野が異なる審査委員同士がその目的、手段、期待される成果などの適切性等に時間をかけて議論する機会を確保し、既存の細目を土台としながらそれを越える創造的な研究が評価されるような仕組みが必要ではないか、
 (2)現在でも第一段審査において有意義な審査コメントを付した審査委員を表彰するなどの取組が行われているが、(1)のような機会も含めて、「ピア」である研究者の自覚を高め、「審査委員」を育成する場と過程を形成する必要があるのではないか、その際、大学や研究機関が自らに所属する研究者の審査委員としての貢献度を積極的に評価することを奨励してはどうか、
 (3)(2)で示した審査コメントが現在、応募者に開示されていないが、応募者が自らの研究の進め方を検討する上で有益なコメントが多く、審査委員と応募した研究者のコミュニケーションの重要な手段として活用すべきではないか、
 (4)(1)~(3)の改善を進めるに当たっては、平成8年度78350件から25年度に97764件へと急伸した応募件数が大きな桎梏となっており、また、審査コスト(当該種目の研究費総額/(申請件数×第一段審査委員数))が基盤研究のA、B、Cと小規模になるほど大きくなっている(※5)ことを踏まえれば、プレスクリーニングの導入や審査コストの再配分などの工夫が必要ではないか、
  といった指摘がなされている。

(科研費を活用する観点に立った指摘)

○ 次に、応募のしやすさや研究費の使いやすさなど科研費を活用する観点に立った意見等である。
 (1)研究費の過度な集中を防ぐ観点から設けられている科研費の申請に関する種目の重複制限は、不採択による研究中断を避けるため、より小規模の種目に応募する傾向を生むとともに、これまでの研究業績を基盤にした新しい分野への発展的な移行を困難にしているのではないか、
 (2)大規模科研費は分野を問わず学理の探究という学術研究の加速に必要であり、次世代を担う研究者の発展と成長の促進の観点から、グローバル化を含む審査や評価の改善を図る必要があるのではないか、また、(1)、(2)についてはともに競争的資金全体の問題としても捉えるべきではないか、
 (3)学術研究の質の高い多様性の確保の観点から、研究主体の多様性については常に留意が必要ではないか、
 (4)国際共同研究の推進の他、例えば、若手研究者が国際的な研究者コミュニティの中で長期にわたる確かなネットワークを形成したり、国外からの最優秀な大学院生やポスドクを増加させたりする仕組みが必要ではないか、
 (5)(4)の視点については、我が国の経験に基づいて、伝統的な芸術を現代の世界で通用可能なものとして表現し、近代化過程で得た組織技術や社会改革などにおける諸経験を国際社会に向けて学術的に発信することも重要ではないか、
  といった指摘がなされている。

(日本学術振興会学術システム研究センターにおける検討と取組)

○ 第三は、日本学術振興会学術システム研究センターにおける学術研究の専門的な観点からの検討と取組である。前述のとおり、学術システム研究センターは、公正で透明性の高い審査及び評価システムの確立のため、100人を超える第一線の研究者が主任研究員や専門研究員として参画しており、分野を越えて学術研究の在り方について専門的で闊達な議論を行う我が国では稀有な極めて重要な役割を担っている。

○ 昨年10月に科学技術・学術審議会学術分科会科学研究費補助金審査部会は、審査希望分野の分類表である「系・分野・分科・細目表」について、「細分化が進むことで、既存の学問分野に立脚した研究のみが深化し、新たな研究分野や異分野融合の研究は応募しにくいのではないか」、「分科細目表は、いかに審査を公平・公正に行うかという観点でこれまで見直しが行われてきているが、今後は、学術動向の変遷に即した審査を行うために適したものとなっているか、また、これまでの分野の枠に収まらずに新たに伸びていく研究を見いだせるかという観点で見直していく必要があるのではないか」、「理想的な審査方式の検討も併せて見直していく必要があるのではないか」といった観点から、そのあり方の見直し検討を日本学術振興会に依頼した。

○ 学術システム研究センターは、それまで行ってきた研究費の採択審査に関する国際的な動向に関する調査やセンター内での議論を踏まえ、分科細目表の見直しにとどまらず、多様な学術研究とともに、新しい学術領域の確立を推進するために学問の特性に応じた審査方式の見直しを行い、特に、書面審査と合議審査との関係を含め、学術の振興という観点から適切な審査方法の在り方とともに、学術の多様性を確保するための適切な審査区分の設定について検討することとしている。

○ これらの検討に当たっては、平成26年度より新たに設けられた審査区分である「特設分野研究」の審査において、1)細目の枠を越えた学術研究に対応した審査方式として、書面審査と合議審査を同一の審査委員が実施する新しい方式の二段合議審査を導入、2)基盤研究(B)と基盤研究(C)を区分せず同一の審査基準により審査を実施したのに加え、3)不採択課題のうち、特に必要と判断したものに対して審査結果の所見を開示、といった試行的な取組を行っており、その成果(異なる分野を専門とする審査委員が互いの視点を共有しながらより丁寧な審査を行うことによって、新たな学術分野の芽を見いだしているなど)と克服すべき問題点(審査委員の負担の軽減、審査委員の育成と確保、キーワードデータベース等による申請書内容と審査員の専門性のマッチング手法の検討など)も明らかになっている。

○ これ以外にも学術システム研究センターは専門分野ごとの学術動向調査により国内外の最新の学術情報の収集と蓄積を行うなど大きな役割を果たしているが、これらの学術システム研究センターの検討と取組は、科研費だけではなく研究費全般の改革を行う上で、極めて重要なものである。当部会としては、引き続き学術システム研究センターとの対話を重ね、議論を深めたい。

4.科研費改革の基本的な方向性

(あるべき学術研究の姿)

○ これまで述べてきたとおり、我が国の学術研究界は、我が国が世界の先頭を競っている分野の持続的発展、優秀な研究者が学際的・分野融合的領域に取り組む環境の醸成、これから世界の先頭を走ることになる分野の苗床となるような学術研究の質の高い多様性の確保を図るとともに、次代を担う若手研究者の確保・育成することが求められている。

○ そのことを敢えて研究者としてのキャリアパスを一例としてイメージすると、
 ・ 学士課程や修士課程における学問的な専門分野(ディシプリン)についての基礎的な知識等の習得と論理的思考力等の涵養を基盤に大学院博士課程に進学。大学院博士課程の専攻や研究室ごとの学生定員等は当該研究室の学問的なモメンタムなどに基づいて柔軟に設定されるとともに、日本学術振興会の特別研究員(DC)や基盤的経費・競争的資金等によるRA経費などにより優秀な博士課程学生を支援。
 ・ 我が国の強い学問研究分野やそれらが連携した融合分野などに関する部局を超えた卓越した大学院博士課程の教育において、特定の専門分野の学問的探究を深めるとともに、それを俯瞰できる総合的視野を育成。連携大学院制度やダブルディグリーによる複数・異分野専攻もさらに推進。
 ・ 博士号を取得し、ポスドクとして研究に従事。大学としてはシニア教授を年俸制や混合給与に移行することにより、優秀な若手研究者に対して基盤的経費等を財源とした安定した長期雇用ポストを提供。 
 ・ 他大学で助教や准教授に就任。大学は、限られた財源を卓越性や次代を担う若手研究者の確保・育成といった基準をもとに傾斜して配分し、優秀な研究者の異動によるセットアップ費用を提供するとともに、いまだ研究費採択の審査の対象には至らないが学術研究の多様性や新規性の観点から重要な研究活動のための研究費を措置。学問的な鍛錬や国際的な研究者コミュニティの中で長期にわたる確かなネットワークの深化を行いつつ、研究についてはPI(※6)として一定の自律性のもとに活動。
 ・ 高速シーケンサーや質量分析装置といった大型設備や専門性の高いサポーティングスタッフは学内で学問的な必要性に応じて公正にアクセスできるよう共同利用体制が確立しており、アイディア次第でこれらの基盤を活用可能。さらに大学を越える共同研究拠点は若手研究者を含む国内外の優秀な研究者のネットワーク形成に寄与。
 ・ 科研費を活用して学問的な専門分野(ディシプリン)に基づいた研究の深化を重ね、研究実績を挙げる一方で、海外での研究経験も含めて、国内外の優秀な研究者とのネットワークの中で異なる分野との対話などから新しい研究の展開の端緒をつかみ、既存の細目を土台としながらそれを越える創造的な研究を科研費により推進。
 ・ 同時に、科研費等の審査委員として審査の過程にも参画し、特に、既存の細目を土台としながらそれを越える独創的な研究の審査における分野の異なる審査委員との合議は研究者としての視野を広げ、新たな研究構想を刺激。
 ・ 大学院教育や研究室での指導を通して次代を担う研究者養成を担い、「人」の育成による知の継承と発展を推進。
 ・ 専攻や研究室のまとめ役として全体を見渡しつつ、1)大型科研費による学理の探究の加速や、2)科研費を活用した異なる分野の研究者が若手研究者を巻き込みながら対話や交流、連携を重ね新しい学術研究分野の醸成の推進など、自らのアイディアと構想に基づいて学術研究を持続的に展開。
 ・ 研究課題や分野によっては科研費以外の競争的資金を活用した実用化に向けた研究開発に発展。
 ・ 大学においては、このような個別の研究活動、大学全体や我が国のサイエンスマップなどを踏まえつつ、研究科や専攻といった教育研究組織の再編成と学内資源の再配分を行い、学術研究の水準や人材育成の質の向上を組織的に展開。
 という姿を描くことができる。

○ もとより、研究者のキャリアパスは大学や専門分野によっても異なるものであるが、他方で、今、研究者コミュニティがこのようなイメージを共有することは、優秀で学問研究に対する志を持つ若者にとっては、独創的なアイディアとそれを現実にする構想があれば、研究者としてのキャリアパスが透明で公正なプロセスのなかで拓けるとの認識につながる。このことは、次世代の学術を担うべき若手が大学院博士課程に躊躇することなく進学する上で重要である。

(大学改革に求められること)

○ そのような観点から、「中間報告」で指摘されている(※7)ように大学改革は極めて重要である。
  大学が自らのビジョンや戦略に基づいてその役割を明確にした上で、大学院教育の充実や若手研究者への審査を経た上でのテニュアポストの提供などを行いつつ、大学として強い分野やそれを基盤とした融合分野、次の強みに結び付く水準の高い学術研究の多様性を推進することが求められる。例えば、今後の人口動態・教員採用需要等を踏まえた教員養成学部の量的縮小を図るなどの教育研究組織の再編成を行い、これらの資源を例えば全学的な観点から大学院教育の充実や若手研究者支援に振り向けるという決断と実行をしてこそ、今後の学術研究にとって不可欠な優秀な若手研究者の確保、異動時の初期セットアップ費用、共同利用大型設備のサポーティングスタッフ等の研究支援職員の確保、いまだ研究費採択の審査の対象には至らないが学術研究の多様性や新規性の観点から重要な研究活動のための研究費などを安定的に供給するために、基盤的経費の確保・充実を図ることができる。
  その際、文部科学省においても国立大学の機能分化の方向性に対応した制度・規制の枠組みを検討する必要がある。

(科研費以外の競争的資金改革に求められるもの)

○ 近年、競争的資金制度のスクラップ・アンド・ビルドにより、イノベーションや「課題解決型」を趣旨とする制度の新設が増加している(※8)。競争的研究資金制度に不断の見直しが求められるのは当然であり、また、それらの制度の設立は社会の要請に基づくものではあるが、一方で、これらの制度が実際に研究現場に与える影響について、経済産業省の産業構造審議会においても、「国立大学法人改革以降、運営費交付金が減額され競争的資金が増額されてきたが、近年、大学等において、競争的資金の申請等に係る手間の増大や、選択と集中を進めてきたため特定領域に研究資金が集中し、ともすると目先の研究資金が獲得しやすい研究を志向する等、研究活動が制約されているとの見方」や「基礎研究分野における研究内容の多様性や独創性は、革新的技術シーズの萌芽を生み出す土壌として非常に重要」で「優れた技術シーズになるかどうかは研究段階ではわかりにくい場合もあることから、独自性のある研究を継続して行うことも重要」である「にもかかわらず、研究資金が多い分野に研究者が集まり、短期的な成果が出る研究のみに携わる流れが生じ、基礎研究の多様性が失われているとの指摘」が紹介されている(産業技術環境分科会、平成26年6月)。

○ イノベーションの源泉となる学術研究を担う大学の機能不全を招くことは、ひいては我が国のイノベーションの活力そのものを阻害しかねず、政府全体での競争的資金改革の検討にあたっては、イノベーションシステム全体の強化の観点から、競争的資金制度全体を俯瞰し、バランスの取れた設計が望まれる。その際、成熟社会においては基礎研究、応用研究、開発研究、実用化といった単純なリニアモデルが必ずしも妥当しないことを踏まえ、基盤的経費から競争的資金全体を見渡した上で研究費として成果を最大化する適正な規模とすることが求められる。
 このように、科研費以外の競争的資金についても、学術研究の多様性の確保、学術政策・大学政策・科学技術政策の連携、広く社会でイノベーション創出を担う人材の育成といった基本的な考え方を横串に位置づけて改善を図ることが期待され、例えば、
 ・ 資金の趣旨・目的を踏まえた透明性の高いプログラムの設計と評価、それぞれの役割分担を明確にした上での相互連携(競争的資金マップの作成)、
 ・ 厳格で公正なサイエンス・メリットを前提とした審査・配分と成果評価、
 ・ 競争的資金で雇用されるポスドクの研究者や研究支援者としての今後のキャリアパスの確保についての大学との対話や施策の展開、
 ・ サイエンスマップや科研費の研究成果等にかかるデータベースの充実・活用、
 などが求められる。

(科研費改革に求められるもの)

○ 科研費改革は、2.で示した「不易たるもの」をしっかりと踏まえつつ、3.の3つの要素を考慮した上で、前述のような「あるべき学術研究の姿」を大学改革や科研費以外の競争的資金改革と連携しながら実現するものでなくてはならない。

○ その際、科研費改革に関する議論、例えば、3.で示した科研費に関する指摘や意見の中には容易に両立しないものもあることに留意が必要である。科研費の配分自体も採択率や充足率があらゆる種目で向上するのが理想ではあるが、成熟社会における学術研究の基盤を支える科研費をより効果的に配分するという観点から、これらの要素を重点化したりバランスさせたりするという視点も具体的な改革方策の検討に当たっては必要である。

○ このような観点から、科研費改革の基本的な視点を整理すると、第一は、科研費の基本的な構造の改革である。
  前述のとおり昭和43年に形作られた科研費制度の基本的な構造(種目、審査分野、審査方式、審査体制等)、特に基盤研究について、1)多様で水準の高い学術研究と、2)そのような質の高い多様性を基盤とした分野・細目にとらわれない創造的な研究の双方の促進の両立という観点から見直すことが求められる。その重要なポイントは、現在の基盤研究Cのような研究費においては分野・細目をベースとした公正で簡素な審査を行いつつ、それとは別に細目を越えた創造的な研究を研究者から引き出すための丁寧な審査を行う、例えば、現行の基盤研究Aのような規模の種目を設けることであり、そのための条件整備(審査委員の育成、コメントフィードバック、プレスクリーニング等)である。
  また、大規模科研費(現行の特別推進研究、新学術領域研究)については、グローバル化を含む審査や評価の改善が求められる。

○ 第二は、優秀な研究者が、所属大学や性別などの属性にかかわりなく自らのアイディアや構想に基づいて継続的に学術研究を推進できるようにするという観点からの見直しである。
  科研費の過度な集中は避けなければならないが、科研費と科研費以外の競争的資金との関係を踏まえると、科研費における重複制限の在り方の見直し、早期終了や最終年度前年度応募の活用、出産や育児などに配慮した支援、海外大学に所属する研究者による帰国後の予約採択などにより、優秀な研究者がその進展を踏まえながら継続的に研究を進めることができるようにする必要がある。その際、審査の負担を軽減する観点から第一で指摘したプレスクリーニング等の導入を検討することも求められる。

○ 第三は、我が国が強い学問分野を中心に国際競争研究の推進や優秀な若手研究者の相互派遣などによる国際的な研究者コミュニティにおける長期にわたる確かなネットワークの形成の観点からの見直しである。
  第一において、大規模科研費のグローバル化を含む審査や評価の改善を指摘したが、これらの科研費において、国際共同研究のためのユニットを設けて海外に研究者を派遣したり、海外研究者を招聘したりすることなどを促し、成熟社会である我が国の学術研究が国際的な研究者コミュニティをリードし、国際社会における我が国の存在感を維持・向上することが求められる。なお、ネットワークのハブとしての海外の日本人研究者をどのように支援、活用するかについては引き続き議論が必要である。

○ なお、第一と第三に関し、人文学及び社会科学は、問題設定、分析方法など様々な面で、それぞれ独自の学術分野を構成しているものの、これらの分野でも、自然科学と同様に、グローバリゼーションや科学技術の革新が新しい正義の思想や公平な社会的、法的仕組みを探究させ、人間の認知の構造の探求を盛んにさせていることにも留意が必要である。特に、社会科学における社会事象の原因の探究には、独自の発見とともに発見の応用的側面も重要視される。経済的・社会的・国際的紛争、過去から未来へと続く世代間の利害のコンフリクトなどの諸問題も新しい形で解を求めて登場している。学際的・分野融合的研究は、すべての研究分野にわたる研究者に期待されており、グローバル化についても、従来交わりの少なかった地域と地域、思想と思想を近づけ、そのことによってこれまでの課題解決を越える問題が提起されていることの認識が必要である。

○ 第四は、平成23年度から導入された「学術研究助成基金」については、第一で指摘した丁寧な審査の導入等により必要となるアワードイヤーの実現や第三の海外研究者との国際共同研究等の推進において、日本側の会計年度の制約が共同研究上の支障になることのないようにするなど研究費の成果を最大化する観点からその充実を図ることが必要であることである。

○ 第五は、科研費の研究成果の一層の可視化である。科研費の研究成果を活用した科研費以外の競争的資金、特に、学術研究の成果を応用研究・実用化研究につなぐ役割をする戦略的な基礎研究に関する競争的資金による研究の推進の観点から、科研費成果等を含むデータベースの構築等について、「戦略的な基礎研究の在り方に関する検討会」報告書(平成26年6月27日)等を踏まえ、科研費成果等を含むデータベースの構築等について取り組むことが求められる。

○ 

 
おわりに

○ 


※1 例えば、ナッシュ均衡等のゲーム理論は世界各国の公正取引法改正に結び付いている。
※2 (科研費については)これまでも審査体制の充実や基金化の導入など学術の発展の観点から様々な改革を行ってきたところであるが、さらなる充実を図るため、
 ・より簡素で開かれた仕組みによる多様な学術研究の推進とそれを基盤とした分野・細目にとらわれない創造的な研究を促すための分野横断型・創発型の丁寧な審査の導入や応募分野の大括り化(その先導的試行としての「特設分野研究」の充実)等
 ・学術動向調査などの学術政策や科学技術政策への反映、イノベーションにつながる科研費の研究成果等を最大限把握・活用するためのデータベースの構築等
 ・グローバル・リサーチ・カウンシル等学術振興機関間の交流や連携も活用した国際共同研究や海外ネットワークの形成の促進
 ・卓越した若手や女性、外国人、海外の日本人など多様な研究者による質の高い学術研究支援の加速
  などのための改革に、研究者としてのステージや学問分野の特性などにも配慮しつつ取り組むことが必要である。なお、平成23年度から導入された「学術研究助成基金」については、上記のような丁寧な審査の導入等により必要となるアワードイヤーの実現や、海外研究者との国際共同研究等の推進において、日本側の会計年度の制約が共同研究上の支障になることのないようにするなど研究費の成果を最大化する観点から、その充実を図る。
※3 “Rescuing US biomedical research from its systemic flaws” Bruce Alberts, Marc W. Kirschner, Shirley Tilghman, and Harold Varmus, Proceedings of the National Academy of Sciences, April 22,2014, vol.111, no.16
※4 複数分野の審査委員において構成される審査委員会において、審査委員間の活発なコミュニケーションの中で合議審査を行おうとするもの。NIHにおけるセクション数は230、審査員総数は約1,700名であり、1セクションで審査される研究計画書は60から80件。各研究計画書の審査には3名の審査員が割り当てられ、審査員ごとに割り当てられる研究計画書は10件前後。メールレビューが行われる場合もある。
※5 基盤研究Cを1とした場合の平成25年度の審査コストは、基盤研究A0.22、基盤研究B0.49、基盤研究C1.00、挑戦的萌芽研究1.11、若手研究A0.25、若手研究B1.05である。
※6 PI(Principal Investigator)グループに責任を持つチームリーダーや独立した研究者
※7 運営費交付金等の基盤的経費については、以下のような大学の取組を前提として、また、その取組の実践と相まって、国がその確保・充実に努める必要がある。大学においては、明確なビジョンや戦略を立て、自らの役割を明確にした上で、当該戦略等を踏まえて基盤的経費を配分することにより、その意義を最大化すべきである。例えば、
 ・優秀な大学の教員が公的研究機関等のポストを兼ねたり異動したりするなど組織を越えて卓越した教育研究を担うとともに、若手研究者が安定した環境で優れた研究活動を行うことができるような人事・給与システムの改革
 ・例えば、物理学、化学、材料科学、免疫学、生物学・生化学など我が国が世界の先頭を競っている分野や人材育成に関し世界から注目されている分野 などを中心に、各分野や国際社会の人材ニーズも踏まえつつ、国内外の優秀な若者、企業等の優秀な人材を集め、公的研究機関とも連携しながら知的に成長させる卓越した大学院の課程の形成
 ・リサーチアドミニストレーターやグローバル担当職員など専門人材の積極登用や大学職員全体の資質の向上、教員と職員の協働の推進など、研究支援体制の強化や大学事務局改革
 ・個々の研究者の独創的な個性と組織としての大学の戦略を両立させる強靭なガバナンスの確立と教育研究組織の最適化
 ・組織の枠を越えた研究者の知の融合を促進するとともに、限られた人材・資源の効果的・効率的な活用を図るため、施設・設備や図書・史料等の機関内外での共同利用・共同研究の一層の推進
 ・多様な教育研究活動の場となるキャンパスや施設について、知的交流を促進するよう快適で豊かなものにするための取組
  などのために、学内外の資源の再配分や共有を行うことが求められる。なお、国立大学については、既に進展している「国立大学改革プラン」を着実に実行することが必要である。
※8 競争的資金に関するファクトベースの情報

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研究振興局学術研究助成課企画室企画係