資料4 人文学及び社会科学の振興に関する委員会報告骨子案の各論(原案)

1.人文学・社会科学の振興を図る上での視点・論点

(1)学の融合と総合性

研究者間の交流・相互理解等の問題

  • 日米の研究の進め方を比較すると、米国では、すぐに成果が上がらなければ研究をやめてしまう傾向があるが、日本ではいろいろな研究をすることに寛容性がある。例えば、政治学と脳神経科学における融合研究においては、政策や政党に関する認知心理過程を脳神経科学に基づく実験データで示すことが可能となり、これまでとは異なる視点から政治学的な理解が深まることが期待される。異分野融合の研究は、このような日本の研究システムの強みを生かすことができると考えられる。
  • 日本にはそのような研究システムがある一方で、研究分野のたこつぼ化により、専門の外に出て交流することが非常に難しい状況もある。また、分野が違うと、同じ概念、言葉でも、全く違う意味で使うことがしばしばある。異分野融合の研究を進めていくには、互いの分野間で認識枠組みや文法を理解することが重要であり、異なる分野間の研究者がかみ合うところを見つけて仲介できる研究者の育成が急務である。
  • 新しい学問領域を開拓していくためには、違う分野の研究が、全体のストーリーの中でどこに位置するのかを、お互いに伝えあう能力(コミュニケーション)が必要であり、その相互理解の上で自律的な活動を活性化することができれば、成果につながっていくことが期待される。
  • 異分野融合の研究は、ある一定の研究領域・分野として確立するまでは、既存の専門分野の中での位置付けが不明確になりやすく、研究継続が困難になりやすい。異分野融合の研究を継続していくには、例えば、他分野の研究者から共同プロジェクト等の機会などを確保していく努力も求められる。

(2)学術への社会的要請とアウトリーチ

目標・ターゲット設定の問題

  • 課題設定型プロジェクト研究は、研究者の専門分野における研究だけでは気付かない研究対象や視点を研究者に与える。全然違う分野の研究者との共同研究は、互いに協力活動をしたことによって得た成果をそれぞれの分野に持ち帰ることができ、その分野の発展にも貢献する。
  • しかしながら、社会貢献を目指す課題設定型プロジェクト研究においては、何を目標・ターゲットにするのかが大きな問題である。個々の実証研究の積み重ねにより、政府の政策形成・実施のためにデータを提供することを科学研究の本務ととらえ、価値選択は政治の役割とする考え方や、政策形成・実施に係る価値判断にまで踏み込むという考え方など、目標・ターゲットの設定には様々な考え方があるが、社会貢献のプロジェクトを進めていくにあたっては、制度設計、政策提言等といった課題解決を目指すことは、遠い目標であったとしても社会への説明責任を果たす観点から重要である。
  • 社会への貢献や共同研究の推進にあたっては、現在の社会への貢献という観点と未来志向の人類史的貢献という観点の間で緊張関係があることや、分野間連携の研究自体が、また殻に籠もってしまうこともあり得ることについて留意が必要である。
    (研究と社会実践の関係)
  • 成果に対して強く説明責任を求めるようになると、エビデンスに基づく施策形成はエビデンスに基づく施策の評価へつながり、本来の目的や内容を狭めてしまうことが危惧される。しかし、そのような危険性に留意しながらも、エビデンスに基づく研究を推進していく必要がある。
  • 実務家を含めた共同研究においては、研究者の研究のサイクルと、実務家の需要のサイクルは必ずしも一致しないため、両者のバランスをとるプロジェクト・マネジメントが課題となる。また、分野によって、課題設定型プロジェクトに参加することへの研究者のインセンティブが異なることにも留意する必要がある。

(3)グローバル化と国際学術空間

国際的活動の意義と評価

  • 日本研究においては、海外で日本の研究に興味を持つ者が、日本に来て知識と研さんを高めていく「受け身」の形にあるが、日本の研究を英語で発信していくことも求められている。
  • 海外と国内で関心が持たれているテーマは必ずしも一致しないが、国内で関心が高いものであっても国際的に発表していくことは、長期的には重要なことであり、日本の学会のプレゼンスを高める上で大事なことである。例えば、我が国の東洋史研究は層が厚いが、これまでの研究蓄積によって、海外の現地の研究者とは異なる研究のアプローチをしてきており、彼らにはないものを提供することができる。また、日本から海外に向けて、能などの日本研究に関するデータを示したり、英語論文を発信することで、日本固有の研究とは異なる知見が出てくる可能性がある。世界中に日本研究について興味関心が高まれば、日本研究にとって良い効果をもたらすと考えられる。
  • 日本研究の国際発信を着実かつ継続的に進めていく上では、日本語による論文、学会誌、紀要などであっても、PDF化してネット上で読めるようにすることが必要。また、国際的な活動という観点からは、外国雑誌への論文投稿といった業績だけではなく、国際学会の組織化への貢献など、世界における国際的な研究関連の活動に対する日本人研究者の貢献なども評価の視点として重要である。
  • 現状においては、海外の研究者との公開ゼミナールを開催したり、英語論文を書いたりしても、その活動が評価されない傾向がある。日本人の人文・社会科学の研究者は、海外に対して語るべきことを多く持っているが、留学後の国内ポストの問題などがあり、留学や国際化へのインセンティブにつながらない一つの要因と考えられる。

(4)共同研究のシステム化

人文・社会科学研究推進事業のこれまでの実施状況

  • 日本学術振興会においては、これまで
    ○人類が直面している問題の解明と対処のための学際的・学融合的取組
    ○異質な分野の学者との共同研究
    ○日本と研究対象地域との「共生」に向けた研究
    ○近未来において我が国が直面する経済的、社会的な諸課題の解決のための研究
    ○海外に存在する「日本」に関係する資源を活用した日本研究の国際共同研究
    といった様々な観点から事業を展開しているが、競争的資金制度の見直し等を行い、平成24年度からは「課題設定に基づく先導的人文・社会科学研究推進事業」として既存事業を統合・実施することとしている。グローバル化が進行する中で震災後の日本再生に向けて人文・社会科学を発展させるためには、これまで個別に実施されてきた事業の特性を生かしつつ、統合事業の改善を進める必要がある。

共同研究のシステム化にあたっての課題

  • 分野間の連携をしながら学問を進めることが重要であって、別のディシプリンを創っていく融合が大事。自らの分野のアイデンティティと方法論を最大限に提供しながら共同して貢献していく姿勢が必要である。人文・社会科学から、理工系の研究者に事例を提供することで、新しい技術や新しい学問を生み出すこともできる。
  • 異分野融合や社会連携の共同研究は、研究者間にスパークが生じ、それをきっかけにして自生的に根が出て成長する。研究者間の接触と追求によって成長していく共同研究を支援することが重要であり、継続性にはこだわらず自生的な成長を評価するという観点が重要。また、課題設定型プロジェクト研究には手間と時間がかかる。同じ目的・関心を共有していれば、それを解決するために時間とエネルギーをかけてコミュニケーションを図ることができるので、継続的に会う場を設けて、コミュニケーションをとることが重要である。社会連携の共同研究においては、若手研究者や実務経験のある研究者が、相互交流できるような分野横断的な研究コミュニティを作ることが必要。
  • 大学等においては、産学連携推進本部などが有する研究者に関する情報を活用し、人文・社会科学も含めて学内外の人が相互に交流できるようなマネジメントが期待される。異分野融合や社会連携の共同研究に対して志向性をもつ意欲ある研究者が、様々な分野の人に直接会えるような環境を、コストをかけずに作っていくことが重要である。また、そのような共同研究を志向する意欲的な研究者が、一定比率いることが重要であり、そのことが、人文・社会科学全体に変化をもたらす。

さらに深めるべき論点

 共同研究を継続・発展させるためには、研究者、実務者等の関係者の交流を活性化することが重要であるが、具体的な取組としてどのようなことが考えられるか。

(5)研究拠点形成と大学の役割

拠点の機能強化の在り方

  • 国際化の推進のためには拠点や組織が必要である。大学共同利用機関等の拠点においては、海外の機関と協定を締結して、国内の様々な機関にポスドクの割り振りなどの国際交流を仲介する役割を担っている。地域バランスなども加味した拠点の形成や既に形成支援を受けてきた拠点を育てていくことが必要。
  • 日本が今後グローバル化の中で競争していくのであれば、研究の分野でまず大学院を活性化させ、そこから学部に波及させていくことが一つの解決策と考えられる。
  • 日本研究の魅力を高め、海外へすそ野を広げていくということも拠点の機能として重要である。

さらに深めるべき論点

 研究拠点には、国際的な窓口、共同研究の企画、研究資源の提供など様々な役割・機能があるが、今後大学が研究力を強化し、人文・社会科学の発展を図る上で、どのようなことに取り組むべきか。また、研究拠点の機能強化や形成支援が必要な分野には、どのようなものがあるか。

(6)次世代育成と新しい知性への展望

人材育成における現状と課題

  • 大学等においては学部横断的な履修や、学際的プログラムを促すことにより、異分野融合の意義について判断できるような人材育成が可能となってくる。また、留学によって、自分が今持っている視点とは違った視点を知り、そこから新たな挑戦の意欲を得ることができる。また、留学を通じて異なる価値基準を理解できるようになるので、異分野融合の可能性も高まることが期待される。
  • 若手研究者が課題設定型プロジェクト研究に参画することは重要である。研究の細分化を克服して違う分野の人と話すためには、ディベートの技術が必要であり、博士論文とは異なる分野において若手研究者が研鑽を積むことは、その後のキャリアの上でも意味がある。そのためにも、意欲ある若手研究者をきちんと評価することが重要である。
  • 理工系では、指導教授の下で博士論文を書く前に、普通の論文ができていなければならないという考えに沿って人材育成が進められる傾向がある。一方、人文系では、博士論文に集中することで人材育成が進められてきた。理工系の人材育成のやり方が人文系にそのまま適用されると、場合によっては、時間的に博士論文が書けなくなってしまい、結果として高く評価されなくなり、研究資金も得られない状況になってしまう。若い世代の研究者が正しい動機付けを持てるよう、どのようなことにより最も評価されるべきか、人文・社会科学に適した評価のあり方をきめ細かく見ていく必要がある。

さらに深めるべき論点

 人文・社会科学をとりまく状況変化や学問的特性等を踏まえて、研究者養成において留意すべき点は何か。

(7)研究評価の戦略と視点

研究評価における留意点

  • 「文部科学省における研究及び開発に関する評価指針」(平成21年2月17日)においては、学術研究の評価における配慮事項が掲げられている。人文・社会科学の研究評価については、人類の精神文化や人類・社会に生起する諸々の現象や問題を対象とし、これを解釈し、意味付けていくという特性を持った学問であり、個人の価値観が評価に反映される部分が大きいという点に配慮する、という記述にとどまっている。
  • 人文学の研究は熟成して大成するという面もあるので、短期的に評価される研究が良い研究ということになってしまうと、成果が出るまでに長い時間を要する研究をしている者がエンカレッジされないということも起こりえる。特に長期にわたる研究に挑戦する可能性をつぶさないように評価することが大事である。
  • 一方で、研究を通じた社会貢献のインセンティブを高めるためには、研究成果としての社会提言が社会貢献のために具現化され、その評価がプロジェクトに関わった研究者への影響として結びついていくことが求められる。研究が社会とどのような結節点を持つのかという観点を踏まえ、評価を検討する必要がある。
  • 現在の研究課題評価では、評価の公平性や、評価のばらつきを少なくすることが重視され、未来志向型であるかという点の評価は必ずしも十分ではない。質的な面にも留意した多角的評価を行うことが重要である。
  • 人文系と理工系の分野間連携の課題においては、人文系であっても理工系と同じように技術開発や課題解決が求められることが、そこまでの成果の達成は難しいことが多い。理工系のプロジェクトの中に人文社会系との共同研究を入れることは、起爆剤になるのでよいことだが、成果の求め方には配慮が必要である。
  • 研究活動の実施状況に関する評価については、論文・著書等、学会での研究発表、海外の学術書・文芸作品等の翻訳・紹介、辞書・辞典の編纂や関連DBの作成、政策形成等に資する調査報告書の作成など広く教員の創造的活動が対象となっている。今後、人文・社会科学の特性を踏まえた評価を充実していくには、例えば、「研究活動」の対象として、日本語希少原典の外国語への翻訳、国際共著論文、海外での研究活動、海外の研究者との研究活動、国際学会組織化の活動などについて検討し、研究プロジェクトの審査・評価の観点や大学での研究者の採用基準等において適切に取り入れることが望まれる。

さらに深めるべき論点

  • 人文・社会科学をとりまく状況変化や学問的特性等を踏まえて、研究課題の審査・評価を適切に行うためには、どのような評価の観点、評価指標が必要か。
  • 人文・社会科学の研究活動を適切に評価するためには、上記のほかに、どのような業績が考えられるか。 

2.当面講ずべき推進方策

(1)先導的な共同研究の推進

日本学術振興会における「課題設定による先導的人文・社会科学研究推進事業」の制度改善

  • 日本学術振興会を核として先導的な人文・社会科学の研究を遂行し、課題解決型・課題提示型研究を仕掛けていくことが必要である。その際、持続的な支援の枠組みの構築につなげていくことが大事である。
  • 社会的な課題に寄与しようとする研究については、ある程度まとめて括るようなプロジェクト型研究の設定や実務家を含めたピアレビューの試行などについて検討が必要。
  • 科研費では、応募にあたって主要研究分野を1つに決めなければいけないが、分野間連携を前提とする審査・評価では主要分野を絞ることが難しいという特性がある。このため、関連分野を広く指定できるようにしたり、また、そのためのレビューシステムを作ったりするなどの工夫が考えられる。
  • 分野横断的な社会連携型プロジェクト研究を制度のレベルまで発展させていくためには、単発のプロジェクトで終わらせるのではなく、長期的な視点をもって継続できるように、プロジェクト・マネジメントを工夫する必要がある。
  • 若手研究者や実務経験のある研究者に、小規模でもいいので、横断的な社会連携型プロジェクトをできるような研究支援が必要。
  • 個人研究が中心である人文系とチームプレーが中心の理工系との共同研究では、研究の進め方の違いに配慮した組織運営を心がける必要がある。
  • 政治学や社会学では、国際ネットワークへの参加や、常に海外と交流していることによって、何が世界共通の課題となっているかという論点を作り出す場に参加し、その論点の中で研究をしていくことが重要である。旅費の申請手続きを柔軟にしたり、エディティングの経費面での支援が必要。

さらに深めるべき論点

 先導的な共同研究プロジェクトの制度改善にあたり、上記のほかに、どのような改善に取り組むべきか。

設定すべき課題の例

  • 研究成果を政策に反映させる手段としては、審議会は大きな役割を持っている。審議会によってアジェンダが設定されるので、課題を提唱したり、政策の実現性を持たせていくといった検討も必要である。
  • 分野を超えて共同で取り組むことが求められる課題例としては、例えば以下のようなものが考えられる。
  • 研究領域1
     非常時における適切な対応を可能とするための社会システムのあり方
     震災後や新たな感染症が流行した場合などの非常時には、既存の社会システムでは対応しきれない問題が生じ、都市・交通機能の麻痺や社会秩序の混乱を招く可能性がある。起こりうる非常時に備えた社会的リスクの管理と価値判断を行うことが求められていることから、現代の「リスク社会」に対応した新たな社会システムのあり方について検討を行う。
    (例)
     ○震災直後に緊急に外部の医療関係者が被災地において医療救護活動を行う際、被災地の医療機関等が大規模な個人医療データを持っていても、個人情報保護の観点から、外部の医療関係者とデータを共有して活用することができない可能性がある。
     データを共有するためには事前にどういった法的ルールを整備しておけばよいのか、といった非常時の社会システムのあり方について、法学研究者や医療関係者等が研究を行う。
     ○震災等の非常時にサプライチェーンを再構築するため、法的ルール等を含めたシステムのあり方について、システム科学に係る諸分野の知見を活かして方策を検討する。
     ○非常時には特に、各現場での自律分散型の意思決定が必要となるので、行動経済学、政治学、社会学、心理学等の観点から、危機管理のための意思決定マネジメントのあり方を検討する。
  • 研究領域2
     社会的背景や文化的土壌等を加味した新技術・新制度の普及
     今後、以下のような社会的価値を含む様々な新技術・新制度が創出・提示されることが想定されるが、人間社会が求める将来の新技術・新制度の普及のあり方について、工学的・経済的検討とあわせて、民俗学、宗教学、心理学等の観点から検討を行う。
    (例)
     ○遺伝子組換技術の利用、医療用ロボットによる手術、fMRIによる鬱病治療などの新技術の導入・定着を図っていくためには、人工物をもって生命を操ることへの本能的な拒否感や、宗教や土着信仰などの思想的背景など、個人的・社会的状況の把握が不可欠であると考えられる。
     ○製品開発においては、技術的な水準の高さだけではなく、芸術工学(デザイン工学)を駆使して、人間の感性・センスに配慮したり、デザイン、使いやすさを追求することが不可欠となっている。また、このような観点は、自然科学の成果を社会に伝わりやすくするという理解増進にも資する。

さらに深めるべき論点

 上記以外に、課題の例としてどのようなものが想定されるか。

基礎研究の充実

  • 個別の研究分野が深まっていくことにより実質を伴った融合や分野間の共同作業は効果的には成り立つ。トップダウンの課題解決型研究の奨励も必要だが、その不可決の大前提として、ボトムアップ型の基礎研究の充実が必要である。ボトムアップ研究により課題点を整理し、トップダウン型研究を持続的な取組にしていくことが必要。
  • 米国には人文・社会系のシンクタンクが多い。シンクタンクは政策への貢献が求められるので、基礎的な研究と政策への貢献とをつなげる役割を担っている。日本においてもそのような実効的な連携を深めていく必要がある。
  • 例えば、日本史の分野では、業績面においても社会貢献の面においても著書のインパクトは論文よりもはるかに大きく、博士論文を書籍として刊行することでアカデミックポストにつくことができる状況にもある。学術図書の刊行を求めるのは学問的な特性の一つであり、学術図書刊行費の支援も重要。

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研究振興局振興企画課学術企画室

(研究振興局振興企画課学術企画室)