資料3 科学研究費助成事業(科研費)の在り方について(審議のまとめ その1)(素案)

科学研究費助成事業(科研費)の在り方について(審議のまとめ その1)(素案)

平成23年7月 日

 科学研究費助成事業(以下「科研費」という。)は、人文・社会科学から自然科学までのすべての分野にわたり、研究者の自由な発想に基づいた、基礎から応用までのあらゆる独創的・先駆的な学術研究を対象とする研究費である。最大の競争的資金として、約65,000件(平成22年度)という多くの研究課題を幅広く支援することにより、研究の多様性を確保し、重厚な知的蓄積の形成と我が国の持続的な発展に資するという大きな役割を担っている。我が国の学術研究の振興を図っていくためには、この科研費制度を的確に運用することが重要である。

 本年3月の東日本大震災及びそれに伴う原子力発電所の事故という未曾有の大災害により、我が国は甚大な被害を被り、現在もなお復興・再生に向けた取り組みが懸命に続けられているところである。
 大学、独立行政法人等の研究機関においては、震災及び事故発生直後から、原子力を専門とする研究者等が放射性物質の空間、土壌、海中等における濃度の測定、地域住民のスクリーニング、健康相談等において科学的知見や技術の提供を行ってきた。また、その他の分野においても、被災前後の陸域観測データや地震観測網により得られた地震・余震情報の提供、防災支援情報システムの運用を行うなど、各研究機関・研究者による迅速な情報収集・解析・提供、被災地支援活動が被害状況の把握や被災地の支援において大きな力となってきた。
 一方において、科学技術・学術に携わる者は、原子力の安全管理や津波対策に関し、研究者コミュニティの閉鎖性、科学技術への過信、社会とのリスク・コミュニケーションの不足等の問題が存在するとの指摘について謙虚に受け止め、こうした問題点について改めていくことが求められる。

 今後、我が国が復興・再生を成し遂げ、安心・安全で豊かな社会であり続けるためには、多様な学術研究から生まれる知の貢献が不可欠である。また、研究者による自由な発想に基づく多様な研究を相互に評価・検証することにより、リスクを最小化していくことが必要であり、こうした観点からも科研費の果たす役割はますます重要なものとなると考える。

 平成23年2月から審議を開始した第6期研究費部会においては、(1)科研費の予算、(2)科研費を含む研究費の在り方、(3)科研費の研究種目の在り方、(4)研究評価、研究成果の発信等について審議を進めてきた。審議に当たっては、財政問題が一層深刻化する中で、政府全体の競争的資金の5割以上を占める科研費を、より効果的・効率的な制度としていくという点にも留意した。
 このまとめは、これらの審議事項のうち、平成24年度の科研費の在り方について、一定の方向性が得られたものについてとりまとめたものである。

1 基金化について

 学術研究は、国内外の最新の研究動向を踏まえつつ、未知なる世界を切り拓くという性質上、研究の進展に応じ、当初の研究計画を随時変更しながら研究を進めることが必要である。
 このような研究を支える科研費について、単年度会計の制約をなくし、複数年度にわたり柔軟に使用できるようにすることは、長年の間、研究現場から強く要望され続けていた改善事項であった。このため、繰越の導入(平成15年度)やその手続の簡素化(平成21年度)等の制度改善が進められ、近年は繰越件数が毎年2,000件程度となっている。しかしながら、少額の研究費の場合、金額に比して繰越手続に関する研究者の負担感が大きいこと、前倒し使用はできないこと等から、依然として多くの研究者から、年度にとらわれない研究費の使用についての要望が引き続き寄せられていた。
 こうした中、平成23年度より独立行政法人日本学術振興会に「学術研究助成基金」を創設し、「基盤研究C」「若手研究B」「挑戦的萌芽研究」の各研究種目について基金から毎年度の研究費を交付する制度改正が行われた。この科研費の基金化は、年度にとらわれず、必要な時に必要な額の研究費を使用できるようにすることにより、研究活動のさらなる活性化及び限られた研究費の効率的活用を図ることができるという、我が国研究制度史上画期的な改革であり、大いに評価すべきものである。
 また、基金化と同時に、これら3種目については、新規の採択課題についてほぼ30パーセントの採択率を達成したほか、特に「基盤研究C」については、「若手研究B」を上回る配分額の充実を図るなど、前期研究費部会で指摘のあった事項についての改善も図られた。

2 基金化の効果の検証

 科研費を複数年度にわたり使用できることにより、研究費がより効果的・効率的に使用されるようになることなど、基金化によって大きなメリットがもたらされることについては論を俟たないが、制度改革の成果をより大きなものとしていくため、その具体的な効果や課題について検証していくことは重要である。
 基金による研究としては、すでに平成21年度に設置された基金により「最先端研究開発支援プログラム」(以下「最先端プログラム」という。)が実施されているため、本年5月に、最先端プログラムの中心研究者及び支援機関を対象として、研究費の基金化による具体的な効果や課題についての実態調査を行った。
 その結果、すべての研究者から、年度の切れ目なく思い通りに研究を進められることにより基金化の効果を実感しているとの回答があり、具体的には以下のような事例が成果として挙げられていた。

  • 年度をまたいで一気に必要な機器の工事、設置、稼働までできたことにより、従来にないスピードで画期的な研究成果が得られ、外国メディアの取材も受けた。
  • 研究費から前倒しで必要な人件費を支出できたことにより、思い通りの研究成果を得ることができた。
  • 設備の開発から納品までにかかる総額が流動的で、期間も複数年度にまたがったが、基金によりきちんと初期投資できたため、比較的短期間に研究成果を得られている。
  • 国際共同プロジェクトにおいて、研究期間内のどの時点でも予算執行ができるという自由度が、相手との交渉においてきわめて有利に働くことを実感している。
  • 長いタームで研究に取り組める。
  • 研究者の年度ごとの予算管理の負担がなくなり、研究成果を出すことに集中できることにより、研究パフォーマンスが向上した。
  • 年度の制約にとらわれず、必要なものを必要な量だけ、必要な時期に調達することが可能となったため、研究費のより効率的な使用につながっている。

 また、基金化による問題は特段ないとの回答がほとんどであったが、複数年度執行を前提とした研究費と単年度執行を前提とした研究費との使用ルールの統一が必要であるとの意見もあった。
 一方、科研費においては、比較的少額な研究種目から基金化しており、制度全体としても最先端プログラムに比して研究規模が小さい。しかしながら、基金化による効果に関し、以下のようにほぼすべての研究者から、研究費の総額に関わりなく同様の効果を期待できるとの回答があった。

  • 学術研究において、研究計画の変更に応じ必要なときに機動的かつ弾力的に研究費を使えるようにすることはそれぞれの研究成果創出に直接かかわることであり、研究規模の大小は問わない。
  • 研究状況は変化するものであるから、研究規模に関わりなく挑戦的・独創的な研究にメリットがある。
  • 研究者の年度ごとの予算管理の負担が軽減し、研究の進捗管理が容易になるため、研究効率向上のメリットが大きい。
  • 規模の小さい研究こそ、必要なものを必要量必要な時期に調達するという効率的使用が必要である。

 以上のように、科研費の基金化による効果は、最先端プログラムにおける基金化による効果と同様と考えられる。

3 基金化の対象拡大

 このように、最先端プログラムにおいても、研究開始後わずか1年余りの段階で、基金化のメリットを活かした成果が既に表れており、科研費においても同様の効果が期待されるところである。科研費は、学術研究を支援する最大かつ最も身近な競争的資金であることから、研究現場からは科研費の全種目の基金化を望む意見が多く寄せられている。科研費のすべての種目を基金化すれば、数万人の研究者により、2,633億円の研究費がより効率的に使用されることになり、そのメリットは多大なものとなる。
 また、科研費の適正な管理という観点からみても、一部種目のみ基金として管理し、その他の種目は補助金として年度ごとの管理を行うことは、研究者、研究機関双方に負担を与えることになるため、好ましいことではない。
 さらに、今回の東日本大震災により、東北・関東地域の研究機関、研究者が大きな被害を受けており、中には研究施設が壊滅的な状況となっている者も少なくない。これらの研究者のうち、現在科研費を交付されている者については、特別に追加の繰越手続が行われ、また研究機関としての一括申請を特例的に認めるなど、現行制度において最大限配慮がされているが、それでもなお被害の甚大さから、今後の研究環境の復旧、研究活動の円滑な実施について長期的な影響を懸念する声が多い。一方、最先端プログラムにおいては、震災後も基金の活用により年度をまたいで備品類を購入し、スムーズに研究を進めることができていることが調査から明らかとなっている。このように基金化は、自然災害等の不測の事態にも柔軟に対応し、早期に研究活動を再開できる“強い”研究費制度であるということができる。
 今後、国家財政が厳しい状況になると予想される中にあっても、従来にない新たな知の創造サイクルを創り出し、厳しい国際競争の中で我が国の発展に貢献していくためには、最大の競争的資金である科研費制度を、より効果的・効率的なものにしていくことが重要である。

 これらのことから、科研費の基金化を計画的に進め、できるだけ早期に、基本的にすべての研究種目について基金化することが必要である。
 その際、対象とする種目については、研究計画の変更に対応することが他の種目に比べて困難であり、研究費を柔軟に使用できるメリットが大きいこと、対象となる研究者数が多いものから基金化をすることにより、制度改善のメリットを我が国研究費制度に係るルールとして定着させ、研究費の適切かつ効率的な使用を促すことができることから、比較的小規模の種目から順次基金化を進めることが望ましい。また、人材養成を重視する観点からは、若手研究者の自由な発想に基づく独創的な研究を対象とする種目についても優先的に基金化を図る必要がある。

4 基金化によるメリットを最大限発揮するために

(1)制度改正の趣旨を踏まえた運用
 科研費の基金化により、研究費の年度をまたぐ使用が可能となったが、各研究機関において制度改正の趣旨を踏まえ、実際に年度をまたいだ研究費の柔軟な活用を行わなければ、制度改正の効果は発揮されないこととなる。
 また、基金化された制度を研究現場において効果的に実施していくため、情報提供、支援活動を十分に行っていくことが重要である。

(2)研究費の適切な執行
 総額2,633億円とさらに規模が大きくなった科研費にあっては、研究費を一層適正に執行することが重要である。
 科研費の基金化は、年度ごとに研究費を使い切るという誘因がなくなることから、不正使用を減らす上でも効果があると考えられる。その一方で、基金であっても補助金であっても、一人一人の研究者のモラルが重要であることはいうまでもなく、また研究機関における研究費の管理を適切に行い、不正使用を未然に防止するための取組みを徹底していく必要がある。

 先に述べたとおり、これからの我が国学術研究において科研費に期待される役割は大きい。本部会においては、「科学研究費補助金に関し当面講ずべき措置について(報告)」(平成22年7月27日)等これまでの議論も踏まえながら、科研費を含む研究費の在り方、科研費の研究種目のあり方、研究評価、研究成果の発信等について引き続き議論をしていく予定である。

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研究振興局学術研究助成課