資料2-2 学術の基本問題に関する特別委員会作業メンバーによる論点の抽出・整理

目次

1部 学術研究の意義と課題
 1.検討に当たっての視点
 2.学術の意義
 (1)学術とは
  [1]学術の意義
  [2]学術の法的な位置づけ
 (2)学術研究の意義
  [1]学術研究の社会的役割
  [2]学術とイノベーション
  [3]学術と人材養成
 (3)学術研究の特性とその振興に当たっての留意点
 3.学術研究をめぐる現状と課題
 (1)国際的な研究活動の活発化と我が国の存在感の低下
 (2)存在感低下の要因と懸念材料
  [1]各国の研究開発投資の動向
  [2]学術研究基盤の脆弱化
  [3]研究支援体制の脆弱化
  [4]科学研究費補助金の新規採択率の低迷
  [5]大学等のマネジメントの難しさ
  [6]学術研究職の魅力の減少
 (3)学術研究に対する国民の関心・理解
 4.学術研究の振興の方向性
  -世界の知を先導し、人類の持続的発展に貢献する国へ-

2部 学術研究の振興に向けた具体的方策
 1.世界的に魅力のある学術研究拠点の形成
 【考えられる具体的方策の例】
  [1]世界的に魅力ある学術研究拠点の形成に必要な研究支援体制の整備
  [2]研究者コミュニティの意向を踏まえた大型研究の推進
  [3]我が国の学術研究の魅力の発信
 2.学術研究の基盤的システムの維持・強化に向けた支援の充実
 【考えられる具体的方策の例】
  [1]学術研究の基盤的なシステムを維持・強化するための財政支援
  [2]研究施設・設備の整備
  [3]大学図書館の充実
  [4]共同利用・共同研究体制の推進
  [5]研究評価・大学評価の改善
  [6]学協会の機能の強化
  [7]各大学の財務マネジメントの強化
 3.世界で活躍できる研究者の育成
 【考えられる具体的方策の例】
  [1]初等中等教育段階の取組
  [2]大学の学部・大学院に関する取組
  [3]若手研究者、ポストドクター等への支援
  [4]女性研究者等への支援
 4.社会問題の解決や新分野の創出など新たな学問の発展に向けた取組の充実
 【考えられる具体的方策の例】
 5.学術振興政策の明確な位置づけと学術に対する国民の信頼と支持の獲得
 【考えられる具体的方策の例】
  [1]学術政策の明確な位置づけ
  [2]学術と社会の対話の促進

1部 学術研究の意義と課題

1.検討に当たっての視点

○ 現在、世界における「科学研究」の在り方をめぐって二つの状況が存在する。
 一つは、各国が、他国に先駆けて、自国の研究者、研究機関による経済・社会的に価値のある独創的・先端的な知の創出を求めるイノベーション政策を推進しており、知の国際競争が激化していることである。このため、国家戦略としていかに研究を推進し、価値のある独創的・先端的な知を創出していくかが各政府の重要課題となっている。
 もう一つは、学問の普遍的な性質に由来するものであるが、様々な国が自国の大学や研究機関を支援するようになった結果、各国で大学等が発展し、各国の優れた研究者は、より良い研究を進めるために、国境を越えて大学等を移動したり、国際規模での研究活動を活発に進めたりするようになったことである。特に、人類の直面する地球規模の課題に対して科学者が国際的に協調して解決を目指す取組が進んでおり、一層の研究の国際化が進展する状況にある。このため、一国に閉じるのではなく、国際的に協調して研究活動を展開するということが極めて重要となっている。

○ 我が国が、今後とも国際社会をリードする国家として存立するためには、経済社会の発展を図りつつも、世界の知を先導し、人類の持続的発展に大きな役割を果たしていく必要がある。このため、国家の「国際競争力」を高め、経済・社会的に価値のある知を生み出すという視点と、科学の「国際協調」を進め、人類の発展に貢献する知の創出に重要な役割を果たすという視点とのバランスがより重要となっている。このような状況を踏まえて、確固たる方針の下、国民の理解と支持を得ながら、学術の振興を図っていくことが重要である。

○ しかしながら、厳しい経済状況の中で、学術の意義までが否定されることはないにしても、学術研究の振興にどこまで国費を投じることを可とするのか、多くの研究者が求める水準での合意を得ることは容易でない状況にある。学術研究にかかわる者は、こうした事実を真摯に受け止めて、学術研究の意義や現状と課題、その振興の必要性について明らかにしていかなければならない。

2.学術の意義

(1)学術とは

[1]学術の意義

○ 学術は、英語にすれば“arts and science”とでも訳すべき言葉であり、西欧古代以来の自由学芸と近代以降に大きな発展を遂げた諸科学を包摂する概念である。真理の探究という人間の基本的な知的欲求に根ざし、これを自由に追求する自主的・自律的な研究者の発想と研究意欲を源泉とした知的創造活動とその所産としての知識・方法の体系であり、その対象は人間の知的好奇心の及ぶものすべてにわたる。それは具体的には、未知の現象の解明や新しい法則・原理の発見、そのための分析や方法論の確立、個別的知識や技術の体系化とその応用、先端的な領域の開拓、精神文化の継承などの活動として現れる。

○ このような学術研究は、大学、研究所、博物館、美術館、学協会をはじめ様々な場における人間の知的営みであるが、その中心となるのは、基礎研究から応用研究にいたるまで、一定の水準を有する研究者の集積や、学問の自由に基づいた研究者の自主性の尊重等の条件を備えた大学及び大学共同利用機関(以下「大学等」という。)である。

[2]学術の法的な位置づけ

○ そもそも、我が国において、「学術」という用語は、明治19年の帝国大学令の制定により大学制度が創設されて以来、諸学の総体を示す、我が国の学問全体を包括的に捉えたキーワードとして定着しており、帝国大学令では「帝国大学ハ国家ノ須要ニ応スル学術技芸ヲ教授シ及其蘊奥ヲ攷究スルヲ以テ目的トス」(第1条)と規定され、大正7年の大学令では「大学ハ国家ニ須要ナル学術ノ理論及応用ヲ教授シ並其ノ蘊奥ヲ攻究スルヲ以テ目的トシ兼テ人格ノ陶冶及国家思想ノ涵養ニ留意スヘキモノトス」(第1条)と規定されている。

○ 現行の法律においても、教育基本法では「大学は、学術の中心として、高い教養と専門的能力を培うとともに、深く真理を探究して新たな知見を創造し、これらの成果を広く社会に提供することにより、社会の発展に寄与するものとする。」(第7条第1項)と規定され、学校教育法でも「大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする。」(第83条第1項)と規定されているところである。

(2)学術研究の意義

[1]学術研究の社会的役割

○ 学術研究は、新たな知の創造や幅広い知の体系化を通じて、人類共通の知的資産を創出するとともに、人類社会の重厚な知的蓄積の形成に資するなどそれ自体が文化としての優れた価値を有している。その成果は、人間の持つ可能性を拡大させるとともに、産業活動における活用・展開、生活習慣や社会規範への反映等を通じて、新たな価値を創造し、経済・社会の原動力となり、我が国の国際競争力や文化力を高めるものである。

○ 特に、人文学、社会科学から自然科学まで、幅広い分野にわたる学問を継続して維持・発展させ、人類全体の英知を生み出す基礎研究に貢献し、人類の福祉に資することや、そのために必要な人材を輩出することは、先進国たる我が国が果たすべき国際的な責務でもある。

[2]学術とイノベーション

○ 昨今、「イノベーション」の概念が我が国の政策にも取り入れられ、その重要性が認識されている。「イノベーション25」(平成19年6月閣議決定)では、「イノベーションとは、技術の革新にとどまらず、これまでとは全く違った新たな考え方、仕組みを取り入れて、新たな価値を生み出し、社会的に大きな変化を起こすことである。」と定義されているが、革新的技術などのブレークスルーをもたらし、経済・社会の変革につながっていく独創的・先端的な研究成果は、研究者が日常的に研究活動を行う中から意図せずして生まれることも多い。例えば、平成20年にノーベル化学賞を受賞した下村脩博士のオワンクラゲの緑色蛍光タンパク質(GFP)の発見は、発光生物に対する純粋な知的関心に基づく地道な研究活動から生まれたものであるが、その後GFPは医学や生命科学の分野においてタンパク質や細胞の動きを観察するために不可欠のツールとして利用され、これらの分野の研究に飛躍的な発展をもたらした。

○ 学術研究は、従来より、まさにイノベーション創出の基盤となってきたのであり、学術が脆弱化すれば、学術を基盤とする科学技術の発展もイノベーションの創出もありえないことを認識しなければならない。

[3]学術と人材養成

○ 人材養成において学術が果たす役割は大きい。
 帝国大学令等の規定において、大学制度の創設以来、学術の教授と研究は密接な関連を持つつともに、教育基本法に基づいて策定された「教育振興基本計画」(平成20年7月閣議決定)においても、「学術の発展」や「学術の中心である大学等の基礎的な教育研究を支える」ための施策が盛り込まれているところである。教員が師表となって、最先端の課題を設定し、その解明に取り組んでいく姿を学生に示し、教員と学生がそれぞれの知性を磨きあい、高めあっていく中で、学術は発展し、研究者は育まれていく。大学から企業の研究所に至るまで、研究者はすべて、大学で研究の基礎として学術研究を学んでいることを忘れてはならない。

○ また、近年、定年後、自らの職業人としての軌跡を振り返り、これまで得られた知見を次代の人々に託すため、あるいは自らの退職後の生活を潤いのあるものにするために、大学の学部あるいは大学院に入学し、学術研究に取り組んでいる人々の姿も見られ、こうした活動は若い学生のよい刺激になっている。今後、少子高齢化がさらに進展していく我が国において、人々が心豊かに生活していけるように、人間が学術に真剣に取り組むこと、それ自体の尊さを、社会全体が今一度積極的に評価していくことが必要である。

(3)学術研究の特性とその振興に当たっての留意点

○ 学術研究の特性は、学術研究が研究者一人ひとりの知的好奇心を源泉に真理の探究を目的として行われるものであること、しかしながら学術に国境はなく、その研究成果は人類共通の知的資産として蓄積されていくこと、また、学術研究が大学等を中心として行われるものであること等から、導き出される。

○ 学術の振興を図るための施策を講ずるに当たって、学術研究の特性を踏まえて留意すべきと考えられるのは、研究者の自主性と研究の多様性を尊重すべきこと、人文学、社会科学から自然科学までの学問の全分野にわたる均衡のとれた知的資産の形成・承継が必要であること、そして学術研究と教育機能との有機的な連携と総合的な発展が必要であることである。

3.学術研究をめぐる現状と課題

(1)国際的な研究活動の活発化と我が国の存在感の低下

○ 世界の研究活動のアウトプットである論文量は、一貫して増加傾向にある(図表1)。また、研究活動自体が単国の活動から複数国の絡む共同活動へと様相を変化させている。

○ 科学技術政策研究所の報告によれば、世界で国際共著論文が増えており、「世界の研究活動への関与度」を表す「整数カウント法」(複数国の共著による論文の場合、それぞれの国に1カウントする。)と、「世界の論文の生産への貢献度」を表す「分数カウント法」(例えばA国とB国との共著の場合、それぞれの国にA国2分の1、B国2分の1とカウントする。)とでは、それぞれのカウント方法により算出される各国の論文シェアに差が生じるようになっている(図表2)。

○ 同報告では、全分野の論文シェアにおいて、「世界の研究活動への関与度」(「整数カウント法」)では、米国は、他国を大きく引き離し、論文生産量の多い国であるといえるが、1980年代からゆるやかな下降基調が続いている。米国を、イギリス、日本、ドイツ、フランスが追いかける状態が1990年代中盤まで続いた。しかし、1990年代後半より、中国が急速に論文生産量を増加させ、イギリス、日本、ドイツ、フランスを抜き、2005~2007年の平均では世界第2位へ上昇してきている。一方、「世界の論文の生産への貢献度」(「分数カウント法」)では、1990年以降、日本は世界第2位となり約15年間維持していたが、中国に追い越され、2005~2007年の平均では世界第3位であることが示されている(図表3)。

○ また、論文の被引用回数が各分野で上位10%に入る論文数(以下「トップ10%論文数」という。)についてみると、全分野のトップ10%論文数のシェアにおいて、「世界のインパクトの高い論文への関与度」(「整数カウント法」)では、イギリスやドイツは1990年以降急激にシェアを上昇させており、日本に大差をつけている。その一方で、「世界のインパクトの高い論文の生産への貢献度」(「分数カウント法」)では、イギリスは20年間で下降基調であり、ドイツは1990年以降シェアを緩やかに上昇させているにとどまっている。このため、「世界のインパクトの高い論文への関与度」ほど差は大きくないものの、日本がイギリス、ドイツに差を付けられていることに変わりはない。また、中国は1990年代からトップ10%論文数を大幅に伸ばしてきており、現在、いずれのカウント法でも、イギリス、ドイツと日本との差より、日本と中国との差のほうが小さくなっている(図表4)。

○ 同報告によれば、全論文の中に占める国内のみの論文と、海外との共著論文を比較した場合、イギリス、ドイツ、フランスといった欧州諸国は国際共著率が高い(図表5)。また、いずれの国においても、国内のみの論文に比べて海外との共著論文の方が、トップ10%論文の割合が高く、海外との共著論文の方が、国内のみの論文よりも引用される頻度が高いことが示されている。また、一論文当たりの被引用回数についても、国内のみの論文に比べて海外との共著論文の方が多い。
 日本の場合も、米国、イギリス、ドイツなどと同様に、トップ10%論文の比率及び論文当たりの被引用数において、海外との共著論文の方が高い。しかしながら、日本は海外との共著論文の比率が低く、これがイギリスやドイツと比べて論文全体としての被引用回数が低い一つの理由であると捉えられている(図表6)。

○ これらのことから、研究分野によって状況は異なるものの、中国が頭角を現すとともに、学術研究の国際的な協調が進展していくにつれて、我が国の学術研究は、国際的な存在感という点で、他の主要国に比べて全体として低落傾向にあるのではないかと危惧されるものである。

(2)存在感低下の要因と懸念材料

[1]各国の研究開発投資の動向

○ 世界的な金融危機・経済不況を受けて、世界規模での価値観の変革が進行するとともに、環境や貧困、医療に関する世界的な課題の深刻化により、人類の将来に対する不透明感が漂っている。また、EUの拡大や、中国やインドを筆頭とする新興国の台頭により、多極化する国際情勢を迎えている。
 こうした中で、世界各国が、新たな時代における発展の方向性を模索し、アメリカでは基礎研究予算を2016年までに倍増するとの方針が示されるなど、研究・開発を基盤としたイノベーションを政策的に推進する様々な取組が、急速に広がっている。

○ 各国の研究開発投資は増加傾向で推移している一方で、我が国の研究開発投資も増加傾向にあるものの、その伸びは、急激に増加しているアメリカや中国に及ばない状況にある(図表7)。このような状況にある中で、我が国の政府の研究開発費の負担割合は諸外国よりも低くなっている(図表8)。大学等の研究開発費について、物価を考慮した実質額(2000年基準各国通貨)の年平均成長率を見ると、1990年代より2000年代の方が低くなっている国は、日本、フランス、韓国であり、2000年代の成長率の方が高い国は、アメリカ、ドイツ、イギリス、中国である。特に、中国の成長率の高さが群を抜いている(図表9)。

[2]学術研究基盤の脆弱化

○ 各国が研究開発投資を増加する中、我が国においては、平成7年に「科学技術基本法」が制定され、平成8年より5カ年計画の「科学技術基本計画」に基づき科学技術の振興に係る施策が総合的かつ計画的に実施されてきた。これにより、競争的資金や政策課題に対応したプロジェクト型の研究資金が増加する一方で、政府の行財政改革の方針に基づいて、学術研究を支える最も重要な基盤的経費は減少傾向にある(図表10~16)。

○ 大学等における日常的な教育研究活動や研究者養成を支える教育研究環境を充実するとともに、優れた研究者に対する研究助成の拡充を図ることは、学術研究の基盤的なシステムを支える重要な取組である。このため、我が国においては、大学等に対する基盤的経費の充実と科学研究費補助金による個人への研究費助成の拡充を図ることによって、研究施設・設備、研究支援体制等の学術研究インフラの維持・向上や学術研究の支援の充実に努めてきたところである。

○ しかしながら、大学等の基盤的経費が削減されたことにより、大学等の研究施設・設備の維持や改修、運転経費に十分な費用を確保できない状況にあることが関係者から指摘されているところであり、その改善が課題となっている。

○ 例えば、国立大学等の研究施設の中には経年25年以上の老朽施設が約1,509万m2(保有面積の約58%)存在し、平成21年度末における老朽施設の改善需要は約650万m2(保有面積の約25%)になることが見込まれている(図表17)。また、私立大学の研究施設においても、経年25年以上の老朽施設が約1,756万m2(保有面積の約42%)存在している(図表18)。
  大学等の設置者は、学生や教職員の安全と衛生を十分に保障する責任を全うしなければならないが、これらの施設は、安全面から問題のある施設、例えば、耐震性が不足した施設や構造劣化した施設、法定耐用年数を超えた受変電設備やガス等の屋外配管などの基幹設備が多く存在する。また、機能面からの問題として、例えば、実験上求められる室内環境の不備や電力や給排水など基盤的供給設備の不備・容量不足等により、実験への支障を来している事例が報告されている。

○ また、大学図書館においては、電子ジャーナルに係る経費が膨らむ一方で、紙媒体である図書・雑誌等に係る経費を含めた図書館資料費はほぼ横ばい、図書館運営費は減少傾向にある(図表19、20)。大学図書館は大学における教育研究全般を支える重要な学術情報基盤であり、大学にとって不可欠な機能を有する大学の中核を成す施設である。各大学においては、経費の全学共通経費化や競争的資金の間接経費等も活用しながら大学図書館の整備を行っているのが現状である。

○ 総務省の平成21年科学技術研究調査結果によると、大学部門における内部使用研究費のうち6割以上は人件費であり、このような固定経費を年度毎に大幅に減少させることは困難である。その一方で、近年、原材料費は減少傾向で推移していることから、研究に必要な原材料を減らしていかざるを得ない研究者の厳しい状況が推察される(図表21)。

[3]研究支援体制の脆弱化

○ 平成21年科学技術研究調査結果によると、我が国の研究者一人当たりの研究支援者数は0.27人となっており、イギリス0.90人、ドイツ0.74人、フランス0.72人に比べ、低水準となっている(図表22)。特に大学等においては、我が国の他の組織に比べても低水準である(図表23)。しかしながら、長年指摘されている脆弱な研究支援体制の改善は一向に図られていない。競争的資金の獲得により、研究支援者の配置も可能になってはいるものの、そもそも競争的資金は期間を区切られていることから、研究支援者の雇用も任期を付さざるを得ず、研究支援のノウハウが蓄積されていかないとの指摘がある。

○ さらに、大学等にはその運営や教育研究活動についての厳格な評価が求められているものの、大学等として評価に対応するための体制を構築するのに研究者が携わらざるを得ないのが現状であり、研究に専念できる時間を十分に確保できないなどの課題が指摘されている(図表24、25)。

[4]科学研究費補助金の新規採択率の低迷

○ 本来、基盤的経費と競争的資金は性質の異なる資金であり、基盤的経費の削減した部分を競争的資金で充当するというような関係ではない。大学等において多様な学術研究を推進するためには、基盤的経費により教育研究環境が確実に整備されることが必要であり、その上でこそ、科学研究費補助金等の競争的資金が活かされ、研究活動が担保される。しかしながら、現実には、基盤的経費が削減され、大学等における研究の推進に当たって、科学研究費補助金等の競争的資金がより大きな役割を担うようになっている。

○ とりわけ、科学研究費補助金(以下「科研費」という。)は、我が国の学問や文化を支えてきた最も重要な研究費であるが、近年、応募が増え続ける一方で、その増額は十分なものではない(図表26)。

○ 科研費の新規採択率については、近年の状況を見ると、平成8年度までは20%台後半であったが、平成9年度以降は20%台前半でほぼ横ばいとなっており、新規採択率の低迷が問題となっている。(図表27)。

[5]大学等のマネジメントの難しさ

○ 他方、大学等への研究費(人件費を含む。)は、平成10年度から20年度の10年間にかけて増加傾向にある。法人化後運営費交付金の減少が続いている国立大学についても、各大学等の自己資金獲得に向けた努力により、収入はここ数年増加傾向にあり、本務教員数、内部使用研究費(人件費を除く。)、教員一人当たりの内部使用研究費(人件費を除く。)ともに、平成16年度と比較すると全体としては増加傾向にある。また、近年の基盤的経費の減少と競争的資金の拡大により、トップクラスの研究者に資金が集中し、大学間における研究条件の格差が拡大しているのではないかとの指摘がなされているが、国立大学についてみる限りでは、本務教員数や、内部使用研究費(人件費を除く。)、教員一人当たりの内部使用研究費(人件費を除く。)について平成16年度末と平成18年度末の状況を比較したところ、必ずしも多額の競争的資金を獲得している特定大学の伸びが特に高いわけではない(図表28~30)。このような状況において、研究資金不足、研究条件の格差拡大を訴えても、厳しい財政状況の中で国民の十分な理解が得られないのではないかと懸念されるところであり、国は、それぞれの大学等における研究経費の配分状況等について検証することが必要である。

○ 大学等は、教育研究活動の向上や社会貢献に係る様々なサービスを期待されており、常に経常費用の支出増加や研究者負担の増加に追い込まれる状況にある。現在、各大学等は、競争的な環境の中で切磋琢磨し、自らの選択に基づき、世界的な教育研究、幅広い職業人養成、総合的、国際的な教養教育、地域密着型、さらには生涯学習など、機能別に分化し、それぞれが特色を出していくことが求められているが、特に地域に根ざした大学等ほど、我が国の学術研究や人材養成の必要性から求められる機能に加えて、地域からの期待を受け止め、必要な役割を果たして行かなければならない。こうした中で、大学等の財政支出や研究者負担が増加する一方にある点にも、大学等の教育研究を支える基盤的なシステムが崩れている一因となっていると考えられる。大学等における研究費の使用状況の透明化を図るとともに、適切なマネジメント体制を整えていくことが求められる。

[6]学術研究職の魅力の減少

○ 我が国の学術研究が持続的に発展していくためには、国際的な水準で研究活動を展開できる優れた研究者を継続的に一定規模確保していくことが必要である。

○ 研究者として学術研究を担う者には、博士号の取得が望まれるが、博士号取得のためのコストは決して低いものではない。相対的に授業料が安価である国立大学の大学院の入学料の標準額であっても282,000円であり、法科大学院を除く授業料の標準額は年額535,800円となっている。したがって、5年間の課程を経て博士号取得者となるためには、少なくとも約300万円の入学料と授業料が求められ、これに加えて学修に必要な諸費用やその間の生活費が必要となる。学生の教育の機会均等に寄与するため、独立行政法人日本学生支援機構が大学院生の約4割に奨学金を貸与している(図表31)が、貸与制であるため、学生は卒業と同時に相当額の負債を負うことになる。博士課程(博士後期課程のことを指す。以下同じ)在籍中に受けた経済的支援(給付型のものを指し、返済義務のある奨学金等を含まない。)の状況についてみると、博士課程修了者のうち34%が全く支援を受けていない状況にある(図表32)。

○ 年間約16,000人に上る博士課程修了者(所定の単位を取得し、学位を取得せずに満期退学した者を含む。)の状況についてみると、約1万人が就職する中、約2,000人が大学教員、約2,500人が企業等の研究者となるなど自立と活躍の機会を獲得している者もいる。その一方で、就職者の中には、いわゆるポストドクターのように独立して研究できない任期つきの研究者として雇用されている者も少なからず含まれているとともに、進学も就職もしない者(死亡・不詳の者を含む。)が約5,000人となっている(図表33)。

○ さらに、各大学等では博士号修了者の増加に比してアカデミックポストにおける新規採用数が伸び悩み、大学教員になる道が狭くなっている(図表34)。

○ したがって、優秀な学生であっても、キャリアパスが不透明であることに対する不安や、安定的な研究職を得るまでの期間の長さ、大学院へ進学する上での経済的問題等により、大学等での研究に進むことを躊躇する傾向が生じており、修士課程に入学する者の数は全体的に増加傾向にあるものの(図表35[1])、博士課程に入学する者の数は多くの分野において減少傾向にある(図表35[2])。

(3)学術研究に対する国民の関心・理解

○ かつてのように学問が貴族や一部の特権的な人々によって支援された時代とは異なり、現代では、大学等における学術研究は公財政支出によって支えられており、また研究成果と社会生活との関係も極めて密接となっている。学術は、新たな価値を創造し、経済・社会の原動力となり、我が国の国際競争力や文化力を高めるものであるし、幅広い分野にわたる学問を継続して維持・発展させ、人類全体の英知を生み出す基礎研究に貢献することは、先進国たる我が国が果たすべき国際的な責務でもあるが、そのために必要な財政支援を確保するためには、国民の理解と支持を得ることが基本となる。

○ しかしながら、国民の学術に対する信頼や学術研究の振興についての理解が十分得られているとは言いがたい状況にある。平成22年度概算要求に関する事業仕分け評価においては、学術研究の振興に必要不可欠な施策についても縮減、あるいは見直しが必要との評価がなされた。これに対し、ノーベル賞受賞者等をはじめ多くの研究者から批判的な意見が表明されたが、こうした状況を、厳しい経済状況にある国民の目線に立っていないのではないかと冷ややかに受け止める意見があったこともまた事実である。

○ また、OECDが高校1年段階の生徒を対象に行った調査によれば、我が国は「科学を学ぶことの楽しさ」、「科学的な課題に対応できる自信」、「科学に関わる活動の程度」等に加えて、「科学の身近さ・有用さ」についての意識もOECD平均を大きく下回っているが、これは、社会全体の科学に対する認識を反映しているものと考えられる(図表36)。

○ 学術研究にかかわる者は、こうした事実を真摯に受け止めて、学術研究の意義やその振興の必要性について明らかにしていくことが求められている。

4.学術研究の振興の方向性-世界の知を先導し、人類の持続的発展に貢献する国へ-

○ 我が国が今後とも持続的に発展し、国際社会から信頼と尊敬を得られる国であるためには、人類の知的資産の創出において先導的な役割を果たし、イノベーティブな世界貢献を継続していかなければならない。

○ 中国のように我が国よりも圧倒的に人口の多い国が研究活動を活発化していく中で、論文の生産量のように量的な面でこれに対抗することは困難である。我が国の学術研究が、今後、国際的な存在感を保ちながら発展していくためには、世界レベルの研究成果を持続的に発信できる学術研究拠点を形成する取組が不可欠となっている。

○ 各国は優秀な人材の獲得をめぐって国際的な競争を繰り広げており、こうした学術研究拠点の形成には、国内だけではなく、外国から優秀な研究者、学生を獲得することが必須の条件となっている。我が国においては、これまでの各研究者の取組、政府の支援を通じて、世界に誇る多くの優れた研究業績を上げるとともに、世界レベルの研究教育拠点を形成しつつあるが、国内外の優れた研究者や学生が日本の研究環境を魅力と感じるような環境の整備や支援体制の構築が求められる。

○ その前提として、我が国の学術研究の全体的な質を高めていくことが重要であり、我が国の学術研究の基盤的なシステムを維持・向上するための取組を進めていかなければならない。
 このため、我が国の各研究分野において中核的な拠点の役割を果たし、あるいは果たす可能性のある大学等や研究組織への重点的な支援のみならず、優れた研究者に対する助成の充実を図るとともに、各大学等の教育研究の基盤的な施設設備の維持・更新、共同利用・共同研究拠点や大学共同利用機関等の大規模な研究設備や研究資源の共同利用の推進、研究分野の中核的役割を担う学協会の機能を強化する等の取組を推進していくことが必要である。併せて、世界水準での研究活動を展開できる優れた研究者を多く育成していく必要がある。

○ さらに、我が国においては、ディシプリンの確立・深化にとどまらず、新しい研究の展開や、パラダイム転換を促すような知を創出する挑戦的な試みが十分ではない。このため、このような挑戦的な試みを支援するための、異分野融合型、学際領域型の研究への支援の在り方を十分に検討し、積極的に推進していく必要がある。

○ 特に、現代において、学問は、社会が抱える問題の解決に向けて指針を示すことが重要な使命となっているが、このような課題解決にあたっては、従来の学問分野の枠を超えた様々な分野の研究者の共同作業が必要である。異分野の専門家が集まって、討議を繰り返すことにより、新たな学問が構築され、学問が発展する契機となっていく。このような観点から、異分野融合型、学際領域型研究を支援し、推進する必要がある。

○ このような基本的な方針の下、[1]世界的に魅力のある学術研究拠点の形成、[2]学術研究の基盤的なシステムの維持・強化、[3]世界で活躍できる研究者の育成、[4]新たな学問の発展に向けた取組の充実、について検討を進めることが必要である。

○ また、これらの取組を進める前提として、学術研究に対する社会の信頼とその振興についての理解を得ることが基本となる。学術研究は、研究者の研究意欲と自由な発想に基づくものであることからその内容と水準は非常に多岐にわたるものであるが、国民の学術研究の振興に対する理解と支持を得ていくためには、国の財政支援の対象とするものは、人類社会の知の創造を先導したり、我が国の尊厳を高めたりすることにつながるような世界水準の研究や我が国の歴史的・社会的特性に根ざした独創性の高い優れた研究であることを明確にしていく必要がある。また、国の財政支援を受けて学術研究を行う者は、そのことを念頭において研究に取り組むことが必要である。

2部 学術研究の振興に向けた具体的方策

1.世界的に魅力のある学術研究拠点の形成

○ 科学技術政策研究所の調査によれば、自然科学分野について各分野での論文数のシェアとトップ10%論文数のシェアについて比較してみると、日本は化学、材料科学、物理学のウエートが高いものの、計算機・数学、環境・地球、基礎生物、臨床医学が低い状況にある(図表37)。国は、こうした状況に加えて、我が国の産業構造や社会制度にも留意しながら、世界を先導できる学術研究を支援する視点が必要である。
  さらに、人文学及び社会科学についても、新しい文明の基盤を構築する価値観の形成やグローバルな社会・経済的課題に対する国際的な枠組み・ルールづくりへ参画するとともに、我が国の社会・経済・政治・文化について国際社会の理解を高める観点から、海外の研究者との連携や海外への情報発信などの積極的な取組が求められており、世界レベルの研究活動を支援する視点が必要となっている。

○ また、科学技術政策研究所の報告によれば、我が国では自然科学系の国際的な査読付きジャーナルに掲載される論文を生産する大学は全体の4割ほどであり、かつ一定程度の論文数を生産する大学が、少数の大学に限られている(図表38)。

○ 2005年から2007年までの間の論文数のシェアで、日本とイギリスの大学をグループ分けしたところ、我が国ではシェアが5%以上である第1グループが4大学、シェアが1~5%である第2グループが13大学、シェアが0.5%~1%である第3グループが27大学、0.05%~0.5%である第4グループが135大学となっており、一方、イギリスでは第1グループが同じ4大学であるのに対し、第2グループは我が国の倍の27大学、第3グループが16大学、第4グループが48大学となっており、イギリスは日本よりも研究者の層が厚く、グループ間を移動する大学の数が多い傾向にある(図表39)。すなわち、イギリスでは約30の大学が中心となって高いレベルにある研究成果を発信し、国際的な存在感を発揮する構造となっている。

○ 「教育振興基本計画」においては、「平成23年度までに、世界最高水準の卓越した教育研究拠点の形成を目指し150拠点程度を重点的に支援する」とされている。我が国では、論文数シェアとしてはあまり大きくないにもかかわらず、研究者1人当たり論文数の多い大学が存在していることも踏まえて、我が国においても、一部の限られた大学だけではなく、全体で50~100程度の総合大学や特定分野に特色を持つ大学等において、多様な分野で国際的に見て高いレベルにある研究成果を発信する研究集団が育成されるようなシステムを構築することが必要である。さらに、我が国独自の学問分野について優れた研究を行っている研究機関・組織への支援も充実することで、総体的な研究の層の厚みと幅を形成することが必要である。さらに、学協会が中心となって我が国の優れた研究成果を世界に発信し、学術研究における国際的存在感を高めていくことが必要である。

○ 平成20年に我が国から4人のノーベル賞受賞者が生まれたが、そのうち2人の受賞者は、当時の貧しい我が国の研究環境に満足できず、研究の場をアメリカに求め、研究活動を続けている。我が国において国際的に魅力ある学術研究拠点が形成されることで、国内外の研究者が我が国に集って研究活動を行い、日本人のみならず外国人からも次々と優れた研究成果が生まれるような日が来ることが期待される。

【考えられる具体的方策の例】 

 例えば、以下について検討してはどうか。

[1]世界的に魅力ある学術研究拠点の形成に必要な研究支援体制の整備

○ 国は、各分野の中核として活動している、あるいは中核的な役割を果たし得る大学等の研究拠点や、世界的に見て独創性が高く優れた研究活動を展開する特色のある研究組織を対象として、研究資金の提供のみならず、必要な研究体制を整備するための支援を講じる。

○ 具体的には、ポストドクター等の高度専門人材を活用し、リサーチアドミニストレータやサイエンステクニシャンなどの高度な研究支援体制を擁する研究マネジメント体制の整備のために必要な支援を行う。
 また、国や大学等は、プロジェクト研究の遂行に不可欠な研究支援者を確保するため、研究を担う大学院生(博士課程(後期))によるリサーチアシスタント(RA)の充実を図る。RAは、大学等との契約に基づく労働の対価として報酬を受け取ることとし、必要に応じて研究内容等に関する守秘義務を課すことで、共同研究についても知的財産の取扱いに配慮できる研究支援スタッフとして実質的に機能するようにする。
 さらに、これらの機関への学生・研究者の受入を促進するため、必要な環境の整備や、国際業務や留学生業務を担当できる事務体制の構築を支援する。

[2]研究者コミュニティの意向を踏まえた大型研究の推進

○ 国は、研究者コミュニティの意向を踏まえ、世界の科学を先導する大型研究を積極的に支援し、我が国の学術研究の水準の向上及び国際的な魅力を高めるための取組を推進する。その際、諸外国の研究機関や国際機関等と連携して進めることについて検討する。

[3]我が国の学術研究の魅力の発信

○ 国は、学協会の積極的な国際発信の取組や国際学会の開催などの取組を支援する。

2.学術研究の基盤的システムの維持・強化に向けた支援の充実

○ 学術研究への投資効果を上げるためには、世界レベルの研究を主要なミッションとする大規模な大学等の優れた研究プロジェクトへ重点的かつ戦略的に支援することが効率的であるとの考え方がある。そのような振興策は短期的に目に見える形での成果を上げるのには適していても、我が国の学術研究の持続的な発展には必ずしもつながらない。世界的な学術研究拠点の形成を目指していく上でも、多様な基礎研究を幅広く支援し、我が国において重厚な知の蓄積を進めていくことが前提となる。

○ 基礎研究は主として大学部門が担っており(図表40)、大学部門は政府の財政負担によるところが大きい。各国の研究開発投資に占める政府の負担割合を見ると、我が国は諸外国に比して低く(図表8)、また、基礎研究への投資割合もまた諸外国に比して低い(図表41)。我が国の高等教育への投資は対GDP比でOECD諸国中最低の地位に止まってきたが、我が国の基礎研究の充実を図るため、政府が積極的に大学等に投資を行っていく必要がある。

○ その際、研究投資や研究自体の効率性ばかりを追求するのではなく、資源配分の衡平性や、研究者の価値観の多様性という考え方を復権し、意欲のある研究者に多様な研究の機会が与えられることの意義にも配慮して、より多くの大学等における優れた研究者の研究活動が高度化・活性化される必要がある。

○ このような観点から、大学等への公的投資を充実させて、大学等の教育研究活動の活性化を支える基盤の確実な整備を図るとともに、優れた研究者への助成支援を充実し、学術研究の全体的な水準の維持・向上を図るための根幹となる基盤的なシステムを確実に維持し、その機能の向上を図っていかなければならない。

【考えられる具体的方策の例】 

 例えば、以下について検討してはどうか。

[1]学術研究の基盤的なシステムを維持・強化するための財政支援

○ 国は、学術研究の主たる担い手である大学等の基盤強化を図るため、国立大学法人運営費交付金や国立大学法人等の施設整備費補助金、私学助成の基盤的経費の充実を図り、確実に措置する。さらに、厳しい財政状況の下、民間資金の一層の活用を図るため、大学等に対する寄附や共同研究等についての税制上の優遇措置の充実について検討する。

○ また、研究の多様性を確保しつつ、競争的な環境の中で学術研究の水準の向上を図るため、競争的資金のマルチファンディングの仕組みを構築する。その際、研究の性格を踏まえて類似の制度を整理する。また、世界の学術水準に伍する研究を支援しつつ、多様な機会を提供し、優れた研究成果を期待できる大学等や研究者を牽引し、研究者の層を一層厚くすることが可能となるようなシステムとなるよう、各制度の採択率や採択件数等の見直しを行う。

○ 特に、科学研究費補助金は、学術研究を支援する重要な資金であり、学術の多様性を確保し、大学等における優れた研究を支える不可欠のものである。このような科学研究費補助金の重要性を踏まえ、どの年齢層の研究者からの応募に対しても新規採択率30%を確保すること及び間接経費30%を確実に措置することの二つの条件を達成する。また、科学研究費補助金を有効に活用していくために、指定機関制度や応募資格の在り方を検討する必要がある。

○ さらに、研究者が競争的資金による研究により専念できるようにするために、大学等は、基盤的経費や当該競争的資金の間接経費を活用して、研究支援者のみならず、当該研究者に代わって教育業務を代行するスタッフを雇用したり、大学院生をティーチング・アシスタント(TA)として雇用したりすることを促進する。

[2]研究施設・設備の整備

○ 大学等は、大学(学部)、大学院における施設及び設備について、それぞれの「設置基準」に示されている最低の基準を守るよう、教育研究環境の整備に努める。

○ 大学等は、教育研究環境の維持・向上とともに、労働安全衛生法等において定める労働安全衛生の基準を守り、学生や教職員の安全の確保する観点から、大学等における施設・設備の計画的な整備を着実に実施する。国としても、重点的な整備が必要な施設を明確化した上で、具体的な整備目標も含めた計画を策定する。

[3]大学図書館の充実

○ 大学等は、大学図書館機能・役割の変化に対応するため、研究・教育・学習支援、情報発信、地域・社会連携等を充実させるとともに、その担い手である大学図書館職員について、専門性の向上に取り組む。特に、電子ジャーナル等の効率的な整備を図るために柔軟で持続性のある新たな契約形態やコンソーシアムによる契約の在り方等について検討する。

○ 国は、図書館設備の整備や貴重書等資料の電子化等の支援を行う。また、国立情報学研究所等と連携した大学等における機関リポジトリの構築等を促進することにより、オープンアクセスを推進する。

[4]共同利用・共同研究体制の推進

○ 国は、厳しい財政状況下において、大学院の規模や所在地にかかわらず、意欲ある優秀な研究者が研鑚の場を得られるよう、個々の大学等において最先端の装置や学術データ等の研究基盤を整備することが現実的に困難であることに配慮し、大学共同利用機関や共同利用・共同研究拠点に重点的な予算配分を行い、高度研究支援人材の配置を支援するとともに、研究設備や資料等の共同利用を促進するための取組を支援するなど研究基盤の効率的な整備を行い、学術研究の基盤強化を図る。

○ 国は、利用目的が終了した設備・機器などの移転・貸与を推進する各大学等の取組を支援する。

[5]研究評価・大学評価の改善

○ 研究費の獲得のために研究者が時間を費やすのは当然のことであるが、国やファンディング・エージェンシーは、競争的資金の獲得に伴う申請業務や獲得後の研究評価に係る業務等により、研究者に過度の負担がかかり、研究に専念する時間が減少することのないよう配慮する。各種の競争的資金に係る評価や調査については、当該研究に資するものとなるよう、その簡素化も含め効果的かつ効率的な在り方に改善する。

○ ピアレビュー等の審査・評価は、学術研究の質を高める上で重要な審査・評価システムであることから、十分な審査・評価体制を構築し、特定の研究者に過度の負担がかからないよう配慮する。また、各大学等においても、ピアレビューが学術研究に果たす役割を理解し、こうした審査・評価を努める研究者の処遇に配慮するように努める。

○ 国は、大学評価について、各大学等の評価に係る負担を軽減しつつ、競争的な環境の醸成や研究の多様性の確保を促進する機能を発揮するよう検討する。その際、研究評価については、科学技術政策研究所の有する分野別論文量、被引用数、トップ10%論文数等の定量的情報を活用することについて検討する。

[6]学協会の機能の強化

○ 学協会は、研究者による研究成果の発表や評価、研究者間あるいは国内外の関係団体との連携の場として重要な役割を担っており、その機能強化に向けた取組を進める。また、学協会は、社会と研究者との間の橋渡しを担うために、研究者の活動等により得られた知見や成果を広く社会に還元するためのコミュニケーション活動や、それを担う人材養成等を進める。

[7]各大学の財務マネジメントの強化

○ 大学は、大学全体の経営状態とともに各研究科や研究室の状態を把握する。大学内での研究経費の配分の実態を把握し、各種統計上の数値も踏まえつつ、厳しい財政状況の下でマネジメントを確立する。

○ その際、大学内での研究経費の配分については、研究分野の特性や研究者の教育研究活動の実績、競争的資金等の外部資金の獲得状況等を考慮するよう、配分システムの改善を図る。特に、チーム単位で研究を行う実験系と個人単位で研究を行う非実験系は、研究手法が大きく異なることに留意し、研究手法の相違を踏まえた研究経費の措置や研究基盤の整備等が可能となるようにする。

3.世界で活躍できる研究者の育成

○ 平成21年科学技術研究調査報告によれば、平成20年度末現在の我が国の研究者数は約84万人であり、大学等の研究者(本務者)の数は約28万人となっており、大学等の研究者数の割合は全体の3割程度である。そのうち約3分の2に当たる約18万人が教員である。我が国の学術研究が世界と伍していくためには、少なくともこの教員数に相当する規模の研究者が世界で活躍できる研究者であることが望ましい。

○ 世界で活躍できる研究者には、[1]創造力が豊かであること、[2]好奇心が旺盛であること、[3]自分の考えを実現するための理論的、あるいは実験的実力を持っていること、[4]研究成果が社会にどのような影響を持つのかについての認識を有していること、そして、[5]国際的にコミュニケーションを図ることができること、などが求められる。我が国の若年層人口は今後急激に減少することが予想されるが、このような資質を持った優秀な研究者を男女ともに毎年一定規模(例えば、研究者が第一線で活躍できる期間を20年と考えた場合には毎年1万人)育成することが必要である。

○ しかしながら、天然資源に乏しい我が国が、今後持続的に発展していくとともに、人類社会に積極的に貢献するために国家に必須の人材の確保は、経済的なリスクを負いつつも、自らの研究意欲に基づいて、学修に取り組む大学院生一人ひとりの熱意に大きく依存している。優秀な学生が学術研究者となることを選択するインセンティブを確保するため、国としてこのような大学院生に対する積極的な支援に取り組むとともに、各大学における大学院教育の充実が求められる。

○ また、米国では、優秀な生徒・学生が次の学校段階の学習内容を学ぶことができ、進学後にその履修が単位認定されるAPプログラム(Advance Placement Program)が広く実施されている。若年層人口が減少していくにもかかわらず、継続的に一定規模の優秀な人材を育成していくためには、これまで以上に質の高い教育が求められる。初等中等教育から大学院教育にいたるまで、発達段階に応じ、切れ目なく才能を伸ばせる体系的な人材育成施策が求められる。

○ さらに、経済的に不安定な立場に置かれながらも、自らの研究意欲に基づいて研究業務に従事するポストドクターは、我が国の現在の学術研究を支えるとともに、将来の我が国の学術研究を担う存在である。我が国におけるポストドクターは16,000人を超え、その半数近くが競争的資金により雇用されている状況にある(図表42)が、自立した研究者を目指すポストドクターのほか、研究補助的な業務を主とするポストドクターも存在しており、その活動実態は多様化している。博士課程修了直後にポストドクターとなった者については、時間の経過とともに、大学教員をはじめポストドクター以外の研究開発関連職にキャリアアップしている(図表43)。一方、修了後5年経過した時点においても依然として一定の者がポストドクターに留まっていたり、非常勤や任期付きといった不安定な状況に置かれたりしている。いずれ自らの研究成果を世界に発信し、その学術的な価値を問うことのできるよう、日々の研鑽を積んでいるポストドクターの処遇の改善が図られるとともに、より早期に研究者としての自立の機会が与えられることが望ましい。

○ また、研究における国際協調が進展している状況にあるにもかかわらず、我が国においては、博士課程修了直後に海外へ移動する者は少なく、若手研究者の活動が国内に限られがちであるとの指摘がある(図表44)。博士課程在籍中に国外機関での研究経験を有する者は、修了直後に国外に移動する比率が高いことも考慮し、我が国の学術研究を国際的に通用する水準に保つためにも、大学院生も含め若手研究者の国際的な活躍を促進する環境の整備を行う必要がある。

○ ただし、すべての大学院生やポストドクターが、我が国の将来の学術研究を担うのに十分な資質を備えているわけではない。自らの研究意欲に基づいて、学修に取り組もうとする学生を後押しするためには、こうした人材が、自らの専門性を生かして活躍できる機会を得られるよう支援するためのセーフティ・ネットが用意されることが重要である。代表的な若手研究者である博士号取得者には、知的基盤社会を牽引するリーダーとして、アカデミアの研究者としてだけでなく、企業等の研究者や民間企業・非営利法人等の職員などを含めた様々な世界で活躍することが期待されている。
 また、特に、近年、研究はチームで行うものが多くなっており、チームの一員である研究支援者は学術研究の重要な担い手となっている。このような専門職が、若手研究者のキャリアパスの一つであることを認識しておく必要がある。

【考えられる具体的方策の例】 

 例えば、以下について検討してはどうか。

[1]初等中等教育段階の取組

○ 国や地方公共団体は、大学と科学館や博物館・美術館などの連携による児童生徒への科学教育等の充実や、サイエンスカフェの実施、地域や学校にある「科学クラブ」の支援など、広く子どもが科学に親しむことができるような取組を推進する。併せて、国は、国際科学オリンピックへの支援、スーパーサイエンスハイスクールの拡充などにより、優れた才能を早期に発見し、伸ばす取組を推進する。

[2]大学の学部・大学院に関する取組

○ 国は、設置基準、設置認可審査、認証評価の3つの要素からなる大学の公的な質保証システムについての課題を整理し、その制度・運用についての改善について検討する。

○ 大学院は、修士課程・博士課程の各課程の目的や目標を明確にし、それに応じた質の高い学生を確保するための入試の改善を検討する。その際、大学院に入学する学生の質の低下を防ぐため、各課程の目的や目標を達成するのにふさわしい資質を持った学生を入学させるよう、適切な定員数についても併せて検討する。

○ 国は、修士課程・博士課程の大学院生に対する経済的支援について、各制度の目的・趣旨の違いを踏まえた充実を図る。フェローシップは優れた若手研究者が研究に専念する機会を与えることを目的とするものであるのに対し、ティーチング・アシスタントやリサーチ・アシスタントは、教員の教育研究の支援に対する報酬であるなど、各制度の目的の違いを明確にした上で制度設計を行い、それらの整合を図りながら支援を行う。

○ 大学等は、学術研究の担い手となる世界レベルの学術研究者を育成するため、いわゆるダブル・ディグリーをはじめ国際的な共同教育プログラムを通じて組織的・継続的な教育連携を強化し、魅力的な教育プログラムを構築する。また、交換留学や短期交流の促進する方策についても併せて検討する。

○ 大学等は、必要に応じて、専攻の枠を超えた研究科内での連携はもとより、異分野である他の研究科や大学等との連携を図ることにより、広い視野を持った研究者を育成できるよう、大学院教育の充実を図る。
 その際、研究者にとって自己が依って立つ研究分野のディシプリンの習得が必須であることに注意して、これらの取組を進める。

[3]若手研究者、ポストドクター等への支援

○ ポストドクターのアカデミックポストを確保するため、大学等は、再任用制度の導入をはじめ高齢研究者の人事の在り方を見直すとともに、テニュア・トラック制度の効果的な活用や教育に専従するポジションの導入等を検討し、国はそのような取組を支援する。

○ 国は、ポストドクターが、自ら研究費を獲得し自立した研究者となるよう支援する。なお、プロジェクト雇用型のポストドクターについては、基本的には当該研究プロジェクトの長に雇用されてその研究を支援するものであり、自ら自立して研究を行う立場にないことから、各種競争的資金におけるポストドクターに対する応募資格の付与については、エフォート管理等の観点も含め、各制度の趣旨に応じて慎重な取扱いをする。

○ 国は、優秀な学生の博士課程への進学を促進するため、企業に対して大学院生やポストドクターに求める研究能力を明確に示すことを促す。また、大学等と企業が協力して、博士号取得者の活躍の場としてノンアカデミアも含めた多様な場を見据えて博士号取得後のキャリアパスを明確に示すとともに、アカデミアとノンアカデミア間の異動の柔軟化、双方向化を図る取組を支援する。

○ 国は、自らの研究課題の遂行や具体的な国際共同研究に従事するなど目的意識の明確な若手研究者等の海外渡航を積極的に支援する。

[4]女性研究者等への支援

○ 国は、大学等における女性研究者等が働きやすい環境整備を支援する。

○ 大学等は、女性研究者の活躍促進に当たって、研究と出産・育児等を両立できる環境の整備や女性研究者の採用促進はもとより、女性研究者の支援に係る数値目標の設定など具体的な計画を示し、一層の取組に努める。

○ さらに、大学等は、障害のある研究者が働きやすい環境を整備するため、施設のバリアフリー対策を進める。

4.社会問題の解決や新分野の創出など新たな学問の発展に向けた取組の充実

○ 元来、学問は、専門化し、細分化していく傾向を有している。しかしながら、学問の発展には、専門分野のディシプリンの構築や深化だけではなく、分野を横断するアプローチを用いて新たな知を創出するといった、新たな展開が必要である。
 例えば、かつてゲーム理論は数学の応用分野として発展したが、経済学の分野で盛んに研究されるようになり、次第に、社会の対立と協調、淘汰と進化などの現象を解明できる方法論と考えられたことにより、政治学や法学、歴史学、生物学、生態学にも応用されるなどの広がりを見せ、学問の展開に大きな貢献をしている。
 このように、新たな学問の発展は、純粋な知的好奇心や、社会や人類の抱える課題を解決しようとする使命感を持った研究者が、異分野の研究者との連携や共同研究など、新たな知との接触を試みることを通じて生まれるものである。

○ アメリカでは、民間の財団が、分野横断的なアプローチから得られる展望に理解を示し、異分野への知見の応用・移転を奨励する研究助成を行ったり、国防省の高等研究計画局(DARPA)が、課題を提示して解決のためのアイデアを募ったりする仕組みが存在する。これらの取組によって、興味深いテーマがあれば、方法論の違う研究者が集まって議論をし、今までにない新しい知が生み出されている。

○ 従来より、我が国は、世界を先導する知を創出する観点から、大学共同利用機関や共同利用・共同研究拠点等における共同利用・共同研究の支援や、科学研究費補助金などの取組を通じて、新しい学問や研究領域の創出に向けた取組を進めてきたところである。しかしながら、異分野融合型の研究や、学際領域型の分野横断的なアプローチを進める研究をどのように支援し、学問の発展につなげていくかについて、必ずしも十分にその考え方や仕組みが確立されていない。

○ 学術の振興に当たっては、このような異分野融合型や学際領域型といった、研究者の新しい知の創出に向けた積極的な取組を支えていくことも重要である。我が国が世界の知を先導するためにも、改めて、この新しい知を創出するための仕組みを構築していくことが必要である。

【考えられる具体的方策の例】 

 例えば、以下について検討してはどうか。

○ 国や独立行政法人は、社会的課題の解決や学問的発展を促進する異分野融合型、学際型の研究に対して、研究資金の提供や、研究機会の提供などにより、積極的に推進することに努める。また、研究テーマの設定や公募方法、助成規模の考え方や審査基準・審査体制の在り方など、適切な支援方法について検討する。

○ 共同利用・共同研究拠点、大学共同利用機関は、それぞれの機関の目的や特色に応じて、異分野融合や学際型の研究を推進する。

5.学術振興政策の明確な位置づけと学術に対する国民の信頼と支持の獲得

○ 学術は、人文学、社会科学とともに、基礎・応用を含む自然科学をすべて包含しているのであり、人類は、学術の探求と継承を通して、新しい知を生み出し、それに基づく応用・技術を通じて、今日の社会と文明を築いた。すなわち、学術の振興抜きにして、科学技術や教育の発展も振興もあり得ない。逆に、学術の意義が国民に理解され、学術の世界に飛び込む優秀な若者が継続的に一定の規模で育まれる教育がなされなければ、学術の持続的な発展はあり得ない。

○ 今後我が国が、科学技術創造立国、あるいは教育立国を国是とし、我が国のみならず世界の将来を見据えて、国際性豊かで独創性に満ちた文化国家として世界に貢献していくためには、今こそ学術の意義を再確認し、その振興を図るという視点を中心に据えた上で、文教科学政策を進めていかなければならない。

○ 学術政策の推進に当たっては、学術研究に対する国民各層の信頼と支持が得られることが基本である。したがって、研究者は、自分の研究や研究の成果を社会に対して説明をしていかなければならない。また、大学等は、学術全体の中で自らの立ち位置をどのように定めるのか、そしてどのように社会とのかかわりを求めていくのかを提案していくために、根本から議論するとともに、学術研究の意義やそれぞれの研究内容について分かりやすい言葉で説明しつつ、積極的に社会へ発信していくことが求められている。

【考えられる具体的方策の例】

 例えば、以下の方策を検討してはどうか。

[1]学術政策の明確な位置づけ

○ 国は、科学技術基本計画や教育振興基本計画の策定やそれらに基づく取組の推進に当たって、学術の意義を踏まえる。

○ これから少子化の進展により人口が減少して研究の担い手が減っていく中で、我が国において今後とも現在の規模ですべての学問領域を維持していくことができるのか、研究者コミュニティの自主的・自律的な議論を促進していくため、国は、日本学術会議や独立行政法人日本学術振興会のように、卓越した研究者の知見を取り入れながら運営を行っている独立機関が、国内外の研究動向を踏まえつつ、学術全体の方向性を示すような機能を果たすべく、必要な組織・体制を整備し、活動を行うことについて検討する。

[2]学術と社会の対話の促進

○ 学術研究に対する国民の理解を高め、社会全体で学術の振興を図るため、大学や研究者は、組織的、自発的にできる限り多く機会をとらえて国民・社会とのコミュニケーションを推進し、研究活動やその成果に対する理解を得るよう努める。

○ 国は、博物館や美術館、科学館等による学術研究成果の国民への発信に向けた取組を積極的に支援するとともに、これらの機関や、産業界、大学、研究者等との連携を促進する。

お問合せ先

研究振興局振興企画課