資料1 学術情報流通・発信に関するこれまでの議論の整理(案)

学術情報流通・発信に関するこれまでの議論の整理(案)

平成23年 月 日
科学技術・学術審議会学術分科会
研究環境基盤部会 学術情報基盤作業部会

1.学術情報流通・発信と国際化の進展

a. 背景(状況の変化)

○ 学術情報基盤は、研究者間における研究資源及び研究成果の共有、研究活動の効率的展開、さらには社会に対する研究成果の発信、普及にとって不可欠なものであり、加えて、それらの研究成果を活用する大学、大学院における学生の学習活動とそのための教育活動にとっても不可欠なものとして、研究成果の次世代への継承等に資するものである。

○ この学術情報基盤のあり方を考えるには、近年発達が著しいコンピュータ、ネットワーク技術の発展と学術情報の急激な電子化の進展を背景として、その役割と形態を大幅に変化させつつある大学図書館の展開だけなく、学協会などの団体、非営利の出版事業者、商業出版社、さらにその他の仲介業者が関与してきた学術情報流通・発信を巡る状況が大きく変化しつつあることを念頭におく必要がある。

○ 学術情報流通・発信に関する最近の議論としては、大学における機関リポジトリの整備をはじめとする学術情報流通の新たな方向性としてのオープンアクセスの推進、および、これまでわが国の学術情報発信を主として担っていた学協会等が刊行するジャーナルの在り方に関する議論がある。

b. 日本の学術情報発信の強化(必要性と意義)

○ 日本の研究は、多くの分野で世界でもトップクラスの業績を上げてきている。それは日本人による学術論文数が世界の学術論文の約1割を占めるという調査結果からも明らかである。しかし、それら学術論文の多くが海外の出版社が刊行するジャーナルに掲載されたものであり、日本自らが学術情報を発信する場としてのジャーナルの整備に関しては十分な成果が挙げられてきたとはいえない。

○ 世界の中で日本の研究上の位置づけに見合った貢献を学術コミュニケーション(学術情報流通・発信)において実現するには、日本の学術コミュニティに基礎を置くジャーナルが必要である。それによって、世界の研究者にとっても、研究の多様性が確保されることになり、将来において科学が人類の福祉を促進する期待を増進させることとなる。

○ 日本の学協会を基盤とする国際的ジャーナルが刊行されることは、日本の学術・科学技術研究の展開を背景とする独自の研究分野、研究動向を発展させるという点で重要な意義がある。新しい分野を切り開くような日本発のオリジナルな研究成果が掲載され、それに続く研究成果が諸外国からも投稿されるようになるという形で、そのようなジャーナルは当該学術分野の発展の拠点を提供することになり得る。

c. 学問分野を問わない電子化の浸透と多様性への配慮

○ 研究成果を国際的に発表するジャーナルについては、自然科学系を中心にして、最近10年の間に、印刷、製本された紙の媒体を郵送等により頒布する形態から、電子ファイルをインターネットによって頒布する、いわゆる「電子ジャーナル」という形態に移行したといえる。人文学・社会科学系においても電子ジャーナルへの移行が本格化し、その傾向は加速されつつある。また、これに伴い、流通の担い手、販売の方法なども大きな変化が生じた。

○ また、人文学・社会科学系においては、研究対象や研究成果を共有すべきコミュニティが地域的、言語的に限定されることから、先端の研究を共有する手段が英文だけに限らない分野、地域性がある分野などもあり、さらに、工学系や医療看護系などの分野には同様の性格をもつ領域も存在することから、英文のジャーナルの国際的刊行だけに限らない配慮が必要である。

○ さらに、日本研究やアジア研究など、日本語で書かれている情報には、それ自体として高い価値があるにもかかわらず、他国と共有されていないため、国際的に評価されていないという問題もある。質の良い学術情報を当該分野で国際的に使用されている言語で発表できる機会を増やすことによって、そのような状況を打開するというような戦略的発想も必要である。

d. オープンアクセスへの取組

○ 我が国の学協会が基礎となって刊行される国際的なジャーナルの情報発信力を強化するためには、オープンアクセスという方式を理念として採用することは有意義である。オープンアクセスとは、利用者側が費用負担なしに、必要な資料を常時入手することを可能にすることである。ただし、このような方式が定常的に可能となるのは、ジャーナルが電子的な媒体によって提供されるときに限られることに留意する必要がある。

○ オープンアクセス方式を実現するモデルとしては、

(1) 学協会を基礎として刊行される多くのジャーナルで採用されている掲載料によって刊行費用の全額を賄い、購読側からの料金徴収を回避する方法、
(2) 既存の出版方式を維持した上で、著者の権利として自分の論文を機関リポジトリ等を使って提供する方法、
(3) 研究者コミュニティが篤志によってインターネット上にサーバを構築し、研究者各自がそこに自分の論文を寄稿する方法、
(4) 助成金、寄付金などを活用して出版に必要な経費を賄う方法、

が主要なものとして検討され、実際には、これらのモデルを微調整しつつ、組み合わせた方式が試みられている。これまでもっぱら購読収入によって収入を得ていたいわゆる商業出版者の中にも、その収入を掲載料から得るというビジネスモデルを含むものも出てきている。

○ 現時点では、オープンアクセスの実現によって、最大限の数の人々が世界の学術研究の成果を利用することができるようになることは一定の共通認識となっていると考えられるが、その実現の仕方についての共通理解は存在していない。我が国における学術情報発信・流通の振興を図るという観点からは、このような国際的な状況と認識とを前提として、オープンアクセスに関する新たな取組を支援することが重要である。

2.学協会等による学術情報流通・発信

a. 学協会の取組事例

○ 現状において、我が国には、海外出版社の事業展開に匹敵するジャーナル出版を行なうことができるような出版社は存在せず、また、多くの学協会は国際市場において、海外の出版社の展開に対応できていない。一方、電子化への対応の必要性等とも相まって、海外の出版社との様々な契約によりジャーナルを刊行する動きは以前よりも進んでいる。

○ 日本の学協会を基盤として行なわれる国際ジャーナル刊行事業で成功している考えられる事例を類型化すると、1 海外出版者との踏み込んだ連携を実現している場合と、2 学協会自体の対アジア戦略に位置づけて出版事業を構想している場合があげられる。

○ 例えば、1の場合については、 植物生理学会によるPlant & Cell Physiologyの刊行があげられる。海外大学出版局との間でさまざまなコミュニケーションを行い、定期的な戦略会議を行うなど、出版社をシンクタンク的な要素として活用していることが強みとなって、当該ジャーナルの国際的地位を上げることに成功した。また、日本経済学会が刊行するThe Japanese Economic Reviewは、1950 年に創刊され、社会科学系英文ジャーナルとしては長い伝統をもち、近年は海外商業出版者と提携することによって、その地位を維持している。このことから、学協会と著者・読者である研究者、サポートする出版者のすべてにとってWin-Winの関係が生じないとお互いに発展がないことが想定される。

○ 2の場合については、日本化学会、電子情報通信学会の取り組みが成果をあげている。日本化学会が中国を巻き込んで始めたChemistry-An Asian Journalは、エディターと投稿者が真剣に取り組むことにより、短期間でインパクトファクターの高いジャーナルとすることができている。日本、中国、韓国に代表されるアジア全体では、世界全体の学術論文のシェアにおいて3分の1を占めており、日本がどのように国際的な責任を果たしていくかという問題の認識に基づく取り組みである。また、国際学会を目指している電子情報通信学会のジャーナルには海外から多くの投稿があり、IEICE Electronics Expressでは日本の掲載論文数が2番目になるなど、既に国際化が進んでいる。また、バンコク、北京、上海、シンガポール、台北に学会の海外セクションを持っており、アジアに軸足を持って展開をしている。これらの活動は、研究だけでなく日本の産業の国際展開につながるものである。

○ このように、学協会自身による国際発信力の強化のためには、まず、学協会によるビジネスモデルの検討が重要である。その上で、学協会自身がどのようにジャーナルの刊行体制を構築するかが鍵となる。さらに、学協会等による学術情報流通・発信については、海外の学協会や商業出版者が刊行するジャーナルがきわめて優勢である現状において、我が国の学協会が刊行するジャーナルをどのように位置付けるかが重要であり、学協会毎に電子化・国際化の状況が異なるため、学協会の実態を踏まえた検討が求められる。

b. 人材の確保と学協会の自主的な活動による発展

○ 編集・出版等に係る人材の確保についても学協会等が取り組むべき重要な課題の一つである。海外では、エディトリアルボードの会議に当該分野で博士号を持ち研究にも精通した人を入れて一緒に議論・経験させることにより人材育成を図るような例もあるが、日本では、学協会全般として編集、制作業務、販売担当者の層が薄く人材は不十分である。このため、電子出版、電子出版ライセンシング、国際活動における渉外活動、あるいはPR活動、そしてそれらをコーディネートする人材の確保が求められる。この課題への対応としては、エディトリアルボードに外国人を入れたり、エディトリアルサービスやマーケティングにおいて海外出版者と連携するなどの方策が考えられる。

○ さらに、ジャーナルの電子化により、これまでの印刷出版の専門技術から、ジャーナル頒布のためのプラットフォーム、投稿受付や査読管理などを行うシステムへの対応などが必要となっている。実際、科学技術振興機構(JST)が運用するJ-STAGEをはじめとして、国内外に多様なプラットフォームが存在しており、各分野の国際標準の状況や利用者のニーズに十分配慮して、学協会自身が自らのビジネスモデルを考慮しつつ選択することが求められる。

○ また、関連領域との連携があっても、日本の学協会は、世界から見ると小規模の学協会が多く、単独機関によって努力や改革をし続けていく持続性には限界があると考えざるを得ない。技術力をとっても、急速に進むIT化に対応させていくのは、難しい状況にあり、また、情報力に関しても、学術出版に関する専門知識は学協会間で平準化されていないという問題がある。

○ したがって、学協会自身がジャーナルの刊行に際して実施している先進的・効果的な取組を、他の学協会に広めていくことが重要である。具体的には、スケールメリットを生かした合同出版体制の構築やパッケージ化によるバーゲニングパワーの創出、オープンアクセスプラットフォームの構築、専任編集長の雇用による質の向上、人文学・社会科学系のジャーナルの電子化など、学協会の自主性を尊重したリーディングジャーナルの育成と成果の他学協会への展開などに取り組むべきである。

○ このため、小規模から大規模学協会までの連携が重要であり、学協会が、強制されることなく自主性に基づいて活動できるように学術情報流通・発信の仕方に関して、全体のレベルを底上げするとともに、トップランナーを育成しつつ、その成果を学協会が共有することが必要である。その際、新たな研究領域や境界領域などの在り方を踏まえつつ学協会自らが協力体制を確立する必要がある。

○ 学協会等による学術情報流通・発信については、科学者間のコミュニケーションを支える次世代のメディアのあり方を見据えつつ、それをどのように研究に役立て教育に活かすかという視点が重要である。

3.科学技術振興機構(JST)及び国立情報学研究所(NII)事業の強化・拡充について

○ 学協会等による学術情報流通・発信の強化については、先ずは個別の学協会の自助努力や学協会間の取組が求められるが、我が国全体で学協会等による学術情報流通・発信を促進する方策として、JST及びNIIにおいて実施されている事業の強化・拡充、さらに学協会による取組との協調が求められる。

○ JSTでは、現在のJ-STAGEとJournal@rchiveを統合して、創刊号から最新号まで1つのサイトで検索・閲覧できる新たなJ-STAGEを準備中である。海外の商業出版誌と同様に世界標準のXMLベースで開発を進めており、互換性・流通性の向上を実現するとともに、国際的に使われている投稿審査システムの導入も予定されている。

○ JSTのJ-STAGEに載っていた優秀なジャーナルが海外の出版社のプラットフォームに移ることやその逆もあるなど、プラットフォームの選択には、ビジネスモデルとしての考え方等が背景にあると考えられる。学協会の考え方は自由であるが、J-STAGE等の国内の共通プラットフォームを利用することによって、日本の学協会のジャーナルを国内から発信していくことや投稿審査を国内で行う力を維持していくことは我が国においても重要である。

○ また、我が国の学協会の電子ジャーナル群、あるいは大学の機関リポジトリ、研究開発法人のデータベースなど、電子的な情報の所在を管理するためには、各論文やオブジェクトに識別子を付ける必要があり、世界標準のDOIという形式をそれぞれに付与し、所在のアドレスであるURLを確実に導く機能が日本の中に必要である。ジャパンリンクセンターという枠組みを構築し、その所在を管理する事業がJSTを中心に準備されている。

○ NIIの国際学術情報流通基盤整備事業(SPARC Japan)の展開としては、学協会が刊行するジャーナルの国際競争力を高めるためのパイロット事業に加えて、日本の環境に合ったオープンアクセスの検討と推進、セルフアーカイブによる研究者の成果の機関リポジトリへの蓄積への支援、研究者へのアドボカシー活動などが行われている。SPARC Japanの取組は、大学図書館や学協会等による情報共有の場としても重要であるため充実・強化が必要である。

○ NIIは、SPARC Japanの活動として、さらにオープンアクセスに関し、日本の窓口として大学図書館等と連絡を取りながら、SCOAP3やarXivとの国際連携を進めるための国内協力体制の構築に寄与している。また、SPARC Japanは、SPARC US、SPARC Europeとの間でオープンアクセスを中心とする情報交換とそれを支える国際活動を行ってきており、引き続き連携強化が重要である。

○ なお、主として日本語で書かれた論文や技術資料等の文献の情報発信については、NIIのCiNiiの機能強化が成果をあげており、学協会の発行する様々な雑誌、大学の機関リポジトリ、国立国会図書館の提供するデータベース、J-STAGEの情報等を収集・同定し、引用関係についての情報を提供している。さらに、論文の全文情報への到達を容易にし、さらに図書の書誌情報、著者情報なども共通に検索できるようにサービス連携やデータ連携を拡充することが必要である。

4.科研費 研究成果公開促進費(学術定期刊行物)の制度改善 について

○ 科学技術・学術審議会 学術分科会 研究費部会においては、科研費全般に係る制度改善に向けた検討が進められているが、とりわけ当該補助金の研究成果公開促進費(学術定期刊行物)については、学協会等からの国際発信力強化のための電子化・オープンアクセス化を踏まえ具体的かつ抜本的な改善方策の検討が必要である。また、定期的な刊行を助成の対象とすることの検討を含め、学術情報基盤作業部会においては、今後の研究費部会における検討に資するべく、鋭意検討を行うことにしている。

○ 研究成果公開促進費については、平成11年8月の「科学研究費補助金「研究成果公開促進費」の在り方について(報告)」においても、既に電子出版への対応について早急に検討する必要があるとされているところであり、応募対象経費の緩和(ジャーナルの刊行(編集及び出版等)に必要な経費の助成)等についても検討する必要がある。現段階においては、単なる電子化の先を見越した助成のあり方を検討すべきである。

○ 科研費 研究成果公開促進費(学術定期刊行物)については、研究者によるピアレビューを前提としつつ、制度改善を検討する具体的な観点として以下が考えられる。
・ジャーナルの刊行(編集及び出版等)方法の改善に必要な経費の助成
・ジャーナルの国際発信力強化のための取組内容の評価
・電子媒体主体の助成のあり方とその仕組(オープンアクセス誌) 

5.より長期的な課題

○ 以下の観点については、今後、さらに、オープンアクセスの将来展望及び大学・大学図書館等からの学術情報流通・発信の在り方の検討を踏まえつつ慎重に議論を重ねる必要がある。
・公的研究助成による研究成果の公表におけるオープンアクセスの活用
・過去から蓄積した学術情報の電子的な保存・提供

○ 公的研究助成による研究成果のオープンアクセスについては、まず、オープンアクセスが学術振興に資することを確認し、その方法について考えるアプローチが必要である。その上で、何らかのインセンティブないしは制度化についての検討が必要である。

○ 過去から蓄積した学術情報の電子的な保存・提供については、国立国会図書館の行った大規模デジタル化等の取組により、アーカイブ等についてアカデミックコミュニティと国立国会図書館との関連が深くなっていることにも留意することが必要である。

○ なお、電子化の進展により、現在のジャーナルがそのままの状態で維持されるかどうか分からない状況にもなってきており、学術論文自体がマルチメディア化し、ジャーナルの在り方が変化していくことを考慮した検討が必要である。また、機関リポジトリ等により、テクニカルレポート等のグレイリテラチャーや紀要が流通するようになると、学術論文やそれらを掲載するジャーナルの評価の仕方が変化する可能性があることについても配意することが重要である。

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