資料3 量子科学技術分野の研究開発計画(案)

第1章 未来社会を見据えた先端基盤技術の強化


1.大目標

 ICTを最大限に活用し、サイバー空間とフィジカル空間(現実世界)とを融合させた取組により、人々に豊かさをもたらす「超スマート社会」を未来社会の姿として共有し、その実現に向けた一連の取組を更に深化させつつ「Society 5.0」として強力に推進し、世界に先駆けて超スマート社会を実現していく。このため、国は、超スマート社会サービスプラットフォームの構築に必要となる基盤技術及び個別システムにおいて新たな価値創出のコアとなり現実世界で機能する基盤技術について強化を図る。

3.大目標達成のために必要な中目標(量子科学技術分野)
 内外の動向や我が国の強みを踏まえつつ、中長期的視野から、21世紀のあらゆる分野の科学技術の進展と我が国の競争力強化の根源となり得る量子科学技術の研究開発及び成果創出を推進する。
(1)中目標達成状況の評価のための指標
 ■アウトプット指標
  1:論文数
  2:若手の関連事業参画数
 ■アウトカム指標
  1:優れた研究成果の創出状況(論文被引用数 等)

(2)中目標達成のために重点的に推進すべき研究開発の取組
 第5期科学技術基本計画では、人々の豊かさをもたらす「超スマート社会」を世界に先駆けて実現するとしており、量子科学技術(光・量子技術)は、この中で、新たな価値創出のコアとなる強みを有する基盤技術の1つと位置づけられている。
 半導体やレーザーなど、量子論を応用した科学技術や光技術の進展により、これまでも産業や社会は大きく変革してきたが、近年の目覚ましい技術進展やサイエンスの深化に伴い、量子科学技術のフロンティアはさらに拡大しつつある。先端レーザーによる量子状態制御や、量子情報処理を可能とする物理素子の要素技術等が生み出されはじめ、サイエンスの進展のみならず、超スマート社会(Society5.0)実現に向けた社会課題の解決と産業応用を視野に入れた新しい技術体系が急速に発展する兆しがある。
 量子科学技術は、経済・社会の様々な課題が複雑化し、資本や競争優位が一瞬で動く中、高度な情報処理から、材料・ものづくり、医療まで広範な応用があり、非連続に課題を解決(Quantum leap)する大きな可能性が指摘され、かつ、我が国の産学官が培ってきた強みをベースに、簡単にコモディティ化できない知識集約度が高い技術体系であることから、Society 5.0 を実現し、我が国の競争力を強化するための根源・プラットフォームとなり得る。
 これらを背景として、官民研究開発投資の拡大に向けて平成30年度に創設することとされた官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM)において、光・量子技術を含む革新的フィジカル空間基盤技術が官民の研究開発投資ターゲット領域の1つに決定(※1)した。
 Society 5.0実現に向けた改革をまとめた未来投資戦略2017(本年6月閣議決定)においては、資本集約型経済から知識集約型経済に変化する中、知と人材の拠点である大学・国立研究開発法人を中核として、産業界も巻き込み、社会全体で優れた研究開発やベンチャーが自発的・連続的に創出されるイノベーション・ベンチャーのエコシステムを構築するため、我が国が強い分野への資源の集中を進めるとしている。
 これらを踏まえて、米欧中で量子科学技術に係る産学官の研究開発投資や産業応用の模索がこの数年で拡大する中、官民投資を拡大し、他国の追随に対し、簡単にコモディティ化できない知識集約度の高い技術体系を構築していくことが重要である。

(量子科学技術の推進にあたって考慮すべき点について)
1: わが国独自の視点やアイデア
 我が国の限られた資源と、欧米等の投資規模や研究者層の厚さを考えると、我が国独自の視点やアイデアを生み出し、伸ばすことが重要である。基礎研究や基礎理論における斬新なアイデアを重視し、それを国内で展開・実証しやすい環境にすることも、想像をはるかに超えた量子科学技術の進化に対応するための取組として重要である。
2: 突出した点と点を繋ぎ、若手を含めた多様なアイデアを基に新しい技術領域を拓くハイブリッド型の研究推進
 我が国は、物理や材料分野における基礎研究、半導体等のデバイス製造技術に強みがあるとともに、世界的に見ても枢要なアイデア・要素技術を生み出している。また、我が国は、いずれ世界の国々が直面することになる少子高齢化、資源・エネルギー問題などに真っ先に取り組まざるを得ない「課題先進国」の立場におかれている。課題先進国であることを逆に強みとして、世界に先駆けて課題を解決することができれば、新たな成長分野で一躍世界のトップに躍り出ることが期待される。さらに、絶え間ないイノベーションにより、成長と格差是正の両立する社会を世界に先駆けて目指し、国連の新しい開発目標であるSDGs(Sustainable DevelopmentGoals)(※2)の達成にも貢献することが期待される。量子科学技術は、我が国が有する突出した点と点をつないで競争力を生み出す組み合わせがほぼ無限にあり、若手を含めた多様な研究者の多様なアイデアを基に新しい技術領域・成長分野を拓くような、ハイブリッド型の研究推進による競争力強化が強く望まれる。また、研究推進に多様な研究者が参加できる体制の構築が重要である。

(重点的に推進すべき研究開発の取り組み)
1: ネットワーク型研究拠点を通じたSociety 5.0関連技術の横断的強化
 量子技術と光技術は密接な関係にあり、情報通信、ナノテクノロジー・材料、ライフサイエンス、環境・エネルギー等の重点的に推進すべき分野を横断する基盤技術である。大変革時代を先導し、新しい価値やサービスが次々と創出される「超スマート社会」を世界に先駆けて実現するための、新たな価値創出のコアとなる強みを有する基盤技術であり、革新的な計測技術、情報・エネルギー伝達技術、加工技術など、様々なコンポーネントの高度化によりシステムの差別化につながるものである。
 様々なコンポーネントの高度化によって、我が国の優位性を確保しつつ、国内外の経済・社会の多様なニーズに対応するためには、量子技術と光技術を更に糾合して推進する必要がある。理論、基礎物理、材料、物性、デバイス計測、分析化学及び生命科学などの異なる分野、基礎研究や実用化といった異なる技術段階の間での対話、融合及び流動を推進するため、ネットワーク型研究拠点により推進していくことが適切である。
 今後、「量子」のポテンシャルを最大限引き出し、解き放ち、今後の量子科学技術の進展を先導するとともに、将来にわたって国民・社会に広く裨益していくためには、以下の観点を踏まえたネットワーク型研究拠点を通じた研究開発を推進していくことにより、Society 5.0関連技術を横断的に強化していくことが重要である。

ア.トップダウン的なアプローチによる研究開発推進
 領域によっては、実験研究者、物性理論研究者や潜在的ユーザーと一緒になって、一定の目標を定め、課題に取り組むような、トップダウン的な開発アプローチも必要となる。このようなトップダウン的なアプローチが必要な領域としては、科学技術・経済・社会に与えるインパクトが相当程度期待されるとともに、中長期にわたるインパクトを見据えつつも、5~10年で国民の目に見える進展が期待される研究・技術領域を対象とすることが適切と考えられる。
 これを踏まえ、以下i)~iv)の研究・技術領域において、時間軸とともに研究・技術がどう進展して何が実現されうるのか等を示すロードマップを策定した。ネットワーク型研究拠点においては、これらの研究・技術領域の研究開発を、明確な研究開発目標等の設定及びきめ細かな進捗管理により行う、言わばフラッグシッププロジェクトを中核として推進しつつ、フラッグシッププロジェクトと連携し、相補的かつ様々な挑戦的課題に取り組むことで持続的にサイエンスエクセレンスの創出を図る基礎基盤研究を併せて取り組むことが重要である。これにより、フラッグシッププロジェクトで得られる知見が、基礎基盤研究に人材育成面も含め良い刺激や影響を与え、逆に、基礎基盤研究で得られる知見が、フラッグシッププロジェクトに好影響を与えたり必要に応じ反映されたりといった相乗効果が見込まれる。

1) 量子情報処理(主に量子シミュレータ、量子コンピュータ)
 量子力学的な効果を情報処理の単位とした計算や物質中の電子等の振る舞いを人工的な別の量子状態で模擬する技術。物性や化学反応を支配する電子状態の解明に基づく、超低消費電力デバイス等の開発や創薬への応用、量子コンピュータへの発展が期待される。物流・交通、ものづくり、エネルギー、健康長寿といった社会的課題の解決に貢献。

2) 量子計測・センシング
 電子等が有する量子状態を利用し、古典力学を基本とした従来技術を凌駕する精度・感度等を可能とする計測・センサ技術。自動走行やIoTはもとより、生命・医療、省エネ等の様々な分野でこれまでなかった情報と応用をもたらすと期待される。健康長寿、ものづくり、交通・物流、エネルギー、環境・災害対応といった社会的課題の解決に貢献。

3) 極短パルスレーザー
 これまで難しかった、電子が動く時間(アト(10-18)秒)スケールでの電子の動きの計測・制御を実現するパルスレーザー開発が進んでおり、光合成等の化学反応メカニズム解明、電子状態制御による高性能電子デバイス等の開発が期待される。健康長寿、ものづくり、エネルギーといった社会的課題の解決に貢献。

4) 次世代レーザー加工
 加工学理または機械学習からの予測を活用し、ワンストップで最終形状に仕上げが可能な高精度・低コストのCPS(サイバー・フィジカル・システム)型次世代レーザー加工技術。次世代レーザー加工機によりスマート生産体制が構築され、製造・流通の革新が期待される。ものづくり、交通・物流といった社会的課題の解決に貢献。

イ.量子科学技術を支える共通的な基盤技術の長期的視点に立った研究開発の推進
 光学・フォトニクス技術や加速器・計測技術等は、歴史的に、科学技術の最先端を切り拓き、「量子」研究を支えてきた。例えば、光周波数コムやレーザー冷却等の技術は、複数の研究・技術領域に共通する基盤技術であり、それらの進展に大きく貢献するとともに、広い分野に波及効果をもたらす可能性がある。Society 5.0関連技術を横断的に強化していくためには、ア.i)~iv)の研究・技術領域のみならず、これらを支える理論を含めた基盤技術の研究開発を長期的視点に立ち、推進することが重要である。

2: 新たな技術シーズの持続的創出を支える戦略的な基礎研究の継続的強化
 「量子」のポテンシャルを最大限引き出すためには、1:で示したネットワーク型研究拠点の形成に加え、国内外の研究動向を踏まえ、将来社会に大きな影響をもたらす新たな技術シーズの創出を目指す戦略的な基礎研究を併せて進める必要がある。このような戦略的な基礎研究を推進するのに適した領域としては、例えば、量子技術と生命科学との融合により、細胞内の生体分子が有する機能を量子レベルから統合的に理解し、制御することを目指す量子生命科学や、物質が持つトポロジカルな性質を利用することで新しい技術的枠組みによるデバイス革新を目指すトポロジカル量子などの研究領域が考えられるが、これらに限らず、量子科学技術の進展や国際動向を踏まえ、適時適切に研究領域を設定し、戦略的な基礎研究を継続的に推進することが重要である。

2.研究開発の企画・推進・評価を行う上で留意すべき推進方策

(1)人材育成
3:量子科学技術分野
 理論や実験など、各分野のレベルが高度化している中において、分野間の協力や融合努力を積極的に評価する視点や、基礎物理からシステム開発まで見通せる人材を育成する観点が必要である。異なる分野及び基礎研究や実用化といった異なる技術段階の間での連携や流動性が重要で、このような広がりに跨がるような基礎研究や人材育成が求められる。これにより、オープンイノベーションをリードしていく人材の育成が期待される。例えば、異分野の若手研究者同士の協力関係を加速するための中規模の研究費の枠組みや、各々の研究費を合わせて大きな研究開発に展開できるようなフレキシブルな枠組み、異分野の一流のシニア研究者が若手研究者に対して支援・アドバイスを行う体制などの工夫により、一層の分野を超えた連携や流動性が期待できる。また、多様な視点や発想を取り入れることは、研究活動を活性化し、創造的な研究成果の創出に資するものであり、量子科学技術分野における女性研究者の人材育成に取り組むことが重要である。若手研究者の挑戦的な研究課題への取り組みを促進するため、継続性・安定性に配慮した人材育成に取り組むことが重要である。

(2)オープンサイエンスの推進
2:量子科学技術分野
 国際的に基礎研究の成果としてオープンな研究交流:諸外国は量子科学技術の推進に関する政策を強力に推進し、その研究開発に対して政府及び民間企業が大規模な投資を行っているが、大部分の研究においては、一国に閉じた開発が可能であるとは考えられておらず、国際的な協力のもと多くの課題が推進されている。そのため、国際的な研究協力や共同研究といったオープンな研究交流を通して、新しいアイデアを常に取り入れながら、相乗的に技術を向上させ、時宜に応じた政策的な対応を図るような国際化への対応が求められる。
 海外の研究グループとの積極的な研究ネットワーク構築:欧州では研究者が国境なく往来して共同研究を実施しており、一国当たりの研究者数は限られていても、欧州全体として見ると多くの研究者が存在している。我が国の研究環境を改善することで、欧米との研究協力や共同研究を促進し、相乗的に技術を向上させるような国際化への対応が重要となりうる。また近年、中国やシンガポールといったアジアの研究グループも急速に力を付けてきている。アジアの研究グループとの積極的な研究協力や共同研究を含む研究ネットワークの構築についても検討すべき時期に来ている。

(3)オープンイノベーション(産学連携)の推進
3:量子科学技術分野
 量子科学技術のポテンシャルを最大限に引き出し、Society 5.0を実現していくためには、想定ユーザー(潜在的ユーザーも含む)との共同研究・産学連携やベンチャー創出の促進等により、経済・社会の多様なニーズに取り組んでいくことが重要である。異なる分野及び基礎研究や実用化といった異なる技術段階の連携によりプロトタイプを示す進め方は、可能性を明確化し異分野融合を促進するためにも有効である。また、想定ユーザー(潜在的ユーザーも含む)と対話しながら、段階的に、着実に量子科学技術を向上させる取組も効果的である。その際、技術シーズ側とニーズ側両方の言葉を理解して通訳できる、両者のコーディネーションができる人材の育成が必要であり、大学や研究機関と産業界両方を経験できる人材流動性や、両者と対等にコーディネーションできる立場を確保する枠組みをいかに構築するかを検討すべきである。経済・社会の様々な課題が複雑化している不確実性の時代において、アントレプレナーシップ(起業家精神)を持つことも、非連続に課題を解決し得る量子科学技術の実用化を加速する上で重要であり、大学や国立研究開発法人のインキュベーション力の強化やベンチャー・キャピタルを始めとする起業関係者とのネットワーク形成等を通じ、イノベーションが自発的・連続的に創出されるイノベーション・ベンチャーのエコシステムの構築を目指すべきである。

(4)知的財産・標準化戦略
3:量子科学技術分野
 国際競争の観点からも、産業界を含む大きな体制での研究開発が必要であり、その中で、人材育成、知的財産確保、標準化も進めることが重要である。なお、出口としてのアプリケーションが明確に決まっている場合には、ノウハウ等の成果情報の取扱いについて留意が必要である。

(5)社会との関係深化
3:量子科学技術分野
 量子科学技術のような基盤技術に対しては、長期的視点に立った継続的な研究が必要である、そのためには、技術がどのようなレベルにあるのか、その進展によってどの様なポテンシャルや可能性があるのか、どの様に社会に役立ち世界が開けるのかを国民と企業に分かりやすく発信することが重要である。



(※1) 平成28年4月21日総合科学技術・イノベーション会議決定

(※2) SDGs:2015年9月25ー27日、ニューヨーク国連本部において開催された「国連持続可能な開発サミット」で採択された国連の新しい開発目標。貧困に終止符を打ち、地球を保護し、すべての人が平和と豊かさを享受できるようにすることを目指す普遍的な行動。「すべての人に健康と福祉を」、「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」、「産業と技術革新の基盤をつくろう」など、17項目の目標が掲げられている。

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科学技術・学術政策局 研究開発基盤課 量子研究推進室

(科学技術・学術政策局 研究開発基盤課 量子研究推進室)