資料3-4 今後の気候変動研究の在り方について(今後の気候変動研究の在り方に関する検討会(平成28年3月31日))

今後の気候変動研究の在り方について

平成28年3月31日
今後の気候変動研究の在り方に関する検討会

目次

1.はじめに

2.これまで文部科学省で実施してきた気候変動研究の取組について

(1)「人・自然・地球共生プロジェクト」及び「21世紀気候変動予測革新プログラム」 
(2)「気候変動リスク情報創生プログラム」
(3)「気候変動適応研究推進プログラム」

3.気候変動研究を取り巻く情勢

(1)国際的観点
(2)国内的観点

4.今後の取組の必要性

5.今後の気候変動研究の方向性

(1)取り組むべき具体的な研究開発課題
(2)研究開発において留意すべき事項

附属資料

「今後の気候変動研究の在り方に関する検討会」における議論の経過
今後の気候変動研究の在り方に関する検討会構成員名簿

1.はじめに

 本報告書は、文部科学省が2015(平成27)年11月に設置した「今後の気候変動研究の在り方に関する検討会(以下「検討会」という。)」における議論を取りまとめたものである。
 文部科学省では、3期15年にわたって気候変動研究に取り組み、気候システム変動の科学的解明及び将来予測情報の提供を通じて、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)における科学的知見のとりまとめや日本及びアジア域の緩和策・適応策立案に貢献してきた。
 政府においては、2015(平成27)年11月に「気候変動の影響への適応計画(以下「政府適応計画」という。)」(注1)が閣議決定され、気候変動の影響への適応策を推進するための基盤的施策として、気候変動に関する観測・監視及び調査・研究等が挙げられた。また、2016(平成28)年1月には「第5期科学技術基本計画」(注2)が閣議決定され、地球規模の気候変動への対応が重要政策課題であるとして研究開発の重点化を行うこととされた。さらに、国際的には、2015(平成27)年12月に開催された国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)において、途上国を含む全ての加盟国が参加した法的枠組みである「パリ協定」が採択された。これらの状況を踏まえ、各府省庁においても適応や緩和に向けた施策の検討・実施が進められており、その基盤としての気候変動に関する研究の重要性が増している。
検討会においては、これらの国内外の状況や、IPCCの第6次評価報告書(AR6)作成に向けた国際動向等を踏まえ、文部科学省が今後取り組むべき気候変動研究の在り方について、気候変動分野の学識者や社会科学分野の学識者、産業界、関係府省庁の参加を得て議論を行った。このような取組は、研究コミュニティと他のステークホルダーが研究の立案の段階から協働する「フューチャー・アース」(注3)の理念にも合致するものである。

(注1)2015(平成27)年11月27日閣議決定
(注2)2016(平成28)年1月22日閣議決定
(注3)国際科学会議(ICSU)が中心となって進めてきた3つの地球環境変化研究の国際プログラムを統合して発足した、持続可能な地球環境についての国際協同研究イニシアティブであり、2015(平成27)年に本格的な活動が開始された。研究者コミュニティと他のステークホルダーが、様々な問題に対し共通の視点を共有しつつ、研究の立案の段階から成果の普及に至るまで協働することにより、問題解決に向けた新たな知の創出と統合を進めるという、協働企画(Co-design)と協働生産(Co-production)のプロセスを重視している。

2.これまで文部科学省で実施してきた気候変動研究の取組について

(1)「人・自然・地球共生プロジェクト」及び「21世紀気候変動予測革新プログラム」

(「人・自然・地球共生プロジェクト」)

 文部科学省は2002(平成14)年度に「人・自然・地球共生プロジェクト(以下「共生プロジェクト」という。)」(注4)を立ち上げ、地球シミュレータを活用した気候変動予測研究に着手した。当時としては超高解像度の気候モデル(注5)を開発し、温暖化に伴う台風や極端現象等の変化を予測するとともに、過去・将来における温暖化の要因特定・予測を行った。これらの先進的な成果はIPCC第4次評価報告書(AR4)において多数引用され、気候変動分野における日本のプレゼンスを大きく向上させた。

(「21世紀気候変動予測革新プログラム」)

 2007(平成19)年度には共生プロジェクトを発展的に継承した「21世紀気候変動予測革新プログラム(以下「革新プログラム」という。)(注6)」を開始し、気候モデルの更なる高度化や、高精度予測のための新たな手法の開発等を実施した。代表的な成果として、全球の大気海洋結合モデルによる近未来予測(30年程度先)の実現、大気海洋結合モデルに炭素循環や生態系変化等のプロセスを取り込んだ地球システムモデル(ESM)(注7)の開発、地域気候モデルを用いたダウンスケーリング実験による詳細な気候変動予測(豪雨等)の実現等が挙げられる。共生プロジェクトと同様、革新プログラムの成果は、IPCCの第5次評価報告書(AR5)に向けて実施された第5次結合モデル相互比較プロジェクト(CMIP5)において引用数世界第1位となるなど、AR5に対して大きく貢献した。

(注4)事業期間:2002(平成14)年度~2006(平成18)年度
(注5)気候システムを構成する様々な要素(大気、海洋、陸面、雪氷等)及びそれらの相互作用を物理法則に従って定式化し、温室効果ガス等の変動も考慮しながら気候の長期的変動を計算するプログラム。通常、世界全体又は領域で大気及び海洋を格子状に分割し、各格子で気温や風速、水蒸気等の時間変化を計算する。気候変動予測では計算期間が長期にわたるため、スーパーコンピュータが用いられることが多い。
(注6)事業期間:2007(平成19)年度~2011(平成23)年度
(注7)Earth System Model: 炭素循環と気候変化の相互作用など、従来の大気海洋結合モデルには含まれていなかった生物・化学的過程を考慮した気候モデル。考慮される主な過程としては、海陸の炭素循環や、大気微量組成間の化学反応等が挙げられる。

(2)「気候変動リスク情報創生プログラム」

 2012(平成24)年度に開始した「気候変動リスク情報創生プログラム(以下「創生プログラム」という。)」(注8)では、以下の4つの研究領域テーマを設けることにより、共生プロジェクト及び革新プログラムで取り組んできた気候変動予測研究に加え、気候変動が自然災害や生態系等にもたらす影響等に関する研究(影響評価)にも着手し、予測分野と影響評価分野が一体となり気候変動リスク情報の創出に取り組んでいる。
 1)研究領域テーマA:直面する地球環境変動の予測と診断
 2)研究領域テーマB:安定化目標値設定に資する気候変動予測
 3)研究領域テーマC:気候変動リスク情報の基盤技術開発
 4)研究領域テーマD:課題対応型の精密な影響評価
創生プログラムの成果は、政府適応計画の基盤情報として多数活用されている。また、今後遅くとも2021(平成33)年までに作成することが予定されているIPCCの第6次評価報告書(AR6)に対しても大きく貢献することが期待できる。各研究領域テーマの具体的な取組・成果及び今後の課題は以下のとおりである。

(研究領域テーマA)

 研究領域テーマAでは、全球気候モデルの高解像度化・モデルプロセスの複雑化・アンサンブル計算の3つの軸に沿って、過去の気候変動再現や将来予測、要因解明のためのモデル及びシステム開発に取り組んできた。また、複数の気候モデルを用いて気候感度推定に関連した不確実性を定量化し、低減の方策を探る研究を推進した。代表的成果として、近年の地球温暖化の停滞(ハイエイタス)現象のメカニズム解明や異常気象の発生に対する温暖化の寄与評価(イベント・アトリビューション)、気候感度の不確実性幅の縮小に寄与する誤差推定等が挙げられる。
 一方、今後もIPCCのAR6等に貢献していくためには、創生プログラム終了後も継続的なモデル開発及び気候予測計算を行う必要がある。また、本テーマが担ってきた気候予測分野と、予測計算出力のユーザー側であるデータ解析分野との連携を強化することも課題である。

(研究領域テーマB)

 研究領域テーマBでは、炭素循環を始めとする物質循環と気候変動との相互作用を取り扱うESMの開発や、ティッピング・エレメント(注9)、ジオエンジニアリング等の大規模な気候変動・改変に関する研究を進めてきた。また、IPCCの WG1(自然科学的根拠)とWG3(気候変動の緩和)の分野間連携の緩和策及び適応策ための取組として、社会経済シナリオへの自然科学的知見の提供も行っている。これらの取組により、累積炭素排出量と昇温との関係に関する研究や、気候感度の見積りと二酸化炭素削減費用の関係の研究、また、ESM分野と社会経済分野の連携による予測の不確実性が炭素価格等の社会経済にもたらす影響の定量的評価等において成果が挙がっている。
 一方、炭素循環や気候感度、ティッピング・エレメント等の不確実性が気候変動対策に与える影響は非常に大きいにもかかわらず、これらの個々のプロセスの理解や全体の仕組みの解明はまだ不十分であり、今後も窒素循環の導入等により気候モデルの不確実性低減に向けた取組を進めていくことが重要である。

(研究領域テーマC)

 研究領域テーマCでは、減災のための高解像度な情報と、アンサンブル実験による防災のための確率情報という、2種類のハザード情報の創出を目指し、研究領域テーマA・B等で得られた全球レベルの気候変動予測情報から、日本を中心とした東アジア域を対象に開発された領域気候モデル等により、超高解像度かつ確率的な気候変動予測情報の作成に取り組んできた。これにより予測の不確実性が低減されるとともに、台風や豪雨等の将来変化に関して確率分布による評価が可能となった。
 一方、領域気候モデル等に取り込む陸面等の要素モデルが一世代前のものになっているのが現状であり、今後は、モデルの高解像度化のみならず、境界条件等の精緻化や様々な最新のプロセス(都市環境等の社会的要素、大気汚染・放射にかかわるエアロゾルモデル等)の導入等によりモデルを高度化し、様々な社会的要請に応えられる形での情報提供を目指していくことが重要である。

(研究領域テーマD)

 研究領域テーマDでは、研究領域テーマC等で得られた日本及び東アジア域の気候変動予測情報を利用し、1,000年に1度程度の生起頻度となる最大クラスの外力も取り入れ、自然災害、水資源及び生態系・生物多様性分野の影響評価を進めている。また、予測の不確実性がある中でどのように意思決定していくかについて、新しい指標や価値観を作り出すことも目指している。代表的成果として、今後発生しうる最大クラスの台風等の自然災害がもたらす影響の定量的評価等が挙げられる。
 今後に向けては、国レベルでの政策課題に対応したトップダウン型の基礎・基盤研究を継続するとともに、リスク情報の高度化・高精度化、構築した適応策を評価する科学的支援が重要である。
 自然災害や水資源の分野では、適応策の定期的な見直しへの科学的貢献が求められることを念頭に、長期的観点からの適応策評価、平均的な変化から最大クラスの現象までのシームレスな評価等の取組が必要となってくると考えられる。また、現状では気候モデルでの予測計算の完了を待たねば影響評価に着手できないことから、一世代前の気候予測データを利用せざるを得ないという問題があり、気候モデルと影響評価モデルが一体化したモデルの創出による、最新の気候予測を反映した影響評価も、新たな研究開発課題の一つである。
 生態系・生物多様性分野では、不確実性を評価するため、気候変動予測の解像度の高いシナリオの不足が大きな課題である。また、生態系サービスに対する影響については、観測・モデル化は進みつつあるが、今後は他の分野の適応策が生態系に与える影響や、生態系を利用した適応策に関する研究と、その研究に必要な観測・モデルの拡充という方向性が考えられる。

(研究領域間連携)

 全球から日本周辺まで様々なスケールで、地球温暖化の影響評価や適応策検討に役立つ気候予測データを広く提供することを目指し、創生プログラム内のテーマ間連携として、地球シミュレータ特別推進課題「地球温暖化対策に資するアンサンブル気候予測データベース(d4PDF)の作成」を実施した。これは、高解像度の全球及び領域気候モデルにより、(i)過去60年間にわたる過去再現実験、(ii)温暖化実験(全球平均気温が産業革命以降4度上昇した将来を想定)、(iii)非温暖化実験(気温が上昇しない仮想世界を想定)を多数の条件下(おおよそ数千メンバー)で実施し、それぞれ比較解析するものである。発生確率が低いためにこれまで評価が困難だった極端現象等も含め、温暖化に伴う気象現象の変化を見積もることが一部可能となった。これらの成果は、(3)で述べる「気候変動適応技術社会実装プログラム(SI-CAT)」でも活用される予定である。

(注8)事業期間:2012(平成24)年度~2016(平成28)年度
(注9)気候変動があるレベルを超えたとき、気候システムにしばしば不可逆性を伴うような激変が生じること(文部科学省、気象庁、環境省:気候変動の観測・予測及び影響評価統合レポート「日本の気候変動とその影響」(2012年度版))。

(3)「気候変動適応研究推進プログラム」

 文部科学省では、2010(平成22)年度から開始した「気候変動適応研究推進プログラム(RECCA)」において、革新プログラム及び創生プログラムにおける気候変動予測研究及び影響評価研究の成果を活用して、ダウンスケーリング、データ同化(注10)、適応策のシミュレーションの3つの技術を研究開発し、地方自治体における適応策導入の事例研究を実施した。
 RECCAの成果を踏まえて2015(平成27)年度から開始したSI-CATでは、地方自治体のニーズからのボトムアップ型アプローチを通じてRECCAの成果の汎用化や社会実装を柱として研究開発を実施している。適応に関するデータを地方自治体が活用可能な形で提供していくためには、SI-CATでの研究開発の基盤となる技術や情報を創出する創生プログラムやその後継事業と連携し、最先端の研究シーズを取り入れていくとともに、SI-CATで得られた地方自治体のニーズをフィードバックし、相互に補完していくことが必要となっている。

(注10)気候モデルによる計算に際し、観測データを入力しながらより現実に近い計算結果を得るための数理的手法

3.気候変動研究を取り巻く情勢

(1)国際的観点

(国連気候変動枠組条約(UNFCCC))

 2015(平成27)年12月にフランス・パリで開催されたUNFCCC第21回締約国会議(COP21)では、途上国を含む全ての加盟国が温室効果ガスの削減義務を負う法的枠組みである「パリ協定」が採択された。パリ協定では世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2度より十分低く保つとともに、1.5度に抑える努力を追求するとする長期的目標が定められ、また、今世紀後半に人為的な温室効果ガスの排出と吸収源による除去の均衡を達成するために、最新の科学に従って早期の削減を行うとされた。
 同協定においては、各締約国が温室効果ガス排出量の削減目標を作成・提出・維持し、その達成のための国内措置(そち)を取ることが法的義務とされ、これに加えて、世界全体での実施状況の確認や、各締約国の長期的な削減目標の見直しを定期的(5年ごと)に実施することとされた。また同協定においては、適応に関して、世界全体での長期目標の設定、各締約国における適応計画プロセスや行動の実施、適応報告書の提出と定期的更新等が盛り込まれたほか、気候変動に伴う損失と損害(ロス&ダメージ)に対処するための国際メカニズム等についても規定された。
 なお、パリ協定と同時に承認されたCOP決定では1.5度上昇の影響や、それに関係する温室効果ガス排出経路に関する特別報告書の作成をIPCCに対して招請することが盛り込まれた。

(気候変動に関する政府間パネル(IPCC))

 IPCCは、2014(平成26)年11月に第5次評価報告書(AR5)統合報告書を取りまとめ、気候システムの温暖化には疑う余地がないこと、人間による影響が20世紀半ば以降に観測された温暖化の支配的な原因であった可能性が極めて高いこと、ここ数十年、気候変動は全ての大陸と海洋にわたり、人間及び自然システムに影響を及ぼしていること等を結論づけた。また、同報告においては、ハザード(災害外力)、曝露(ばくろ)(注11)、脆弱(ぜいじゃく)性(注12)の掛け合わせによる「リスク」の概念が提示され、現行を上回る追加的な緩和努力がなければ、たとえ適応があったとしても、21世紀末までの温暖化が、深刻で広範にわたる不可逆的な影響を世界全体にもたらすリスクは、高い~非常に高い水準に達するとされた。
 AR5や、AR5に向けて実施された第5次結合モデル相互比較プロジェクト(CMIP5)での予測結果、また、これに基づく多数の社会経済シナリオの検討結果は、COP21での議論の基盤となる科学的知見として活用された。更にCOP21においては、世界平均気温の1.5度上昇の影響と、それに関係する温室効果ガスの排出経路に関する特別報告書の作成をIPCCに対して招請するなど、1.5度上昇に関する科学的知見のニーズも高まっている。
 2015(平成27)年2月にケニア・ナイロビで開催されたIPCC第41回総会では、今後遅くとも2021(平成33)年までに第6次評価報告書(AR6)を作成することが決定され、AR6作成の体制としては現行のWG1(自然科学的根拠)、WG2(影響・適応・脆弱(ぜいじゃく)性)、WG3(気候変動の緩和)を維持しつつ、WG間の連携を更に強化することとされた。2015(平成27)年10月にクロアチア・ドブロブニクで開催されたIPCC第42回総会では、AR6の作成を率いる新たな議長団メンバー(IPCC議長及び副議長、各WG共同議長・副議長等)が選出された。今後の重要課題として、新IPCC議長等からは「気候変動の影響やリスクに関する情報の充実」、「気候変動問題に関する解決策の提供」、「気候変動予測等の不確実性の低減」等が指摘されたほか、引き続き3つの作業部会(WG)間の更なる連携が重視されている。
 IPCCの新体制決定と前後して、AR6に向けた第6次結合モデル相互比較プロジェクト(CMIP6)も開始された。CMIP5では、将来の温室効果ガス安定化レベルとそこに至るまでの経路のうち代表的なものを選んだ「代表的濃度経路(RCP)」が利用されたが、CMIP6では、土地利用変化などの社会経済的要素の違いを放射強制力(注13)等の計算条件に取り入れて、気候影響や緩和策の評価との整合性を高めるため、RCPと「共有社会経済経路(SSP)」を組み合わせたシナリオに基づく気候予測が行われる見込みである。
 また、世界気候研究計画(WCRP)においては、領域気候モデルによるダウンスケーリング実験を共通的条件下(地域及び実験設定等)で行い、不確実性評価や比較解析、並びに緩和策・適応策立案者へ向けた情報提供を目指すという「統合的地域ダウンスケーリング計画(CORDEX)」(注14)が実施されており、AR6に向けてIPCCのWG2との連携が重要と認識されている。

(諸外国の動向)

 米国では、気候モデル、統合評価モデル(IAM)(注15)、影響・適応・脆弱(ぜいじゃく)性モデル(IAV)(注16)等による統合的な評価が試行されている。また欧州では、炭素循環もデータ同化しながら再解析データを作成し、予測可能性研究に活用していこうとする、ESMを用いた再解析という新しい動きも出ている(ヨーロッパ中期予報センター(ECMWF)の地球システム再解析等)。
 また、気候変動問題を、気候変動研究の枠を超えて、国の存立基盤に関わる持続可能性問題の一部として捉えようという考え方が、フューチャー・アース等の枠組みをはじめとして国際的に広まっており、今後は持続可能な開発目標(SDGs)の達成に資する気候変動対策の立案支援や、今世紀末の世界の水・食料・エネルギー展望の提供も必要になると考えられる。また、持続可能性の文脈では、気候変動対策のコベネフィット及びトレードオフを一体的に研究することが重要である。

(注11)悪影響を受ける可能性がある場所及び環境の中に、人々、生活、生物種又は生態系、環境機能・サービス及び資源、インフラ、若しくは経済的、社会的又は文化的資産が存在すること(IPCC AR5統合報告書 政策決定者向け要約(文科省、経産省、気象庁、環境省訳))。例えば、台風経路にあたる地域に人口が集中している場合、その地域は台風に対して曝露(ばくろ)が大きいという。
(注12)悪影響を受ける傾向又は素因。脆弱(ぜいじゃく)性は危害への感受性又は影響の受けやすさや、対処し適応する能力の欠如といった様々な概念や要素を包摂している(IPCC  AR5統合報告書 政策決定者向け要約(文科省、経産省、気象庁、環境省訳))。例えば、極端な高温には高齢者の方が脆弱(ぜいじゃく)であると言える。
(注13)大気中の温室効果ガスやエーロゾルにより、放射のバランスがそれらがない場合と比べてどの程度変化するかをあらわす量。通常、対流圏界面での値を使う。これが正の場合は対流圏を暖める効果(地球温暖化)があり、負の場合は冷やす効果がある。(気象庁、異常気象レポート2014)。
(注14)IPCC第4次報告書出版の後に、IPCCへの地域気候モデルの寄与をより大きくすることを目的として平成21年に発足した世界的な枠組み。世界を16地域(東アジア、南アジア、東南アジアも含む)に分割し、それぞれの地域で複数の地域気候モデルによりCMIP5に参加している全球大気・海洋結合モデルによる現在再現・将来予測実験結果を力学的にダウンスケーリングする計画が中心。これらのデータは諸地域の気候変動緩和・適応に貢献することも目指したものであり、そのために統計的ダウンスケーリングの研究者も加わっている。
(注15)Integrated assessment models: 物理・生物・経済・社会科学の各モデル及びその結果と、これらの要素の相互作用を、環境変化の状況や成り行きとそれに対する政策的対応を評価する一貫したフレームワークの中で組み合わせて分析するためのモデル。気候変動問題の解決のためには、例えば、将来の経済状況やエネルギー消費量の変化、それに伴う二酸化炭素排出量の推移、更に二酸化炭素排出量の増加による気温上昇の予測、気温の上昇が生態系、農業生産、経済活動に与える影響、影響を防止するための対策による効果はどの程度か、といった要因を総合的に予測、評価しなければならない。そのためには上記を統合して扱うコンピュータ・シミュレーションが有効な手段と考えられている。
(注16)Impacts, Adaptation and Vulnerabilityモデル: 気候変動が含む複雑な相互作用及び多様な影響が起こる可能性の変化を考慮した、影響、適応、脆弱(ぜいじゃく)性の各要素を総合的に評価するためのモデル。

(2)国内的観点

(科学技術政策全般に関する動向)

 2016(平成28)年1月、総合科学技術・イノベーション会議として初めてとりまとめた第5期科学技術基本計画が閣議決定された。同計画においては「地球規模の気候変動への対応」が第3章「経済・社会的課題への対応」における柱の一つとなっており、地球規模の気候変動への対応のため、スーパーコンピュータ等を活用した予測技術の高度化や気候変動メカニズムの解明を進めるとともに、気候変動の影響への適応のため、気候変動の影響に関する予測・評価技術と気候リスク対応の技術等の研究開発を推進すること、気候変動に起因する経済・社会的課題の解決のため地球環境情報プラットフォームの構築やフューチャー・アース構想等を推進することとされている。

(気候変動の緩和に関する動向)

 COP21に先立ち、各締約国は、各国内で決めた2020年以降の温暖化対策に関する目標である「約束草案」(Intended Nationally Determined Contributions)を国連に提出している。パリ協定では5年ごとに全体の進捗を検討し、それを踏まえて締約国が自ら決定する約束草案の提出・更新を行うこと及び実施状況の報告・レビューを行うことが義務づけられた。気候変動の緩和策の立案や実施に取り組むに当たって、その前提となる気候感度の不確実性の低減について、産業界を始め高いニーズがある。また、IPCCに対して特別報告書の作成が招請されている「世界平均気温の1.5度上昇の影響と、それに関係する温室効果ガスの排出経路 」についても、研究が進むことが期待されている。

(気候変動の影響への適応に関する動向)

 気候変動の影響への適応については、2015(平成27)年11月、政府全体で整合のとれた取組を計画的かつ総合的に推進するため、政府として初の政府適応計画が閣議決定された。本計画は、革新プログラムや創生プログラムを含む、これまでの気候変動に関する調査研究等の科学的知見を活用して、同年3月に環境省が実施した気候変動の影響評価(注17)等を踏まえて取りまとめられた。第1部では基本的戦略が掲げられ、今後おおむね10年間を対象期間とし、おおむね5年程度を目途に気候変動影響評価を実施し、必要に応じて計画を見直すこととされている。また、第2部では、各分野別の適応の基本的な施策を示している。さらに、第3部では、各分野の基本的な施策の基盤として、観測・監視、調査・研究等を推進することとされている。
 また、関係各省でも分野ごとの適応計画が策定されている。同年8月には、農林水産省としての気候変動適応計画が公表された。同計画においては、生産現場での課題への対処の観点から、今世紀末までの影響評価を踏まえつつ、当面10年程度に必要な取組を中心に現時点で影響評価のないものも加え、分野・品目ごとに必要な取組を計画として整理し、推進している。また、現在表面化していない影響に対する取組や、影響評価研究・技術開発の促進について、国民や生産者や消費者の理解を得ながら進めることが今後の課題とされ、関係各省や研究者との連携が求められるとされている。
同年11月には、国土交通省の気候変動適応計画が公表された。同計画においては、基本的な考え方として、気候変動予測の不確実性を踏まえた順応的なマネジメントや、既に現れている事象への対処及び将来の影響を考慮したハード・ソフト両面からの総合的な対策等が挙げられている。また、気候変動の継続的なモニタリング、気候変動予測や調査研究等の推進により得られた知見に基づき、適応策を定期的に検討し必要に応じて見直しをするなど、具体的な施策の実施に向け、観測・調査研究・技術開発等は不可欠であり、引き続き推進することとされている。
 これらの適応計画の策定を受けて、地方自治体における適応の取組推進や産業界における適応ビジネスの動きが出始めており、その科学的基盤となる基礎研究へのニーズが高まっている。さらに、具体的な研究事例が少ない分野(健康、産業、経済活動等)の研究や、適応計画の見直しに向けた影響評価の取りまとめへの対応として、適応策の評価を含む適応に関わる研究・技術開発等も重要となっている。

(気候変動予測業務に関する動向)

 気象庁では、気候変動予測に関する業務として、長期継続的な観測や将来の気候変動予測等による、過去から将来までの地球環境・気候変動に関する基盤情報の創出及び社会に対する監視・予測情報の提供を行っている。具体的には、創生プログラム等を含む最新の研究成果を活用しながら、気候変動予測等に関する刊行物(地球温暖化予測情報等)を作成・公表している。また、地方自治体における温暖化対策の支援も本庁・各管区気象台等を通じて実施している。
また、同庁の研究活動を担う気象研究所では、WCRPの枠組みにおける取組や、ESM及び全球・領域気候モデルの開発、それらを用いた地球温暖化予測情報等のアップデート、地球環境監視技術の高度化の研究等を推進している。
 これらの同庁の業務及び研究活動に資するものとして、今後は、未解決の気候変動に関する基礎的・基盤的研究の実施、多様なESM・気候モデルの開発と、これを用いた気候変動研究の推進、具体的には、日本域の高解像度(1kmメッシュ)領域気候モデルによる、極端現象等の詳細予測(不確実性評価を含む)、過去の気候変動再現、創生プログラムが推進してきたイベント・アトリビューション研究の発展等が期待されている。また、多数例アンサンブル実験や高解像度モデル実験を可能とする計算機及び記憶装置の更新・外部利用体制の維持も期待されている。

(注17)「日本における気候変動による影響の評価に関する報告と今後の課題について」(平成27年3月10日、中央環境審議会から環境大臣に対する意見具申)

4.今後の取組の必要性

(緩和策への貢献)

 パリ協定で合意された2度目標の達成に向け、温室効果ガスの排出目標の設定やそれを達成するための適切な排出削減経路・対策を検討することは、国際的にも我が国においても喫緊の課題である。パリ協定は、また、2度目標の達成のために、今世紀後半に人為的な温室効果ガスの排出と吸収源による除去の均衡を達成するために、最新の科学に従って早期の削減を行うとしており、これらの課題への対応のための基盤的な情報が必要となっている。
 また、パリ協定で努力目標とされた1.5度の気温上昇の影響等の評価のためには、ティッピング・エレメント等に関する科学的メカニズムの解明や予測技術の開発がまだ不十分であり、対応が急がれる。加えて、自然の気候変動や気候影響を左右する社会経済的要因も考慮した、より包括的な研究も必要となる。
さらに、パリ協定により世界全体として温暖化対策の進捗状況を確認する仕組み(グローバル・ストックテイク)が導入されることに伴い、各国が選択し、実施する温暖化対策の効果の評価を行うに際し、気候感度や炭素循環に関する不確実性の低減がこれまでにも増して重要となる。こうした中、日本発のモデルによる気候感度・炭素循環研究を行うことにより、パリ協定第4条1において最新の科学に従って排出削減を進めることが定められていることを踏まえ、重要性の高い気候感度に関する議論において日本が科学的見地から主導的役割を果たすとともに、温暖化対策に取り組む国内の産業界等に対しても科学的見地からの説明責任を果たすことが可能になる。

(適応策への貢献)

 政府適応計画は、おおむね5年程度を目途に気候変動影響評価を実施し、必要に応じて見直しを行うこととされており、これらに貢献するとともに、パリ協定で規定された適応に向けた行動の実施やIPCC新体制が重視する「解決策の提供」に貢献するためには、最新の気候変動予測の成果の取り込みや、影響評価から気候変動予測へのフィードバックを考慮可能なモデルの構築により、高精度かつ現実性の高い影響評価を行うことが重要である。
 また、適応策の検討及び実施に当たっては、リスク情報の提供も不可欠であり、これらの創出のためには、気候・影響評価モデルの高度化や予測の高精度化、多数アンサンブル計算による確率的予測も重要である。さらには、極端現象のうち、確率的予測が困難な最大クラスの現象については、適応策検討のために個別事象を分析・評価した情報が必要となるため、その推定技術の汎用化や対象とする現象・地域の拡充を進めるとともに、これらの情報の活用方法について検討を行う必要がある。これにより、最大クラスを考慮した適応策検討といった画期的な取組も可能となる。また、気候変動に伴う災害が短期間に相次いで発生して復旧を妨げる可能性があることも考慮し、5~10年又はそれ以下の周期でのリスク評価も視野に入れるべきである。

(基盤的モデルの開発)

 我が国はIPCC AR5で世界トップクラスの引用数を獲得した信頼性の高い基盤的気候モデルを保持しているが、上記の要請に応えるには、継続的なモデル開発により信頼性を向上させる必要がある。同時にモデル開発を支えるデータ同化技術、モデルや観測データの活用による過去の気候変動再現や気候変動の影響の要因分析、自然変動の評価技術の開発、観測分野との連携も考慮していく必要がある。また、気候変動分野における我が国のプレゼンスの維持・向上という科学技術外交上の観点や各国との切磋琢磨(せっさたくま)を通じた我が国の気候変動研究水準の維持・向上の観点からも、我が国として最新の科学的知見を取り入れ、気候変動予測のモデルの開発を継続することは重要である。

5.今後の気候変動研究の方向性

(1)取り組むべき具体的な研究開発課題

 「4.今後の取組の必要性」に対応していくためには、全球規模での温暖化に関与する炭素循環の解明や、適切な気候変動対策の評価基盤となる気候感度の不確実性低減、適応策の基盤となる影響評価の充実に資するモデル統合に取り組むことが必要である。さらに、これらの取組を推進していくためには、共通となる基盤モデルの維持・発展に取り組むことが必要である。具体的な取組は以下ア~ウの通りである。

ア.炭素循環・気候感度等に関する取組

 パリ協定で合意された長期目標達成に向けた緩和策や、適応計画に基づいて進められる適応策の立案に当たっての不確実性を低減するための科学的知見の創出に向け、炭素循環の解明・予測や気候感度の不確実性低減に取り組むべきである。
 温室効果ガス排出対策コストや気候変動影響とそのリスクを踏まえた適切な排出経路の設定の観点では、炭素循環も考慮した「累積炭素排出量に対する過渡的気候応答(TCRE)」の最尤(さいゆう)推定値の科学的整理に取り組むべきである。そのためには、TCREを規定するCO2大気残留率・平衡気候感度・外力に対する気候システムの応答時間の3要素の評価精度を上げることが重要である。この3要素の評価精度を上げるためには、それぞれ、陸域生態系、雲の振る舞い、海洋の熱吸収過程の不確実性低減が重要なアプローチである。また、炭素循環に影響を与える窒素等の物質や、二酸化炭素以外の温室効果ガス及びエアロゾルに関する不確実性低減も重要である。
 2度や1.5度を含む複数の気温上昇シナリオ下での影響に関しては、特に環境変化の不可逆性を伴うティッピング・エレメントを評価することが重要であり、そのための氷床モデル、陸面過程モデル等の開発が必要である。
 さらに、より現実的な緩和策の検討を行う上で、気候と土地利用の相互作用、バイオエネルギーの大規模利用の波及効果、農林水産業と環境の相互作用といった気候影響を左右する社会経済的要因も全球規模で考慮して整合的に扱う必要があり、そのためにはESMと、従来個別に扱われていた社会経済シナリオ、排出シナリオ、気候シナリオ、影響評価をインタラクティブに捉えた統合シナリオ分析も行うべきである。

イ.統合的予測・影響評価に関する取組

 緩和策及び適応策の検討に資する情報を創出していくため、今後はハザード評価に加えて脆弱(ぜいじゃく)性と曝露(ばくろ)も考慮した影響評価やモデルの統合による統合的予測に取り組む必要がある。
 ハザード評価については、より高精度かつ現実性の高い影響評価の基盤として、高精度な気候予測情報を提供していくことが求められる。そのためには、気候モデルの高度化(高解像度化及び諸要素モデルの導入等)を進めるとともに、多数のアンサンブル等の予測技術を活用し、特に台風や梅雨等に伴う豪雨といった顕著現象、地域規模の降水量や海面水位等の変化等、影響評価分野からニーズの高い現象について、確率評価を平均的な変化から最大クラスまでシームレスに含む形で行うことが必要である。また、ハザード評価においては将来予測との比較のために過去現象の把握も必要であり、そのためにも過去の気候変動再現データの活用が重要である。
 気候モデルの高度化について、モデルの解像度と多数アンサンブル実験のメンバー数には計算機資源の制約からトレードオフの関係があるが、評価の精度を保証するため、台風については、最低でも20km程度(日本周辺域での台風プロセスが表現可能)、梅雨等については現象規模に応じて数kmスケールまでの高解像度化が必要である。また要素モデルについては、これまで考慮が十分でなかった現象及びそれに伴う気候への影響を取り込むため、都市環境陸面過程・雲量・エアロゾル等に関する最新の科学的知見を気候モデルに導入することが必要である。
 一方、影響評価については、ハザードのみならず脆弱(ぜいじゃく)性と曝露(ばくろ)も考慮し、社会的な要素を取り込んだ評価に取り組む必要がある。このためには、IAV及びその要素モデル(影響評価モデル等)についても、適応計画の対象である農林水産業、水環境・水資源、自然生態系、自然災害等の分野において、モデル構築に必要となる条件データの収集及びプロセスモデルの開発・改良を行うべきである。さらに、目的に応じて気候モデルとIAV(要素モデルを含む)を結合するとともに、予測計算等の前提となる社会経済要因の違い(SSP)を適切に考慮し、気候変動予測の最新知見やフィードバック等の相互作用、気候及び社会経済要素を取り込んだ高精度かつ現実的な評価を行っていくことも重要である。これらを通じて、脆弱(ぜいじゃく)性と曝露(ばくろ)も考慮した影響評価が可能となる。同時に、ESMとIAVの結合は、炭素循環の把握を始めとした緩和策検討の観点からも重要であることから双方の視点で取り組むことが必要である。
 さらに、これらの取組を一体的に推進することにより、これまで創生プログラムの成果が活用されてきた自然災害等の分野に加えて、例えば、再生可能エネルギー分野(施設設置に当たってのポテンシャル評価等)等を含む新たな分野への情報提供が可能となり、アジア諸国や途上国にも貢献できる可能性がある。
このほか、適応ニーズやその優先順位、また、立案された適応策等を評価する方法論や、これらの評価に必要となる21世紀末までのシームレスな時間軸での将来予測技術の開発も重要である。

ウ.基盤的モデル開発

 気候変動の緩和策・適応策に資する気候予測・影響評価研究の基盤として、信頼性の高い気候モデルの開発が不可欠である。具体的には、「ア.炭素循環・気候感度に関する取組」や「イ.統合的予測・影響評価に関する取組」の研究開発(気候感度の不確実性低減、予測や影響評価のための精度向上等)の基礎となる取組の強化が必要である。また、これらの研究開発を通じて、IPCCに対する我が国の貢献や、緩和・適応に向けた世界的な議論や取組におけるプレゼンスを維持していくべきである。
 上記に資する具体的な研究開発要素として、雲・降水・放射・海洋・陸面等のプロセスの高度化や予測システム・大気海洋結合過程等の改良、効率的なモデル開発に向けた気候モデル群の共通化等が挙げられる。これらモデル開発を通じて、地域規模の降水や海面水位といった人間社会にとって重要な気候変動の予測精度向上に取り組むとともに、過去事象の要因分析(イベント・アトリビューションを含む)への取組を強化することが重要である。
 そうした分析には、過去の気候変動に対する自然変動と人為起源変動の寄与を、そのメカニズムとともに十分に理解しておくことが必要である。自然変動及び人為起源変動の考慮は、気温等の変動のタイミングを含め将来予測を正確に行うためにも必要である。自然変動を考慮した過去及び将来の気候の正確な把握の観点から、データ同化技術の高度化も重要であり、データ同化技術を用いて予測の精度を向上させるとともに、観測分野との連携や過去の気候変動の再現が必要である。今後は、従来のデータ同化で主に用いられてきた気温、水温、気圧等の要素だけでなく、二酸化炭素、エアロゾルといった生物化学的要素等の取り込みも重要となってくる。加えて、モデルによる予測や影響評価の不確実性の低減に向け、多数アンサンブル計算のような確率的評価技術の活用も重要である。

(2)研究開発において留意すべき事項

 (1)の研究開発課題に関する取組に当たっては以下のア~ウに留意すべきである。

ア.戦略的な国際対応

 緩和策・適応策の基盤となる科学的情報を提供する国際的枠組みであるIPCCについて、我が国のプレゼンスや研究水準の向上の観点から、AR6の作成プロセス(研究成果の提供、CMIP6やCORDEX等の国際比較プロジェクトへの参画)に対応していくことが重要である。その際、我が国の先進的な研究分野や諸外国の動向を考慮しつつ、必要に応じて我が国における研究の重点化や国際連携の取り方等を検討することが望ましい。
 途上国に対し緩和策・適応策に資する情報を提供することも重要である。途上国は我が国のビジネス活動等の拠点でもあり、気候変動に伴う途上国での災害が我が国の産業にも悪影響を与えうることや、気候変動対策の検討が本格化する中で緩和・適応に関するビジネスが生まれつつあることを念頭におく必要がある。グローバル化が進行する中で我が国と途上国の社会的ニーズ(保険などのリスク移転ツール設計・普及、再生可能エネルギーの開発・普及・導入等)に応えていくためには、海外の様々な地域を対象とした気候予測・影響評価研究を実施し、リスクを把握しておくことが重要である。

イ.社会への発信とユーザとの対話

 予測計算結果の解釈の理論的かつ明瞭(めいりょう)な社会への発信や、気候予測や関連するリスク情報及びその不確実性に関するユーザーとの対話が重要である。そのためには、このような情報発信や対話の主体や方法について検討するとともに、不確実性下での意思決定に資する科学的知見の提供やその在り方等にも留意して研究を進めることが望ましい。

ウ.関係府省庁との連携

 関係府省庁における気候変動の緩和策及び適応策に積極的に貢献するため、気候変動研究を推進していくに際し、その研究成果の利用が想定される関係府省庁と密接に連携し、情報共有や適切な役割分担を図っていくことが重要である。

 

附属資料

「今後の気候変動研究の在り方に関する検討会」における議論の経過

第1回 平成27年11月16日

  • 検討会の設置及び運営について
  • 検討会の論点について
  • 専門家からのヒアリング(気候変動研究のこれまでの成果と今後の課題について)

第2回 平成27年12月25日

  • 専門家からのヒアリング(気候変動研究のこれまでの成果と今後の課題、気候変動研究に関する国際動向、我が国における気候変動政策について)

第3回 平成28年2月5日

  • 専門家からのヒアリング(今後に向けた具体的な研究開発課題について)

第4回 平成28年2月29日

  • 意見のまとめ骨子案について

第5回 平成28年3月18日

  • 「今後の気候変動研究の在り方について(案)」について

今後の気候変動研究の在り方に関する検討会構成員名簿

(平成28年3月31日現在)

【構成員】


秋元 圭吾

公益財団法人地球環境産業技術研究機構地球環境産業技術研究所、システム研究グループ グループリーダー・主席研究員


石川 洋一

国立研究開発法人海洋研究開発機構 気候変動適応技術開発プロジェクトチーム プロジェクト長


市橋 新

東京都環境科学研究所主任研究員

座長代理

江守 正多

国立研究開発法人国立環境研究所地球環境研究センター 気候変動リスク評価研究室長


沖 大幹

東京大学生産技術研究所 教授


河宮未知生

国立研究開発法人海洋研究開発機構統合的気候変動予測研究分野 分野長

座長

高村ゆかり

名古屋大学大学院環境学研究科 教授


高藪 出

気象庁気象研究所環境・応用気象研究部 部長


筒井 純一

一般財団法人電力中央研究所環境科学研究所 副研究参事


手塚 宏之

JFEスチール株式会社技術企画部地球環境グループリーダー・理事


中北 英一

京都大学防災研究所 副所長・教授


中静 透

東北大学大学院生命科学研究科 教授


渡部 雅浩

東京大学大気海洋研究所 准教授

(50音順、敬称略)

【関係府省庁】

中島 英彰

内閣府政策統括官(科学技術イノベーション担当)付参事官(グリーンイノベーション担当)

吉田 綾

外務省国際協力局気候変動課気候変動交渉官

作田 竜一

農林水産省大臣官房政策課環境政策室長

安達 巧

農林水産技術会議事務局研究開発官(基礎・基盤、環境)室研究専門官

田尻 貴裕

経済産業省産業技術環境局環境政策課地球環境対策室長

小川 智

国土交通省総合政策局環境政策課交通環境・エネルギー対策企画官

吉松 和義

気象庁地球環境・海洋部地球環境業務課地球温暖化対策調整官

竹本 明生

環境省地球環境局総務課研究調査室長


お問合せ先

研究開発局環境エネルギー課

メールアドレス:kankyou@mext.go.jp

(研究開発局環境エネルギー課)