資料2-2 リスクコミュニケーションの推進方策に係る事例

2013年4月26日

リスクコミュニケーションの推進方策に係る事例

三上直之(北海道大学)

1 「価値共創」への対話の場をつくるために

・ これまでの実践的研究の蓄積とその活用:科学技術が深く関わる社会的課題について、一般の市民を含む多様な主体が対話しながら解決策を探り、政策形成に結びつけていこうとする試みは、これまでも様々な形で行われてきた。「科学技術への市民参加」手法・システムの実践的研究の一連の流れは、そうした試みの代表的なもの。BSE問題や遺伝子組換え作物などを始めとする食の安全・安心の問題、再生医療や遺伝子治療、脳死・臓器移植など生命・医療倫理に関わる問題、情報技術やナノテクノロジーなどの先端技術の応用、地球環境問題(気候変動や生物多様性)など、多様なテーマが対象に。手法としても、「コンセンサス会議」や「シナリオ・ワークショップ」「討論型世論調査」など諸外国からの導入したものだけでなく、「統合型pTA (participatory Technology Assessment)会議」や「対話フォーラム」など、日本のプロジェクトの中で開発されたものも。
 → いずれも広義の「リスク」に関わる主題を扱う取り組み。新たに注げるリソースに限りがあるという前提で考えると、これらの蓄積を生かせるかどうかが、リスクコミュニケーションの推進方策を考える際の最大の鍵ではないか。下記の「政府DP(Deliberative Poll)」の事例を、一つのとっかかりとして考えてみたい。
・ [事例]政府DP:上記の蓄積の一種の延長線上に、昨年夏の「エネルギー・環境の選択肢に関する討論型世論調査(いわゆる政府DP)」がある。実施経過と結果は、実行委員会による報告書(概要版)を参照。これまで極めて閉鎖的な意思決定がなされてきた原発・エネルギー政策の分野に、一般から無作為抽出した国民(「ミニ・パブリックス」)の話し合いの結果が導入されたという歴史的意義は大きい。リスクコミュニケーション、メタ・リスクコミュニケーション(付録参照)としての価値も高い。その一方で、下記のような課題、教訓も残った(第三者検証委員会報告書も参照)。
▼課題と教訓:<1>対話の場の創出が求められる機会に対して、関連する主題の専門家やコミュニケーションの専門家が十分に対応できなかったこと(既存のネットワークは一定程度生かされたが、組織化が不十分だった)、<2>正統性のある独立した運営主体の立ち上げが困難であった(常設的な組織の必要性?)、<3>政策決定過程の中での位置づけが曖昧なままスタートしたため、討論型世論調査の結果と意思決定との関係が終始明確にされないままであった。
 → 本作業部会の課題に即した教訓として、<1>リスクに関わる主要な課題の専門家と、対話・コミュニケーションの専門家の平生からのネットワークの強化(“アイドリング”の重要性)、<2>対話の場を組織できる(半)常設組織・機関の必要性、<3>対話の場における「価値共創」の営みを、政策形成に生かすための位置づけの明確化(プロセス・制度のデザイン)――などがある。

2 人材育成について

・ 人材の確保と組織化の重要性:政府DPの経験からも、対話の場の創出、リスクコミュニケーションの実践を担える人材の確保と組織化が、リスクコミュニケーションの推進方策の一つのポイントとなるだろう。
・ [事例]北海道大学科学技術コミュニケーター養成プログラム(CoSTEP):事例の詳細は参考資料(基本計画推進委員会 2012.1.24での杉山教授報告資料)を参照。以下、本作業部会の議論への含意を中心に。
(1) 「コンテンツ制作」と「対話の場の創出」:印刷物や映像・音声メディアで効果的に伝える技術と、多様な人々が話し合う場づくりの能力とがセットになって、科学技術コミュニケーションの取り組みが成立。
 →リスクコミュニケーションの実践でも、対話の場の創出と並んで、対話の材料となり対話を喚起するようなコンテンツ(印刷物やウェブ、映像・音声など)の制作力が肝要。(参考:CoSTEPスタッフによる最新の研究「映像メディアを介した新たな科学技術対話手法の構築」(科学研究費補助金基盤研究(C) 課題番号 24501085、代表・早岡英介氏)
(2) 育成する人材像について:狭義の「職業」に限らず、「役割」として科学技術コミュニケーターを位置づける。(企業関係者や行政職員、教員、メディア関係者、研究者など、それぞれの立場で役割を果たしうる)
 →リスクコミュニケーションの「専門」人材の育成・確保も同様に考えられないか。(そもそも、リスクコミュニケーションの実践も、科学技術コミュニケーターの重要な守備範囲の一つとなりうる)
(3) 実践・教育・研究の相乗効果:討論型世論調査やコンセンサス会議などの企画運営を通して、コミュニケーションの実践家としてのトレーニングを積む。そうした実践が、科学技術コミュニケーション、リスクコミュニケーションの研究対象ともなる。
 →対話の場の創出を担う常設的組織のあり方を考える上での参考に。実践・教育・研究などの役割を兼ねることで、コミュニケーション活動に必要なリソースを結集しやすくする。リスクコミュニケーションや対話の場の創出に大学が果たしうる役割も、改めて強調したい。

(付録)リスクの考え方と「メタ・リスクコミュニケーション」の大切さ
・ リスクとは何か:ここで厳密な定義論を展開するつもりはないが、安全・安心を脅かす要因それ自体がリスクなのではないという点は確認しておきたい。危害や災難を受けるおそれのある主体が、それらをいかなるものとして理解し対処するかという、その理解・対処の一つの様式がリスクである。この、自らの身にふりかかる災難を「リスク」として理解し対処する様式が、諸般のなりゆきによって、世の中の隅々にまで行き渡るようになっている点に、現代社会の大きな特徴がある。ここ数十年間の社会理論の研究が「リスク社会」や「再帰的近代化」などの概念を生み出しつつ示してきたのは、まさにそうした時代診断であった。
・ 他の様式:リスクが危害・災難それ自体ではなく、それを理解し対処する枠組みだということをハッキリさせるには、リスクとは異なる理解や対処の様式を考えてみればよい。すぐに思い浮かぶのは「運命」である。自然災害や病気などの危害や災難を、人智を超越した必然として理解するような文化は、世界中を見渡し、歴史を溯ればむしろ多数派であったであろう。もう一つ別種の様式として、危害・災難は規制や計画、管理等の手段で押さえ込むべきであり、それは可能だと考えるものがある。「安全神話」とは、この様式が持つ負の側面を強調した呼び名に他ならない。少し乱暴にまとめると、「運命」が前近代の様式だとすれば、「安全神話」的なものは“第一の近代”、そして「リスク」は“第二の近代(再帰的近代)”の様式だ、ということになる。
・ リスクという様式の主たる構成要素:<1>当の主体による意思決定(例えば、価値実現のためにある行動を取るか/取らないか、など)が存在する、<2>危害・災難の発生やその裏返しとしての価値実現は確率的事象である(もしくは主体の制御の及ばない高い不確実性を有する)。
・ メタ・リスクコミュニケーション:以上から得られる実践上の含意は、リスクコミュニケーションが成立するためには、対象となる主題を「リスク」の様式によって理解し、対処法を探ろうという了解が参加者間に必要だ、ということである。ここでは、それをかりに「メタ・リスクコミュニケーション」と呼んでおく。もっとも、対話のテーブルに着く前に、あらかじめメタ・リスクコミュニケーションが完了していなければならないというものでもない。これまでの対話の実践経験から言えば、今まで無意識のうちに「運命」や「安全神話」で捉えてきた問題を、参加者自らが話し合ううちに「リスク」の様式で了解しなおすようになる、といったこともしばしば起こるからである。また、こうしたメタ・リスクコミュニケーションの過程を経ることで、「リスク」の様式によって冒してはならない領域や、リスク概念の改善の必要性なども見えてくるのかもしれない。
・ 平時が重要である理由:こうしたメタ次元での議論は、やはり平時に行っておくに限る。有事には有事固有のリスクコミュニケーションが求められるだろうが、それに対処するには、社会としての地力のようなものが必要だと思われるからである。メタ・リスクコミュニケーションの要素を含む様々な対話(上記の1. で触れたものは全てその実例と言える)を普段から繰り返しておくこと――それも単なる畳水練ではなく、抜き差しならない問題について話し合うこと――は、私たちがリスクという様式を飼いならす術を磨くには格好の方法である。

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