地球観測推進部会 北極研究検討作業部会報告書-中間とりまとめ-

平成22年8月
科学技術・学術審議会 研究計画・評価分科会 地球観測推進部会 北極研究検討作業部会

 1. 序文

 北極は、地球温暖化による平均気温の上昇が最も大きく、地球上において気候変動による影響が最も顕著に表れると予測される地域の1つである。また北極における変化は、大気・海洋循環の変化や雪氷圏変化などを通して、全球的な気候システムにも大きな影響をもたらす可能性があることから、気候変動のメカニズム解明のため、北極における継続的な地球観測を実施することは非常に重要である。

 他方、我が国への影響という観点からは、特に最近の北極振動の振舞いに伴う異常気象の発生などによりその重要性が改めて認識されるとともに、海氷減少に伴う北極航路の活用など経済活動の面からの関心も高まっている。また北半球に位置し、しかも気候・環境的にも北極域・高緯度の影響を強く受けている日本としてはより組織的な北極圏研究をすべきである。

 「地球観測における推進戦略」(平成16年12月、総合科学技術会議決定)に基づく我が国の地球観測推進の取組において、地球観測連携拠点(温暖化分野)が、重要であるにもかかわらず依然不十分である極域及び雪氷圏の長期継続観測の実現に向けて、「雪氷圏観測の機関間連携に関する取組について」が平成22年3月にまとめられ、地球観測推進部会に報告された。

 こうした状況を踏まえ、北極における我が国として組織的かつ継続的な観測・研究体制を整備し、関係府省庁・機関間の連携をより強化することにより、我が国の北極研究の一層の推進を図るため「北極研究検討作業部会」を設置し、我が国における北極研究の強化に向けた検討を実施した。なお、検討にあたっては北極に限らず広く雪氷圏を視野に入れて議論を行った。

2. 北極圏研究の現状

(1)我が国における北極圏研究の現状

我が国の現在の北極圏研究を概観すれば各研究機関別に以下の通りとなっている。

a) 国立極地研究所(NIPR)

 NIPRは、長く南極観測を続けてきたが、1990年、新たに北極環境研究センターを設置し(2004年に北極観測センターと改称)、現在我が国における北極研究の中核研究機関としてノルウェーのスバールバル諸島の観測基地を中心とした観測施設を管理・運営している。同観測基地は大学等の研究者への共同利用施設として提供され、オーロラ・大気・雪氷・陸上生態系等の観測を実施している。特に、南北両極の比較観測に重点をおき、その分野においても実績がある。また、総合研究大学院大学極域科学専攻の基盤機関として、大学院教育にもあたっている。

b) 海洋研究開発機構(JAMSTEC)

 JAMSTECは、国際連携による現場観測、衛星データ収集を含む統合的データ解析及び数値実験を組み合わせることにより、北半球寒冷圏の海洋・雪氷・大気・陸域システムの実態・変動とプロセスを把握する北半球寒冷圏研究プログラムを実施している。また、様々な国際協力も活用しながら海洋地球研究船「みらい」をはじめとする船舶を用いた海洋観測や現地調査協力による陸域観測を行っている。1997年からはアラスカ大学に設置された国際北極圏研究センター(IARC)と共同研究もしくは委託研究を実施している。

c) 宇宙航空研究開発機構(JAXA)

 2009年に策定された「日本の宇宙基本計画」において、アジア等の地域に貢献する陸域・海洋観測衛星システム及び全球環境変動と気象観測衛星システムに関する衛星計画が研究開発計画に取り込まれることとなった。

 JAXAは、地球観測衛星長期計画に基づいて陸域観測技術衛星「だいち(ALOS)」をはじめ、水循環変動観測技術衛星「Aqua」や温室効果ガス観測技術衛星「いぶき(GOSAT)」等の観測衛星を有しており、こうした衛星観測データを北極域の陸海域双方で提供・活用することで北極域観測に貢献している。1999年からはIARCとの共同研究も実施している。

d) 総合地球環境学研究所

 総合地球環境学研究所では、人間と自然との相互作用のあり方を捉え直すべく、文理融合型のプロジェクト研究を行っている。北極域関連研究としては、1.東北アジアの人間活動が北太平洋の生物生産に与える影響研究、2.温暖化するシベリアの自然と人-水環境をはじめとする陸域生態系変化への社会の適応、3.中央アジアの氷河を水源とする乾燥地の研究、の3つが行われている。

e) 気象研究所

 気象研究所においては、積雪変質アルベドモデルや海氷モデリングを始めとする各種のモデルを研究するとともに、北極圏における大規模な観測は行っていないものの、衛星データの活用や札幌での現地観測を実施している。これらを通じて、北極圏温暖化のメカニズムの解明と影響評価の研究を行っている。

f) 国立環境研究所

 国立環境研究所では、シベリアの拠点での観測活動に加え定期貨物船や旅客機を利用した温室効果気体観測を行っている。また、大気海洋結合モデルを検証するとともに気候再現シミュレーションを実施し、長期観測データと統計解析することで北極圏陸域の温暖化及び降水量の変化の原因特定に関する検証を行っている。

g) 森林総合研究所

 森林総合研究所は、これまで関心の高かった熱帯林に加えて、永久凍土の分布とも密接に関連している周極域の森林生態系の研究を進めている。特に1990年代以降シベリアの北方林の研究が進んだ結果、北方林における多様な植生・土壌分布が明らかになった。北極域の温暖化に関しては、特にこうした多様性が北極域内の各地域におけるそれぞれの温暖化シナリオに与える影響に着目して研究を進めている。

h) 北海道大学

 北海道大学では、低温科学研究所をはじめとする多数の部局にて北極研究を行っている。研究対象は、北米/ベーリング海、シベリア/オホーツク海、モンゴル・北欧/スラブ・ユーラシア、北極海と幅広く、森林火災・海氷に関してはIARC/JAXAとの共同研究、水循環・雪氷変動についてはJAMSTECとの共同研究である。「おしょろ丸」による北極海観測や留学生受入れによる人材育成も行っている。

i) 北見工業大学

 北見工業大学では、個人的なネットワークを生かした多数の研究機関、他大学との連携研究を機動的に進めている。その研究内容は幅広く北極域の海陸双方を対象として多岐にわたるものの、いずれも短期的な共同研究への参加が中心である。教育活動の観点から、若手研究者を派遣することで北極研究に携わる人材の育成も行っている。

j) 東京大学大気海洋研究所

 東京大学大気海洋研究所は、モデルによる研究を通じての将来予測や気候システムの振る舞いの理解に繋がる研究を行っている。北極域関連研究としては、イ)モデリングによる北極振動のメカニズムと予測可能性、ロ)北極海の海洋と海氷のモデリング、ハ)グリーンランド氷床の変動と気候感度、ニ)過去の高緯度気候のモデリングの4つテーマに沿ったモデルの研究を行っている。

k) 東京海洋大学

  東京海洋大学は、2008年の国際極年を契機に北極研究として、海洋観測と Aquaなどの衛星観測データの高度利用を行っている。特に海洋観測に関しては、「みらい」・「おしょろ丸」を利用した観測に加え、2013年まで担保されているカナダ砕氷船による観測や2011年より開始される韓国砕氷船による観測など海外砕氷船による観測も行っている。

l) アラスカ大学国際北極圏研究センター(IARC)

  1997年に日米両国が共同して設置した北極圏の気候変動の研究機関で、日本からは上述の通りJAMSTEC及びJAXAが、米国からは国立科学財団(NSF)、エネルギー省(DOE)、航空宇宙局(NASA)、大気海洋庁(NOAA)が参加している。JAXAの衛星データを利用した北極圏森林火災の影響調査やJAMSTECの観測データを活用して海陸域での様々な寒冷圏プロセスのモデルと観測による研究が行われている。

(2)北極圏研究の国際的枠組み

北極圏研究に関連する代表的な国際的枠組みとしては以下のものがある。

a) 国際北極科学委員会(IASC)

 IASCは北極及び北極が全球システムに与える影響についての科学的理解を深めることを目的として1990年に設立され、現在我が国を含む19カ国が加盟している。IASCは以下(b,c,d)の活動の支援も行っており、北極研究の中長期的な計画を提言している。

b) 国際北極科学計画会議(ICARP/ICARPII)

 ICARPでは、北極研究の関係諸機関がかかわる中期的な研究計画を作成している。10年に1度北極研究計画に関する的を絞った提言書を作成し、10~15年ぐらいのスパンでの国際協力の方向付けを行っている。2005年にはICARPII科学計画書(*1)が作成され、現在の北極研究における主要なガイドラインとなっている。

(*1) http://web.arcticportal.org/iasc/science-development/icarp

c) 国際北極変化研究委員会(ISAC)

 ISACは、北極システムの変化とそうした北極の変化が全球システムに及ぼす環境影響を研究するべく、学際的な長期計画を策定している(*2)。北極システムの変化への理解を促進・文書化し、科学的な要請に基づく観測とモデルの統合を行うなど、将来の影響の評価のための必要な科学的知識を提供すべく、網羅的な活動を展開しようとしている。

(*2) ISAC Science Overview DocumentとISAC Draft Science Plan: http://www.arcticchange.org/

d) 持続的北極観測ネットワーク(SAON)

 SAONは、2006年の北極評議会の決議に基づき開始されたものであり、北極において、持続的で費用負担なく、公開された、かつタイムリーな質の高い観測データへのアクセスを可能とする北極観測活動をどのように実現するかについての提言を行っている。

(3)諸外国における北極圏研究体制

 北極圏に領土・領海を有する北極国においては、ノルウェーやロシアのように北極研究の中核研究機関が強力に牽引するタイプや、米国のように国家戦略の観点から北極圏研究の目標を設定する政府内委員会を置き複数の中核研究機関が研究を遂行するタイプに大別されるが、北極圏研究が国家として戦略的に推進されている。また、非北極国においても、ドイツのように中核研究機関が設立されている国や、中国のように政府内委員会の管轄のもと北極圏研究を進める中核研究機関が設立されている国もある。このように、海外の北極圏研究の有力国においては、北極国・非北極国の区別なく北極圏研究の体制が機能面から十分に整備されている事例が多い。

3. 我が国の北極圏研究の将来戦略

(1)北極圏研究における戦略的重要課題

 北極圏研究の重要性は、北極がもたらす全球の気候変動へのフィードバックや我が国への影響に基づいており、将来の変化を的確に予測し、必要な対策を講じるためには、気候モデルにおける北極地域の水・物質・エネルギー過程の精緻化を図ることが優先順位の高い課題である。このモデリングの高度化のためには、未だに十分とは言えない古気候を含む観測データの充実が不可欠である。また、北半球高緯度の寒冷圏を含む北極圏での急激な気候変化のプロセスとメカニズムをより精確に評価し気候モデルと対話できる「北極圏システムモデル」の構築も重要であり、このための観測・プロセス研究の高度化も同時に必要である。

 これらの気候モデルの精緻化、および「北極圏システムモデル」の構築にあたっては、モデリング研究者が観測研究者と協力して、モデルの高度化・精緻化に必要な観測情報を提示し、観測研究者側は、最適な観測データを提供しつつ、現実のプロセスにとって重要な新たな観測事実も提示するという観測研究者と気候モデル研究者の協働による進め方が適当と考えられる。

a) 北極圏気候モデルの改良・高度化

 近年、北極において地球温暖化の影響と考えられる事象が増加している。すでにここ20年程度の間に北極域では気温上昇、そして顕著な雪氷衰退が起こっているが、特に、2007年夏期に北極海の海氷が激減し、同年9月には海氷面積が観測史上最小となったことは記憶に新しい。しかしながら、現実に進行している北極圏の温暖化と、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が予測している温暖化には乖離があり、その地域性や物理過程なども含め、まだ大きな不確定性を残している。また、北極振動指数の変化により北極圏の寒気が中緯度地域に流れ込み、地域的な寒波や我が国の不順な天候に影響与えるなど、気候・気象の極端現象に、北極圏の変化がどう作用しているかについては、その重要性にもかかわらず、十分に解明されていない。IPCC第4次評価報告書においても、「極域の複雑な大気・海洋・陸域凍土及び生態系に対する理解が不十分であり、また観測データの不足により極域のモデル評価にも課題がある」と報告されている。気候モデルについては、北極海における海氷面積が、その後回復傾向を見せているとはいえ、IPCCの予測を超える速度で減少したことは、気候モデルにおける北極領域の再現性において大きな課題があることを示している。将来予測を改善し、どのような影響が発生するかを見極めるためには、必要なデータの取得・整備など観測データを充実させ、既存のシミュレーション結果を北極域の気候モデル研究者と観測研究者が協働して解析・検証し気候モデルの改良・高度化を行うことが喫緊に取り組むべき北極圏研究における戦略的重要課題である。

b) 観測研究を通じたプロセスとフィードバック過程の解明

 気候モデルの改良・高度化が北極圏研究における最重要課題であるが、この課題に密接に関連した以下に列記するプロセスとフィードバック過程の解明は、地球の水・物質循環や生態系への影響も含めた重要な課題として位置付けられる。

イ) 北極海の急激な変化の発生と原因

 海氷の急激な減少や海水温の上昇及び海氷運動の活性化、海氷変化が大気の挙動を制約し海氷変化を加速すること、海氷減少や海洋循環及び貯淡水量変化に伴う北極海生物化学過程への影響と海洋酸性化が起こっているが、いまだ総合的な理解はできていない。

ロ) 北極圏の雲、エアロゾル、雪氷が放射収支に与える影響

 北極圏の気候形成のもとになるエネルギー収支を支配する雲、エアロゾル、中でも放射強制力を弱め地球温暖化作用のあるブラック・カーボンは大気中においても、また積雪や海氷の表面においても大きな影響を与え得るものとしてその実態の把握が必要ある。

ハ) 氷床・氷河群の変化の実態とその機構

融解域が拡大し流速や流出が増大していると言われているグリーンランド、全面的に後退しつつある北極域やユーラシア・アラスカの氷河群の衰退の実態およびその水収支や海水準への影響を早急に把握すると共に、古気候・古環境を研究を通じて過去の地球環境の変化も把握する必要がある。

ニ) 永久凍土の融解過程とその影響

 北半球寒冷圏の凍土融解が進行しているが、その水文学的影響、陸域生態系変化への影響の解明は、陸域からの温室効果気体放出・吸収の変化、その温暖化へのフィードバックも含めた評価が早急に求められている。特に、ユーラシア寒冷圏の凍土はタイガ(北方林)との共生的関係を有しており、温暖化によるこのシステムの変化は、北極海域水循環や生物多様性にも大きな影響を与える可能性があり、その評価は重要である。

(2)「北極圏環境研究コンソーシアム」の設置と体制整備

 北極圏を巡る重要課題は、分野横断であってかつ総合的であるとともに、モデリングと観測の共同作業を含み、多くの研究者の連携を必要とすることから、適切な研究推進体制を整えることが的確な対応、効果的・効率的な成果創出につながる。国内の研究推進体制という観点からは、我が国においては大学共同利用機関である国立極地研究所に北極観測センターが設置され、我が国の中核研究機関として位置付けられ、独立行政法人や様々な大学がその研究ポテンシャルや機関の有する特長を活かして、多様な研究活動に取り組んでおり、一定の存在感を示していることはすでに概観した通りである。しかしながら、我が国全体としての総合力や連携による相乗効果を十分に発揮しているというには未だ改善の余地がある。

 一方で、海外においては北極圏研究を中核研究機関が強力に牽引する、もしくは政府内委員会により多数の中核研究機関を牽引して北極圏研究を一体的に推進する例が多く見られ、これらも参考となる。我が国において、北極圏研究における総合力を発揮するためには、モデリング及び観測双方の分野の北極圏研究関係者が広く結集して議論を行い、戦略と方向性を見いだし、連携していく、またデータ・研究成果を共有・発信し、さらには新たな研究に協調して取り組んでいく、という共通プラットフォームとなる組織を整備することが有効であると考えられる。このため、「北極圏環境研究コンソーシアム」(仮称、以下コンソーシアムという)を設置し、多岐にわたる各研究機関間の連携を推進し、オールジャパン体制による北極圏研究の強化に取り組むことが適当である。このことは、また限られた研究資源を共有することで、有効活用し、より大きい効果をもたらすことにつながる。

 また、コンソーシアムは、広く研究者が結集する緩やかな連携組織であることから、より焦点を絞ってモデルと観測の融合をはじめとする研究計画、持続的に強化する観測、国際協力、人材育成など課題別に具体的な議論を行う場をコンソーシアムの中に設置することが、コンソーシアムを北極圏研究の実質的な推進役として真に機能するものとするためには不可欠である。

 コンソーシアムの事務局は、海洋研究開発機構の協力を得つつ、国立極地研究所が担うべきである。また、日本として、現有の資源をもとに最大限の効果を発揮する体制を考える必要がある。連携は一つの方法ではある。しかしながら現在、研究機関が分担している業務にみられる重複と不足が見られ、このような視点から考えると、現在の状況は必ずしも妥当とはいえない。それを是正するには組織的調整が必要である。研究機関・グループの再編および構築を実施することにより、日本として効率的・効果的に研究を行っていける体制を築くことが重要である。

(3)「北極圏気候変動研究プロジェクト」の創設

 北極圏研究における重要課題は、北極の変動がもたらす全球の気候変動へのフィードバックや我が国への影響の解明及び将来予測であり、そのためのモデル研究とモデルの精緻化に直結する観測研究をパッケージで推進する必要があることから、「北極圏気候変動研究プロジェクト」(仮称)を立ち上げることが適当である。北極圏総合研究の実施にあたっては、モデルと観測をつなぐデータ同化研究、各機関・大学等で取得されている観測データの統合も並行して推進することがモデル研究の一層の精緻化には不可欠であり、パッケージの一環として取り込むことが重要。

 また、これらの研究を国際研究計画として提案し、モデリングと観測が一体となった国際共同研究を主導することも一案である。プロジェクトの実施期間としては、概ね5年程度として、この期間に集中的に取り組み、北極圏・ユーラシア寒冷圏の極めて大きな温暖化進行の精確な予測と、その雪氷圏や生態系へのインパクトと気候フィードバックの評価等を当面の目標とすることが考えられる。北極圏研究には、中長期的に取り組まなければならないことは自明であるが、解決すべき課題を明確にし、各機関が連携して研究を行い、その成果を踏まえて、選択と集中による重点化を図りつつ新たな研究計画を策定するという研究のPDCAサイクルを内在した取り組みが求められる。

 5年間の目標としては、まず観測とモデリングのインターフェースを促進して気候モデルを精緻化し、北極における地球温暖化の影響を明らかにする。その後、精緻化された気候モデルをベースとした上で地域モデル活用し、北極域の温暖化によってもたらされる地域的な極端現象や北極振動等の変化を統計的に予測できるレベルを目指し、モデルを駆使して北極における地球温暖化が日本の気候や社会に与える影響等を検証する。

(4)北極圏観測の強化

 北極圏に関する観測データについては、各機関・大学が積極的に取得に努めているが必ずしも十分なデータが得られているとは言い難く、多面的な取り組みが必要である。まず、北極圏環境研究コンソーシアムでの議論をもとに、既存の観測拠点の施設整備の選択的強化と相互利用の推進を行うことが望ましい。具体的には、国立極地研究所などが有する観測拠点を必要性と重要度を考慮し整備を強化するとともに、直接、海氷が後退した北極海の海洋観測が行える海洋地球研究船「みらい」を最大限活用することも視野にその観測能力の拡充などを進めることが望ましい。その際、これらの観測拠点等の相互利用も重要であり、人材交流・育成にも活用されることが期待される。

 また、近年充実が図られている人工衛星Aquaによる海氷を含む水循環観測やだいち(ALOS)との連携による北方林観測、2011年に打上げが予定されているGCOM-W1による海氷変動を含む水循環観測、2014年GCOM-C1による陸上・海洋生態系・積雪・雲・エアロゾルなどの極域環境観測、2013年に打ち上げが予定されているGPM(全球降水観測ミッション)による固体降水観測などの衛星データについても、地上観測データとの統合などを通じて一層の利活用が有効と考えられる。これらの既存および今後の持続的な観測データの取得、着実なアーカイブ化及び利活用しやすいデータセットの整備体制が求められる。

 観測空白域の改善や観測項目の充実については、限られたリソースの中で優先順位を見極めることが重要であるものの、それでも必要な観測には国際協力や利用可能な既存の施設等を活用して取り組むべきである。

 なお、北極海観測には、当面は耐氷性能を有する海洋研究開発機構の海洋地球研究船「みらい」を活用していくことが重要であるが、変化のプロセスを理解し予測するために必要となる海氷域の変化を捉える観測をより機動的に行うべく、将来的には砕氷船の利用についても検討する必要がある。

(5)北極圏研究における国際協力

 国際的な研究計画等の枠組みに基づいて推進されている国際協力の現状を見れば、各機関・大学等の努力によって、研究者・研究機関間のネットワークが構築されてきており、国際的な情報発信や研究成果創出への貢献など一定の存在感を見せているといえる。しかし残念ながら、それらの活動は、個別の研究者・研究機関のレベルにとどまっており、国内の機関・大学等の間での観測データや研究成果の共有など連携が十分ではない。コンソーシアムの活動を通じて、国内の連携を強化し、国際的な情報発信、個別の国際協力の充実に努めることが重要である。我が国は北極圏に領土領海を持たないため、観測データの取得をはじめ観測活動に制約が生じることは避けられないが、国際協力を推進することにより我が国単独では得られない観測データ、研究成果を協働して生み出すことが可能となる。我が国として重要な観測データについては、国際研究コミュニティーに対して国際共同研究を提案し、主導することも一案であり、我が国にとっても貴重な研究成果を得るとともに国際社会への貢献も行うことが期待できる。更に、2国間の協力プロジェクトではなく、多くの国が参画する国際研究計画として推進することが観測データ利用と理解に対し有効に機能する可能性がある。

 その際特に注意する必要があるのが、日本としてどのような情報を取得し、どのような知見を得ることが必要かを明確化し、それに沿った国際協力を行うことである。一つの具体的方法は、国際委員会等への積極的参加を行い日本の研究コミュニティーにとって好ましい主張を通じて、日本にとって利益のある事項を国際計画に反映させることである。二つ目は、観測・データ整備等における他国との具体的関係である。この場合は、特に北極国との協力が重要になるであろうし、その場合には一国に偏ることなく、必要な諸国、機関、プロジェクトとの協調を保つことが重要であろう。

 北極を巡る国際的な枠組みとして北極評議会がある。北極評議会は、北極圏の持続可能な開発、環境保護などに関し、北極圏諸国間の協力・交流を促進することを目的として協議を行っており、北極における研究、経済活動等に重要な影響力を有している。北極に領土を有するカナダ・デンマーク・フィンランド・アイスランド・ノルウェー・ロシア・スウェーデン・アメリカの8カ国(いわゆる北極国)を加盟国とする他、フランス・ドイツ・ポーランド・スペイン・オランダ・イギリスがオブザーバ資格を付与されている。北極評議会のオブザーバとなることが、北極圏研究の円滑な推進につながるものと期待される一方、オブザーバ資格の獲得には北極圏研究の実績が有力な根拠となりうる。現在、オブザーバ資格の申請中であるが、北極圏研究の推進にあたっては留意するべき事項である。

 なお、国際協力のひとつとして、アラスカ大学国際北極圏研究センター(IARC)は衛星データの活用拠点や寒冷圏観測拠点として実績があり、我が国の大学との連携により、北極圏システムモデル開発も含めた人材交流の機能も期待できることからその特長を活かした協力を進めることが適当である。

4.結語

 北極圏究検討作業部会においては、北極圏研究の現状を踏まえつつ、ユーラシア寒冷圏を含む北極圏研究における重要課題、国内の研究推進体制、国際協力の在り方等に関して、精力的に議論を重ねた。その結果、我が国の北極圏研究の一層の活性化に向けた骨格を示した。本報告書は中間的なとりまとめであり、この骨格のさらなる具体化に向けた検討を引き続き行う必要がある。

 結びに、本報告、また今後の検討を踏まえて、行政に対して適切な対応を要請するとともに、我が国における北極研究の飛躍をもたらす研究コミュニティーの奮起を促したい。                   

 (了)

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