資料2−3

次世代海洋探査技術分野の取組

次世代海洋探査技術

(1)「ちきゅう」による世界最高の深海底ライザー掘削技術の開発

 人類未踏のマントルへの到達による科学フロンティアの開拓、地球深部の地殻構造、極限領域生物などに関する世界初の知見の獲得のため、世界最高性能の掘削能力を有する地球深部探査船「ちきゅう」による深海底ライザー掘削技術を開発する。

1大深度掘削技術の開発

 本技術は、複雑な地層構造を掘削し、地球深部の目標地層から高品質の試料を改修するための技術である。

必要性

 地震発生メカニズム解明や地球深部に賦存する新たな資源の探索に資するため、従来の商業掘削の対象よりはるか大深度の地層から高品質の試料を採取する必要がある。

効率性

 地球深部探査船「ちきゅう」の運用と合わせ、科学的な成果と新たな課題を反映させながら、我が国主体で新技術の開発・検証・実用というプロセスを繰り返しつつ世界最高の技術開発を行う。

有効性

 本技術開発によって能力向上の図られた「ちきゅう」で海洋地殻を深く掘り抜き人類未到のマントルまでの各地層で試料を採取することは、地球内部の物質循環等に対する理解を進めるなど、科学フロンティア開拓の重要な一助になる。また大深度に賦存する稀少金属資源や有用微生物の発見・採取を我が国が世界に先駆けて行える可能性がある。複数の開発課題があるうち、成果を「ちきゅう」に即時応用できる大深度向けコアバーレルの開発を中心に取組を進めている。

2大水深ライザー掘削技術の開発

 本技術は掘削の探査能力を拡大するため、2,500メートルを超える大水深においてライザー掘削を行うための技術である。

必要性

 巨大地震やそれに伴う津波の発生源になるプレートの沈み込み帯は、我が国では日本列島の太平洋側に沿う大水深海域に存在し、崩れやすい地層や非常に硬い地層を途中に含む海底下を掘進して調査するには、できるだけ大水深でライザー掘削するための技術の確立が必要である。

効率性

 「ちきゅう」は科学目的において世界で唯一ライザー掘削が可能な船舶であり、この運用と合わせて、我が国主体で大水深ライザー掘削技術の開発・検証・実用というプロセスを繰り返しつつ技術開発を行う。

有効性

 日本列島の太平洋側に沿うプレート沈み込み帯を、大水深・強潮流などの悪条件を克服してライザー掘削調査できるようにすることで、海溝型地震のメカニズムの解明が進み、予測による震災被害極小化につながることが期待される。「ちきゅう」による南海トラフ地震発生帯掘削計画では、黒潮の影響を受ける可能性があるため、強潮流対策技術の開発に先行して取り組んでいる。

3深部掘削孔内計測技術の開発

 本技術は、巨大地震発生過程の理解、発生時のリアルタイム情報等に資する地震断層の直接モニタリングを行うための技術である。

必要性

 東南海・南海地震など、日本で発生する巨大地震の多くは海底下に震源域がある。地震発生過程の解明、巨大地震災害に対する防災・減災のためには掘削孔を利用した震源域により近接した位置におけるリアルタイムの地震観測、測地観測、地層流体観測を行うことが必要となる。

効率性

 「ちきゅう」により複雑な地層構造を掘削し、海底下深部の地震断層近傍に地震、地殻歪、傾斜、圧力、温度を計測するためのセンサーを設置する。大深度のライザー掘削孔を利用したマルチセンサー観測は世界初の試みであり、センサー・テレメトリ開発とならび重要な技術開発のひとつとしてセンサーなどを孔内に長期安定して設置することが挙げられ、これを「ちきゅう」によるオペレーションで実現する。

有効性

 孔内観測システムと海底ケーブル観測網とを接続することにより、孔内からの観測データは海底の地震・水圧観測データおよび陸上のGPS・地震観測データと一体で解析され、全体として地震発生帯を覆う3次元的な地震・地殻変動観測網を有効に機能させることができる。

4極限環境保持生物採取技術の開発

 本技術は、地殻内深部に生息する微生物の有用物質探索研究等のため地殻内微生物を環境保持しながら採取、維持制御するための技術である。

必要性

 地殻内深部から微生物を採取し有用物質の探索研究に供し、微生物の生体を知り、ゲノム解析や生命の起源進化の解明、産業への応用を可能とするため、地殻内微生物を環境保持しながら採取、維持制御するための技術開発が必要である。

効率性

 「ちきゅう」を保有する海洋研究開発機構は、深海底から保温、保圧の状態で採取、分類、培養する技術として深海微生物実験システムを有しており、これに深海底ライザー掘削技術開発を合わせて新技術開発を実施する。

有効性

 地殻内深部の微生物を採取し培養することにより、新規微生物の発見、生命の生存限界の理解、極限環境適応機構の解明が進められると共に、医薬品の開発、地球環境保全/浄化技術の開発など広く産業、環境問題解決に資するものとなる。最新の研究動向に基づくニーズを的確に把握した上で、基盤技術である採取環境保持技術の開発から取組んでいく。

(2)次世代型深海探査技術の開発

(2−1)次世代型巡航探査機技術

 地球環境問題、地殻変動等の解析に必要な海洋データの取得、排他的経済水域の詳細な海底地形図作成、エネルギー資源の探査等を行うため、あらゆる海域において自在かつ長距離・長時間を航走することのできる巡航型の無人探査機を開発するため、当面、必要となる要素技術を開発する。

1高効率エネルギーシステムの開発

 本技術は、長時間、長距離の観測を可能にするための動力システムの技術開発である。

必要性

 長距離・長時間を無浮上で水中を自動航走するためには、限られた大きさの機体に搭載する燃料の容積を最小かつエネルギー量を最大とし、一方でエネルギー消費量を最小としなければならない。そのためには高効率エネルギーシステムの開発が必要不可欠である。既存の燃料電池システムはオープンサイクル方式を採用しており、この方式だと海中空間では使用できない。本要素技術の開発では燃料電池の素材、構成を変更したクローズドシステムを採用し、独自の閉鎖式固体高分子燃料電池システムの開発によるエネルギーシステムの高効率化を行う。

効率性

 海洋研究開発機構を中心に大学、民間企業及び研究機関との連携により、システムシミュレーション、システム開発を実施。海洋研究開発機構はこれら要素開発から、エネルギーシステム全体までの開発プランニングならびにマネージメントを実施し順調に成果を得ている。

有効性

 高効率エネルギーシステムとしての燃料電池システムは未だ発展段階にあるが本要素技術で開発を行う閉鎖式固体高分子燃料電池システムはその方式が違うことにより、既存の燃料電池システムに比較し新たな知見を得ることが出来、産業分野へのフィードバック等、社会・経済への貢献は大きい。

2高精度慣性航法システムの開発

 本技術は、位置確認が困難な水中を長距離、長時間にわたり正確な航路を維持し航行可能とさせる技術である。

必要性

 長距離・長時間、海中空間を三次元的に航走するため、位置を正確に知る必要がある。しかし、全地球測位システム(GPS)などの広域航法システムを使用することができないため位置を正確に知ることが必要不可欠となるが、現状では長時間に渡って位置を算出できる慣性航法装置は存在しない。本要素技術の開発では、慣性航法装置の有する誤差を打ち消すための独自のシステムを考案し、高精度な慣性航法システムを開発する。

効率性

 航空機器の慣性航法技術開発を継続的に行っている民間企業と共同で開発を実施。また、精度向上技術などでは汎用慣性航法システムの技術を用いるため、大学などと連携し開発を進めている。

有効性

 慣性航法装置の開発には非常に精密な機械加工技術と電子制御装置が必要であり、我が国の得意とする技術分野であり、産業・経済への波及効果は大きい。また、高精度な慣性航法システムの開発により長時間海中を航行する無人巡航機の開発に大きく貢献し、巡航型探査機を用いた新たな産業への寄与も期待できる。

3水中音響技術

 本技術は、水中における長距離のデータ通信、広域なエリアでの位置確認を可能とするための技術である。

必要性

 電波のほとんど伝播しない海中において音響技術は巡航探査機の制御等の唯一の手段である。そのため水中音響技術開発において、音響信号を用いて遠く離れた無人探査機に対して航走シナリオの変更等の指令を送り込む技術、また無人探査機から航走諸元を受取る技術は、無人探査機の安全な運用の面から必要不可欠なものであり、海中における技術開発全般に本要素技術の果たす技術的な意義は大きい。

効率性

 音源の開発を行っている民間企業や、長距離音波伝搬解析を行っている研究機関との連携を実施し効率的な開発を進めている。

有効性

 本要素技術の開発により、無人探査機の安全な航走が確保され、長距離自律航走に貢献する。また、係留系のネットワークの開発や、現在の無人探査機の効率的な運用にも貢献できることになると考えられる。

4精密観測・探査機器の開発

 本技術は、海洋、海底面下を詳細に探査するための高精度で耐圧、耐久性のある観測装置を開発するものである。

必要性

 巡航探査機を用いて地球環境問題、地殻変動等の解析に必要な海洋データの取得、排他的経済水域の詳細な海底地形図作成、エネルギー資源の探査等を行うためには、海底面ならびに海底直下の様子を詳細に調べる必要がある。地殻の変動を知るためには高精度な画像分解能が要求される。エネルギー資源の探査のためには、分解能に加えて、ある程度の物質の判別機能が要求される。このような精密観測の要求に応えられる観測装置に、合成開口ソーナーがある。合成開口ソーナーを用いることにより、従来のソーナーで得られていた画像解像度が飛躍的に向上し、観測対象の微妙な変化や、対象物の形状などが判別可能となる。この合成開口ソーナーの技術開発は海洋の観測・探査を高度化するために必要不可欠な技術であり、その技術的意義は大きい。

効率性

 大学の音響研究者らの知見を得ながら、民間企業等の協力により、効率的に開発を進めている。また、水中音響技術者が多い欧米から情報を得て、合成開口ソーナーの開発に役立てている。

有効性

 先進的な合成開口ソーナーを巡航探査機に搭載し運用することにより得られる情報は、国家セキュリティや国のエネルギー問題解決のための海洋資源開発などの面から社会・経済への貢献は大きい。

(2−2)大深度高機能無人探査機技術

 大深度における地球環境問題、地殻変動等に必要な海洋データの取得及び我が国の経済水域のほぼ全域において、資源採取などの重作業から海底ケーブルの保守などの精密作業までをこなせる無人探査機を開発するため、当面、必要となる要素技術を開発する。

1推進システムの開発

 本技術は、複雑な地形の海底面において試料の採取等、様々な作業を実施するために機敏でフレキシブルな運動能力を発生させる技術である。

必要性

 海溝型地震防災や海底資源探査の観点からあらゆる海底の起伏状況での作業技術が必要となるが、未利用の海底資源や海底地震ケーブルネットワークシステムが敷設あるいは構築される海底は平坦とは限らず、これらの調査観測作業やそれらに伴う重作業を行う場合、現状の無人機の推進システムでは対処できない問題がある。これらの問題点に対処するための要素技術の開発は技術的意義があり、複雑な海底地形上においても機動性を確保するためクローラ・スラスターを併用した新たな推進システムの開発を行う必要がある。

効率性

 関連技術の利活用を行うと共に実施体制としては、すでに陸上におけるクローラー技術の研究開発を大学等との連携を実施し効率的な開発を進めている。

有効性

 本要素技術の開発により、新たな海底資源の調査や高度な海底ネットワークシステムの展開等、エネルギー問題や地震防災からの国民の安全・安心に資する社会的貢献は大きい。

2高機能マニピュレータの開発

 本技術は、深海底において道具を用いて行う資源・試料採取や海底ケーブルシステムの保守・管理及び掘削孔を利用してセンサーの設置など緻密な作業を可能とする技術である。

必要性

 海底資源や未知の生物資源探査のための採取、海底ケーブルシステムの保守・管理及び掘削孔を利用してセンサーの設置などの作業は精密な作業能力が要求されるが高圧の深海では現状の技術では対処できない。このため、深海において高度な空間制御能力による緻密な作業を可能とし、作業種により工具の着脱を可能とし、そこに高度制御システムを実現する高い操作支援システムとを併用したハイブリット制御の高機能マニピュレータの開発を行うことは今後の深海無人機の作業能力向上には必要不可欠である。

効率性

 関連技術の利活用を行うと共に実施体制としては、空間制御システム及びマニピュレータ技術の研究開発を行っている大学等と連携を行い効率的な開発を進めている。

有効性

 これまで不可能であった深海における精密作業が実施可能になることにより、高圧の海底下における精密計測機器の設置や校正から今まで計測できなかった物理現象の把握や深海における未知の有用微生物の発見等、地球物理学や海洋生物学などの学術研究の分野においても新しい知への貢献度は非常に大きい。

3高機能画像システムの開発

 本技術は、深海底において緻密な作業を行うため人間が知覚する感覚に近い映像を捉える技術である

必要性

 大深度無人探査機の推進システムやマニピュレータを用いた海底での作業は人を介して行うため、いかにして人が知覚する感覚と同じ条件に近づけられるかが要求される。従来は熟練のオペレーターが経験と感を基にして操作することによりある程度の作業を可能としてきたが、熟練のオペレーターでなくとも精密な作業ができるような高機能画像システムの開発は高機能マニピュレータの開発とあわせて必要不可欠な開発要素であり、その技術的意義は大きい。開発は深海の高圧下では今まで実現していなかった高機能画像システムとして複数のカメラ画像を合成し、リアルタイムで制御を可能とすることにより立体感、遠近感、広角視野、位置情報、幾何学情報等の三次元情報が確保できる画像システムとその情報を処理するシステムの開発を行う。

効率性

 関連技術の利活用を行うと共に実施体制としては、陸上での画像技術の研究開発の実施がある研究機関との連携を実施し効率的な開発を進めている。

有効性

 大水深において作業を支援する画像システムは世界に存在しない。世界に先駆けて高機能画像システムの開発が実現することによる社会的インパクトは大きい。また、海洋石油関連のプラットホーム等のメンテナンス技術としても、高機能画像システムを用いることにより従来では不可能であったメンテナンスも可能となり、社会経済への波及効果も期待できる。

4大深度潜航技術の開発

 本技術は、大深度における高耐久性の浮力材、母船から探査機を制御するための軽量・高強度ケーブル、多量の情報通信処理等を行うための技術である。

必要性

 無人探査機が大深度の海底まで潜航し、そこで作業や機動性を確保するためには大深度の高圧下でも破壊することなく、探査機自体を中性浮量にする高度浮力システムや探査機を動作させるための制御信号や電力または画像データを安全・高速に通信するための高強度軽量ケーブルや光通信システムなどの大深度潜航技術の開発が要求される。陸上と違った環境でしかも深海という高圧の環境条件に対応する大深度潜航技術の開発を行うことは、技術的意義も大きくその必要性も大である。

効率性

 高強度浮力システムの開発、高強度軽量ケーブルの開発、光通信システムの開発等様々な開発において民間企業等と連携して開発を実施し効率的な開発を進めている。

有効性

 現状では未知の領域である大水深に潜航することの出来る大深度潜航技術は深海における基盤技術であるが、陸上とは異なる水中、高圧の環境条件下で用いられるため、未だ確立されていない。このため、世界に先駆けた開発が行われることによる社会的・経済的なインパクトは大きい。

<推進体制>

 以上の技術開発の実施体制については、JAMSTECに理事長直属の次世代海洋探査技術開発推進会議が設置され、また、開発技術ごとの研究グループを設置することとしており、明確な責任関係に基づいて研究開発が行われる。また、利用者ニーズやこれらの技術の海洋探査分野での役割について議論する外部有識者を交えた体制を整備する。
 研究開発に当たっては、大学、造船メーカー、鉄鋼メーカー等の民間企業、研究機関等と共同研究に関する協定等を締結の上、連携することとしている。その際、開発する技術が、我が国独自の技術として集積されるよう努めることが必要である。