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計算科学技術推進ワーキンググループ報告書「計算科学技術の推進に向けて」概要

平成18年7月31日
科学技術・学術審議会
研究計画・評価分科会
情報科学技術委員会
計算科学技術推進ワーキンググループ

1.本報告書の目的

 今後の計算科学技術の推進に係る諸問題についての検討を目的として、情報科学技術委員会運営規則第2条に基づき、情報科学技術委員会の下に「計算科学技術推進ワーキンググループ」(以下「WG」という。)を設置し、平成16年8月から検討を行っている。
 本報告書は、第2次中間報告に引き続き、スーパーコンピュータの利用者側から見た計算科学技術の動向について調査するとともに、将来の計算科学技術を支えるために必要な計算機システムの要件をアプリケーション利用の観点から検討し、スーパーコンピューティングに関わる推進の方策(特にソフトウェアの普及と人材育成)に関して検討し、次世代スーパーコンピュータプロジェクトを通じた今後の計算科学技術の推進に向けた提言を行うことを目的としている。

2.スーパーコンピュータ整備のグランドデザイン

 ペタスケール・コンピューティングに対する研究者のニーズは極めて高い状況にあるが、既存の大学・研究機関などにおけるスーパーコンピュータの動向をみると、ペタフロップスを超えるクラスについては、各大学・研究機関が単独で導入することは困難な状況である。また、我が国の計算環境の国際的な水準が低下しつつあり、計算力の弱さが科学技術や産業の発展を阻害しかねないとの指摘もある。そのため、国は戦略的な研究開発投資に取組む必要がある。

 具体的には、国家戦略として、スーパーコンピュータ開発をリードする最高水準の汎用システムであるナショナル・リーダーシップ・システム(以下、NLSという)に研究開発投資を集中し、スケールメリットを活かした計算機開発力の牽引を図る方法が考えられる。これにより、大学や研究機関などにおけるスーパーコンピュータ(ナショナル・インフラストラクチャ・システム(以下、NISという))に係る開発投資を軽減することができ、大学や研究機関などにおいて、より費用対効果の高いスーパーコンピュータの整備を可能ならしめることができる。我が国の計算環境を構築する上で、NLSとNISとの役割分担について整理する必要があり、WGにおける議論の結果、NLSとNISの関係については以下が妥当であるとの結論に達した。

 次世代スーパーコンピュータは、我が国のNLSとしての役割を果たすべきであることから、整備に関してNISの動向やNLSとNISの相互の連携について考慮する必要がある。

 また基礎科学、経済・産業等の維持・発展に不可欠な世界最速のスーパーコンピュータについては、中長期戦略に基づき、最適な開発時期・目標・応用を総合的に判断し、継続的に開発する必要がある。このため、総合科学技術会議により常設の「超高性能コンピュータ戦略委員会(仮称)」の設置の提言がなされているところであり、文部科学省においても、その動向を踏まえつつ、積極的に対応する必要がある。

3.次世代のスーパーコンピューティングについて

(1)次世代スーパーコンピュータプロジェクトの概要

 第2次中間報告を受けて、平成18年度より文部科学省において、「最先端・高性能汎用スーパーコンピュータの開発利用」プロジェクトが開始されている。
 当プロジェクトは、世界最先端・最高性能の「次世代スーパーコンピュータ」の開発・整備及び利用技術の開発・普及を目的としている。理論、実験と並び、現代の科学技術の方法として確固たる地位を築きつつあるスーパーコンピューティングについて、『国家基幹技術』として、今後とも我が国が科学技術・学術研究、産業、医・薬など広汎な分野で世界をリードし続けるため、

  • 1スーパーコンピュータを最大限利活用するためのソフトウェアの開発・普及
  • 2世界最先端・最高性能の「次世代スーパーコンピュータ」の開発・整備
  • 3上記2を中核とする世界最高水準のスーパーコンピューティング研究教育拠点(COE)の形成

を一体的に推進することで、上記目的を達成するとされている。

 次世代スーパーコンピュータの開発主体については、本WGで評価項目を定め、個々に5段階の絶対評価で採点した。その結果、全ての評価項目において理化学研究所が最も高い評価を得たため、開発主体として理化学研究所が相応しいとする提言書案を平成17年10月に取りまとめ、情報科学技術委員会に報告した。情報科学技術委員会は、同提言書案が妥当であるとし、提言書は文部科学省に提出された。この提言書を受けて、文部科学省は理化学研究所を開発主体として決定した。
 また、文部科学省は平成17年9月にプロジェクトリーダーとして次世代スーパーコンピュータプロジェクトを総括する任期付職員を公募した。その結果、これまでスーパーコンピュータの開発業務を管理・指導する立場で十数年余の経験を有し、かつ情報科学技術分野の博士号を持つ民間出身の専門家を平成18年1月に採用した。

(2)共用に向けたプロジェクトの進め方

 次世代スーパーコンピュータは、産学官に広く開放することで、基礎研究から産業利用まで幅広く共用することとされている。WGで共用に関して注意を払うべき点に関して議論を行ったところ、以下の意見が挙げられた。

1施設利用研究の課題及び選定のあり方について

  • 計算機利用能力を考慮した利用者の絞り込み、我が国の科学技術振興及び産業発展の見地からの課題選定が必要である。
  • 次世代スーパーコンピュータは、我が国における最高性能計算機であるので、次世代スーパーコンピュータでなければ実行できないもの(一定水準以上の超大規模ジョブ)に限定すべきである。なお、次世代スーパーコンピュータ用アプリケーションソフトウェアの開発には既存の大学等の情報基盤センターなどを活用する必要がある。
  • 産業界や大学等の情報基盤センターなどで実行されているジョブの中にも、次世代スーパーコンピュータにおいて大規模に計算を実行することで価値のある成果を出せるものが存在するため、考慮が必要である。
  • 計算科学(シミュレーションなど)と計算機科学(基本ソフトウェア等の研究)の利用配分を考慮すべきである。

2研究支援のあり方

  • 利用者が大規模なシステムを使うには、人的支援が必要である。

3利用料金や成果の取扱いの考え方

  • 費用負担、セキュリティ、成果の帰属は密接な関係があるので、これらに対しいろいろな選択肢を用意すべきである。知的財産権を含めた成果の扱いによって費用負担を変えるべきであり、セキュリティの保証レベルも変えるべきである。

4施設における研究機能・人材育成機能

  • 運営主体において、研究を行わないと計算機利用やシミュレーションについての優秀な人材を集めることができないため、研究業務を行うべきである。
  • 運用や利用者支援を行う人と計算機を利用している最先端分野の研究者が一緒になって共通の目標を達成する組織作りが必要になる。
  • 運営主体は人材育成機関としての役割も果たすべきであり、スーパーコンピュータの利用技術をもった人材(並列プログラム開発者、次世代スーパーコンピュータシステムに精通した開発支援者など)やソフトウェア、あるいはハードウェアのアーキテクト(注1)の育成により、継続的な計算機システムの研究開発が可能になる。
  • (注1)
    システム全体に対するコンセプトを持ち、アーキテクチャの設計を行う人。

5次世代スーパーコンピュータ整備の際の留意事項

  • 計算機科学(スーパーコンピュータ・アーキテクチャ)の研究ではなく研究開発基盤としてのインフラ整備とすべきである。
  • 運用方針に応じて、システムに対する要件も変化してくるため、整備段階において運用方針も並行して検討すべきである。
  • 世界最高水準の仮想研究環境の中のデータベース化された実験データと次世代スーパーコンピュータの膨大な計算結果データを、知的資産として容易に再利用できる仮想研究環境を構築することで、革新的な共同研究成果に発展させる必要がある。
  • 産業界の利用者に対応するためには、セキュリティ・機密保持に関する事項を設計段階から考慮すべきである。一方で、システムの分割利用については、大規模計算を志向する利用者を配慮する必要がある。

6次世代スーパーコンピュータの運用に関して

  • 外部利用者のために、遠隔地からのネットワーク利用やグリッド技術を用いた次世代スーパーコンピュータの実行などの環境整備と支援が必要である。
  • 利用者への課金によって得られた収入は、運営主体が積み立て可能とするなど、多年度の決算が可能な財務体制にするなどの仕組みを検討すべきである。

7その他

  • 広報誌・研究会・ネットワークを通じた情報共有・情報公開による利用者間の研究交流を行うべきである。開発段階においても、学会での発表等により情報発信を行い、利用者の掘り起こしを行うべきである。
  • 国外の機関との関係では、世界のトップとなる計算機であるため、国際貢献の観点からは広く海外に門戸を開くべきである。しかしその一方で、産業競争力の観点からは我が国の利益を損なわない仕組みであるべきである。計算機利用成果などのデータベースは広く公開しないと使い勝手が悪いため、国外を含めた利用者の拡大が必要だが、それでも国内利用者と国外利用者の区別をつけるべきである。
  • 大学・研究機関の情報基盤センターは、現在の役割(大学共同利用など)を保持し続けるとともに、大学・研究機関などの多様な研究者の萌芽的、かつ潜在的に大規模計算を必要とする研究に対し支援を行い、スーパーコンピュータセンターのフロントエンドマシンの位置付けとして、ともに一層の機能の充実を図り、将来とも十分に役割を果たすべきである。グリッドによる接続によって計算規模に応じた使い分けを考慮すべきである。

4.スーパーコンピュータの利用を促進するためのアプリケーションソフトウェアの普及方策について

 次世代スーパーコンピュータを頂点とするスーパーコンピュータがその投資に見合うだけの効果を挙げるためには、その性能を十分に発揮しうるアプリケーションソフトウェアが不可欠であるため、WGにおいてアプリケーションソフトウェアの現状と課題、普及方策について議論した。

(1)アプリケーションソフトウェア開発・利用環境の現状

  • 大学などの研究室では、個人のプログラム開発はPC利用によることが多いため、ソフトウェア開発利用の環境面で、PCやコモディティ品などとの連続性や敷居の低さが重要となる。産業界ではPCクラスタの利用が一般化している。
  • オープンソースコードの利用が進んでいる。
  • HPC(注2)分野以外では新世代の言語の利用がほとんどであり、アプリケーションソフトウェア普及の観点から考慮が必要である。
  • (注2)
    High Performance Computing 自然科学のシミュレーションなど、非常に計算量の多い計算処理のこと。

(2)アプリケーションソフトウェアの普及の現状

 現在、大学や研究機関等で開発されたアプリケーションソフトウェアの主に産業界への普及の仕方には、1共同研究などの契約関係に基づく利用、2オープンソフトウェア形式での配付、3成果活用制度を用いた商用展開があり、最近はベクトル機からスカラー機が主流になってきており、23の動きが大きくなってきている。

(3)アプリケーションソフトウェアの普及に関する課題

  • 大学等におけるアプリケーションソフトウェアの開発整備を行う人材の不足
  • 公開手法、標準性・移植性、著作権の問題
  • 商用展開できるソフトウェアの育成
    といった課題がある。

(4)今後のアプリケーションソフトウェアの普及方策

1人材の確保

 先進的なアプリケーションソフトウェア開発の推進、開発されたアプリケーションソフトウェアが継続的に高度化できる体制(人員、処遇)の構築や、アプリケーションソフトウェア開発者のキャリアパスが保証されるような組織、施策が必要となる。

2テストベッドの構築

 アプリケーションソフトウェアのメンテナンス、普及等を行う恒常的なテストベッドを産官学で構築し、アプリケーションソフトウェアの継続性を確保することが必要となる。

3実例の充実

 サポートが提供される商用アプリケーションソフトウェアと異なり、オープンアプリケーションソフトウェアでは、ユーザー会等のコミュニティ形成によって、利用者同士で情報共有する仕組みが必要となる。

4優れたアプリケーションソフトウェアを集約する体制の構築

 これまで大学等や国のアプリケーションソフトウェア開発プロジェクトによって作成されたものが多数あるが、それらのうち優れたものを選別し、改良することによって価値の高いアプリケーションソフトウェアの利用促進することが可能となる。

5.スーパーコンピューティング人材の育成について

 我が国の計算科学技術を持続的に発展させ、スーパーコンピュータを用いて研究開発を強化していくためには、スーパーコンピューティング人材の育成が不可欠であるため、現状のスーパーコンピューティング人材育成の現状と課題について議論を行い、今後の方策について以下のようにまとめた。

6.おわりに

 計算科学技術分野においては、計算機のハードウェアはソフトウェア及び高度な利用技術を持った利用者と一体となって最先端の研究成果を生み出すものであるため、ハードウェア研究開発者、ソフトウェア研究開発者、計算機利用者が各地に散在している現状では上記の課題に対応するのに困難が多い。これらの人的資源を結集して効率的な研究成果の創出を行うために、次世代スーパーコンピュータを中核にした計算科学技術分野における拠点(COE)を形成することが有効である。COE形成にあたり、WGとして以下の機能を果たすべきであると考える。

1研究開発拠点としての機能

  • ハードウェア研究開発者とソフトウェア研究開発者の協力・協働による先導的なアーキテクチャの計算機の開発
  • 最先端の計算科学技術を用いたアプリケーションソフトウェアの継続的な開発
  • 様々な分野における世界最先端のシミュレーションを利用した研究
  • 国内外の世界トップレベルの研究機関等との共同研究
  • 計算機の専門的な知識を持つ技術者による利用支援

2テストベッドとしての機能

  • システムソフトウェア及びミドルウェアの継続的な保守・整備
  • アプリケーションソフトウェアの継続的な保守・整備
  • 利用者コミュニティによるアプリケーションソフトウェア利用の経験・知見の集積
  • 国内外の優れたアプリケーションソフトウェアの集約

3人材育成拠点としての機能

  • 最先端の研究開発を通じたポスドク、大学院生等の若手研究者の育成
  • 計算機・アプリケーションソフトウェアの実践的な利用による産業界等における計算科学技術を専門としてない人材に対する教育
  • 利用者や研究者をサポートすることのできる高度な計算機利用技術を持った技術者の育成

以上