2.ナノテクノロジー・材料科学技術の推進に向けた基本的考え方

(1)圧倒的な広がりのある基礎的、基盤的研究としての振興

 ナノテクノロジー・材料科学技術は、情報通信、環境、ライフサイエンス等広範な分野の先端を切り拓くために必須であり、その広がりを意識した研究振興方策を取るべきである。

  • アジア各国の追い上げ等国際的な研究開発競争が激化する中、基礎的、基盤的な研究を推進し、新たな指導原理に基づく材料開発により世界をリードし続けることが重要である。
  • 全く新たな機能を持つ材料や、新たな応用先の提案等、材料機能からシステムを提案することが非連続なイノベーションを創出する鍵であることから、セレンディピティを生み出しやすい環境を整えることが極めて重要である。また、ハイリスクの研究を根気強く支援することも効果的である。
  • 分野横断的、横串的な役割を果たすという特徴を活かし、異分野融合研究を触発することで全く新しいイノベーションを創出するための仕組みを設けることが重要である。その際には、若手研究者のフレキシブルな発想、能力を十分に活用することが肝要である。

(2)広範な社会的課題の解決に資する研究開発の推進

 ナノテクノロジー・材料科学技術は、これまでも社会的課題の解決に資する基盤技術として重要視され、推進されてきたところであるが、近年、その高度化とともに広範な分野で普遍的に用いられるようになった。そのため、これまでにない応用先を開拓し、エネルギーの一層の効率的利用や医療分野への応用、社会インフラの老朽化対策等、近年顕在化した社会的課題や、昔から認識されていつつも未解決な課題・命題に革新的なアプローチを提供し、解決に導くことが期待される。
 例えば、以下のような例が挙げられる。

  • 将来の一層の省エネルギー化やエネルギー源の多様化を推進するため、革新的な熱電変換材料や圧電変換材料、触媒、パワー半導体等、今後の一層の高効率なエネルギー変換を可能とする材料の研究を推進することが重要である。
  • 先進諸国に先駆けて高齢化を迎える我が国においては、非侵襲治療や高精度診断等の高付加価値な医療が広く普及した社会の実現に向け、微細加工技術や分子合成技術等を駆使し、医療分野のニーズを踏まえたナノテクノロジー・材料の研究開発を強力に推進し、世界をリードする戦略が求められる。

(3)我が国の強みを伸ばす戦略的な研究開発の推進

 我が国が高い国際競争力を有するナノテクノロジー・材料科学技術の強みを最大限発揮するため、戦略性を持った研究開発を推進すべきである。以下を基本的な考え方としつつ、個別の研究テーマに応じた推進方策は今後より詳細な検討を進めることが必要である。

  • 我が国が高いシェアを誇る材料を生み出してきた機能性材料研究においては、革新的な機能を実現する材料の創製のために、機能に着目しつつ材料横断的に研究を推進することが重要である。
  • 構造材料研究においては、社会インフラの老朽化対策のための高機能な新規材料の創製に加えて、点検診断技術・補修技術・劣化予測技術等とパッケージにしたインフラ維持管理マネジメントシステムの構築への期待等を念頭に置いた、総合的なアプローチが必要である。
  • 昨今の計算機性能の飛躍的向上と国際的な材料開発競争の激化を受け、材料データ群の計算機解析による、情報科学と材料科学を融合した新たなデータ駆動型の材料設計技術(マテリアルズ・インフォマティクス)を確立し、未知なる革新的機能を有する材料の開発を加速することが重要である。その際、先行的に取組が進んでいる欧米に比べ、我が国においては、先端的な研究成果のデータが存在する一方で、実用的なデータベースの構築やフォーマットを意識したデータ取得等の取組が十分でない点を認識すべきである。併せて、計算機資源の充実等により普遍化された高度なシミュレーション等も積極的に活用することが肝要である。
  • 希少元素を巡る市場動向や産出国の政治動向等を見極めつつ、希少元素を全く用いないことのみを至上主義とせず、あらゆる元素の無限の組合せの中から未知なる革新的機能を探索したうえで汎用元素への代替を図る新たな政策アプローチも検討されるべきである。
  • 研究の対象材料が有する特徴や関連産業の国内外動向等に応じた適切な国際標準化戦略や知的財産戦略を持つことが重要である。

(4)「基礎から応用へ」、「応用から基礎へ」の循環

 基礎研究から応用研究、開発、更には事業化、実用化の各段階へ一方向にのみ進むのではなく、問題の本質への理解の深化等を通じ、各段階での課題が基礎研究への課題へと翻訳され、基礎研究に立ち戻るような「循環研究」が行われることが、課題の解決とサイエンスの発展の双方にとって重要である。

  • 循環研究を推進するためには、グローバルな環境や、大学内の学部の壁を取り払った異分野が融合した環境を整備し、クリエイティブな能力を有する人材を育成する必要がある。
  • 将来にわたる国際競争力強化のための戦略作りを産学官総がかりで実施するとともに、プロジェクトの初期段階・企画段階から産学官が膝詰めで議論・協働を行うことが重要である。フォワードキャスティングなアプローチであるシーズ側からの応用提案と、バックキャスティングなアプローチであるニーズ側からの材料性能提案を摺り合わせ、プロジェクト立案及び研究チーム編成をすることが、新たなイノベーションを創出する鍵であり、両サイドのコミュニケーション頻度を上げることが肝要である。
  • バックキャスティングに際しては、デバイスやシステムを理解する研究者層が必須であり、産業界のみならず学術界においてもこのような人材を育成することが必要である。その際、論文のみによらない適切な研究評価がなされることが肝要である。
  • 応用研究への展開や実用化の上では欠かせない国際標準化戦略や知的財産戦略をはじめ、環境・健康・安全面(EHS:Environment, Health and Safety)の課題や倫理的・法的・社会的問題(ELSI:Ethical, Legal and Social Issues)対策の取り組み、国際連携・協力等に係る体制構築を、研究開発の初期段階から並行して推進することが重要である。

(5)人材の育成・確保

 ナノテクノロジー・材料科学技術が分野横断的であるという特徴を活かし、一つの専門分野で論文を執筆できる能力が十分に備わっていることに加えて、広範な分野の基礎的素養を身に付け、俯瞰的視野を持った上で研究を推進できる人材を育成することが重要である。

 加えて、産業競争力の要であるナノテクノロジー・材料科学技術に携わる若手研究者に、意欲的に産業界のインターンシップや海外での研究活動の経験等を持たせ、産学官にわたりグローバルに活躍するリーダーを育成することが求められている。また、新たな知見の創出にとどまらず社会的価値への展開を戦略的に推進するリーダーを、世界最先端の研究拠点の中でOn the Job Training(OJT)で育成することが重要である。
 併せて、研究や設備共用の推進に当たっては、最先端の研究設備の機能と研究課題の双方に精通し、研究課題の対応策の提案が可能な優れた技術支援者を育成・確保するとともに、コンソーシアムを形成し安定的な雇用・キャリアアップを図る等そのキャリアパスの構築に向けた取組が必要である。

 また、大学の国際化が進み、特に大学院では海外からの留学生も増える中、その卒業・修了後も我が国の研究開発力・産業競争力の持続的な向上への貢献を促すような仕組みが必要である。

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研究振興局参事官付

後藤裕
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