量子計測・センシング・イメージング(物理系)に係る議論(平成28年10月7日、第6回)の骨子案

平成28年12月27日
科学技術・学術審議会 先端研究基盤部会 量子科学技術委員会

量子計測・センシング・イメージング(物理系)
に係る議論(平成28年10月7日、第6回)の骨子案

研究動向

○ 科学の基本は観察にあり、産業や身近な生活を含む現代社会のあらゆる活動の基本も観察(計測・センシング・イメージング。以下「計測・センサ技術」という。)にあると言っても過言ではない。また、超スマート社会やSociety5.0あるいはIoT利活用といった未来社会が生み出す新たな価値創出にとっても、計測・センサ技術は鍵となる基盤技術である。

○ 計測・センサ技術に量子力学的な効果を利用することで、古典力学の活用を基本とした従来技術を凌駕する感度や空間分解能等を得る量子計測・センサ技術に近年、発展の兆しがある。例えば電子等の粒子が有する量子状態は、外乱で壊れやすいのが本質であるが、それを逆手に利用すれば、磁場・電場・温度等の外界の変化に非常に高感度に反応する計測・センサ技術となる。また、原子や光子等の量子が発現する波としての性質やもつれ合い状態を計測・センサに利用することも可能である。欧米政府をはじめ、中国を筆頭にアジア各国で量子技術への投資を拡大する中、量子計測・センサ技術は幅広い用途にブレークスルーをもたらす技術と位置付けられている。

○ これまでにも物理系の計測・センサ技術として、例えば加速度計や、原子時計、高感度カメラの発明が、万有引力定数の精密計測、世界統一的な時間の標準化や新たな天体の発見に繋がるなど、物理学の進展や自然科学上の発見を支えてきた。それらはまた、産業機械などの動作制御、GPSによる自己位置測位や画像解析による自動運転など、我々の身近な生活を含む社会において様々に活用されている。このように、計測・センサ技術の高度化は歴史的に、科学の進展や経済・社会的利用のフロンティアを常に切り拓いてきたが、それに量子計測・センサ技術が更なる革新を与える可能性がある。

○ 物理系における量子計測・センサとして、量子慣性センサ(例えば原子干渉計を用いた重力加速度計やジャイロスコープ)や光格子時計(レーザーを用いた原子時計)、量子もつれ光を用いた画像センサが、現時点で研究が進んでいる代表例として挙げられる。

(量子慣性センサ)

○ 原子を極低温に冷却すると、波としての性質が強くなり干渉を起こすようになるため、その位相差を計測することで原子にかかる加速度や角加速度の高精度計測が可能な量子慣性センサとして活用することができる。1991年にはヤングの二重スリット実験で初めての熱的原子線の干渉が報告され、原子干渉計に繋がる技術に道が開けたが、レーザーによる原子冷却の進展から、翌年には我が国研究者が冷却原子による二重スリット実験を実施したことは特筆される。1990年代後半には、海外における実験で、原子干渉計を活用した重力加速度計やジャイロスコープが、従来技術によるものに匹敵する精度を示すに至っている。

○ 従来技術による絶対重力計は、比較的大きな部品の挙動を用いるため精度向上(Δg/g~2×10のマイナス9乗)の限界に来ているとともに、部品の摩耗により長期連続運転が困難である。また、超伝導重力計は感度は高い(Δg/g~2×10のマイナス12乗)が、相対値の計測をするものであり、絶対重力計による定期的な校正が必要である。一方、原子干渉計型の重力計は、原子1個の挙動を用いるため、より高い精度(Δg/g<10のマイナス9乗)で絶対重力が計測できる。スタンフォード大では目標精度Δg/g<10のマイナス15乗の、高さ10mの原子落下タワーによって等価原理の検証や万有引力定数の精密測定への応用を進めている他、欧米及び中国では、宇宙空間でのダークマターの検出といった、基礎物理学実験に向けた準備が進められている。

○ 原子干渉計を用いたジャイロスコープについては、レーザーを用いたジャイロスコープを超える安定度のものが海外で報告されている。海外では、非常に高い精度を目指す研究は、安全保障とも関わり進んでいる可能性があるが、公開情報では明確でない。

○ 基礎物理学の実験のために感度を上げる場合には大型化すれば良いが、それ以外の実用化に向けては、小型化し感度を上げる必要がある。そのためには、小さな基盤に原子を捕捉し移動させる原子回路や量子もつれ状態などを活用する方法に加え、熱の揺らぎの抑制といった古典技術も含めたブレークスルーが必要である。原子回路については我が国においても約2cm角の基盤上に原子を捕捉する研究が一時的に進められ、1次元の原子干渉計のデモンストレーションが行われた。フランスのパリ天文台では、原子回路上で原子が移動する原子導波路を用いたジャイロスコープの研究が行われている。

○ 原子干渉計型の量子慣性センサは、我が国に多くの研究実績がある原子時計に関する研究と共通する技術要素が多いため、連携により大きく進展する可能性がある。

(光格子時計)

○ 現在の「1秒」を与える国際原子時は、セシウム原子(133Cs)の共鳴周波数に基づいて3000万年に1秒のずれ(10-15という15桁の精度)で時間を刻んでいる。このセシウム原子時計の精度を更に1000倍以上向上させ、次世代の原子時計を提供する可能性のある研究が近年著しく進展しており、2001年に我が国研究者が提案した光格子時計がその代表例である。光格子時計は、宇宙年齢の138億年でも1秒も狂わないという精度を持つ。

○ 光格子時計は、特別な波長のレーザー光で作った光格子の中に、卵パックに入った卵のように原子を捕捉し、別のレーザー光を当てて共鳴周波数を測定する原子時計である。光格子を作るレーザー光による原子の摂動を極限まで抑える「魔法波長」を我が国研究者が2001年に提唱、2003年に実証することにより、誰も想定していなかった光格子を時計に使うという画期的なアイディアが実現に向かうこととなった。

○ 光格子時計は現在、次世代原子時計の新たな潮流となり、日本をはじめ、米国、欧州、中国など世界で20以上のグループが研究を進めているが、日本における光格子時計の精度は世界をリードしている。欧米諸国が圧倒的にリードしてきた重要な国際的計量標準であり、10年ほど先に控えている国際単位系の「秒の再定義」において、我が国がこれまで為し得なかったような積極的な国際貢献(我が国発でアジア初の積極貢献による「秒の再定義」)が期待できる。

○ また、光格子時計により物理定数の恒常性の検証や変化の検出が実験的に可能になり、標準モデルを超える物理学の探索に繋がりうると考えられる。仮に、異種原子の光格子時計の高精度比較によって時間のずれが見つかれば、研究対象の物理定数が定数でなくなり、現在の物理学の暗黙の仮定を覆すような発見に至る可能性がある。

○ さらに、その驚くべき精度により、時間を計るツールという当初の役割を超え、アインシュタインが相対性理論で見出した「時空のゆがみ」も計測できるツールとしての展開可能性も見えてきている。18桁の精度の光格子時計を用いれば、2台の時計の高さが数cm違うだけで、時間の進み方の差が観測できる。光格子時計の小型化・可搬化や耐環境性向上が今後進むことで、場所を選ばずに光格子時計の設置が可能となり、それらを安定した光ファイバー・ネットワークで結べば、設置場所における「時空のゆがみ」や高低差及び変化、微小な重力ポテンシャルの変化が高精度に計測できることとなる。つまり、全く新しい計測インフラであり、将来社会の安全・安心に貢献する時空間計測インフラとなる可能性がある。例えば、GNSS水準測量に必要となる高精度な標高基準(ジオイド・モデル)の維持管理といった相対論的測地への展開の他、GPS信号の届かない海底のような場所での地殻変動観測といった領域への展開も考えられ、これらの時空間情報は地震・火山に関わる防災研究の更なる進展に貢献する可能性もある。

(量子もつれ光を用いた画像センサ)

○ 量子もつれ光を利用したセンサは、既存のカメラによるイメージング等を飛躍的に向上させる可能性がある。2000年代後半には米国で、もつれ合った光子群の一方の光を計測対象に当て、反射光の強さをフォトダイオードによって一点で受信し、もう一方の光子群を対象に当てずに直接CCDカメラで計測して両者の量子相関を計算すると、フォトダイオードでは計測していないはずの対象の形が構築できるという、ゴーストイメージングとして知られている報告がなされている。

○ 現在、自動運転の研究が世界的に進展しているが、使用されるセンサとしてカメラやライダー、ミリ波を用いたレーダーがある。カメラは対象の形状が認識できる高い分解能を持つ一方、天候や逆光の影響を受けやすい。ライダーやミリ波は天候の影響を受けにくい一方、分解能の面で人間の形状までは捉えにくい、というように長短がある。ゴーストイメージングに関連する技術を発展させると、悪天候や逆光の影響を受けることなく、対象の形状をある程度離れた距離でも得られる可能性があり、各種センサ等との組合せにより、更なる自動運転技術の進展が期待される。また、量子もつれ状態をセンサに活用することは、標準量子限界を超えた高精度な観察による、金属微細加工や医療といった分野への展開も考えられる。

○ 海外では米国、特にDARPAが主導した研究が進められている。我が国においても、量子通信理論と数理科学による制御理論を融合した量子レーダーカメラの研究が行われており、光源や受信機といった基盤技術の研究及び自動車への搭載を目指した実効動作距離数十メートルのカメラシステムの技術実証に向けた10年間の開発が計画されている。

(フォノンセンシング)

○ 電気に関する電荷、磁気に関するスピン、光に関する光子に次ぐ、第4のエネルギー量子として、振動に関するフォノンがある。フォノンは高周波数では熱、低周波数では音を伝える役割があり、それらの伝搬を制御するデバイスへの将来的な発展を念頭に、フォノンエンジニアリングと呼ばれる基礎研究が進められている。

○ 極低温においてギガヘルツ(10の9乗Hz)帯で振動する百ナノメートルスケールの共振器を製作すると、フォノンを1個の単位で検出(10のマイナス17乗m以下のオーダーの変位)できるが、それを自在に操作することで新しい物理や応用が広がると考えられており、米国、スウェーデン、スイスといった欧米のトップグループが研究を牽引している。現在は1個以下のフォノン検知という極限センシングのための純粋科学的な探求が先行しており、センサとしての出口の明確化や、他の技術との差別化が課題である。

○ 我が国では巨視的なフォノンすなわち振動の伝搬を動的にスイッチング制御する非線形MEMS素子の研究などが行われている。我が国は材料研究に強みを持っており、半導体やナノカーボン、スピン材料といった材料系とのハイブリッド化によるオプトメカニクスMEMSセンサの検出感度の向上に繋がる新しいブレークスルーとなりうる。

(ハイブリッド量子科学)

○ エネルギーと距離的な広がりが異なる電荷、光子、スピン及びフォノンといった量子の小規模な結合に関する基礎物理を理解し、高感度計測した物理量の変換や、新たな物理の進展に繋げる領域として、ハイブリッド量子科学がある。

○ 例えば、フォノンに対して敏感に特性が変化する量子ドット(電子を保有)を組み込んだ、長さ約50μmの両持ち機械振動子の微細な振動を、電気抵抗値として増幅できることが我が国で2016年に報告されている。量子計測・センサ技術分野以外でも、光を制御するフォトニック結晶と量子ドットの組合せによる強いレーザー発振や高効率な単一光子光源実現の研究などが行われている。また、海外においても、例えば米国におけるダイヤモンドNVセンタとトポロジカル絶縁体(内部は絶縁体だが、表面は電子を通す物質)、グラフェンシートを組み合わせて情報を保存、制御、伝送するための層構造材料の研究など、量子結合を活用した複数の研究が進められている。

○ ハイブリッド量子科学は、これまで着目されていなかったものを含めた異なる物理量の融合や、マクロとミクロの量子結合の活用と制御によって、多様な科学技術を拓く基礎研究として魅力がある。理論研究を通じて、複数の種類の量子と、我が国が高いノウハウや技術を有している材料研究とをスケールの違いを超えて結合することで、新たな価値を創出する可能性を秘めたものと言える。

(IoTと量子科学技術)

○ 世界の産業・市場・社会の成長の源泉は、資本や設備から、情報や知識に変化している。現在は仮想化技術の進歩とともにセンサやネットワークの融合(IoT)、クラウド処理、ビックデータ分析等のICT技術が急速に進化することで、相互に影響を及ぼし合う人・モノ・コトがグローバルに急増し、社会が急速に複雑化している。

○ 近年、国の基盤を成すのは人・モノ・コトづくりであることが世界的に再認識され、IoTを活用した産業システム改革、産業競争力強化の取組が進められている。代表的な例としては、つながる工場などによる産業競争力強化を目指す独国のIndustry4.0や、製造強国を目指す中国の中国製造2025などの取組がある。我が国においても、超スマート社会の実現(Society5.0)に向けて、経済発展だけでなく、社会課題解決の様々な場面でも役立つIoTを目指した、独自性を持った取組を促進するための、産学官の枠を超えたIoT推進コンソーシアムといった体制が構築されている。

○ IoT環境においても、精度・感度の高いセンサで取得したデータを分析することが求められており、量子計測・センサは重要な精密計測技術である。また、分析データの相関を取ったり、株式の公正な取引を確保したりするために、量子効果に基づいたノイズに左右されない高い精度での時間同期は今後も重要な技術である。その他、短時間で近似解を高速に導出する量子コンピューティングや、医療情報等の機微なデータ通信のセキュリティを高める量子通信・暗号技術など、超スマート社会の実現に向けて、量子科学技術の発展に大きな期待が持たれている。

日本の強み・課題

○ 原子干渉計を利用した量子慣性センサは、欧米や中国を中心として、基礎科学実験の他にも慣性航法のための実用化に向けた戦略的な研究開発が進められている。我が国においても早い時期に研究を開始したが、研究グループは少なく、原理実証に留まっている。一方で、原子時計に関連する光格子時計の研究に見られるように、我が国における光技術のレベルが非常に高いことは強みであり、光学素子やガラス加工、エレクトロニクス分野の国内メーカーについても高い技術力を有していると考えられ、連携により大きな発展が期待できる。

○ 量子レーダーカメラのコンセプトはDARPA主催の国際会議の議論から着想が得られたものであるが、我が国に研究グループは少ない。多様な考え方がある中で議論を交わしながら連携することが、斬新なアイディアを生み出す鍵と考えられる。

○ 我が国は、半導体・ナノテク分野で培われた材料作製技術や材料研究、デバイス開発に強みをもっているとともに、研究者人口も多い。そのため、単一量子の制御に加えて、異なる物理量を持つ量子のマクロとミクロの融合や、理論系と材料系といったハイブリッド化が進めば、新しいブレークスルーを生み出す可能性がある。

○ しかしながら、実用化への筋道が強く求められる時代背景や、世界的な研究競争者が増えている中で、我が国として注力すべき技術の見極めはより困難になるとともに、我が国では企業を含め、広く基盤となる基礎研究が必ずしも十分に行われていない。そのような中では、我が国のオリジナリティは何か、原理的には代替がない技術は何か、出口としてのアプリケーションは何か、を検討し見極めるため、シニア研究者や潜在的ユーザーが若手研究者と議論を重ね、方向付けすることが重要である。

推進方策の検討にあたって考慮すべき点

○ 量子計測・センサは、半導体・ナノテク分野で培われた材料作製技術、デバイス開発、光量子物理学、量子ビーム利用など、我が国の強みが多面的に発揮できる上、医療からエネルギー・製造業まで非常に波及効果が広い。突出した点と点をつないで競争力を生み出す組合せがほぼ無限にあって、若手研究者の多様なアイディアを基に新しい領域を拓くような、ハイブリッド型の研究推進による競争力強化が強く望まれる典型。

○ 比較的小規模な研究費から立ち上げが可能な点でも、若手研究者が斬新なアイディアを出せる分野であり、若手研究者をどのように幅広く支援、育成し、活躍、独立させるかを考える良い領域である。

○ 量子計測・センサの開発には、理論、基礎物理、材料、物性、デバイス、計測、分析化学、生命科学など、異なる分野や技術段階の間での連携や流動性が重要で、このような広がりに跨がるような基礎研究や人材育成が重要。これにより、オープンイノベーションをリードしていく人材の育成が期待される。例えば、異分野の若手研究者同士の協力関係を加速するための中規模の研究費の枠組みや、各々の研究費を合わせて大きな研究開発に展開できるようなフレキシブルな枠組み、異分野の一流のシニア研究者が若手研究者に対して支援・アドバイスを行う体制などの工夫により、一層の分野を超えた連携や流動性が期待できる。

○ 異なる分野や技術段階の連携によりプロトタイプを示す進め方は、可能性を明確化し異分野融合を促進するためにも有効。国際競争の観点からも、産業界を含む大きな体制での研究開発が必要であり、その中で、人材育成、知的財産確保、標準化も進めることが重要。これには、ネットワーク型の研究拠点の形成による推進が適切ではないか。なお、出口としてのアプリケーションが明確に決まっている場合には、ノウハウ等の成果情報の取扱いについて留意が必要である。

○ 量子計測・センサの分野に限るものではないが、欧州では研究者が国境なく往来して共同研究を実施しており、一国当たりの研究者数は限られていても、欧州全体として見ると多くの研究者が存在している。我が国の研究環境を改善することで、欧米との研究協力や共同研究を促進し、相乗的に技術を向上させるような国際化への対応が重要ではないか。また近年、中国やシンガポールといったアジアの研究グループも急速に力を付けてきている。アジアの研究グループとの積極的な研究協力や共同研究を含む研究ネットワークの構築についても考える時期に来ているのではないか。

○ 光格子時計では、地道で継続的な研究によって、当初想定しなかった応用と、将来の経済・社会にインパクトを及ぼす可能性が見出されている。今後の量子科学技術の推進にあたっての示唆とするとともに、光格子時計の研究進展や展開の注視及び時宜に応じた推進を図ることが重要と考えられる。

以上

注記


用語解説

ライダー(LIDAR、Light Detection and Ranging)
反射光から対象の距離や方向などを測定する、レーダーに類似したリモートセンシング技術の一つで、レーダーの電波を、より波長の短いレーザー光に置き換えたもの。


お問合せ先

科学技術・学術政策局 研究開発基盤課 量子研究推進室

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